衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ!   作:アタナマ

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私立の学校なら食堂とか購買があっても普通な筈……。






働くアルちゃん

 その日、穂群原学園は朝から生徒達のヒソヒソ話でザワついていた。

 

「え?衛宮先輩が怪我したってマジ?」

「いやいや、冗談でしょ?」

「いや、本当のことらしいよ?私の友達に生徒会に所属してる子が居るんだけど、その子が言うには────」

 

 教室の所々から聞こえてくる女子生徒達の話を耳にしながら、慎二は目の前で席に座って頭を抱えている友人に声を掛ける。

 

「やぁ、柳洞。朝からどうしたんだい?」

「どうしたもこうもあるか……!!」

 

 慎二へ挨拶を返すこともせず、頭に置いていた手を机へと強く叩きつけ、怒りの表情を浮かべながら一成は立ち上がった。

 

「あの馬鹿者は何故まだ来ない!?普通あんなことがあれば事情説明をする為に早く登校するものだろう!?なのに、何で始業10分前になっても来んのだ!!」

「お、落ち着きなよ。周りも見てるからさ」

 

 声を荒らげて怒鳴り散らす一成を慎二は窘めようとし、同じ教室に居た生徒達は一成の凶変に何だ何だと視線を向ける。

 周りに見られていることによって少しだけ冷静さを取り戻した一成はフンッと鼻を鳴らしながらドカッと椅子に座り込んだ。

 

「それで、今日はどうしたのさ?朝から衛宮が怪我をしただとか、生徒会がどうたらって話が沢山聞こえてきたけど」

「あぁ、実は……」

 

 一成は手短に昨夜起きた出来事を慎二へと話した後、苛立たし気に眉を顰めながら腕を組んだ。

 

「だいたい可笑しいのだ。衛宮の警察に連絡するなという命令もそうだが、昨日の夜に俺達が見た時は校庭にあった朝礼台はひしゃげていたし、とんでもない量の血溜まりや幾つかの足跡もあった。なのに、今日来てみればそれらは全て無くなり、昨日までの校庭へと元通りになっている。まるで狐か狸にでも化かされているかのような気分だ」

 

 自分で言っておきながら全く意味不明すぎる状況に嫌気を感じ、一成はため息を吐く。

 物的証拠が何処にも無いせいで人に話しても心の底から本当に信じてくれる者はおらず、ならば当事者である士郎に真相を語ってもらおうと思いきや当人はまだ来ない。

 

 生徒達は一成の嘘をつかない性格を知っているから多少は信じてくれているものの、一成達の見間違いだったんじゃないかという疑惑が心の殆どを占めている。

 

 なんなのだ、これは。自分達はちゃんとこの目で見たことを伝えたと言うのに、それを証明できる手立てが士郎に直接問い質す以外何も無いことに一成の中で再び怒りの炎が燃え盛る。

 

「あのトラブルメーカーめ……今日という今日は絶対に……」

 

 ブツブツと呟きながら、一成は士郎に対する説教の内容やらその他諸々のことに思考の全てを回す。

 その閻魔の如き憤怒の表情を浮かべる一成の様子にクラスメイト達は恐れ慄いて近寄ろうとせず、当の本人は怒りに感情を支配されて周りに気を配る余裕が無い。

 

 故に────

 

「────」

 

 一瞬だけ、慎二が深淵を連想させるかのような光の消えた冷たい瞳を浮かべたことに気付くことが出来た者は誰も居らず、彼の呟いた言葉は音を立てながら開いた教室の扉によって掻き消された。

 

「お?来たかな?」

「ようやくか!」

 

 教室の扉が開いた次の瞬間、慎二は教室の扉の方へと視線を向け、一成も同様にそちらの方へ視線を向けながら勢いよく席から立ち上がる。

 

 今の時刻は朝のHRが始まる丁度5分前。この時間帯に2年C組の教室へやってくる生徒と言えば主に二人居る。

 その内の1人である後藤は既に教室へとやって来てクラスメイトと談笑していたので、最終的に残されたのはただ1人。衛宮士郎だけだ。

 

