衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ!   作:アタナマ

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今日、友人に「お前の小説ってもう日刊ランキングの上位まで行けそうにないよな」と言われ、反射的に「いいや、まだだ。俺は必ずあの地(日刊ランキング一位)へ返り咲いてみせる」といった啖呵を切ってしまいました。
……文才と中二力を培う為にシルヴァリオシリーズを周回しなければ。








それぞれの戦い

 人気の無い夜道に響き渡るバーサーカーの咆哮。それは10メートル以上離れているのにも関わらず大声音で、もはや一種の音波攻撃に近い。

 

 魔術師と言えど身体は普通の人間である凛にはバーサーカーの咆哮を耐え切ることが出来ず、思わず耳に手を当てて塞ぐ。

 横目でチラリと周りを見回せば、サーヴァントであるセイバー達であってもバーサーカーの咆哮は五月蝿すぎたようで、凛のように手を耳に当てている訳では無いが少し苦々しい表情を浮かべている。

 

 そんな中、1人だけ常の無表情を崩すことなく佇む者が居るが、何で無事かと聞いたところで「気合いと根性」という訳の分からないパワーワードを出されるのが目に見えていたので凛は敢えて無視した。

 

「初めまして、リン。それからお兄ちゃん。私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。長いからイリヤって呼んでね」

 

 バーサーカーの咆哮を間近から聞いたのにも関わらず、自らをイリヤと名乗った少女は何処ぞの生徒会長のようにダメージを受けた様子が一欠片も見えず、それどころか優雅に一礼してまで見せた。

 それだけでも充分驚くのに値するが、凛にとって本当に驚かされたのは少女の名前だ。

 

「アインツベルンですって!?」

 

 アインツベルンという名前を聞いた直後、凛は過剰なまでの反応を示し、驚愕の眼差しでイリヤを見つめる。

 その反応があまりにも異常だったが故に、士郎はバーサーカーから目を離さずに凛へと話し掛けた。

 

「遠坂、知り合いか?」

「いいえ、違うわ。けど、その名前は知ってる。なんせ、聖杯戦争を最初に始めたとされる『始まりの御三家』である遠坂、間桐(・・)に並ぶ魔術一族ですもの」

「────なんだと?」

 

『始まりの御三家』という新しい単語について詳しく聞きたい気持ちはあったが、それよりも士郎にとって聞き捨てならないのは間桐という名前。

 咄嗟に親友とその妹の顔が脳裏に浮かび上がり、違っていてくれと願いながら士郎は凛へと確認しようとする。

 

 しかし────

 

「ねぇ、話し合いはまだ終わらない?」

 

 士郎が凛に話し掛けるよりも先に、二人の会話を静かに眺めていたイリヤは瞳を輝かせながらそう呟く。

 まるで新しい玩具で早く遊びたい子供のように、今か今かと戦いが始まるのを待ちわびているイリヤの様子に、場の空気は一変する。

 

「お兄ちゃん達の話し合いが終わるまで待っててあげるのもいいけど、それで夜が明けたら折角の聖杯戦争が興醒めでしょ?だから────」

「いい加減、そろそろおっ始めようやッ!!」

 

 そして、もはや我慢出来ぬと言わんばかりにランサーが士郎目掛けて突撃し、槍を勢いよく振りかざす。

 

「マスター!!」

 

 セイバーは咄嗟に士郎を庇うようにしてランサーの前に出て、迫り来る槍を剣で受け止めてみせる。

 だが次の瞬間、まるで剣の刀身で巨岩を支えているかのような重圧に襲われセイバーは瞠目した。

 片腕にも関わらず、この腕力。やはり大英雄クー・フーリンの名は伊達ではないということをセイバーは改めて認識する。

 

「邪魔だ、セイバー!!テメェに用は無ぇんだよ!!今度こそ俺はエミヤ・シロウと本気(・・)の戦いをするんだ!!そこを退きやがれぇぇぇぇぇぇ!!」

「っ!?」

 

 ランサーの怒号と共に膨れ上がる重圧。その圧力は先程よりも数倍以上に倍増している。

 気を抜けば一瞬で潰される。持ち得る全ての気力だけでなく、指先から足の爪先に至るまでの全ての筋肉を使ってようやく受け止められているのがやっとだ。

 

 これが大英雄。これがクー・フーリン。1つの神話の頂点に立つ男の本気を前にして、セイバーの内に眠る闘争心が沸々と湧き上がる。

 

 生前のセイバーの時代においてもその勇名を轟かせていた世界最高峰の戦士とこうして剣を交えることが出来るのはセイバーにとって誉れである。それは嘘ではない。

 

