世界で一番かわいいヒロインは、この私、山田エルフなんだから! 作:冬希
俺はそこで告白をし、二人は付き合うことになった。
しかし、俺が書き進める「世界で一番可愛い妹」で俺がモデルになった主人公と現実の自分で異差が発生し、小説の質が変わると神楽坂さんは言った。
加えて「女の子にヘラヘラして小説の質が落ちる兄さんを見たくない」という紗霧の意見もあり小説のテストが行われた。
俺はなんとかそのテストをくぐり抜け、ようやく平穏が訪れたのだった。
小説のテストからおよそ三ヶ月。気分転換としてエルフに足立の花火大会に正宗は誘われる。
それをめぐってある夢を見た紗霧は思いきった行動に出ようとする。
そしてその結末、紗霧が知ったエルフの想いとは。
第三章
あれから二週間すると、ムラマサ先輩から二枚目のお手紙が届いた。相変わらずの直筆だ。
表表紙に「敬愛する正宗くんへ」なんてかかれるとすごく恥ずかしいけど、純粋にすごく嬉しかった。
やっぱり熱心なファンがいるってすごく励みになるんだな。彼女の場合ちょっと怖いけど。
そんな励みもあって、お仕事は至って順調である。加えて第四巻を早々と書き上げることが出来たため、かなり余裕もある。
ただ、ゆっくり出来るのは今だけかもしれない。当然、人気が出れば仕事が増えるだろう。そんな時に一度体調を崩して仕事が出来なくなれば、回復した後、南の島の時のエルフのように原稿が山のように机に積まれ、差し迫る締切に追われる。だからこそ作者は体調というものにもかなり気を配らないといけない。
「和泉マッサムネせーんせいっ!遊びましょ!」
ある意味彼女も心の支えになってるなあ。少し物理的に忙しくはなるけど。
次またゆっくり遊びに行くとしたらいつになるだろう。彼女は一応アニメ化しているライトノベル作家。お互い忙しいからなかなか時間が合わない。
…まあ時々こうやって仕事に飽きて開かずの間から飛び込んでくるんだけどね。
一応こちらが暇になったら使って入って来いと合鍵を渡されているが、もし仕事中だったりしたら悪いなとなかなか使うことが出来ない。
なんて平和な日常をたんたんとこなしていたら和泉京香さんが我が家にやってきた。そして、彼女は俺達にテストを課した。
俺は「学業」と「作家」としてどちらもある一定以上の成果を残しているかというもの。内容が内容なだけにすこしヒヤッとする場面もあったが俺の弁解が効いてなんとか合格をもらった。
紗霧の方は準備と題して少し時間をもらい、その間にエルフやめぐみと作戦会議・練習を重ねて最後は本人の頑張りもあって合格をもらった。
その後、紆余曲折を経て同居することに。最初は恐怖心を抱いていた紗霧もなんとか打ち解けることが出来た。そして、京香さんがお手伝いしてくれることで家事も体調管理もかなり楽になった。
「世界で一番かわいい妹、アニメ化です!」
「やったあ!!!!」
七月の入り。俺は夢の大きな前進——アニメ化を神楽坂さんの口から告げられる。
体全てで馬鹿みたいに喜んだよ。神楽坂さん少し引いていたかもしれないけど、この際関係ない。
夢が叶った時くらい、馬鹿でいたい。きっとそれを分かってくれた神楽坂さんも今回ばかりは事務所内で大声をあげる俺を止めることはなかった。
そして、ようやく山田エルフとほぼ同じステージに立つことが出来たんだ。
そこで新しく出会った仲間たちはすごく個性的だけど、力を結集したらすごいものができるんだろうなあ。俺も頑張らないと。
しかし、アニメ化と同時に様々な仕事が舞い込み一気に生活が逼迫する。
