「着替えは入れた。食糧も持った。剣もあって、鎧にも問題はない……」
黄昏の館、その玄関でロマニは最終確認を行っていた。荷造りは素早くがモットーではあるが、いざそのときになって何か忘れていましたでは洒落にならない。仮にも都市外に出るのだから厳重に確認しなければならない。
「――クエストか、ロマニ?」
「ん……リヴェリアか。ああ、都市外クエストにな」
ちょうど出ていくところだったのだろう、魔導士の装いをしたリヴェリアが話しかけてきた。
「都市外クエスト? 珍しいな、どこに行くんだ?」
「俺の故郷、アルカディアさ」
「なんだと。お前だけ暢気に里帰りか」
「はは、そんな棘のある云い方はしないでくれよ。たまたま目についたクエストで、都市外だったから俺が受けたまでだ」
ロマニは荷物を一つにまとめた荷袋背負うと剣を腰に携えた。
「花の種の採取。簡単なクエストだがな」
「そうか。迷宮ではないとはいえ、一応モンスターがいるんだ。私たちが旅を止めてから幾年か経っている。勘が鈍ってやられました、なんてことはないようにな」
「気を付けるよ、リヴェリア。じゃあ……いってきます」
「ああ――いってらっしゃい」
第八話「 竜 」
何日経ったのかわからない。どれくらいの時間が流れたのかわからない。
それでも彼は振るう、ただ我武者羅に。
それでも彼は振るう、ただ出鱈目に。
そこに技術などなく、ただの一太刀を力のままに仰ぎ薙ぐ。しかし、その尽力を持ってもかの竜に届くことはない。未だ竜は自適に佇み、幾重もの臣下に守られている。
否。
きっとその姿、守っている、と云ったほうが良いのだろう。竜は決して自ら命じて守られているのではない。モンスター自ら、かの竜を王と理解して自主的にその前に立ちはだかるのだ。
地を歩く牛型のモンスターを斬り捨て、
空を飛ぶ鳥型のモンスターを斬り捨て、
地を這う蛇型のモンスターを斬り捨て、
空を浮く鯨型のモンスターを斬り捨てた。
その一体一体が、オラリオに壊滅的な仇を成す存在と云うことはロマニにはわからない。考える余地もない。彼が常に見上げているのは目前と息を吐く黒竜。その一匹なのだから。
「はぁはぁ、ようやくここまで来たな、黒竜」
満身創痍ではない。何度も自らの身体に言い聞かせ、己の心に鞭を打つ。鼓舞するために白銀の切っ先をかの竜へと向け主張する。
今、ここで。お前を討つ、と。
「■■■……」
まるで笑っているようだった。
喉を鳴らし、くつくつと。火を吐く器官は彼を滅するためではなく嘲笑するために呼応するものでしかない。今のお前では、我が最大の火力をもってせずとも腕を払えば倒れそうだと。
「はあぁぁぁぁぁっっっ!!」
きっとそこには希望がない。
光を飲み込み、捉えて離さない闇に鉄を振るう。
「――■■」
かの竜はいとも容易く弾き飛ばす。
尽力も負け、早さでも負け、彼にはなにが残っているのだろうか。
「っく――」
飛ばされる瞬間、できるだけ衝撃を和らげようと自らその方向へ飛ぶ。なんとかタイミングよく着地し、すぐに振り返って対峙する。追撃を加えようとはせず、やはりただこちらを見つめるのみ。
「わかっているさ……」
このまま、討ち執れるとは思っていない。
「でも、やらなければならない――」
陥没するほど地面を踏みつけ、大きく飛び出す。白銀の剣は爪の一撃を受けてもなお刃こぼれはなく、全く対等に打ち合えている。ならば足りないのは己の力と速さと技術のみ。何十年と培ってきた、竜にとってはなけなしの時を振り絞るしかない。
「■■――!!」
上から押さえつけるように腕を振るわれる。避けるのは不可能――ならば、受け止めるのみ。
「ふ――っぐぅぅぅっっっぅぅぅうううう!!!」
嵐が降り、空から岩が降ってきたと勘違いさせるほどの威力。一撃で気力と体力をすべて奪っていく。下半身は地面へと突き刺さり、さらに押し殺そうと体重をかけられる。
「うぅ、おッッ!!!!!」
「■■■ッッ■!!」
剣を通して熱さが伝わってくる。燃えそうな温度が体を蝕み、触るだけで精神が焦げていく。まるで炎を相手にしているようだ。炎に物質が兼ね備え、凶暴さが露わになっている。
いつもより思考が冴えわたり、自分の状況を終始如実に訴えてくる。
「舐めるなよ……!」
可視化するほど魔力を滾らせる。
方向は下、地面に向かって――!
