衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ!   作:アタナマ

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穏やかな日常

 一風呂浴び着替えてから居間へと行くと、そこにはテーブルの上に出来立てほやほやの朝食と1枚の紙が置かれていたが桜の姿は何処にも無い。

 首を傾げながら置かれていた紙を手に取って覗いてみれば、『先に学校へ行きますので、食べ終わった後のお茶碗とかは水に浸して置いといてください。お昼のお弁当は冷蔵庫に入れてあります』という内容の文が書かれていた。

 

 今の時刻は8時30分。我が家から学校までは歩いて十数分はかかるから、桜が先に出掛けるのも納得する時間帯だ。

 となれば、俺も朝食を取っている場合ではないが……問題無い。

 

「走れば間に合うな」

 

 桜ならば必死に走っても学校まで十分程度の時間はかかるだろうが、俺ならば軽く走るだけで数分程度で着く。

 日々の鍛錬がこういう所で生かされるのは我ながらにしてどうかとは思うが、実際それで役に立っているのだから文句は無い。

 

「さて、と」

 

 後輩が作ってくれた朝食を前にして、先程から俺の腹の虫は「早く食わせろ!」と言わんばかりに抗議の声を上げている。

 気合と根性で強引に黙らせて飯を食わずに学校へ行っても1日ぐらいならば問題無く活動出来るが、折角の真心ある料理を無駄にするのは桜に対して申し訳なさ過ぎるだろう。

 

「いただきます」

 

 テーブルの前に座った後、俺は食事の挨拶をしてから桜が作ってくれた朝食を感謝の気持ちを抱きつつゆっくりと味わいながら食べた。

 必然、時間はそれなりにかかる訳で、食べ終わった頃の時刻は8時50分だった。

 

「桜の奴め、また腕を上げたな」

 

 食器を水に浸して台所に置いた後、弁当を冷蔵庫から取り出したりして出掛ける準備をしながら先程食べた桜の料理の味を思い出し、昨日よりも更に美味くなっていたのを実感した。

 これからの桜の料理に期待を抱きつつ教材が入っている鞄を手に持って外へと出て、家に鍵を閉めたのを確認してから俺は学校に向けて走り出す。

 

「あら、おはよう士郎ちゃん。今日も学校?」

「おはようございます。はい、今日も学校です」

 

「おっ!おはよう衛宮!今日は時間ギリギリそうだけど、間に合いそうか〜?」

「おはようございます。ちゃんと間に合うように家は出てますし、そもそも俺はこれまで遅刻したことなんて1度もありませんし、するつもりも無いので大丈夫です」

 

「衛宮ー!俺だー!一緒に学校行こうぜー!」

「よかろう、ならばついて来い」

 

 道すがらにすれ違う近所のおばさんや八百屋のおじさん達からの挨拶を返し、そして偶然にも出会ったクラスメイトである後藤劾以と一緒に通学路を走り抜ける。

 朝はいつもこんな感じだ。人によっては騒々しくて嫌だと思うかもしれんが、俺としては人と触れ合えて中々に楽しいというのが本音であった。

 

「よし、間に合ったな」

 

 学校に着いて時計を見てみれば、現在時刻は8時55分。いつもよりは軽めに走ったが、充分間に合ったようで何よりである。

 

「はぁ、はぁ……え、衛宮、足、速すぎ……」

 

 隣で今にも倒れそうなぐらいに後藤は肩で呼吸をして疲れ果てた様子をしていたが、この程度の距離を走ったぐらいでそこまで疲れるのは流石に大袈裟すぎではないだろうか。

 

「後藤、おまえはもう少し身体を鍛えた方がいいぞ。今日から俺と一緒に鍛錬でもするか?」

「絶対に断る!!」

 

 後藤の身を案じてそう提案したのだが、当の本人は俺の提案を聞き入れるつもりは無いようだ。

 

「何故だ。身体を鍛えれば得することは沢山あるぞ」

「お前の場合は量がおかしすぎんだよ!!何だよ、毎日腕立てや腹筋とかを1000回以上やるって、殺す気か!!」

 

 腕立てや腹筋を1000回以上行ったところで人は死にはしないし、そもそも殺す気なんて毛頭ないのだが、今の後藤の様子を見るからにそんなことを言っても信じてもらえそうに無かった。

 

「分かった。ならば最初は軽めにして500回を目指して────」

「イソガナイトチコクシチャイソウダナー」

「むっ」

 

 棒読みに聞こえたのが少し気になるが、後藤が言うことも一理ある。ここでいつまでも話していては確かに遅刻してしまうだろう。

 

「行くぞ、後藤」

「あ、ちょ、まだ体力が回復してな……」

 

 動き出そうとしない後藤を無視して、俺は下駄箱へと向かう。

 背後から「せめておぶってってくれえええええぇぇぇぇ……」という情けない声が聞こえたような気もするが、知らん。俺はお前の親ではないのだから甘えるな。

 

 後藤を置き去りにしてクラスへと入れば、担任は案の定(・・・)まだ来ていないようだ。

 今日も無事に遅刻しなかったことに安堵しつつ席に座れば、1人の生徒が俺の所にやって来た。

 

「おはよう、衛宮」

 

 どうやら朝の挨拶に来たらしい。爽やかな笑みを浮かべている紫色のワカメヘアーが特徴的な少年に対し、俺も朝の挨拶を返す。

 

「おはよう───慎二(・・)

 

 俺がそう言うと少年────間桐慎二(・・・・)は満足気に頷いた。

 

