フィルへティア・エッダ   作:神の筍

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Purr―6―

 

 

 『ゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリア』

 

 かつてオラリオ、敷いては世界一の強さを誇った最強のファミリア。

 伝説とも謳われるその快進撃は『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』と現代でも人気の高い物語として語り継がれている。

 

 そのファミリアは赤き大地の巨人(スルト)を倒した。

 

 そのファミリアは青き氷海の大狼(フェンリル)を倒した。

 

 そのファミリアは黒き樹海の毒蛇(ニーズヘッグ)を倒した。

 

 どれも神話に名を遺すにふさわしい怪物ばかりだった。

 しかし、かの怪物たちに勝ることはなかった。

 

 朽邪の化身、大地の主『ベヒーモス』

 生命の源流、大海の主『リヴァイアサン』

 

 そして、

 

 死と恐怖の象徴『隻眼の黒龍』

 

 かのファミリアは前者二体の討伐を成し遂げ、自らの使命だと云わんばかりに最後の黒龍へと剣を向けた。

 世界はかのファミリアを最高の期待を持って見送った。

 ファミリアは己らの御旗に懸けて討伐すると誓った。

 だが、結果は残酷なものだった。

 ゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリアの団員は九割が死亡。その他討伐戦に参加していた者たちは前線数人を残して死亡。後衛の魔導士たちは戦いの余波と、黒龍が醸し出す恐怖に呑まれ四割が精神崩壊、二割がその牙と爪の餌食となった。生き残っている者は今のオラリオに勇名を馳せている者たちであり、ある意味当然と云えるものだった。

 そして、オラリオ側死傷者大多数に対し黒龍の討伐は成せず。奇跡か、はたまた気まぐれなのかオラリオに直接侵攻をすることなく立ち去った。

 黒龍が立ち去る帰り際、地面に頭を垂れながら冒険者は見た。見てしまった。

 その瞳に、縦へと落ちるような傷が入っているのを。ただ一人、最後まで剣を振り続けたその者の姿を。

 

 男は自らの左腕が食いちぎられる中、かの黒き龍の眼に剣を突き立てたのを――。

 

 

 

 

 

①  

 

 

 

 

 

 アイズ、ティオネ、ティオナの姿は修練上にあった。時刻は七時過ぎ、三人は昨日の夜にロマニから来るように云われていた。いつもならパーティーを組むことの多いベートの姿もあるのだが、今日はガレスと日が昇る前から迷宮を探索する予定があったため来ていなかった。

 

「よし。三人ともそろったな」

 

 一人、二人とそろう中、全員が揃うまで修練上の真ん中で剣を振っていたロマニは声をかけた。

 

「今日は俺と、君たち三人で戦ってもらう。もちろん最初から本気で、なにか道具を使うなら構わない。ポーションは長引いても仕方ないから無しだ。勝敗は俺が一撃貰うか、三人が全員戦闘不能になるか」

 

 道具使用――可。回復薬は無し。勝敗は明確。

 目に見えてわかる格差に三人が異を唱えることはない。三人のLv.3、対してロマニはLv.6。数字だけで見れば単純に倍の差だが、本質は単純ではない。レベルが1違えば倍の差が付き、2とも離れると圧倒的だ。アビリティ、スキルによって実力差を埋めるものもあるが、それは極稀で、それでもレベル3の差を埋めることは難しい。

 

「燃えてきたぁ!」

 

「久しぶりの手合わせね」

 

「ロマニと、頑張る……」

 

 ティオナは大双刃(ウルガ)を抜き、ティオネは双剣(タルワール)を構える。アイズはサーベルの柄を握る。

 

「じゃあ、このコインが落ちたらスタートの合図だ」

 

 懐から取り出した、貨幣でも何でもないコインを親指で弾いた。

 弾かれ、空中をくるくると回る。

 

 そして、

 

「――うぉうっ!?」

 

 咄嗟に気配を感じたロマニが頭を下げる。黒髪が数本舞うと、目の前で振り下ろされた大双刃(ウルガ)をバックステップで避けた。

 剣を抜き、次の攻撃を待つ。

 

