ゆらぎ荘の幽奈さん~誅魔の侍~ アニメ化記念第一話先行公開   作:カイナ

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千客万来、妖下宿ゆらぎ荘

 目が覚めたら浴衣が脱げて上半身素っ裸の美少女に抱きつかれていた。

 

 これだけ言うと淫夢乙やらリア充爆発しろやら言われそうだが、彼にとってはそれどころではなかった。

 

「って、一体何がどうしてこんな事に!?」

 

 美少女に抱きつかれている少年が慌てたように声をあげるが、自分に抱きついてきている少女は眠ったまま目を覚ます様子もなく、それどころか「コガラシさぁん」と寝ぼけながら少年にすり寄り、挙句に彼の顔に豊満な胸を押し付ける形で眠りこける。

 

「むがっ、むぐぐぐ、むごーっ!」

 

「ふあ~……」

 

 男にとっては天国だろうが少年にとってはある意味地獄。少年が必死で声を上げ、それが届いたのか少女は可愛らしい欠伸を漏らしながら、豊満な胸を彼の顔からどかせる。

 

「おはようございますぅ、コガラシさぁん……」

 

 少女は目をこすりながらそう目の前の少年――コガラシに挨拶するが、コガラシは顔を真っ赤にしながら必死で目をつぶり顔を逸らす。

 その光景を見て少女も気がついた。今の自分が一般的にあまりよろしくない格好であるということを。

 

「はわ、はわわわわわ……いやああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 困惑の後、悲鳴。同時に布団や枕が浮き上がる。

 

「ま、待て、落ち着け!!」

 

 コガラシが大慌てで落ちつかせようとするが効果なし。少女の「見ないでくださーい!!!」という悲鳴と共に最後にはコガラシの身体が浮き上がり、部屋の外へと吹っ飛ばされる。

 そして部屋の外に広がる堀へと落下し、盛大な着水音が響き渡った。

 

 

 

 

 

「ふわぁ……なんだ? 昨日狭霧が言ってた奴か?」

 

 その着水音を目覚ましにしたかのように、ゆらぎ荘206号室に住む少年――藤太は起き上がるのであった。

 

 

 

 

「すみません! すみません! 私、本当に寝相が悪くって……」

 

「もういいって。わざとやったんじゃないしな」

 

 ゆらぎ荘の廊下を歩くコガラシに必死で謝る幽奈と、わざとやったんじゃないからと許すコガラシ。

 

「おはようさん、幽奈。それと新入りさん」

 

「ん、誰だ?」

「あ、藤太さん。おはようございます!」

 

 そこに藤太が声をかけ、コガラシがきょとんとした声を出すのと対照的に幽奈が明るく挨拶をする。それに藤太も「おう」と返した後、コガラシの方を向いてにこりと微笑んだ。

 

「昨日は挨拶できなくて悪かったな。俺は百樹(ももき)藤太(とうた)、ここの6号室に住んでるんだ。ここ男はあまりいないからお前が来てくれて嬉しいよ」

 

「あ、俺は冬空コガラシ。よろしく頼むぜ……って」

 

 藤太から自己紹介を受けたコガラシは自分の名前を名乗った後、何かに気づいたように声を漏らして自分の隣に浮かぶ幽奈と目の前の藤太を交互に見た。

 

「藤太、お前幽奈のことが見えるのか!?」

 

「え? ああ、もちろん。俺もお前と同じ霊能力者だからな」

 

「マジでか!?」

 

 コガラシの叫びに藤太がこくりと頷くと、コガラシはぎょっとした顔になる。しかしその反応を不思議に思ったのか藤太は首を傾げた。

 

「あ、あの、藤太さん。実は……こしょこしょ」

 

 何かに気づいた幽奈が藤太の方に近づき、彼の耳に口を近づけて何か囁きかける。藤太もそれを聞いて「あ~」と納得したように頷いた。

 

「ん?」

 

「あ、ああ。いやこっちの話だ、気にしないでくれ。それより廊下で立ち話もなんだ、さっさと朝食食べようぜ」

 

「おう」

 

 内緒話を見たコガラシが首を傾げるのを見た藤太が誤魔化すようにそう言い、コガラシも内緒話をしたということは話の内容を聞かれたくないのだろうと気を遣って内緒話を流す。

 それから三人で食堂へと向かい、コガラシと藤太は朝食を食べ始めた。

 

「へ~。藤太って悪霊退治とかを仕事にしてんのか」

 

