フィルへティア・エッダ   作:神の筍

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Sjau―7―

 オラリオ中のファミリアの団長、副団長が集められたのはとある朝の日だった。陽は平等に降り注ぎ、鳥が歌う。人は今日も生きようと準備を始め、それぞれに生を謳歌する。陽に生きる者、影に生きる者たちの一日が始まった。

 

「――こんな朝からなんと云うのだ。我らがファミリアは忙しい」

 

「ああ、そうだな。俺んとこのファミリアは今の時期が稼ぎ時なんだ、時間を潰されちゃ元がないぜ」

 

 どこかのファミリアが口々に苦言を呈する。

 多種多様な顔ぶれがそろったのはギルドの二階、数百人が入ってもまだ余る広さを誇る多目的会議室。探索系であるフレイヤ・ファミリア、ロキ・ファミリア等。流通系であるガネーシャ・ファミリア、ディアンケヒト・ファミリア等。さらにオラリオの治安を守るアストレア・ファミリア、農業系を種目にしているファミリアも呼ばれている。その数は百を超え、最近できたばかりのファミリアから古参のファミリアまでいた。

 

「いったいなんのようだろうか、この前の闇派閥(イルヴィス)の一件でもここまでのファミリアは呼ばれなかったぞ」

 

「さあな。ここまで集めるっちゃぁなにかやるんでねえか」

 

「オラリオ上げての祭りでもか?」

 

「ははっ! それはいいね、金が増えるねぇ……」

 

 ギルドはすべてのファミリアの管理をしているが直接介入することはない。それゆえに換金を行っている探索系ファミリアなどを除いて、ギルド以上に収益を上げているファミリアはギルドを下に見ているところもある。外部との貿易を図っているファミリアなどとくにそうで、ほんの少しタブーに触れることがあれば金品を握らすことなど数あることだ。もちろんギルド側もそれを防ぐために職員の素性は隅々まで把握し、証拠関係や物販把握などは徹底的な網を敷いている。現在のギルド長は利と金にがめつい者ではあるが、自分の身分を守るべくオラリオの法を犯すことはない。

 所定の時間より数分過ぎ、すべてのファミリアがそろった。

 馴染みの顔から、新入りまでを見渡しながら話すそれぞれの団長、副団長は扉から入ってきたギルド長、副長の姿を見ると注視した。

 そして、二人によって扉が開かれる。

 あらわれたのはギルドの真の主――ウラノスであった。

 

「ウラノスがなぜ……」

 

「少し厄介な匂いがするね。僕の親指が鳴りやまない」

 

 ウラノスは円卓の空席へと座り、口を開いた。

 

「各ファミリアの団長、副団長、時間の都合をつけてもらって申し訳ない」

 

 だが、と続け。

 

「それほどまでに、このオラリオに――危機が迫っている」

 

 各人に緊張が迸る。そして、予想した。

 

「この中には知らない者のほうが多いだろう。あの戦いは、それほどまでに死者を出した。かつてオラリオに災厄を齎した怪物――」

 

「まさか……」

 

 ゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリアが唯一討伐できなかった存在。

 

「――黒龍が、このオラリオに再び迫っている」

 

『――ッッッ!!!』

 

 不穏な気配が空気を刺す。

 邪悪な存在に、その姿を知る者は肩を震わせる。オラリオに最近根を下ろしたものは古参のファミリアの情けない姿を目にして訝し気に思案する。だが、見たことはないとはいえ災厄の怪物。その名前は世界中に轟いている。

 そんな雰囲気の中、ロキ・ファミリアのフィンとリヴェリアは他よりも驚いていた。目を見開き、ありえないことを聞かされたと云わんばかりに息を呑む。フィンに至っては親指を抑え、曲がることを無理やり抑えている。リヴェリアは身の丈よりある杖を握りしめ軋むように音を鳴らせる。Lv.6の腕力により下先が付いている地面が大きく陥没している。

 

「――フィン!!」

 

「わかってる。あのバカ――!」

 

 珍しく二人は焦るように声を荒げた。

 

「ウラノス! ――聞いてもいいか? いや、聞かせてもらうぞ!」

 

 怒気の込められてリヴェリアの声が会議室に響き渡る。初めて見るその姿に声を上げる者もいれば、怒気に充てられ委縮する者もいた。

 

「ロキ・ファミリア、リヴェリア・リヨス・アールヴ。予想はつく、いかようか」

 

