「イルファング・ザ・コボルドロード・・・!」
重い叫びを轟かせたコボルド王は自らの手に持っている斧を振りかざし、キリトの方へ突撃して来る。
(落ち着け、焦るな。冷静に考えろ・・・この状況で最善の手を!)
キリトもすかさず前に走り込み、二本の剣を構える。コボルド王が斧を振り下ろしてくる。
(斧単発の振り下ろし、これは受け止められる!)
と思い、剣を交差させて防御の体制をとる。が、コボルド王の繰り出してきた攻撃は、予想に反するものだった。
(左から殺気⁉︎)
キリトが感じた殺気は、上からのものではなく、左から。咄嗟にそれを感じたキリトは、テレポートでギリギリ殺気の範囲外まで飛んだ。
先ほどまで自分がいたところを見てみると、ありえない光景が広がっていた。
「3本目の腕・・・?」
正確にはそうではない。コボルド王は4本の腕を持ち、斧と盾を二つずつ装備している。
「バカな⁉︎SAOの時はそんなのなかったぞ!いや、SAOの時でさえ、見た目そのものを変えるなんてことはしなかった!」
予想外の出来事で錯乱状態になっている。こうなってしまえば思考が纏まるはずもない。次の一撃が迫ってくる。
「ヤバい、フルガード!」
咄嗟にフルガードで防いだ。とにかくこの絶望的状況を打破しなければならない。
(あの腕なら足元は死角になる。機動力を削いでから一気に大技を叩き込む!)
そう判断し、迫ってくる攻撃をテレポートで回避しながら敵の足元へと走り込んで行く。
「グラァッ!」
体の1mほど右に斧が迫る。素早くもう一度テレポートしてもまた斧。斧。斧。しかもそのタイミングと位置は、回数を重ねる度に近づいて行く。
(よし!あと一回だ!あと一回だけ・・・)
そして最後のテレポートをした瞬間、コボルドの攻撃も完全にキリトを捉えていた。
(!まずい!避けられ・・・)
キリトは完全に避けられない事を察して、できれば少しだけでも当たる場所を変えようと右の剣のスラスターを起動させた。
「グラァッ!」
損傷はゼロには抑えられず、左手の肘から下を切り取られてしまった。トリオンの漏出が傷をつけられたという事を理解させる。
(落ち着け、とにかく敵を倒すんだ、敵を、倒せ!倒せ!倒せ!)
右手に力を集中させ、出来る限り最高の剣速で体をねじらせ、スラスターを起動させる。水平な体制から一気に回転し、敵の斧を狙った攻撃をぶちかます。
(当たれ!当たれ!)
「当たれええええええええ!!!!」
その叫びに呼応したかの様に、キリトの剣は敵の斧を半ばから切り落とし、キリトは倒れた。
そんなキリトをこの化け物が見逃すはずもなく、もう一本の斧で攻撃して来る。
(読み切れなかった!ヤバい、貰ってしまう!)
「エスクード!」
切り取った斧の腹から壁のような物が突き出てきて、キリトはその物体に突き飛ばされた。
「スイッチ」
声の主は颯爽と前に出てきて、槍を振りかざす。
「旋空孤月」
そこから放たれた光の刃はコボルドの盾を突き抜け、残った力で腹に深い傷をつけた。コボルドが苦しんでいるところにもかかわらずセイは攻撃の手を止め、へたり込んでいるキリトに近づいてきた。そしてキリトを見下し、言った。
「なんだあのザマは」
「え?」
受け取った言葉は、失望。今までのセイから一度も聞いたことのなかった言葉を受け取り、またも頭が混乱する。
「あの戦いは一体どういう事だ。アレが本当にお前なのか?」
セイの言葉に苛立ちを感じたキリトは立ち上がり、文句を返した。
「何がだよ。俺はしっかり戦っていた。敵を倒すために「そこだ」は?」
キリトにはセイが言っていることの意味がわからなかった。
「敵を倒すことの何が悪いって言うんだよ!」
「それがお前の戦い方なのか?」
セイの一言にハッとするキリト。
「お前はいつだって自分の命を人のために使うような、人の事を原動力にして動いているようなやつだった。だから一層の時もビーターを演じてヘイトを自分にだけ集め、五層で抗争をさせないためにバフアイテムを自分で取りに行き、七十四層で軍の連中を見捨てなかったんだ」