現状は俺、紗霧、京香さんときどきエルフの四人でなんとかなっているが…
街が笹と短冊で彩られる七夕の日。俺たちは短冊にそれぞれの願いを込めた。
「アニメが大ヒットしますように」
俺はアニメ化作家として妥当な願いを掲げた。そして、俺自身にも再度気合を入れる。
「私も兄さんの願いとほぼ同じだけど、もうひとつのお願いはまだ…別にあるから。私、まだ諦めてないから!」
紗霧のお願いは俺のものより更に抱負に近い。
そして、京香さんはというと
「二人の力になれますように」
…俺も京香さんの期待に応えないとな。
七夕の願いを叶えるのが彦星と織姫だったらいいが、このお願いは叶えるのは自分自身だ。今はひたすらに仕事をこなし、最高クオリティのものを常に作り出さなければならない。
高校が忙しいからなど理由にはならない。
最近は家事を京香さんが一通りこなしてくれるおかげで前より執筆にかなり時間を割けている…とはいえ、ギリギリである。
時に無理をして怒られることもある。
「こんな時間まで起きていたら暑さで倒れてしまいますよ」
そう言われたら調子良くても寝るしかない。仕事で体を壊してしまっては本末転倒だ。
「だーーっ!あっちぃ!」
炎天下もいい加減にして欲しい。京香さんが心配する気持ちは外に出るたびにわかるよ。こんなん睡眠不足の状態で足を踏み入った瞬間やられる。
ほぼ毎日パソコンに向かう俺ができる最善の行動は空調の効いた我が家に直行直帰。
もし荒川河川敷でみんなで軽く野球をやってみろ。即死だ。
そして、家にたどり着いたらやることも最近はルーティンとして確立してきた。
というか、涼を求めてそう体が勝手に動き出した。
その一、冷房をつける。
その二、制服を脱ぎ洗濯機に投げ込む。
その三。お風呂で水を浴びる。
その四。体を拭いて着替える。
この四手順を行うと世界の温度が変わる。
あれっ、俺の部屋冷房ついてる。
なんて思って部屋に入ってみれば、仕事に飽きたのかエルフが俺の部屋に居座っているじゃないか。
「おかえり、マサムネ!」
「おう、ただいま」
いつものように応じた。彼女はただいまのハグが欲しいなんてポーズをとっている。
ただ、帰ってきたばかりの俺は非常に汗臭い。一刻も早く着替えたい。
近づくのもそうだが、ハグなんて尚更。とにかく今の俺に抱きつくのはやめた方がいい。
しかし、言葉をいう前に俺の透けたYシャツが彼女に教えてくれた。
「とりあえず着替えて風呂入ってくるわ」
「…それが一番ね」
ひとまずは吹き出た汗と老廃物を流さないと。
さっさといつものルーティンをこなす。
「改めてアニメ化おめでとう。マサムネ!」
面として改めて伝えられた。
「こちらこそいろいろありがとう。でも、これから忙しくなるなー。南の島のエルフを思い出すよ」
「マサムネもああやって締切と編集長の威圧に耐えながら原稿を進めるのね!」
まあ正直あれはサボった本人が七割くらい悪いんだけどな。
とりあえず余裕はもって進めている自信はあるけど、あの編集長のことだからいつ「新しい仕事よ!」なんて言って原稿を投げつけてくるかわからない。
「超売れっ子作家様からの助言よ!明日やろうは馬鹿野郎!めんどくさいことを後回しにするとよりめんどくさくなる!」
至極当然のことなんだが、俺流に言えば仕事を後回し後回しにすると南の島のエルフ状態になる訳だな。
「うんわかった。それだけは忘れないようにするよ」
特にそれが身にしみてそうなお方からの助言だもんな。
「でも気分転換もすごく大事。お仕事は続ければ続けるほど効率は落ちるの」
