世界で一番かわいいヒロインは、この私、山田エルフなんだから! 作:冬希
「第一回戦目はなぞなぞ!五問先取です!」
「それでは第一問」
体育館内の雰囲気はすぐに切り替わる。
そして、俺たちの運命を大きく左右するだろうなぞなぞだ。
「カラスと牛と羊が泣きました。なんの動物がきた?」
それは、思ったより数倍「なぞなぞ」だった。
まさに幼稚園児向けのなぞなぞの本から持ってきたような。
俺はさっと手をあげ「カモメ」と答える。
いうまでもないが、「カー」と「モー」と「メー」で「カモメ」だ。
「大正解!」
当然だろと困惑する俺に対し、ギャラリーの、特に俺の親衛隊が大いに盛り上げてくれる。
「さすがライトノベル作家!」
…まあ仕事柄、言葉遊びは得意な方だし、こうして称えられるのも悪くはない。
今日一日、特に今だけは馬鹿でいよう。
なぞなぞは当然一瞬のひらめきも大事になる。時に勘が冴えて答えに瞬時にたどり着くこともあるだろう。
特に言葉遊びやひらめきなら任せとけと自分の中で豪語し、期待していた。
「十問終えて、全員二問正解と拮抗しております」
…あれ?
期待通りのひらめきに、期待していた結果がついてこない。答えはわかる。
しかし、何故か先越されてしまう。タッチの差が続いてどうしても差をつけることができない。
「さすが、みんな過去問で研究してるだけありますねー」
タッチの差が続き悶える俺にさらっとおかしなことを言い出すめぐみ。
「過去問なんてあるんかい!」
寝耳に水な事実を聞かされた俺はすぐにめぐみと目を合わせる。
「ありますよ!たまに去年と同じ問題が出題されることも結構あるんですよー」
「だから…」
考えているんじゃなくて、答えを思い出しているのか。
「第十一問!耳元でブーンと…」
俺はボタンをなぎ払うように押して答える。
「蚊」
正解というコールとともに、俺の親衛隊の盛り上がりが感じられた。
蚊という漢字はそのように耳元でブーンというあの煩わしい音から作られたと以前小耳に挟んだ。正直うろ覚えだ。
でも、確信を待っていたら出遅れるし、もしかしたら指名されるまでのタイムラグと答えをいうその間に真の答えを見つけることができるかもしれない。
確信を持つ前にボタンを押すと決めた俺は、過去問を研究した中学生を相手となかなかのハイレベルな早押しを見せ、場を盛り上げた。
問題はかなり子供向けだけど、難易度の高い問題を長考するよりかは見た目的にも、勝負的にもかなり燃える。
最初は子供向けにもほどがあるとダメ出しをした俺も気がつけば誰よりも強くボタンを叩いて感情的になっていた。
そして…
「混戦から一つ頭抜けて早抜けしたのは和泉、神野ペアだ!さすが、ライトノベル作家は言葉遊びにも強かった!」
狙い通り一抜けを果たした俺たちは次の障害物の前に立つ。
「ここ?」
色々な線があってフリースローラインがわからない俺。
「ここです!」
「ええ、遠くない?嘘でしょ?」
バスケットボールの試合では易々入れてるけど、そもそも届くんかこれ…
「…お兄さん、そもそも届くんですか?」
「さすがに届くでしょ…」
とりあえずその場で遠い昔に習ったシュートのポーズをしていた俺。
しかし、それは外野の笑いを誘うものだった。
「ちょっとお兄さん、わざとやってるんですかそれ!」
腹を抱え咳き込まんばかりに笑っている。
俺の手は両手をボールの大きさに広げ挙げている。
そして手のひらの間にボールをおいて、膝を用いてボールを放つ。
