衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ!   作:アタナマ

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7人目のマスターと成りて

 ────次に意識を取り戻した時、俺は暗闇の世界に居た。

 

 右も左も、上も下も、全方角を見てもあるのは闇、闇、闇。

 形容するとすれば正しく闇の世界。先程まであった筈の校舎や校庭はこの場の何処にもない。

 この世界にあるのは闇の中に佇む自分の姿だけ。他には何一つとして存在していなかった。

 

「ここが死後の世界……というやつか」

 

 最後の記憶に残された明確な死。心臓を刺され、致死量の血を流していた自分があの状態から助かる道理は無く、ならばここは死んだ後の世界ということになるのだが、意外に殺風景な所過ぎて面白みも何も無い、というのが正直な感想だった。

 テレビや雑誌なんかではよく三途の川があるだの、閻魔大王が居るだのと言っていたが、どうやら全部嘘っぱちのようだ。

 

 やっぱりそういった物は当てにならんな、と思っていると不意に足元に何かが絡み付いた感触と共に視線がガクッと低くなる。

 視線を足へと向ければ、そこには影のような黒い何かがまるで捕食するかのようにして俺の足へと纏わり付いており、それはゆっくりとだが徐々に足先から胴体の方へと向けて上ってきているのが感触で分かった。

 

 ────これに呑み込まれたら最後、衛宮士郎という人物は完全に消滅する。

 

 直感的にそう感じ取るも、俺にこれをどうにかする手段は無い。

 死した人間が蘇るのはアニメや漫画の世界だけ。なればこそ、これは定められた終わりであり、どんな人間であろうと黙して受け入れるしかなく────

 

「否、まだだ(・・・)

 

 しかし、それを俺は否定する。

 

「これが終わりだと?これが運命だと?冗談ではない、認めるものか。俺はまだ、何も成せていない(・・・・・・・・)

 

 父に拾われた10年前────今も尚覚えているあの地獄の日から、俺がやってきたのは自分を鍛えることだけだ。

 そしてそれは来るべき時(・・・・・)に向けて行っていたに過ぎず、その時は未だ訪れていない。

 

 だというのに、死を受け入れろと?諦めてこのまま影に呑まれて消滅しろと?

 

「────笑止。悲願を果たせぬまま死ぬなど断じて認めん」

 

 あぁそうだ、認めない。認められる筈が無い。こんな終わり方があってたまるか。

 助かる手段が無かろうと関係ない。これは俺の意地(・・)だ。

 

「こんな馬鹿げた結末が定められた運命であると言うのであれば─────」

 

 やるべきことは、ただ一つ。

 

破壊する(・・・・)。粉々に砕き、壊滅し、一欠片も残さぬよう徹底的に潰すのみ」

 

 さぁ、やるべきことは見つかった。あとは実行へと移すだけだ。

 方法なんて一切分からないが、やると決めたならやり通す(・・・・・・・・・・・・)。その方針だけは今までも、そしてこれからも変わることは決して無い。

 

 体内にある魔術回路を全て起動させ、焼き切れる勢いで稼働させる。

 遮二無二に身体を動かした所で恐らくこの影に意味は無い。なればこそ、魔術による渾身の一撃に頼る他なかった。

 刻一刻と迫り来る影。既に胴体の半分ぐらいまで上がってきており、完全に呑み込まれた下半身は身体としての感覚が一切無い。

 

 影の侵食スピードを考えれば、チャンスはたった1度きり。この1回に俺は俺自身の全てを叩き込む。

 

「消え失せろ闇よ。俺はまだ死ねんのだッ!」

 

 全魔力を右手へと注ぎ込み、過去最高にまで『強化』された拳を強く握り締めて世界そのものへと叩き付ける────刹那。

 

『────そうだ。それでこそだ、我が宿敵よ(・・・・・)

 

 聞いたことのあるような、しかし聞いたことの無いような気もする声が耳に届いた直後、叩き付けられた拳によって世界は反転する。

 闇一色だった世界が今度は光一色へと移り変わり、あまりにも眩しすぎる世界を前にして思わず目を閉じた。

 

 そして暫くしてからそっと目を開けてみれば、そこに光の世界は無かった。

 代わりにあったのは1つの部屋。使い古されたタンスや、シミが出来ている天井など、何処か見慣れた光景が目に映る。

 

「俺の部屋、か……?」

 

 視界に入っているのは紛れもなく俺の自室。まさかこれまでのことは全て夢だったのか、と一瞬そう思ったがそれは俺が今着ている血塗れの制服が否定していた。

 状況をいまいち理解出来ずにいると、不意に部屋と部屋を遮る襖がゆっくりと開いた。

 

「あっ、良かった。気が付いたみたいね」

 

 そう言いながら入ってきたのは一人の少女。長い黒髪をツインテールにし、赤い服を身に纏った彼女のことを俺は知っていた。

 

「遠坂凛……?」

「そうよ。初めまして、衛宮士郎くん」

 

 優雅に微笑みながら何処ぞの令嬢のようにお辞儀をする遠坂を見ながら、俺は首を傾げる。

 容姿端麗で文武両道、しかも才色兼備のミス優等生として彼女はうちの学校で有名であり、多くの生徒から憧れの的として見られている。

 そんな彼女が何故俺の部屋に?と俺が疑問に思っていると、部屋の中に入ってきた遠坂は襖を閉めることもせずにズカズカと近付いてくるや否や俺の胸ぐらを掴み上げた。

 

「さぁ、目が覚めたのならキリキリと話してもらおうじゃない。アンタのことや、サーヴァントと戦えたカラクリをね」

「は?」

 