「仕事というかバイトだけどな、うちは実家が悪霊や妖怪専門の退治屋だから。今日も一日それにかかる予定だ……春休みの間に荒稼ぎしとかないと間に合わないからな」

 

「あ~分かる分かる! 俺もバイト探してんだよ。藤太のとこでバイトとかって出来ねえか?」

 

「悪いな。あくまで実家の手伝いみたいなもんだから、コガラシに手伝ってもらうまでもないんだ」

 

「そっか、無理言って悪かったな。けどもし助けが欲しくなったらいつでも言ってくれ」

 

 コガラシは右手の握った拳を左手の開いた掌にパンッと当て、「これでも力には自信があるぜ!」と言ってにっと笑う。藤太も「その時はよろしくな」と答えて二人は食事を再開した。

 それから食事を終えると藤太は悪霊退治の仕事に出かけ、コガラシもバイトを探すためゆらぎ荘を後にするのであった。

 

 

 

 

 それからまた翌日。藤太は食堂で狭霧や桃色の髪を長く伸ばした美人な女性と共に朝食を取っていた。

 

「すみません! すみません! もっと離れて寝るようにしますから~!」

 

「いや、寝る時は俺の身体を柱にでも縛るくらいしねーと……」

 

 すると必死に謝っている幽奈と、やや辟易した様子のコガラシが食堂へと入室した。

 

「ほう? 自ら縛に就こうとは殊勝な心掛けだな」

 

 その言葉を聞いた狭霧が冷たい睨みを効かせながらコガラシを見る。

 

「なんなら私が縛ってやろうか? 冬空コガラシ!」

「幽奈ちゃん、コガラシちゃん。おっはよぉ~!」

「二人ともおはようさん」

 

「おはようございます~」

「おーっす」

 

 睨む狭霧をよそに挨拶する美人さんに藤太、幽奈とコガラシ。

 

「幽奈!」

 

 と、幽奈が席についたところで狭霧が申し訳なさそうな顔をして切り出した。

 

「昨日は、本当にすまなかった……私としたことがお前の危機に気づけずにのんびり温泉になど……」

 

 狭霧の言葉の理由は簡単。昨日未明、救沌衆を名乗る男が幽奈を無理矢理成仏させようとゆらぎ荘に不法侵入、コガラシがそれに気づいて救沌衆を名乗る男を殴り倒したことでどうにか事なきを得たわけである。

 本気で申し訳なさそうに謝罪する狭霧は「己が不甲斐ない……」とまで自責の念を持っており、それに幽奈が「しょうがないですよ!」と慌てて弁解、「元はと言えば新しい住人であるコガラシを怖がらせないようになるべく隠れていようと思うから皆も自分をいないものとして扱ってくださいとお願いしたのが悪かったのだ」と狭霧を擁護する。

 しかし狭霧はそれを差し引いても友人の危機を気づけなかったのが情けない、と言いたげに首を横に振っていた。

 

「それにしても冬空コガラシ……藤太から聞かせてもらったが、よもや貴様が霊能力者だったとはな」

 

「驚いたのはこっちだ。まさか全員普通に幽奈が見えてるなんてな……道理で平気な顔して住んでるわけだ」

 

 が、気を取り直したか狭霧の言葉にコガラシがそう言い返し、続けて「なんであんたらは幽霊が見えるんだ?」と尋ねる。

 

「……まさか全員幽霊なんてオチじゃないよな?」

 

「アタシはちゃんと生きてるわよぉ?」

 

 コガラシが疑うような目で女性陣を見ると、美人さんがそう言って「ちゃ~んと足だってあるしぃ」と美しい足をコガラシに見せつける。

 

「た、たしかに……」

 

 その青少年には目に毒な光景にコガラシは照れた様子で目を逸らす。藤太も気恥ずかしそうにそっぽを向いていた。

 

「藤太貴様、何を考えている!?」

 

「うおわっ!?」

 

 そこに狭霧ががるると牙を剥きながら苦無を藤太の頭目掛けて叩き付けるように振るい、藤太が反射的に白刃取りで受け止める。ぎりりと苦無を握り振り下ろす手に力を込めながら、狭霧は美人さんをギロッと睨みつけた。

 

「呑子さんもはしたないですよ!」

 

「えぇ~。狭霧ちゃんったらかた~い」

 

 狭霧の注意に呑子と呼ばれた美人さんはけらけらと笑う。なお幽奈が「幽霊(わたし)だって足くらいあります!」と言って綺麗な白色の足を見せてコガラシに「対抗せんでいい!」とツッコミを入れられていた。

