「先見艦『ゆきかぜ』が作戦宙域に進入。本艦もまもなく作戦予定宙域に到達します」
前方の席に座る航海長が緊張を押し殺しているのが手に取るようにわかるが艦長の天本はそれには触れる気はなかった。緊張しているのは皆同じ。敵拠点を此方から叩く。
リスクが大きすぎると切り捨てられてきた作戦が最後の最後の艦隊で博打同然、いやそれ以下の作戦が司令部に認可されたのは何故か。噂の数は数知れず、しかし艦隊司令は『第二次火星沖会戦』の英雄、沖田宙将で作戦立案は戦略幕僚幹部六課、作戦推薦は空間防衛総隊の土方司令に認可を渋った司令部に対して極東管区行政府の藤堂長官のごり押しで認可されたと来れば従わないわけには行かない。
辛うじて全滅を逃れている極東管区日本地区からかき集められた臨時編成の寄せ集めでも、数さえ揃えば立派な第一艦隊。効かぬ艦砲に新型の空間魚雷は『ゆきかぜ』のみ。後はみんな旧式魚雷。挙げ句の果てにこちらの装甲は障子紙同然と来れば愚痴のひとつや二つは言いたくなるが、指揮官にそんなことは許されない。
開戦の決断からして不透明すぎたこの戦争は、もはや戦局云々以前の問題で滅亡直前な地球が今さら攻勢に転じて、冥王星を叩いたところでどれだけの意味があるかと天本には思えたが、かといって正直に伝える訳にも行かず、ついに司令部も博打に走ったかとそんな意味のないことを思い浮かべるだけに留めることにした。
「『きりしま』からは? 」
「何も」
確認以上の意味を持たない質問に通信士が首を振る。「予定通りか」という声を飲み込んで、全艦に繋げる。
「全艦に達する、まもなく作戦宙域に進入する。よって総員戦闘配置。砲雷撃戦用意」
「了解。機関出力一杯、主砲にエネルギー伝達」
「エネルギー来ました。ミサイル装填完了」
先見艦『ゆきかぜ』の発光信号は全艦が確認しており、艦長の古代守三等宙佐は先見艦と第一駆逐隊司令を兼任しており天本の上官だ。宇宙防衛大学校で天本の三期先輩にあたり、天本が当時から部屋長と慕っている人物だ。
全長八十メートル、十二.七センチ三連装増幅高圧光線砲を二基六門、その他に多数のミサイル発射管を備えた『いそかぜ型突撃宇宙駆逐艦』の『しらぬい』の艦体は主機の核融合炉が唸りをあげて稼働していることを実感させるように小さく揺れていた。戦闘配備が懸かり、予備電源に移行していた薄暗い艦橋は表情を隠すには十分な光量だ。
「『きりしま』より発光信号。『四時方向より敵艦隊接近。電波管制解除、取り舵回頭三十。砲雷撃戦用意』」
「全員聴いたな。配置は?」
「既に完了しています」
すぐに帰って来た返事によしという感情を見せるより早く、通信士が敵艦隊からの降伏勧告を受信したことを知らせる。
「敵艦隊から入電『地球艦隊に告ぐ。直ちに降伏せよ』」
「返信は沖田司令がやる。放っておけ」
「了解。あ、『きりしま』より返信、『バカめ』です」
あの人らしい。ふと込み上げてきた笑いをこらえ、天本は緑色をした敵艦の群れに目を向ける。忌々しい百隻単位の大艦隊はその艦数に比して小さいらしい器を示すように目玉をオレンジに染めて怒り狂ったように陽電子砲を撃ってくる。無音で煌めくピンクの矢は『しらぬい』の右舷上を進んでいた『むらさめ型宇宙巡洋艦』の『くらま』に吸い込まれるように直撃した。一撃の命中後、戦列をよろけるように離れ、発光信号で戦線離脱を伝えた直後、第二撃、第三撃が襲いかかる。装甲板の繋ぎめから溢れる光はすぐさま船を多い尽くし、膨らんだ風船が破裂するように爆発した。