それが俺の知っているフリースローのポーズだ。
「うーん、じゃあそれで一回やってみてください」
審判からボールを受け、ボールを放ってみる。
「いでっ」
ボールをゴールに向けて放ったつもりが、ボールは自由落下に任せて無防備な俺の頭を襲ってきた。
「それでは垂直に放っているだけです!もう、全くわかってないですね!私が姿勢を教えます!」
この間も外野の笑いは止まることはない。
そしてこうしてる間にも、後続のライバルは二人に追いつこうとしている。
「こうです!まず左手は下に添えるだけ!膝と左手を使って押し出すイメージです!」
ゆっくり手元を離れたボールは放物線に沿って計算通りリングに吸い込まれる。
「わかりました?」
盛り上がる外野にそっぽを向いて俺の顔色を伺うも、俺はちっとも分かっていない顔をしている。
どうしてあんなに綺麗に入るんだろう。
「うーん。とりあえず二本は私が入れるとして、残り一本はなんとしてもお兄さんが入れないとルール上だめです。にしても、ここまで兄さんが運動オンチとは…体育の授業出ていたんですか?」
刺さるなその一言。
「続いてサッカー部が二抜け!フォームについて討論している和泉チームを猛追している!」
やばい。スポーツチームがここで苦戦するとは考えにくい。
「なあ、下投げで入れるのはだめなのか?」
焦った俺は一つの案を投じる。
「大丈夫ですけど…運が悪ければ永遠に入らないですよ?見た目も悪いですし」
「正規フォームよりはずっとマシだろ」
「うーん、確かにお兄さんの場合下からの方がマシにはなるかもしれませんね」
もうこの際フォームなんて気にしてはいられない。
全員がフリースローエリアに到達した時、俺の出番はやってきた。
俺ははじめて観客に囲まれフリースローエリアに立つ。
祭りの一環だが、緊張感はきっと本番さながら。環境に慣れていなければ呑まれていたかもしれない。
俺は一瞬腰を引く。
震える腕に武者震いだと自己暗示を送る。
まだ誰もここを突破していない、時間はあるんだ。
よしっ。
沢山の観客に囲まれてるイメージの自分、今現在の自分が合致した。
俺は下投げでゴールを狙う。
イメージでは先のめぐみのボールのように放物線を描いて綺麗にリングにおさ…
「全然届いてないじゃないですか!!」
自身の世界から帰還し聞こえた第一声は残念ながら「指摘」だった。
俺の理想ではリングに収まるっていたはずのボール。しかし現実はその素振りすら見られなかったんだろうな。
「大丈夫なんですか?やっぱり正規のフォームで…」
「もっと無理」
バスケなんて授業でしかやってないし、その中でも「いかに活躍するか」より「いかに邪魔をしないか」を考え動いていた運動オンチにとっていきなりこれはきつい。
「入れ!」
願いと一緒に放ち続けたボールは四回目でリングを通過。全てが運頼みのやり方だったが願いが通じ、なんとかほかの組に遅れをとることなく次に進むことが出来た。
「第三競技、借り物競争!ここではほぼ同時!顔の広さも当然ですが、引きの良さもかなり大事になるこの種目、さあ誰が一抜けを果たすのでしょうか!」
俺達はお題札の置いてある机に駆け込む。
裏返しに置かれた札を三枚ほど取り一枚残して他を机の上に投げ捨て、表を見て、周囲にアピールする。
「ポニーテールの女子」
いや隣にいるんですけど!!正に今その女子とこの会場で、この競技を、この借り物競争をしているんですけど!