「『目覚めよ(テンペスト)』――」

 

「――リヴェリアと団長が云ってたわ!」

 

「――ダンジョンにスタートの合図はない、ってね!」

 

 コインが落ちた。

 

「――『吹き荒れろ(テンペスト)』」

 

「その通りだ、文句はないぞ!」

 

 奇襲にティオネ。その後に回避、迎撃をするしかないティオナの大双刃(ウルガ)のよるリカバリー。有無を云わさないアイズによる魔法を纏った突起。

 なるほど、とロマニは心中で漏らす。いつものようにティオナが突撃、ティオネがそれに文句を云いながらカバー、アイズが遊撃と思っていたのだが宛てが外れたと嬉しそうな顔をする。

 

「はあぁぁあ!」

 

 アイズが正面から風を纏ったサーベルで刺突する。ロマニもそれに合わせるように剣をなぞった。弾かれる勢いでアイズは態勢を崩しそうになるが、エアリアルでバランスを取りながらありえない方向からの攻撃を可能にした。

 

「魔法を上手く使った攻撃、単独でモンスターを撃破するのに絞ったか」

 

「ティオナ、同時攻撃で行くわよ」

 

「りょーかい。アイズ、最初はアイズに合わせるからね!」

 

 打ち合っていたアイズが地面へと体を投げる。しかし寸での位置でエアリアルを発動し、右方向へと流れるように離脱した。

 

「せいっ!」

 

「当たれッ!!」

 

 上からの大双刃(ウルガ)、左からの双剣(タルワール)。アイズと打ち合いながらも視界の端で捉えていたため、大双刃(ウルガ)柄頭(ポンメル)双剣(タルワール)を剣身で防いだ。

 

「硬っ」

 

「なにその受け方……!」

 

 三本の武器を一本の剣で、アマゾネスの二人の尽力を受けてなお動かない力。レベル差に歯噛みしそうになるがティオナが頭めがけて蹴りを入れて下がろうとした。

 

「――やばっ」

 

「ん、バカ!」

 

 甘い勢いで放たれた蹴りは納刀したロマニに容易く掴まれ、一歩跳んだロマニは足が折れない程度の勢いでティオネに投げつけた。慌ててティオネが受ける中、そのまま空中で後ろを振り向くとサーベルを突き刺そうとしたアイズに向いた。

 

「――っ『吹き荒れろ(テンペスト)!』」

 

 アイズが巻き起こした風にロマニの外套が揺れる。

 両者とも空中に跳び、利があるのが風により制御が効くアイズのほうだろう。

 

「だが――ふんっっっ!」

 

――風ごとめがけて剣を薙ぎった。

 

 嵐に勝らずとも匹敵する風の密度を纏ったアイズのエアリアルは最強の矛になり、盾になる。迷宮でも何度も助けられ、そして母親から譲り受けた唯一の魔法だ。故に、風ごと殴りつけてくるとは考えもしなかった。

 

「甘い、なぁっ!」

 

 アイズの姿が消えた――否、修練上の壁に叩きつけられていた。

 風を纏っていても衝撃を吸収することができなかったのか足が震え、サーベルを地面に落としている。

 

「アイズ!」

 

「ティオネ、前!!」

 

「は――」

 

「余所見は禁物だ」

 

 瞬きの内に剣が斬り払われた。刃身でなかったのが幸いか、ティオネは出血することなく気を失った。

 

「ティオネは中途半端にダメージを追うとスキルが発動するからな。こういうのは一撃で伸すのが決まりだ」

 

 きっと誰しもがロマニはオラリオ一のオールラウンダーだと思っているだろう。しかしその実、ロマニの力はガレスに次ぎ、身体操作が抜群に優れているため状況によってはそれ以上の尽力を生み出す。ファミリア内では技巧派を装い教育に当たっているが、今回はなんのつもりかレベル差を利用した戦い方を選んだ。

 

「最後だなティオナ」

 

「ティ、ティオネもアイズもやられちゃった……」

 

「降参するか、続けるか。どっちだ」

 