「くらま撃沈」
沈黙が艦橋を支配する中で天本は苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。追加装甲がなされたとはいえ巡洋艦があれでは駆逐艦の装甲など何の役にもたつまい。
沖田司令は理解しているのか、天本は問いたくなった。全滅など生易しい結果の分かりきっているこの作戦に何の意味があるのか。司令部の意思は勿論、名将と言われる沖田司令の考えさえ理解できなかったし、理解したくなかった。全滅必死の作戦に、乾坤一擲と聞こえはよいが要は博打の作戦に投じられる物と人。無だ死にに等しい流血と物品の消耗。いったいどんな戦略的意味があるのか。
「ゆうぎり被弾。火災の模様」
今度は左舷前方の『ゆうぎり』が被弾したらしく、艦橋付近から煙を吐き出しているのが見えた。あれでは持つまい。そう思うが早いか、「ゆうぎり」に射撃が集中したのがわかった。艦尾と艦中央下部に続けて被弾した『ゆうぎり』は真っ二つに裂けるように爆発した。
「ゆうぎり撃沈」
「敵艦との距離は?」
「まだです」
漏れそうになった「くっ」という声を力ずくでねじ伏せ砲雷長の声を聞く。
「目標射程に入った」
「照準よし」
砲術長の声の直後に砲雷長の合図が飛ぶ。天本は声を張り上げた。
「全砲門開け、撃て」
緑色をした細い光の矢は正確な照準通りに敵艦めがけて飛んでいく。ほぼ同じタイミングで放たれた艦艇の砲撃はほぼ同じタイミングで敵艦に直撃する。
しかし、カーンという音が聞こえてきそうなほどあっさりと弾かれる。開戦直後から分かりきっていたことだが、こうまで無力を見せつけられるとさすがにと思う。辛うじて与えられるダメージは敵艦を傾けるくらいで、装甲を貫く威力はない。その辛うじて与えたダメージを苦もなく建て直すとお返しと言わんばかりに、敵の砲門が煌めく。次から次へと襲いかかってくる光線は艦を引き裂き、爆発させていく。
「『しまかぜ』被弾、操舵不能のもよう」
見れば『しまかぜ』が制御を失い切り揉み状態になっている。その先には慌てて回避を試みる『あぶくま』がいるが見る限り間に合いそうにない。
敵艦は容赦なく追い討ちをかけるように撃ち込んでくる。『あぶくま』は敵の射撃と、『しまかぜ』の両方から逃れようと悶えたが、半端な回避は帰って『しまかぜ』との接触を早めただけにおわった。『あぶくま』中央部に『しまかぜ』は上からのし掛かるようにぶつかり、その衝撃は『あぶくま』の
「うわっ」という声と共に『しらぬい』に激震が走る。ぼやっとしていた訳ではないが突如襲った揺れにクルーは思わず声をあげた。
「被害報告!!」
天本の指示は的確に各部に伝わり報告される。
「直撃ではありません。本艦後方の『あたご』撃沈の余波です」
「機関異常無し」
「主砲一番、二番共に異常無し」
「各部異常無し」
ほっとしているまもなく、敵の砲火は激しさを増す一方で味方の砲火は著しい減少がわかった。
「艦長、『ゆきかぜ』が敵艦隊の隊列に突入します」
「援護しろ。VLS、全発射管開け。照準は大雑把でいい」