 全く目が笑っていない笑みを浮かべながらまるで不良の恐喝のようにそう口にした遠坂の姿からは、先程まで感じられた優雅さが微塵も感じられなかった。

 豹変した遠坂を半ば呆然と見つめていると、俺のその様子をどう受け取ったのか彼女は額に青筋を立てた。

 

「こちとら瀕死の重傷だったアンタの治療をする為に御先祖様が遺してくれた貴重な宝石を使ったり、生徒手帳に書いてある住所を見て態々ここまで気絶しているアンタを連れて帰ってきてあげたりしたんだから、何も話さないなんて絶対に許さないわよ」

 

 キッと目を吊り上げ、絶対に逃がさないと言わんばかりに目をギラギラと光らせる遠坂の姿には少しばかり困惑を覚えたが、俺とて色々と知りたいことが沢山ある。

 現状を正確に理解するべく、俺は遠坂との話し合いを開始した─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり何?アンタはその養父の人から魔術を教わっただけのほぼ一般人で、サーヴァントと渡り合えたのは特別な魔術とかを使った訳でもなく、単なる気合いと根性だったってわけ?」

 

 場所を居間に移し、服を着替えてから遠坂との情報交換をすること凡そ十分後。俺は遠坂から聖杯戦争やサーヴァントについての知識を手に入れ、遠坂には俺の一部の過去や学校で行った戦いについて教えた。

 その結果、「何それ意味わかんないぃぃぃ……」などと言いながら遠坂は頭を抱えて机に突っ伏しているが、彼女のおかげであの超人(ばけもの)どもの正体を知ることが出来たのは僥倖だ。

 

「遠坂、サーヴァントっていうのは基本的に全員あれ程までの戦闘力を有しているのか?」

「そうでもないわ。サーヴァントの力はクラスだけじゃなくて召喚された地での知名度とかでも左右されるの。例えば世界的にも知名度が高い大英雄とかならさっきのランサーみたいに強いステータスを持っているし、そこまで有名じゃないサーヴァントのステータスは軒並み低いわ。まぁそれでも普通の、ふ・つ・うの人間じゃ到底敵わないけどね」

 

 普通という単語を強調し、まるで俺が普通じゃないと言外にそう言っている遠坂には悪いが、俺の場合はあくまで普通だろう。

 俺があそこまでサーヴァントと戦えたのも、単にこれまでの鍛錬が生きたから。

 つまり、誰であろうと本気になって身体を鍛えればサーヴァントと戦えるぐらいには強くなれるということであり、そう考えれば俺は普通の一般人に過ぎないだろう。

 

 ……だがそれは十年単位で毎日努力し続ける必要があり、それが普通の人間では出来ない事だと言われてしまえば何の反論も出来ないのだが。

 

「それにしても、聖杯戦争か……」

 

 7人のマスターがサーヴァントを使って殺し合い、最後の一人になった者が万能の願望器たる『聖杯』を手に入れる戦争。

 そんなものがまさかこの地で行われているなんて思ってもおらず、あんな目にあったというのに実感が湧いてこない。

 

 ────しかし、それはそれとして、だ。

 

「遠坂、俺も聖杯戦争に参加するぞ」

「はぁ!?」

 

 俺がそう言うと、遠坂は目を見開いて驚いた。

 

「アンタ私の話ちゃんと聞いてた!?」

「あぁ、聞いていたとも」

 

 7人の人物が胸に秘めた願いを叶えるべく“勝利“を目指す。それだけ聞けばなんともバトルマンガによくありそうな展開だ。

 しかし、実際はサーヴァントという正真正銘の化け物達に行われる周りを一切考慮しない地獄の闘争。そこにこの街で生きる人々の安寧は存在しない。

 

 戦う術を持たず、力も無く、今という穏やかな時間を過ごす人々がサーヴァント同士の戦いに巻き込まれたら最後、待っているのは“死“だけだ。

 

「サーヴァントを含め、お前達マスターが殺し合いをするのは別に構わん。それはお前達の純然たる私闘であり、俺が口出しするようなことではない。だがな、戦いの余波でさえこの街に住む民達に危険が及ぶというのであれば話は別だ」

 

 この街には何十万人もの人々が住んでいる。その人数が聖杯戦争によって果たしてどれだけ減らされると言うのであろうか。

 十か、百か、それとも千か。ともすれば万を超える可能性だってあるだろう。

 

 いや、もしかしたらそれ以上の可能性もある。万能と言われている程の『聖杯』を手にしたマスターが、もしもこの世の破滅を願ったりしたら果たしてどうなる?

 この街だけでなく全世界という規模で数えるのも馬鹿らしくなる程の人々が死に絶え、世界は本当に終末を迎えるのではないか?

 

 あくまでこれは俺の想像の中での話でしかないが、しかし10年前に起きた大災害によって多くの人々が亡くなった時のように、今度は誰かの手によって人為的に沢山の人々が殺される羽目になるなど断じて見過ごせん。

 

「例え相手が何であれ、誰であれ、俺は全てに勝利して(・・・・・・・)聖杯戦争を必ず止める。人々の生きる未来は決して奪わせはしないッ!」

 

 そう強く断言した次の瞬間、突如として俺の右手に赤い魔力が迸る。

 それはあの時、俺が気絶する直前にクー・フーリンと名乗っていた槍兵が姿を消した時に見た物と全く同じだった。

 

「嘘っ、まさかそれって!?」

 

 遠坂が驚きの声を上げながら立ち上がると同時に、赤い魔力はフッと消えた。

 魔力の消えた後に残された俺の右手の甲には、幾つもの刀を重ね合わせたかのような不思議な形をした紋章が刻まれていた。

 

「令呪……ってことは、意志力1つで『聖杯』に参加を認めさせたっていうの?嘘でしょ?」

 

 そう呟く遠坂の瞳は、生きていた頃の俺の父によく似ている死んだ魚のような目をしていた。

 


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