しかし規則の前ではそんな言い分は通らない。
「お前の友人でそんな女の子はいないのか?」
「友人でいるんですけど…」
「なんだ?」
「クラスのシフト中なんです」
構わん。連れてこい。
…とは言えない。あのお化け屋敷はそれぞれひとつが欠ければその質は下がってしまうことが明白だからだ。
壁を出し入れする人から、死体役、テキストの読み上げ役に至るまで、全ては欠けてはならない。
辺りを見回す二人。時間をかけてでも会場外から探さなければならないのか。
「すみません通ります」
そんな中、難儀する二人を目指して人混みが織り成す無作為な迷路をくぐり抜ける人影があった。
「…はいっ」
ようやくくぐり抜け、難儀する二人の目の前に現れたのは探し人である「ポニーテールをした女の子」であった。身長は中学生にしてはやや小柄である。二人にとっては赤の他人だけどいまではそれは仏様にも神様にも見えた。
「助かる!」
俺はお礼を後回しにして審判に判定をもらおうと駆け込む。
「借り人競走クリア!」
クリアの拍手が送られ、ようやくその女の子にお礼を言うことが出来た。
「私、和泉マサムネ先生の大ファンです!優勝待ってます!」
「ああ!任せとけ!ありがとな!」
そうこうしている間に後続のチームも追いかけてきた。
救世主に見送られ、俺たちはゴールへ一直線、走り出した。
「トップは変わらず和泉、神野ペア!二人は運動部ペアをうまく巻くことはできるのか!」
体育館の扉は開かれ、ゴールへの矢印が現れる。
矢印について行くと直ぐに二人の靴と二人三脚用のヒモが置いてある。
靴置き場から真っ直ぐ進む先にも人だかりがある。あそこがゴールだ。
いまにゴールを見届ける人で周囲を包囲するヒモもはち切れまいと堪えている。
俺たちはトップで二人三脚を開始した。
いちにっいちにっと声を合わせればいける…
と二人は思っていた。
「ちょっと和泉せんせっ、一歩大きすぎです!」
「これくらいか?」
「もっと大きくても大丈夫です!」
身長差が生み出すかみ合わない歩幅が見栄えも能率も悪くしている。
「丁度いいです!完璧!このペースでお願いします!」
「わかった!任せろ!」
しかしその見栄えの悪さを全て帳消ししているのは二人の呼吸だ。
「あれがゴールか!」
羞恥を乗り越え声をかけてくれた少女のおかげでアドバンテージができた。
二人を応援する誰もが、そして二人も勝ちを確信した。
「!?」
真っ直ぐ捉えていたはずの視線が揺らぎ、すぐに体が突然めぐみ側に引っ張られる。
俺は目の右下で捉えためぐみを押し潰さないようにと反射的に手を地面につく。
「おいめぐみ?大丈夫か?」
ふと見えた彼女の足元には穴が見えた。
きっと子供が悪ふざけで掘ったものだろう。
「ごめんなさい…和泉せんせっ…」
なんとか立ち上がり服についた砂をとり払おうとする。
しかし彼女の膝や肘からは鮮血がじわりじわりとしみだしている。
「ゴールはもうすぐです、和泉さん、歩き出して…」
明らかに痛そうに右足を引きずっている。
「でもめぐみ…さすがにそのケガでお前歩けないだろ…」
「歩かせてください。応援してくれているみんなにも、さっきの女の子のためにも…」
俺はさっきの女の子を脳裏に留め悩んだ。
しかし、彼女の額には脂汗が染み出している。どちらを優先するかなんて問題じゃない。
「おいめぐみ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です…」