 しかしコガラシは霊能力者としての知識からか「年季入った霊ほど生者と見分けがつかない」と疑いの視線を向ける。過去にそんな経験でもあったのか割りとそういう類に関しては警戒心が強いらしく、そんなコガラシを見た呑子が「じゃあ確かめてみる?」と言って突然コガラシをハグ。自分の胸にコガラシの頭を当てるように抱きしめ始め、自分の身体の感触や心音から自分が生きていることを証明する。

 コガラシも慌てて振りほどこうとじたばたもがくが、焦っていることや妙な体勢で力が入りづらいとはいえ全く振りほどける気配がしなかった。

 

「あいたっ!?」

 

 と、呑子が悲鳴を上げて力が緩み、コガラシはその隙をついて脱出する。

 

「呑子さん。コガラシはまだ新入りなんだからあまりふざけないでください」

 

「えぇ~藤太ちゃんまでかた~い」

 

 さっきそれで呑子の頭を叩いたのだろう竹刀を肩に担ぎ、藤太は呑子に呆れたように目を細めながら注意。呑子は頬を膨らませてぶすくれた。

 なおそのコガラシは「冬空コガラシ貴様!」と言いながらさっきの藤太にしたように苦無を振り下ろそうとしている狭霧に対し、さっきの藤太と同じように苦無を白刃取りして押さえながら「悪いの俺か!?」と悲鳴を上げていた。

 

「まったく……幽奈! あんな男と同室で過ごしていて本当に大丈夫なんだろうな!?」

 

「え? どういう意味です?」

 

 狭霧はコガラシに完璧に防がれた攻撃を諦め、幽奈に大丈夫なのかと尋ねる。しかし幽奈はその質問の意味が掴めなかった様子で首を傾げ、狭霧は「今まで四号室に入った住人とは違って男であり、しかも幽奈に触れるんだ」と質問の詳細を補足。

 

「妙な事をされなかったのかと聞いているんだ!」

 

 そして質問の核心を強調して幽奈に問い、幽奈は「妙……な……」と呟き、何かを思い出すような仕草を見せると顔を赤く染めていく。

 

「な、なにもありませんっ!!!」

 

 力強く否定するが、顔が真っ赤になっている事や動揺すると起きるポルターガイストが起きている事から何かあった事は明白。呑子がけらけらと笑い、狭霧が怒りに顔を赤くして両手の指全てで挟むように無数の苦無を取り出しコガラシを睨みつけた。

 

「おのれ冬空コガラシィッ!!」

 

「全部不可抗力だっつーの!!」

 

「やはり貴様部屋を移れ! 裏山にちょうどいい木の洞がある! (ケダモノ)の貴様にはお似合いだ!」

 

「せめて人間扱いしてあげてください!」

 

「はっ! あんな雨で溺れるような寝床は二度とごめんだね!」

 

「ご経験済みでしたか!? っていうか深っ!」

 

 次の瞬間雨のように放たれる苦無をコガラシは全回避しながら弁明。続けて二人の口喧嘩が始まり、それぞれに入れる幽奈のツッコミも冴え渡っていた。

 

「余所に移る気なんざねーよ。俺が借りてんのはあの部屋だ。それに俺は――幽奈をちゃんと成仏させるって約束したしな」

 

「コガラシさん……」

 

 コガラシの言葉に幽奈が嬉しそうに目を輝かせ、対する狭霧と呑子はその目を寂しそうにやや暗くする。その横に立つ藤太も寂しそうな目を隠すように閉じ、首を横に振った。

 

「寂しいけど、いつかはしなきゃならない事だ……」

 

「ええ。幽奈ちゃんが地獄に落ちるところなんて、見たくないしねぇ……」

 

「……分かってます」

 

 わいわいと騒がしいコガラシと幽奈を眺めながら寂しそうに、しかししなければならない事なんだと三人が話す。

 それからコガラシと幽奈が起きてきている事に気づいた仲居さんが「おはようございます~」と挨拶、コガラシ達も「おはようございます!」と唱和する。

 

「すぐ朝食の支度しますね~」

 

「あ、あざっす!」

 

「……あぁ、コガラシ君?」

 

 仲居さんが二人の朝食を準備しようと部屋を出て行こうとした時、彼女はコガラシの方を向いた。

 

「お食事代の支払いを待てるのは一ヶ月までです。一日でも遅れたらご飯抜きですからね?」

 

「は、はい!」

 

 妙に凄みのある雰囲気で仲居はそう言い残して部屋を出ていき、コガラシは顔につーっと一筋の汗が流れるのを感じる。

 