「そんなもの決まってるじゃない! 続けるに決まってる! むしろティオネもアイズも私のぶん回しに当たるかもしれないからちょうどいいよ! ――てりゃあぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ティオナが向かって数秒後、戦闘不能になった三人がいた。

 

「まだまだ……いや、立派な冒険者か」

 

 想いを馳せているわけでもない。ロマニはただ純粋に三人の成長を喜んだ。この場にベートはいないが、彼も自分が知っているより強く、逞しくなっているだろう。次代を担っていく彼女たち、そしてまだ見ぬこれから来るであろう者たち。ロマニは、ロキ・ファミリアの先を見ていた。それはフィン、リヴェリア、ガレスも同じで、彼らも彼女たちの成長を見届けるつもりだ。

 

 フィンは――生きるための勇気(・・)を、

 

 リヴェリアは――生きるための知恵(・・)を、

 

 ガレスは――生きるための()を。

 

 そしてロマニは、

 

「アイズ、ティオネ、ティオナ。君たちが初めて中層にトライしようとしたときに云ったこと、覚えているか?」

 

 それは闇派閥(イルヴィス)によって行くことができなかったまだLv.2のとき。

 

「――ロマニはリヴェリアの小間使いだった」

 

「――リヴェリアが尖ってた」

 

「――奴隷……?」

 

「違う。三人とも。それは覚えなくていい。いいか、それをリヴェリアに云ってみろ。文句を云われるのは間違いなく俺だからな。あとアイズ、そこまでじゃない」

 

 ロマニはわざとらしく咳ばらいをして続ける。

 

「『お互いにお互いの背中を守る』って話だ」

 

「ああ、確かそんなこと云ってたわね」

 

「でも、私たちはそれができるように陣形を組んでる」

 

「うんうん。さすがに下層の強化種とかに当たると慌てそうになるけど、一応うまくいってるよ?」

 

 きっとまだ、彼女たちはその言葉の本質を理解できないだろう。

 人が恐怖に呑まれたとき、他人のために動ける者は僅か。それこそ後に英雄と呼ばれるまでに力を付ける者だけだ。もしいきなり新しい力に目覚めたりしたらそれこそ天性の運の持ち主だろう。だがそんな生易しいことは起こらない。起こりえない。人が本当に恐怖に呑まれたとき、起こせる行動は『繰り返し』である。

 

「今はまだいい。でも覚えておくんだぞ。いつも意識して行動するんだ。自分が思っているより自分の目は周りを見ていない」

 

 ひどく現実主義な考えだろう。

 両親から受けた名前とは違い、理想とはほど遠い答え。

 

「それと――」

 

 もう一つ、と言葉を紡ぐ。

 

「きっといろんな人に云われているだろうが――『冒険者は冒険をしてはいけない』」

 

 その言葉は冒険者にとって聞きなれた言葉であった。

 『冒険者は冒険をしてはいけない』、それは冒険者に云う言葉なのだろうか? 迷宮を知らない者は「その言葉はふさわしくない」と放言するかもしれない。だが迷宮を知っている者は口々に「その通りだ」と頷き賛同する。

 しかしその誰しもが知らない言葉の続き。

 

 『名折れた剣(ネアィリング)』がまだ、折れていなかったときに云った――

 

「『冒険者は冒険をしてはいけない。もし冒険をするときがあるのならば、そのときはファミリアの御旗を胸に、誇りを持て――命を懸けて』」

 

 フィンは勇気を、リヴェリアは知恵を、ガレスは力を、そしてロマニは、

 

――生きるための言葉(・・)を。

 

 

 

 

 

②  

 

 

 

 

 

 云いたいことは云えた、伝えたいことは伝えられた。あとはどれだけロマニの言葉を覚えていてくれるのか、そしてどれだけ三人の言葉を見つけられるかだ。

以前ガレスは云っていた「あの子たちの代こそ、波乱が待っている」と。きっとそうだ。あの子たちは大きなことを成し遂げるだろう。だからこそ、だからこそ。

 

 太古の遺物は、過去の人間である自分が剋さなければならない。

 

目前の扉をノックする。叩きなれた扉だ。

 