右足を着く度に顔が歪んでいる。そんな中、追手であったサッカー部の二人が追いついた。
「私は大丈夫だから…先に行って」
気に留めてくれたサッカー部の二人に先に行くよう促すも、正直俺の肩を借りて、右足を可能な限り使わず歩いているその姿を見て気にしないほうが難しい。
「そうか…がんばれよ」
しかしそう言い残してサッカー部の二人はめぐみと正宗を抜き去る。
一瞬俺は冷たいなと思ったが、これが勝負の世界の厳しさなんだ。勝負の世界で情けなんて不必要だ。むしろ情けなんて相手に失礼だ。
一体俺は彼女になんて声をかければいいのか。
俺の肩を借りてゴールに一歩ずつ近づいている二人の裏、惜しみない声援が送られている。
後続の人にどんどん抜かれていく。
そんな中めぐみは脂汗を滾らせ、気力一つを動力にして歩んでいる。
微かに聞こえる声援を背景に、二人だけの世界を展開している。
「マネージャー、包帯と氷のうと絆創膏を」
「わかったわ」
二人をみかねた先駆者は行動を開始した。
二人がゴールを果たした時、最後のピストルは打たれる。
「めぐみ、足を見せてみろ」
一番先にゴールしたサッカー部のペアが二人を待ち構え、即座に緊急治療が施される。
腫れ上がった足首は包帯が包み隠した。
怪我箇所には消毒処置を施し、絆創膏で保護する。
さらに包帯の上から氷のうをあてる。
慣れた手つきで以上の処置を施し、「あとは任せます。保健室に連れて行ってあげてください」
とだけ言い立ち去った。
「わかった。助かるよ」
「ありがとう、二人とも」
俺はめぐみを背負って保健室に歩き出した。
「めぐみ、痛くないか?」
「…正直すごく痛いです」
無理していることが表情に現れていたもんな。一刻も早い適切な処置が必要だ。
「悪い、保健室ってどこだ?」
急ぐ俺は校舎入り口で進みあぐむ。
「…めぐみ?」
「…ごめんなさい、和泉さんにもサッカー部のみんなにも迷惑かけちゃって…」
「気にすることはないさ、めぐみはみんなの期待に応えたんだから。でも、無理はしちゃダメだからな」
「わかりました」
「あとは俺に任せてめぐみは休みな」
「うーん、これは病院行った方がいいかなあ。相当無理したでしょ。待ってな、今御家族呼ぶから」
標識を頼りに保健室にたどり着くも、あれからめぐみは黙ってしまった。
様々な気持ちが彼女の中で巡っているのだろう。
今はそっと彼女のそばにいよう。
「めぐみ、大丈夫か?」
俺はベッドに横になるめぐみに聞く。
「はい…まだ少し痛みますけど」
「もう少しで親御さんが来るからな」
外から文化祭の賑わいが漏れてくる。
それが学園生活超エンジョイ勢めぐみのフラストレーションを高めている。
漏れるため息にたまる涙。きっと足首なんかよりも心が辛いんだな。
それを察するも、どうしてもこの雰囲気だと話を切り出せない。
「めぐみちゃーん!大丈夫?」
「みんな…私は大丈夫だよ!」
気まずい空気を打破したのは彼女の友人の輪であった。
保健室には彼女の友人が何人も入り込み、一気に雰囲気は明るくなってくれた。
「めぐみがお世話になっております!」
「みんな、ありがとうな」
俺は素直に感謝を述べた。
「てゆーかーお兄さんめぐみちゃんの彼氏なのに二人きりの状況で何もしていなかったんですかー?」
「この状況で何か出来るとおもうかー?」
怪我で寝ていて、心にも少しダメージを折った彼女を励ますくらいならまだしも、お前らの考えてることは断じてありえない!
てかなんで俺はいきなり煽られてるんだ?