「遅いぞ衛宮────」

 

 そう声を掛けようとした一成だったが、視界に入ってきた光景に思わず絶句する。

 

「此処がマス……シロウが在籍する教室?というやつですか」

「そうだ。俺に何か用事がある時はまず此処に来い。放課後以外なら大抵は教室に居る」

 

 一成の見る先にある教室の外には、和やかとは言い難いが少なくとも仲が悪そうには見えない一組の男女が会話をしている。

 一人は一成がよく知る人物。今朝から生徒達の話題の対象として呟かれていた士郎だ。

 だが、もう1人の方。金髪に碧眼という、見るからに西洋人である美少女を一成はこの学校で見たことは1度も無い。

 

 というか、着ている服が穂群原学園の制服ではなく少し大きめのジーンズやカーキ色のジャケットという時点で生徒ではないのは明らかであり、ならばこそ一成にはその少女が何者なのか余計に分からない。

 もしも不法侵入した部外者ならば今そこに居る生徒会長様が許す筈もなく、問答無用で学校の外へと叩き出すだろうが士郎にそのような様子はまるで見られ無い。

 

「分かりました。では、また後程」

「あぁ」

 

 その光景を見ていた一成を含む生徒達が唖然としているのを一切気にすることもせず、士郎と少女が会話を終わらせると少女は何処かへと歩き去って行き、士郎は教室へと入って扉を閉めた。

 

「おはよう、二人共」

「あ、あぁ、おはよう……」

 

 何事も無かったかのように挨拶をしに来た士郎に一成は半ば呆然としながら返事をしたが、慎二は士郎の右手を凝視したまま彫像のように固まっていた。

 その様子を先程の少女によるものだと判断し、一成は昨夜の出来事について問い質すより先に少女のことについて聞くことにした。

 

「衛宮、さっきの少女は誰だ?」

 

 先程の光景を見ていた全ての者が恐らく思ったであろう疑問を代弁するようにして迫ってきた一成に対し、士郎は常の仏頂面を崩すこともなく答えた。

 

「彼女の名はアル(・・)ロデオン(・・・・)。昨日の夜に知り合いとなり、とある事情によって今日からこの学校で働くことになった」

「……は?」

 

 もっとも、その意味不明な言葉を素直に受け入れることはこの場に居た誰もが出来なかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「────で?これはどういうこと?」

 

 時刻は進んで昼休み。午前の授業中に「昼休みの時間になったら屋上へ来て」という一文が書かれている紙がいつの間にか机の中に入っていることに気付いた士郎はそれが凛からの呼び出しだということに直ぐに察し、紙に書かれていた通りに昼休みの時間になったら真っ先に屋上へと向かったのだが、既に屋上で待っていた凛から開口一番にそう言われた。

 

「どう、とは?」

「とぼけないで」

 

 具体性に欠けた凛の言葉に士郎が首を僅かに傾げると、凛はその手に持っていた数枚の紙を士郎へと投げ渡す。

 反射的にその紙を見てみれば、そこには大きく学級新聞と書かれていたが、それ以上に大きな文字で『衛宮会長、学校で逢引か!?突如現れた謎の美少女の正体に迫る!!』などと書かれており、細かな記事と共に士郎とアルが共に歩いている写真が載っていた。

 

予定通り(・・・・)にしても、これは流石に騒ぎ過ぎなんじゃないの?」

「いや、充分だ」

 

 非難するかのような目を向けてくる凛に対し、士郎は臆することも無くそう言い切る。

 鷹のように鋭い目は「皆まで言うな」と語っており、一瞬だけ凛は口を噤む。

 

「でも……」

「すみません、遅くなりました」

 

 再び苦言を呈そうとした凛の言葉を遮るようにして屋上の扉が開き、金髪の少女が屋上へと上がってきた。

 