「空いているよ……ってロマニか、この時間に珍しいね」

 

「ああ、すまないなフィン」

 

「別にかまわないよ。でも、本当に君が悪いと思っているならこのことじゃなくて僕たちに押し付けた仕事のことを謝ってほしいね」

 

 先日リヴェリアと出かけたときのことを云っているのだろう。しかしあれはロキが軸にフィンとガレスも同意してくれたことだ、悪く云われることはあれど謝る筋合いはない。

軽口を叩きながらフィンは要件を聞いた。

 

「ん、ああ。大したことでもないと云えばないんだが、都市外の依頼を請け負ってな。日数はまだ未定だが暫くいなくなる」

 

「君が都市外の依頼を? ギルドが珍しいね。どんな依頼なのか聞いてもいいかい?」

 

 あらかじめ聞かれると思っていたロマニはギルド職員から門番に見せる依頼書の写しを腰に付けたポーチから取り出し、四つ折りにされた紙をフィンに渡した。

 

「一応大切なものだから巻いてきなよ。依頼は…………貴族からの花の種の採取か」

 

「採取依頼だな。おそらく都市外で、下級冒険者だと身元判別に時間がかかるから大手に属している俺に声がかかったんだろう」

 

「君にかい? わざわざ君に?」

 

 同じ疑問を二度投げかけるほどフィンは驚いた。

 それもそのはずで、ギルドは原則として冒険者がオラリオから出ることを禁じている。例外があるとすれば他国からの侵略戦争および地上モンスターの異常な繁殖時期のときだけだ。前者は定期的に攻めてくる戦いの神アレスが主神の国家ファミリア、ラキア王国。後者は数十年に一度の割合だ。もし、ギルドから正式に都市外に行くとすれば依頼によって許可される、そして冒険者を辞した場合だ。

 

「俺の――故郷なんだ。採取地が」

 

「故郷? たしか花の国と云っていたね」

 

「ああ。俺の故郷は花が生茂る美しい場所だった。でも今じゃ自然瓦解して存在しない。最近はその地に育つ花が病気の特効薬になるんじゃないかって何人かの学者たちが住んでいるみたいだが……」

 

「花の国跡地――アルカディア。なるほど、噂には聞いていたけど本当に美しい場所なんだね。君の話す顔を見ていればわかるよ」

 

 ロマニは面を食らったような顔をした。

 

「そんな顔をしていたか?」

 

「うん。なんて云うんだろうね、君の顔はオラリオに来た当初の顔をしていたよ。新しいものを見たときの顔だ」

 

「なるほどな。たしかに最近だとそんな顔はしないな」

 

「僕たちも随分といろんなものを見たからね」

 

「その通りだ。それで、一応伝えたからもういいか?」

 

「ああ、それくらいなら問題ないだろう。君なら大丈夫だと思うが、花の美しさに感けて帰ってこないなんてことはやめてね?」

 

「花の美しさに感けて帰ってこないことはないから安心してくれ。ここには俺がどこに行こうが茨を伸ばしてくる花がいるんだ、考えられない。

 それとフィン。すまないな、俺だけこんな仕事ばかりで」

 

「たしかにそうだった。

あと、別に気に病むことはないよ。僕は僕、君には君の役割があるんだ。君は今の僕みたいに机に向かうことは似合わないだろうけど、それは団長として僕が一人一人に声をかけるのが相応しくないのと同じだ。それに君の行動はなんだかんだファミリアに益を齎してくれるからね。物資の供給や、大人数を賄える食材の手配、館を管理してくれる信頼たる子たち、見えないところで頑張っていることも、ね」

 

 ああ、なるほど。これがオラリオ一女冒険者に人気のある男かとロマニはしみじみ思った。

 

「そう云ってくれて嬉しいよ」

 

「まあ、本当のところ君が思うならまたいつか奢ってくれればいいよ――いや、この依頼書を見るとずいぶん報酬がいいじゃないか。貴族だからかな? 次の宴会の代金にでも……」

 

「……っ! じゃ、じゃあ俺は行くから。ファミリアのことは頼んだぞ。フィン……!」

 

