フィルへティア・エッダ   作:神の筍

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Niu―9―

 

 

 

「支援部隊によるとバベルに突っ込んできたのはリヴェリア様と同ファミリア、ロマニ・シェナーン殿とのことです」

 

「ふむ、そうか。あのバカ……」

 

「リヴェリア様?」

 

「ああ、ありがとうロデオバルド。お前は確か魔法戦士の役割だったな。遊撃の任は任せた、二つ名に仰ぐ成果を期待している」

 

「っ、は! それではリヴェリア様もご武運を」

 

 初老のエルフが魔導士部隊の先頭から立ち去った。纏った赤い鎧には気休め程度に炎熱耐性が込められており、ほんの少しだけ黒竜の攻撃を和らげる。それも熔けるのが遅いか早いかだが、気持ちの問題だろう。ガレス率いる遊撃部隊の一員である彼は隊長であるガレスに命じられ、各部隊に先ほど空を横切った正体を伝えるべく奔走していた。武人肌である彼のならば、多種族で構成された部隊に悪印象を与えないだろうとのガレスなりの配慮だ。

 

「はぁ、無鉄砲に先行したと思えば今度は本当に鉄砲のように帰還したか。相変わらず忙しない奴だ。ネフィル!」

 

「は、はい! リヴェリア様!」

 

「補給部隊に行ってエリクサーを二本もらってバベルにいるバカ……ロマニに渡してこい。私名義で構わない」

 

「で、ですがリヴェリア様。今回の戦いでエリクサーは……」

 

 流通系ファミリアによって回復アイテムは十分に回っているが、それでも有限である。だからこそ今回の戦いは前線部隊が持って行った回復アイテムを主目的とし、後方である支援・補給部隊の最上級アイテム等は一本に対して二人の計算で割り当てられている。それを一級冒険者と云えど二本、つまり冒険者四人分を使おうとしているのだ。ハーフエルフの少女は一級冒険者の力をもちろん知っているが、恐れずに呈した。

 

「どのみち竜殺しにあいつは必ず必要になる。今は後方にいるが、回復次第前衛に出る。基本装備に最上級アイテムが回されているにも関わらずあいつだけ何も持たせずに出すのは酷だろう。もし部隊が文句を云うようなら私の場所に来いと叩きつけてこい。今は、云い合いをしている暇もないのだ。あいつに文句を云うのは、すべてが終わってからだ」

 

「わ、わかりました!」

 

 白髪の少女が後ろに走っていくのを見届けてリヴェリアは杖へと目を向ける。

 不安はない。死を恐怖することもない。今はなにより、ここを守りたいという気持ちに染まっている。ここを守って、あの男に文句を吐き杖を叩きつけるのだ。「お前はなにをしてるんだ」と。

 

「始まったか」

 

 前方で煙るが上がるのが見えた。士気を上げる角笛も鳴り響いている。

 

「本当に覚えておけよ、ロマニ……」

 

 何度も、何度も。最後の弱音を漏らしてリヴェリアは黒竜と対峙する。

 

 

 

 

 

①  

 

 

 

 

 

 砂埃と身体に乗った石を崩しながらロマニは立ち上がった。

 張り詰めた糸が急に弛んだ感覚が脳内に走り、オラリオにあれが来るまでに討つことができなかったことに後悔をする。

 人の骨を薪に狼煙は上がっていない。

 どうやらまだ黒竜の血から生み出された怪物の相手、すなわち前哨戦にような戦いが起きているだけであった。オラリオを囲うように建つ砦に阻まれ詳しい様子は見えないが、規律正しく空中に敷かれる魔法陣から未だ前衛と魔導士部隊が被害を被ってないことは汲み取れた。

 

「――ここは」

 

 バベル22階、神々に向けた食事が提供されるとある食事処である。オラリオ外から入ってきたレシピも活用され、多種多様なメニューからロキやフレイヤなど有名な女神も訪れることがある。ちなみに管轄は東の国の神、穀物を司る大宜都比売神が仕切っている。

 投石にあったように破壊してしまったが、今は仕方ないだろう。

 潰れていない机まで寄ると、水が湧き続ける竹筒を拝借する。一口飲み、血を流して喉を潤した。そのまま砂と煤で汚れた頭に掛けると犬のように頭を振った。片側の目にかかった髪をがさつに後ろへ流した。

