世界で一番かわいいヒロインは、この私、山田エルフなんだから! 作:冬希
第6章 智恵の夢、文化祭 ~夢
エルフと俺は付き合っている。
俺は小説試験、エルフはスランプと締め切り。それぞれ一山超えて大きく成長した。
夏休みが終わり、道を歩く生徒は文化祭への期待や意見を口々に語っている。
そして、正宗の高校も例に漏れず、文化祭一色である。
エルフの締め切りに追われていた時期はその雰囲気をイマイチ味わえていなかったが、今は違う。ミッションを完遂した俺は、ようやく文化祭という一大イベントに気持ちを向けることができる。
「やったぜムネくん!」
俺がクラスに姿を表すと同時に嬉しい報告が智恵からあった。
二人で協力した企画書は厳しい精査・競争をかいくぐったそうだ。
「少しでも貢献できたみたいでよかったよ」
「少しどころじゃない!大貢献だよ!これが通らなきゃまた一から練り直さないといけないんだから」
「うわあそれは…」
よかったよ企画書通せて!
「でも結局何をやるか細かいことは決めてないんだろ?」
「それは女子で相談中だから期待して待っててよ!」
「その場に男子は…?」
「え?いないよ?だって男の子がいたらどんな要求をしてくるかわからないんだもん」
いやさすがにそこまできついのは要求しないぞ?
と即答しそうになったが、それはあくまで俺ならばの話。
確かにそういうのは女子だけで決めてもらった方が揉め事も減りそうだ。
「とりあえずムネくんは十分やってくれたさ」
「ありがとう」
俺は軽く一礼を入れる。
「ところでさ!話変わるけど聞いてもらえるかな」
彼女から話題が切り出される時は大抵新作のラノベだ。
俺は最近出たラノベを回想しつつ応える。
「生徒会が毎年主催をしている伝統行事、あるじゃない?」
頭を再びラノベから文化祭に切り替え、記憶の糸を辿る。出来事としては去年だが、以前渡した小説のメインテーマとして触れているのですぐにその情景が浮かべることができた。
「男女ペアで組んで様々な項目で協調性やコンビネーション力を競うあれか」
去年は大層な賑わいを見せていた。
体育館に集まって色々やってたっけ。早押しとか、借り物競走とか。
「そうそれ!優勝するとね、そのペアは結ばれるという噂があるのも知ってるよね?」
もちろん忘れる訳はない。
ほんとにベタな少女漫画のような設定だけど、確かに盛り上がるのも頷ける。
しかし、ラノベ一筋の彼女からそんな話が切り出されるとは思っていなかった。基本的に部活のエース・そのマネージャーといった男女ペアが多いので、彼女には無縁だと思っていた。
「あれに出てみたいと思わない?」
「お前とか?」
でも、正直出てみたい。
しかし、俺には山田エルフと付き合っている事実がある。
「うーん、少し考えさせ…」
「ダメ…かな?」
好奇心と既成事実が拮抗し、悩殺されかけている俺。しかしその手には彼女の温もりがあった。
「ってお前!クラスのみんなに見られてるからその少女漫画みたいなことはやめてくれ!羞恥で死ねる!」
「出て…くれるかな?」
「わかった!出ます!出るから手を握るのをやめてくれ!」
…こうして男という生き物は堕とされていくんだろうな。
「ヒュー!応援してるからね!」
「頑張ってマサムネくん!智恵ちゃん!」
…間違いなく付き合ってるって勘違いされてるだろうなあ。
「最強のカップルは誰だ!」
とでかでかと貼られた看板
「高砂智恵、和泉正宗 登録!」
二人の名を連ねた応募用紙は陽気な声とともに箱に入れられた。
それから智恵と別れた後のこと。俺は相手に押し切られたことによる不可抗力だったとはいえ、裏切ってしまった恋人に対し心の中で懺悔の言葉を並べていた。
文化祭の日時も知られているので隠し通すことも難しいだろう。
必要になる時が来たら素直に話そう。
翌日。今日は午後から文化祭準備が始まり、ようやくフィーリングカップルについての詳細情報が明かされる。
決まったルールを簡潔に説明する。
四人対四人、それぞれ一から四から選んでもらい、そこで同じ番号同士がペアとなる。
次に男子のみがくじを引き、女子にやってもらうことを決める。