 宴会、代金とフィンが口にしたとたん手早くロマニは依頼書を掻っ攫った。

 

「――気を付けるんだよ、ロマニ」

 

フィンの言葉を背に受けながら、揺らした外套を靡かせながら扉を開けて走り去っていった。

 

 

 

 

 

第六話「 我が身の果ては先に通ず 」

 

 

 

 

 

「安いよ! 今日は捌きたてのヤックがうまい!」

 

「酸味があって炭酸なような舌ざわり、スターハーツが一房20ヴァリス!」

 

「オラリオに来ちゃあ俺の店には寄らなきゃならねえ、魔法の道具屋に寄ってきな!」

 

 今日もオラリオは喧騒に包まれている。

 人々が生きるために声を上げ、神々はそれを見ながら笑みを浮かべる。

 そんな活気のいい街をロマニは歩いていた。たまに声をかけられ、返していく。子供が指を指しながら笑っていると、大きく手を振り返した。彼の目的地は一つ、北西メインストリートの大通りに挟まれた『三鎚の鍛冶場』。ヘファイスト・ファミリアに並ぶゴヴニュ・ファミリアの本拠(ホーム)である。

 

「――神ゴヴニュ、剣を取りに来た」

 

「――おう、待っていたぞ」

 

 カウンターにいたのは年老いた鍛冶神ゴヴニュ。

 ロキ・ファミリアもよく世話になっており、大量発注のさいは必ず利用するようにしている。また、不壊属性(デュランダル)を普及させたのもここである。

 

「刃は最高級に研いでいる」

 

不壊属性(デュランダル)は?」

 

「付けておらん。あの竜の炎は神の権能すら溶かす。地上に降りてきた儂の技術では、奴の炎には耐えられん」

 

 カウンターには一本の剣があった。至高の一刀。この世界にただ一つの、未来を繋ぐための剣。

 華美な装飾はされておらず、鈍色の鉄が威圧感を滲ませる。

 

「…………死ぬつもりか?」

 

「わからない。だが、今度は討つ」

 

 鞘に収まった剣を抜く。およそ1,2メドル。剣にしては長く、槍にしては短い。

 

「アストレアが云っていたぞ。きっといつか、戻ってこいと」

 

「あいかわらず神アストレアは心配性だな」

 

「それがあいつのいいところだ。責任感の強い手前、優しさは神一番だ」

 

「天界でもあんな感じなのか?」

 

「いや。神に対しては苛烈な性格だった。正義を象る神だからな、執行対象には目も眩む審判をしていた」

 

 ロマニはそう云われ、まるで想像できないと呟いた。

 

「さ、武器に満足がいったら出て行ってくれるか? この後もまだ仕事があるからな」

 

 ゴヴニュは手のひらを外に向ける仕草をし、出て行けと促した。

 

「ありがとう、神ゴヴニュ。この剣は大切に使う」

 

「大切になんか使わなくていいさ。武器は壊れるまで使ってこそ本望。故意に壊すやつは許さねえが、お前なら大丈夫だろうさ」

 

 声音に対して信頼されているんだなとロマニは嬉しく思った。暖簾の奥に歩いていくゴヴニュの後ろ姿にもう一度礼を云い、店から出た。

 

 

 

 

 

③  

 

 

 

 

 ロマニはオラリオから出るため、唯一壁を越えられる門へと足を進めていた。しかしその途中、思わぬ珍しい顔ぶれがあったため立ち止まることになった。

 

「久しぶりだな、オッタル。神フレイヤ」

 

「元気そうでよかったわ、ロマニ」

 

 オッタルとフレイヤであった。

 

「もう行くのかしら?」

 

「ウラノスから聞いているだろう?」

 

「質問に質問を返すのはマナー違反よ。まあ、その答えには是と云うのだけれど」

 

 フレイヤはからかうように云った。

 

「で、今日はなんの用だ? 時間はあるが、今日中に出たいんだが……」

 

「ああ、安心しなさい。別に戦いに来たわけじゃないわ。オッタルは剣を持ってるけど、これは私の護衛のためだから。今日はただのお見送り」

 

