あふぅ……。
「あー……昨日はそのまま寝ちゃったんだっけ」
って……動けぬ。
「ん……んぅ……」
……ルーに拘束されておる。身長の高いルーに抱き締められると、私はピクリとも動けなくなる。
だって、腕で抱き締められるだけでなく、胸で拘束力アップ、足も絡み取られているのでピクリとも動けないのだ。
なので、私が出来ることは、ルーが起きるのを待つか、ルーと同室のエアグルーヴちゃんが起きるのを待つかどちらかである。
そうして待つこと15分後。
「ん……あ、おはようございます。フィンスターニス先輩」
先に起きたのはエアグルーヴちゃん。私がルーに拘束されているのを見ても一切動じることなく、顔を洗いに行く辺り、もう半ば日常と化している。
あの、そろそろお手洗いにいきたいのですが。
身嗜みをしっかりと整えてきたエアグルーヴちゃんに懇願する。
「もう少し待っていてください。会長、会長。もう朝ですよ? 起きて下さい」
「ん……あぁ、もう朝か……」
エアグルーヴちゃんにユサユサ揺らされて目を覚ますルー。
「んー、フィンはいつもフカフカしてポカポカしてるなぁ」
トレセン学園世界遺産、《トロ顔の生徒会長》。
エアグルーヴちゃん曰、普段はエアグルーヴちゃんよりも早く起きているそうなのだが、私を抱き枕にしたときのみ現れる絶景、らしい。因みに、ナリタブライアンちゃんでも試したら、同じ絶景が見られました。その時には大爆笑していたヒシアマちゃんが連写していたけど。
「ルー、ルー、起きてー。このままだと私、乙女の尊厳失っちゃうから」
割と死活問題ですよ。
私を離すまいとするルーと格闘すること、更に15分。
ようやく覚醒したルーから抜け出し、リフレッシュ()してくると、ルーが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
「おはよう、ルー」
「…………………………おはよぅ」
何か言いたげだったが、全てを飲み込み挨拶をするルー。そんな姿に、エアグルーヴちゃんは堪らず噴き出していた。
「わ、笑うなっエアグルーヴ!!」
「す、すみません……っ」
そんな情けない様子を見られたルーは、エアグルーヴちゃんに食いかかる。だけど、明らかに照れ隠しなのが分かるので、エアグルーヴちゃんには全く効いていなさそうだ。
「こ、こほん……で、では朝食を食べに行こうか」
「ふふ、はい」
「うん。あ、でも」
その前に。
「ルー、リボン曲がってる」
タイが曲がっていてよ?
突然だが、トレセン学園は文武両道である。なので、お勉強は大切である。
ヨーロッパに長期滞在していた為、英語、というかヨーロッパ語圏の言語はまぁまぁいける。あと、世界史とかね。
これでも成績優秀なのです。
「あ、ヒシアマちゃん、そこ違うよ」
「うぇっ!?」
その為、お勉強と聞くと、レコード級の大逃げを見せるヒシアマちゃんを、同じくレコードタイムの追い込みで捕まえてテスト勉強を見てあげている。
「うー、こんなのわかんねー」
「これは、この式を使うの。これが基本になるから、ここを見抜けるようになれば合格ライン越えられるから、頑張って」
今度のテストで数学の赤点を取ってしまうと、補習とおハナさんの恐怖の集中講義が待ち受けているヒシアマちゃん。それにも拘わらず勉強しようとしないヒシアマちゃんに危機感を覚えたブライアンちゃんからお願いされたのである。
「そうは言ってもよー。やる気がでねーよー」
机に項垂れるヒシアマちゃんは、唇をつんと立てて不満そう。
それにしてもやる気ねぇ……。あ。
「あ、それじゃあヒシアマちゃん。赤点回避出来たら、前から言ってたタイマン勝負、おハナさんにお願いしてあげるよ?」
そう、ヒシアマちゃんと言えば、タイマン勝負大好きっ娘だ。タイマンタイマン言い過ぎて、《タイマンbot》とか言われるほどタイマン勝負が大好きな娘なのだ。
