────どうしてこうなったのだろうか。
目の前で繰り広げられている光景を眺めながら、凛は言葉に出さずに胸の中でそう呟く。
「そこッ!」
「甘いぞ、セイバー。俺がマスターだからと言って遠慮することはない。もっと本気を出せ」
「ぐっ……言ってくれますね。本当に怪我をしても知りませんよ、マスター!」
場所は衛宮家にある道場。そこでは今、この家の家主である衛宮士郎と、1人の英霊が竹刀を持って腕試しという名の本気に近い殺し合いが行われていた。
校庭で見せたランサーとの戦いのように『強化』の魔術によって目にも止まらぬ速さで竹刀を振るう士郎に、人類を超越した存在である英霊が僅かでも圧されている光景は凛の中にあった英霊に関する知識に罅を入れさせ、思わず「英霊ってなんだっけ?」と改めて考えさせられるぐらいにはありえない物だった。
あまりにも非現実的すぎる光景を生み出している張本人は、ちゃんとそのことを理解しているのか、いないのか。
どうせ分かってないんだろうなぁ、と思いつつ凛は呟く。
「ほんと……どうしてこうなったのかしら」
☆☆☆
────事の発端は少し前のこと。
「衛宮くん、これからサーヴァントを召喚するわよ」
士郎が令呪を授かったことにより、暫しの間だけ現実逃避していた凛は正気に戻るや否や開口一番にそう告げた。
「急だな、遠坂。いきなりどうした?」
「どんな理由であれ、令呪が現れたということはアンタがマスターに選ばれた証よ。なら、サーヴァントを召喚しないといけないわ。じゃないと、他のマスターと敵対した時にサーヴァントとマスターの2人から狙われることになるわよ」
魔術師としての知識は幾らかは知っているが、聖杯戦争に関することは全くと言っていい程に無知であった士郎の為を思っての提案。
敵に塩を送るような行為だが、関わってしまったからには最後まで関わろうとする彼女の責任深い性格がそうさせた。
……それになにより、この明らかに人間をやめた身体能力を持っている士郎が下手に一人でサーヴァントを召喚した場合、何かヤバい英霊を呼び出す予感がして見過ごせなかったというのが1番の理由だ。
「分かった。どうすればいい?」
「まずは魔法陣を用意するの。本来なら家畜とかの血液を使うのが正しいんでしょうけど、水銀や融解した宝石とかでも代応できるわ。後でウチにある要らない宝石とかを取ってくるからそこは問題無し。魔法陣の書き方や召喚する時の呪文もちゃんと教えてあげるから安心して」
だけど、と。そこで凛は口を閉ざした。
英霊召喚において最も大事である、英霊との繋がりを持つ為の『触媒』。それを今から用意することは凛には出来ない。
何も必ず要るという訳では無いし、かく言う凛は『触媒』無しで英霊を召喚してみせたのだから無くても問題無いと言えるが、その結果がサーヴァントの記憶喪失だったりステータスが低かったりだのであり、散々な目に遭っている最中だ。
それに、『触媒』というのは特定の英霊を引くために使う物。もしも士郎が凛と同じく『触媒』無しで英霊を召喚した場合、現段階で残されたサーヴァントのクラスはセイバーのみであり、となれば剣に関わる逸話を持つ英霊が呼ばれることは推察できるが、そこから先は完全に運任せのランダムとなる。
もしこれで『叛逆の騎士』として悪名高いモードレッドでも召喚されれば、この地は本当に更地になるかもしれないのが凛には容易に想像することが出来た。
冬木の地を管理しているセカンドオーナーとして、そんなことをさせる訳にはいかない。安心で且つ安全なサーヴァントを呼ぶ為にも『触媒』が必要だ。
「衛宮くん、アナタ曰く付きの物とか持ってない?例えばその……ジャンヌ・ダルクが持っていた剣とか」
「そんな物がある訳ないだろう」
馬鹿を見るような目を向けてくる士郎に対して少しイラッとしたものの、聖女として名高いジャンヌ・ダルクを引ければ一先ずは安心できるので試しに言ってみただけであり、そんな物が一般家屋に置いてある訳ないことは凛としても最初から分かりきっていたので特に反論はしなかった。
「じゃあ剣でも何でも構わないから何か無い?英霊を召喚するのに必要なのよ」
「そうか……なら、何かないか探してみるとしよう」
「ちょ、衛宮くん?」
凛の話を聞いた直後、立ち上がって何処かへと歩き去っていく士郎に困惑しつつ、慌てても凛も立ち上がって後を追いかける。
「どこに行くつもりなの?」
「我が家にある土蔵だ。昔、父が海外から取り寄せていた変な物とかを全部纏めてそこに置いてある。探せば何かあるやもしれん」
「そうなんだ……」
士郎は特に気にしていないようだが、亡くなった人の話を急にされたことで凛は反応に困ってしまい、つい返事が雑になってしまった。
そのことを分かっているのだろう。士郎は凛に対して何かを言うこともなく無反応のままだった。
「それより遠坂、英霊を召喚するのに注意すべきことは何かあるか?」
