世界で一番かわいいヒロインは、この私、山田エルフなんだから! 作:冬希
そして、付き合うことになった。
素晴らしい遊園地デートになったよ。しかし、これがきっかけで二つ解決するべき問題が出来た。
ひとつは「はあ?アンタ達の未来と私がなんの関係があるのよ」
エルフのこの一言にある。
アンタ達、すなわち編集者の未来とエルフの関係ってなんだろう。
エルフは別レーベルの作家だ。彼女の小説が俺のレーベルに影響を与えることは…
そして二つめ、それは紗霧含めたみんなの清算だ。
第二章「絶対に穢されることのない最高の小説」
遊園地デートの翌日。昨日連れ回された疲れがまだどっと残っている。
あれから紗霧と目を合わせていない。
「…兄さん」
開かずの間の扉がそっと開いた。
いつものパジャマ姿の彼女。変わらず整理された部屋に招き入れるが、いつもよりかなり暗い気がする。
「兄さん、エルフちゃんと付き合うことになったんでしょ。ツイッターで自慢してた」
話題は単刀直入に切り出される。でも喉の奥からようやく出されたようなか弱い声だ。
「うん…その通りだ…」
全く悪いことはしてないのに、言葉尻が弱くなってしまう。
「…ぜ、全然悔しくないんだからっ!いつも私を困らせる兄さんなんて、全然好きなんかじゃないから!!」
強気な言葉の裏腹、泣き出して布団に潜り込む。
「…しばらく一人にして」
「…わかった」
ふたたび開かずの間は深く閉ざされてしまった。
それが一時的なものであればいいが…
「ちょっとマサムネ?アンタ紗霧に何をしたの?」
いつも開かずの間から飛び込んでくる彼女。しかし、今は負のオーラというもので満たされているらしい。
だから珍しく玄関からやってきた。いつもこうして欲しいけど。
「なにもしてねーよ、お前と付き合ってることを教えてから半日以上あんな感じだ」
さっぱりと手を横にする。
「どうにかしなさいよ、アンタの妹でしょ」
「なんとかしたいけどさあ、紗霧出ない時はとことん出ないし、強引にやりたくないんだよ」強引に引きずり出そうとしてさらに引きこもりを酷くした人もいるからな。
同居人として、ようやく心を開きだした紗霧がここでまた固く閉ざしてしまえばさらに解決が難しくなってしまうだろう。
「引きこもりがさらにひどくなるかもしれないし、イラストを描けないという位にまでひどくなるとアンタの小説の価値がかなり下がってしまうわ」
二人して腕を組む。
『エルフと付き合うことで編集者の未来が左右される…』
そういえばそんなこと言ってたよな。
「なあ、昨日神楽坂さんと連絡したんだろ?なんと言ってたか覚えてる?」
「んーとね、電話してきた理由としてこのまえアルミちゃんと色々あったじゃん?あれから私とマサムネは上手くいってんの?っていう電話ね」
いやそれじゃない。
「アンタ達の未来と私の関係って言ってただろ?」
「あーあれね。『これがきっかけでマサムネが良い小説をかけなくならなければ私たちは文句ない』って感じだったかしら」
言っていたことと現状は自然と辻褄があっていく。
「アンタのイラストレーターが引きこもって仕事が出来なくて小説が書けない現状を踏まえると、悔しいけどアイツの言ってたことも的を得てるって感じね」
「ああ。それにいち早く勘づいたから連絡を入れてくれたんだろうな」
あれは笑えない冗談ではなかった。いま、
そうだとしたら考えられる解決法は紗霧をなんとか説得するか、俺らが付き合うことをやめることだろう。
後者はまずありえない。前者を達成する打開策を考え、成功すれば神楽坂さんは文句は言わないということになるのかな。
ただ、今の紗霧を引っ張り出すのは当然ながら逆効果だろうし、自然と出てくるのを待つしかないとしか言えない。
しかし、俺と紗霧が出会ってから一年は顔を合わせなかったし…
でも代役のエロマンガ先生なんてダメだ。絶対に何とかしなければ。
「分かったエルフ。俺も最善を尽くす。ただ、もしそっちで行動が見えたらすぐ連絡を入れてくれ」
「わかった。そちらも進展があったらすぐ連絡を入れること!」
二人は解決方法の糸口を掴めないまま、紗霧の経過を観察することになった。
「エロマンガ先生として、今後も俺のイラストレーターになってくれ」
とでも懇願すればいいのか、さらに土下座してでも紗霧に頼み込めばいいのか。
もしくは神楽坂さん経由で頼んでみればいいのか。
様々なアイデアが浮かぶも、どれもそうすることで紗霧が部屋から出てくれるとは思えない。
二日三日と経つも彼女は部屋から出ない。かろうじてご飯は食べてくれるが、顔を合わせてくれない。
カーテンも閉じられエルフもお手上げである。
詰んだな。くそっ、兄なのに何も出来ないなんて…
唯一の頼みの綱かもしれない神楽坂さんからの連絡もひとつもない。
新作の執筆が終わったのに埋まらないイラスト。そして日々がただただ過ぎていく。
そして、家族が一人欠けたまま、正宗は一年の課程を修了した。
春休みに入るも、状況が変わることはない。
そして、紗霧が閉じこもって六日目になった。
紗霧と正宗が家の中で繋がったきっかけを思い出す。
「もしかして!」
閃いた正宗は急いでエロマンガ先生のブログから動画アカウントに飛ぶ。
動画が残っていれば、なにか手がかりを掴めるかもしれない!