「マジでか先輩!? それならやる気出てきたぜ!!」
図書室ではお静かに。
ということで、ヒシアマちゃんの目の前にニンジンをぶら下げて、その脇に問題集を置いてから、図書室を出る。
ヒシアマちゃんの家庭教師は、飛び入りの依頼だったので、先約があったのだ。
ということで、やって来たのは生徒会室。
「ルー、エアグルーヴちゃん、ブライアンちゃん、お待たせ」
「お疲れ様です、先輩。アマゾンは大丈夫でしたか?」
開口一番、ヒシアマちゃんのことを聞いてきたブライアンちゃん。ヒシアマちゃんに対して厳しいことを言っていても、やはり心配なのだろう。
「うん。今頑張って勉強してるよ。ニンジンをぶら下げてあげたから」
「ニンジン?」
ルーが首を傾げていたが、ナイショである。
「ともかく、忙しいところをすまなかったな」
「んーん、気にしないで。それに、私の仕事だし」
仕事と言っても、私は生徒会に所属していない。お手伝い的ポジションなのだが、海外からの手紙やメールの対応などは私がすることが多い。こういうときに、欧州三冠の肩書きは役にたつのだ。
んーと、パントレちゃんか。そっか……
「ん?」
「どうしたフィン?」
「いや、向こうで仲良くなった娘がレースに勝った報告をくれたの」
「ほぅ、どのレースなんだ?」
やっぱり気になるのか、ルーだけでなく、他の二人もこちらを見ていた。
「凱旋門賞」
今年の勝利ウマ娘ちゃんだ。とても綺麗なウマ娘ちゃんで、絵画をこよなく愛する芸術家なウマ娘。
「今年の凱旋門賞ウマ娘と言ったら……パントレセレブルか!? 最強とも謳われるあのウマ娘の!」
「先輩、パントレセレブルと交流があったのか?」
「うん。私があっちにいた時はまだ新人ウマ娘だったんだけど、一緒に練習したりしてたから。個人的にも色々連絡取り合ってるしね」
美味しいニンジン見つけたー、とか、新作の絵画の写真を送ってくれたりとか。今年の凱旋門賞の前には沢山お話もした。パントレちゃんがレースに勝ったとき、泣きながらテレビ電話をくれた時は、時間を忘れて話し明かしてしまった。
「とっても綺麗でモデルさんみたいな娘なんだけど、意外と甘えん坊さんでね。今でこそそんなことはなくなったんだけど、私があっちにいた頃は一緒に寝てあげないと拗ねちゃったし」
正確には私の抱き心地が良すぎるせいらしく、寂しいからとかではないのだが、先輩には威厳が必要なのだ。
「あぁ、フィンスターニス先輩、抱き心地いいですもんね」
しかし、ルーの痴態をいつも目撃しているエアグルーヴちゃんにはあっさりと見抜かれる。
「それで、どんな用件だったんだ?」
「それが、パントレちゃん、怪我しちゃったみたいで……」
「なっ!? だ、大丈夫なのか?」
仕事を放り出して、ルーが私に詰め寄ってくる。それほどではないにせよ、エアグルーヴちゃんとブライアンちゃんも手を止めてこちらを見ている。
「軽い怪我じゃないみたいだけど、引退するまでではないみたい。だけど、長期療養になるみたい」
「そうだったのか……、だが、引退をしないということを聞けて良かったよ。フィン、よければ電話などをしてきてもいいんだぞ?」
「大丈夫、電話は後でするから。それより、はい」
ルーにとっては、こっちの方が大切だろう。
「ん? これは?」
「パントレちゃんの一時編入届。こっちに来る間、トレセン学園にお世話になるんだって」
トレセン学園は世界的に見ても設備が良いし、私やユエがいるので、留学希望は中々多いのだ。
「そ、そうなのか……そうか、ユエさんの所でリハビリするのだな。それなら安心出来るな」
「うん。ユエはマッサージ上手だからね」
ユエはトレーナーとして優秀だけど、スポーツドクターとしても非常に有名なのだ。なので、私の肩も凝りとは無縁である。
「分かった。これは受理して上に上げておこう。後は……あぁ、これか」
どったの?