最後に男子が女の子を選び告白をする。この時ご奉仕された女子に告白をする必要はない。
といった具合である。見事結ばれた者は手を繋ぎ、ホテルを模した建物の奥へと消えてゆくのだ。
「さあ、準備がんばるよー!」
気高いリーダーの掛け声とともに大掛かりな準備が開始された。
「No.1カップル決定戦出場の方は生徒会室に集合してください」
教室の机や椅子を取っ払った頃、俺たちは呼び出しの指示を仰ぐ。
「今回は六組の応募がありまして、三組ずつ二回スタートします。こちらが出発する組になりますので、確認してください」
三組ずつ、残り二組は一般枠として残す形だろう。
「ボクたちは一組目だね」
「そうみたいだな」
横に視線をずらせばライバルの名前がある。
続いて競技名も記載されていた。
・早押しクイズ
・バスケフリーシュート
・ブラックボックスクイズ
・借り物競走
・二人三脚
毎年、二人三脚で校庭を渡りゴールテープを切る。これが定番である。
それまでの競技も基本的には変わらないが、本番になって追加されたり削除されたりして毎年少しずつ変わっている。
時間は正午オープニング、十二時半頃に競技開始だそうだ。
特に特別な情報もない。毎年恒例のそれがいつも通り行われるだけである。
しかし俺が教室に戻った時のこと。
「正宗達、よろしくな!」
俺は初め何を言っているか分からなかった。数人から肩を叩かれ聞き覚えのない依頼について回想するが、その理由は全て黒板に書かれた二行語っていた。
「一日目午前 司会進行役・和泉正宗」
「 〃 司会進行役補助 高砂智恵」
「これ、どういうことだ?」
「悪い悪い、この時間誰も空いてなくてね」
悪びれる様子も一切ないし、適当な理由を並べているのはわかる。
反論する俺の一方、何故か智恵は赤くなっている。
「…で、何をするんだ?」
準備が落ち着いたので、先程肩を叩いたクラスメイトに質問してみる。
「簡単だよ!司会進行!ルールを説明したり、サイコロを渡したり花束を渡したり…」
「司会進行補助役と「デモンストレーション」をやったり!」
「おい、それってまさか…」
「高砂と内容を「デモンストレーション」してもらうってこっちゃ」
デモンストレーションの横文字をやたら強調してくる。
俺、彼女いるんだけど。
エルフはこのようなことには恐らく寛容的だろう。しかし、想像した可能性で冷めた血潮が体を這った。
「なーーに浮かない顔してんのさ」
下校時、俺達は会話もなくただ二人で歩いていた。
特に、結局司会に押され負けた俺は視線を安定できずに、特に智恵と合わせることが出来なかった。
「色々考えててさー」
「ふーん。まあとにかく、ボクはムネ君と組めてよかったと思ってるよ。ほかの男子に比べたらね。もうあの時点で結構絞られていたみたいで、いけそうなペアも限られていたみたいだし。まっ、決まったことなんだし楽しもうよ!」
楽しむ…か。交錯する感情を抑えて俺は
「うん、確かにそうだな。悩んでても仕方がないか!」
空元気でその場は誤魔化した。
「人手不足」
それなら…仕方ないのかな。
俺を信じ、一途に好きになってくれるエルフへの申し訳なさを募らせた。
「うーん」
一方、智恵は帰宅して頬杖をついていた。
文化祭についての悩みではなく、イマイチ反応の鈍い正宗に如何に自分をアピールするかについての悩みだ。
「どうすれば彼に自分にもっと興味をもらえるのか」
恥ずかしさを隠した素っ気のない態度なのかもしれないが、自分が期待していた反応とは少々遠い。
その答えを求め、仕事がてら書店を巡ってみる。
そこには様々な答えがあった。
自分を磨く方法もあれば、かっこよく見せる方法、更には占いまで。
様々な方法の中でも、一日で準備が出来てかつ即効性の高い方法はないか。血眼になって本の表紙や側面を見つめる。
上から下、右から左を目で舐め尽くしながら徘徊する彼女。
「初心者でもわかる!恋愛心理学」
これだ。これなら…
文化祭を前にして智恵は机に向かった。
正宗の心を手に入れんとばかりに文字を追いかけ、内容を頭に詰め込んでいく。時にそれを脳内で再現もした。
よし!完璧!
