衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ!   作:アタナマ

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激突

 言葉を碌に交わすこともなく、代わりに無表情のまま竹刀を差し出し、早く取るよう無言の圧力を掛ける士郎に困惑するしかないセイバー。

 

 この光景の発端が自分にある以上、責任感が強い凛は黙って見ていられなかった。

 

「衛宮くん、少しいいかしら?」

 

 凛がそう話し掛けた瞬間、困惑した様子からうって変わり先程のように瞳を鋭くして見るからに警戒した様子で凛を見るセイバーはマスターである士郎を守るべく前へと出た。

 

「マスター、下がっていてください。交戦の意思は感じられませんが、こちらの女性の直ぐ近くからサーヴァントの気配を感じます」

「安心しろ、セイバー。彼女はマスターだが敵ではない」

 

 いつでも戦える体勢を取りつつ凛への警戒を怠らないセイバーに短くそう告げてから、士郎は凛へと声を掛ける。

 

「それで、何の用だ遠坂」

「何の用だ、じゃないわよこのバカ。召喚されたばかりのセイバーにいきなり勝負を挑むなんて何考えてるの?もっと常識的に考えなさいよ」

「むっ……確かにそれは一理あるな」

 

 この街に暮らす人々のことを思うあまり、些か性急し過ぎていたことに気付いた士郎は己を恥じながら改めてセイバーと向き合う。

 

「すまない、セイバー。自己紹介が遅れたが、俺の名前は衛宮士郎だ。この地に居る人々を守るべく、この聖杯戦争を止めるためにマスターとして参加している。どうかお前にはその手伝いをしてほしい」

「はい……?」

 

 初対面の人には自己紹介の挨拶をするのが常識。そんな現代社会を生きるものにとって当たり前であることを士郎は実行したが、名前はともかく端的に締め括られた聖杯戦争への参加目的を聞いてセイバーは更に困惑する。

 その様子を見て、凛は痛む頭を抱えながら自分がセイバーとの情報共有をするしかないということを悟り、再び口を出すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────つまり、マスターは聖杯戦争で犠牲になるかもしれない民草を守る為に剣を取った。そういうことですね?」

「その通りだ」

 

 セイバーと情報共有すること十数分。凛についてのことや士郎がこの聖杯戦争に参加することになった経緯などを話した後、セイバーはようやく納得したと言わんばかりに頷いた。

 

「そして、改めて頼む。魔術師としても、マスターとしても未熟なこの身ではあるが、どうかお前の力を貸して欲しい」

「ちょ、衛宮くん!?」

 

 セイバーに乞い願うかのようにして頭を深く下げる士郎に、凛は慌てたように声を出す。

 そんな下手に出ていては、マスターとして軽んじられる。凛はそのことを危惧していたのだが、セイバーの瞳からは士郎に対する好感は感じられても、軽蔑のような感情は一切感じられなかった。

 

「マスター、貴方は高潔な意志を持つ素晴らしい人だ。私としても貴方のその在り方は非常に好ましく、この聖杯戦争において貴方の下で戦えるのならばサーヴァントとしてこれ程喜ばしいことも無いでしょう。出来ることならその願いを叶えたい、その思いは決して嘘ではありませんが……生憎と、私にも必ず叶えなければならない願いがある」

 

 だから、サーヴァントとして聖杯戦争で戦うのはよくても『聖杯』を諦めることは絶対に出来ないというセイバーの言葉を聞き、士郎は下げていた頭をゆっくりと上げる。

 交差する2人の視線。どちらの瞳にも決して譲れないという強い意思が宿っており、どれだけ言葉を交わしたところで平行線のまま話が終わるということを両者共に理解した。

 

「ならば問おう。セイバーよ、お前の抱く願いとはいったいなんだ?英霊と成ってまで何を望む?」

 

 だからこそ気になった、セイバーが絶対に譲らない願いとは何なのか。それ次第によっては令呪を使って自殺させることもやむなし、と脳裏に最悪の場合を想定しながら士郎はセイバーに問いかける。

 

「────祖国の救済。失われた故郷を再び取り戻し、今度こそ民を幸せにしてみせる。それが私の唯一の願いです」

 

 その問いに真っ直ぐな瞳をしたまま答えたセイバーからは嘘を感じられず、それがセイバーにとって真実ただ一つの願いなのだと士郎と凛は思わされた。

 しかし、士郎は気付く────その願いに込められたセイバーの感情に。

 

(後悔、か……)

 

 祖国の救済を願いながら、それに関わる何かに対して後悔している。

 セイバーがどこの英霊で、生前どの地で生き、何に後悔しているのかは知らないが、しかし士郎には一つだけハッキリと分かったことがあった。

 セイバーと自分。その在り方は同じでありながら、しかし対極(・・)に位置しているのだ。

 

 場所は違えど、セイバーも士郎も何より大切に思っているのはその地に住まう無辜の民達だ。その点で言えば2人は確かに共通している。

 しかし、セイバーが見ているのは過去(うしろ)であり、士郎が見ているのは未来(まえ)だ。

 現在(いま)という時間を過ごす人々を大切に思う士郎と、既に消え去った人々を大切に思うセイバーとでは決して相容れないだろう。

 

 それになにより────

 

「気に食わんな」

 

 士郎はそのセイバーの有り様が心の底から気に食わなかった。

 

「マスター……?」

「受け取れ、セイバー」

 