「というか、いつのまに俺は彼氏になったんだ?」
とりあえず自然に口走ったその誤解をを解こうか。
「えー、違うんですか?」
俺はさっきまでの目線から一転した猜疑の目線をめぐみに向ける。
「おいめぐみ、こいつらに何を吹き込んだんだ」
「いえ、なにもしてませんよ!信じてください!」
「嘘つけー!あらぬ誤解をされてるぞ!」
「えー?嬉しくないんですか、私少しショックなんですけどー !」
「嬉しいというよりめっちゃ恥ずかしいわ!」
初々しいカップルのような言葉の投げ合いだ。
お互い耳の先まで真っ赤にして。
「なーーんだすごく仲良いじゃないですか!もうこれ実質付き合ってるでしょ!」
「ひゅー!お兄さん幸せ者ですねー!」
めぐみが元気を出してくれるのはいいことだけど、代わりにひたすらに辱められている俺はなにか釈然としない。
「まだ付き合ってないならいまここでコクっちゃえばいいじゃないですか!」
「どうしてそうなるー!告白するにせよもう少し落ち着かせてくれ、時と場合を考えてくれ!」
「告白するんですね?言質取りましたよ?」
…俺が反論すればするほど自ら墓穴を掘っているような気がする。
「めぐみさーん、親御さん到着したよー」
その一言で誰よりも安堵したのは間違いなく俺だ。
「あーーーもういいところだったのにー!」
「和泉さん!絶対告白ですからね!」
…いつから俺はめぐみの友人のおもちゃになったんだ。
「なんでって顔してますね、こうなった経緯を簡単に話しますと…」
まとめるとこうだ。
ことのすべての元凶は以前、俺とめぐみが出会った直後にクラスメイト総出で俺の家に押しかけたことだ。
それからしばらくして、「めぐみの好きな人は誰だ」という詮索が行われるもその特定はできなかった。
探索範囲はせいぜい学校内が限界で、別の学校、ましてや高校生の俺を特定するのはまず不可能だろう。
しかし、今年の春、めぐみは俺の家に通った。
その姿を見た友人が俺を突き止め、付き合っているのではないかと噂を流した。
なかなかめぐみの好きな人を突き止められなかった理由は、その人が学校にいなかった。
そうすることで辻褄を合わせられるとその可能性は信ぴょう性を増した。そして、今回のカップル決戦が決め手となった。
…もしかして、俺の名前を学校内で聞くというのはラノベ作家としての「和泉マサムネ」と思っていたが、あれはめぐみと付き合っていると噂された「和泉正宗」なのか?
さっきのカップル決定戦のあの大きな歓声、その噂を支持した人によるものだったのか?
この中学での俺の知名度の高さは予想外だったし、この話を聞くとそれら全て納得がいくな。
…紗霧が学校に登校する日が怖い。
その後、俺とめぐみはお母さんの運転する車で病院を訪ねた。
先程の冷却が功を奏し、競技時よりかはいくらかマシになったようだが、まだまだ俺の肩は必要だ。
「うーん、相当無理したでしょ」
相当無理してました。
「骨には異常は見られないけど、一二週間は松葉杖必須ね。あと激しい運動は厳禁、足の固定は絶対」
まあそりゃああれだけ無理をしたんだ、医師の診察を甘んじて受け止めるしかない。
「あと二週間はお願いしますね、和泉せんせっ!」
…いやだからなんでそんなに陽気なんだ。
まあとりあえず骨に異常はなかった。それだけでもよかった。
めぐみの支払いを待つ間、外の空気を吸おうと外に出てみる。
二人で後部座席に座っていたため、場所をあまり把握できていない。
「…ここは」
まず目に飛び込むのは大きな柱、しかもそれが道に沿って何本も並んでいる。
モノレール…とはまたちょっと違うか、右手には駅がある。
近くの交差点を示す看板には千住新橋の文字がある。
どうやら千住新橋より上流側の橋なのか。
数分周囲を観察していると目線の上を電車が過ぎていった。
「和泉せんせー!帰りますよー!」
