衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ!   作:アタナマ

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今回はセイバー陣営の戦闘シーン。次回はアーチャー陣営の対話シーンです。








技足りず、力足りず

 ────大輪の華を咲かせるが如く、火花が薄暗い闇の中で何度も飛び散る。

 

 セイバーが見えない剣を振り、迎撃するべくランサーが深紅の槍を振る。

 全力で振るわれた剣と槍はぶつかり合う度に大きく火花を散らし、甲高い金属音を奏でる。

 

 まるで楽器を演奏するかのように、セイバーとランサーは飽きることなく何度も何度も互いに己の持つ武器を振るい続けている。

 戦いが始まってから僅か数分しか経っていないというのに、既にセイバーとランサーが武器を交えた回数は百以上にも上っていた。

 

「セイッハッ!」

「オラァッ!」

 

 一撃ごとに気合と殺意を込め、一般人ならばたった一太刀で細切れになってしまう斬撃を繰り出すセイバーとランサーの戦いはありえないことに拮抗している(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 万全の身体に加えて魔力放出を使い自身に強化を施しているセイバーと、片腕の腕力のみで戦うランサーの対決。

 これが筋力のステータスがA+であるバーサーカーならばまだ納得は出来る。しかし、ランサーの筋力のステータスはBだ。

 

 常にステータスが変動しているとはいえ、セイバーの筋力のステータスはAにも及ぶ。ましてや今は魔力放出を使用しているのだから、実質的なステータスはバーサーカーにも引きを取らない。

 

 ならばこそ、本来ならこの戦いが拮抗する筈が無いのだ。セイバーが終始圧倒し続け、ランサーは終始圧倒され続ける。ステータスや諸々の要素を含めた場合、それが正しい道理の筈なのだ。

 

 だからこそ、今目の前で繰り広げられている互角の戦い(・・・・・)はありえないことだった。

 

「そこだっ!!」

「甘ぇ!!」

 

 視線と剣先の揺らめきを利用した2重のフェイントを仕掛け、ランサーに自身の攻撃を予測させ僅かに意識を逸らした瞬間、本命である上段からの切り下ろしを繰り出すも、ランサーはずば抜けた条件反射能力を駆使してコンマ1秒も掛けずに巧みな身体捌きと剛腕によって音をも超える槍の一撃を振るい、セイバーの剣をかち上げることで襲い来る攻撃を防ぐと共に隙を作り出して次の自身の攻撃へと繋げる。

 

 まるで鞭のように鋭くしなりながら一瞬で顔面へ迫り来るランサーの蹴撃を直感的に察知していたセイバーは後方へと跳び下がることで躱してみせた。

 

「くっ……」

 

 強い────実際に戦ってみたことでセイバーは改めてランサーの強さを理解し、そして僅かに歯噛みした。

 

 性能としては遥かに勝っているセイバーがこうも圧倒出来ずにいる理由。それは単に、戦闘者としての技巧の差に他ならない。

 聖杯戦争において最優のサーヴァントであるセイバーに技術が無いわけではない。むしろ、その剣術は世界から見ても高位に位置している。

 

 ならばこそ、異常なのはランサーの方だ。彼は片腕を失っているのにも関わらず、そんなハンデを覆す程の技量を有している。

 持ち前の身体能力の高さもあるが、槍の振り方や身体捌きの精度、高速戦闘の最中で攻撃や防御が次の攻撃へと繋げるようにする要領の良さは1つ取るだけでも正しく神がかっていた。

 

 ────しかし、もう1つだけランサーがセイバー相手に拮抗出来ている大きな要素が存在している。

 

「やるな、セイバー。このオレの攻撃をここまで防いだことのある奴は生前でもそう居ねぇ。テメェは間違いなく強い剣士だ」

 

 けどな、と。獰猛な笑みを浮かべながら、続く言葉でランサーは吼える。

 

「あの男に……エミヤ・シロウに勝つまでッ!オレは絶対、誰にも負けやしねぇ!!」

 

 天下へ轟く大英雄の喝破。それをセイバーは真正面から受けた。

 

 ランサーがセイバーに拮抗出来ている1番の理由。それは単純に、負けたくない(・・・・・・)という男の意地だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーとランサーの激戦とは違い、もう1つの方では一方的な防戦が行われていた。

 