「私たちのファミリアの! ――ロマニはどこに行った!? 答えろ――ッッッ。黙することがあるようならば私は貴様を許さないぞッ!」

 

 魔力が視覚化するほどに浮かび上がる。

 その姿は迷宮最奥でしか見られない九魔姫(ナインヘル)。翡翠の髪を靡かせ、あたりに威圧を滲ませる。

 

 

「ロマニ・シェナーンは……」

 

 瞳を閉ざし、ウラノスは述べる。

 

「自ら先んじ、すでに黒龍との接触を図っている」

 

「ッッッ――!!! あの……ばか、者が!」

 

「今回ばかりは恨むだけじゃすまないよ、ロマニ……」

 

 冒険者の格と、王族(ハイエルフ)としての王威を万遍なく散らすリヴェリアに声がかけられる。

 

「――落ち着け、九魔姫」

 

 フレイヤ・ファミリア団長『猛者』オッタル。

 名実ともにオラリオ最強、未踏の強さと呼ばれた唯一のLv.7。

 

「今、この状況が――。ファミリアの団員が一人でアレに立ち向かっていると聞き、落ち着いていられるかッ」

 

「まだあいつが接敵しているとは限らん。同じ団員ならば、激昂し周囲に威を漏らすのではなく信用してやれ」

 

「……。…………わかっている、そんなことは……。だが……!」

 

 オッタルに諭されたわけではない。現実を受け入れたわけでもない。

 今、リヴェリアはこの場から走りたい気持ちだ。しかし、自分一人がいったところでどうにもならないことは身に染みている。歯を食いしばり、軋音を立てながら息を吐く。

 

「ふん。それで神ウラノス、黒龍は今どのあたりにいる?」

 

「オラリオより北方。正確な場所はつかめてないが、ひと月もせずこの地にやってくるだろう」

 

「で、あるのならば。先の戦いと同じく渓谷と草原の狭間にて迎え撃つのか?」

 

「否。今回は――」

 

「――待ってくれ!」

 

 ウラノスの登場、黒龍の再来、九魔姫(ナインヘル)の激昂……最初から理解のできないファミリアの団長たちが声をあげた。

 

「黒龍って……あの黒龍だろ? 迎え撃つ? 俺たちが? 何云ってんだよ……」

 

「第一なんで黒龍がいまさら。意味がわからん、それは本当のことなのか?」

 

「お、俺たちは戦うことなんかできないぞ!」

 

 頭が真っ白になる。今なにが起こっているのか、語られているのか。トップクラスのファミリア、先の戦いで生き残った者で話される黒龍。ここ数年で名を上げたファミリアからすれば到底理解ができない。

 オラリオの、本当の姿を――。

 

「いまさら逃げることは叶わぬ。黒龍の再来となれば、先の戦い同様オラリオすべての総力戦となる。もし逃亡することがあれば、オラリオから追放し、その後血族含めこの地に足を踏み入れることは禁じることになる」

 

「そ、そんなことがありえる話か!?」

 

「これは、地上に降りたすべての神々に話を通している」

 

 すなわちこの戦いから逃れた者は神の恩恵を受けることはできない。また、ウラノスの権限を持って剥奪すると宣告しているのだ。

 

「お前たちもオラリオに来たのだろう。迷宮と同じく、冒険者が命をかけるのは茶飯事だ。文句を云ってはなにも始まらん」

 

「文句って……。そんなこと、お前が強いから云えるんだろ! なぁ、『猛者』オッタル!」

 

「お前と、トップファミリアだけで迎え撃てばいいじゃないか!」

 

「そもそもゼウス・ヘラファミリアが倒せなかったのに、どうやって倒すんだよ……!」

 

 ようやくその危機と、緊急性を理解したのか各ファミリアは弱音を出す。先の戦いから著しく人口が減ったオラリオ。その災厄を齎した存在がもう一度、再来しようとしている。

 

「…………」

 

 語ろうか、語らまいか。

 オッタルは先の戦いを思い出す。自分がまだ最強ではなく、並び立つ者が多くいた数年前。最強ファミリアの精鋭が牙と爪を持って砕かれていく瞬間。妖艶なる美女神に付き添う寡黙なる従者であるオッタルが、一生の中で恐怖したあの戦い。