エルフの場合、発散すると物凄い効率になるけどチャージするのに時間がかかるのかな。この前小説勝負した時だって先日までゲームばかりだったもんな。
「気分転換はすごく大事…だから…」
「今度の花火大会行きましょうよ!気分転換に!」
その話は花火大会に誘うための口実だったのか。
「わかった。良い気分転換になるだろうしな」
「よかった…マサムネのことだから、『仕事がー』だとか『時間もったいないー』だとか言うかと思ってたわ」
いやいや流石にそこまで言わないわ。それにあれだけ気分転換は大事だと釘を刺された後だもんな。
まあそれはともかく、このあたりで花火大会と言えば、毎年荒川河川敷で行われる「足立の花火大会」のことだろうな。
「今年はいつなんだ?」
最近仕事ばかりで日程すら把握していなかった。
「七月二十一日!」
締め切り等々書かれたカレンダーを指さしてアピールする。
「わかった。空けとくよ」
俺はスマホのリマインダーに登録し、カレンダーに赤い文字で書き込んだ。
足立の花火自体の開催場所は自宅から非常に近いので、我が家の窓からでも眺めることが出来る。
しかし、荒川河川敷から見えるそれはまた一段と綺麗なんだろうな。紗霧も一緒に見に行きたいけど、それは愚問になるだろう。
でもなかなか行くとは言えないな…いずれは言わなきゃいけないことなんだけど…
なんて悩んでた矢先。
「花火大会…行ってらっしゃい兄さん」
エルフに誘われたことを知った紗霧は言った。
「えっ」
あまりに唐突な許可に目を点にした。
「…行きたいんでしょ、花火大会。家からでも見えるから、でも河川敷の方が綺麗に見えるだろうから…それに、私にそれを言うか悩んでたんでしょ。それで仕事に響いてもだめだから…」
俺を想って自分自身を犠牲にしたのか。
「紗霧はいいのか?それで」
正直俺もどっちがいいのか分からない。エルフの約束を蹴るべきなのか、紗霧を優先するべきなのか…
「うん…私は大丈夫。ここからでも見えるから」
「でも出来れば兄さんと一緒に見たい」とは答えが怖くて言えなかった。
私なんかとよりエルフちゃんと一緒の方が、兄さんだって、絶対に幸せだもん。
だって、二人は恋人同士だもん。
自分は兄さんを諦めていない。私も兄さんが大好きだ。
私だって、兄さんと荒川の河川敷で…笑いながら…わたあめ食べながら…
でもそれが出来ない私…
こんな私が行ったって邪魔になるに決まってるんだ。兄さんの迷惑になっちゃうんだ。
好きな兄さんの迷惑になるくらいなら…
やりたい自分と出来ない自分がいる。
しかしそれは、鏡に映した二人ではなく理想と現実の二人なんだ。
「兄さんは引きこもりの私と一緒に生活をして、幸せなのか」
その晩、自問自答を繰り返した。
本心を押し殺してまで言った言葉は自分にとっての偽善でしかない。
兄さんが離れてしまう…自分の偽善で離れてしまう…
窓を開ければ夏色めいた生ぬるい風が入り込む。
夏の大三角と気持ちばかりの星。東京の夜空は決して良いものとは言えない。ましてや時間とともに霞んで見えなくなってしまった。
「兄…さん」
誰にも言えなかった自分の本当の願い。七夕の自分は言えたのに。
手に届きそうで届かない星は綺麗だ。まるで彼のように━━━━━━━━━━━━。
「紗霧さん!」
夢遊病患者のごとく体を身を乗り出し星を掴もうとする彼女。
すんでのところで救ったのは京香さんの声だ。
「京香ちゃ…」
声を押し殺して泣いた。自分への憤り、悔しさ、少しの妬ましさを全て涙で発散する。
京香さんは何も聞かず銀髪を撫でる。