「■■■■■■■■!!」

「フッ、ハッ!」

 

 何の強化もされていないのにも関わらず、圧倒的膂力によって振るう剣に風圧を纏わせながら攻撃してくるバーサーカーから士郎は全力で距離を取り続ける。

 

 掠っただけでも重傷、直撃すれば間違いなく即死。しかしそんな攻撃であったとしても当たらなければどうということはない。

『強化』魔術を頭部と脚部の2つに収束させ、見切りと機動力を確保した士郎ならば今の(・・)バーサーカーの攻撃ならば問題無く避けれている。

 

 しかし、それもいつまで続くかは分からない。なにせバーサーカーが本気を出せば士郎の身体を捉えることなど容易いことであり、そもそもの話としてそれ以前に士郎の魔力が尽きるかもしれないのだ。

 

 セイバーがランサーと戦っているということは、マスターである士郎はセイバーの戦闘を支える必要があり、そうなれば士郎の魔力は加速的に減っていく。

 しかも、士郎の保有する魔力量はただでさえ少ない。そんな状態で更に『強化』魔術を全力で駆使しようものならあっという間に魔力は尽きてしまう。

 

 持って10分が限界。サーヴァントを相手するには全く以て足りていないが、足止めをするだけなら充分だった。

 

「■■■■■■■■ーーー!!」

 

 横合いからの一閃。士郎の上半身と下半身を別つべく放れた鉛色の斬撃。しかしそれを士郎は既に見切っていた。

 距離は充分にある。1歩後ろへ退けば、例え深く踏み込まれたとしても避けることは可能だ。

 

 ならば先程までと同様に避ければいいのだが────士郎は敢えてその選択を放棄する(・・・・)

 時間を稼ぐだけならば、避けることだけに専念していればいいのだろう。だが、士郎の目的は時間を稼ぐことだけではない。

 

 士郎は最初からバーサーカーに勝つ為に戦っているのだ。アーチャーと凛と共に────ではない(・・・・)

 

 ……いや、凛に言ったことは間違いではないのだ。士郎と凛とアーチャーの三人でバーサーカーとそのマスターに打ち勝つ、それは嘘ではない。

 

 しかし、だ。士郎にとってそれはあくまで最終手段(・・・・)。どうしようもない場合のみに使う手だ。

 どうして士郎がそんな馬鹿げたことを考えているかと言えば、その理由はたった一つ────凛を守る(・・)為だ。

 

 魔術師という要素を除けば、遠坂凛は普通の歳相応の少女だ。

 猫被りが上手く、責任が強く、人に対して素直になれず、困っている人が居れば何やかんや言いながら手助けをする善良な民(・・・・)なのだ。

 

 穂群原学園に通っている。この冬木市に住んでいる。そして、善良な民であること。その3つの要素を満たしている時点で、士郎にとって凛は己が命を賭けて守るべき多くの誰か(・・)の一人に属する。

 

 故に士郎は凛達を当てにしていない。この戦いが始まってから……いや、始まる前から既に士郎はずっと考えていたのだ。

 自分一人でバーサーカーを倒す方法を(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ッ────」

 

 呼吸は一瞬。覚悟は元より完了済み。ならば後は突き進むのみ(・・・・・・)

 

 士郎は1歩、前へ(・・)と踏み出す。たったそれだけで遠目からでも大きく見えたバーサーカーの巨体がより大きくなる。

 その巨大さはさながら御伽噺に出てくる鬼のようだが、士郎は決して臆さない。

 

 自ら死地へと飛び込み、迫り来る石斧剣を見ながら刹那のタイミングを計る。

 そして、ブンッという重圧を伴った風切り音と共に石斧剣は切り払われ────直後、バーサーカーの視界から士郎の姿が消えた(・・・・・・・・)

 

「■■■■■■■ーーーー!?」

 

 生物は自分が予想だにしていなかった突拍子もない出来事が目の前で起きた時、一瞬だけであったとしても必ず驚愕する。

 それは理性を失った狂戦士にも言えることであり、いきなり目の前から人が消えればバーサーカーとて驚きもする。

 

 僅かに生まれた硬直時間。例えそれが刹那の間しか無くとも、英雄ならば見逃しはしない。

 

「────どこを見ている」

 

 右の方から聞こえてきた士郎の声。反射的に顔を右へと向けた時、バーサーカーの目に飛び込んできたのは────石斧剣の上に飛び乗っている(・・・・・・・)士郎の姿だった。