 

「行くか」

 

 休息は終わった。

 次に止まれるとしたらきっと――、

 

 そのときは黒竜を討ったときである。

 

 

 

 

 

第九話「 神話 」

 

 

 

 

 

 地が揺れれば人の営みは軒並み壊滅し、人類は悲しみに暮れた。

 風が巻けば人の進歩は容易く飛ばされ、人類は苦しみに喘いだ。

 病が蔓延れば人の生命を侵し飢えさせ、人類は憎しみに嘆いた。

 

 歩けば地を揺らし、羽ばたけば猛風を起こし、血が流れれば人を侵す。

 その姿はまさに――災害(・・)だった。

 

「俺の渾身をもって僅かに血を見れる程度か……」

 

 猪の獣人――オッタルが鋭い目でもって黒竜を睨む。横に並んでいる者はみな、フレイヤ・ファミリアの精鋭揃い。オッタルを抜いて最高戦力であるレベル5と6の混合部隊である。

礼拝に赴く熱心な信仰者のような、常になにかを見ている黒竜を討ち執るための部隊であったが結果は一筋の痕を残すに終わった。その間も黒竜はまるで虫が集ったと云わんばかりにオッタルたちを見ることはなく、時折煩わしく思ったのか羽と尾を適当に揺らすだけである。

その適当な一撃で、12人いた部隊の3人が落ちた。

 レベル5に上がりたてということもあったが、それでもレベル4の頃から活躍し続けた格上との戦い方を知る強者である。そのうち一人はダンジョンの竜系モンスター討伐最多を誇り、二つ名に『竜墜ツ(アンチ・ドラゴン)』などと異名を持っていたが、油断も隙も無く構える彼を黒竜は羽で身動きを取れなくさせ、最後はストンピングという無慈悲な最期を迎えさせた。

 

「……」

 

 オッタルは竜鱗を削ったことで手のひらに痺れがあることに気付く。それは黒竜の鱗が単に硬質なだけではなく、矮小な粒が集まったどんな攻撃からも身を守るための部位だと証明するものだ。いつか50階層以上のモンスターからドロップした大剣を振るってきた自身の手のひらを拳へと閉じる。黒竜は今の一撃にようやく気を向けたのか、金色の虹彩に縁どられた灰黒い瞳孔がオッタルに向けられた。

 

 ――ああ、いつ以来だろうか

 

 久しく感じた感情にオッタルは口角を上げた。

 きっとこれを見た常人はお前は狂っていると揶揄するだろう。

 

「――下がれ」

 

 片手で持っていた名もなき大剣を両手で構える。すり減って、何度も何度も変えてきた握りの革が悲鳴のように軋音を鳴らす。

 一言、横並びにいた他のフレイヤ・ファミリアの同士に命令を下す。普段ならば「フレイヤの前で一人いい恰好はさせられない」とし、多少の反抗はあっただろう。だが、オッタルの瞳はその者らをすでに捉えておらず、ただ眼前と佇む黒竜を見やるばかり。

 

「行くぞ……周りのモンスターは我々に任せろ」

 

 一人の男がそう云うと蜘蛛の子が散るように姿を消した。

 

「――ッ」

 

 魔力が奔流する。獣人であるオッタルは魔力の数値はさほど高くはない。それでも、限定的に身体能力含めすべてのステータスが上昇するスキルがある。それはある状況下における、対象者への想いが高いほど実を結ぶフレイヤ・ファミリアのオッタルならではのもの。愚直なまでにも女神に付き添うと決めたオッタルだから発現したもの。

 

「片腕――――否、

 

その(しん)、フレイヤ様に捧げさせてもらうぞ」

 

 美しい歌を口にすることはできない。

 雅な舞を躍ることもできない。

 心を動かす絵が描けるわけでもない。

 

 彼ができることは一つ――女神に捧げる戦いの賛歌。

 

 どこまでも女神に付き添う一人の従者であり、世界の中心『オラリオ』に君臨する最強(・・)である。

 

 神々は積み上げた武勇を讃え、その姿から彼を

 

 

 

 ――『猛者(おうじゃ)