「あの人、小さいのに妙に凄みがあるな……」

 

「そりゃそうよぉ。だって仲居さんがゆらぎ荘で一番年上だもん」

 

 コガラシの言葉に呑子が暢気に笑いながら返答、コガラシが「へ?」と間の抜けた声を出す。

 ちなみにその横で狭霧が「二番目が幽奈だ」と補足すると幽奈が「私は永遠の16歳ですよぉ!?」と猛烈に反論していた事を追記しておこう。

 

「仲居さんも見た目通りの年齢じゃないって事か? それって……」

 

 コガラシが見た目最年少の仲居が逆に最年長であることを疑問に思い口にする。その時コタツ布団の一角がもそりと動き、ぬぅっと一人の少女――夜々がコタツから顔を出す。

 

「夜々、お前またコタツで寝てたのか?」

 

 呆れた様子の藤太が夜々の首根っこをまるで猫を掴むように掴んでコタツから引きずり出し、夜々は目をこすりながら「おは~」と漏らす。

 

「お前ずっとこん中いたのか!?……ん?」

 

 コガラシは少女一人コタツの中に潜り込んでいたのに全く気付かなかった事に驚くが、次の瞬間別の事に驚く。

 夜々のお尻からは人間にはあるはずのない尻尾が伸びている。後そのせいなのか下着も丸見えで幽奈が「尻尾!それと下着が丸見えですよ!」と慌て、狭霧がコガラシに苦無を向けてまたコガラシが白刃取りをする。

 

「……コガラシはれーのーりょくしゃだからべつに隠さなくてもいいんじゃ?」

 

「それもそうでした!」

「下着は隠せ馬鹿者!」

 

 藤太に掴みあげられてぷら~んとしている夜々の暢気な言葉に幽奈が納得の様子を見せると狭霧がツッコミを入れる。そしていい加減下ろされた夜々が猫のように伸びをしている光景を見てコガラシが目を細めた。

 

「つーか……尻尾? あの猫耳も自前だったのか。あいつ化け猫か?」

 

「んん~! コガラシちゃん惜っしい~!」

 

「ふふ……そうですね。せっかくですので皆さんで自己紹介し直しましょうか」

 

 猫のような挙動の夜々を見るコガラシの言葉に呑子が妙にノリよく返し、コガラシの朝食を持ってきた仲居が朗らかに笑いながらそう返す。

 

「たのもおおおおおおおおおお!!!」

 

 しかしその時、静かな朝を引き裂く怒鳴り声が聞こえてくるのだった。

 驚いて窓を開け、外を見るコガラシ達の目に移るのは数十人単位の坊主頭に袈裟の所謂坊主の集団だった。その先頭に立つひと際年を取った様子でガタイもいい男を見たコガラシが思わずという様子で睨みをきかせる。

 

「あいつ、昨日の!」

 

「昨日はよくもやってくれたな小童よ! その屋敷、よくよく霊視してみれば 悪鬼羅刹の巣窟ではないか! 貴様と全員まとめて共に我ら救沌衆が一掃してくれるわ!!」

 

 コガラシの言葉に、コガラシが昨日殴り飛ばした救沌衆の男がそう叫ぶ。

 するとその後ろに立つ、彼の部下なのだろう青年が慌てた様子で彼に駆け寄った。

 

「せ、洩寛殿! 彼奴等は女子の姿をしており申す。それも存外愛らしく……手荒な手段はいかがなものかと……」

 

「喝っ!!! 手段など! 我らは、速やかに悪鬼とそれに与する者を滅するのみだ!」

 

 部下らしき救沌衆の青年の言葉を洩寛と呼ばれた男は一喝して鎮め、救沌衆の教えなのか彼の独断なのかそう叫ぶのみ。

 

「しかし……」

 

 だがしかし突然連れてこられただけなのか、女性に手荒な真似をする事に抵抗あるらしい青年に他の坊主もこくりこくりと頷いて賛成を示す。

 

「……ならば、女子達は捕らえるがよい! その後は、主らの好きに修行を付けてよいぞ!!」

 

 しかし洩寛の続いての言葉を聞いた途端、彼らの目の色が変わる。

 

「成程! それならばむしろ彼奴らを救う事にもなりましょう!!」

「拙僧もちょうどそう考えておりました!」

「拙僧も!」

 

 なにやら邪なオーラを見せ出した坊主達はむしろ我先にとゆらぎ荘に向けて走り出した。

 