 

「シッ!」

 

『強化』魔術によって身体能力が跳ね上がっている士郎は、足で思いっ切りバーサーカーが持つ石斧剣を蹴り飛ばし、大砲で発射されたかのような勢いでバーサーカーの顔面へと迫る。

『強化』された士郎の脚力に耐えきれず、剣を持つ手からガクッと体制が崩れたバーサーカーは一瞬で迫り来る士郎に対応することが出来ない。

 

「オォッ!!」

 

 この一瞬のみ、士郎は他の部位への強化を切って『強化』魔術を右手にだけ発動させる。

 文字通り、それは岩をも砕く拳。直に受ければセイバーとて無事では済まされない威力を伴った拳撃。

 気合と共に放たれた士郎の鉄拳はバーサーカーの顔面へと見事に直撃し、そのままバーサーカーの頭蓋を砕く────筈だった。

 

「ぐっ……!?」

 

 バーサーカーの顔面を殴った直後、士郎の拳に鋭い痛みと痺れが走る。

 まるで生身の拳で鋼鉄の鉄板を殴ったような感触。とても人を殴ったことで得られるような感触ではなかった。

 

 いくらサーヴァントと言えど身体は人体だ。どれだけ鍛え上げたところでこんな鋼のように硬くなるなんてことはありえない。

 ましてや強化された士郎の拳だ。それで貫けないのはあまりにもおかしいが、しかしサーヴァントにはそれを可能とする物がある。

 

「宝具、か!」

 

 バーサーカーが何処の英霊なのかは知らないが、この身体の硬さが宝具によるものならば納得が行く。

 竜の血を浴び、雫を飲み、不死身の身体となったジークフリートのようにバーサーカーの身体も宝具で不死身を得ているのであれば、士郎の攻撃が通らないのも無理はない。

 

「ならば────」

 

 攻撃が通らないと瞬時に判断した士郎は、拳を逸らして殴り抜けることで衝撃を分散させると共にバーサーカーの視界を塞ぐ。

 

「■■■■■■■■■■■ーーーーーー!!」

 

 視界を塞がれたバーサーカーは我武者羅に腕を振り回す。当たってしまえば人など木っ端微塵に吹き飛んでしまうバーサーカーの拳を、士郎は先程までと同様に『強化』魔術を足と頭に施して即座に離脱することで回避する。

 

「アハハハハハ!すごいすごい!お兄ちゃんってば曲芸士みたいね!」

 

 そこまでの攻防を見ていたイリヤは、両者が離れたタイミングを見計らって狂ったかのような歓喜の笑みを浮かべながら士郎のことを褒め称えた。

 

「さっきの動きもどうやったのか全く分からなかったし、お兄ちゃんは見てて面白いわ!」

 

 だから、と。天使とさえ見間違う程に可憐で、されど狂気に歪んだ醜い笑みをしながらイリヤはバーサーカーへと命令する。

 

「バーサーカー!もう少し本気を出してもいいわよ!」

「■■■■■■■■ーーー!!」

 

 少女の命令に応えるべく、バーサーカーの咆哮が大気を轟かす。

 

「さぁ、その程度の攻撃じゃあバーサーカーには通らないわよ?もっと気合入れて頑張って、私を沢山楽しませてね、お兄ちゃん♪」

「…………」

 

 無邪気な死刑宣告に返す言葉は何も無い。

 ただ、一瞬だけイリヤに嫌悪と悲哀を織り交ぜた瞳を向けた後、士郎はバーサーカーに目を向け直す。

 

 大地を意図も容易く斬り裂く圧倒的な力。生半可な攻撃では絶対に効きはしない鋼の防御力。

 

 なるほど、確かに化け物だ。こんな化け物がゲームにでも登場すれば、間違いなくそのゲームはバランス崩壊したクソゲーに他ならない。

 だが、ここはゲームの世界ではなく現実だ。リセットもチートもありはしない。使えるのは正真正銘自身の身体のみ。

 

 既に敗色濃厚な戦いではあるが、それでも士郎は決して逃げはしない。

 

「お前の情報を可能な限り引き出させてもらうぞ、バーサーカー」

 

 全ては“勝利“を掴む為に────士郎はバーサーカーへ挑む。


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