 

 

 

 と、誇り高き二つ名を与えた。

 

 

 

 

 

①  

 

 

 

 

 

 ――どこだ

 

 絶望が唸りを上げたのは、今の人類が生まれる遥か昔。いわゆる先史文明と呼ばれる時代であった。かの文明の痕跡は各地に残る石碑や風化した跡地のみで、その影は殆ど姿を消している。

青年がその地に訪れたのは偶然出会った。たまたま入った森の先で、比較的綺麗な状態で残されていた遺跡で壁画を見た。

 

 太陽を背に、翼を広げた黒い竜が飛んでいる。

 

 人と思わしき者はそれを崇め、地に膝をついている。

 

 考古学などに見識のない青年はただそれをすごいという簡素な言葉しか出てこなかった。次の町に着いたらこの話を肴に誰かと酒を呑めれば良いやなどと考えながら。若干埃と蜘蛛の巣がかかった壁画を手で払った。それほど勢いよくやったつもりはないのだが、振動が伝わったのか横に続いた壁に着いた埃も落ちてあたりは煙に満たされた。しまったとぼやきながら手で風を起こす。やがてまともに目を開けられる状態になると最初に見た壁画の隣にもう一つの壁画があった。

 

 太陽を背に飛んだ黒い竜は口を広げて赤土の火を吐いている。

 

 それを受けているのは地上から竜を見上げる色とりどりの存在。

 

 先頭にいる者は大きな槍を持ち、その先から雷なのか空へと伸びている。魔導士もおり、隻眼の老人が杖を振っていた。

 青年は撫でるように彼らに触れた。

 芸術に関心が向かないほど暢気な奴だと思っていたが、どうやら自分にもわかる絵が存在したらしいと自重する。ざらついた感触が指の腹に伝わる、竜の吐いた火――赤土は特にひんやりしている。心の中で何度もすごい、すごいと繰り返し竜の頭に触れた。

 

 じろりと、灰黒い瞳孔がこちらを見ていた。

 

 思はず飛びのき、尻餅をついた。

 

 運よく怪我は無かったが、青年の心臓が内側から叩くように拍動している。なにかの病気なのかと疑うほどであるが、今はそんなことを気にしている暇は無い。

なに(・・)かが、彼を視ていた

右へ、左へ、首を動かずがその視線の主は見当たらない。ここにいるのは彼一人。

 

 ――どこだ

 

 耳鳴りがする。

 深く、昏く、人を値踏みするような声。

 

 ――どこだ

 

 耳を塞ぎ、目を閉じる。

 

 ――どこだ

 

 それでも声は聞こえ、視線を感じる。

 

 ――どこだ

 

 黒い気配から逃げ出すように立ち上がるが、足がもつれてうまくいかない。

 

 ――どこだ

 

 

 

 その日、

 

 

 

 ――どこだ

 

 

 

 青年は。

 宿命と、

 

 

 

 ――見つけた

 

 

 

 出会ったのだ。

 

 

 

 

 

②  

 

 

 

 

 

 

 第一に捧げる――自らの名を。

 第二に捧げる――自らの記憶を。

 第三に捧げる――自らの意思を。

 

 第四に捧げる――自らの魂を。

 

 

 

 

 

「――魔導士隊、炎熱系魔法を準備しろ! 制空権を奪取されればオラリオは落ちると思えッ!」

 

 敵は災害たる黒竜だけではなく、それに付き添った幾多ものモンスターもいた。

地上には獅子を模した獣や、狒々の面を持つ器用に冒険者を狩るもの。それらに追随し、迷宮よりランクが落ちるとはいえミノタウロスやバグベアーもいた。空には虫型のモンスターが配列を組んでおり、ガン・リベルラが不快な羽音を立てて上空から襲っていた。現在黒竜に対処しているのはフレイヤ・ファミリアの冒険者。かつてのゼウス・ヘラ・ファミリアに匹敵するほどの力を持つファミリアだが、黒竜を倒せるかは定かでない。神聖譚に加えられるファミリアを壊滅させた黒竜の力は伊達じゃない。

 

「リヴェリア様! 前衛部隊が討ち漏らしたリザードマン複数がこちらに向かってきております」

 