「そうね……上下関係はしっかりと分からせることかしら。サーヴァントって言っても相手は元人間だし、初見でいきなり上から目線とかで話す奴も居るから『マスターであるこっちが上なんだぞ』ってはっきりと分からせてやるの。自分なりの手段を使って言うことを聞かせるのが1番だろうけど、最悪の場合は令呪を使って言うことを聞かせるようにしても構わないと思うわ」
自分みたいに、という言葉は流石に口に出さず胸の中にしまっておいた。
「自分なりの手段、か……」
「まぁそこは今のうちに考えておけばいいわ」
凛と士郎がそんな話をしている内に蔵へと着き、入口の施錠を解除してから共に中へと入れば、きちんと整理整頓された状態で置かれている沢山の物品が凛と士郎を出迎えた。
「へぇ、ちょっと意外。こういうとこってもっとゴチャゴチャとしてて汚い感じだと思ってたわ」
「全員が全員そうとも限らん。俺は汚いのが嫌だから整頓も掃除もしているだけだ」
「衛宮くんって案外マメな性格をしているのね」
意外な一面を垣間見たことで凛が少し驚いているのを他所に、士郎は置いてある物の中から召喚に使えそうな物を探し始め、凛も直ぐに士郎とは別の所を探し始める。
海外土産の定番であるトーテムポールやミニチュア版モアイ像から始まり、何かの石や欠けた茶碗などといった使い用途が全く無い物が出てくるがしかし、一向に『触媒』に使えそうな物は見当たらない。
「あぁもう!何も見つからないじゃない!」
「つっ!」
何も見つからないことに苛立ちを募らせた凛が持っていた物を勢いよくぶん投げると、運悪くそれが士郎の方へと向かっていき頭へと直撃した。
「遠坂……」
「ご、ごめん。態とじゃないのよ?ほら、血が出てるから手当するわ」
恨めしいと言わんばかりに鋭い目を向けてくる士郎の額からは血が一筋流れており、凛が慌てて謝りながら傷の手当をする為に士郎に近付こうとした────その時だ。
蔵の中にある空いていた一部のスペースに、
「えっ!?何で魔法陣がここに!?」
「なに?あれが魔法陣だと?」
驚愕する凛の言葉を聞き、魔法陣を初めて目にした士郎は僅かに目を見開く。
2人が驚いている内に、窓の隙間から覗き込む月光に照らされた銀色の魔法陣は自動的に着々と完成へと向けて描かれていく。
「ちょっと衛宮くん!アンタほんとは魔法陣知ってたの!?」
「知らん。そもそも俺は魔術師としては見習いレベルだ。魔法陣なんて今日初めて知ったぞ」
「じゃあ何でここに魔法陣があるのよ!?」
ギャアギャア騒ぐ凛と冷静に魔法陣を警戒する士郎。相反する二人を他所に魔法陣は止まることなく描かれ続け、そしてついに完成された時、魔法陣から眩い光が発せられ蔵全体を照らした。
「眩しっ!?」
「ぐっ……!」
発せられた光は一瞬。直ぐに消えたものの咄嗟に手で目を覆うことすら出来なかった二人は目を細めながら魔法陣の方を見る。
そして、気付く。魔法陣があった所に立つ1人の人物の姿を。
「問おう────」
凛とした声が通る。その美しき声に、そしてなにより感じられるランサーと同じ大英雄としての気配に、士郎と凛の二人は言葉を無くす。
ようやく目が元に戻った時、二人は目にする。魔法陣の上に立つ、青いドレスに白銀の甲冑を纏った見目麗しい金髪碧眼の少女の姿がそこにはあった。
「貴方が私のマスターか」
少女が再び口を開く。その視線は士郎へと向けられており、さしもの士郎も緊張で言葉が出ない────
「あぁ、俺がマスターだ」
ことはなく、いつも通りの冷静沈着なまま召喚されたサーヴァントである少女にそう告げた。
「お前はサーヴァントで相違ないな?」
「はい。セイバーのサーヴァントとして召喚に応じ参上しました」
「そうか。ならばついて来い」
「……?」
短くそう確認した後、士郎は蔵の外へと歩き出し召喚されたセイバーのサーヴァントである少女は首を傾げながらも命令に応じてその後を付いていく。
その途中、凛の姿を目に捉えたセイバーは一瞬驚いたかのように目を見開き、直ぐに鋭い瞳を凛へと向けたが召喚した時の衝撃で未だに固まっている凛はそれに反応することが出来なかった。
士郎が出て行き、最後まで凛の方を警戒しながらセイバーが出て行った……その後。
『おい、マスター。いつまでもそうやって口を開いているのは君の勝手だが、あの2人を追いかけなくてもいいのかね?』
「はっ!?」
霊体化していたアーチャーに声を掛けられたことで意識を取り戻した凛は慌てて士郎達の追いかける。
士郎とセイバーの魔力がある場所へと走って向かい────そして凛は後悔した。
「マスター、これは……?」
「剣を取れ、セイバー。お前の腕を試させてもらうぞ」
家の離れにあった道場の中。そこで見るからに困惑しているセイバーに向けて1本の竹刀を差し出している士郎の姿を見て、上下関係はしっかり等と言った過去の自分の発言を凛は少なからず後悔した。