「■っ!?」
色は青、彼の性質である魔力があたりに光る。オラリオ屈指の冒険者の莫大な魔力でかの竜の腕が持ち上がる。骨が軋み、肉体が悲鳴を上げる。ここが終着点だと魔力が明滅する。
「ただの一撃――! 適当な一撃で、意識が飛びそうだ!!」
なんとか腕の下から抜け出し、後ろに跳ぶ。強制的に脱力される体に違和感を感じながら息を整える。
知っていた、知っていはいた。
過去の戦い、それでこいつの重さは身に染みて覚えている。それでもこいつを倒さなければならない。すべてを犠牲にして、何度も運命を翻して掴み続けなければならない。
「その貴様の右目のように、もう片方も貰うぞ――」
弱点と考えられるのは唯一体内が剥き出し、柔らかい瞳。剣を突き立て、抉ってやればどんな生物でも痛みを覚え、ひるんでしまう。それはかの竜も同じであり、かの竜もそうであったことを彼は忘れていない。
その言葉を理解したのか、かの竜は耳を塞いでしまうほどの雄たけびを上げる。かつての戦い、一度オラリオに侵攻したときに味わった己の生の中で感じ“痛み”という感覚。本来なら一生味わうことなく朽ちてゆくはずだった不必要な事象。
――ああ、
と、かの竜は認識した。
鎌首を擡げ、翼を広げる。
まるで世界の中心がかの竜かのように風が集まる。終末を夢想させるその体は風に乗ってきたあらゆる環境によって恐怖に彩られていく。晴れていたはずの夜空が鈍色で覆われ、あたりは灰色に満ちた。
「■■■■■■っっっっ――!!!!」
そのとき、生を受けて初めてかの竜は理解した。
運命の外、宿命にて定められた己のただ一人の敵。自らを殺し、自らが殺さなければならないという認識を。
「ようやく感じたか、俺とお前の宿命を。あのときから俺は、お前を討つべく生きてきた」
始まるのだ、本当の戦いが。
彼は一方的にやられる捕食対象ではない。このときのために、竜の卵のように温め続けてきた今を繋げるための
「『
①
――覇、が満ちていた。
威を唱えるが如く暴力が吹き荒ぶ。
「うああぁ ぁ ぁ ぁ ぁ!!」
「■■ッッ――!!!!」
黒竜は爪を伸ばし、隙ができたロマニの身体へと牙を突き立てんと顎を開く。
「ふっ、ん……!!」
ロマニの身体より大きな顎を向けてくる黒竜を、なんとか剣身で反らして避ける。安心するも束の間、長くしなやかな尻尾が迫ってくる。
「――っま、ずい!」
すぐに剣を振りかぶり迎撃する。
まるで地面を殴ったような感触に思わず顔を歪めるが腰を据えて吹き飛ばされないようにする。
「斬れないか……硬いな!」
しゃがむようにして剣を上に反らすと尻尾が頭上を過ぎていく。尻尾を振ったことにより背中の見える黒竜に向かって大きく跳躍した。
「せいッッッ!!!」
「■■■!?」
背中の鱗が数枚剥がれる。
相手が今一番隙を見せ、こちらが一番いい体勢から放った一撃で鱗数枚。誰も討ち執れなかった黒竜に一撃を通したロマニか、オラリオ屈指の冒険者の一撃をものともしない黒竜が壮絶なのか。どちらにしろ戦力は歴然で、以前勝機は見えない。
三度向き合ったところで、口を開けるような、黒竜が今までに見せなかった動作をする。
焦げ臭い匂いが鼻腔を突いた。
「――!!! まさか……」
その範囲から逃れるべく足を動かす。止まらないように、狙いを定められないように黒竜の周りを走りぬく。黒竜もそれに追いついていこうと首を振るが追いつけず、尻尾を振り回しながらロマニに口を向ける。
「それだけはっ」
黒竜の懐に入ることで回避しようとしたが、思わぬ突風が目を塞ぐ。一瞬怯んで瞼が揺れ、すぐに黒竜の姿を視認しようとしたが遅かった。目の前に黒竜はおらず、風に揺らされる草原だけが広がっている。
「どこに行った……!?」
後ろ見てもおらず、魔力を周囲に散らしても反応はない。そして、上を見た。