「待機していた遊撃隊を前に氷雪魔法で足止めをしろ。飛び道具を持たないあいつらならば、足止めさえすれば多少のレベル差があっても対処はできる。罠でもなんでもいい。こちらの被害は最小限、確実に仕留めろ」

 

 魔導士隊長、リヴェリアは簡潔に指示を出すと簡易的に建てられた櫓へと上がる。戦場、戦争、ともいえる地を眺めるには十分な高さで一目で戦況を把握できる。今でも至る所で黒煙が上がりその鮮烈さがわかる。せめてファミリアの面々は、と思うくらいにまだ余裕はあるがその拮抗した状況がいつまで続くのかは不明だ。

 

「やはり飛行能力を持ったモンスターが厄介か……。今は魔導士隊で対処できているが、一匹でもオラリオに侵入を許せばまずいな」

 

 鋭い目でモンスターを見たリヴェリアは持っていた杖を掲げる。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ】」

 

 九つの魔法を持つ、埒外の魔導士――リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

「【黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

 二つ名を『九魔姫(ナインヘル)』。神々にもその才は世に二つは無いと驚愕させ、オラリオ、延いては史上最高の魔導士だと語れらた王族妖精(ハイエルフ)

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬】」

 

 杖が眩い輝きに包まれる。その武器の名は「マグナ・アルヴス」。魔法大国(アルテナ)にて、ロキが製作を依頼したこの世の杖で史上最高だと云われる『至高の五杖』の一本。最高位の魔法石がリヴェリアの魔法一つ一つに対応すべく九つ埋められ、威力を限界にまで高める。

 

「【――我が名はアールヴ】」

 

 それは、災害と称した黒竜を前にしても、彼女の一撃もまた災害と云っていいほどの威力であった。

 

「――ウィン・フィンブルヴェルト」

 

 氷獄より吹き上げた、時すら停止させる吹雪。

 空を飛んでいたモンスターはまとめて凍り、地上にいた冒険者の間を狙ったように落ちていく。新手のモンスターの攻撃かと地上部隊は警戒したが、フィンが高らかにリヴェリアの魔法だと声高く宣言すると、その威力を見た彼らは鼓舞するように声を上げモンスターに突進した。

 

「……ふぅ。ここまでの魔力を込めたのは初めてだな」

 

精神疲労(マインドダウン)の恐れがあります、ポーションを」

 

 控えていた供給部隊の一人がリヴェリアにポーションを渡した。

 

「ああ、ありがとう」

 

 最上級ポーションを呑み、リヴェリアの魔力は殆ど全開に戻る。一般的な魔導士ならば潤沢な魔力を齎してくれるポーションだが、わずかでも全開に及ばないのはひとえにリヴェリアの魔力が高すぎるからだ。

 リヴェリアの使用する九つの魔法は全力よりも抑えて放つ魔法だ。普段リヴェリアが潜っている迷宮はリヴェリアの魔力で放つ魔法の威力に耐えられず、いずれ自己修復するとはいえ崩壊の危機を招く。そうなればファミリアや他ファミリアも被害を被ることになり、安易に操作を誤ると自滅に繋がりかねない。加えて、今回使用した吹雪を起こす魔法、他には炎熱系の魔法など、著しく周囲の環境を変えてしまう魔法を全力で放てばさらに被害が広がるからだ。

 

「黒竜はオッタルが抑えているか。あいつ一人でどこまで持つか……」

 

「その、リヴェリア様はあの『猛者』が負けると……?」

 

「……ふむ。お前はたしか、先の戦争にはいなかったなヘレネス」

 

 控えていた供給部隊の名はヘレネス。犬系獣人、ロキ・ファミリアでも供給部隊を担当し、遠征も経験のある確かな実力者だ。

 

「私とロマニ、フィンやガレスは以前の戦争を体験している。もちろん、オッタルもそうだ。正しく生きていた(・・・・・・・・)のは今の世に名を響かせる猛者だけだ」

 

 数人を除いて死亡、もしくは発狂。

 ありとあらゆる事象、千年経とうが消えぬ敗北の歴史。神々でさえ語ることを阻む戦い。それを実際の目で見た者は数少ない。

 