「…ありがとう、京香ちゃん」
聖母の体からなんとか離れる。
「もう大丈夫?」
「うん…まだ少し辛いけど、寝れば治る」
「本当に辛くなったら頼りにしていいからね?」
「うん…」
出せるものを出し切った彼女は静かに眠りについた。
「おやすみ、紗霧さん」
開かずの間の扉は静かに閉じられた。
━━━━━━━━━━━━。
花火大会の日。私は窓から花火を眺めていた。
「紗霧!」
どこかで私を呼ぶ声が聞こえる。
私は導かれるように慣れない靴を履き、外へ駆け出す。
そして浴衣をぶんまわしながら私は走った。不思議と息はきれない。私を導くのは兄さんが私を呼ぶ声ただひとつ。
それを道しるべに走る。西の空でさそり座が私を見つめている。
信号も青だ。道路を突っ切りさらに走る。
河川敷を登ると祭りの灯を見下ろすことが出来る。さながら天の川だ。
全ての人間が止まって見える。そのなかで甚平を着た兄さんが私を呼んでいる。
私は夢中で河川敷を下り、人をかき分けながら天の川を渡る。
その先にいるのは、彦星。
「兄さん!」
「紗霧!」
二人は抱きついた。それと同時に花火が再び打ち上がる。
正宗の片手には綿菓子が二つ。その一方を私は片手にとって正宗と同じ花火を見る。
「綺麗だね、紗霧」
「うん。『正宗』」
二人は手を取り花火を眺めた。横顔を花火が染めるよくある光景だ。
でも、私にとっては最高の幸せ。
「不思議な時間、終わらせないで」
━━━━━━━━━━━━。
そんな儚い願いも一夜限りとなってしまった。
二人を繋いだ天の川は陽によってなくなってしまうのか。現実でも、夢の世界でも。
兄さんももう夏休みだ。とは言っても基本的に執筆等の仕事であまり部屋から出てこない。
私も描くイラストがいくつかある。お絵描きをする時間だけは何も考えずに楽しむことが出来るので仕事効率は変わらない。
さらさらと筆を動かし、自分の想像を具現化する。現実にはなし得ないこともイラスト上ではなしえてしまう。
でも、先日の夢をイラストにすることは無かった。夢は夢で終わらせない。
その翌日。私は浴衣を引っ張り出した。去年兄さんに見せたあの浴衣だ。
ここで私が行動しないと去年と何ら変わらない!
兄さんは私が課した逆境を乗り越えたんだから、私も超えなきゃ!
紗霧は張り切って浴衣を着こなした。「きっと兄さんなら褒めてくれるだろうなーふふん」
薄ら笑みを浮かべながら浴衣を畳んだ。
しかし、最も大事な課題が残されてしまった。
私はまだほとんど外に出たことがない。ましてや、会場となる荒川河川敷なんて…
それに今年は異常な大暑と聞く。そんな灼熱地獄に繰り出したら引きこもりの私なんて一瞬で蒸発してしまうだろう。もう私にとっては廊下でいっぱいいっぱいの暑さなのに。
兄さんですら、なんで倒れないか不安になる。幸いにもそんな前兆は今のところないけど…
「花火大会は夜だし、夜に出ることが出来ればいいじゃない」
と、とりあえず昼間は自分の安全のために部屋でイラストレーターとしての仕事をこなすことにした。
そして夜になった。一家揃って各々仕事に就いている。
部屋の窓から外の温度を探ってみる。
「これなら少しは大丈夫」
開かずの間をゆっくり出た。
忍び足で階段を降り、リビングの隣を通過すればそこは玄関だ。
「紗霧ちゃん?どうしたの?」
玄関の前に立つ紗霧を見つけた。
「京香ちゃん、私外に出たい!」
私の夢を叶えるため!夢の世界の私に少しでも近づきたい!
夢の中の私は街中を走っていた。
例えそうとはなれなくても、少しでも近づきたい!