その本を机の脇に寄せた智恵は、胸の中の猛る炎を鎮火させ眠りに就いた。
「おかえりなさい!マサムネ!」
「ただいま!」
一方の正宗が帰宅した部屋にはいつもの通りエルフがいる。
少し前の俺ならどうしているんだと一蹴しただろう。しかし、以前の出来事より作業は同じ部屋で行われるようになった。その後、帰宅時は彼女の歓迎を受け、それを喜ばしく受ける日々となった。
もちろん、小説家としてのけじめをつけお互い集中したり、意見を投げあったりもする。
家にいる時は起きてから寝るまでの時間、彼女とほとんどの時間を共にする。
もちろん、京香さんの間接的な監視付きで。
いずれにせよ、俺とエルフの恋愛は山こえ谷こえ順調に進んでいるのだ。
しかし、爆弾を抱えているいま平常を保つことは難しかった。
何か心に重い文鎮がのしかかるような感じ。
「エルフごめん!」
心を潰された俺はたまらず話を切り出した。
「ふーん、クラスメイトと二人組で…ねえ」
一通り話を聞いた彼女はその姿勢を変えることなく、話の一部を復唱し咀嚼している様子だ。
「ええ。わかったわ。ただし、一つだけ条件を課すわ」
一呼吸入れ直す。
「私以外の女子に心をなびかせないこと。それだけよ」
「わかった」
こうして各々の前夜を過ごした。
文化祭当日が訪れた。
俺は午前中の幹事として智恵達と確認をするため、始業のだいぶ前に登校している。
いつもより廊下も各教室も静かで、ゆっくりクラスそれぞれの装飾を眺める事が出来る。
しかしながら、他のクラスに比べてかなりピンクに満ちた俺のクラスの風貌は傍から見ても一際目立つ。
そのクラスの中に入るとすぐにピンク色の薄紙で包まれた蛍光灯の光で包まれ、この中の空気を吸うだけで恥ずかしくなってしまいそうな高校では考えられない雰囲気を作り出している。
中の壁側にはホワイトボードにいわゆる「ご奉仕内容」が書いてある。
「…少し過激過ぎないか?」
俺と同じような理由で早々に学校に来た友人に確認をする。
「確かに一部過激かなーなんて思ったけど相当限られた確率だし大丈夫でしょ!」
なんて、軽々しく言うけどその内容はもしエルフに断りを入れてなかったら罪悪感で逃げ出していたであろうくらいのものだ。
「おはようムネ君!」
簡易的な挨拶の声を残し、一瞬で俺の視界と俺の考え事が奪われた。
<高砂智恵の恋愛心理学 その一 積極的にボディタッチをしかけよ。>
「だーれだっ」
「わかってて聞いているのか?」
視界を奪われたまま後ろの智恵の声に聞く。
「ごめんごめーん!」
「まったく…周りの人の目を見てみろ」
解き放たれた視界を智恵に向ける。
周りの心に突き刺してくる矢尻が痛い。まだ朝でクラスにいるのが数人なのが唯一の救いか。
「まあそんな怖い目付きしないでほらほらー」
…智恵が一言発するごとに周りの目付きがより鋭くなっている気がする。
軽く説明を受け、朝礼を終えればいよいよ文化祭の開始だ。
そして、朝礼が終わればすぐに「ここ面白そう!いこー!」とか、「ここ誰々がお化けやってるんだぜー!からかいにいこうぜ!」だとか文化祭特有の勧誘や提案がどんどん耳に入る。
しかしそんな中、俺は一人スーツに見立てられた衣装をまとい期待と罪悪感に挟まれながら突っ立ち大事な出番を待っている。
一方の智恵も少しは緊張しているのか、先ほどに比べて静かになっている気がする。
「やっぱ智恵ちゃんも緊張してるの?」
「ちょ、いきなり話しかけないよ!」
正宗と少し距離をとり、同じように立ちすくんでいた智恵は出来ていない笑顔で応対している。
<高砂智恵の恋愛心理学 その二 好意を持つ相手と同じような行動、姿勢をとり意識の同調を狙え。>
「ははーーん、やっぱり緊張しているんだ、さっきからずっとカカシみたいになってたわよ!」
突然話しかけられ、たじたじしている智恵を俺が視界の一部分に捉えている。
「文化祭開演に先立ちまして、文化祭実行委員長から一言あります」