「今よりレベルが低かったと云え、黒竜は当時の私たちには到底傷をつけられないほど強固な鱗を持ち、爪や牙は地面ごと人を裂く。特に口から吐く炎は、今でもたまに夢に出るほど凶悪だ」

 

「リヴェリア様たちでも傷をつけられないなんて……」

 

「案ずるな、今回の私たちは死地のつもりでここにいる。最悪私たち全員の命と引き換えにオラリオは守る」

 

「なっ……! そんなことを云わないでください、リヴェリア様や団長がいなくなった私たちは……!」

 

「――だから、今は策を弄してあの黒竜を葬ろうとしている。

 ファミリアにまだ私たちが必要なことなどわかっている。アイズ(こども)たちもいる、簡単に死ぬつもりはない。それに、私の命はあいつにくれてやるほど安くはないからな」

 

「うっ……で、でも……リヴェリア様ぁ」

 

 安心させるような言葉を述べるが、本質は変わっていない。頭の良いヘレネスは当然それに気付きなにかを云おうとするが口ばかりが開閉するだけで頭が動かず言葉が出ない。それを見たリヴェリアは少しにやりとし鼻を鳴らした。

 

「ヘレネス、ここで駄弁っていても仕方ない。補給部隊戻ってマインドポーションを追加してくれ。そろそろ前衛部隊が黒竜に近づく。補助魔法を連続して使用する」

 

「り、了解です! このヘレネス、まっとうに迅速にその命を遂行します!」

 

「頼む」

 

 櫓から駆け下りて行ったヘレネスを見送ってリヴェリアはもう一度戦場に向き直した。

 

「……」

 

 寡黙に、睥睨する。

 後列の最高戦力たるリヴェリア・リヨス・アールヴは、私より背後にモンスターを生かせる気はないと。

 

「……」

 

 静かに呟いた。

 

「あいつなら、あるいは――」

 

 妙な胸騒ぎがしていた。手に掬った水が指先からこぼれる感覚。

 

 いつも手にしていたものが、いつのまにか無くなっていたような――。

 

 

 

 

 

③  

 

 

 

 

 

「オ――ォォォオオオオオ オ オ オ ッ !!!」

 

 猛る者たる、オッタルの一撃が黒竜へ迫る。黒竜は身を捩って避けようとするがその速さは直線の攻撃ならば最速と云われるフィンの猛攻を超え、深く鱗に横線を作った。

 

「■■――」

 

 凝縮されたゴムを斬ったような感触と、羽ばたいた黒竜に煽られオッタルは地に足を付ける。迷宮を踏破した足を守る鉄靴は土を踏んだ瞬間煙をたて、一瞬だが足がぬかるんだ。これはオッタルがスキルによる身体能力の向上と、猛り、筋肉が最高熱に達し今際で最強のパフォーマンスを出すための力だ。身体はいつもの小麦より少しくらい色より明るめの

――赤。赤熱反応を起こしたオッタルの実力は迷宮下層域のモンスターすら寄せ付けない。

 

「■……■■■ォォォっっっ!」

 

 黒竜が吠えた。

 

 ――あゝ、お前もなのか

 

 ――お前も、我が鱗を穿つ剣を持つ者

 

 鼻から息を吸った黒竜は下顎の竜皮が膨れ上がる。ぐつぐつと煮えたぎるマグマのような動きと、ぎらりと濁った瞳が怒りを持ってオッタルを見つめた。

 

「……っ」

 

 直感が囁く。

 お前は、死ぬ、と。動かなければ、お前は、死ぬ。確約された数秒後を避けるべく足を動かす。身体のすべての機能が右方向へと向かう。走れ、走れ、走れ。あと一歩、あと一歩が踏み出せればお前の生存は確かなものとなる。

 それでも、相対するのは――知恵ある獣、災害。

 鎌首を擡げ、その場を全て灼熱に染めるべく大きく口を開いた。

 

「■■■■■■■――!!!!!」

 

 火は、オッタルを焦がすべく迫りくる。

 炎は、オッタルの後方100数メートルからすべてを燃やそうと迫りくる。

 焱は、オッタルがどれだけ早く動こうと、上空に羽ばたいた黒竜からとめどなく迫りくる。

 燚は、オッタルの身を消失させようと、

 