━━しかし、そこにあるのは一週間の空白であった。
「打つ手、なしか」
生放送、更新の途絶えたブログもコメント欄のみ更新が続いている。
彼女を心配する声で溢れている。それらすべてが俺に同調しているように感じる。
そうして何も進展がないまま一週間が過ぎようとしていた。
「…兄さん」
紗霧は部屋から姿を出したのはあれから一週間経過した日のことだった。
「さg…」
今後のことについて、正宗が頭を下げようとした。
「…頭を下げないで。その代わり、すぐに編集者の元へいって。エルフちゃんも一緒に」
淡々と告げられた命令、それは何を意味するのか。
…あまり考えたくないな。でも今は指示に従うほかない。これを達成したら問題は快方へ向かってくれるとそう信じて。
「あの編集者の元へいけ?ほんとにそう言ったの?」
クリスタル・パレスの前で二人。
「…あなたがここで嘘をつく理由もないわね。仕方ないわ。それでなにか変わることを願って行きましょう」
「お待ちしておりましたー!どうです?イチャイチャデート、楽しかったでしょう」
二人とは裏腹に非常にテンションの高い神楽坂さん。でもあんた、その邪魔をしたんですがね。
「…残念ながら、今回あなたがたをここに呼んだのはお仕事に関係することなんです」
「分かってるわよ。そんな前戯なんていらないからはやく話を進めなさい」
「まあそんな焦らないでください。奥の部屋で座りながら話しましょう」
…何かを隠している。間違いない。この人達と紗霧になんの関係があるんだ…
部屋に連れられると特にエルフに馴染みがあるあの人が座っていた。
「あら、アルミも来てたのね!」
「ああ。あの強引な女に連れられてな」
今この部屋にいるのはアルミ、エルフ、俺、神楽坂さんである。
俺の小説の話なのに、エルフ達まで招集された。つまり、この話は「二人は付き合っている」という情報があちらに伝わったから集められているということだろう。
もしかしたら…と嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「あなたが今出版している「世界でいちばんかわいい妹」はこれからもたくさんの需要が見込まれるでしょう。あれは『妹と主人公』、すなわちあなたと紗霧さんがモデルになっていますよね」
「はい、そうですが…それと今回の集まりはなんの関係があるのですか?」
「単刀直入に話しますと、ここであなたが山田エルフ先生と付き合ってモデル、すなわちあなたの恋愛対象が紗霧さんからエルフ先生になると、『恋愛に対する考え』も変わるでしょう。恋愛対象が家族か友達かで考え方は変わります。それで、小説の質が変わってしまうと思ったんです。もちろん、小説の質が変わってしまえば読者は減るでしょう。和泉正宗先生と山田エルフ先生の記事をインターネットで見た時はびっくりして慌てて電話を入れました。正直また山田エルフ先生の無茶振りに付き合ってるのかなとは思ってましたが。しかし、それはすぐに不安に変わったのです。紗霧さんからの一報で二人は恋愛関係にあると知りました」
なるほど。ようやく全てが繋がった。
『和泉先生が良い作品を作ればそれでいいんです』
『私は未来の話をしているのです』
これは紗霧の話ではなく、「妹に恋していた自分」が変わってしまったことによる小説の変質を指していたのか。
「私は『和泉先生が良い作品を作ることができれば文句はない』と先日山田エルフ先生にいいました。それについて、紗霧さんとアルミさんで数日ほど相談をしていたんです」
完全に中からも外からも遮断されていただけにわからなかった。でも、遮断出来たからこそ計画を起こせたのか。
「相談して得られた結論を言いますと、これより、簡単なテストを行います」
すげえ唐突だなおい。