「……下衆どもが」

「救沌衆。どこの宗派や教派だか知らないが……随分と生臭坊主が多いようだな」

 

「すまねぇ、俺のせいだ! お前ら中に隠れてろ! ここは俺が――」

 

 そんな彼らを見て狭霧がギリリと歯を噛み鳴らし、藤太が呆れ顔になる。そんな様子に気づかないコガラシが自分が呼び込んだ災難だとすぐゆらぎ荘の面々に謝罪、自分一人で救沌衆を止めようと乗り出すがその時には既に食堂から見える屋根に狭霧と藤太が飛び移っていた。

 

「貴様こそ下がっていろ、冬空コガラシ」

「まあ、朝飯後のちょうどいい運動だ」

 

 コガラシにそう言い捨てる狭霧は両手の指に挟むように苦無を構え、藤太が竹刀を肩に担ぐ。

 

「遅れるなよ、狭霧」

「貴様こそ」

 

 言葉少なく言い合ったかと思うと藤太は屋根から飛び降りてなんと壁をまるで地面を走るかのように駆け降り、狭霧は宙に浮かぶように跳躍。同時に狭霧の前方に扇状に無数の苦無が出現した。

 

「雨野流誅魔忍術! 奥義! 叢時雨!!」

 

 狭霧が叫ぶと同時に変幻自在な軌道で救沌衆の坊主目掛けて降り注ぐ苦無の雨に坊主たちが「ひっ」と悲鳴を上げて苦無を防御しようと見上げる。

 

「上だけ見てて大丈夫ですか?」

 

「な!?」

 

 そこに下から聞こえる声。いや、壁を駆け降りた藤太が姿勢を低くするような前傾姿勢で走ってきていたため下から聞こえてきたと勘違いしたに過ぎない。そう声をかけると同時、藤太は切っ先を地面に擦らせるかのように下げていた竹刀を振るう。

 

「百樹流剣術、草薙!」

 

 坊主の集団の中を縦横無尽に駆け回り、敵の足を竹刀で打ち続ける。

 たかが足への打撃と侮るなかれ、足、特にスネは弁慶の泣き所と呼ばれる人間の急所の一つ。それに足を打たれて怪我をすれば動くことすらままならず、特に今回の場合は上下からの同時攻撃。この二つを同時に意識して防御を行う事はとてつもなく難しい。

 

『ぐあああぁぁぁぁっ!?』

 

 事実、狭霧の放つ苦無の雨に気を取られている坊主は藤太の竹刀による打撃を受け、藤太の竹刀に注意を向けた坊主は狭霧の放つ苦無の雨に打たれてしまう。

 しかしその苦無の雨の中を駆け回っているにも関わらず、まるで苦無の方から藤太をかわしているかのように、藤太には一本の苦無すら刺さらなかった。

 

「「これで、しまいだ」」

 

 狭霧がくるりと坊主たちに背を向け、同時に藤太も坊主の集団から目にもとまらぬ速さで脱出して彼らに背を向ける。すると降り注いだ苦無が突然大爆発を起こして坊主たちを吹き飛ばした。藤太の攻撃によって逃げることも出来なかったか、苦無が降り注いだ範囲にいた坊主たち全員が爆発に巻き込まれていた。

 

「……なんだ、あれ……」

 

「ふふふ。驚きましたかコガラシさん! 誅魔忍である狭霧さんの霊気の忍具は神出鬼没、変幻自在なんです! そして藤太さんの剣術も戦国の世から数多くの悪霊妖怪を滅してきた退治屋に伝わる秘技。その二人のコンビネーションにもはや敵はありません!!」

 

「まず誅魔忍ってなに?」

 

 唖然としているコガラシに幽奈がどや顔で解説。しかしコガラシは聞き覚えのない用語にツッコミを入れるのが精一杯だった。

 

「く、怯むな! かか――」

「わぁ~、みぃんな、つるっつるでボールみたい!!」

「――れ!?」

 

 目の前でたった二人に修行を積んだはずの坊主たちが一蹴されるのを見た洩寛が一瞬怯むもののそれを振りほどくように叫ぶ。しかしその声は途中で困惑へと変化、それは当然。いつの間にか自分達のど真ん中に一人の女性――呑子が立っていたのだから。

 坊主たちの中に場違いなとてつもない美女が立っているという意識すれば明らかにおかしな目立つ光景。しかし彼女が声を出すまでその気配に誰も気付けていなかった。

 それは坊主達が困惑し、その内の一人が「き、貴様! いつの間に!?」と叫んでいることからうかがえる。

 

