────子供の頃からずっと同じ夢を見ている。
夢の始まりはいつだって同じ。俺は見たことも無い黒い軍服のような服を身に纏い、背に6本と腰に1本、計7本の刀を携えながら何処とも知らない場所に立っているのだ。
何でこんな格好をしているのか、どうしてこんな所に居るのかも分からない。理由なんて一切不明だ。
困惑する俺を他所に夢は続く。静かな空間に軍靴の音を響かせながら1人の見たことの無い男が俺の前へと現れた。
俺と同様に黒い軍服を身に纏い、首に赤いマフラーを巻き、右手に持った大型のナイフを構えながら俺を鋭く睨みつけるその様はまるで人の形をした獣のようだ。
剥き出しの敵意と殺意を瞳に滲ませながら近付いてくる男。そんな男を前にして俺の身体は俺の意思を無視して勝手に動き出し、7本の刀の内から2本を抜刀しつつ男に向かって歩みを進める。
響き渡る2つの軍靴。それ以外の音は何もせず、静寂の空間にてやがてその2つの音は近付いていく。
そして俺と男の距離があと一歩という所まで近付いた時、この空間に初めて軍靴以外の音が鳴る。
響き渡りしは甲高い金属音。俺が持っている刀と男が持っているナイフが互いに同時に振るわれ、激突した証明だった。
それを合図にして戦いは始まる。俺と男は手にした武器を目にも止まらぬ速さで振り、本気の殺意を以てして相対した。
そこから先より始まったのは人間を超越した者同士の戦い。もしも常人が混ざれば次の瞬間には既に細切れになっているような激しい闘争である。
音速を超えた抜刀術によって刀が鞘から抜き放たれ、7本の刀を自由自在に操り、2本の腕からはとても想像出来ないような圧倒的な手数で攻める自分。
対し、たった1本のナイフしか持っていないのにも関わらず、武器や身体を巧みに使って悉く俺の攻撃を防ぎ、避けながら隙間を縫うようにして斬首の刃を振るい続ける男。
視界に走る剣閃は幾十幾百を超え、金属音が終わりなく鳴り響きながら鋼鉄の火花が俺と男の間で満開に咲き誇り続ける。
まるで剣舞でも舞うかのようにして俺達は戦い続けるが、しかしそれは永遠には続かなかった。
変化は一瞬。男の眼光が更に鋭くなったと思った瞬間、男の持っていたナイフが突如として
どうやって現象させたのか皆目見当もつかない超振動によって俺の持っていた2本の刀は男のナイフに呆気なく両断される。
「これで終わりだ、■■■■■■■────!!」
武器を失い戦う術を一瞬だけでも失った俺の隙を見逃すことなく、男は最後に何かを言いながら俺へとナイフを振り被り────
「まだだァッ!!」
バッ、と。寝る前に身体に被せていた布団を思いっきり蹴飛ばした所で、その夢はいつも終わりを告げるのだ。
「ハァ、ハァ……ッ」
荒く呼吸をしながら周りを見渡せば、そこは見慣れた自室であり先程まで夢の中で居た所ではなかった。
服装も黒い軍服から寝巻きへと変わっており、無論のことだが刀なんて1本も持っている筈がない。
「ハァ……フゥ……」
荒くなった呼吸を正常にするべく深呼吸を繰り返し、落ち着いたところでようやく現実の世界を認識した。
「また、か」
子供の頃から見続けてきた
だが、夢で見た光景だけは如何なる時であっても忘れたことは無く、どれだけ月日が経とうが、どれだけ夢だと思い込もうが、やけに現実じみた内容のせいでいつまで経っても慣れることは出来なかった。
「今は何時だ……?」
窓の外はまだ闇夜に包まれている。となれば今の時刻は深夜だということは容易に想像出来たが、念の為に枕元に置いてあった時計を見てみれば、針が指しているのは4の数字。
現在時刻は朝の4時。こういう中途半端な時間に起きてしまった時は二度寝でもするのが定番なのだろうが、あの夢を見た後にもう一度寝ようとはとてもではないが思えなかった。
「仕方がない……」
学校に行くまでの数時間。その暇潰しをするべく、俺は部屋のタンスから胴着を取り出し、寝巻きから着替えて部屋を出る。
