衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ!   作:アタナマ

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不退転の覚悟

 ────聖杯戦争。

 

 それは万能の願望器たる『聖杯』を求めて7人の魔術師達が死力を尽くして殺し合いをする容赦無しの“戦争“。

 戦争に参加出来るのは聖杯より令呪と呼ばれる刻印を身体の何処かに与えられた者のみであり、令呪を手にした魔術師はマスターと呼ばれるようになる。

 

 そして、マスターとなった者は聖杯戦争において必要不可欠とも言える七騎の英霊(サーヴァント)────剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)暗殺者(アサシン)の中から一騎だけ召喚するのを暗黙の了解として義務付けられている。

 前記した7つのクラスについての詳細は省くが、英霊(サーヴァント)とは過去に偉大な功績を立てた英雄が死後、人々に祀り上げられ英霊化したものを、魔術師が聖杯の莫大な魔力によって使い魔として現世に召喚したものだ。

 ただし使い魔とは言っても本質的には全くの別物であり、本来使い魔として扱うには手に余る存在である。

 

 何故なら、英霊(サーヴァント)は人の形をしてはいるものの、基本的に人知を超えた化け物ばかり。

 そんな相手を使い魔として途用するなんて限りなく不可能に近いことだが、マスターに与えられた令呪がそれを可能とする。

 

 聖杯からマスターに与えられる三画の令呪。それは召喚した英霊(サーヴァント)に対して3回のみ使える絶対命令権であり、英霊(サーヴァント)は逆らうことが出来ない。

 

 令呪を使って自分の命令に従えと命じられれば犬のように大人しく従うし、自分を殺そうとするなと命じられれば英霊(サーヴァント)はマスターを絶対に殺せなくなる。

 使い用によっては遠くに居る英霊(サーヴァント)を自分の元へと一瞬で転移させたりすることも可能だが、基本的に令呪はマスターにとって保険であると共に英霊(サーヴァント)を縛る為の鎖。

 

 使い所を見極め、ここぞという時にまで大事に取っておくべき大切な物。それが令呪だ。

 

 しかし────

 

(なんだって衛宮くんが此処に居るのよぉぉぉぉぉぉ!?)

 

 聖杯に選ばれたマスターの1人である遠坂凛は今、無性に令呪を使ってしまいたかった。

 

「オォォォォォォォォォ!!」

 

 雄叫びを上げながらこちらへと突っ込んでくる1人の少年────衛宮士郎。

 その姿を目に捉え、一般人である士郎がこの場に居るということに対して一瞬で混乱に陥った凛は内心で叫ばずにはいられなかった。

 

 今日は聖杯戦争が始まる前の謂わば前夜祭。他のマスターの居場所や引き当てた英霊(サーヴァント)の正体や痕跡の手掛かりを探るべく、全てのマスターが各々の手段で諜報活動していた。

 例に漏れず凛もまた他のマスターや英霊(サーヴァント)について少しでもヒントを得るべく足を使って調べていた所、彼女が通う穂群原学園にて同じく諜報活動をしていた槍兵(ランサー)英霊(サーヴァント)と接敵。

 

 まだ聖杯戦争は始まっていないとは言え敵同士。やむなく交戦となったが凛は自分が召喚した弓兵(アーチャー)英霊(サーヴァント)によって戦線を離脱。

 残されたアーチャーは凛に実力を見せるということでランサーと交戦。弓兵でありながら剣を使うというおかしな戦い方ではあったが、召喚される英霊(サーヴァント)の中でも最速を誇るランサーと見事に渡り合って見せた。

 

 そして、獣の如き敏捷さからランサーの真名を『クー・フーリン』と仮定。これだけでも充分すぎる程に情報を得た。

 後は宝具と呼ばれる英霊(サーヴァント)が1個は必ず持っている必殺技のような物を発動させようとしているランサーからどうやって逃げるか凛が考えていた所で、場面は現在へと至る。

 

(どうして衛宮くんがここに!?今の時間帯なら、普通学校には誰も残っていない筈でしょ!?)

 

 刻一刻と近付いてくる士郎を見て凛は困惑を隠せなかった。

 

 衛宮士郎。穂群原学園の生徒会長にして、冬木市最強と謳われる学生。

 

 曰く、冬木の地に居た数十もの不良グループをたった1人で壊滅させた。

 曰く、根の腐っていた人々の心を改心させ、多くの明るい未来を齎した。

 曰く、弱者を助けて悪を滅ぼす正義の味方。

 

 曰く、曰く、曰く……数々の伝説を持つ彼は誰にも認められる光のような存在であり、彼のことを一方的に知っている人物は数知れない。

 凛とてその1人だ。士郎と話したことは直接無いが、しかし彼のやる事成す事が全て異常であり、いつの間にか自然と目で追ってしまっているのだ。

 

 そんな士郎がこの場に居るという事実に困惑する凛を他所に、先程まで戦い合っていたアーチャーとランサーは突撃してくる士郎を奇妙な物でも見るかのように眺めていた。

 

「なんだァ?威勢よく突っ込んで来てる割りには、魔力の一欠片も感じられねぇが……あれはお前達の仲間か何かか?」

「あんな小僧など知らんよ、ランサー。大方、巻き込まれた一般人という奴だろう」

 

 さっきまで本気で殺し合いをしていた2人が呑気に会話をしている光景に凛は頭がフラッとしかけるが、それよりも士郎の方が衝撃があり過ぎて頭が痛かった。

 