「…ええ。私もお手伝いします。しかし、もしあなたが無理そうだと判断したら私はすぐに止めます。いいですね?」
「うん、任せる。お願いね」
夢を叶えたいという無邪気な目はすぐに変わった。
私はここから数日、京香ちゃんと一緒に頑張った。普通の人にはわからないだろう、私の辛さを京香ちゃんは理解してくれた。
私は星に手を伸ばそうとしている。
一度は諦めた夢に向かって進んでいる。
「兄さんも必死に頑張ってるんだから…!」
折れそうな気力を何度も立て直す。
そんな秘密特訓は花火大会前日まで続いた。
そして、花火大会当日。やれることはやった。そ準備も覚悟も出来ている。
あとは行動に移すのみである。
「紗霧、行ってくるぞ」
夢で見たまんまの愛しき人と浴衣をまとった親友兼ライバルは共に歩もうとしている。
目的地は当然夢の舞台だ。
浴衣を着た。靴も靴箱に閉まってある。
「わ、私も行く」
この言葉を発するだけだ。
「大丈夫か?紗霧。なにかぼーっとしてないか?」
様々な考えが頭を回っている。どれをとって話せばいいのかわからない。
もう少し時間が欲しい…でもあまり待たせすぎると二人を待たせちゃう。
小さな唇をそっと噛んだ。
「ううん。なんでもない。行ってらっしゃい。兄さん」
━━━夢の自分には遠く及ばなかった。
時間に押され、雰囲気に飲まれてしまった。
私は一瞬悔やんだ。
一瞬だけ。
花火は七時半からだ。もうすぐ始まるだろう。幸か不幸か、雲もない。間違いなく中止はないだろう。
「まだなんとかなる!」
しかし、体はいうことを聞かない。玄関まで聞こえてくる人の声。
紗霧は計算違いをしていた。
花火大会が近くで行われるだけあって、特訓を行ってきた環境とはまるで違っていた。
ゆったりと流れるひとの流れがあるのとないのとでは負担が大きく変わる。
扉を開けることは出来ても足がすくんでしまう。
「私は…ここで負けるのか…」
でも、せっかく着こなした浴衣なんだから!無駄にするわけにはいかない!
人並みが減ってきた。もうすぐ花火が始まるのだろう。きっとこれが最後のチャンスだ!
「これなら…」
と肺いっぱいに深呼吸をして意気込み、私は玄関を出ようとした。
その瞬間。
夜に大きな花が咲いた。
その頃河川敷の方では拍手と歓声がこだましていた。
「わー綺麗ねー」
花火の火がエルフの頬を軽く染める。
「すげえな…紗霧もきっと同じ景色を見てるのかな…」
ジャンクフードを食べる手つきを止め、しばらく夜空を見つめていた。
一方紗霧は開かずの間に戻っていた。
窓から眺める花火。夢で見た景色とほぼ一致する状況を作り出した。
私はこの時、兄さんからの手招きを受けた。
でも、それは夢の世界のこと。それなら私が兄さんに…!!
「あれ、紗霧から電話だ」
少々正宗にとっては予想外の電話だ。
「私!いまからそっちに向かうから!!」
突然脈絡もなく耳がはじけ飛びそうな声でそう宣告した。
「だ、大丈夫なのか?」
こんな人混みに紗霧が迷い込んだら間違いなくぶっ倒れてしまう!
「待ってて兄さん!」
ぷつん。つーつーつー。
大変なことになってしまった。
俺は彼女の方を向く。
彼女は少々時間をとった。
何かを考え、導き出した最善の答えは━━━━。
「聞こえてたわ。…迎えに行きなさい。マサムネ」
ほとんど見せない本気の目。
「お前はいいのか?」
いますぐにでも行ってやりたい。
「アンタは私と同じくらい妹のことが好きなんでしょ。それなら今すぐ行くべきよ。私はあとでいく。私のことを気にせず本気で、死ぬ気で迎えに行きなさい!マサムネ!」
小さい体を何倍にも見せた、俺に初めて見せた本気の指示。
「…ああ。ごめんなエルフ!」
俺はエルフを置いて走った。
並み居る人をかき分け、河川敷を駆け上がる。
祭りの灯を見下ろしながら河川敷を走る。
絶え間なく打ち上げられる花火の歓声に下駄の乾いた音が混ざる。
たとえ誰かが俺を引き留めようたって、たとえ鼻緒が切れたとしても裸足で突っ走るまで!