「ねぇねぇ、そんな事より、ボウリングしてもいーい? いいかなぁ……?」

 

「ぼ、ぼうりんぐ!?」

 

 坊主のツッコミを流してそんな事を言い出す呑子に坊主がまた困惑顔になる。

 

「えぇ~……ダメなのぉ?」

 

「いっいやまあ、少しくらいなら……」

 

 呑子が坊主の一人の肩を掴み甘えるような声で聞き返すと、肩を掴まれた坊主が彼女の豊満な胸をちらりちらりと見ながら返答。すると呑子は嬉しそうに「わーい」と言って突然その坊主の頭をがしりと掴んだかと思うとひょいっと、まるでボールのように坊主を持ち上げる。

 

「な、なんだこの怪力!?」

 

「見よ、あの女! 頭に角が……鬼!?」

 

 華奢な美女がそれなりに鍛えているはずの成人男性を持ち上げるという目の前の光景に坊主の一人が困惑していると別の坊主が呑子を指差す。

 彼女の頭にはいつの間にか一本の角が生えている、それは彼女が日本古来より存在する妖怪――鬼であるという証拠だった。

 

「いぃっくよぉ~!」

 

 呑子がそう言って掴んだ男性を投げ飛ばし、その先にいた坊主たちを一斉に吹っ飛ばす。それはまさしくボウリングの光景そのものだった。

 

「すとらーいくぅっ!」

 

「人吹っ飛んでんぞ、おい……」

 

「呑子さんは酔えば酔うほど強くなる! かの鬼の首領(ドン)、酒呑童子の末裔なんです!」

 

 ガッツポーズを取る呑子を見たコガラシが冷や汗を流し、再び幽奈がどや顔で解説した。

 

「おのれおのれおのれぇぇ! よもやこれ程とは!……」

 

 苦無の雨に目にもとまらぬ速さでの足への攻撃、トドメに苦無の爆発。そして坊主の一人を一投げしただけで他の者達を一蹴する。現在たった三人に部下のほとんどがやられてしまっており、洩寛は悔しそうに声を漏らす。

 

「……ぬ?」

 

 しかしその時洩寛を暗い影が包み込む。そのシルエットは人間が古くから知る友の姿。されどそれは人間一人を包み込むほどの巨体を持つものではない。洩寛はその正体を知るべく振り返った。

 

「……は?」

 

 呆けた声を出すのも仕方なし。何故なら目の前には自分など一飲みに出来るだろう巨大な猫がいたからだ。

 呆けた声を出した口をあんぐりと開ける洩寛だがそれどころではなくなる。それはその巨大な猫の頭の上に乗っていた少女――夜々の言葉を聞けばすぐに分かる。

 

「……うん。あいつらで遊んできていいよ」

 

「ンニャッ♪」

 

『ぎゃあああああ!!!』

 

 夜々の許しを得た巨大な猫は嬉しそうに鳴いてまるでじゃれつくように坊主たちへと突進。

 しかしその対象である坊主たちは悲鳴を上げる。それも当然、猫がじゃれついた結果自分達はまるでお手玉か何かのように宙に打ち上げられては落下、また宙に打ち上げられるのを繰り返しているのだから。

 

「夜々さんは、あんなカワイイ猫神さんに憑かれてるのです!」

 

「オマエ自身は何もしねーのかよ!?」

 

「だって夜々ねむいし……」

 

 巨大な猫――猫神の可愛さにメロメロになりながら三度幽奈が解説、コガラシが夜々にツッコミを入れると夜々は欠伸交じりにそう返した。

 

「馬鹿な、全滅だと……」

 

 苦無が刺さり足を打たれ爆発に巻き込まれ投げられ吹っ飛ばされじゃれつかれた救沌衆は戦闘不能に陥っており、これで救沌衆は洩寛を除き全滅。

 

「こうなれば最後の手段!」

 

 洩寛もぶるぶると震えて振り返り、ギロリとゆらぎ荘の面々を睨みつける。懐から一枚のお札を取り出した。

 

「有り金はたいて買ったこれぞ! 悪霊退治の名門輝夜家秘伝、強制成仏に悪鬼退散の霊符! 悪鬼共、これで貴様ら全員あの世へと送ってくれるわ!!」

 

「…………」

 

 洩寛が取り出した一枚の札を見た藤太が目を丸くして硬直。その意味をなんと解釈したのか洩寛は「ククク」と笑みを漏らした。

 

