障者、それは生きた呪い。
障者、それは世界の負担。
障者、それは彷徨える狂気。
障者、それは穢れた魔力。
障者、それは無からの来訪者。
障者、それは――――――――
エルフの中でも知性派を自称するソレーユ。
一児の母親でもある彼女は、障者についても研究していた。
障者は相手が旧世代の人間であれば即座に、後は種族ごとの抵抗値や対抗手段によって汚染速度は大きく異なるが、
いずれも触れるだけで相手を狂わせてしまう意味不明理解不能認識不可解の存在。
内部に魔力流ジャイロ効果を持つエコーやオーク種などは障者には襲われても影響を受けにくい構造を持ち、吸血種や蟲族もまた障者には強いと聞く。
果たして、障者の目的や、発生原因は何かを突き止めればどうにかなるかも知れない。
その為には、障者に対抗する手段を確立する事が必要だった。
オークの場合はエコーと同じ条件だという事が解っている。
吸血種などはエルフ同様に高い魔力で弾き返していると言う事でわかりやすい。
だが、蟲種の場合は解らない。
蟲種がどうやって障者に対抗しているのかを理解できれば対抗手段は増える。
そう判断したのはソレーユだけでは無かった。
人間達の社会にもそう考える者が居たようで、エコーと名指しでソレーユを蟲族に送るように人間達からの圧力がかかった。
ソレーユにはそれを指示した存在に心当たりがあったが、それは荒唐無稽すぎる想像だったために考えるべきで無いと思考を止めた。
蟲族。それは現在の弱体化した人間と獣人の天敵であり、合理的で冷徹残酷な種族である。
蟲族は触覚や翅などを除けば、姿形こそ非常に人間に似ているが、その遺伝子構造や精神構造は大きく異なる。
その美しい人型の姿はいわば年月により洗練された獲物を狙うための擬態。
人累を喰らうために進化し続けた、劣化を続けた人累と違い洗練を続けた機械的な一族。
魔力は旧人類よりはある程度だが、身体能力が獣人を捉えて食らえる程度には高い。
種族のために家庭が滅ぶのは当たり前。家庭のために個体が滅ぶのは当たり前。
『そんぞくするきかい』とさえ呼ばれる種族だった。
ソレーユの考えでは、この辺りに障者を阻む原因があると思っている。
擬態として人型をしているだけなので、倫理観は他の人型種族とは大きく違う。
人間や獣人を餌として襲う性質故に、一時は人間の目の敵にされて絶滅寸前にまで追い込まれた。
だが、獣人を遙かに超える身体能力と繁殖力を持つ蟲族にとって、再起は難しい事では無かった。
そして今も、余程己達に都合の良い条件で無い限り、人類や獣人に復讐心でも憎悪でも無く、エサを得るために襲いかかっている。
産む子供の量を存在するエサに応じて調整できる種族特性上、エサが多くても余らせる事は無い。
より多く人間を狩れる者が偉いという価値観が根付くのは仕方ない事だった。
特に最近は弱体化した人間を多く襲っているようで、人間達は対抗策として生産性の低い存在
――――身体や知能に問題がある者を蟲族に近い隔離場所で集団で放置して生け贄としている。
どちらにせよ、今の人間達には『お荷物』となる存在を抱える余裕は無い。
自分達に利益を生む者達だけで国を構成しなくては障者に対して勝負にならないのだ。
完全に余談だが、生まれ持って、身体や知能に問題があるものは獣人族なら生まれたときに殺される故にそんな問題に上がった事は無い。
更に余談をしてしまえば、それは人間が経済的に獣人を追い込めてから作られた習慣であるというのだから業は深い。
今回は、蟲族に圧倒的に都合の良い条件『うませるきかい』の無償貸し出しを条件に、蟲族を研究する者を人間とエルフから差し出す事になった。
人間の社会からやってきた研究者達は、周囲の蟲族に恐怖しているがそれは仕方ない事だ。
所謂生まれ持っての生物的弱者の成れの果て、『肉団子』が周囲に転がっているからだ。
此処は、蟲族の女王の巣。
沼地に住む水棲蜂の女王は己の子供達に研究者達と『うませるきかい』を食べるなと命じてある。
だからこそ、人間達の命は保証されている。
見た目は美人だらけのエルフの王国で生まれ育ったソレーユでさえ、息を呑むほど美しい蒼い髪と整った姿たる蟲の女王。
しかし、これは完全に人型生命を喰らうための擬態である。
美しい方が得物を騙し易いという合理的な進化の結果だった。
肉体が、精神が、魂の在り方が違いすぎる。
実物の親玉を正面で見たソレーユはそれを改めて理解した。
蟲の女王相手に『うませるきかい』が相手にするようになって一ヶ月後、奴らはやってきた。
そう、障人だ。
障人が巣にやって来ても蟲族の兵士階級は何もしない。
そうこうしている間に、障者は蟲の女王のところまでやってきた。
そして障者は蟲の女王に触れた。
女王は気にする様子も無い。
そして――――――障者が逃げ出した。
それを払うように女王は千切り捨てた。
「どうやってっ!?」
ソレーユだけで無く人間の研究者達もそう思った。
それに対して女王は答えた。
「蝶は花を吸い、蟷螂は肉を喰らう。
蝶は肉を喰らわないし、蟷螂は花を吸わない」
それは、理解しているものには理解できる言葉だったが、生憎蟲の女王以外にそれを理解できるものは居なかった。
「どういう…事でしょうか」
「ヒトは本能的に我らへの恐怖を理解する。見て解らなくとも、触れれば理解しよう」
女王はヒントは出し尽くしたとばかりにそれ以上は答える事は無かった。
ソレーユには何故女王が障者を『ヒト』と呼んだか解らなかったが、それが大事だとは認識した。
障者は確かに靄で出来た人型だが、それは新たな『亜人』の一種なのだとはソレーユには考えにくかったが、女王の言い方にはそういう意味に感じられた。
……本意までは解らなかったが。
人間の研究者達は蟲族の肉体に障者の忌避成分があると判断して、それを提供するように願い出たが女王には契約外だと一蹴された。
ソレーユは女王が煙に巻いても嘘をついたとは考えていない。
だから、寧ろ蟲族の精神性や魂に障者が取り憑かない原因があるのだと狙いを付けた。
人型生物をエサとしか認識しないその存在そのものが障者を阻んだと。
だが、それが事実だとすれば障者の正体というのは――――
それはあり得ない想定だった。
第一どこから来たのかはソレーユには見当も付かない。
こんな時に追放された姉が居ればと思った。
だが、それが事実だと仮定すればそれは――――――
「……障者の正体はまさか――――」
女王が一度だけガラスのような瞳を向けたようにソレーユは感じた…気がした。