 細く開かれた目が無責任な声を上げたファミリアに向けられる。目が合ったものは蛇に睨まれた感情に陥り、喋らなければよかったと自らを叱責した。

 

「ファミリアの衝突に関与するつもりはない。だがギルドは、オラリオの存続を第一に考えている。もしなにか不利になることがあれば即刻処断する」

 

 ウラノスが今回伝えたいことは『黒龍がオラリオに迫っている』という現実。

 オラリオ全域に伝えるより先に、ファミリア団長、副団長から噂のように間接的に流れることを狙ったのだ。風の噂、とクッションをかけることによりギルドからの公式連絡の時の混乱を和らぐように考えた。

 

「まじかよ……まじかよ……」

 

「う、嘘でしょ」

 

 ギルドの思わぬ方針に各ファミリアはいまだ騒めきだす。語られる神話、オラリオが壊滅しかけたことは世界中に知らされている。

 

「今回の招集はその事実を伝えることが目的だ。各ファミリアには追って使いを出す。そのギルド職員の指示に従事してくれ。……ロキ・ファミリア、尋ねたいことがあれば特別に時間を取る。あとで聞こう」

 

 ウラノスは最後にそう残し、控えていたギルド職員と部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

①  

 

 

 

 

 

 フィンとリヴェリアがギルドに赴き、ウラノスに話を聞いている間黄昏の館ではファミリアの主神ロキが中庭で陽を浴びていた。普段から酒を呑み、リヴェリアや団員に叱られているが珍しく素面でいた姿に見かけた団員は不思議そうに立ち去っていく。なにか考えているような、悩んでいる様子も見えたが「神の気まぐれだろう」と誰も話しかけることはなかった。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐く。

 他神が見ると、楽観的なロキがなにを悩んでいるのだと馬鹿笑いするだろう。だがロキは悩み、悔やんでいる。自分はあのとき(・・・・)、正しかったのだろうか? と。

 

『ロキ。神の意志(ファルナ)の更新をしてほしい』

 

『んぁ? 珍しいやないか、神の意志の更新なんて』

 

『レベルアップはしてないだろうが、たまにはいいだろうと思ってな』

 

 あのとき、ロマニの不自然なタイミングに気付くべきだった。彼のスキルは自分だけが知っている特別なもの。ある状況下だけに働く、ある意味はずれスキル。

だがロキは――そのスキルの真意を知っている。あの戦いのあと、ロマニから説明を受けた。

 それに続く、ロマニがロキ・ファミリアで食客扱いの本当の理由。

 

「うちは阿呆や。狡知神(トリック・スター)なんか云われながら、大切なもんはなにも見えてない……」

 

 止める機会はあった。

 ウラノスから説明を受け、ロマニが出ていくと告げた。なにも云わず、手を伸ばす暇さえなかった。失うことに怯えて足が竦んだ。神ともあろうと自分がいつの間にか子供たちに絆されていた。もちろんそれはいいことなのだろう。娯楽を求めて降りてきた神にとってそんなものは一時の感情にすぎないが、今が充実して生きている。初めて団員を持ったときに誓ったのだ、子供の手に負えないことがあればルールを犯してまで守ろうと。

 

「ごめんなロマニ。不甲斐ない主神で」

 

 彼が聞いていれば「そんなことはない」と笑っただろう。

 ロキは自覚せずとも、ロマニにとって最高の主神なのには変わりないのだから。

 

 

 

 

 

第七話「 黒い影 」

 

 

 

 

 

 

 火を囲みながら今日を振り返る。

 朝はパンを食べ、昼は魚を食べた。少し前に摂った夕食では野猪を丁寧に血抜きした肉を食べた。 

 朝は宿の主人に挨拶をし、昼は村人に道を尋ねた。夜はこのさきはどうなるだろうかと語らい合い、落ち着いた時間を過ごす。

 ぼんやりと眺める火を挟んで、適当に拾ってきた丸太の上に座る彼に話しかけた。

 

「なにを作っているんだ?」

 

「これか?」

 

 彼は手に持ったナイフと木片をわかりやすいように上げた。

 

「ああ」

 

「櫛さ」

 

「櫛……?」

 

「ああ。バジリスクに襲われたとき、君の荷物がほとんどおじゃんになっただろう? もう一度村まで戻る選択肢があると云えど、身の回りを清潔に保つ物はいるだろう? あまり器用じゃないが、代用品にでもなればいいと思ってな」

 

