黒いオーク、黒い竜、そして吸血族の肉体を得た障者と戦ってきたエコー。
彼は間違いなく大英雄たる資質を修めている。
しかし、大英雄である以上に大英雄製造機としての方が価値がある。
植物の種を食べるより、その種を植える事で多くの種を回収する事の方が価値を生むからだ。
それによって、彼の戦歴は血統書の様なものと成り果てた。
吸血族の女帝は己が生み出した研究成果たる眷属未満その13の思いの他の成果に喜んで、ソレーユに協力すると言ってくれた。
それは、第二、第三の眷属未満その13の様な存在を作るという意味であったが、それによってより多く障者を知るというメリットをソレーユは理解していた。
故に、胃を痛めながら、サイコパスなマッドサイエンティストの女帝と実験を続ける事にした。
一方、『うませるきかい』は今度は人魚族の所に居た。
海を渡っている際に、船員達もろとも『うませるきかい』は誘拐された。
美しい人魚達の歌声に脳波を操られて、良くないクスリをやったかの様なエコー以外の船員達。
彼らは本来なら死ぬまで人魚達の子孫繁栄に協力する運命だが、『うませるきかい』という上位互換が居るために今回は人魚達に喰われる事になる。
エコーは当初脱出しようかと考えたが、人魚の姫がエルフ族への連絡はしたと言う事と、本来の人間の船程度の日にちで送り返すという旨を伝えられたので大人しくなった。
彼には悪に対する義憤という発想はない。
『人魚族』、それは『魚人族』とかなり古い時代にルーツを同じくするものの決別した二大海生亜人の片割れ。
女しか生まれず、異種族の男を歌声で惑わして死ぬまで自分達の繁殖の相手とする。
死ねば文字通りの意味で喰らうが、通常は死ぬまでは性的な意味でしか喰らう事は無い。
時折、相手の種族の子供が生まれた場合、魔法を使って一代限りの人魚へと変える。
男しか生まれずに、種族的な整形技術を駆使して変装し、異種族の女性を捉えては己の種族の子供を産ませ、
極々希に、相手の種族の子供が生まれたら祭壇で生け贄にする『海のオーク』と呼ばれる『魚人族』とは対立している。
ここ最近、エッラ・ヴァーリという魚人族の指導者が彼らの首都ダゴンシティを放棄し、人魚族の居住地に近いニーダゴンシティへと遷都した。
成長と共に魚人族は顎の骨が張り、顎の骨が張るほど立派な魚人族とされており、その意味ではエッラ・ヴァーリは魚人族のカリスマだった。
魚人族の大総統は失脚すれば、そのまま次の指導者に殺されるが、エッラは何と二十年間の長期政権を築いていた。
そのエッラが魚人族と人魚族の統一を掲げ人魚族を併合しようとしていた。
もし、人魚と魚人が子を作った場合、男なら魚人、女なら人魚として生まれる。
異種族と子を作った場合のみ、そのまま己の種族を増やせるのだ。
決別の切っ掛けは古代において、女性側の権力が弱かった統一種族の女性が、生まれてきた息子が不細工で殺した事で死刑にされた事だという。
同じ種族でありながら男女で美への意識が余りにも違いすぎた故の不幸だったが、これによって
現在行われている魚人の政策に対して、文化が分れて長い年月を経って魚人を生理的に受け入れなくなった人魚は反発した。
捉えられた人魚が無理矢理「魚人達はかっこよくて良い人ばかりです」と言わされて宣伝材料とされているが、人魚で信じる者は居なかった。
美と歌と踊りで輝けば輝くほど上位に立ち、その頂点である『
それにより、海を通る男達は片っ端から人魚達に狙われて、子作りに協力させられた。
人間が強かったうちは大人しくしていた人魚や魚人達だが、人間の科学力への制限が発生してからはそれも無くなった。
これまでは後の遺恨を残さないために男達は時折解放されたが、今回の『うませるきかい』と同乗した船員はそうでは無い組だった。
「閣下、噂の『うませるきかい』を連れてきました。魅了は聞きませんでしたが搾精に非協力的な様子はありません」
姫なのに殿下では無く閣下と呼ばれるのは、女王では無く姫が人魚の中での最高序列であるからだ。
「えー、そうなのー? 私はケイヴィ。現在の人魚姫よ、宜しく。
あなたのお名前は?」
「エコー」