「ちょっと付き合ったくらいでなんでテストを受けないといけないの?」
一見するとまさにその通りだ。しかし、俺たちはライトノベル作家、ちょっとした感性の変わり方が致命的な変質を生むこともあるだろう。そこを気遣ってのテストなんだ。わかってくれ、エルフ。
「テストそのものは単純です。和泉先生はこれまで通り、私たちに小説を提出してください。それを私たちが読み判断します。あなたはこれまで以上の小説を書いてください」
テストそのものは本当にごく単純だ。猿でもわかる。
「その達成度を判断するのは私、アメリア・アルメリアさん、紗霧さんです」
紗霧か…確かにこの世で二番目に俺の小説を読んでそうだもんな。一番は間違いなくムラマサ先輩だが…
「ただ、三人では少ないかなーって思って、お互いをよく知る方それぞれ一名ずつを、なんと特別ゲストとして呼んでいます!」
相変わらずこういうことには本気だよな、神楽坂さん。
「まずは誰よりも和泉先生のことを知っているでしょう。我がレーベルトップの総発行部数を誇る若きエース!千寿ムラマサ先生!」
呼ばれて部屋に入って来たのは着物を普段通り着こなすいつもの彼女だ。
いつも通り小説を執筆している。
今回の件、どう思っているかはあまり想像ができないけど…
「さて、お次は山田エルフ先生ならよく知る人物でございます」
首を傾げ今まで挙げられたムラマサとマサムネに紗霧、アルミの他に誰がと指折り数える。
「山田クリス先生です!」
彼女自慢のエルフ耳が動いた。
凛とした立ち姿でスタスタ歩いてくる。
「ちょっと!?兄貴!?」
「エルフ、仕事の調子はどうだ」
珍しく彼女が怯んだ顔が見れたな。
「ぜ、ぜ、絶好調でございます!」
「なら良かった。私がここに呼び出された時はまたお前が問題を起こしたのかと思ったよ。まあそれはともかく、正宗くんとお付き合いされると聞いた時は嬉しかった。でも、環境が変わるということは想定外の問題が付きまとってくるものだ。でもそれを乗り越えてくれると期待しているよ」
エールを送られるのはありがたいけど真顔でそれを言われると少し怖い。でもクリスさんにもそう言われてしまったらもうやるしかない。
「テストの概要は、四月七日の二十四時までに『世界で一番かわいい妹 第四巻』の本文を完成させてください。その後それを読み合わせて判断します。期待してますよ、和泉先生」
俺はあの日、誓ったんだ。
「私は!これからも良い作品を作ります!」
ってな。
それを見せつけるにはいい機会だ。待ってろよ。
「ええ。これまでで一番の小説を提出してみせます」
二人は事務所を出て覚悟を胸に帰途についていた。
「まさか、こんなにも早く試練が来るとはね」
「ああそうだな。お前とはじめて出会った時を思い出したよ。今、あの時と同じ気持ちだ」
敵だったエルフが仲間になり、当時仲間だった人々が敵になる。複雑な気持ちだ。
そして、初めて紗霧を敵サイドに回す。
もちろん、悪という意味の敵ではない。俺を強くしてくれるいわゆるジムリーダーみたいな感覚。
「あれでいてあの人、結構優しいのね。あなたを強くするための機会を与えてくれたんだから。それを棒に振るマサムネじゃないよね?」
「間違いないな。俺は今燃えてるぜ。やる気マックスファイヤーだ」
「期待しているわよ。あの人たちをギャフンと言わせる、決して穢れることのない最高の小説をね!」
「任せろ!お前までギャフンと言わせてやるからな!」
大層な話になってるが、生活そのものはあまり変わらない。俺がただ執筆に専念するだけ。学校もないしね。
というか、ごく一般的な世間は春休みだというのに…俺にももう少しプライベートな春休みがあってもいいんじゃない?さらば俺の高二の春。
「もし私にできることがあったら呼んでね、例えば…」
「例えば?」
何故か赤面しやがったぞ?
