うませるきかい   作:蕎麦饂飩

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Episode15 死の先を征く者

 私は見た。

 

 円卓騎士団第十三席エコー・グッドマン。

 つい最近まで『うませるきかい』として人権を持たず存在していたもの。

 

 彼が獣人の推薦という圧力で人権を回復した後、円卓騎士団にまで上り詰めた事を見て、それに戸惑う者や反対する者がいた。

 円卓第一席アルチュールの妹である私、円卓第七席のフローラも当初はそう思っていた。

 

 人間以外を強化する故に、人間にとって忌み子であり、生かす代わりに人権を奪われた存在。

 他種族との政治手段にしか使えないので、その為に他種族の種馬として回されていた汚らわしい存在。

 

 結論から言うと、私はその戦いに目を、心を奪われた。

 最近他種族との関係が悪化してきた人間にとって、最早他種族へ利益を与える必要は無くなり、

『うませるきかい』の役割を失うのに丁度良いと、戦士の役割を与えられた彼は天性の戦士(大英雄)だった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§§

 

 

 

「皆さんに紹介するわ。わたくし様の最高傑作『ベルセルク』よ」

 

 吸血女帝が連れてきたのは、かつて醜く愚かで無能だった失敗作、『眷属未満その13』と呼ばれた者だった。

 その13やその1192などのナンバーでは無く、特別に名前を与えられている事からもその価値は別格だという事なのは相対する者にも理解できた。

 

 半年前、吸血女帝は他者からの略奪に明け暮れて、自己改変を繰り返して、強く、賢く、美しくなった眷属未満その13と再会した。

 女帝は自己進化を追求した眷属未満その13に、嘗て己が期待すらしていなかった事を詫びた。

 そして、侯爵の爵位を与えた。

 今までに数えるほどしかいない吸血族の上位層に、嘗て最底辺であった者は至った。

 

 勿論、それは愚図で無能で不細工なままの彼を無条件に肯定したわけでは無い。

 彼が自己改変によって愚図で無能で不細工な己を捨て去った(・・・・・・・)からこそその栄誉が得られたのだ。

 

 しかし、眷属未満その13には嘗ての己を見くびっていても、現在の己を肯定してくれる美しい女がいるというだけで救われた気がした。

 今の彼であれば無条件に女帝は受け入れてくれた。貴方だけのヒロインになってあげても良いという言葉に歓喜した。

 ベルセルクの名前を手に入れた彼は――――それで満足した。

 …結局は『それで良いんだよ』と言ってくれる人が今までに一人でもいたなら、彼はそれで良かったのだから。

 

 

 だからこそ、人類への怒りでも、優生学への怒りでも無く、女帝への貢献のためにベルセルクは今人間と対峙する。

 その瞳には冷静な狂気が停滞している。そこに嘗ての面影は無い。彼は最早眷属未満その13ではなく、『ベルセルク』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 円卓騎士団の末席を手に入れたエコーの前に、黄金の髪、黄金の瞳、黄金の翼、黄金の天輪を兼ね備えた神々しい青年が立っていた。

 女帝を護る様にその前に立つ彼を、自慢する様に女帝は紹介した。

 そして、エコーにはこの男がわかるかしら?と女帝が告げたがエコーには見当が付かなかったので、かつて眷属未満その13であった事を女帝はネタばらしした。

 

 もし、現在にまで至ったベルセルクと人魚姫が会えば、吸血族故に子供を作る事は出来ないが都合の良いガードマンとして使われていただろう。

 だが、人魚姫より先に吸血女帝がベルセルクと再会した事はある意味ベルセルクにとっての救いであった。

 ただ完璧に近づいた性能を利用しようとする人魚姫よりも、

底辺からここにまで至った成長値を賞賛する吸血女帝の方がベルセルクの元になった存在が嘗て望んだ在り方だったからだ。

 

 今回人間側が派遣した戦力は円卓騎士団の第四席、第七席、第十二席、そして第十三席の四名だけだった。

 しかし四名だけで大抵の敵は倒し得ると思われるほどの過剰戦力(大英雄)でもあった。

 

 だが、最初にベルセルクに飛び込んだ第四席は腕の一振りで壁へと叩き付けられ、その直後に鋭利な杭の様な魔力弾で串刺しにされた。

 かろうじて生きているものの、そのままでは長くは無い事は誰が見ても解った。

 第四席を警護し、魔法で回復するために第七席と第十二席が駆け寄ったが、そこでベルセルクが放った杭が変化して三人を覆う檻へと変化した。

 

 そしてベルセルクはただエコーを見つめる。

 ベルセルクは十字架型の剣を背中の鞘から抜き放ち、エコーは二つの魔力の筒、ダブルウィッシュボーンを展開した。

 

 そしてエコーとベルセルクはその世界から消えた。

 厳密には世界から消失はしていない。だが、高速のその先に居るものだけが視える『無の領域』に彼らはいる。

 その世界を視認できぬ者には、動いている彼らの姿を認識する事は出来ない。

 

 二者が通った後の大地を熱が奔る。

 二者が切り結ぶ度に大気が震える。

 二者がその魂を、魔力を跳ね上げる度に世界が嘶く。

 

 

「素晴らしいわ、そんな貴方が大好きよ」 

 

 女帝がうっとりする様にそう呟く。

 彼女の騎士、ベルセルク侯爵はそれに応えようと全力を更に巻き上げる事は無かった。

 もとより彼女を護る為の闘い。最初からトップギアのその先だったからだ。

 

 

 対するエコーも最初から空中機動(スカイアクティブ)先行投資(ダブルウィッシュボーン)を起動させ、その魔力回転数は12000rpm。

 台風すら対消滅させられる個人における限界を超えた速度であり、人間の限界のその先を行っていた。

 