病院内からめぐみに呼ばれ、本日は帰途に着いた。
「扇大橋か、あの橋は」
「そうですよ!それで上を走っていたのは新都市交通、まあ電車ですね!」
「ほーん」
「そこを使う友人はよく私に自慢げに教えてくれます。夕暮れ時とか、冬の朝とかは景色いいですよーって。少し運賃が高いらしいですけど」
そこら辺の建物なんかよりはずっと上空に敷かれた線路は、きっとそこを通る鉄道からの車窓はきっと良いもんなんだなと想像を膨らませるものだった。
翌日。めぐみは松葉杖をつきつつ強引に登校した。
彼女の文化祭のお仕事は幸いに座ってるだけの仕事なので足に響くこともない。
「えーーまだ告白してもらってないのー?」
「全く、据え膳食わぬは男の恥なんて簡単なことも知らないのかしらねえ」
「いや、それくらいわかってると思うわ!試されてるのよ!」
「めぐみ!ここはあんたからガツンと言ってやりなさい!」
…あの出来事からそんな弄りがかなり増えたらしいけど。
そんな松葉杖生活が続くこと二週間。日本の西の方は梅雨入りがするとかしないとか、そんな時期で今日は梅雨を思わせる重苦しいくもり方をしている。
俺は学校を終えて、用事で出られない両親に変わって病院までめぐみについて行った。
車は運転できないので少々高くはなるが、タクシーを利用する。
そして病院は先々週と変わらない病院だ。
「充分に腫れは引いてるね。あちらから歩いてみ」
そっと右足を地面につけ、歩いてみる。
まだ少し左足で庇って引きずりながら歩いている感じは否めない。
でも、歩けているといえば歩けている。
「ほぼ完治と見ていいでしょう。でも激しい運動はまだ禁止で、もし何か違和感があったらすぐ病院にくるようにお願いします」
「はい!」
俺とめぐみは病院を出た。千住新橋の通りに負けない量の交通が行き交い空気は良くない。
「荒川沿いに歩いて帰りますか!」
「本当に大丈夫なのか?」
「今度こそ大丈夫です!三キロくらいなので一時間もあれば帰れます。リハビリになりますし、何より和泉先生と一緒の方が安心して帰れますから!」
まあいざとなったら俺が肩を貸せばいいかと俺は彼女のリハビリに付き合うことにした。
俺達は荒川の土手に登った。
眼下に河岸の緑地が、川を挟んで高いビルの屹立する大都会を望むことが出来る。
「この桜並木を見ると出会った頃を思い出しますね」
めぐみが視線を傾けた先に、いまは新緑の映える桜並木がある。
その桜並木が桜を散らし、新緑が映えだす頃に俺たちは出会った。
「なあめぐみ、お前の俺の第一印象ってどうだったんだ?」
「正直に言いますと、教室の片隅で静かーに本を読んでいる男の子に似たような印象でした!」
オブラートに包んではいるが、まあ要するに陰のキャラクターだということだろう。
「でも、すぐにわかりました。和泉さん、本当はすごくいい人なんだろうなあって。私がラノベに興味を持ってから毎晩のように一緒にお話してくれましたし!」
智恵の罠に嵌められ、ライトノベルの沼にハマった彼女はそのフラストレーションを俺にぶつけていたっけ。
でも、それでフラストレーションを貯めていたのはめぐみだけじゃないってことだ。そうじゃなきゃここまで関係は深くならなかった。
俺たちは昔話に華を咲かせ、河岸の道に降りた。
時折吹く初夏のぬるい風が人の背丈ほどある植物を規則的に揺らしている。
そして、それに同調するように俺の気持ちも揺らいでいる。
あの時、保健室で少女達に言われた言葉はまだ鮮明に覚えている。踏み出せない俺に対し告白を囃し立てようともした。
しえし結局彼女からも特にそれに対する言及もなく、今に至った。
今、彼女に想いを伝える最大のチャンスなんじゃないか。
俺は彼女に恋に落ちた日、それは間違いなく彼女の中学の合唱祭だった。
