衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ!   作:アタナマ

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この話を書いている途中、頭に『ドキドキ☆トンチキだらけの聖杯戦争!〜気合と根性の「まだだ」祭り〜』なんていう言葉が浮かび上がりました。
……暑さで頭やられてるなぁ、とハッキリ自覚しました。

まだまだ暑い日々が続きますので、皆様も体調管理にはお気を付けください。










1日目終了

 誰が合図したわけでもなく、士郎とセイバーが踏み込んだのは全くの同時だった。

 一瞬で到達する互いの間合い。ランサーとの1戦でサーヴァント相手に下手に力をセーブしていては一瞬で負けるということを理解している士郎は最初から全力全開の個別による『強化』の魔術を行使し、竹刀や腕の筋肉などの部位を一瞬で数倍の強度にまで跳ね上げる。

 

 一撃で決める────下手な小細工を打たずに真っ向から斬り伏せることのみを考え振り下ろした士郎の竹刀は音速を超えたスピードでセイバーへと迫り、セイバーもまた音速に迫るスピードで竹刀を振り上げる。

 

 速さ、強度、切れ味。そのどれを取っても『強化』した士郎の方がセイバーより上であり、このままいけばセイバーの持つ竹刀はぶつかると同時に両断されるのは自明の理────の筈だった。

 

「「っ!?」」

 

 驚愕する両者。2人の視線の先には二本の竹刀が火花を散らして(・・・・・・・)鍔迫り合っているという普通では到底ありえない光景が広がっていた。

 

「ッ────」

「くっ……!?」

 

 セイバーより逸早く正気に戻った士郎は竹刀を手元へ素早く引くことで鍔迫り合いの形を態と崩し、『強化』する場所を足へと瞬時に移して隙だらけのセイバーへと横蹴りを食らわせるも、セイバーは咄嗟に腕を盾にし、襲い来る衝撃を耐えようとせずに自分から跳び上がることで衝撃に流され士郎との距離を離すと同時にダメージを軽減した。

 

「……やりますね、マスター。まさか私に一撃を入れるとは」

 

 特に痛がる様子も無く竹刀を構えるセイバーの顔からは先程よりも強い警戒心を抱いているのが目に見えて感じ取れる。

 サーヴァントと戦うならば、持久戦は生身の人間である士郎にとってスタミナ的にも魔力的にも圧倒的に不利だ。

 だからこそ初撃で決めるのが1番ベストだったのだが、それが失敗してセイバーの警戒心が強まってしまった以上、形勢は明らかに士郎の方が悪くなってしまった。

 

 しかも、それに加えて先の一合で見せた光景。どうして『強化』された竹刀がセイバーの持つ竹刀を両断できなかったのか士郎は理解していた。

 

魔力の放出(・・・・・)。それも、ただ放出するだけではなく収束(・・)させているのか」

「えぇ、その通りです」

 

 確認の為に敢えて口に出してみればセイバーは是として頷き、士郎はさらに自分の形勢が悪化したのを察した。

 

 ────魔力放出。それは士郎が使う『強化』の魔術とは別に身体や武器を強化する方法の一つだ。

 内容は『強化』と同じでとてもシンプル。武器や自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるという、いわば魔力によるジェット噴射である。

 

 先程セイバーがやったのはそれの応用(・・)。ただ魔力を噴出するのではなく竹刀の刃先だけに収束することで能力を格段に跳ね上げるという、士郎の個別による『強化』と殆ど同じことをしたのだ。

 

「それにしても驚きました。まさか、マスターも私と似たようなことが出来るとは……一太刀で終わると思っていたのは些かばかり早計だったようですね」

「俺とて同じだ、セイバー。一太刀目で終わらせるつもりだったのだが、まさかこうなるとはな」

 

 そして、これで真っ向からの勝負も危うくなったことに士郎は僅かに焦りを抱く。

 先程は恐らくセイバーの放出した魔力量が少なかったことで士郎の『強化』が対抗することが出来たのだろうが、次は間違いなく士郎の持つ竹刀が叩き斬られるだろう。

 

 そう断言出来るのは単に魔力を通すことで内側から物の強度を限界まで持ち上げる『強化』と、魔力が尽きるまで物の外側(・・)を限界無しに幾らでも強化できる魔力放出とでは相性が悪過ぎるからだ。

 

 プラスチックの棒と鉄で出来た棒。その2つをぶつかり合わせた場合、どちらが壊れるのかなんて子供でも分かることだろう。

 士郎の『強化』とセイバーの魔力放出は正しくそれだ。無論、プラスチックの棒が士郎であり、鉄の棒がセイバーである。

 

 使用するのに掛かるコストや持続時間なんかでは『強化』の魔術の方が軍配が上がるが、能力の向上という点では魔力放出の方が圧倒的に上だ。

 

 しかも、それに加えてセイバーは士郎のサーヴァント。セイバーが魔力を使えば使う程マスターである士郎から否応なしに魔力は持っていかれるので、ただでさえ魔力量が少ない士郎の魔力はあっという間に枯渇するだろう。