 

 

「――ガレスッ!」

 

「――あいわかった、フィンよ!!」

 

 

 

 円を描くようにして灼熱から逃げていたオッタルの猪耳に入る。先ほど下がらせたフレイヤ・ファミリアではない。

 『勇者(ブレイバー)』フィン・ディムナはガレスの合図をしてその場に軽く跳躍する。

 『重傑(エルガルム)』ガレス・ランドロックはフィンの合図に合わせて自身の武器、グランド・アックスを大きく振りかぶった。

 

「そぉら行けぇい!」

 

 戦斧の刃から音の速さを超えた音が鳴る。フィンの屈んだ足は徐々に重力に逆らい始め、遂に伸びきると弾丸のように空を飛ぶ黒竜に向かって飛んでいく。

 それを見たオッタルは無理やり止まってその行く末を見守る。黒竜は突如飛んできたフィンに気付き、口を閉じて迎撃しようと小さな勇者と相対する。

 

「何度も親指の疼きが治まらなかったさ。

 僕は今、自身に勇気を問うている(・・・・・)。この歩みは正しかったのかと、この感情は正しいのかと。それでも、今は、ファミリアのために命を賭けよう。

 

 ――オッタル! 僕の指示は期待しないでくれ。これより先は、僕は僕じゃなくなる……!」

 

「……」

 

 声を出すことなくオッタルは了承する。

 

「【魔槍よ】」

 

 両手に持った槍二本を前方で重ねる。絞るように槍を寄せ、額に当てる。

 

「【血を捧げし我が額を穿て】」

 

 それは『勇者』には到底似合わない魔法。己が、己を忘れ、己を誇張することで力を得るフィンの能力。

 

 

 

「――ヘル・フィガネス」

 

 

 

 昂揚するせし精神を押さえつけようとするがそれは敵わない。伸びた八重歯を擦って歯を食いしばる。瞳が紺色から深紅へと変わった。

 

「お前をここで討つ――黒竜よ!」

 

 火球のように落ちていくフィンは黒竜の額を確かに捉えた。それに対して黒竜は頭突きの容量でぶつかる。

 

「……っぐ、やっぱり簡単には突き刺せないな!」

 

 刺さるが、血は出ていない。無血の生物ならそれも普通だが、そうでないのは前回の戦いで証明されている。ここからどう離脱しようかと刹那の中で思考していると、フィンにとって聞きなれた魔法詠唱が聞こえる。

 

「【集え、大地の息吹――我が名はアールヴ】」

 

 妖精王唱(フェアリー・アンセム)によって範囲、効果ともに拡大されたリヴェリアの補助魔法が三人を包む。

 

「まったく、生き急ぐには役者が足らんぞ」

 

「がはは、その通りじゃのう!」

 

「助かった、リヴェリア」

 

「これが九魔姫の魔法か――」

 

「ああ、物理と魔力に耐性を持たせる補助魔法だが……あれ相手ならば精々即死を免れるくらいだろう。一応微力な回復もあるが頼ってくれるな」

 

 身体に纏った光の衣に違和感があるのかオッタルの視線は何度かフィンたちと自身の肉体とを往復した。それでも何度かすれば適応したのかすぐに剣を握りなおした。

 

「話している暇は無いぞ」

 

「地上部隊は巻き込まれないよう、周囲のモンスターへの対応を任せている。オッタル、ここからは私たちであの黒竜を撃退するぞ」

 

「もとよりそのつもり、オラリオには外壁にすら触れさせん」

 

 オッタル、フィン、リヴェリア、ガレスの四人は山巓の威を持った黒竜と向き合った。

 これより書き連ねるは『迷宮神聖譚』に並ぶ物語。四人の英雄が、抱悪の怪物に挑む、

 

 ――竜殺しの物語

 

 である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが――。

 なぜだろうか――。

 

 英雄と対峙する黒竜は足元の四人を見つめることはなかった。

 

 かの竜が見つめるのは――遥か後方。

 今も眼前にいるかのようにその宿命を感ぜられる、一人の男だった。

 

 

 

 

 





「ああ、楽しみだわ!あなたの物語が完結するなんて!」

――フレイヤ・ファミリア すべてを魅了する美を持つ神より


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