「お風呂とか!」
「…検討しとく」
「やったー!」
そんなに俺と風呂に入りたいのか。
でも、一日くらいならいいかも…なんてな。
「なら、一日中日だけ"お前の家で"お世話になって良いか?」
この前家デートしなかったお礼もあるしな。
「…なるほど!疲弊しきったあなたを本気で嫌せばいいのね!」
「四月一日に頼めるかな」
「ええ!任せなさい!私の最高の癒しテクであなたを天国へ誘うわ!」
「あと、本当にノッてて小説から離れたくない時は晩御飯とか作ってもらうかもしれない。その時は一報入れるよ」
「別にマサムネの家で同居してもいいのよ?」
こういうことを言うエルフは大抵お色気しかないのだが、今回はそれがほとんどないように感じる。頼りにしてよさそうだ。しかし、まだ紗霧との問題はまだ完全に解決していない
「そうしてくれればこちらも助かるんだけど…紗霧が付き合ってることに関してまだどう感じているか分からないから保留にしとくよ」
紗霧の精神的負担にならなさそうだと判断したらすぐ頼りにしたいくらいだ。すごく惜しい。
「あともうひとつお願いがあってね」
「ええ。聞いてあげるわ」
「紗霧の動画を見てほしい。それで俺達への印象がわかるかもしれない」
動画なら見てる人に相談という形で本音を吐いてくれるかもしれないしな。
「それでもし悪くなかったらアンタん家に行けばいいのね!」
「まあざっとそんな感じかな。でも先に連絡入れてね」
「任せなさい!超天才作家の完璧なアシストを見せてあげるわ!」
…まったく、こういう時のエルフは本当に心強いんだから。
「…行ってらっしゃい。"正宗"」
「ああ、行ってくるよ」
「待って、最後に」
瞬間、ふわっと香りが二人を包む。
これまでの彼女とは違う、大人の抱擁だった。
こうして俺のおよそ三週間に及ぶ"執筆強化週間"が始まった。
ちなみに、紗霧には既に三巻の完成原稿が渡っている。
とりあえずはイラストを描いてもらえることになった。助かった。
持ち前の筆の速さで原稿を書き進める。特に前と変わったような書きずらさは感じない。
朝も、昼も、夜も。俺はパソコンに向き合った。
紗霧の動画もこれまで通り放送されてるらしい。…本音は喋っていないらしいが。
あれから一週間。今日もエルフは複数ウインドウを自在に操りエロマンガ先生の放送を見ていた。
「相変わらず楽しそうだなあエロマンガ先生」
流れていくコメントを拾いながらすいすい書き上げられていくイラスト。
紗霧の本当の顔はお面で見えないけど、エルフには視える。
「実は俺、兄さんがいるんだけどよ」
エロマンガ先生は意気揚々と兄さん、すなわち正宗の話をし始めた。
エルフはウィンドウを取引中のものも含め全て引っ込めて注視する。画面にどんとエロマンガ先生が映り込む。
「あいつと付き合う女の子、すげえ綺麗で少し羨ましくてさ。たまに相手の癇癪を買ったりする馬鹿なところもあるけど、それ以上にコミュニケーション能力と女子力が高いんだ。俺もなあ、あいつと付き合えたら良かったんだけどなあ、羨ましいや」
馬鹿って何よ!危うくコメントに流してしまうところだった。
コメントには「へーーその兄ってイケメンなのかなあ」とやら「その彼女さん、見てみたい!」それぞれの脳裏に浮かんだ正宗やその彼女、エルフへの好奇心を示す。
「へえ、ちょっと引っかかるけどそれ差し引いてもいいこと言うじゃん」
正宗にも見せてやりたかったよ。仮想とはいえここまで褒められることは今後もあまりなさそうだし。
「そ、そんな話はもう終わりだ!」
あわてて自分の言ったことをかき消し画面はイラストメインに切り替わった。
「まっ、エロマンガ先生も特に気にしてなくて良かった」
これまで通りの彼女にほぼ戻ったと確信した彼女は安堵の息をついた。
「特に私たちのことを悪く思ってはいないみたい」
正宗にはとりあえず最低限の情報だけを送っておいた。
「良かった。ありがとう」
ようやく正宗の心の枷がひとつ降りた。
「俺の兄さん、最近部屋から全く出てこなくてさあ。部屋から出るとしたらご飯を作る時とトイレに行く時くらいだな。私の知る限りでは」
その翌日、再び兄さんについて語り出した。