「どうだ! 貴様のような小童では一生手に入らぬ高級品。冥途の土産に――」

「……うっわ。どんな安物つかまされたんだ?」

「——な、なに?」

 

「こんな三流の霊符を輝夜印なんて言われてるなんて知ったら望美も怒るだろうな……」

 

「さ、三流!? 安物つかまされ!? 貴様何を言っているんだ!?」

 

 硬直、いや絶句した後の藤太の言葉に洩寛が困惑していると藤太はふぅと息を吐く。

 

「狭霧、悪いがこいつは俺が相手する」

 

「ああ、勝手にしろ」

 

 藤太の言葉に狭霧はひらひらと手を振って返答し、ひょいと屋根の上からコガラシ達のいる室内へと移動。藤太は右手の竹刀を前へとつき出すように構えた。

 

「救沌衆。これも多少の縁だ、一つ指南をしてやるよ」

 

「し、指南だと!? 生意気な小童め!」

 

 そう言って藤太は左手をポケットに入れ、そこから一枚の霊符を取り出すと竹刀にぺたりと貼り付けて霊力を込める。

 

「炎精招来」

 

 霊符を通じて竹刀に送られた霊力が霊気の炎となり、竹刀を包み込む。

 

「はあああああ!」

「きえええええ!」

 

 その竹刀を構えて藤太が突進、同時に洩寛も輝夜印の強制成仏なる霊符を手に藤太目掛けて突進した。

 

「まずは貴様から、くらえい! 輝夜印の悪鬼退散――」

「遅ぇよ」

「——へ?」

 

 洩寛が叫ぶのを聞きながら藤太は竹刀を一閃。霊気の炎が洩寛の手に持つ霊符を焼き払い、自分が有り金はたいて買ったという霊符が焼き消えた事に洩寛は呆けた声を出してその手を見上げる。

 

「一つ指南だ。輝夜家は話の通じない相手でない限りは話し合い、霊に納得頂いた上で成仏していただく事を教えとする。故に害のない霊にも攻撃を仕掛けられる霊符は輝夜家の親類縁者もしくはそれに認められた者しか持つことは許されない」

 

 そう話し、藤太は竹刀を振り上げた。

 

「幽奈のような害のない一介の幽霊を問答無用で成仏させようとしたお前が輝夜家に認められるはずがない。これからは偽物つかまされないよう気をつけることだな」

 

「な、ななななな!?」

 

「輝夜流霊符、炎精招来——」

 

 藤太がそう唱えると共に霊符が光を放ち、竹刀を覆う炎の勢いが強くなる。

 

「——百樹流剣術、業破断!」

 

「ぐあああぁぁぁぁっ!?」

 

 力強く踏み込み、一撃必殺の念をもって振り下ろす剣。それは竹に覆われている竹刀だからこそ純粋な打撃となって敵を倒すにとどまったが、もし真剣であったならばその一撃で敵は両断されていただろう力を見せていた。

 

「ぐ、ぐぬ……あ、諦めんぞ……体勢を立て直し、次こそ奴らを……」

 

 霊気の炎に焼かれたせいか焼け焦げた袈裟にススだらけの格好になりながら、洩寛は倒れた身体を必死に起こそうと試みる。

 

「すみません、お客様。それは困りますー」

 

 まだ諦めていない様子の洩寛の背後にひょい、と軽い様子で現れたのは仲居。

 彼女は倒れている坊主達の前に立ち、両手をいっぱいに広げた。すると、不思議な光が彼らに降り注いでいく。

 

「あの光は?……」

 

 コガラシが窓から乗り出して仲居の出している光を見ながら呟く。

 すると突然坊さんの持つ携帯電話が次々と鳴り始める。どうやら着信が入ったらしく坊さんは次々に携帯電話を取って電話に出始めた。

 

「拙僧の宝くじが一等当選ッ!?」

「拙僧が、ジョニーズに合格ぅぅ!?」

「拙僧が、大富豪の遺産相続人に!?」

 

 坊さんが驚きと困惑の様子で叫び声を上げる。

 宝くじの一等当選、アイドルへの合格、大富豪の遺産相続。一生かかっても一度もお目に掛かれない程の幸福が偶然としてもあり得ない程この場に重なっていた。

 

「億の借金がチャラっっ!?」

「ポチが帰ってきた!?」

「ハゲ治療薬の治験者に!?」

 

 一部自業自得だったんだろう者が幸福になったり、第三者から見ては小さいのだろうが本人からすれば宝くじの当選のような大きな幸せなのだろう。坊さん集団は一人の例外もなく嬉々とした歓声を上げている。