「お前、負けても命が取られるわけじゃない環境に溺れてしまったのか?」
「負けてもリスポーンするだけの生活に平和ボケしたのか?」
そうだ、確かにそうなんだ。あの頃はいつだって命がけだった。だからいつも最善手を考え、生存率、成功率の高い方を選んで実行してきたんだ。
「今のお前は、グリームアイズと戦った時と同じだ。」
「自分の命を簡単に投げ出すんじゃない。見ろ!」
セイの指差す先には、コボルドに怯え、避難ができていない民間人がいる。
「お前には今も守るべき人がいるんだ。自分を見失うな!お前にはお前の戦いがあるんだ!」
目の前に槍を突き出され、風が起きた。頭のモヤモヤが一気に晴れた気がする。
「すぅぅぅ〜はぁぁぁ〜・・・・・・」
大きく深呼吸をした後、敵を睨み付け、何かを決めた表情になる。
「セイ、サポート頼む」
「了解。決まったようだな、覚悟が」
敵を見ると切った箇所が再生していた。でもそんな事関係ない。キリト達は敵へと向かって、走り出した。
「セイ!」
「ああ!」
そう叫んだ瞬間、コボルド王の足元からエスクードがせり出し、一瞬よろける。その隙を見逃さずキリトはグラスホッパーを起動し、敵に一瞬で詰め寄りエスクードで浮いた足を切り取る。これで機動力を削いだ。
「スイッチ!」
レイガストを刀身を鞘に収め、体を軽くした状態でグラスホッパーで敵から離れる。
キリトが離れた僅か0.1秒にも満たない時間でコボルド王の体の様々な箇所を光の弾が撃ち抜いた。
「結構反応遅かったな」ズサッ
「ああ、次はもう少し大玉でもいいかもな」
これが二人が浮遊城で2年、三門市で1年半培ってきた連携術である。二人が揃えば正面戦闘で負ける事はまずない。ある時は剣と剣、ある時は剣と弾丸。一人一人の神速の攻撃に加え、キリトの攻撃が終わればセイが、セイの攻撃が終わればキリトが攻撃する。この攻撃に耐えられた者は今までの中で数えるほどしかいない。
そこでコボルド王が漸く野太刀を抜いた。
「油断するなよキリト、奴はまだソードスキルを一度も使っていない」
「分かってるよ。ここからが本番だ」
セイは槍を手に取り、二人は揃ってコボルドへと突っ込んでいく。コボルドが野太刀を叩きつけてきたところで二手に分かれ、側面を取る。
二人が身体を型にはめると、双方の武器の刀身が光を放ち始めた。
片手直剣八連撃技、ハウリング・オクターブ。槍刺突九連撃技、バニッシュ・スラスト。
二人のソードスキルがコボルドに直撃した。そのタイミングでキリトはグラスホッパーでのピンボール、セイはバイパーをまるで檻のような形にしコボルドを閉じ込めた。
「今のうちに!逃げてください!」
セイがそう叫ぶと、取り残されていた人々は一斉に逃げ出した。
「グラァァァァ!」
コボルドが刀を振り回す。だがその攻撃は全てキリトが勢いが乗る前にパリィで跳ね返している。
「キリト!避難完了だ!」
「了解!こいつも今体制崩してる!お前も加勢に来てくれ!」
すかさず次の攻撃を入れようとしたところ、殺気を感じたキリトは素早くその場から離れた。
キリトがいた場所には三本の光の筋が通っていた。
コボルドが使ったのは、カタナ三連撃、緋扇。
「ついにソードスキルを使ってきたか・・・」
「まあそれなら好都合だ。システムで決まった動きは読めるからな」
「じゃあ今からは連携でいくぞ」
「ああ、お前もちゃんとついてこいよ?」
「おいおい、何年一緒にやって来たと思ってるんだよ」
その瞬間、キリトとセイがその場から消えた。いや、早すぎて見えなかっただけである。キリトのSEをセイにもリンクさせる事でキリトのトリオン消費量が2倍になる代わりにトリオン体の素早さにSAOの時のステータスまで加算される。
だがコボルドの目はごまかせていないようで、カタナ振り下ろしソードスキル虚空を使い斬りかかる。
キリトは瞬時にグラスホッパーを起動して飛び上がり、まだ肩の位置にある刀をパリィした。
(多分あいつの体の中には普通のトリオン兵と同じような核がある。そこをブチ抜けばきっと再生せずに絶命するだろう。きっと場所は・・・)