「構わん。俺も今さっき来たところだ、アル(・・)

「そうですか。なら、あまり遅れずに済んだようですね」

 

 士郎の言葉を聞き、金髪の少女────アル・ロデオンはホッと胸を撫で下ろした。

 

「……ねぇ、そろそろ聞いてもいいかしら?」

「何だ、遠坂」

 

 ジトっとした目をしながら凛は士郎にそう聞いた後、アルを指差してこう言った。

 

「────アル・ロデオンって誰よ?」

 

 凛のその指摘に、士郎とアルは顔を見合わせた後に真顔で答える。

 

「セイバーの偽名だが?」

「私の偽名ですが?」

 

 それがどうしたと言わんばかりに不思議そうにしている士郎とアル……もといセイバーを前にして、凛は深いため息を吐いた。

 

「何でサーヴァントが偽名使いながら学校で働いてんのよ……」

 

 一流の魔術師である凛からしてみれば、それがどれだけ馬鹿げた光景に見えることか。魔術師としての知識を殆ど持っていない士郎と、マスターの身を第1優先事項に置いてあるセイバーでは凛の気持ちを理解することが出来なかった。

 

「流石に真名を使う訳にもいかんだろう。俺達以外にも他のマスターがこの学校に居るかもしれないからな」

「マスターの言う通りです。リンは私が偽名を使うことに何か不満でもあるのですか?」

 

 故にこんな的外れな言葉が出てきたのだが、それを聞いた凛の中で怒りのボルテージが上昇する。

 

「いや、偽名はともかく普通に働いてることに対して疑問を持ちなさいよ!アンタそれでも本当に英霊なの!?」

「働かざる者食うべからず。もしくは郷に入っては郷に従えですよ、リン」

「駄目だこの英霊全く話が通じない!!」

 

 士郎からある程度教わった日本の諺を使えて少し自慢気な顔をするセイバーに、凛は頭を抱えながら天を仰いだ。

 

『落ち着け、マスター。淑女がそうもみっともなく叫ぶんじゃない』

「うっさいわよバカアーチャー!」

 

 昨夜から長年の魔術師生活において作り上げられてきた凛の中にある英霊像がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

 思わず凛は泣き叫びたい気持ちになるが、それに共感出来る相手はこの場には居なかった。

 

「それで、セイバーと遠坂は怪しそうな人物を見つけたか?」

 

 士郎がそう告げた瞬間、緩みかけていた空気が張り詰める。

 

「いえ、私の方には特に居ませんでした」

「私も同じね。皆セイバーの方に注目してて、誰も衛宮くんの令呪については気にしていなかったわ」

「そうか……」

 

 二人からの報告を聞き、士郎は一言だけそう呟いてから顎に指を当てて何かを考え込むように目を細める。

 

「ねぇ、衛宮くん。本当にこの学校に他のマスターが居るの(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

「…………」

 

 覗き込むようにして士郎の顔色を伺う凛に士郎は何の言葉も返さなかった。

 

「セイバーを学校で働かせることで衛宮くんの護衛をいつでも行えるようにする。それと共に、セイバーへの注目を利用して衛宮くんの右手に令呪が宿ってるのを新聞部の子に写真で撮らせて、学級新聞に載せることでこの学校に居る他のマスターを炙り出す。それが今回の手筈だったわね?」

「あぁ、その通りだ」

 

 凛が今語った通り、今回の騒ぎが学級新聞に載るまでの大事になったのは他ならぬ士郎自身の手によるものだ。

 理由は他のマスターがこの学校に居るかどうかの確認。だが、それとは別に士郎は他のマスター、もしくはサーヴァントからの接触を狙っていた。

 

 基本的に聖杯戦争は他のマスターやサーヴァントを自らの手で見つけなければならず、それ故に誰もが慎重になって行動する。

 内容的にはかなり物騒ではあるが、言ってしまえば要は隠れんぼだ。

 

 士郎とてそのことは理解している。下手に目立って他のマスター達から狙われてしまう危険性を負うぐらいなら、コソコソと隠れながら他のマスターを秘密裏に始末した方が遥かにマシなことなんて言われるまでもない。

 

 だからこそ士郎は思う────それがどうした(・・・・・・・)、と。

 

 コソコソと隠れながら慎重に他のマスターを探している内に、いったい何人の無関係な人々が巻き込まれる?