発射という掛け声に会わせて飛んでいくミサイルは虚空を翔ていく。会わせて『きりしま』も放ったらしく『ゆきかぜ』援護と同時に敵艦隊に対する嫌がらせをかねたミサイル攻撃は敵艦隊至近で炸裂した。爆発に浮かび上がる敵艦隊は一時的にせよ虚を突かれたのか砲撃が減る。その隙をついて『ゆきかぜ』は飛び出していく。もともと高い機動性を誇る『いそかぜ型』は一撃離脱に特化している。しかし兵器の威力不足は得意に戦術さえ何の意味をもたらさなかったが『ゆきかぜ』の新型の空間魚雷は所定の威力を発揮した。二発立て続けに放たれた空間魚雷は敵駆逐艦に直撃。あっさりと駆逐艦を駆逐艦だった残骸に変えて見せた。喜ぶまもなく、付近の味方艦艇を軒並み沈めた敵艦隊は今度は此方に射撃を集中してきた。
ピンクの光線は容赦なく『しらぬい』に襲いかかる。天本は回避運動を指示する。
「上げ舵六十、同時に左停止、面舵回頭一杯。出力最大!!」
航海長が復唱して回避する。先程までいた場所に降り注ぐ光線を見て今更ながらゾッとするが、他に気を振る余裕はなく、続けざまに指示を出す。
「下げ舵三十、第二戦速!!」
その指示が功を奏するより速く、『しらぬい』は直撃弾に見舞われた。
「被害報告!!」
「艦首装甲に被弾、艦首魚雷発射管使用不能」
小さく誰にも聞こえないように舌打ちをしながら、その一方で艦に致命傷を負わなかったことに安堵したとき、通信士が声をあげる。
「艦長、『きりしま』が狙われています」
見れば『きりしま』の艦中央部と艦底付近に直撃弾したらしく、かなりの黒煙を吐き出していた。流石に戦艦らしく、数発でさよならとは行かないがあのままではいずれ撃沈は避けられない。
「航海長。両舷増速、『きりしま』のもとへ向かう」
付近では爆発の閃光が無音で迸り、さながら花火ように散っていた。その隙間を縫うように『しらぬい』は速度を上げて『きりしま』のもとへひた走る。それがいけなかったのだろうか。直後に『しらぬい』を襲った激動に天本は足をとられてしまった。それでも足に力を込めて倒れるのは抑えた。しかし、前の席に座る機関士は無事では済まなかった。どこか電線が断線したらしく、過剰電流が流れ込んだ機関長のパネルは一瞬で内部の電子機器をショートすると電流は座席を伝って、機関士を感電死させると、パネルを爆発させた。その金属片は、後ろにいた天本を襲う。
「ぐっ!!」
思わずこぼれた苦悶の声は、本人の意図しないもので、反射だった。肺には届いてるのかどうかさえ、わからないが天本は激痛にさいなまれる中で決して意識を手放すまいと力を込める。
「き、機関長!!」
天本の声は機関士の鼓膜を叩いたが、それに機関士が答えることはできなかった。
「被害報告!! 艦長が負傷した。医療班を!!」
「私に構うな。船を優先しろ!!」
辛うじて手すりにつかまり、倒れなかった副長の声が艦橋を木霊する。続いて届いた報告に天本は顔をしかめてしまった。
「艦後部損傷、機関出力低下。機関の冷却管損傷!! このままでは主機が!!」
機関室の先任機関士が悲鳴をあげる。
「しゅ、主機停止。補機に切り替えろ。主機は修理より現状維持を最優先!!」
「りょ、了解!!」
艦内無線の向こうで先任機関士の返事が飛ぶ。
一方で『きりしま』艦橋では沖田が『アマテラス』の入電を受けて、撤退を決断していた。
圧倒的な敵艦隊に燈籠の斤にすぎない地球艦隊。先程まで近隣に勇姿を見せていた艦隊は、この『きりしま』と駆逐艦二隻のみだという。なぶり殺しに等しい蹂躙は無惨に艦を引き裂いて、
生きて帰る。改めて決意をしたところで隣に座る『きりしま』艦長の山南に指示を出す。
「現時刻を以て第一艦隊は作戦を終了、撤退する」
駆逐艦『しらぬい』艦長の天本はその命令に強い憤りを覚えた。