 しかし、だ。

 

「嘗めるなよ、ランサー!!」

 

 セイバーとて大英雄たるサーヴァント。それに加えて性格は負けず嫌い。

 であるならば、自身を歯牙にもかけず、あまつさえマスターである士郎と戦うことしか考えていないランサーに対し、セイバーの怒りのボルテージが急上昇していくのは至極当然のことで。

 

「ハァッ!」

「ぬおっ!?」

 

 こっちをちゃんと見ろ。そんな言葉を剣に乗せ、気合い一喝と共に魔力放出を発動させたセイバーはランサーの腕力に勝った力で槍ごとランサーの身体を吹き飛ばす。

 

「来い、ランサー。我が剣で貴公に敗北をくれてやる」

「ハンッ!上等だ、エミヤ・シロウと戦う前にテメェを叩き潰してやる!!」

 

 その会話を合図としてセイバーとランサーは再び激突し、本格的な戦いを始めた。

 そして、それと同時にもう1つの戦いも静かに幕を開ける。

 

「あーあ、先を越されちゃったわ。私もセイバーには興味があったのだけれど、取られちゃったのなら仕方ないわね」

 

 残像を残しながら超人離れした戦いを繰り広げ始めたセイバーとランサーを遠目で見ながら肩を落として残念そうにガッカリとするイリヤだったが、その赤い瞳に士郎達の姿を捉えた途端、先程までのように瞳を輝かせる。

 

「じゃあ、残り物(・・・)は全部こっちで頂くわ」

 

 それがどのような意味を持つのか、この場において分からぬ者は1人も居ない。

 身構えた二人(・・)の前で、イリヤは純粋な笑顔を浮かべながら己のサーヴァントへ命令する。

 

「やっちゃえ、バーサーカー!!」

「■■■■■■■ーーーーーーー!!」

 

 マスターからの指示を受け、身を止めていた巌の巨人は咆哮を上げながら士郎達を目掛けて疾走を開始する。

 

「アーチャー!バーサーカーを────」

 

 迫り来るバーサーカーを止めるべく、アーチャーへ命令を下そうとした凛だったが、その時になってようやくアーチャーの異変に気が付いた。

 

「イ……リヤ……?そんな、まさか……」

 

 迫り来るバーサーカーなどには目もくれず、僅かに揺れる視線はイリヤ1人のみに固定され、血の気の引いた表情をしているアーチャーは呆然とした様子でブツブツと何かを呟き続ける。

 

 明らかに異常をきたしている。精神攻撃など受けた記憶は無いが、アーチャーの精神に何らかの異変が起きているのは傍から見ても理解出来た。

 

「アーチャー!?」

 

 アーチャーの異変に動揺する凛。戦場においてそれは大きな隙となり、ならば当然バーサーカーがそれを見逃す筈が無く────

 

ここは通さんぞ(・・・・・・・)、バーサーカー」

 

 故に士郎は前へ出た。凛達を守る為に、たった1人で囮となるべく。

 

「っ!!衛宮くん!!」

 

 凛が悲鳴を上げると同時に、バーサーカーは成人男性一人分以上に長い石斧剣を軽々と振り上げ、全身の筋肉を躍動させながら神速の一撃を士郎へと叩き込む。

 

 一般人なら決して避けることの出来ない速さでの攻撃。魔術はともかく身体能力は並みでしかない凛がもしも最初に狙われたのだとしたら、確実にその一撃で命を落とすことになるだろうが────

 

「───甘い」

 

 迫り来る神速の一撃を、士郎は『強化』された身体を駆使して余裕で躱してみせた。

 

「斬撃の軌道が一直線すぎる。いくら力があろうと、それでは当たらん」

 

 日々己を鍛錬していることで普段の身体能力が一般人よりも格段に勝っている士郎の目は『強化』されたことでより優れた物へと変化している。

 それこそ本物の鷹の目と同じように、今の士郎の視力はバーサーカーの剣の軌道から一挙手一投足に至るまで明確に見えている程だ。

 

 そこまで見えてしまえば先読みも簡単に行える。バーサーカーが攻撃する為に筋肉を動かそうとした瞬間から対応を始めれば、今の士郎であれば充分間に合う。

 

 故に、油断しなければ身の危険はかなり低い────そう判断していた士郎だったが、一つだけ大きな誤算があった。

 

「■■■■■■■!!」

「ぐっ……!」

 