 

 つまるところ、士郎がセイバーに勝つのは限りなく不可能に近く、敗北するのは目に見えているのだが────

 

「────否、“勝つ“のは俺だ」

 

 しかし、それでも絶対に諦めたりしないのが衛宮士郎という男だった。

 

 ─────そもそも、魔力放出が何だというのだろうか。それが無くとも相手は正真正銘の化け物と対峙してきた過去の英雄。平和な世界で生きる自分がそんな相手に勝てる確率が元より低いのは重々承知済みだ。

 

 だがしかし、諦めてしまう訳にはいかない。何故なら、自分の肩には今を生きる人々の未来が掛かっているのだから。

 

「ッ────」

 

 短く呼吸し、息を止めてから士郎はセイバーへ突貫する。

 

「何を考えているかは分かりませんが……」

 

 向かってくるというのであれば容赦はしない。セイバーは竹刀を構えると同時に先程よりも密度を上げた魔力放出を行い、迎撃する。

 再び近づく両者の間合い。しかし、先の一合と違って今度はセイバーの方が士郎の振る竹刀よりも格段に速い。

 

 これで終わり────セイバーがそう確信しかけた瞬間だった。

 

「っ!?」

 

 セイバーは本能的に直感した。このままでは自分が負ける(・・・・・・・・・・・・)、と。

 竹刀同士がぶつかり合う直前、突如感じ取ったその直感に従いセイバーは一瞬で竹刀を引いて攻撃から防御へと移る。

 

 そしてその直後、セイバーは自分の直感が正しかったことを悟った。

 

「なっ!?」

 

 竹刀がぶつかろうとした刹那、士郎の竹刀と姿がゆらり(・・・)と揺れ、まるで蜃気楼のように霞んで消えた。

 士郎がやったのは単純なこと。『強化』を最小化するのではなく全身に掛けることで体捌きを極限まで磨き上げ、セイバーに目の錯覚を起こさせたのだ。

 

 正しく絶技。驚愕のあまり声を上げるセイバーの腕に衝撃が走る。見れば、そこには身を屈めている士郎が居て、自身の持つ竹刀に下から押し付けるようにして竹刀の剣先を突き出しており、数瞬して士郎が自分に向かって突きを放ったことをセイバーは理解した。

 

 もしも直感に従って防御に移っていなければ、今頃自分は剣を空振りし、士郎の突きを諸に直撃していたことだろう。

 危うく大変なことになる所だったと内心で冷や汗を掻くと共に、セイバーは士郎への評価を更に上げる。

 

 ともすれば、この男ならば本当に自分に勝ってしまうのでは?と心のどこかで思えてしまい─────

 

「────否、“勝つ“のは私です」

 

 しかし、それをセイバーは否定した。

 

 ────民草を真に思う心に、相手が何であれ決して諦めずに己が持つ全ての技術を駆使して勝とうとする強い意思。その姿は英霊である自分からしても尊敬せずにはいられない。

 

 だがしかし、勝ちを譲る訳にはいかない。何故なら、自分の肩には無意味に死なせてしまった者達への償いが掛かっているのだから。

 

「ハァッ!」

「ッ!!」

 

 気合い一閃。魔力放出によって強化された刃を振り払い、強引に士郎との距離を開け放つ。

 

「この勝負、絶対に負けません!」

「それはこちらとて同じこと。お前には絶対に負けん!」

 

 全ては自らの肩に掛かる者の為に、士郎とセイバーは雄々しくそう宣言してから同時に踏み込み、激しい剣戟が幾合にも飛び交い始める。

 

「うわぁ……」

 

 その光景を凛は完全にドン引きしながら傍観していた。

 

 内容は違えど互いに魔力での強化をしているせいで、どっちかが空振りする度に道場のあちらこちらで切り傷が大量に生まれている。

 飛ぶ斬撃って本当にあるんだな、と漫画でしか見たことのない光景を目の当たりにしたことで凛は半ば現実逃避しかけるものの、しかし士郎とセイバーから目を離すことはしなかった。

 

「……2人とも楽しそう」

 

 やっていることは化け物じみているが、しかし凛の目には剣を結び合う2人がどことなく楽しそうに見えた。

 片方は無表情、もう片方は口を強く結んでいるが、2人の目はどちらも同じで爛々と輝いているのだ。

 

 互角に戦い、思いを競い、まるで対等の存在として扱っている2人に─────凛は少しだけ嫉妬する。

 

 長らく魔術師としての教養を受けてきたせいで、凛はサーヴァントを同じ人ではなく使い魔としてしか見ることが出来ない。

 対し、士郎に魔術師としての教養は殆ど無く、ズブの素人とも言えるが為にサーヴァントを同じ人として見ている。

 

 環境や教育の違い。言ってしまえばそんな物だが、しかしそんな物が凛と士郎の違いを明確にさせていた。

 