「ほらほら、文化祭実行委員長の言葉だよ聞かなきゃ聞かなきゃ!」
血相を変え突然の放送を盾にし真理を守ろうとするも、空気に流された女子生徒を止める決め手にはならない。
いつも顔の色を変えない智恵もここまで露骨に反応したのは初めてだな。やっぱり緊張しているのか。
「文化祭のはじまりだー!」
委員長の活気のある一言で文化祭の幕は上がった。
俺と智恵がデモンストレーションする回は間もなく始まる。観客席にもそれを見るため、人々は飲み物を片手に座り始めている。
参加者は舞台裏に集められ、概要を聞かされることになっている。
俺達は「これが使用される花束ね」と何故か四人の男性陣に対し六つのバラと進行用のカンニングペーパーを渡された。
参加者は四人なのではと聞き返すが、これはどうやら「想定外の出来事」を見積もってのことらしい。
「えー、恒例の出来事じゃーん」なんて小馬鹿にされたけど分からないものは分からない。
そして「まあそれは見てからのお楽しみ」と濁された。
「大丈夫大丈夫、一応ボクもいるからねー!」
…困ったら智恵に投げよう。
「そしてこれが一芸用の小道具!小道具を使う機会がきたら適宜渡してあげてね!」
ここでは男性陣が自己紹介の際に自身のできる一芸を披露する。参加者を事前に集め、何をやるのか聞いてはいるらしいので必要なものだけが揃っているらしい。
「あとはカンニングペーパー通りに進めればいいから!」と直前の打ち合わせは終わった。
午前十時。廊下の通行人の行く手を阻害する程度の人混みが出来上がっている。立見席ももうほとんどないだろう。
「レディースエーンドジェントルメーン、ようこそ!」
棒読みと言われても反論できないその発音に必死に笑いをこらえる智恵。
「今回の主人公は陸上部とバレー部の精鋭男女四名!主人公の織り成すゴージャスな時間を楽しんでいってくださいね!今回、この場の司会は、この私高砂智恵と!」
「イズミマサムネガオオクリイタシマス!」
緊張なのか、慣れないからか棒読みちゃんと化した正宗にもちゃんと惜しみない拍手が送られている。
<高砂智恵の恋愛術 その三 緊張体験を共有せよ>
「そして、こちらが今回の主人公の方々です!どうぞー!」
一方の智恵は多少緊張の面持ちはあれどちゃんと司会進行を務めている。
どうぞの掛け声にホテルの扉から八人の人間が出てくる。もうそれ事後ではないかなんてツッコミは置いといて。
四人ずつそれぞれお立ち台を挟んで対峙している。正宗とは違いどちらも落ち着いている。
「それでは、男性陣には一発芸を披露してもらいましょう!それではまず和泉正宗くん!」
「はあーーーー!?」
我ながらとんでもない声を出してしまったと思う。
「ムネ君も"男性陣"でしょほらほら」
「そうだけど違うわ!」
罪の意識の一切なさそうな笑顔から繰り出される無茶ぶりのせいで俺は外野、内野全ての視線を集めている。
一発芸一発芸はと自分に出来ることに探りを入れるが目線が非常に怖い。
ええい!と俺は自慢のひらめきを振りかざす。
「カーナビとかけまして、恋愛ととく!」
開場に敷かれる静寂。俺は智恵に合図を送るが…
「そこは「その心は」でしょうが!」
「やーーごめんごめん聞いてなかった」
…なんで漫才が始まってるんだ。
「カーナビとかけまして、恋愛ととく!」
「その心は!」
「どちらも迷いはないでしょう」
おーーだとかなるほどーーといった声が聞こえる。反応はまあまあかな。まあこの場を切り抜けただけでも良しとしよう。
「なるほど!まさにこの場にてき面ななぞかけですね!さて次は陸上部の皆さん!一発芸をお願いします!」
めっちゃ流されてる!とか色々言いたいけど俺達は主役じゃないんだ。と堪える。
「えっと、陸上部の皆さんの一発芸は『野球挙』ですね!念の為説明しますと、ジャンケンに負けたら服を一枚脱いでもらう遊びですね!」