「そう、エコー君か。素敵な名前だね」
凄くフレンドリーなケイヴィーだが全て演技である。
エコーもエルフの女王に心を打ち砕かれていた件が無ければ信用していたかも知れない。
満面の笑みで目をキラキラと輝かせる彼女は、
男を如何すれば好意的に協力行為させられるかを知っている。
「無理矢理呼び付けてごめんなさい。
でも、私たちもそうしなきゃならないくらい追い詰められててテンパってたっていうか、訳わからなくなってて」
勿論、そんな事は無い。計算尽くである。
エルフ達には白々しくも、運航していた船が沈没していたので、遅くはなりますが人魚族が責任を持って送り届けますという手紙が送られている。
そしてその
「その、何て言うか、種族のために、協力してくれると嬉しいかな。…恥ずかしいけど」
行為を口に出す事も恥じらう乙女の様だが、その実はお嬢様学校では無い女子校の様に男の目の無いところではえげつない下ネタトークをしている。
「人間とっ、マーメイドの為にっ、お願いしますっ!!」
一生懸命な女の子を演じきった人魚姫は内心で決まったとガッツポーズをする。
多分、ここまですれば落ちない男はいないと彼女は確信していた。
エコーと一緒に居た人間の男達を証拠隠滅をかねて生で食い殺しておいて人間のためというのもアレだが、
確かに魚人よりかは人間には害が小さく、覇権をどちらかが取るなら人魚の方が人間には好都合であった。
何せ、今まで住処を奪われたり、海を汚染された事で、魚人から仕掛けた戦争で魚人側が大量に殺された事を今まで黙っていたくせに、
人間が弱体化してからは蟲族や吸血族がやっている様な権利を求めて、謝罪と賠償の為に人間の女を定期的に寄越す様に言っていた。
そんな魚人よりかは、人魚の方がいくらか人間にとってはマシであったのは事実だ。
人魚は弱体化しても人間との全面戦争には勝てないので、つまみ食いする程度にしておこうと考えていただけだが、それでも
自分の所持者としての権利や立ち位置を持っている相手には反乱せず、種馬である事に承諾する『うませるきかい』にはアプローチは無意味だったが、
仮にそれに気が付いたとしても人魚姫にはそれは認められなかっただろう。気が付いていても気が付いていない振りをしていたはずだ。
ケイヴィは自分が可愛すぎて、エコーのそういう淡泊なところにまで気が付かなかった事は救いと言えるかも知れない。
下半身が魚な人魚は、異種族と番うときにはその下半身を相手の下半身に合わせて変化させる。
因みに、古代に魚人と子作りしていたときは産卵した卵に魚人が放精するだけであり、
異種族との性行為を知り、性欲の権化と為った魚人が物足りなくなった事も魚人と人魚が決別した原因である。
ケイヴィはエコーに翻弄されて優位にリードさせる事を演じたが、エコーには自分主体で行為する事は寧ろ労力的に面倒だと思えた。
どうせケイヴィの後には他の人魚達も待っているのだから、労力は少ない方が良いと考えていた。
ケイヴィが知ったらぶち切れていたに違いない。
ケイヴィが終わった後に、周囲の人魚達も『うませるきかい』と交わったが、休憩もかねてカラオケ大会が始まった。
カラオケ大会は休憩に為らない気もするが、人魚的には行わない日があっては為らない無上の喜びであるから仕方ない。
尚、歌だけで無くダンスもセットが基本なので、ミニライブ程度のレベルの高いカラオケ大会であった。
ケイヴィも何となくエコーの声は良いなと思っては居たが、無理矢理歌わせると声だけは凄く良かった。
でも、音程に合わせて音を出しているだけのエコーの歌い方には、人魚姫として赦せないものもあった。
「歌に本気なマーメイドの姫の私があなたをプロデュースしてあげるっ!!」
ケイヴィは思った。エコーは素材も声も良いのに勿体ない。
ケイヴィはいつの間にか目的を忘れていた。
エコーにはアイドル活動には興味の欠片も無い。
だが、断ってもしつこい所有者が望むのならばと、渋々それに応じる事にした。
エコーが、ケイヴィの作戦で『
ただ、その握手券で人気が出たという余談には、ケイヴィの言う歌に本気な種族という自称を疑わざるを得ないとエコーは他人事の様に感じていた。