「■■■■■■!!!!!!」
最悪の景色だった。
飛んでも届かない距離、遥か天上に黒い影はあった。大きく口を開き、焦熱と吐かんとすべく睨みつける。
そして、灼熱が視界を塗り付けた。
黒竜によって齎された雷雲は炎によって散り、太陽のように照らす。
「『
光が蔓延る。
それは宿命に対する祝詞。神に対する賛美。
ロマニの身体が黄金の光に包まれ、彼の境界面から光の泡が溢れ出す。
「――っ」
なにか、欠ける音がした。
瞬間、ロマニの身体がぶれた。
灼熱に焦がされた大地は焦土と化し、その苛烈さを物語る。焦臭は神をも溶かすかもしれない威力を鮮明に訴えてきている。
黒竜は炎を放つ原因となった者を探す。天頂より見下ろし、鎌首を左右に振りながら最後の一手を打たんと唸りを鳴らす。その生に於いて初めて警戒と表す態勢を整えた黒竜だったからこそその音は聞こえた。わが身より上、月を背に剣を振り下ろす。
「貰うぞ――ッ!! お前の左腕をッッッ!!!」
振り返る間もなく黒竜の左腕に衝撃が走る。魔力噴出により速度が上げられた一撃は容易く黒竜の血を流す。感じたことのない感覚に黒竜は身をよじり、羽を大きくはためかせる。それだけ暴風がおき、ロマニは吹き飛ばされんとさらに刃を食い込ませる。
鱗を断ち切り、肉が見える。どす黒い鮮血が黒竜が生きていると激しく主張する。
そして、新しい命が生まれた。
流れた血。
刃に触れていない鱗に流れた血から、一本の異形の腕が生えてきた。
「は……?」
唖然と、茫然とした。その隙を見逃すこほど黒竜は甘くない。羽を寄せ、鎌首を捩じり、竜巻を引き起こしながらその場で回転した。歩くだけで人間に致命傷になる黒竜の身体を用いた攻撃は空中にいたロマニも避けることはできず、なかば反射で剣を前に出すだけだった。羽に踊らされ、尻尾で勢いよく叩きつけられ全身に痛みが走るが吹き飛ばされる中でも思考は加速していく。
あいつの身体から確かに、“あいつの身体ではないなにか”が現れた。
と。
ロマニは既視感に襲われる。
初めは外のモンスターを引き連れているのだと思っていた。だが違う。あれらの強さは明らかに外のモンスターの強さと桁違いすぎる。
まるでそれは――、
「――迷宮。そして恩恵を与え、神の真似事……」
答えなのかはわからない、しかし辻褄は合う。
ゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリアが討伐できなかった怪物。ロマニは両ファミリアの全盛期を目の前で、時には隣で見てきたのだ。それくらいでなければ、あのファミリアが討ち執れないわけがない。
「討つには一撃。すべてを懸けたモノ、か――」
月が目の端で揺れている。後ろから白い光が差し込み、朝を告げていた。
戦いは終わらない。
①
フィンとリヴェリア、ガレスの三人は館の中を駆けまわっていた。
黒竜の襲来を受けてすでにひと月に届こうとしている。来るべき決戦、守らなければならない者たちに最後を遺そうとする。その遺したいものも蹂躙されるかもしれない、そう考えたときロキ・ファミリアの大幹部である三人は各々できることに徹する。フィンは団員を、リヴェリアは他ファミリアとの連携を、ガレスは直前までのファミリア全体の実力向上を。
フィンとリヴェリアはウラノスにロマニのことを聞いた。
『彼は黒竜に接触している』
一体どういうことなのかと問いただしたが、ウラノスはあくまでもロマニと最後に出会ったことを話すだけでなにも云わなかった。なにも云えなかった。事実、ウラノスも、ロキも、そのほか神々もロマニと云う人物の正体を掴み切れない。ある意味頼みの綱とも云えるヘルメスも彼が黒竜となにかあるのかは知っているが、その真実までは知らない。一度ヘルメスがリヴェリアに彼が何者なのか聞いたが彼女も満足するような答えを出せなかった。