「ふぅん。私は別に気にしないがな」

 

 と云いつつ、髪を撫でてしまう。

 

「ほら、自分ではわかってないかもしれないが結構そうやってるぞ。水浴びをしたあとなんだ、髪が長いぶん気になるだろう?」

 

「……貰えるものはもらっとく」

 

「そうしてくれ。俺の勝手だ。君の艶やかな髪は見ていて飽きないからな」

 

「変態め」

 

「それはおかしいだろう?」

 

 別におかしくはない。

 彼は本当にそう思っているのか、気に障るそぶりもなく手を動かす。自分では器用ではないと云っておきながら、その手つきは滑らかなものだ。しかし余分な力が入ってしまっているのか何度も往復しながら削っている。

 

「今日は災難だった」

 

「そうだな。バジリスクが棲みついているのは聞いていたが、番で気性が荒くなっていたのは運が悪かった」

 

 今日の昼間、二人はバジリスクの番に襲われた。事前に仕入れた情報として、バジリスクが最近出没するようになったのは聞いていたが、番になって繁殖時期に入っているとは思っていなかったのだ。そのため、外の世界のモンスターに苦戦することはあまりなかったのだが、石化の毒液などもあり被害を出すことになったのだ。最終的に彼女の後方支援と、前衛を彼が担当することで事なきを得たが、馬が背負っていた積み荷のほうに被害が多く出てしまい現在に至る。不慮を想定し、ある程度余分に持てるぶんは持っていたのが、彼女の個人的な積み荷が無くなってしまった。

 

「明日は戻るのか?」

 

 彼は削った木屑を火に落としながら聞いた。

 

「いや、明日はそのまま進もう。今戻ったとしても別のモンスターに渓谷で襲われたら対処が取りにくい」

 

「先を進めばこの森を抜けて、あとは草原を行くだけか」

 

「ああ。単純計算だと進むほうが時間がかかるだろうが、渓谷で足止めされるリスクと危険を考えれば妥当な判断だろう」

 

 明日のことを話し合い、適当に予想を並べる。

 森を歩く際は虫系のモンスターが寄ってくる可能性があるため火を焚きながら進む。草原では群れを成すモンスターが多数いる、そのため昼に移動して夜は見張りをするため小高い丘か、岩の上にキャンプを立てることになった。食糧確保は共通荷物の中に入れていたためある程度確保できているが、弱った馬を逃がしたため整理をしなければならない。スパイスと、料理器具はある。野草や肉は適時狩猟・採取だ。

 

「ずいぶん様になってるじゃないか」

 

 ほとんど完成したのか、ささくれができないように拾ってきた研磨石で整えられていく櫛を眺めながら云った。

 

「さぁ、プロではないにしろ昔から物を作るのは好きだったからな。近所の人に国一番の日曜大工職人と謳われていたんだ。櫛を作るのはさすがに初めてだけど」

 

 あとは森の中にある匂いのしない樹液を塗れば完成だ。木をそのまま髪に通すのは痛める可能性があるため、そうやってコーティングすると旅の道中くらいのお供にはなるだろう。

 

「平凡な国だな、相変わらず」

 

「朝は太陽に挨拶をして、昼は風を感じ、花を見て歌う。夜は空を眺めて星と月に祈る。エルフの里と大して変わらないだろう?」

 

「ふむ……そう云われてみればそうだな。確かに変わらない。私たちも朝は日を浴び、昼を花を愛で、夜は月に祈る。ただし歌は歌わないぞ? 歌を歌うのは道楽が好きなもの好きだけだ」

 

「そうなのか? たまに見るエルフの詩人はいい声で歌う。男でも女でも、透き通るような声を持っているのに」

 

「あれは歌とは違うだろう。歴史を、事実を話しているのだ。一〇〇〇年生きるエルフは長すぎる余生故に享楽を続けることが難しい。人間からすれば不変の国も、私たちからすればしょせん雨露の流れに等しく、いつの間にか終わっているものだ。だから、自らが歴史の証人として奏でるのだ」

 

「でも歌と変わらなくないか? 芸に精通しているわけじゃないから、歌と詩の違いがわからない」

 

「細かく話せば長くなるが、簡単な差は旋律の有無だな」

 

「音の流れとかそんな感じか」

 

「ああ。歌は旋律があるが、詩にない。詩はうたう(・・・)というよりは(うた)うと云ったほうがいい」

 