「とりあえず、目撃者は殺しておかないとな」

「っ!?」

 

 士郎のおかげで場の空気が白けたことによりランサーの宝具も不発になったが、槍の矛先は完全にアーチャーから士郎へと移り変わっている。

 状況はさっきよりも最悪だ。一方的に知っているとは言え、何の罪も無いただ巻き込まれただけの士郎が殺されるなんて、遠坂の名において許す訳にはいかない。

 

「衛宮くん!逃げて!!」

 

 咄嗟に声を張り上げて逃げるように指示すると、士郎は一瞬だけ凛を見たが足を止めることなく直ぐにアーチャーとランサーへと目を戻した。

 

「あんっのバカ!?」

 

 人が善意で忠告してやったのに、それを無視するとはいい度胸だ。あとで必ずぶん殴ってやる。

 などと思いつつも、凛は頭の中でこの場をどう潜り抜けるか必死になって考える。

 

 まず一番最初に浮かんだ案はランサーをアーチャーで足止めしつつ、士郎を引き連れて全速力でこの場を離れるというもの。

 しかしこれには不確定要素が多く、もし仮にでもランサーの宝具によってアーチャーが瞬殺でもされれば自分達は逃げる暇もなく殺されるだろう。

 アーチャーの宝具でどうにかなるという線もあるが、残念なことにアーチャーは記憶喪失になっているせいで真名やら宝具やらが不明なので信用出来ない。よってこれは却下。

 

 次に浮かんだのは令呪を使った作戦。令呪による空間転移でランサーを倒すというものだ。

 作戦は実にシンプル。アーチャーにランサーと再び交戦させ、隙を見て令呪を発動。転移させたアーチャーの攻撃によってランサーを確殺する、といった感じだ。

 

 しかしこれもまた実行するにはデメリットが多い。

 まず、令呪とはマスターにとって切り札だ。それをこんな序盤で切ってしまえば後半が辛くなるだろう。

 しかも今の凛は令呪を既に一画失っている。それを考えれば残り二画ある令呪はどんな宝石よりも貴重品だ。

 

 それに、仮に令呪を使ったとしてランサーを確実に倒せるという自信はどこにある?

 むしろ、下手なタイミングで令呪を発動させて逆にアーチャーをランサーに討ち取られる可能性だってあるのだ。あまりにも賭けすぎる。

 

 浮かんでは消え、浮かんでは消えていく数々の案。そうしている内に時間はどんどん過ぎていく。

 

「死人に口なしってな。運が悪かったな、坊主」

 

 そして遂に最速の英雄が槍を構えて士郎へと向けて走り出した。

 

「っ!アーチャー!ランサーを止めて!」

「全く、無茶を言うマスターだ!」

 

 考え事をしていたせいで走り出したランサーに対応出来ず、一拍遅れてから凛がアーチャーに命令すればアーチャーはランサーの後を追って走り出した。

 しかし、一瞬という間でさえ命取り。英霊(サーヴァント)随一の俊足であるランサーにアーチャーは追い付けない。

 

 狭まる士郎とランサーとの距離。これではアーチャーは間に合わないと判断し、咄嗟に令呪を発動させようとした────その時だ。

 

「────」

 

 士郎が何かを呟いた次の瞬間、士郎の姿が消えた(・・・・・・・・)

 

「なっ!?」

 

 驚きに目を見開くランサー。しかしそれも一瞬、獣の如き直感に従ってランサーは持っていた槍を真横へと振り払う。

 直後、ガキィンという音と共にランサーの腕に鈍い衝撃が走る。

 

 見ればそこには、右手に持った木刀を振り下ろした士郎の姿があった。

 

「ッ────」

「うおっ!?」

 

 攻撃を防がれたと判断し、追撃するべく左手に持った木刀をランサーへと振ろうとしたが、そこにアーチャーが近付いてきたことで攻撃対象を変更。

 短く息を吐きながらランサーの持つ槍を蹴り飛ばしてランサーとの距離を離し、蹴った勢いを殺すことなく回転させることで威力を上げた斬撃をアーチャーへと振るう。

 

「なにっ!?」

 

 まさか攻撃されるとは思ってなかったアーチャーは驚きの声を上げながらも即座に対応。黒白の剣で以て斬撃をいなしたが、士郎の攻撃は終わらない。

 木刀を振り切るや否や、片方の持ち手を逆手に切り替え後ろを向いたままアーチャーの喉元を潰すべく正確な突きを放つ。

 

 反射的にアーチャーは上半身を逸らして避けたが、それすらも予想していたのか士郎はその場で一回転しながら体勢を極限まで低くしてアーチャーの足元を狙って木刀を振る。

 常人ならばこれで間違いなく一撃を食らうのだが英霊(サーヴァント)は違う。アーチャーは足に力を込めてジャンプし、バク転の要領で士郎の攻撃を避け、地面に足が着いた瞬間にバックステップをして士郎の攻撃範囲内から離脱した。

 

 たった十数秒で行われた攻防。それが如何に人並み外れているか理解出来なかった者はこの場に居なかった。

 

「来るがいい、超人(ばけもの)ども。生徒は傷つけさせん!!」

 

 先程までとはまるで違う。微弱な魔力と常人には決して出せない威圧感を放ちながら、不退転の覚悟を持って衛宮士郎は2人の英霊の前に立った。


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