え?大丈夫なのそれ?という声が特にバレー部サイドから聞こえる。俺も同じだ。やりすぎるとフィーリングカップルどころではなくなるだろう。一日目の序の序盤から問題行動として全校集会までは容易に見据えることが出来る。
「うーん、私も正直不安ですが、ここは陸上部の皆さんに任せましょう!」
陸上部の四人は打ち合わせをしている。流石に打ち合わせなしで野球挙をしようものなら…。
「準備出来たそうですねそれではジャンケン…ポン!」
の合図で一人が服を脱ぎ捨てる。そこにあるのは夏休みに鍛錬し尽くされたマンガのような肉体美に甘美な悲鳴が響く。
やはり計画されていたのか、テンポよく服が脱がされていく。それぞれ鍛えられた部位が違うため見せつけるためのポーズも変わってくる。
「なんと男性陣はこの日のために頑張ってきたそうです!」
ここで「おーっ」と歓声と拍手が起こる。
「…和泉さんは脱がないんですか?」
「脱ぐかーーっ!」
男子各々の見世物が終わると、ついに御奉仕タイムの時間だ。
「それでは、ルールの説明も兼ねてここでは私、司会補助役と司会でデモンストレーションしてみせましょう。やり方は簡単サイコロを二人でふって頂いて、出た目に応じて決めるだけ!」
俺は二つのサイコロを用意した。過激なものはやめてくれよと男子らしからぬ願いを込めて。
「これは…膝枕+耳かきですね!」
なんとか"やばいやつ"からは免れたーっ!
ちなみにそのやばいやつというのは…ほっぺにキスである。
確率では三十六分の一ではあるが、もしそれを引いた日には許可を得ていたとしても絶えられない罪悪感が俺を支配していただろう。
「…本物なのか」
「本物だよ。ほらムネ君」
ぽんぽんと自身の膝を叩いて急かす。無駄に用意周到なクラスメイトは本物の耳かきを用意しているようだ。
「はじめるよ」
「お、おう」
智恵は大衆が見守る中正宗の耳に手をつける。
耳の中にこそばゆいものがもぞもぞしているのが分かる。
「智恵、くすぐったいんだが…」
大衆に聞こえないように小声で話す。
「ごめんごめん!もう少し力を入れるね!」
うーん、自分でやるのとは訳が違うなあと智恵。
「ぎっ!」
俺は耳の奥を突き刺すような刺激を感じた。耳の中から血が出てるんじゃないか。
「ごめん!力入れすぎちゃった!」
不慣れなのが伝わってくる。大衆を前にして緊張しているのか、素で下手なのか。
しかし、これは耐え忍ぶ術だなんて覚悟した頃にようやく"耳かき"は始まった。
しかし、智恵の膝の上で俺は気づいた。
「これ、盛り上がらなくね?」
まず耳かきという動作が非常に地味であること。耳かきというと萌えを感じる層はいわゆる"オタク"層が中心であることなど様々な要因はある。キスみたいな「山場」があれば盛り上がるのだが、耳かきのような盛り上がりのない動作が続くものはどうしても有耶無耶に終わってしまいそうだ。
なんとか改善策はないかと模索する俺の一方、智恵は耳かきを止め、耳元でそっと囁いた。
「正宗…どう?気持ちいい?」
力の加減を気にした智恵は聞いた。
「お、おう気持ちいいな」
考え事をしていた俺の曖昧な答えに対し智恵は良かったとにっこりと表情で返した。
子供の耳を掃除してあげている優しいお母さんのように。
一方の俺は少し戸惑っていた。
はじめて彼女が個人的に俺の下の名前を呼んだのだ。
俺と智恵がテレビを前に耳かきをしている情景が浮かんできた。俺の名前を呼んで力の加減をたしかめている様子だ。
外の世界では顔真っ赤ー!だのなんだの声が上がっているようだが、それを聞き入れる心理的余裕もない。「盛り上がり」が出来たことは喜ばしいことなのだが。
ここで浮わついている自分を強引に冷静にさせて考えた。
盛り上がりを作り出そうとわざと名前を呼んだんだ。そんな言葉選びになったんだ。きっとこれは場を盛り上げるための演出なんだ。
例えそうだとしても、俺は初めて彼女に理性を揺さぶられている。もしかしたら本当に俺を誘惑しているのか。そう考えれば考えるほどに体が熱くなる。
困惑している間にデモンストレーションの時間は終わった。