 士郎から滲み出始めた不穏な空気に直感的に気付き、セイバーが士郎のことを訝しげに見るも、士郎は答えることなく持っていた竹刀をセイバーへと投げ渡す。

 

「っと……マスター、いったい何を────」

「構えろ」

 

 投げ渡された竹刀をキャッチし、これはどういうことかと疑問を感じているセイバーの目の前で士郎は壁に立てかけてあった愛用の竹刀を手に取り構えた。

 

「言葉を尽くしたところで俺とお前の願いが交わることは無いだろう。ならば、どちらかの願いをへし折って進むしか道は無い」

「……どうしてですか?この聖杯戦争に勝つことでマスターはこの地に生きる者達を守ることが出来、私は『聖杯』を使って祖国を救済できる。ならば、このようなことはしなくても────」

「では聞くが、お前が『聖杯』を使った後に世界はどうなる?」

「え……?」

 

 何を言われたのかさっぱり出来ないと言わんばかりに呆けた顔をするセイバーに向けて、士郎は淡々とした口調で話し続ける。

 

「俺は『聖杯』というものを詳しくは知らん。分かることと言えばどんな願いであろうと叶える万能の願望器ということぐらいであるが……だからこそ思うのだ。そんな旨い話があるのか(・・・・・・・・・・・)、と」

 

 旨い話には裏がある。それは世の常であり、遥か昔より変わることのない人類の悪性だ。

 金を借りたら翌日にはとんでもない利子がついていた闇金のように、もしかしたら『聖杯』もそれと同じなのではないかと士郎は思っていた。

 

「もしもお前の願いが『聖杯』によって叶ったとする。その場合、過去だけが綺麗に変わって他は何も変わっていないだなんてことがありえるのか?」

「それはっ……」

 

 士郎からのその問いにセイバーは答えようとしたが、しかし言葉が口から出てくることは無かった。

 セイバーは『聖杯』を取ることしか考えておらず、取って使った後のことを詳しく考えていなかったのだ。

 

「お前が過去を改変することで、現代を生きている俺達が消滅する(・・・・)可能性がある以上、黙っておく訳にもいかん」

 

 バタフライ効果というものがあるように、セイバーが祖国を救済して歴史を変えてしまったら、その後の未来や今ある世界がどうなるかだなんて誰にも分からない。

 過去だけが変わってそのままなのか、それとも消滅でもするのか。ともかく碌なことにはならないのは断言出来るだろう。

 

「認めよ、セイバー。無くしたものは戻らないのだ(・・・・・・・・・・・・・)。それが例え代替の利くものであったとしても、お前自身が手にしたものが帰ってくる訳では無い。お前のその願いは元より破綻している」

「─────」

 

 告げられた言葉によって、今度こそセイバーは絶句した。

 

 自分のこの願いが破綻している?今は無き愛する祖国を救いたい、そこに住まう民達をより幸せにしてやりたい、そんな1人の人間として当たり前のように感じる思いが全て叶えてはならないものだと?だから諦めろと?

 

「────いいえ、否。諦めていい筈が無い」

 

 瞳に燃え盛る焔を宿し、セイバーは士郎を睨みつける。

 

「こんな小娘が王と成ってしまったことで我が祖国は破滅し、大勢の民達が無意味な犠牲となった。ならば、その償いをしたいと思うのは当然のこと。その為ならば私は何だってするし、何だって犠牲にしましょう。例えそれで世界が壊れようとも知ったことではありません。誰かを救いたい(・・・・・・・)と願うことが間違っているなんて、誰にも言わせはしない!!」

 

 セイバーの胸の内から放たれる本心の言葉。それは燃えたぎる炎のように熱く、それでいて狂気の念に塗れていた。

 常人ならばその言葉に呑まれ、恐怖するのであろうが────

 

「未練がましい。お前のそれは子供の我儘と同じだ」

 

 しかし、士郎の瞳に恐怖の文字は無かった。

 

「無くしたもののことを決して忘れぬよう魂に刻み込み、今そこにある、もしくはこれから見つける大切なものをより一層強く守り抜こうとすることこそが大事であろうが。それをいつまでも無くしたものに拘っていてどうする。そんな様ではどれだけ経とうと何もかもを失うだけだ」

 

 士郎もまたセイバー同様に瞳の奥に焔を宿し、熱く雄々しくそう言い放つ。

 この2人は元より似た者同士。互いが言わんとしていることは頭では理解してるし、その通りだとも思っている。

 

 けれど、心が、魂が叫ぶのだ。いやだ、認められない─────と。

 

「私は『聖杯』を必ず手にする。そして祖国を救済する。その為ならばマスター、例え貴方であろうと押し通ります」

「よかろう、もはや場面は言葉を交わす所ではない。交わすべきは己の覚悟を込めた刃のみ。ならば、雄々しく貫こう」

 

 背に轟々と燃えている炎を幻視させる程の気迫を放ちながら2人は手に持った竹刀を構える。

 

「怪我はしないように加減はします。だからどうか、我が剣技によって折れてください、マスター」

「笑止。加減など一切不要。全力で来い、セイバー」

 

 鋭い視線は獅子の如く。これより始まりしは超人(ばけもの)同士の激突なり。

 

「────征きます」

「来るがいい────否、征くぞ」

 

 静寂に包まれた真夜中の道場にて、2人の剣士が刃を激しくぶつかり合わせた。


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