「きっと夢中になってる事があるんだろうけど、部屋の明かりは深夜まで消えない。そんな日が続いているんだ」
今日の紗霧は「妹として兄を心配する」紗霧だった。
「どうせゲームに夢中なんじゃないの?」「兄さん想いだねえ」
いや、当然これは小説漬けの正宗のことだろう。まあ真実が分かるのは私しかいないんだけど。
「ちょっと色々覗いてみたんだ。多分一日一回は包丁で怪我をしかけている」
それで指を怪我されたらたまったもんじゃない、なにやってんのマサムネ!今すぐにでも行かなければ!行くべきよ。
その放送が終わった直後。
エルフに一通のメールが送られていた。
「こっちに来て」
要件はすごく簡潔にまとめられている。
「ふーん、なるほど、それで私の助けが欲しいってことね!」
もはや和泉家に開かずの間が二つある状況だ。
「私が彼を追い込んでしまった。これで体調崩したりしたらどうしよう」
と自身が彼の負担の一つになっていることに気付き、罪悪感に苛まれていた。
それで家庭的な一面をもつエルフにお助けを依頼した。もっとも、エルフ自身も開かずの要塞に踏み込むつもりだったのだが。
事情を知ったエルフは「任せなさい!」と胸をポンと叩いた。
普段は馬鹿なことばかりいうけど、こういう時はほんとに役に立つんだから…
なんて正宗と同じことを考えながら紗霧は視線で追いかけた。
「あれっ、開かずの間が開いてる」
開けっ放しにされた初代開かずの間。そして下からは家庭的な音。
「もしかして、紗霧が…?」
「マサムネ、おつかれ!」
「お疲れ様、兄さん」
パソコンをずっと見ていた目でぼんやりと二人を映し出す。
「アンタは家事を私たちに任せてソファーで座っていなさい」
「兄さん…少し頑張りすぎ…」
確かに俺は無意識のうちに頑張りすぎていたのかもしれない。ソファーに座っていると…意識が…堕ちて…背もたれが俺を支えて………
「エルフちゃんのえっち!変態!そうやって兄さんといちゃいちゃしているところを私に見せつけるんだ!」
顔面真っ赤にして可愛い罵声を浴びせる。
「今のマサムネならそう簡単には起きないわ!ほら!」
「でも…ほら…エルフちゃん…付き合ってるんでしょ…兄さんと…」
一気に語調が萎む。
「私が許可するわ!今しかないわ!目覚める前に!」
「…?」
飛んだ意識が戻ってきた。
「可愛い妹と、お付き合いをしている可愛い彼女。どっちがいい?」
頭がまだがぼやける中、ハッキリと耳元で問われた選択肢——。
「!?!?!?!?」
意識が戻ったその勢いで体が跳ね上がりかけた。
目を開けたら別の意味で地獄だろう。というか開けなくてもわかる。
無防備だった俺の手足は美少女二人によって既に殉職。そして残った体も二人に乗っ取られかけている。
そして極めつけに二人の唇が耳に…
「マサムネっ」「兄さんっ」
和泉正宗、殉職————。
「おはよう、マサムネ!」
ふと目を開けるといつものエルフと真っ赤な妹がいた。
「兄さんのドスケベ!変態!ハーレムラノベ主人公!!」
「どっちが変態だー!」
こうして数日エルフは住み込みでサポートをした。もちろん、状況を分かっている彼女が邪魔をすることはなかった。仕事をしていない時のイタズラで精神的負荷は増えたけど、物理的な負荷は減ったかな。そこは二人で感謝したい。
三月三十一日にはエルフは晩御飯を食べると明日の準備があるからと一旦帰っていった。
約束の日。俺はクリスタル・パレスを訪れた。
「いらっしゃいマサムネ!今日一日はすべて私に任せなさい!」
初めて見る彼女の姿だ。
「それは…」
「ええ…ナース服よ。今日のために取り寄せたの…どうかしら?」
「そこまでして…すげえよ…しかもかわいい…」
つい撫でたくなってしまうほどかわいい。
「ふふふっ、ようこそ、我が居城へ」
改めて正宗を招き入れた。
案内された元作業部屋にはベッドが置いてある。
「さあ、マサムネ!まずはここで寝なさい!」
言われるままにベッドに横になる。
「さあ目を閉じて…深く深呼吸して…」
やましいことを考えるなやましいことを考えるなやましいことを考えるな…
いや俺は何を言ってるんだろうか…癒して貰ってるんだから、それが俺にとっての癒しになるのなr…
ぐええええ!
