エコーとフリージアは何度も交わった。
とは言え、互いに一言も必要な業務要件以外は発する事無く、作業のように種を植えるだけの作業だった。
互いに相手と己が、畑に蒔く種であり、種を植えられる畑であると理解していたからだ。
そこには諦観以外のものは存在しない。
絶望も欲望も何も無い。ただ、諦観だけがそこにあった。
ある日の夜、
エルフだけで無く、オークも己の種族数を増やしたかったのだ。
人間国からもたらされた警報器がオークを識別して甲高い警報音を鳴らす。
派手に使われた文明の利器は障者を呼び寄せる事となるが、内部を外に出ない魔力が循環しているオークには障者は他の種族ほど恐ろしくは無い。
言い換えれば気が狂う魔法そのもののような存在である障者は、触れる事で相手を狂気に落とし込むが、
魔力抵抗の高いオークにはその影響は少ない。触れる以外の攻撃手段を持たない障者が触れ続けてオークを狂わせる前に、
その膂力を持って叩き潰せば良いだけだからだ。
その意味ではオークは非常に障者に優位であった。
オークは障者が寄ってきてエルフが襲われた場合、エルフの戦力が低下する上に、精神がおかしくなろうが孕ませる畑としての役割には問題が無いと思っていた。
寧ろ、精神が狂った方がオークの子供を産むのが嫌だと自害されなくて済む分好都合だと考えていた。
実際、オークは捉えたエルフを敢えて障者に襲わせて自我を狂わせた後孕ませた事だってあるくらいだ。
フリージアは警報を聞き、仲間達を護る為にベッドから抜け出して鎧を身につけて槍を手に取って打って出ようとしたが、己の母親である女王に止められた。
「あなたは子作りに専念しなさい。
戦いは他の者に任せるのです」
「お母様っ、同胞が汚らわしい豚に襲われるのを見て見ぬ振りが出来ようもありません。
私には力があります。仲間を守る力がこの手にはあるのです」
凜々しくもそう言い放つフリージアだったが、女王はそれを認めはしなかった。
「…フリージア。
あなたはハイエルフを多く生む事だけを考えれば良いのです。
ハイエルフなれば豚たちの魔力抵抗など紙のように引き千切れるでしょう。
そうなれば、今此処で普通のエルフが犠牲になろうと、きっとそれ以上の救いがもたらされます。
この王国の救いは、あなたの子供達なのです。
解ったら寝室に戻りなさい」
フリージアは言いたい事はいくらでもあった。
しかし、それを女王に言うだけの力は彼女には無かった。
「解りました。お母様」
「ええ、それで良いのです」
フリージアは再び寝室に戻った。
だが、言葉を交わす事も無い作業相手に目を向ける事無く、彼女は部屋の窓を開け放った。
同居人はそんな彼女に一瞥もくれる事は無かった。
フリージアが窓から脱出しようとする様を見て、彼は止めようともしなかった。
「今日はしないのか」
代わりに出てきた言葉は作業確認だった。
「民を護らずして、子作りに励むだけなんて、それでは私も『うむきかい』では無いですか」
フリージアはそんなエコーを軽蔑した。
「…そうか、違うのか」
それは、フリージアには侮蔑にしか聞こえなかった。
だから彼女はエコーを無視して窓から飛び降りて、警報が鳴る方へと向かっていった。
エルフ達は非常に高い魔力を持っている。他の種族と比べても飛び抜けており、魔法の扱いに長けている。
しかし、魔法によって生み出された存在は当然の如く魔力を孕んでいる。
そして魔力を孕んでいる物は魔力抵抗により同極の磁石のように、暴風の前の紙のように退けられる。
他の種族と交わると、己の種族を残せないエルフ。
他の種族と交わると己の種族を残させるオーク。
高い魔力を持ったエルフ。
高い魔力抵抗を持ったオーク。
オークがエルフを襲うのは理に適っており、エルフがオークに狙われるのは当然だった。
フリージアが警報が鳴った方面の集落に着いたとき、それはエルフにとっての地獄だった。
エルフの男は子供であっても殺されており、女は例外なくその場で犯される。
抵抗するエルフの騎士達は劣勢で、戦う意志は微塵も衰えずも、
それでも各々が高すぎる敗北の可能性を理解していた。
「皆様、遅くなって済みません」
「隊長っ!? どうしてあなたが此処に…」
エルフの姫は、恒例として騎士団の長を兼任するが、それは形式的なものであって本来姫が戦場に出る事は無い。
本来なら異邦人との子作りに励むだけの存在が、危険地帯にやってきた事をエルフの騎士達は見直すと共に、
その貴重な存在が危険にさらされるこの状況を悔やんだ。
「私はこの国の騎士の長です。
例え名ばかりであろうと、私にはその責務があります」
そう言って、フリージアは槍を構えた。
この国の国宝でもある宝槍『審樹の枝』。
それは正義の女神を祀る神樹の枝を加工した、至高の槍。
フリージアは駆け出すと近くに居たオークにその槍を振り下ろした。
まるでチーズを割くように易々とオークを切り裂いた直後、オークは身の内から炎上した。
フリージアの得意な炎の
「まだっ!! いけますっっ!!!!
