セイイ家は先代当主までが文官だった超大金持ちの名家である。
現在の当主の妻も超一流のヴァイオリニストで神器と呼ばれる楽器を保持している。
アオイとアサヒの母である女性コノエは若き日、新進気鋭のヴァイオリニストとして名をはせていた頃、
武とはかけ離れた実家に嫌気がさした当時の次期当主、現在の族長に埃が被るよりは良いと神器と呼ばれるヴァイオリンを貸し与えられた。
返納期限は彼の一族に娘が生まれるまで。生まれたときには楽器を返すだけで無く娘の音楽教師になるという条件で楽器を手に入れた。
結果として、その男と惹かれ合い、結婚して妻となって、娘にヴァイオリンを教えようとするも、誰に似たのか走る事にしか興味の無い娘達のせいで、
神器は未だコノエの手元にある。
そんな母親のヴァイオリンが響き渡る病院のお金持ち専用の特別個室でアオイは目を覚ました。
「あら、もう起きたの?
もう少し眠っていても良いのよ。あれだけの大健闘だったのだから」
「母上、己の身は己で理解できます。支障ありません」
「そう? この病院の退院は何時でも良いけれど、スパもトレーニングルームもあるから急がなくても良いわよ。
それと…、アオイちゃんの好きなリンゴさん用意したけど、食べる?」
「…母上、頂きます。」
コノエは不格好なインパラ型のリンゴを差し出した。
不器用なら普通に切れば良いとはアオイは言うつもりは無い。
誰にでもずけずけと言うクールなアオイだが、母親にだけはそれは言えなかった。
黙々と、インパラ型と言われなければテトラポッドにしか見えないリンゴを食べ終えたアオイにコノエはニコニコしながら話し始めた。
「そう言えば、アサヒちゃんが運命の相手を見付けたって喜んでいたわ。
やっぱり、足が速い殿方って素敵よね。わたくしはたっくん一筋だけど」
脈略も無く唐突に惚気る母親は、アオイには本当に己と血が繋がっているのか解らないときがあるが、
見た目は誰が見ても娘と母は良く似ていた。
「…もしかして、あの人間の男かしら」
アサヒは姉にレースでは負けたものの、気絶しなかった分姉より速くエコーにアプローチをかけていた。
無論、Noと言わない種馬である『うませるきかい』にアプローチという形はコスパが良くは無い。
ヤれと言われたらヤるだけの種馬でしか無いのだから。
アレは己にこそ相応しい胤の持ち主だと決心したアオイは急いでリンゴを全て口に収めると、ベッドから飛び降りて走っていった。
アオイは退院許可も取らず、家の方へ向かっていった。
「孫が楽しみですね」
コノエはのんびりと窓の外に見えるその背中を見つめて微笑んだ。
途中で幾つかのショップに寄り、色々バッグに詰め込んだ後、アサヒの部屋に勢いよく駆け込んだアオイだったが、アオイの目の前には想定外の光景が展開されていた。
メタリックで露出度の高いスケベ水着で女豹のポーズで男に迫っている妹が居た。
「……」
「あっ…、姉様…」
姉妹は気まずい雰囲気になった。
「ほら、夜討ち朝駆けは戦士の華と言いますか……あれ? …それは――――」
アサヒは姉が落としたバッグからこぼれ落ちた
見た目はそれ程似ていない姉妹だが、男へのアプローチ戦略は同じだった。
正直、生真面目な姉が自分と同じムッツリだった事に妹は衝撃を受けたが、開き直りが速い妹はそのまま男を襲う事にした。
姉がテンパって全裸になってスケベ水着を着始めているが気にしない。
どうせ、自分でも訳わからなくなって姉が暴走する気がするが、どちらにせよ自分が6Vで己より速い男の子を孕めるならアサヒ的にはOKであった。
因みに、エコーの感想としては、女性本位で動く事が多い獣人族の女性が相手だと自分では何もしなくて良いというあんまりなものだった。
そして、一年の月日が流れた頃、アオイは双子、アサヒは三つ子の母になっていた。
純粋な人間種と比べて出産までのスパンが短い上に、一度に産む数が多い獣人の基準では寧ろこれは少ない方だった。
繁殖力が低いエルフなどからは嫉妬を込めて畜生腹と呼ばれる所以である。
獣人族の首都では空前の大繁殖期が来ていた。
その上、父親が同じであっても父親の遺伝情報は引き継がれないので血が濃くなる心配も無かった。
多額の負担の上で、『うませるきかい』を連れてきた使者団は皆出世した。
ただ、問題はあった。
既に『うませるきかい』の子を生んだ母親達がレースの優勝者でもあるエコーに英雄としての権限を与えるように言い出した事だ。
これは、純粋なエコーへの配慮では無かった。
これまでに先行してエコーの子種を孕んだ者は既に子供がいるので問題ないが、エコーに上級人権が与えられると物のように子種提供機として扱う事が出来なくなる。
その結果、既に6Vを引き継いだ子供の母親には既得権益が生まれる。
これはそういう話だった。…無論、純粋に速い者としてエコーへ尊敬の念を持つ者が居ないわけでは無かったが。
そんな既得権益の先行逃げ切りを狙う者達の目論みは実際には成功しなかった。
エルフからの二次借り受けの約束を利用して
獣人族上位の者達が契約呪術により命を落とす問題があったために、返納期限が迫ってきていたからだ。
獣人の国に来たエルフによって再びエコーはエルフの国に戻る事になった。
エルフの国に戻ると成長したハーベルティアを抱いたフリージアが待っていた。
「おか……」
何かを言いかけてそれを止めたフリージアと、無言で反応しないエコー。
それがハーベルティアの両親の再会だった。
木漏れ日以外にはひたすら音の無い空間。
フリージアにとっては気まずく、エコーにとっては特に感じる事の無い空間だった。
それを破ったのは、ハーベルティアの祖母に当たるエルフの女王だった。
「
やってきた女王はそれだけを告げると、再び何処かへと去って行った。
エルフの王国では既に五名のハイエルフが生まれている。
いずれもエコーによるものだった。
生まれ持って、他者とは隔絶した魔力と染みや混じりの無い金色の髪を持つ子供達。
それは、エルフの女王にとって、親愛であり、希望であり、呪いであった。
その夜、女王にフリージアに第二子を孕ませるように言われたエコーは、フリージアの寝室に向かった。
「あなたは…、それで良いのですか」
それだけで言いたい事は伝わると思ったフリージアは、エコーに対してそう聞いたが、
「それしかないですから」
エコーはそう答えた。
そして以前のように愛のない性行為が始まった。
愛が無くては家庭は作れないかも知れないが、愛が無くても子供は作れる。