突然エルフの指が腰に突き刺さった。
「腰痛予防の筋肉よ!あんた一日中デスクワークでしょ!期待を裏切らない硬さね!そのままだとすぐ腰痛持ちになるわ!」
正直痛いけど、正直こんな若くから腰痛持ちになってはきつい。我慢するしかない。
「次は大腰筋!腰痛予防には大切な筋肉だから我慢しなさい!さあ私の方を向いて!」
親指が容赦なく大腰筋を攻め立てる。
大腰筋の後も骨盤など、特に腰痛に効くマッサージが施された。
愛が物理的に届いた気がした。少し痛いけど。
少し部屋を見渡すと「腰痛予防」と銘打った本が数冊置いてあった。
「ありがとうな、エルフ!」
「ふふん、当然じゃない!あの編集長ですら見据えることが出来たアンタの未来、私で見えないわけがないじゃない!さあ!そんなことより私と遊びましょう!今日一日は仕事も忘れること!」
「さて、流石にこの格好だと遊びにくいし着替えてくるわ!」
「分かった。この部屋で待ってるよ」
流石にナース服だと確かに不便があるか。そのままでも正直良かったけど。
そういえば、告白した当日を除けば初デートになるな。ふふっ…そうか、初デートか…まあ今は一人だけど、すぐに戻ってくるだろう。
しかしなかなか戻ってこない。きっと何を着るか悩んでるんだろう。
さらに数分後。そろそろ不安になってきた。
そもそもここエルフの家なんだし、何か迷うこともないとは思うが…
そうだ、きっとお風呂に入ってるんだろう!そうだろう!
エルフの家のお風呂、どうなってるんだろうなあ。
そんなアテのない予想を繰り広げていると携帯が着信を知らせる。
「今すぐ来なさい!」
…そんないちいち脱衣所で連絡するまでもないのに。
「エルフー、入るぞー」
「どうぞー」
どうぞーって言うもんだから入ったんだ。この先何があっても俺は悪くない…
「きゃーーーっ!」
案の定?幼い叫び声が耳をつんざく。
「お前が入れって言ったんだからなー!」
なんとなく察してたよ!俺は悪くないからな!
「…一緒にお風呂入りたいんでしょ」
開き直るの早っ!
「入りたいです」
美少女とお風呂入るの、今どき高校生なら飽きるまで妄想してそうだもんな。
「もうっ、マサムネったら素直!というわけで、本日第二の取材、恋人同士のイチャイチャお風呂タイムよっー!」
いちいち淫靡な言い方をするよな。
「マサムネ!あんた服着ながらお風呂入るの?」
「エルフがいると脱ぎにくいんだよ」
「それは仕方ないわねー。私は先に入って待ってるわ」
一人脱衣所にいる正宗。
何を着るか悩んでるんだろうと推測していたけど、"何も着ていない"とは。確かに裸が一番美しいとは聞かされているけど。
結構待ったと思うけど、エルフも同じように脱衣場で待っていたのかな。でも普通の人は着替えてるのわかって探しに行かないぞ普通。
と、ここまではいつも通りのお風呂なのだが…
「おい!隠すタオルがないぞ!」
「自宅の風呂、タオルで隠さないでしょ!」
違うんだ。そうじゃないんだ。せめて、せめて自分すべてをさらけ出すのはもう少し先にしてくれ。
「流石に恥ずかしいわ!」
「もー仕方ないわね。その棚の上の方にない?」
俺はなんとか自分の羞恥もろもろ隠すことが出来た。
「いらっしゃい!マサムネ!」
「お前は自宅の風呂で水着を着るのかー!」
音速のツッコミが炸裂した。
くそっ、俺が待つ間に風呂の中に水着を…
いずれにせよ、隠す部分は少ないとはいえ圧倒的不利だ。
「さあ、マサムネ!早速背中を流してあげるわ!」
正直エルフに背を向けると何されるか分からないから怖い。
周囲を確認しながら背を向けた。見た感じ脅威になりうるものはないが…
ふにゃ
いやちょっと待てちょっと待てなんだこれは
「後ろ振り向いちゃ、だっめっ♡」
なんかすげえ媚び媚びな声!
くそっ、俺の背中で何が起きてるんだ!
この淫乱女め!
「終わったわ。次はマサムネ、私の背中を流して頂戴!」
仕返しをしてやりたいところだが俺がそれを遂行すると間違いなくセクハラになるからな…くそっ、理不尽!
前回サンオイルを塗った時と見た目上はほぼ変わらない背中だけど…
ちきしょう、前よりいかがわしく見えてしまう。
抑えろ、抑えろ野生を、煩悩を。
…というか、煩悩に塗れてるのは間違いなくエルフなんだがな。俺は悪くない!