「衛宮、何度も言うけど朝の鍛錬は少し減らしたらどうだい?君がいつも遅刻になりそうで親友(・・)としてはハラハラしてるんだけど」

「そうは言うがな、慎二。鍛錬というのは己の成長を促す大切な物だ。量を増やすならともかく、減らして疎かにする訳にもいくまい」

「それはそうだけど……」

 

 困ったと言わんばかりに苦笑している慎二を見て、俺はふと初めて出会った頃の慎二を思い出す。

 俺と慎二が出会ったのは中学生の頃。その時の慎二はこんな爽やかイケメン風みたいな感じではなく、嫌味ったらしく見るからに根暗そうな奴だった。

 

 おまけに口も悪く、人前であっても構わず罵倒したりする空気の読めない奴でもあった為、初めて会ったにも関わらず俺はこのままでは慎二が駄目な大人になってしまうのを確信した。

 だからこそ、俺は慎二に教えることにしたのだ。お前のその性格が社会に出たらどのように見られるのか、またその口悪さによってどんな弊害が起きるのか等々を懇切丁寧に。

 

『間桐、俺はお前を必ず真人間にしてみせるぞ』

『は?』

 

 要らんお節介かもしれんが、それでも出来ることなら俺は慎二の未来を少しでも明るく意味のあるものにしたいと思った。

 だからこそ俺は慎二に宣言した通りに慎二を真人間にするべく授業(・・)を開始した。

 あの時の慎二は俺の言葉を嫌がったり、時にはウザがったりして怒鳴り散らすこともあったが、それでも俺は諦めずに数ヶ月に渡り教え続けた。

 

 結果、遂に慎二が折れて俺の言うことを受け入れるようになり、そうやって色々と口調やら性格を変え続けたことで今の爽やかイケメン王子みたいな慎二が誕生したのだ。

 苦労はしたものの、慎二は真人間になれたし、自分を変えてくれた俺に恩義を感じたのか友達を1歩超えた親友になったりと、他にも色々な良いことがあったので頑張った甲斐があったというものだ。

 

「おはよう、衛宮。それから間桐も」

 

 俺と慎二が話していると、今度は眼鏡を掛けた生徒が俺達に朝の挨拶をしに来た。

 

「おはよう、一成」

「おはよう、柳洞。今日も朝から生徒会お疲れ様」

「あぁ、まぁな」

 

 少し疲れた様子をしている眼鏡を掛けた生徒の名は柳洞一成。この穂群原学園の生徒会に所属しているメンバーの1人であり、副会長(・・・)の役職を務めている。

 

「何処ぞの生徒会長様(・・・・・)がいつもギリギリ遅刻しそうな時間帯に来るからな。代わりとして俺が働かなければならないのは当然なことだが……」

 

 ジトっとした目を一成は俺に向けてくるが、それは少し待ってほしい。

 

「待て、一成。俺が仕事をしていたら自分達の仕事まで無くなってしまうから、と言って生徒会長である俺を遠ざけたのはそっちだろう」

「あぁ、確かにその通りだ。お前は自分の仕事だけでなく度を超えて生徒会役員全員の分の仕事までこなそうとするからな。しかし、それをやられては俺達他の生徒会メンバーが居る意味が無い。だからお前を遠ざけるのは必要なことだった」

 

 だが、と。一成は何故か額に青筋を立てながら俺を指差した。

 

「どこからともなく面倒な仕事を持ってくるのはいい加減やめろ!?何だ、学校を囲っているフェンスの修理やパソコンのネットワーク接続をする為の工事って!業者に頼めよ!生徒会は何でも屋なんかでは断じて無いのだぞ!?」

 

 声を荒らげ一成は怒鳴り散らすが、俺は何で一成が怒っているのかイマイチ理解できなかった。

 

「俺が生徒会長としての仕事をしていた時、お前達は挙って何か仕事が欲しいと言っていたではないか。だからこそ、生徒会から遠ざけられた俺が唯一やれることとして、教師の方々や他の生徒達に困っていることはないか聞き込みをしてお前達にそれを仕事として持ってっているのに、いったい何処が不満なんだ?」

「そもさん!」

 

 困っている人を助けられると同時に、自分のスキルアップに繋がる。

 正に一石二鳥と言えるのにいったい何が不満なんだと思っていると、何を思ったのか一成は俺の頭目掛けてチョップを落としてきた。

 

「……何をする」

「何をする、ではない!貴様には人の心が分からんのか!?」

 

 全然避けれるスピードだったとは言え、避けたら避けたで一成がさらに怒りそうだったから敢えて避けずに受けたが、この行動の意図が分からず何なのか聞いてみれば、一成はさらに怒鳴り声を上げた。

 

「まぁまぁ、落ち着けよ柳洞。衛宮がこういう奴だってことはお前もよく知ってるだろ?」

「あぁ……そうだな。よく知っているとも。だからこそ余計にタチが悪い」

 

 慎二が仲裁に入ったことで一成も冷静さを取り戻したようだ。

 だが、2人して俺のことを残念な物でも見るかのような目を向けているのは何故だ。

 

「おい、お前達────」

「おっと、そろそろ先生が来そうだ。僕は先に席に戻るよ」

「俺もだ。貴様にはまだまだ言いたことが山程あるが、それは後にするとしよう」

 

 どうしてそんな目を俺に向けてくるのか理由を聞こうとしたが、2人は俺の言葉を遮って自分の席へと戻って行った。

 

「…………」

 

 色々と聞きたいことはあったが、時間的にもそろそろ席に座っておかないとマズいのも事実。

 昼食の時か放課後の時にまた聞こうと思いつつ、一成があんなに嫌がっていたのだからついでに生徒会の手伝いをしてやろうと俺は決意した。


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