突如始まった生身の人類vs歴史に名を残した英霊との真剣勝負。それを完全に観客視点で見ている凛は、驚き過ぎて逆に冷静になっていた……気持ち的には。
「ねぇ、アーチャー。私も頑張れば英霊と張り合えるのかしら?」
『正気に戻れマスター。魔術師であったとしても、生身の人間には決して無理だ』
目の前の現実を受け止め切れず、思考回路は今も乱れたままの状態。
よくギャグ漫画などでキャラクターの目がぐるぐる巻きになっている描写があるが、今の凛は正しくそれと同じ目をしており、アーチャーはそんな凛を不憫に思いながら必死に諭していた。
……ちなみにこの時アーチャーは霊体化しており、ちゃっかり戦線から離脱して安全圏の中に居る。
「大丈夫よアーチャー。ほんの少しの魔力しか感じ取れない衛宮くんが、あぁやってランサーと互角に戦っているもの。なら、私だって出来る筈だわ」
『無理だ。というより、それは普通の人間が出来ちゃいけないことだぞ』
「じゃあアレはなに!?実は衛宮くんも英霊だったとでも言うつもり!?もしそうなら、同じ学校に通っておいて一欠片もそれに気付けなかった私は魔術師として失格ね!あっははははははは!!」
『マスター……』
とうとう壊れた玩具のように笑い始めた凛に、アーチャーはかける言葉を見い出せず、目を背けるしかなかった。
アーチャーと凛がそんな風にコントじみた会話をしている最中、士郎とランサーの戦いはさらに激化していた。
繰り出される斬撃の嵐。それをたった一撃で粉砕する真紅の稲妻。更にその稲妻を切り裂く鋼鉄の斬撃。
時折見せる常人離れした技の流麗さは見事なまでに素晴らしいが、それを上回る程に力と力が真正面からぶつかり合う荒々しい両者の攻撃が戦闘を印象付ける。
相手の繰り出す攻撃をより強い力で捩じ伏せ、捩じ伏せられればさらに強い力で捩じ伏せ返す。
まるでイタチごっこのような光景がいつまでも続き、戦闘は終わる気配を一向に見せない。
「クハハ、アハハハハハハハハ────ッ!!」
そんな戦いの中、槍を振るいながらランサーは笑う。
初めて玩具を与えられた無垢な子供のように、楽しげな笑い声を上げ続ける。
「いいぞ、もっとだ!もっとお前の力を見せてくれ!!」
「言われるまでもない」
ランサーが力を込めて槍を振るえば、それに応えるかのようにして士郎の木刀がさらなる力を持って振るわれる。
いくら魔術で『強化』されているとは言え、普通の人間が出せる筋力の限界などとうに超えているというのに、士郎の力が劣ることは決して無い。
まるで
何故ならば、今の士郎が出している力は
もはやランサーの中に士郎が一般人という認識は無い。この生身の人間でありながら英霊の領域に足を踏み入れている衛宮士郎という男は紛れもなく現代を生きる英雄に他ならない。
なればこそ、加減など一切しない。常に全身全霊、全力全開で相対する。
それが目の前の英雄に対する礼儀であり、ランサーから送る感謝の気持ちなのだ。
────そうだ、俺は感謝している。この聖杯戦争に参加出来たことを、そしてお前という益荒男に出会えた運命を。
“死力を尽くし、強者と戦う“。それこそが俺の唯一無二の望みであり、古今東西の英霊が集う聖杯戦争は正にうってつけの場所だった。
聖杯なんて物は別段欲しいとは思わない。自分の願いは自分の手で叶えてこそ意味がある。物に頼って願いを叶えるなんざ女々しいだろうが。
だから
そう思っていた矢先に出会った強者。それがお前だ、エミヤ・シロウ。
能力を隠そうともしない、卑怯な手を打とうともしない、勝ちを諦め逃げようともしない。
手の内を晒そうとも決して諦めずに不退転の覚悟を決め、勝つ為の活路を見出す為に死地さえ恐れず突っ走り、真っ向から力でぶつかってくるお前は正に理想の強者だ。
そうだ、強者っていうのはそういうもんだ。相手が格上であろうと自分の力を信じ、どんな手段であれ勝利を得るためならば僅かな可能性であろうと掴み取ろうとする強い意志を持った奴のことを言うんだ。
俺がそうであるように、お前もまたそうだ。身体だけでなく心まで強ぇ奴。そう言った奴は人々から英雄と呼ばれる。
だから俺はエミヤ・シロウを1人の英雄として認める。例えまだ何の英雄譚も成し遂げていないのだとしても、この男ならば必ず歴史に名を残すような何かを
確証なんて無いが、それでも確信していた。なんせ、この男は英雄として生きた俺達と同じで
だからこそ────
「悪ィな」
ランサーは謝りの言葉を放ちながら心の底から思った。
もしもサーヴァントになった今ではなく、生前の頃の自分と出会えていたならば。
もしも衛宮士郎が今ではなく、もっと技術や体格といったあらゆるステータスが成長し、完成しきった状態で出会えていたならば。
もしもマスターが今の人物ではなく、前のマスターだったならば。
もっともっともっと────この英雄と心置き無く最後まで戦えたというのに。
「ハッ!!」
「っ!?」
木刀と槍で殴り合っていた今までの戦いを断ち切るかのように、ランサーは魔力を一瞬だけ解放して空中に何かの文字を描くとその文字は火の玉と成って士郎へと飛んでいき、士郎がそれを斬り落とすタイミングに合わせてランサーは後方へと大きく跳んで士郎から距離を置いた。