と、心の内で大葛藤を繰り広げていると更なる事実に気づく。
エルフは上の水着を取っている。そこまでは良い。
彼女の椅子の前に今は完全に曇っているが鏡がある。それが問題なのだ。
こうなることを見計らっていたように沸かしてあったお風呂が功を奏している。
しかし、万が一エルフが鏡にシャワーを当てた日には…。
地獄と天国が共存しうる世界になるだろう。幸い?シャワーは止まっている。
「行くぞ」
俺は覚悟を決めた。
「あらマサムネ、上手いじゃない」
背中流しに上手いも下手もあるかは置いといて、エルフがリラックス出来ているようなら良かった。まあイタズラはできないけど、葛藤は杞憂で終わったようだ。二人のありのままを晒すのは早すぎる。
なんとか背中の洗いっこを終えた俺達。
水着で最低限の防御をしている彼女は湯船につかっているが、俺はタオル一枚。当然タオルを外さないで湯船に浸かるわけにもいかず、湯船の外にいた。
「何そんなところでぼさっとしてるのよ、入りなさいよ」
「いやタオル巻いて入ったら悪いだろ?」
「いいわよ別に。どうせ私しかいないし。冷えちゃうでしょ」
こうして俺はなんとか湯冷めを防ぐことが出来た。
なんとか普通?のお風呂を済ませた俺達。
残りの時間はエルフ手作りのおかしをつまみつつこの前貸してくれたゲームを進めたりと小説のことを忘れ色々なことに没頭した。
ちょっと予想外な展開はあったけどどれも彼女らしいや。
今日が終わってもエルフと正宗は別々になるわけではないが、心のどこかでうら寂しさがある。
でもやる気根気体力すべてを充填できた俺達。決戦の日まで残り一週間、再び二人三脚での執筆活動が始まったのだった。
とはいえ、小説そのものはほとんど書き終えているためほとんど推敲になる。
今回は読んでもらうことなくすべてを自分で行うのだ。
そして、四月七日夜。俺は勝負の小説を提出した。
見せつけてやる。俺の「穢されることのない最高の小説」を!
約束の日時、俺とエルフは事務所に向かう。やるべき事はすべてやった。出来ることは模索した。なによりすべてを尽くした。
ここで小説に関して言われたことはすべて真摯に受け止めるしかない。俺が全力以上を出した結果なんだから。
神楽坂さんによると、俺がメールに電子ファイルを添付する形で提出したそれをそれぞれの読みやすい媒体にするそう。
ムラマサ先輩には紙媒体にしたり、紗霧には小説データを彼女のパソコンに転送されたり。
さらに、いつもと同じ感情で読めるように試験者はここに来ることを義務付けていない。
しかし、紗霧以外全員みえているらしい。
先日の部屋に向かう。さすがのエルフも緊張面している。
神楽坂さん、アルミ、ムラマサ先輩、クリスさん、後から来た俺ら二人で円形に座る。
しかし紗霧含めた五人は既にデータを受け取っているらしく、既に好きなタイミングで読み始めていた。なんという曖昧なスタート。
そりゃまあきっちりやりすぎても無駄に緊張してしまうから分からなくはないけど。
それにしても俺、ここにいる意味があるの?
読んでる人を観察してもピクリとも動いてる気がしない。
部屋から出てもいいですか?なんて読んでる神楽坂さんにいえないし…
まさかこんなことになるとは、耐えろ…耐えるんだ俺…
葛藤を繰り広げることおよそ三十分。ようやく一人読み終えた。読了一番乗りはムラマサ先輩だ。
「マサムネくん。少しいいか?」
ようやく極度の緊張から解放されたと思えば、今度は違う緊張が体を襲う。
「色々あったらしいな。お疲れ様」
「ありがとう、先輩」
事務所からは少し離れ、春の空気と若葉に触れながら二人は対面して座る。
「とりあえずマサムネ君の不安要素をなくしておこう。今回の小説も素晴らしいものだったよ。私からは特段咎めることはない」
良かった。とりあえずムラマサ先輩からはお墨付きを頂いた。
「そんなことより、山田エルフ先生とお付き合いしているという情報を得たんだ」
腹を括る覚悟はできている。
「その件は本当だ。俺から告白させてもらったんだ。でも…でも、俺は頼りになるムラマサ先輩も好きだ。そこは忘れないで欲しい」
「そう言ってもらえて嬉しい。それに、たとえマサムネくんが誰かと付き合ってたとしても、マサムネくん自身は変わらないからな。私はそんなマサムネくんが好きだ」
ほんとに、俺がこの世に三人いたら紗霧、ムラマサ先輩、エルフと付き合ってたよな。
「ありがとう、先輩…」
しかしそうはいかないのが過酷な現実だ。
「そして、一読者として今後も永遠に期待しているぞ。和泉正宗先生!」
「ああ、任せろ先輩!」
どんと己の拳で己の胸を叩いた。
ムラマサ先輩は今回のテストの件を神楽坂さんに伝えると帰っていった。
マイペースなのもあるけど、合格することを確信したのかな。
「和泉正宗先生!」
「あっはい!」
戻ってくると間髪を入れずに名前を呼ばれた。なかなか緊張が解けない。
でもいくらかムラマサ先輩のおかげで緊張が少し緩んだ気がする。落ち着いて話を聞けるよ。
「今回の小説、とりあえずは合格としましょう」
とりあえず…?