あの時、俺の目に映る彼女は後光を浴び、輝いていた。
しかし、当時の俺は先入観に抑え込まれていた。
「きっともう彼氏を作っている。むしろ、こんなコミュ力に長け笑顔がきらびやかな彼女に恋人がいないわけがない」
俺にとって、彼女は届くはずのない高嶺の花だったんだ。
しかし、カップル決定戦に誘われてその意識は変わった。まだ高嶺の花は摘み取られていないんだ、そして、そこに手が届こうとしているんだ——。
鼓動は熱く、喉の奥には酸っぱいものを感じ、手先は震えている。これらは全て「めぐみにとっての特別な人間になりたい」という願望と「めぐみを俺の彼女にしたい」という欲望が混ざってできた俺だ。
しかし、これまで積んできた作者のコミュニティが最後の懸念として重くのしかかってくる。
二人の関係を知った時、紗霧は。エルフは。ムラマサ先輩は。
「告っちゃえばいいじゃないですか!」
迷う俺に急かす声が聞こえる。
「なんで好きなのに告白しないんですか?言わなきゃ伝わらないで終わりますよ?」
…そうだよな。俺はめぐみが好きなんだから。
「和泉さん?」
「ど、どどどうした?めぐみ?」
現実世界からの突然の呼び出しに隠せない戸惑いと情けない声をさらけ出す。
「ふーん」
「な、なんだよめぐみ」
正宗より一歩前に出て歩みを止めさせる。
「言いたいことがあるんですよね?」
正宗の手に彼女の手をかざし、背伸びして顔を近づけるその仕草は、出会ってすぐ彼女が俺にした仕草と図らずも似ていた。しかしあの時とは違い、彼女に対して脆くなった俺はすぐに距離をとる。
「ちょ、ちょっと待てめぐみ!言いたいことがあっても…言いにくいわ!」
「なら、あるってことですね?」
ああ、あるとも。とびっきりのものがな。
「好きだ。俺と付き合ってくれ、めぐみ」
一年半前の俺なら信じられないことを今めぐみに言っている。
頬を撫でる風がうっとおしい。二人だけの世界にして欲しい。
しかしそれを聞いためぐみはイエスともノーともいわず、含み笑いだけだった。
それが俺には何を意味するかは分からない。
わかることは俺の若い心の器から感情が溢れかけていることだけだ。
「やっと…伝わってくれたんですね」
含み笑いが解かれ口から紡がれた言葉を聞いた俺は、すぐにはその意味がわからなかった。
「相変わらず鈍感ですね、私も大好きです。和泉さん」
つないだ温もりが俺を髄から溶かしていく気がする。
そして、溢れた感情が体を燃え上がらせている。
「ありがとう、めぐみ」
しかし、パブリックな場ではこれ以上熱くなる訳にはいかなかった。
「さて、歩こうか」
晴れていたらなあ。きっと歩みだしを祝福してくれた有象ももっと映えたのに。
「そんなに緊張しちゃって、いつも通りでいいんですよ?」
「でもなんか、気まずいというか…」
「ほんと、それで男の子なんですか?しょうがないですねえ、今日だけは特別に、女の子に不慣れな和泉さんを私が引っ張ってあげますっ!特別ですよ!」
気後れする正宗を引っ張り先導するめぐみ。
「引っ張ってって何をするんだ?回りには何もないぞ?」
ここは河川敷。野球場か緑地しかない。
「何も無くても好きな男の子といるだけで幸せなんですっ!その男の子が気後れしてたら女の子の方だってテンション下がっちゃいますからっ!」
天気がなんだ!と先の医師の宣告を忘れ薄暗い河岸を突き進む。
しかし…
「…雨?」
二人の成就を祝福せんと天は雨を降らしたのだ。
「とりあえず橋まで急ぎましょう」
「足は大丈夫なのか?」
「たぶん…」
松葉杖が取れたとはいえ、完治したとは言えない足を気にするが、それを誤魔化し心配する正宗を走れと急かす。
「ほら、走れます!」
「絶対無理するなよ!」
小走りで橋の下に逃げ込み息を整える。
周囲の緑地に対して、橋の下だけは白い土壌が現れ、大小の石が散乱している。