 故に両者は常に『無の領域』で激突する。

 最早女帝にすら視覚での認識は不可能だろう。

 それでも二人の闘いを認識できている女帝は流石闇の支配者と言えた。

 

 エコーは殆ど身体強化にしか魔力を回せない。

 だから回転数をひたすら上げるしか無い。

 しかし、更なる効率化の手段があるはずだった。

 

 ここ数年で一般式魔力器官が大幅な燃費改善を遂げた。ならばヴァンケル式魔力器官にも更なる向上方式はあるはずだった。

 だが、魔力器官というのは普通なら生まれたときに決められている。遺伝子操作で人為的に作られるものだからそれは当然だった。

 

 だが、それが如何したというのだ。常識の中の限界で満足するのならそれは大英雄で無く只の英雄に過ぎない。

 エコーは自身の魂が悲鳴を上げる事すら無意味と断定して、小さな魔力器官を己の中に生成した。

 ヴァンケル式の魔力器官を小型化して、常に低負荷で全力回転させる事で予備魔力を生成する魔力補助システム(レンジエクステンダー)

 その力は、限界の限界で拮抗していた二人の天秤を傾けた。

 

 十字剣ごと叩き切られ、その勢いで壁に激突して無の領域から帰されたベルセルク。

 それを冷たく見つめる様に魔力の筒を構えたエコーが同じく無の領域から帰ってきていた。

 

「やったのっ!?」

 

 希望を見た様に円卓の七席が叫んだ。

 だが、それは早すぎる安心だった。

 

 

 死者は死なない。ただ変化するのみ。

 ベルセルクは己の肉体を、己の記憶を、己の精神を、己の魂を改変して今の場所にいる。

 元の全ては強さのために捧げた。

 だが、未だ捧げていないものがある。

 己の存在そのものだった。

 

 ベルセルクは、より強い自分のために今まで積み上げてきた自分を捧げた。

 これまで重ねてきた苦労や苦悩も全て無意味と化し、生まれ持っての強者に再誕する。

 吸血女帝でさえ為し得なかった、成そうとは思えなかった領域に彼は届いた。

 その根源は、女帝へ捧ぐ愛の誓いとも言えた。

 

 

 その両目は潰れ、全てを見通せる様になり、

 その両手は崩れ、全てを握れる様になり、

 その両足は腐り、全てを歩める様になった。

 

 最早、生物でも死物でもあり得ないその姿は()に近いと言えた。

 その証拠に少しずつこの世界との繋がりが薄くなり、暫くすれば別の場所、神世界と呼ばれる場所へとその身を移すであろう。

 

 だが、それまでに目の前の敵を倒す事が出来ればそれで良かった。

 女帝を護りきって消え去るならそれで良いと感じていた。

 

 嘗ての過去形となった数分前まで理解していた己からの言伝がベルセルクには残っていた。

 

 その手に、因果を支配する槍を精製する。

 必中の槍を一つだけで無く、周囲に幾つも創り出し――――――全方位に投合した。

 

 

 

 全ての方向からエコーを狙う神槍。

 但し、その速度は∞では無かった。

 

 ならば――――――避けられない事も無い。

 そう判断したエコーは『無の領域』へと身を滑らした。

 再び並の大英雄なら見過ごしてしまう速さへと移行する。

 

 

 仕留められる前に、撃ち抜く。

 ダブルウィッシュボーンを縦に連結してベルセルクに突き刺そうとしたが、ベルセルクはエコーの後ろから新たな槍で突き刺す事でそれを防いだ。

 エコーが突き刺そうとしたベルセルクは残像だった。

 無の世界で残像が認識される程の速さ。

 

 それはあり得ない事を前提として尚、あり得ない事だった。

 無の領域所か、既に神の領域に片足を突っ込んでいるベルセルク。

 時間が経てば完全に神の末席として容量不足のこの世界から消える。

 そんなベルセルクだからこそ、己とエコーが嘗ていた無の領域如きでは遅すぎると言えた。

 

 エコーに対抗する手段は一つ。

 ベルセルクと同じように神の領域の力を手に入れる事。

 自己改変能力も、異なる世界の認識も無いエコーにとってそれは無茶無理無謀だった。

 

 故に全力で嬲られる。

 本気で殺しにかかっているベルセルクに辛うじてのところで命を繋いでいる。

 まるで使い捨てのティッシュの様にその命を縮めていた。

 

 それでもエコーは神に祈らない。神だけでは無く誰にも祈らず、救いを求めない。

 だから誰にも救われない。

 

 

 そんなエコーを祝福する者は―――――――――いた。

 嘗てエコーが殺した黒い竜。その血にほんの僅かに残る竜が神であった頃の欠片が向こうの世界にエコーを繋げた。

 

『頑張って■■』

 

 聞いた事が一度も無いのに、何故か理解できる声が、その声の主本物の神(・・・・)が彼に力を与えた。

 人間ではあり得ない、竜か何かの様な生命力でエコーの傷が巻き戻り、彼の瞳は完全に開ききった瞳孔で己の敵を見つめていた。

 

 エコーは、疑似的な神の領域を足場として、無の領域の先の先へと踏み込んだ。

 身体の感覚すら無く、視界は果てにある光を見付けている。

 

 エコーはその果ての光へと跳躍し、その先へ己の得物を突き出した。

 

 

 

 

 神の領域へ完全に押し出されて、二度と元の世界に戻ってこれなくなったベルセルク。

 そんな己の完成品を越えた作品の敗北を知覚して、「嘘よ」と呟いた女帝は膝をついた。


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