「ゴールドシップとメジロマックイーンが柵を壊したみたいでな」
あぁ、いつものね。
仕事を切り上げ、少し時間があったのでルナの練習場に顔を出す。
「あ、ブルボンちゃんとライスちゃん。やってるやってる」
そこではミホノブルボンちゃんとライスシャワーちゃんが、坂路で並走していた。
何本も走っていたのだろう。二人とも膝に手をついて肩で息をしている。
「お疲れさま、二人とも。はい、お水」
「はぁ…はぁ…、ありがとうございますフィンスターニス先輩」
「ありがとう、ございます。お姉……先輩」
「ふふ、お姉様って呼んで欲しいな」
ライスちゃんは私のことをお姉様と呼んでくれる。だけど、恥ずかしがり屋さんなので、人前だと先輩呼び。そこも可愛い。
「あ、あぅぅ……ありがとうございます、お、お姉様」
「ふふふ。フィンスターニス先輩は、生徒会のお仕事は終わったのですか?」
「うん。走り込むのには時間がないけど、軽く体を動かそうかなって。そうだね……スタートの動きの確認でもしようかな?」
私は色々な走り方をするので、逃げウマ娘ちゃん達程切羽詰まったものではないが、それでもスタートは大切な要素。なので、練習して損のないものなのです。
「先輩。私もご一緒してもよいですか?」
「わ、私も……っ!」
「勿論、喜んで。疲れは大丈夫?」
私としては後輩ちゃん達と走れるのは嬉しいが、無理をさせては申し訳ない。
「長時間やるわけではありませんから大丈夫です」
「そっか。じゃあ、集中してやろっか。そうだね……一時間は越えないようにしよっか」
なので、しゅーちゅーもーどー。
Another side Rice Shower
私の目標で、憧れで、大切で、大好きなお姉様。
お姉様の走る姿は、とっても格好良くて、見るたびに心の底から憧れてしまう。
だけど、私が大好きなお姉様は、私の頭を一杯撫でてくれて、ぎゅーっと抱き締めてくれる。
体は私よりも小さいけれど、誰よりも大きな愛で私のことを包み込んでくれる。
だから、自信があまりない私でも、私でいいんだって思うことができた。
ブルボンちゃんとの淀での決着の後も、ウイニングライブで二人で笑い合うことが出来た。
マックイーンちゃんとの淀での死闘の後でも、大観衆の人目も憚らず、二人で大泣きしながら抱き合ってお互いの健闘を讃えることが出来た。
タイシンちゃんと走った淀での悲劇は私にとって大きな試練となったけど、目を覚ましたとき、タイシンちゃんが泣いて抱きついて「良かった」と何度も叫んでくれた。その時のレースについて聞いたとき、最下位とブービーでまた頑張ろうって、未来を語ることが出来た。……そしたら、タイシンちゃんに「ばか」って言われちゃったけど、それでも、可笑しくなってまた笑いあった。
それからのリハビリはとても長くて辛いものだったけど、お姉様やブルボンちゃん、マックイーンちゃんやタイシンちゃん達、私の大切な皆と一緒だったから頑張れた。そのお陰で、また皆と一緒に走り、競えるようになれた。
「ライス、どうしました? 早くいきましょう」
つい、昔のことを思い返していると、ブルボンちゃんに首を傾げられてしまった。
「うん。でも……お姉様、凄いやる気だね」
「はい。普段はお優しいですが、レースや練習中の雰囲気はとても気高いです。だからこそ、ととも憧れます」
ブルボンちゃんも私と同じように、練習場に向かっているお姉様のことをキラキラとした目で見詰めていた。
そんブルボンちゃんを見て、私はつい聞いてしまった。
「ブルボンちゃんはお姉様のことをどう思っているの?」
「え?」
「……あ、ご、ごめんなさい。変なことを聞いちゃったね」
自分でも何でこんなことを聞いてしまったのか分からない。本当にふと口を開いていた。
「あ、いえ……。ふふふ、いきなりのことで驚きはしましたが、変なことではありませんよ。そうですね……改めて口するとなると少々恥ずかしいですが……」
少しはにかみながらブルボンちゃんは話し始める。
「私にとって先輩は……そうですね、やはり憧れで目標、でしょうか。面白味がなくて申し訳ありませんが」
「そ、そんなことないよ。私も同じだし……」
「おや、ライスにとって、先輩は信愛の君だったのではないですか? 何せ貴女が《お姉様》と呼ぶくらいですし」
「はぇっ!? も、もー、ブルボンちゃん!!」
こっちは真剣に聞いてるのに!
「ふふふ、すみません。ですが、先輩のあの走りを見るだけでも昂りますし、先輩の暖かさに触れると心から落ち着きます。だからこそ、私はあのお方の横に並び、前を走ってみたい。心から尊敬もしていますし、あの脚に心震えます。ですが……いえ、だからこそ、というのでしょうね。私のことを見守ってくれるあのお方に私の全力を見ていただきたいのです」
そう語るブルボンちゃんは、とても綺麗な顔をしていた。
「貴女もそうなのでしょう?」
ブルボンちゃんの言葉に即座に頷いた。私にとってそれは譲れない。
「貴女は大きな試練を受けてきたウマ娘です。ですが、それらを乗り越えてきました。だからこそ、貴女はとても強い」
「そ、それは言い過ぎじゃないかな?」
褒めて貰えるのは嬉しいけど、さ、流石に恥ずかしいかな?
────二人ともどーしたのー?
話していたら、お姉様に置いていかれてしまった。ぴょんぴょんしながら手を振っている。
その可愛らしい仕草に、私はブルボンちゃんと顔を見合わせて笑ってしまう。
「ふふ、では行きましょうか。可愛らしい先輩に追い付くためにも」
「うん。追い抜くためにも」
だから、お姉様。尻尾をそんなに振らないで? す、スカート捲れちゃう。
Another side out