「詠い手によって、聞く側の印象が変わるんだな」

 

 不思議なものだ、と彼は思う。声の持ち主によっては幸せな終わりにも最悪な終わりにもなるのだ。まるで作り途中の本のようで、先がわからない。

 

「エルフは基本、詩のほうが好きだな」

 

「どうしてだ?」

 

「詩には題材にしたことが必ずある。いっけん聞くと空虚なものでも、調べてみると太古の歴史だった、なんてことがざら。暇を持て余す長命種にとってはいい暇つぶしなのだ」

 

「なるほどなぁ。文に起こされた詩は読んだことがあるが、詠われた詩は耳に挟む程度にしか聞いたことがない。次の町に行けば聞いてみるのもありだな」

 

「きっと面白い内容が聞けるだろう。私も昔、私の里のことが詩になっていたことがある。ちなみに、お前の国が詠われていたこともあるぞ?」

 

「ええっ? 本当か? 俺の国が?」

 

「花の国と呼ばれるほど綺麗な場所なんだ。その地を指して作られてもおかしくはない。……そのときはお前もいたぞ? むしろ気付かなかったのか?」

 

「あー、灯台なんとかって云うだろう?」

 

「まったく、呆れたやつだ」

 

「あ、はは。ま、まあな。俺はどちらかと云うと土地柄の話より、人とかモンスターの話のほうが好きだから……」

 

「ほう、英雄譚か」

 

「そっちのほうが断然いい。土地の話を聞いても、人が怪物を倒す話に比べたらインパクトにかけるだろう?」

 

「詩にも色々種類がある。好きも嫌いもあるさ。かくいう私も、お前と一緒でそちらのほうが好みだ」

 

「だろう?」

 

 他愛もない話を交わしながら夜は更けていく。

 森に入る手前、渓谷との境目であるここはモンスターの徘徊が少ない。それぞれの環境の中央に行くほど生態系が確立しているが、キャンプ地を張るには持って来いの場所なのだ。

 旅を続けたからこそ判断でもあり、二人の玄人さを伺えることでもある。

 

「そういえば……」

 

「んん? どうした」

 

 彼女が思い出したような素振りを見せると、彼は火を小さくしながら訪ねた。上を見上げると月は頭上にある、もう就寝の時間だ。鳴虫はなりを潜めながら子守歌のように鳴いている。

 

「さっきお前が云った。人とか、モンスターとか、いわゆる英雄譚に属する詩があるだろ?」

 

「ああ……」

 

「そういうの、なんて云うか知っているか?」

 

 彼は首を傾げて自分の知識を振り返る。昔言葉は見たような、見たことがないような感じだが思い出せない。

 

「わからないな。なんて云うんだ?」

 

「ああ――」

 

 彼女は一息置いて答えを紡ぐ。

 

 

 

「 ――Edda(エッダ) 。古今東西、歴史に名を残した英雄は詩として語られるのがお決まりだ」

 

 

 

 

 

 

②  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世の 絶望 が跋扈していた。

 

 ただ一歩、ただ一歩。終末の鐘が鳴らされる。

 

 それは無限の可能性を持った人であれ、最高の有限生命体である神ですら報復する。

 

 かの絶望はいかの化身か、なにを持って生命に仇を成すのか。

 

 無知蒙昧なる存在は、その黒き存在を語ることは許されない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その白銀の剣に、あらゆる感情を乗せて振るう。

 わが身を盾に、すべての存在を後ろに――。

 そして一人、生命の先に立つ。

 

「■■■■■ッッッ!!!!!!」

 

 二匹の生命は己の威を主張するかのように刃を振るう。片方は山を想像させる一撃、片方は山を裂く一撃。常人ならば目視するだけで精神が崩れてゆく。

 

「オオオォ ォ ォ ッ!!!」

 

 男と竜。

 ロマニと黒竜。

 宿命付けられた会合は、互いの刃を持って成就された。

 

 ――地が叫び、空が嘶く。

 

 あらゆる巨悪を煮詰めた存在に、ただ人が剣を突き立てようと蛮勇を薙ぐ。知を力を持って凌駕し、力を持って知を仰ぐ鮮烈な一刻み。

 

 月夜の丘――英雄を語る戦いは始まった。

 

 

 

 

 




「頼むぞ、人の子よ」

――ギルド 迷宮に祈りを捧げる大神より
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