「お見送り?」

 

「ええ。いつもいつも最後が気になっていた物語が、私の知らないところで燃やされるのは癪だもの」

 

「神フレイヤがいつも云っているアレか」

 

 フレイヤは魂が見える。

 それは天界の頃からあった先天的な能力。神の権能とはまた違ったスキルだ。だからこそ地上に降りた今でも見ることができる。バベルを天高く建てたのもオラリオの全魂がよく見えるように配慮したのだ。

 

「『その物語の始まりは花が香る国。主人公はどこにでもいる人の子。運命は彼を見ておらず、彼もまた運命を見ていなかった。だけれど彼は、宿命と出会った。』

 初めてだったのよ? あなたみたいに、魂が動きをもった子供は。オッタルのように気高くなく、あなたのファミリアの団長のように信念を表しているわけではない。そう、例えるならそれは物語。誰しも寝物語に聞いたことのある――英雄譚」

 

 でも、とフレイヤは続ける。

 

「その物語の最後はわからない。ハッピーエンドなのか、バッドエンドで終わるのか。あなたの魂はいつも途中で終わっていた。

 だけれどその物語は動き出している。あなたという英雄の、竜殺しの物語として。私はそんなあなたの魂に惹かれていた。生娘のように恋をしていたと云っていい」

 

 思わぬフレイヤの告白に動じそうになるロマニだがなんとか表情筋を固めた。

 

「――あなたの物語は完結する。願わくはあなたの望むような最後になるよう、私は祈っているわ」

 

 きっとそうだろうと理解していた。

 

「ありがとう神フレイヤ。あなたの祈りだったら何()も願いを聞き届けてくれるはずだ。頼もしい」

 

「ふふ、ええ。頑張って」

 

 いつものような思惑のあるものではなく、自然な笑みを浮かべてフレイヤは云った。

 フレイヤだけが知る、物語。しかしフレイヤだけが知らない、最後。どうなるかわからない。どうすればいいのかもわからない。ここで止めてもそれは無駄なことであり、フレイヤがロマニを手に入れようとしても必ず離れていく。地下奥深くに鎖で留めても、彼は消えるだろう。本を一ページずつ読めば終わりがあるように、フレイヤにすら覆せないことはある。

 

「オッタル。あなたはなにか云うことはないの?」

 

「……いえ、私はなにも」

 

 旧知の仲、というわけではないがオッタルとは古い知り合いだ。オラリオに来た当初から良き競い合い手として顔を合わせることはなくともその名は互いに聞いていた。

 

「そ。あなたがそれでいいのならそれでいいわ。じゃあ、ロマニ。私たちは行くわ。私たちは私たちですることがあるから。オッタル」

 

「は――」

 

 フレイヤはオッタルを伴い身を翻した。オラリオの石畳を踏み歩きながら人ごみに消えていく。

 

「完結する、か……」

 

 フレイヤはロマニの人生を物語だと云った。まだ執筆途中の、最後がわからないものだと。彼女だけが見える彼の魂は形を持っていた。他の子供とは違い動いていた。毎日、毎日、筆を走らせて紡ぐように。彼自身が主人公で、周囲の子供が登場人物。いや、子供だけではなく神ですら登場人物なのだ。

 

 ()知れず彼が書き、フレイヤだけが読める本。

 

 そんなところに女神は惹かれたのだ。

 しかしロマニはその意味を知らない。自分がどのような道の上に立っているのか、どれだけ苛烈を極める生き方なのか。不幸にも思える避けられぬ宿命。――彼は喜んで身を捧げる。誰かが破綻していると糾弾するだろう。それでも彼は笑って受け入れる。『俺がやらなければならないのなら、俺がやる』。例えそれが愛おしい人の言葉であっても、彼は歩き続けるのだ。

 

「――ああ、今日はいい天気だ」

 

 白い雲が流れていく。今日はきっと、いい旅日和だ。

 

 

 




「難儀なものだ、子供たちは。いつの時代だって儂らには考えられぬ道を行く」

――ゴヴニュ・ファミリア 銀の腕(アガートラム)の製作者より

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