「どうしてって顔をしましたね。それはたった一人あなたの小説に及第点を唱えた方がいたからです」
「及第点…ですね。それはなんでしょうか」
それは俺でも気づかないようなことなんだろう。今後の糧になることに違いない。
「まあ焦らないでください和泉先生。その方のメッセージをそのまま読みますから、よく耳を傾けて聞いてください」
耳ごと体まで傾いてしまいそうだ。
「小説そのものは正宗先生らしさが出ていて素晴らしかった。たった一つのことを除いては」
そのたった一つ…
「あまりえっちなイラストがかけそうな描写が少なかった」
うん。家族会議だな。
「ところで、もし不合格だった場合どうするつもりだったんですか?」
不合格になった時のことなんて考えたくないから気にしていなかったが、合格したらもう話は別だ。
「何も考えてませんよ?」
は?
「えっ、どういうことですか」
もう訳が分からないよ。テストじゃなかったの?
「もう終わったことなので、この話は一から話しましょう。実はこの企画の発案者は私ではありません」
突然の黒幕じゃない宣言にエルフが何かを言いたがっている。
とりあえず腕で静止を持ちかける。話を全部聞かせてくれ。
「言ったじゃないですか。『私はあなたが良い小説を書ければ文句はない』と。不安になって電話をかけたのは事実ですが、それであとは小説を読んでそうなった時に考えれば良いと考えてました。しかし、紗霧さんはどうしても気がかりだったようです。『女の子にデレデレして小説の質を落とすような兄さんを見たくない!』と何度も言ってくれました。そして、彼を奮起させる方法として、紗霧さんはこの方法を提示したのです」
紗霧は俺を心配して、敢えて敵に回ったのか。
「でも良かったです。ここであなたが私たちが恐れていたことをしでかしたりした日には、担当絵師さんから変わってしまう恐れもあった訳ですからね」
俺はそれが一番怖かった。特にこれを知らされる前部屋に入った時は覚悟をしたっけ。
「アンタの妹、黒幕だった割には私を呼んで手助けを依頼したりとまた随分やさしい黒幕だったわね」
確かにな。やさしくてかわいい黒幕だよ。
紗霧、ありがとう。俺はまた成長することが出来たよ。
「まあ何はともあれ、お疲れ様でした。次のお仕事が舞い込んでくるまでの少しの間、英気をまた養ってください。次巻は今作を超えなきゃいけないんですからね!」
「はい!」
こうして俺の戦いは幕を下ろした。
「ただいまー」
リビングに入ると天井がどんどんと返事をした。それを聞いた俺は二階に直行する。
半開きになった開かずの間。
「第三巻のイラスト、これでいいかな…」
「完璧だよ紗霧!ありがとう!」
「そんで、第四巻のことなんだけど…」
「うんうん」
「もっと露出が多い衣装にして」
顔面真っ赤の紗霧と呆れ笑いをする俺。まあ俺はそれを既に神楽坂さんから聞いていたから知ってたけど。
「いやどうしてそうなる…」
「い、いやだってその方が読者も喜ぶかなって…べ、べつにわたしがかきたいわけじゃ…」
いやいや普通に本音漏れてますよー。
「うーん、エロマンガ先生がそういうなら仕方ないなー、しょうがない。とびきりエロいのを書かせてやるよ!」
「そ、そんな恥ずかしい名前の人はしらないっ!あ、あと読者のために『仕方なく』描くだけで…」
「えーーホントかなあ」
わざとらしく語尾をあげる。
「妹にそんなこと言わせようだなんて、兄さんのヘンタイ!!ドスケベ兄さん!!!」
部屋を追い出されちゃったけど、ようやく普通の日常が帰ってきたことが今の俺にとって一番の幸せだ。
「エッロマンガ先生ーー」
「そんな恥ずかしい名前の人はしらないっ」
そして、山田エルフが久しぶりに窓に飛び込んできた。
「こっちにまで聞こえてきたわ」
「だって…」
「事情は聞こえたわ!ここにいいモデルがいるじゃない!アンタが望めば全裸にだってなるわ!」
「エルフちゃんのえっち!…でも頼んでいいかな」
「素直でよろしい。さあ、私の幼くも淫靡な姿を好きなだけペンタブに残すがいいわ!」
騒がしい二階。ようやく我が家に春休みが訪れた。