SAOの時に弱点だった腹の紋様の中心。そこめがけてセイは渾身の力で飛び上がった。
腹がガラ空きの状態のコボルド王にセイは渾身の一撃を繰り出した。ダッシュによる加速と蹴りの加速、旋空による加速が力を底上げする。
(さっきのソードスキルを使った時の挙動からして、恐らくこいつにはスキル
「勝つのは俺たちだ。人間を討つなど、百年早い」
「いっけえええええええええ!!!!」
キリトの叫びを乗せて、槍は更に加速する。その瞬間、全てを乗せた槍はコボルド王の中に存在する核を貫いた。
「ウ・・・ガァアアアア!」
コボルド王が悲鳴を上げながら倒れた。
「何とか倒せたな」
「ところどころ危ないところはあったけどな。本当にお前は・・・これからは気をつけろよ」
「へーい」
レイガストの刀身を収めて鞘に入れようとしたその時、コボルド王が最後の力を振り絞るかのように立ち上がった。コボルド王が向いたその先にいたのは中学生くらいのメガネをかけた少年だった。
「あんなところにまだ住民が⁉︎」
「瓦礫で足を怪我して逃げられなかったのか!」
コボルド王はその少年に向かって野太刀を振り下ろした。
(マズイ!あのままじゃあの子が!)
レイガストを抜刀し、斬りかかろうとした。だが相手は射程内におらず、これでは剣が当たらない。
(こうなったら!)
SEのシステムスキルを起動し、刀剣スキルを選択した。これで命中率の補正が少しはかかる。
「スラスターON!」
(俺にできることはこれしかない!)
「あたれええええええええ!!!!!」
最大限に集中し、レイガストをぶん投げた。投げたレイガストに一瞬青白い光が灯り、剣がもう一段階加速した。その剣は見事にコボルド王の手首を切り落とし、攻撃を止めることができた。
力尽きたコボルド王が倒れ、SAOの時と同じようにポリゴン状になって消えていった。するとコボルドの足元に蜘蛛みたいなトリオン兵がいた。
「なんだこいつ?セイ、とりあえずあんまり壊さないように倒して鬼怒田さんに持って帰ろう」
「分かった。バイパー」
セイはミリ単位にしたバイパーで蜘蛛(仮)を正確に射抜いて行動不能にした。
「ふぅ、無事か?メガネ君」
「あっ、はい!ありがとうございます!」
「とにかく早く病院に行こう。その足を直してもらわなければ」
「はい。ありがとうございます」
中学生なのに礼儀正しい子だな。俺の中学生の時とは大違いだ。
「じゃあ俺がおぶるよ。お前より俺の方が早そうだしな」
「へいへい。俺はどうせひ弱なネットゲーマーですよーだ」
「「ログアウト」」
俺たちは換装を解いて元の姿に戻った。そろそろトリオンが切れそうだったので、少しでもトリオンを回復させておくためだ。
「おい桐ヶ谷!赤司!応援に来たぞ!」
隣を見ると嵐山隊が駆けつけて来てくれていた。
「ああ、嵐山。もう大丈夫。倒したから」
「えっ?じゃあ残骸はどこにあるんだ?」
「まあそこらへんのことは後々話すよ。多分近いうちに会議が開かれると思うから。あと、せっかく来たんならこの子を病院に連れて行ってくれるか?俺たちは今からアリスを連れて本部に行かなきゃだしな」
「そうか。まあお前が言うなら分かったよ。よし君、病院へ急ごう。結構重症みたいだしな」
「はい。ありがとうございます」
俺たちはメガネ君を引き渡してアリスへと合流してから本部へと歩いて行った。その道中キリトはずっとあることを気にしていた。
(レイガストを投げたあの時・・・剣が光ったのは一体どういうことだ?)
コボルド王の最後の攻撃を止めた時、刀身が青白く光りさらなる加速を生み出した。それはまるでそう、本物のソードスキルのような。
(まさか・・・いや、そんなことないか)
キリトは気付いていなかった。自分が使っている力は本当の力には程遠いと。完成形に達した時の力は、あのヒースクリフにも匹敵するほどの力だと。
地味に原作主人公のメガネとの絡みも入れてみました。ここからはSAOボスが敵として登場してきたりします。タイミングはいつとは言いません。原作入ったあとかもしれないし、前かもしれません。