誰これ関係なしに拍手が起きている。
「智恵…」
俺はこの時初めて、女性としての意識を彼女に抱いた。しかしそんな余韻に浸る暇はない。司会者である自分を取り戻して、「それでは次はあなた達の番です!」ととりあえず促す。
しかし…
「あれは…ねえ」
「流石に難しくない…?」
とあまり浮かない女性陣。
「そりゃそうだ」と心で返した。長い付き合いの二人だから出来たんだ、初対面の人に対しては難しいだろう。
しかし俺のカンニングペーパーにはそう書かれているんだ。
「ペアでやることが決まったら、それを「何秒もしくは何回行うか」をみんなに聞いていきます!私がそれを聞くので、皆さんはそれに応えてくださいね!」
少し遅れて智恵が言った。
ああそれならと外野陣は勢いと喧騒を取り戻した。
その後は調子を戻した二人によってすいすい事は進み…
「それぞれ思う気持ちはあるでしょう。その気持ちを、言葉にして咲かせてください!」
半分上の空だった正宗とは違ってこの決めゼリフはきっちりと決めた。
「それでは毎度おなじみ、司会者にデモン…」
「はあーーーーー!?」
「進行の邪魔だよムネ君。突然大声あげないで」
この会場の人はほとんど全員言葉の末尾を聞き取れなかったが、もうこれから何が行われるかはは自明だろう。
「聞いてないわ!」
「あれ、あそこに余ってるバラの花で察してなかったの?」
そういえば余分なバラがいくつかあったな…まさかそんな用途とは…
「さあ、ムネ君!私に恋の言葉を聞かせておくれ!」
「そんな上から目線で告白を要求する奴聞いたことないわ!」
「ほらこれ以上待たせると会場の士気が下がるから」
告白を急かされてるんだとざわめく会場の前を横切りバラを摘みにいく。
まったく、さっきの出来事で既にエルフとの約束が揺らいでるのに…
俺は仕方なくお立ち台の上で智恵と目を合わせる、一同は喧騒を意識的に止める。
しかし、嫌でもあの日を思い出しちゃうな。告白した時とは違う震え方をする心臓。それでも必要なのはあの日と同じ勇気なんだ。
「好きだ、智恵。付き合ってくれ」
俺は言いきった。逃げられないと判断した苦渋の告白なんだ。
告白しておいてこんな事を言うのも難だけど。
一応返事を待ってみる。告白しながら他の女を浮かべる人はそうそういないだろうな。
「…とまあこんな感じで告白してください!」
「おーーーい!」
無駄に緊張したこの時間を返せ!
ったく…智恵にいいようにやられてるな俺…
「告白が成功したら、そこのホテルに入ってめでたくカップル結成です!」
「いやそれならそこまでやれよ!」
なんというか、すごく中途半端ですっきりしねえー!モヤモヤする。
「二人ともいなくなったら誰が司会するの?」
しかし俺はこの言葉に一言も反論出来ず、引き下がるのであった。
「それに、…」
智恵が何か言った気がするが司会の言葉に対するざわつきでよく聞き取れなかった。
「数の若い男子からそれぞれ女子を指名して告白してください」
ようやく場面が進み、バラを持った男子がそれぞれご奉仕された女子に告白していく場面だ。
ちなみに、ここではご奉仕されていない女子に告白することも出来る。
…そんな肝っ玉の持った男子はそうそういないが。
そんな「想定外の出来事」も起きることなく順当に三人が告白し、それぞれ返事を貰った。
もちろんここでの告白なんて所詮ニセのもので、当人もどこか気軽に告白しているようにも見える。
まあそれくらいの緊張感がいいんだろうな。なに無駄に緊張しているんだ俺は、と先のデモンストレーションを振り返る。
「ちょっとまったあー!」
喧騒を強引に割くやたらでかい声。これに対して智恵は慣れた手つきで隠していたもう一本のバラを渡す。
「これだよ、これだよムネ君。"想定外だけど想定内の出来事"ってのは…」
してやったりの顔で耳打ちしてくる智恵。
いやでも当人足ガクガクですけどー!?完全に見世物になってますけどー!?