「悪いな、エミヤ・シロウ。痺れを切らしたマスターからいい加減決着をつけて帰ってこいって催促されてな。そろそろこの戦いも終わらせなきゃなんねぇ」
「なに……?」
マスターという単語を聞いて疑わしそうに目を細める士郎を見て、やっぱりこの男は聖杯戦争について何も知らないのだとランサーは理解した。
本当に巻き込まれただけの一般人……いや、巻き込まれただけの英雄に過ぎない士郎に対し、ランサーはこの戦いが始まってから初めて朗らかに笑って見せた。
「まっ、冥土の土産に聖杯戦争について教えてやってもいいが……あぁ、分かったから黙ってろよマスター」
マスターとサーヴァントを繋ぐパスにより送られてくる念話を聞き、ランサーはげんなりとしながら適当に答えると、最初の時のように槍を後ろ手に構えてクラウチングスタートの格好を取った。
「楽しませてくれた礼だ────その心臓、貰い受ける」
「────ッ!!」
そう呟くや否や、ランサーの槍に真紅の魔力が迸り、それを見た士郎は警戒をより一層強くする。
「いくぜぇッ!!」
警戒する士郎を前に、弾丸の如くランサーは飛び出す。
そして────絶対に放たれてはならない魔槍が解き放たれる。
「
槍の先端より解き放たれた真紅の魔力は稲妻の軌跡を描きながら士郎の心臓を貫くべく差し迫る。
唯ならぬ魔力を感じ、強く警戒していた士郎は一瞬で防御へと移行。木刀に全魔力を注いで『強化』を施す。
「ぐっ……!?」
最大強化を施した木刀と真紅の魔力がぶつかり合い、あまりの衝撃に身体が吹っ飛びそうになるのを足腰に力を入れて耐える。
筋肉の筋1本足りとも力を抜けない。もしも少しでも力を弱めようものなら確実に自分が死ぬ予感が士郎にはあった。
鬩ぎ合う魔力と木刀。1秒ごとに失われていく魔力を補填するために全力で稼働し続ける魔術回路が焼き切れそうになる。
口から血を吐き出し、頭の血管が幾つも切れたようか音が聞こえたが関係ない。今ここで踏ん張らなくてどうするというのか。
「オォォォォォ────ッ!!」
弱音を吐く己の身体に気合い一喝。無理をしてでも自分の都合のいい道理を押し通す。
そして暫くして、ついに真紅の魔力が掻き消える。全身をボロボロにさせながらも、何とか凌ぎ切ったことに士郎が安堵した────刹那。
「あ、がっ……!?」
胸に走る激痛。視線を下に移してみれば、そこには消えた筈の真紅の魔力が士郎の心臓部を刺し貫いていた。
「無駄さ。コイツは因果を逆転させる呪いの槍。防御したところで心臓を刺し貫かれるという因果は余程の幸運でも無けりゃ絶対に変わりはしねぇ」
いくら化け物じみた身体能力を持っていたところで、心臓を刺されて動ける人間は一人もいない。
地面へと倒れかけた士郎の身体をランサーは支え、そっと地面に下ろす。
「……最後まで武器は手放さなかったか」
士郎の手には今も木刀が強く握られており、それが最後まで戦ってみせるという士郎の強い意志を体現していた。
「じゃあな、エミヤ・シロウ。お前と戦えて楽しかったぜ」
その言葉は本当に強い英雄として最後まで戦ってみせた士郎に対する大英雄クー・フーリンからの敬意を表したもの。
安らかに眠れ、と。そう言い残してランサーが背を向けた────その時だった。
「────まだだ」
背後から聞こえてきた声。それはもう聞ける筈の無い声であり、驚愕するランサーは咄嗟に背後を振り向こうとした。
だが、それよりも先にランサーの身体に衝撃が走る。
「な、にっ!?」
肩から脇に掛けて走った強い衝撃と激痛。見れば、そこにある筈の腕は無くなっており、砕け散った木刀の破片と共に鮮血を撒き散らしながらランサーの腕が宙へと舞っていた。
本日何度目かも分からぬ驚愕。しかし今回のはケタが違っていた。
死んだと思っていた。もし仮に生きていたとしても、動ける筈が無いと思っていた。
なのに、なのになのになのに─────
「何で立ってやがる!?エミヤ・シロウッ!!」
ランサーの視界に映るのは一人の男。
全身から血を噴き出し、心臓のある胸からは見るからに致死量の血が流れているのにも関わらず、砕けた木刀の柄を捨ててもう一本の木刀を強く握り締めて構える────衛宮士郎の姿だった。
「決して譲らん。勝つのは俺だ」
今にもくたばりそうな死に体でありながら、士郎の瞳はギラギラとした光を放っている。
─────士郎はこの時をこそ待っていたのだ。ランサーが完全に油断した瞬間、一撃を叩き込める致命的な隙を。
本来なら木刀が折れて完全にこちらが油断した演出をし、攻撃してきたランサーの槍を
意識が朦朧としたせいで手元が少し狂ったものの、やるべきことは何一つとして変わらない。
今こそ成すのだ────
「ハァッ!!」
呆然として防御すらしないランサーに向けて、士郎は『強化』された木刀を振り下ろし────空を切った。
目の前に居た筈のランサーは一瞬、赤い魔力に身を包まれたかと思った次の瞬間には姿を消し、この場から居なくなったのだ。
斬る対象を失った木刀はそのまま地面へと突き刺さり、『強化』が切れたと同時に粉々に砕け散る。
そして、士郎の身体もまた地面へと倒れ伏す。
「ちょ、衛宮くん!?」
誰かの声と駆け足で近付いてくる足音を最後に、士郎の意識は闇へと消えていった。