 バーサーカーの剣が地面へ激突した瞬間、まるでダイナマイトで爆発したかのような衝撃が走る。

 とんでもない筋肉から生み出されたパワーはアスファルトどころか下の地表まで軽々と爆散させ、銃弾の如く飛んできた鉄飛沫を既に回避中だった士郎は避けることが出来ず、まともに食らってしまった。

 

「衛宮くん、大丈夫!?」

「あぁ、問題無い」

 

 完全に命中した衝撃で士郎の身体は凛の近くまで吹っ飛ばされたが、『強化』の魔術によって耐久力を上げていたこともあってほぼ無傷だ。

 

「遠坂、あのバーサーカーのステータスは見たか?」

「えぇ、幸運Bを除いて他は全部A以上、しかも筋力に至ってはA+だとか、ウチのアーチャーとは比べ物にならないレベルだわ」

 

 未だに意識が吹っ飛んでいる自身のサーヴァントと見比べて、そのあまりにも大きすぎる差に思わず泣きそうになった凛だが、無い物ねだりをした所で意味が無いと思って割り切る。

 

「体感してみて分かったことだが、奴は今手加減している(・・・・・・・)

「────」

 

 士郎の言葉を聞き、凛は絶句した。さっきの攻撃が手加減されてのものだと?

 

「ど、どうしてそんなことが分かるの?」

「セイバーと比較すれば直ぐに分かる。あれぐらいならセイバーであっても簡単に出来ること、ならばセイバーよりも筋力が優れているバーサーカーの本気があの程度の筈がない」

 

 自然と凛の口から零れた疑問に返ってきたのは納得出来る理由で敷き詰められた厳しい現実の言葉だった。

 

「手加減している理由は不明だが、しかし本気になった奴の斬撃は恐らく俺も避けられない」

「嘘……」

 

 さっきの一撃が手加減したもの。その事実は凛にとって絶望でしかない。

 なんせ、さっきのバーサーカーの攻撃を凛は最初から最後まで全く目で追いきれていなかったのだ。その時点でもうダメだというのに、さらにその上のステージがあるとしたら凛には完全に対処しきれない。

 あの士郎でさえバーサーカーの斬撃は避けられないと言っているのだ。ならば、アーチャーであってもそれは恐らく変わらない。

 

「そ、そうだわ!セイバーを呼び戻しましょう!!4対1ならもしかしたら────」

「却下だ」

 

 生きる為の活路を見出すべく、セイバーを呼び戻すという凛の提案を士郎は容赦無く切り捨てる。

 

「セイバーは今、ランサーの相手で手一杯だ。もし仮に今の状況でセイバーを呼び戻せばランサーまで付いてくることになる」

 

 そうなれば戦況は最悪と言っても過言ではない。バーサーカー単体でさえ手に余るというのに、そこにランサーまで加わればまともに戦ってなどいられなくなる。

 しかも、ランサーのマスターとバーサーカーのマスターが士郎達のように同盟関係でも結んでいたとしたら、互いを攻撃することなく積極的に士郎達を狙ってくるだろう。

 

 少なくともランサーなら確実に士郎を殺しに来る。そう断言出来るが故に、士郎は凛の提案を却下した。

 もしもアーチャーがセイバーの支援をしてランサーを退けるというのであれば話は変わってくるが────

 

「…………」

 

 今ではイリヤのことを見ながら彫像のように身体を固めているアーチャーに支援を期待するなど無理だと士郎は瞬時に判断した。

 

 万策尽きたことで否応なしに凛の脳裏に最悪の状況が浮かび上がる。

 迫り来る石斧剣。脳天から2つに分かたれる己の身体。バーサーカーに斬殺される未来を想像し、迫り来る死の気配に凛の背筋は凍り付く。

 

「■■■■■■……」

「ヒッ……」

 

 白い息を立ち上らせながら、満月を背に悠然と見下ろしてくるバーサーカーに恐怖を抱き、無意識の内に凛は1歩後退る。

 死ぬ。このままでは確実に死んでしまう。いくらアーチャーが居たとしてもバーサーカーに敗北する予感を強く感じ、凛は悔しさと無念を胸に抱きながら静かに目を閉じようとし────

 

「作戦を伝える。俺達でバーサーカーに勝つぞ(・・・・・・・・・・)

 

 だが、続く士郎の言葉で大きく目を見開いた。

 

 思わず士郎の方へと見れば、その顔には絶望といった負の感情は一切浮かんでおらず、いつもと変わらない無表情のままだ。

 しかし、凛には何故か士郎が自身の勝ちを確信しているように見え、叫ぶようにして言葉を絞り出す。

 