「はじ、はじめまして!」
もう初めてアイドルの握手会にやってきた初心者の形相である。
もはや罰ゲームでしょこれ。
痙攣の止まらない被害者を見ている俺。
もうわざとなんじゃないかと思えるほどにガタガタである。
そして、忘れてはならないもう一人の被害者、お相手の女性。困惑を含めた苦笑いは止まらない。
「ごめんなさい!」
そして二つのバラは不甲斐なく散っていった…
「ははは、どんまいだな!」
とぽんぽん肩を叩いて慰めている。
「ひどいですよ先輩!」
なにやってんの先輩!
そりゃあ、見知らぬ先輩に告白させてるんだもん。ああなるわ。いや、同年代だったらそれはそれでその後気まずいか?
いずれにせよとんだとばっちりである。
あとは簡単な終礼をし、今回はお開きとなった。
緊張局面から解放された俺達は次なる決戦をひかえ、腹ごしらえをするべく食堂へ向かう。
「智恵、もしかしてこのような展開になるって分かってはじめにバラを用意していたのか?」
「よくある話だからねー。今回は一人で済んだけど、その分あの後輩ちゃんの荷が重くなりすぎちゃったね」
まあ予測をしていないとあのバラを渡す時の動きは出来ないだろうな。
「まあ、あれもひとつの醍醐味!時間が経てば当の本人も良い思い出になるよ!」
トラウマにならなければいいけど。
しかし、それが他人事とは言えなくなる出来事が俺を待っていた。
「おい…なんでお前らがそこにいるんだよ…」
金髪であのド派手な衣装。見間違えるわけがない。俺の恋人だ。
そして、その向かい側に座る爽やかなベージュ色の髪を青年。お菓子作りをテーマにした小説というなかなか可愛らしい小説を書く獅童国光に間違いない。
先程まで訳はあれど、不倫じみた行為をしていた俺。
心に平穏が訪れるまで時間が欲しかった。
"浮気"という負の概念も今の俺には少なからずある。
彼女は俺を見た。無邪気に手を振っているような気がする。とりあえず俺は手を振り返す。
「あれ、手を振ってるの山田エルフ先生じゃない?その向かい側にいる人、もしかして"恋人"?」
あってはならない妄想を言葉にされた俺。
「ちょ、いやっ、そんな関係じゃないでしょ二人は!」
「なんでムネ君がそんなに否定するの?」
「だ、第一年齢差がある!エルフは確か十五歳、獅童先生は二十歳だ!そんな不純な関係は…」
「ほらムネ君呼んでるよ!」
必死の弁解も大して聞いてはもらえず、有名なライトノベル作家に興奮した智恵に引っ張られ相席が始まってしまった。
俺の前には獅童先生とエルフが、俺の隣には智恵が座っている。
唯一作家としては蚊帳の外である智恵も、「本屋のライトノベルコーナーの主である」と名乗ることですぐに馴染むことが出来た。
最初は好きなライトノベルについて、各々が話を盛り上げていた。
自身のライトノベルの感想を求めたり、それぞれがライトノベルのちょっとしたプレゼンをしたり。
最初はとんでもない相席なんて思ってはいたけど、それぞれの関係について言及されることもなくなんだかんだ大会までのいい時間つぶしになったかもな。
エルフに大会での俺達を見られるのは恥ずかしいけど。
そろそろ時間も近いし、ちょっとした集まりも解散の時間かなと、荷物の整理をし立ち上がったその時だった。
「ところでマサムネ。私もカップリング大会に出ることにしたわ」
…えっ。
寝耳に見水どころかアツアツの熱湯を注がれたような気がする。
「マサムネを敵に回したかったのよ。勝負よマサムネ」
第七章へ
ご無沙汰しております、ふゆきさんです。
この原案(文化祭)そのものはエロマンガ先生を見始めた頃から題材として取り上げたいなと思ってました。
その後エロマンガ先生ライトノベル10巻で文化祭が取り上げられた時は題材変えようかなって思ってたり。
正宗と智恵の行動をメインにして周囲の行動をほんとに簡易的にしか書いてないですが、果たしてそれはいい判断と言えるのでしょうか…
ちなみに、フィーリングカップルで告白の時に飛び出す描写がありますが、モデルは自分です(
先輩の押しに押されて舞台に飛び出したはいいですが、緊張で自分でも何を言ってるかわからない状況で…結果的に三人で告白したんですが、全員玉砕しました(笑)
それらの経験や心理学を勉強していた経験を活かして正宗×智恵を書いてみました。
正宗×智恵、流行れ流行れ…
流行れよ