向かう先は我が家の離れにある道場。そこは昔、俺を拾って育ててくれた義理の父と義理の姉同然みたいな人である女性が剣の稽古をする時によく使っていたのだが、今ではもう俺しか使っていない。
外の薄寒い気温に身を少しだけ震わせつつ道場の鍵を開けて中へと入り、寒さを少しでも凌ぐべく直ぐさま扉を閉めた。
入口付近にあるスイッチを入れて道場の明かりを点けた後、これから身体を動かすのだからと入念に準備運動をしてから道場の壁際に立て掛けておいた愛用の竹刀を手にする。
「フッ────」
短く息を吐き出しながら竹刀を中段に構え、竹刀を大きく真っ直ぐに振り上げるのと同時に右足も大きく前に出し、今度は竹刀を真っ直ぐ足の脛辺りの位置まで振りおろすのと同時に左足を引きつける。
上下素振り。剣道の素振りの中でも準備運動として用いられることが多い素振りだ。
「ふむ……」
何度か同じ素振りをして身体の調子を確認し、問題無く動けることを理解したら今度は違う素振りを始める。
「ハッ────」
短く吐き出した息と共に竹刀を真っ直ぐ振り上げるのと同時に右足を前に出し、今度は竹刀を真っ直ぐ振りおろすのと同時に左足を引きつける。
正面素振り。こちらは剣道の素振りにおいてまず最初に習う1番基本的な素振りだ。
身体のチェックが終わったのならば次は
昨日までの自分と比べてどうか、昔からの手本であった俺の記憶の中にある父達の剣と比べてどうか、それらを念入りに確認していく。
どれだけ毎日真面目に竹刀を振っていたところで、進歩が無ければ意味は無い。
少しづつでもいいのだ。昨日までの自分から僅かでも変化することが最も重要であり、その為には一振一振を全力で、そして本気で取り組まなければならないのだ。
一眼二足三胆四力の言葉を意識しつつ、俺は意識を素振りのみへと集中させる。
一振一振を大切にし、邪念を振り払い無心の精神で以てして竹刀を何十回も何百回も振り続けた。
「────先輩」
不意に、自分以外の声が聞こえてきて俺は素振りを止める。
声が聞こえてきた方を横目で見れば、そこには俺の通う学校の制服を着たロングストレートの紫髪頭の少女が手に何かを持ちながら立っていた。
「やっぱり此処に居たんですね。そろそろ準備しないと学校に遅れちゃいますよ?」
「なに?」
少女の言葉を聞いて、気付く。道場の壁に掛けてある時計の針がいつの間にか8の数字を指していることに。
「お風呂と朝ご飯は用意しておきましたから、早く身体を洗ってこれに着替えて来てください」
そう言って近付いてきた少女は手に持っていた何かを手渡してくる。
見れば、それは俺の制服や着替えの服だった。
「……いつもすまないな、
「いえいえ、私がしたいだけなので先輩は気にしないでください」
俺の謝罪の言葉を聞くと、少女────
どうしてそこで微笑むのか俺には理解できなかったが、そんな俺を他所に桜は道場の外へと向かっていく。
俺もさっさと行こうと思い竹刀を片付けようとした時、急に桜は立ち止まってこちらの方へと振り返った。
「それより、早くしないと本当に遅刻しちゃいますから急いでくださいね!」
「あぁ、了解した」
俺がそう言うと、桜は一度だけ満足気に頷いてから今度は振り返ることなく道場の外へと出て行った。
「さて、少し急ぐか」
竹刀を元にあった位置へと戻し、道場の掃除を少しだけ急いで行う。
雑巾がけや掃き掃除を手短に済ませ、明かりを消してから道場を出て鍵をちゃんと閉めたのを確認した後に風呂場へと向かう。
「ん……」
その途中、香ばしい匂いが家の中から漂ってきて、今更ながらに何も食っていなかったことを思い出した自分の腹が盛大な音を立てて空腹を訴えてきた。
「今日は味噌汁と飯か」
このあと食べる朝食を楽しみにしつつ、辿り着いた風呂場の扉を開けて中へと入り、脱いだ胴着を洗濯機へと投げ入れあらかじめ置かれていた下着やタオルがある場所に着替えを置いてからシャワーを浴びて風呂へと入る。
これが俺────