「バーサーカーに勝つって……アンタ自分で何言ってるのか理解してる!?あんな化け物相手にどうやって勝つつもりよ!!」

「知れたことだ。奴のマスターを狙えばいい(・・・・・・・・・・)

 

 どんなに最強のステータスや宝具を持っていたとしても、サーヴァントにとってマスターは唯一無二の弱点だ。

 サーヴァントはマスターからの魔力供給が無くなれば数日で消滅する。大英雄クラスのサーヴァントであれば現界するだけでもかなりの魔力を消費し、全力で戦闘などしようものなら数分で魔力が尽きてしまうだろう。

 

 ならばこそ、マスターを狙うのはある意味で言えば正攻法であり、道理でもあった。

 言われてみれば確かにその通りだ。死の恐怖に怯え、冷静さを失っていた凛はようやく気持ちを落ち着かせる。

 

「けど、そんな簡単に上手くいくの?相手だってマスターが狙われるのは分かってる筈よ。何かしらの対策を立ててあってもおかしくないわ」

「かもしれんな。だが、アーチャーの攻撃なら間違いなく通る」

 

 そうやって自信満々に言い切った士郎に、凛は一瞬だけ呆然としかけたが直ぐに我に返って気を引き締める。

 士郎には昨夜の内にアーチャーについての情報や凛の使う魔術についての情報を話してある。それを考慮した上での発言だとすれば、士郎の考えた作戦とやらに乗ってみる価値は充分だ。

 しかし、その作戦には大きな欠陥があった。

 

「アーチャーの攻撃って言っても、肝心のアーチャーはあの調子よ?攻撃なんて出来る筈が無いわ」

「どんな方法でもいい、遠坂がアーチャーの意識を取り戻せ。その間、バーサーカーの相手は俺が務める」

「はぁ!?」

 

 唐突にとんでもないことを口にした士郎に凛は何かの冗談のように思えたが、士郎の表情は真剣そのものだ。

 本気でたった一人でバーサーカーを相手に立ち回ろうとしている。その事実に凛は声を荒らげて反対する。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!!さっき自分で言ったことをもう忘れたの?バーサーカーの本気の斬撃は避けられないって。なら、もしバーサーカーが途中で本気になったらどうするの!?」

「その時はその時だ。どうにかしてみせる(・・・・・・・・・)

 

 どこまでも雄々しく、決して勝ちを諦めようとしない士郎の姿に凛はもはや言葉を無くす。

 この男はどうかしてる(・・・・・・・・・・)。薄々分かっていたことではあったが、今回の件でハッキリと理解した。

 

「この話に乗るか反るかはお前次第だ」

 

 そう言って決意の籠った瞳を向けられ、凛は思わず絶句する。

 

 もし仮にここで士郎の話を蹴ったとしても、士郎はたった一人でバーサーカーへ戦いを挑むだろう。

 全ては善良な無辜の民を守る為。バーサーカーのような周りに大きな被害を撒き散らす存在を士郎が許せる筈が無い。

 

 気合と根性だけでなく自らの命さえ駆使して戦い、最後には昨夜のランサー戦のように相打ち覚悟で大怪我をする光景が凛には容易に見えた。

 

 ならば────

 

「……いいわ、衛宮くんの作戦に乗ってあげる。どうすればいいのか指示を頂戴」

 

 一流の魔術師として、そして士郎を聖杯戦争に巻き込んでしまった責任者として、ここで逃げ出す訳にはいかなかった。

 

「まず、遠坂がアーチャーの意識を取り戻し、その後は復帰したアーチャーと俺でバーサーカーの気を引く。その隙に遠坂がバーサーカーのマスターを遠距離から宝石魔術で攻撃しろ。そこで何かしらの対抗手段があるかどうかを調べる。もしも何も無ければアーチャーを離脱させ、俺1人でバーサーカーの気を引いてる内に遠距離からのアーチャーの狙撃で確実に仕留める。以上だ」

「…………」

 

 しかし、そんな作戦とも呼べない作戦を聞き、「やっぱりやめとけばよかったかな?」と凛は内心で少しだけ後悔した。

 

「衛宮くんってさ……周りからバカってよく言われない?」

「一成からはよく言われるな。それがどうした?」

「いえ、なんでもないわ」

 

 今度、副会長に会った時に何か胃に優しい物でもあげようと決意すると共に、凛はアーチャーの方へと駆け出す。

 

「お前の相手は俺だ、バーサーカー」

「■■■■■■■■ーーーーー!!」

 

 そして、士郎はたった一人でバーサーカーに対峙した。


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