東の空、月が俺を見ている。先の電話の「兄さん!」の声が俺を案内している。
夜を彩る花弁の中、甚平を揺らして正宗は走った。
「紗霧!!」
これはこの前私を呼んだ声と同じ声━━━。
甚平を着た正宗と浴衣を着た紗霧。
紗霧は夢の人と再開した。
玄関からはるか5m先で。
「兄さんっ!」
「紗霧!」
花火に彩られる二人。
お互いの体にお互いの動悸が伝わった。
高まった動悸を抑えてなんとか移動する。
「とりあえずここは道路だし、落ち着く場所に行こうか」
と言い手を取り案内したのはエルフ宅の庭だった。まさかここで合鍵が役に立つとは。
「ここなら大丈夫だろ?」
「うん…兄さん、ありがとう」
二人はしばし手を取り花火を見つめていた。
「兄さん。言いたいことがあるの」
二人は体ごと向き合った。
「あの時、はじめて兄さん私がと敵対した日。もう神楽坂さんから話は聞いてるかもしれないけど、あれを企画したのは全部私なの。
女の子にヘラヘラして、いつもの兄さん、いつもの小説じゃなくなるのが怖かった。そして、兄さんなら乗り越えてくれるって、逆境を超えて強くなってくれるって信じてた。だから私は敢えて敵になったの。ごめんね、言うのが遅くなって。ごめんね、無理をさせちゃって。ごめんね、あの時すごく心配させちゃって」
正宗は一呼吸置く。
「あの時、紗霧がエルフを呼んでくれたんでしょ。俺は『本当に無理だと思ったら』エルフに頼もうと思っていたんだ。俺は気がついたら無理をしていたんだ。もしかしたらあの時紗霧がエルフを呼んでいなかったら、俺はぶっ倒れていたかもしれない。ありがとうな、紗霧。そして、あれがあったから成長した俺がいる。ありがとうな、紗霧。もちろん、ノってくれた神楽坂さんにも感謝したいけど、俺が一番感謝したいのは、その企画者である紗霧なんだ。本当にありがとう。紗霧」
胸の内に溜め込んでいたことはお互いに全て言えた。
無理をさせた謝罪も、成長のきっかけをくれた謝辞も。
「ちょっとアンタ達?なに人の家でイチャイチャしてるんですか?」
いろいろ荷物をもったエルフが少し遅れて登場した。
「いや、悪い悪い。なかなかいい場所がなくてね、使わせてもらったよ」
「使うのはいいけど私がいる時に使ってよ…周りに不審者だとか思われたらどうするの、女の子一人で住む家に合鍵で入り込む男の人とかそれ傍から見たら…」
俺は後頭部を撫でながら詫びる。
「…まあ仕方ないわね。兄妹愛に免じて許してあげるわ。そんなことより、これ食べなさいよ」
よいこらせと二つの袋を下ろす。中にはわたあめ、焼きそば、焼きウインナーなど、屋台を代表するものが数種類見えた。
それらをレジャーシートに並べる。
各々好きな飲み物をとって笑いあう。
色々あったけど、これが「家庭」ってものなのかなあ。
一家団欒笑いを含んでご飯を食べる。それがいかに幸せなことか忘れていた。
「さて、私たちの宴にしましょ!」
「エルフちゃん、お酒は買ってないでしょうね?」
「まっさかー!飲めるならここで酔いつぶれるまで飲んでやるけどね!」
「ねえエルフちゃん」
正宗が席を空けた時、尋ねた。
「エルフちゃんは…その、兄さんのことはどう思ってるの?」
ようやく喉の奥からひねり出した声は、ライバルとして、友達として紗霧が知りたいことだった。
どうしてあの時正宗が一人で私を迎えに来てくれたのか。
言い方は悪いけど、見てないそばで不倫行為に及んでいてもてんでおかしくはないのに。
「そうね、『私が私以上に幸せにしてあげたい存在』かしらね。マサムネにとって妹の幸せはマサムネの幸せなの。そして、マサムネの幸せは私の幸せ。つまり、私が幸せになるには三人全員幸せである必要があるの。加えて私は二人とも好き。だからこそ二人とも幸せにしたい。それがいまの私の将来の夢ってとこね」
それなら正宗は私と付き合っても問題ないじゃん!それが私の幸せなら!