「フィン、予定通り私たちはフレイヤ・ファミリアとヘファイストス・ファミリアの面々を中心に前線に立つことになった。前衛はヘファイストス・ファミリアとゴヴニュ・ファミリアがぎりぎりまで共同制作した第一級武装、数本だが魔剣も用意してくれた」
「わかった。魔導士隊は頼んだよ。間違いなくオラリオ一の魔導士は君だ。それを踏まえてフレイヤも君に指揮官を任せてくれたんだろうからね」
「ああ。前衛に負けないように私たちも死力を尽くす」
敵は黒竜、味方はオラリオの冒険者全て。総勢千は超える。しかしその中でもレベルの差は山と谷のように存在する。だからこそ上手く扱い、乗り越えなければならない。ただ歩くだけで在る、災害を。
「……まさか、今とはね」
「ああ……」
前回の侵攻。退けたと云っていいのか、それとも見逃されたと云っていいのかはわからない。それでも一度は生き残った。あのときのようにうまくいくとは思っていない。今度は指揮についていく側ではなく、両方とも指揮をする側に入るのだ。特にフィンは前線――死ぬだろう、間違いなく。
「弱音は吐けないさ。今も、先に戦ってるバカがいるんだから」
「ははは、ああその通りさ! そのバカがいるから、少なくとも僕たちは頑張れる。――信じているんだろう?」
「……! 当り前だ、あいつが、ロマニが私に黙って勝手に死ぬような奴じゃない!」
ロマニが黒竜に向かったと聞いて、リヴェリアが追いかけるようなことはしなかった。きっと彼はそれを望まない。癖のある男だが、愚直なまでに正直な性格なのだ。苦しかったら声を出す。そこは彼女の信じたい、唯一知っていることなのだから。
「――さぁ、もうすぐ最後の会議だ。志を胸に、誇りを掲げようじゃないか」
アイズ・ヴァレンシュタインは自室でふさぎ込んでいた。
『戦姫』とも呼び声高く将来有望視されている彼女は若干にしてLv3の実力を持つ。そんな彼女の両親はかつてオラリオ一のファミリアであったゼウス・ファミリアに所属していた。両者ともに勇名を馳せ、迷宮を踏破していく姿は物語の主人公そのもの。また、二人の人生は人間であった父親と、(大衆に知られてはいないが)母親は伝説の精霊だったため、恋愛模様として今なお『
その二人は、もうこの世に存在しない。
悲劇とまで云われる先の戦い。最強ファミリアが蹂躙されつくしたかの怪物。
今でも母親を探し続けるアイズにとっては認めたくない事実。認めていない事実。母親はどこかで生きている。その気持ちを胸に迷宮へと足を運ぶのだから。
だからこそ、今も現実を受け入れられないでいる。
黒竜は自分の両親を奪った仇敵。剣を突き立てなければならない相手。両親が敵わなかった唯一の敵。黒竜を止めるためにオラリオ中の冒険者が集められると云われ、自分も足早に向かおうとした。しかし黄昏の館を出る瞬間、その体は抱き留められた。
『――子供は戦わなくていい。今回は私たちに任せておけ、必ず帰ってくる』
森の香りがした。
母親の風とは違った優しい匂い。
思わぬ抱擁に気を抜かれ、ふと後ろを見るといつものような顔ぶれでフィンとガレスがいた。
『焦ることはないよ。今回は僕たちに任せるんだ』
『そうじゃ、儂らに任せておけ』
いつもなら頼もしいと、表情に出さないでも感じていただろう。だが今回は違う。誰しもが命を懸けている顔をしていた。それはまるで、かつて自身の前から消えた――両親のようで、何もかも無くなってしまう感覚が身を包んでいた。
「なにも云えないし、なにもできない」
オラリオ最速レベルアップ保持者でもありながら、しょせんレベル2。フィンやリヴェリアに並ぶには到底叶わない。自分はまだ子供で、力なき無力な生き物なのだ。両親がいたときのように、ファミリアがいつも笑っているように。今、なにもできない自分にはなにがあるだろう?