 唯一洩寛だけは「これは妖術か!?……」と困惑を露わにしているが。

 

『もう妖怪退治なんざやってられっかー!』

 

「なにィ!?」

 

 幸福を前に妖怪退治という危険な仕事を放棄し始める部下達に洩寛が仰天し、舌打ちと共に「これだからゆとりは!」と吐き捨てる。そして自分一人でもやってみせようと気合を入れ直したその時、彼のスマホに着信が入り着メロに設定しているお経が聞こえてきた。

 

「む!?」

 

 こんな時に誰が何用か、とスマホの液晶に表示される着信相手を睨む。がその相手に驚いた様子を見せると慌ててタッチパネルを操作し電話に出た。

 

[父さん……ごめんなさい。親になってようやく私が間違ってたって気づいたの!……だからお願い……出家なんてやめて家に帰って来て!……]

 

「……ああ、分かった」

 

 洩寛にかかってきたのは遠い昔に喧嘩別れした愛娘からの涙ながらの謝罪と懇願。

 それに対しただ一言、彼は父としてそう言い残すと電話を切り、改めて仲居はじめゆらぎ荘を睨みつける。

 

「ちぃぃぃっ!!! 覚えておれい悪鬼どもめが! この礼は必ずしてくれる!!」

 

 最初こそドスの効いた声と強面を維持していたが、その目尻には涙が浮かんでおり、いつの間にか部下達も整列。黙ってぺこりと仲居に頭を下げた。

 

『まことに有り難う御座いましたああ!!!』

 

「お幸せに~」

 

 そしてついに嬉しさを隠しきれない様子で破顔した洩寛を先頭に救沌衆の面々はお礼の言葉を述べてゆらぎ荘を後にする。

 仲居は彼らの幸せを心から願う微笑みを浮かべながら優しく手を振り彼らを見送るのであった。

 

「そしてゆらぎ荘最古参にして管理人の仲居さんは、運勢を操る座敷童さんなのです!」

 

 そして幽奈がゆらぎ荘の面々最後の一人の解説を行い、コガラシに笑みを向ける。

 

「どうですかコガラシさん! 皆さんスゴイですよね~!」

 

「ああ……すげぇぜ仲居さん! 俺にも運を……」

 

 幽奈の言葉にコガラシは目の前で幸運の加護を受けた救沌衆の面々を見ながら、自分も運が欲しいと思い仲居に願おうとする。

 

「やめておけ」

 

「ああ……タダほど高いものはない。あんな上手い話があると思うか?」

 

 しかしそれを狭霧が止め、藤太も同意する。それにコガラシが「へっ?」と声を出すと狭霧はどこか気の毒そうな目を救沌衆の面々に向けた。

 

「アレは奴ら自身の運が使われているんだ」

 

「え!?」

 

「一生分の運を使い果たしてなきゃいいけど~」

 

「怖っ!!」

 

「やっぱり仲居さんが最強」

 

 狭霧、呑子、夜々の言葉にコガラシが戦々恐々。そこに仲居がぽんと手を叩いた。

 

「では皆さん。本当の自己紹介もすんだところで、新しい住人さんに歓迎の言葉を!」

 

 仲居の合図で幽奈がぴょんっとジャンプしたように宙に浮かび、幽奈と呑子が満面の笑顔で、夜々はやや眠そうな顔で、狭霧は不機嫌そうに顔をしかめながらも頑張って口角を持ち上げ、最後に藤太がにっと笑う。

 

『妖下宿、ゆらぎ荘へようこそ~!』

 

「……よ、よろしく……」

 

 数多くの、恐らくは妖怪退治のエキスパートだったのかもしれない集団を一蹴する戦闘力を持つ面々にコガラシは頬を引きつかせながらどうにか挨拶を返すのであった。




 ……本作の本格連載は[ToLOVEる~氷炎の騎士~]の連載が終了してからです。(目逸らし)

 仕方がなかったんだ!藤太と狭霧のタッグ戦闘描写を思いついた以上記憶が鮮明な内に書かなければ!そして興が乗って一話書き上げられたんだから投稿しないと勿体ないじゃないか!(基本的にネタがちょこちょこ思いついてのメモならまだしも話自体のストックという考え方はしない奴)
 ああちなみに、なんのこっちゃと思われるだろう輝夜っていう単語ですがこれも後々登場予定のオリキャラです。もののついでに紹介しとくかと思って出しました……もう本格連載まで書く予定ないですから……。(必死で目逸らし)

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