更に横に脚を大きく開いて踏み込んだ姫騎士は、薙ぐように水平に一閃。
オーク二人を同時に切り裂いて同時に魔力を解放。
切り裂かれたオークは松明のように夜の空へ炎を上げた。
「
フリージアは叫ぶと同時にその場で槍を頭上で振り回して地面に突き刺した。
すると、天高く舞い上がった炎が意志を持った蛇の様に鎌首を振り下ろしながら他のオークに襲いかかった。
他のエルフとは隔絶された力を持つ神器を持つフリージア。
しかし、莫大な魔力を過剰に消費する特性を持った審樹の枝により目に見えるほどにフリージアは消耗していた。
止まらない汗は火炎魔法の熱のせいだけでは無かった。
短期決戦を望むフリージア。しかし、彼女を嘲笑うように炎の蛇の蹂躙の中から表面が少し焦げた程度で歩いてくるオークが居た。
黒く毛深いオークだった。
「姫様に続けっ!!」
建前だけで無く、身を以て民を護る貴族の在り方を示した姫に続けとばかりに討ち漏らされたオーク、
即ち黒いオークへと騎士達は襲いかかった。
彼女たちの魔法はオークには通用しない。
だからこそ魔力を余り通さない魔法戦闘には不利な只の鋭利な槍を手に取ってエルフの騎士達は黒いオークへと襲いかかった。
しかし、その槍は黒いオークに突き刺さる事無く弾かれ、エルフ達の一人が逆に黒いオークに捕まった。
その巨体から生み出される握力に捕まったエルフだったが、その様子がおかしかった。
「迷うな、惑うな私ごところs[ljn来bl止i%&'')ー」
そこには先程まで居たエルフの戦士の面影は無く、
まるで、障者に精神を犯されたかのように壊れたエルフがそこには居た。
一体何なのか? その疑問を持っている余裕は無かった。
新たなエルフが爆発的な突進をしてきた黒いオークに捕まって同じように気が狂った。
そして、黒いオークはフリージアの方を見た。
次の標的は決まったようだった。
フリージアは恐れを誤魔化すように槍で突貫したが、黒いオークの不自然に洗練された身のこなしによって、それはあたわざるものとなった。
逆に蹴り飛ばされたフリージア。審樹の枝が精神汚染を阻んだのか、接触した事による影響は無かったが、脚の感覚が無かった。
強く脚を蹴りつけられたせいで脚が真っ青に腫れていた。
それに気が付いた途端、激痛がフリージアを襲った。
「このようなところでっ…」
母の言うとおり、安全な場所で大人しく子作りをしていれば良かったとは思わない。
初めての母親への反逆をした事は言葉には出来ない感覚だったが、それでも国を、森を、国民を護る為ならこの痛みも、
この後オーク達によってもたらされる絶望であれ納得できた。…諦める事には慣れていた。
だが、それでもまだ出来るはずだ。まだ足掻ける事があるはずだ。
こんな所でオークに負けては被害の進行が予測も出来ない。
もっとやれるはずだ。きっと戦えるはずだ。
そう、心には闘志が未だ燃えている。
だというのに――――――彼女の脚はそれに答えてはくれない。
彼女の心に応えて立ち上がる事さえ許してくれはしない。
護りたい国民がいる。護りたい誇りがある。護りたい国家がある。
それなのに、それを叶える力が無い。
そんな彼女を嘲笑うように、黒いオークはゆっくりとその手をフリージアに伸ばし――――――――――一気にその場を飛び退いた。
エルフの民なら理解できる魔力のうねり。
形容しがたい速度で行われているそれが少女の前にあった。
己より僅かに高い背。風に靡く漆黒の髪。
後ろからは見えないがきっと今も透き通った瞳。
彼女の共同作業者がそこに居た。
莫大な魔力を生まれ持って保持しているエルフとは違い、
新しい人間は少ない魔力を効率的に使用するために魔力的に構築された体内のエンジンでピストン運動から生み出される魔力効果を実現させる。
エルフなら燃料をそのまま引火させる様に魔力をそのまま魔法に変えるが、人間は魔力を回転させて作用させるということをフリージアは識っている。
だが、それを知っていてもそれは異質な魔力の流れだった。
ピストン運動を行わず回転をそのまま力に変えている。
かつて追放されたエルフの研究者が提唱した全く新しい魔力運用の容がこのような物では無かっただろうかと少女には思い当たった。
そもそもエルフは魔力をそのまま魔法に変えられるだけの潤沢な魔力があるから、不要な研究だった。
第一、その研究の元となったのがオークの対魔力原因であるジャイロ効果を起こして内部回転する魔力というのが良くなかった。
結果として追放された研究者は人間の社会で消息を絶ったとされていた為、その研究成果も共に消えたはずだった。