本望を口に含ませむーっと尖らせる。
「でも…」
「マサムネには私を一番だと思ってほしい。これが私の希望よ」
「へー…」
「自分の希望」を優先するなら二人で迎えにいくことも出来たし、なんなら二人で花火を見続けることだってできたんだ。
それでも兄さんを一人で走らせた。自分は後々食べ物を買って三人で談笑しながら花火を見る方を優先したんだ
自分の希望と夢を天秤にかけて判断し、希望が通らなくなる可能性を一蹴してまで、私の幸せを考えてくれたのかな。
そこまで深く考えてるかは分からないけど、そんな気がする。
「ありがとうね、エルフちゃん」
「いえいえ。さあもっと楽しみましょう!」
色々あったけど、やっといつも通りの三人に戻れた気がする。そう感じているのは私だけだりうけど。ありがとう、二人とも。ありがとう。京香ちゃん。
でも、決して私は兄さんを諦めないから!
私が空に打ち上げた特大の花火を最後に、静かな夏の夜空が帰ってきた。
家に帰るとすぐに紗霧は開かずの間に帰って寝てしまった。
思えば一時間も外にいたんだもんな。
「おやすみ、紗霧」
「なるほど、紗霧さんと外で花火を見たんですか」
今日のことを京香さんに説明した。
俺が迎えに行った時5mほど道を進んでいたこと、俺とエルフ含めた三人でレジャーシートを引いて花火を見たこと。
「なるほど…羨ましい」
「今度は京香さんも一緒に」
「そうですね…その機会を楽しみにしています」
そう言い残して彼女は二階にあがり、開かずの間の扉を開く。
「…お疲れ様、紗霧さん」
我が子を大事に見届けるお母さんの優しさ。俺はあまり覚えてないけど、きっとこういうものなんだろうな。
花火大会も一区切り。
ここからまた多忙な日々が始まる。
翌日昼。一通の電話が入っていた。
電話の相手は…
「めぐみ!?」
紗霧のクラスメイトであるスーパー委員長神野めぐみであった。
「ちょっとーー!ひどいじゃないですかー!」
電話をするや否や見覚えのないお叱りを受けた。
「なんか俺悪いことしたか?」
百パーセント見覚えのない。
「正宗さん、昨日の花火大会でゲタを鳴らしながら猛スピードで駆けてっちゃったじゃないですかー、私を無視して」
紗霧の元へ無我夢中だったからな。
「…何も聞こえなかったけど」
「声かけてないですもん」
えっへんなんて言ってそうなめぐみが浮かぶ。
「気づけるかー!」
何を言い出すかと思えばとんでもないことを言い出したな。
「えーひどいですよー」
「…まあ確かに、普通の俺だったら気づけたな」
まあ、確かにあの人ごみでもめぐみならすぐ見つかるだろう。あくまでも普通の俺ならの話だけどな。
「普通じゃなかったんですか?」
「紗霧に呼ばれてな。大急ぎで」
「うーん。確かにそれは普通じゃなくなりますね…だって、正宗さん妹さん大好きですからね!」
ちくしょう。全くもって事実だから言い返せない。
「その埋め合わせとしていまから駅前のファミレスに来てくれれば許してあげます!」
…変な貸しをここで作っちゃうと後々めんどくさそうだ。既にいくつかあるし。このまえの紗霧のテストのこととか特に。
「わかった。今から向かうよ」
この猛暑の中俺は自転車を漕ぎ出した。
「こんにちはおにーさんっ!」
ファミレスでも容赦ない。かわいいけど、他人から見たら場を弁えないクソカップルだぞ一歩間違えたら。
「いろいろ言いたいことは電話で全部言ったので本題からはいりますね!アニメ化、おめでとうございます!」
めぐみにしてはまともな祝杯だ。まあ一応周りの目もあるって考えているんだろうな。
「ありがとうな、めぐみ。かなり励みになるよ」
なるほど。確かにこれを言おうとして待っていたのに無視されたら結構きついな。少し怒る理由も分からなくもない。
まあ状況が状況なだけに、俺が立ち止まっていたかといえばまた別問題になるけど。
「それに関して実はひとつお願いがあるんですよ」
「私と正宗さんの恋愛ライトノベルを書いてください!」
第四章へ
一部本編の物語を簡略化して紹介しております。