こうなることは明らかで、ここで脚を止めれば死んでいった者達に申し訳がたたない。冥王星への突入を意見具申しようとしたところで『しらぬい』の通信に割り込みが入った。割り込んできたのは『ゆきかぜ』艦長の古代三佐だ。
「沖田司令、地球艦隊は全滅です。これでは死んでいった者達に顔向けできません。最後まで戦います」
「駄目だ古代。戦場に巣食う死に魅入られるな。我々は生きるために戦っているのだぞ」
「沖田司令、貴方はこんなところで死んではいけない人だ。だからこそ本艦は戦線に留まり、『きりしま』撤退を援護します」
「古代三佐!! 本艦も」
「駄目だ。お前の船は壊れている。残っても無だ死にするだけだ」
「しかし」
食い下がる天本に古代は宥める。
「やられていない『ゆきかぜ』の方が生き残れる。天本、たのむから言うことを聞いてくれ」
「古代、戻るんだ。作戦は成功したんだ。それにお前にはまだやってもらわねばならないことがある」
「如何なる作戦かは伺いません。しかしこのままでは地球を守るものが居なくなってしまいます。天本、『きりしま』と地球を頼む」
「部屋長。わかり、ました」
天本の絞り出したような声にのまれたのか、沖田は何も言わなかった。
「沖田さん、地球のことを頼みます。どうか我が儘をお許しください」
「部屋長、ご無事で」
霞み、消え入りそうな小さな天本の声も古代には聞こえたらしく、笑みを浮かべ敬礼する。天本も敬礼を返すがその目には涙が浮かぶ。直後に役目を終えたように砂嵐に覆われ、沈黙した画面に目を向ける余裕はなく、天本は奥底から溢れ出す涙を飲み込んで指示を出す。今までに同期や友人たちが戦死した時も、なんとか堪えてきたはずの涙は今は止めどなく溢れる。それでも、なんとか指示を下す。
「取り舵回頭百八十。本艦は『きりしま』を護衛しつつ戦線を離脱する」
「了解」
既に反転しおえている『きりしま』の左舷下方後部にピタリとついて『しらぬい』は戦線を離脱した。通信機からは『ゆきかぜ』からの銀河航路が聞こえてくる。
「『ゆきかぜ』敵艦隊に突入」
副長が隣「艦長」と声をかけてくるが、椅子に深く腰掛け、俯いたままの天本はそれでも私心を圧し殺し、前を向いてそのまま言葉を紡ぎ出す。
「航海長、両舷前進。『きりしま』に続くんだ。帰ろう、副長。負けたんだ」
じわりと染み込んでいくその言葉は、誰よりも天本の心に鎖をかけたことは傍目にも明らかだった。涙は頬を伝って床を濡らす。遠くなっていく冥王星は青白く輝き、憐れみを向けているように見える。それが一層敗者の無惨を際立たせていく。剥げた塗装と、黒く焼け落ちた装甲、途中で断線している電線は無力さを際立たせる。
まけた。完敗だった。天本は応急処置を受け、古代の事を考えていた。たった一隻で突撃した『ゆきかぜ』。無事では済むまい。いや、撃沈は免れないだろう。無力感にさいなまれるが、それでも頼まれた地球を守らなければと切り替えることで心を支える。
遥か遠くの星達は変わらず瞬き、それを無言で見つめていた。
天本 博之
いそかぜ型突撃宇宙駆逐艦『しらぬい』艦長
階級は三等宙佐
古代守の三期後輩で宇宙防衛大学校時代の同室。古代守を今も部屋長と呼び、慕っている。決して楽観的に考えない冷静な頭脳を持ち、物事の裏を読む事に長けている。上層部に強い不審を抱き、やり方を嫌悪している。名前の由来はパワポケ4の彼女候補の天本玲泉と同じパワポケシリーズの大神博之から。
本来なら『イズモ計画』に選抜されているが拒否。『ヤマト計画』にも選抜され砲雷長の予定だった。