 明日を夢見る若者幼子、それを愛する父母、家族。その者達がサーヴァントや魔術師の手によって殺されないとどうして断言出来ようか。

 

 少しでも無辜の民達が傷付く可能性があるというのであれば、直ぐにでも取り除かなければならない。

 だからこそ、士郎は考え方を変えた。慎重にではなく大胆に動き、敵の注目を引き寄せることにしたのだ。

 

 自らの存在感をアピールすることで他のマスターやサーヴァントを釣り、セイバーかアーチャーが敵サーヴァントの足止めをしている内に残った者達で敵マスターを叩く。

 

 作戦としてはそんな単純な物。しかし、単純であるが故にこの作戦は意外と強い。

 そも、セイバーとアーチャーという戦力に加え、一流の魔術師である凜と基礎魔術だけでサーヴァントの領域に片足どころか両足まで突っ込みかけている士郎まで居るのだ。普通の相手ならば充分に戦力過多なメンバーだ。

 

 無論、凛が裏切ったり敵のマスターも同盟を組んでいたりすれば話は変わるだろうが、それでも士郎は決して恐れない。

 

 例えその先に何が待っていたとしても────

 

「それで、衛宮くんの方はどうだったの?もしこれで何の成果も得られませんでしたってなったら全て徒労だった訳だけど」

「あぁ、俺の方は────」

 

 士郎が報告を始めようとした刹那、セイバーの懐から目覚まし時計のような電子音が聞こえてきた。

 その音に釣られて士郎と凛がセイバーの方を見れば、セイバーは慌てて懐からソレを取り出す。

 

 ……鳴り続けるガラケーを。

 

「あっ、すみません、マスター。10分経ったので私はそろそろ戻らなければ……」

「分かった。続きは放課後に話そう」

「申し訳ありません。では、失礼します」

 

 セイバーは1度だけ頭を下げると、直ぐに屋上から出て行った。

 

 ……大人用の給食白衣を風で靡かせながら。

 

 その後ろ姿を見送りながら、凛は呟く。

 

「ねぇ、何でセイバーがケータイを持ってるの?」

「俺が昔持っていた物だ。通話機能などは使えないが、時計代わりには使えると思って与えた」

 

 凛の呟きを聞いた士郎がその疑問に答えるも、凛の呟きはそれで止まらない。

 

「ねぇ、何でセイバーが給食で使う白衣を着てるの?」

「食堂で働いているからだろう。前に食堂が人手不足で困っていると聞いてな、丁度いいと思いバイトとして雇って貰えるよう説得した」

 

「ねぇ、セイバーって料理出来るの?」

「簡単なことなら出来るだろう。麺の湯切りやおにぎりを結ぶぐらいなら楽にこなせるポテンシャルをセイバーは持っている」

 

「ねぇ、セイバーの年齢とかはどうしたの?」

「18歳ということにしておいた。あまり歳上過ぎてもあの顔だと信じて貰えそうに無いからな」

 

「ねぇ、履歴書とかはどうしたの?」

「素直に無いと答えたら、食堂の人達は後からでもいいと温情を与えてくれた。俺からの紹介なら間違いなく信頼出来るとさえ言ってくれたぞ」

 

「ねぇ、何でアル・ロデオンなの?」

「何となく俺が思い付いた名前がそれだったからだ。セイバーも特に反対するような事でもないからすんなり決まった」

 

「ねぇ────」

『マスター、目の前の現実をあるがままに受け入れろ。それが1番楽になれる道だ』

 

 現実って何だろう。凛にはもう現実という言葉がよく分からなかった。


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