幼き薄金の少女は静かに慟哭した。
「――強く、なりたい」
奇しくもそれは、彼女の道を決めるきっかけになる。
いずれ彼女の英雄が現れるまでそれは続き、最後には笑って終わる『
万人から愛を貰った彼女は、それ以上の深さをもってオラリオを讃えながら。
②
まるで走馬燈のようだった。
自らの道を照らしてきた明かりは少しづつ火種が消え、暗闇の中に橙色が一つ。目を細めて見なければその情景は見えず、もはやその時の記憶は摩耗していた。
「『
意思が欠けた。
ただその竜を撃滅せんがために四肢を起動する。何度も剛腕に吹き飛ばされようと、鋭利な鱗が並ぶ竜尾に切られようとも彼は止まることはない。それが彼の成すべきことで、いたるべき果てなのだ。
「■■ォ――ッ!」
腹鱗を切るが、竜にとって致命的ではなく慣れていない痛みというものに怯む。しかしそれも瞬きほど数瞬で、握った拳が上から大地を抉った。
「しま――っ!?」
地面が迫ってきたと表してもおかしくない一撃に、抗うことなく飛ばされる。重力によって地面に付く気配はなく、横一直線に流されていく。彼は目を開けて黒竜を見ることなく放心していく。脱力した身体に電気が走るような痛みと、スキルによって再生していく循環に歯を食いしばることすら忘れた。
刹那、朦朧していく意識を強制的につなぎ留めながら彼の耳は久しく忘れていた
「……」
土埃を手で払いながら、自分の身体に落ちてきた石レンガを落とした。
どこまで飛ばされたと思案しながら気配を探るが、黒竜の威は前方向から動くことはない。なにかを待っているのか、それとも警戒しているのかはわからないがこのまま埋められるよりは良いと考えないことにした。
「……っ」
いや、と彼は自分の行動を振り返った。
黒竜の一撃に吹き飛ばされ、かなりの距離を取った。意識を混濁させながらも、硬いなにかに当たってクッションとなり着地失敗によるダメージはほとんどない。それが崩れたことによって起こった土埃を払い――何をした?
「レンガ……まさか――!」
何十と転がる白い石レンガの山から起き上がって外の光を目指す。久しぶりにまともに浴びる太陽を実感することなく、その場から出た彼は目を見開いた。
「――バベル……! オラリオ、だと」
見上げた先にあったのは天頂までオラリオに座すバベル。彼が途中当たったであろうバベルは“く”の字のように穴が開いて空が見える。おそらく大通りに面しているであろうここはいつものように人通りがなく、閑散としている。
怠い身体に鞭を打ちながら、剣を杖に立ち上がった。一息、口元に付いた土を吐いて黒竜の気配へと睨んだ。
そして、彼方の景色に自分を憎んだ。
――軍隊のように冒険者が並んでいる
「遅かったか……」
それはオラリオが世界の誇る冒険者たち。それによって構成された、唯一の討伐部隊。ただ世界を、生命を破壊して回る生物を葬るための部隊。だが同時にそれは――死にに行くためのものでもある。
③
「――勇敢を語る強者たちよ! 今こそその矛を空に掲げる時だ! オラリオに愛する者を残す者も、いまだ迷宮に夢を語る者よ! 今は、この今だけは! ただ一つの目的に向かい背中を合わせるんだ!
生き残りたければ矛を振るえ! 救いたければ矛を振るえ! 守りたければ盾を振りかぶりあの鱗に突き立てろ!
――今日ここで、僕たちは冒険をするッ!!」
フィンは問う、その勇気を。覚悟を。揺ぎ無き信念を携えた者から、未だ死にたくないと嘆く者に対しても。資格を問うことはしない。
「今日という物語を、
こと、フィンという
「……ファミリアで慣れているとはいえ、次はやりたくないね」
「がははっ! 堂に入っておったぞ、フィン」
「ああ、ありがとう。それでガレス、やはりさっきのは……」
「うむ。後方から情報が回ってきよった。――ロマニだ」
「リヴェリアは?」
「……魔導士部隊からは見えんかったようじゃ。もう少ししたら伝達するだろうが、あのエルフがどういう動きを取るかは予想できんな」
今から死線に赴くとは思えぬ表情で苦笑いを二人は浮かべた。
「ねぇ、ガレス」
「なんじゃ、フィン」
「――どうしてだろうね」
やがてフィンは背後に置いていた二本の槍を手に持つ。その手はよく見れば震えているようで、頬は少し上がっていた。
「僕はね、今。すごく躍っているんだ。それこそ先行したロマニに謝りたくなるほどに、謝らなければならないほどに」
「……ほぉ。フィン、おぬし……――がっははは!! ああ、そうだ。ぬしはそういう奴だったの! 小生意気な小人族よ!」
「そういう君も、強敵に胸躍るんだろう? 戦の神への祈りは済ませたのかい?」
「ああ、もちろんじゃ。これより先はおよそ余生にない死地に跳び込むのじゃ。すべてを懸けて、魅せよう」
獰猛なドワーフが笑う。
オラリオ史上最悪の戦いが今、開戦したのであった。
「あのときの俺たちにはまだ、力がなかった」
――ヘルメス・ファミリア 語る神より