「なるほど、二人の時間を作るために雨を降らせたんですかねえ」
濡れをできる限り最小限に抑えた二人。
めぐみは腕を組みうなづく仕草を見せ、俺はスマホの天気を見ていた。
今朝は生えていなかった傘のマークずらりと生やされている。
「めぐみ、寒くないか?」
「全然平気です!」
しかし、大丈夫だという傍ら肝心の足を気にしている。走れば何とかなる雨量ではあるが、それは断念するしかない。そうしてる間も石に叩きつける雨音が強くなっていく。
俺達は雨が止むまでこの緑地が禿げた殺風景な場所で待機することになるのか。
「川に降りれるじゃないですかー!」
そんな中でもハイテンションなめぐみは川の端に堆積した砂場に降り立ち、水切りをしている。
一方の俺は悩んでいた。このまま留まっているか、濡れてでも帰るか、傘を買いにいくか。
「…結構暗くなってきたな」
日光が遮られ暗くなる時間は平常に比べ早く、こうなってくるともう悩んでる暇なんてない。
条件は悪くなることはあっても良くなることはない。
「どうしたんですか?和泉さん」
俺は黙って着ていた上着を渡した。初夏の気候に合わせ半袖にしたのを後悔した。
「待ってろ、今傘を買ってくる」
「なるほど…それならお願いします!」
俺は持っていたバッグを託し、雨の降る土手へ駆け上がり、傘の売られる店を目指した。
「まったく…こんな殺風景な場所に少女ひとりを残すなんて…でも、和泉さんらしいですね」
自宅の電話番号が表示されたスマホをみながらつぶやいた。
その頃、正宗は土手を下った橋の下にいた。
雨に浸食された箇所に吹きかける風が体温を奪っていく。
とりあえず急がなければ風邪をひく。
そしてめぐみを待たせるわけにいかない。
この二つの気持ちで僅かな信号待ちですらもどかしい。
信号が青になればまた走り出す。慣れない運動と奪われる体温。
消耗される体力はすぐに体を蝕んでゆく。
大きな交差点を一つ、二つ超えた先に店がある。
信号待ちの間にひさしで雨を避けつつ体力を回復させる、の繰り返しだ。
暗くなる街に店の灯が見えた。
俺は減速することなく店のひさしに滑り込み、できる限りの水分を排出する。
きっと店員は俺の事を「傘を忘れた哀れな高校生」とでも思うだろう。
思え思え、勝手に思え。
俺はそこでできる限り大きな傘を買った。
さて、ミッションを遂行したところで橋の下へ戻ろう。
暗くなった橋の下にスマホの光が一つ。
「おまたせ!めぐみ!」
俺は膝に片手をつく。こんなに走ったのは何年ぶりだろうか。
「さあ、帰ろうか」
俺はめぐみを傘の左側に招き入れる。
「和泉さん、寒いでしょ?」
そう言い、貸した上着を肩にそっと被せる。
「ありがとうございます、和泉さん!」
二人は夕食の匂い漂う小路を抜け、めぐみの家に向かった。
めぐみを家に送り届け、雨音だけが響く傘下で俺はくしゃみを数回した。早足で帰った俺はすぐに風呂に入る。
色々忙しくて実感がわかなかったけど、今在る事実をようやく咀嚼した俺はくもった鏡の前で拳を握る。
大昔の敵が、昔の一読者が、今の愛人になる。
そんな大番狂わせな展開はいつか文字となり、紙に紡がれていくのかもしれない。
書きたかった神野めぐみifルートを正宗が書いた小説として書いてみました。
自身の恋愛経験の少なさから告白シーンに相当時間をかけてそのあとかなり走り書きになってしまったのでいつか書き加えます。
また、このあとのストーリーを書くとしたらこっちではなく、また「エロマンガ先生小噺集」みたいなノリの小説を作って書きたいと思います。
いずれにせよこの一ヶ月、めぐみの妄想が捗りました。ありがとう、エロマンガ先生。
次回(第六章)も同じような展開がありますが、別の側面で同じような状況を描写しようと思います。
次回は高砂智恵ちゃん編です(たぶん)
推しCPです。