 遠坂の人間として生まれたことに凛は後悔は無い。だが、ふとたまに思うのだ。

 もしも自分が遠坂の魔術師ではなく、何処にでも居る普通の女の子だったらのなら、もっと自由に生きられたのではないか────と。

 

 そんなIFの話をした所で意味なんて無いが、士郎を見てるとどうしてもそのことを考えてしまう。

 士郎は凛と違って自由だ。魔術師としても管理者としても、士郎に生まれつき与えられた役割なんてものは存在しない。

 

 だからこそ、あぁやって自分のやりたいことを突き詰められている。真剣に努力し、真剣に励み、真剣に取り組む。その積み重ねが今こうしてサーヴァントと渡り合える実力を作り上げたのだ。

 

 まぁ、そのやりたいことが顔も知らない誰かを守ることだというのは凛からしてみれば些か狂ってるとしか思えないのだが、しかし士郎のその思いが決して間違っている訳では無く、むしろ正しいことと言えるだろう。

 

 ……あくまで度が過ぎなければの話だが。

 

 凛がそんなことを思っているのを他所に、激戦と化したセイバーと士郎の戦いは次第に佳境へと移っていく。

 額に珠の汗を浮かび上がらせ、呼吸を僅かに荒げる2人は切り結んでいた竹刀を引き下げ、無言のまま同時に後ろへと跳んで距離を置く。

 

「……マスターもそろそろ魔力量が限界の様子。ならば、次の一合にて決着をつけましょう」

「望むところだ。全身全霊を掛けて、必ず勝利してみせよう」

 

 ここにきて更に気迫を膨らませる両者。その強い意志が宿った瞳からは『必ず自分が勝つ』という思いを感じられる。

 剣を構え、静かにその時を待つ。凛にはそれが数時間もの時が流れたかのように錯覚させられた。

 

 そして、2人が必殺の技を繰り出そうとした────刹那。

 

「〜〜〜♪ーーー♪」

 

 何処からともなく場違いな音楽が聞こえてきて、この場にいた全員が眉を顰める。

 

「セイバー、少し待て」

「あ、はい」

 

 音の発生源は士郎のズボンにあるポケット。セイバーに断りを入れてから士郎はポケットに手を突っ込み、中から振動しているケータイを取り出した。

 見れば、画面には『柳洞一成』の文字が表示されており、士郎は無言のまま着信をオンにしてケータイを耳に当てる。

 

「もしも────」

『やっと出たか衛宮ぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!何回連絡しても出ないから不安になって校庭の方に行ったら大量の血やらひしゃげた朝礼台があったりして、お前がとんでもない事に巻き込まれたんじゃないかって皆して心配していたんだぞ!?貴様、今いったい何処にいるのだ!ちゃんと無事なのか!?詳しく説明しろ!!』

 

 士郎が口を開いた途端に大音量で流れてきたのは一成の泣き叫ぶかのような怒号であり、後ろからは微かに誰かが泣いているような声も聞こえた。

 

「あ、しまった!痕跡消し忘れてた!!」

「…………」

 

 一成の言葉を聞いた凛が今思い出したかのように素っ頓狂な声を上げ、状況を理解した士郎はケータイへと話しかける。

 

「一成、警察には連絡したか?」

『いや、皆動揺してしまってお前を探すことに必死になっていたから、まだ連絡していないが……』

「ならそのまま警察には連絡するな。俺は一応無事で、今は家に居るから生徒会の皆に安心してくれと伝えておいてくれ。それと何があったかだが……それは明日説明する。お前達は今日の所はそのまま家に帰れ」

『待て衛宮!明日ではなく今説明し────』

 

 一成の言葉を待つことなく、士郎はケータイの電源を切ってポケットに仕舞った。

 

「すまん、待たせたなセイバー」

「いえ、それはいいのですが……」

 

 再び剣を構える士郎とは正反対に、セイバーは剣を構えずに困った表情を浮かべる。

 このまま決着をつけてもいいが、あまりにも後味が悪すぎる。

 

「マスター、ここは一時休戦といきませんか?目的の違いはあれど、聖杯戦争に勝利するという目標は同じ筈。なら、ここで互いに消耗するよりか決着は聖杯戦争の後にした方がいいと私は思うのですが……」

 

 セイバーのその提案に士郎は一瞬片眉を引き上げたが、直ぐに納得したかのように構えを解いて剣を下ろした。

 

「現状の戦力低下は望ましくない、か……分かった。その提案を受け入れよう」

「ありがとうございます、マスター」

 

 士郎から戦意が消えたことで、セイバーもまた警戒心を解いた。

 

「セイバーの実力は理解した。その腕前なら安心して背中を託せる」

「はい、私もマスターなら安心して背中を託せます」

 

 戦いは終わり、最後に2人は近付いて握手を交わす。

 

 こうして、聖杯戦争1日目の夜は幕を下ろした。


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