技術的にトルクが圧倒的に不足するために、常に高速回転を維持しなければ効率を保てない上に燃費が悪い。
エルフには不要であり、エルフ並みの魔力が無ければ火を放ったり、雷を起こす魔法は使えない欠陥品だった。
それが、どういうわけか目の前の子供を産ませるしか価値のない『うませるきかい』の中で実現している。
「『うむきかい』がいないと『うませるきかい』も仕事にならない」
エコーの中を循環する魔力が更に回転数を上げた。
内部で魔力が回転するという意味ではエルフよりオークに近いが、オークから見ても異常な回転速度だった。
その速度実に9000rpm。
内部で魔力を回転させるオークでさえ、それをやれば中身の魔力が遠心力ではじけ飛んで絶命する。
そして、エコーは消えた。
少なくともフリージアの目にはそう映った。
そして、ほぼ同時に黒いオークの右肩口から血が噴き出した。
黒いオークは何かを悟ったように拳を構えると、左側に向かって一気に突き出した。
しかし、その腕の付け根、脇の下から再び大出血を晒す事となってしまった。
見ればオークの腕の数メートル先くらいから弧を描くような地面の削り跡が残っていた。
黒いオークは少なくとも呆けている標的の女よりは余程敵を理解していた。
己達の種族と同じように、内部で魔力を高速回転させそれで肉弾戦を行っているのだ。
オーク達との違いは魔力の回転を魔法への防御では無く、身体強化に使っているという点。
極めて高い技術が使われている事は想像に難くない。似たような事をしてきたオークにも模倣は不可能に近いだろう。
だが、黒いオークもそれで諦めるわけには行かない。
己の種族を再生させ、人間の餌で無く一つの種族としての誇りを取り戻すためにも魂を闇に売り渡したのだ。
残存ずる唯一の王族でありながら、自身の子供を成せない身体になったとしても同胞を家畜では無い存在へと戻すと決めたのだから。
その為には呪われた存在への生け贄にエルフの王族を捧げる必要があった。
『障者』と同化したとしても、己の血筋を絶やしたとしても護らなければならない物があるのは黒いオークもまた同じだった。
例え無理だと解っていたとしても、やらなければならない事がある。
襲撃者がやっているように己の中の魔力を身体強化へと回す。
成功すれば元の自力が高いオークであるが故に、強化倍率が低くても人間に勝てる可能性はある。
黒いオークの毛穴から血がにじみ出る。上半身の細胞が壊死していく。
だが、それでもそうしなければならないのだと黒いオークは理解していた。
黒いオークは直感的に後ろに向けて全力で殴りつけた。
そこに強い手応えを感じた。
いや、その手応えは余りにも強すぎた。
右手は手首の先からはじけ飛び、衝撃波が右耳を穿った。
対して人間の男は黒いオークと同じ構えを取っており、その身体の中の魔力回転は収まっているものの無傷だった。
9000回転を0に止めるという勢いをそのまま攻撃に転化したのだ。
しかし、再び9000回転に戻すには時間がかかるだろう。少なくとも一瞬では戻らない。間違いなくそれは明確な隙だった。
しかし、黒いオークにはそれが解っていても勝てるビジョンが浮かばなかった。
右腕が使えないだけで無く、内臓が悲鳴すら上げられない状態になっていた。
目の前の人間が平然と行っている事を、模倣しただけで己の魔力が己の身体を攻撃していた。
最早ここまでと判断した黒いオークは気が狂ったエルフの女を一人掴むと元来た道へと走り去った。
エコーは追跡は危険だと判断してそれを見逃すと、フリージアの隣にやってきた。
そして目線を向ける事無く彼女へと声をかけた。
「女王様が心配しているよ『うむきかい』」
「私はっ、『うむきかい』などではありませんっ!!」
座り込んだエルフの姫は、助けに来た己の子作り相手に反論した。
「無礼だぞ人間っ!!」
エルフの騎士達もエコーへと強く抗議した。
一応とは言え、エルフの女王から形だけの王配としての権威を持たされているエコーにたかが騎士程度が逆らう事は許されない事は承知の上でである。
「一つの人格として認めてくれる者達が居るのなら『うむきかい』とは違うのかも知れないね」
一つの人格として認めてくれる者達が居ない『うませるきかい』は、己の作業相手を羨ましいと思い、自分もそうなりたいと思い、
――――そしてそれを諦めた。
まもりたいもの、ありますか?
黒いオーク
障者と契約したオークの王
圧倒的な戦闘センスと身体能力を持つ
そして某タクティクスオウガのオズ様並みに話がわかる