大海賊時代・22年
世界を割る
かの海賊王ゴールド・ロジャーが生まれた海として知られ、王に憧れ
故にこの海に留まる海賊は少なく、世界で最も平和な海と謳われることも多い。
フーシャ村はそんな
英雄の名は『モンキー・D・ガープ』。
かつて大海賊時代の先駆けとなったあの海賊王を幾度も追い詰めた海軍将校として世界中から称えられる、生ける伝説だ。
そして今日、英雄の生まれた地では、新たな“王”の冒険譚が幕を開けようとしていた。
「…本当に行くのか? マキノもこのじゃじゃ馬娘に何か言っておくれ…」
「大丈夫よ村長。この子だってもう立派な女なんだから、ねぇルフィ」
本日の主役の船出を見送りに桟橋まで集まったのは、大勢の村人たち。
同郷想いの彼ら彼女らの心配や激励の声が旅立つ小船の唯一の船員にして船長である、一人の少女に投げかけられた。
天真爛漫。
まさにこれ以上彼女に相応しい言葉は存在しないだろう。肌蹴た袖なしの赤いブラウスとデニムのホットパンツが包むのは、女の魅力をこれでもかと言わんばかりに詰め込んだ小麦色に日焼けした健康的な肢体。
童女のように幼げな顔つきを際立たせる、ぱっちりと開いたその大きな両目は、夢と希望の星々を詰め込んだかのように輝いている。
そして、うなじが露になるほど短く切られた艶やかな黒髪に被さっているのは、かつてとある大海賊から譲り受けた 赤い刺繍の麦わら帽子。
見ている方が息切れするほど活発そうな人物だ。
「しししっ、当然よ! 邪魔するヤツは海軍も他の海賊も、全部ぶっ飛ばして進んでやるわっ!」
“ルフィ”と呼ばれたその小さな漁船の女船長は、万人を魅了する太陽のような笑顔で村長の制止の願いを跳ね除ける。
この日を10年も待ちわびていた少女をこれ以上村に留めておくことは誰にも出来ないだろう。
そんなルフィのいつも通りの何も考えていない楽観的な笑顔に、村の酒屋を経営する若い女店主は娘を案じる親心に近い、拭えぬ不安を感じてしまう。
親元を離れている少女の母親代わりを長年務めてきた彼女は、教えるべきことは可能な限り全て教えてきた。
それでも、いつまで経っても子供っぽさの抜けないルフィが危なっかしく、ついお小言が増えてしまう。
「船旅だから大変だとは思うけど、身嗜みにはちゃんと気を付けなさいね。服も肌着も着たきりにしちゃダメよ? 怪我したら必ず応急処置をして、立ち寄った港のお医者さまに見てもらいなさいね? あなたってホント一々言わないと何もしないんだもの、心配だわ…」
「失敬ねマキノ! あなたさっき私のこと“立派な女”だって言ってたじゃないの!」
「放っとくとすぐ泥だらけで帰ってくるお転婆さんをその立派な女にしてあげたのはどこの誰かしらね…」
うぐっ、と言葉に詰まったのは酒屋の女店主に頭の上がらない少女ルフィ。
確かに自分は物心ついたときから村長ら村人にバカだのお転婆だのと言われ続け、村の他の子供たちより多く叱られていた自覚はある。
力を求め祖父ガープに稽古を頼んだら、「女のお前でもわしのような海兵になりたいか!」などと意味のわからないことを上機嫌で言われた上、修行代わりに度々どこかの森や谷に捨てられたりもした。
おまけにあの“夢”を見てから入り浸るようになったのは、猛獣たちが闊歩する悪名高きコルボ山。
よく面倒を見てくれる村の女性たちが話を聞いて絶句していたような気がするから、自分が女の子としてマトモな育ち方をしていないことは漠然と自覚していた。
そんなジャングルが生い茂る山奥で育ったこの野生児に最低限の女の尊厳を植え付けたのは、ルフィの母親代わりを自主的に引き受けた心優しい酒屋の若き女店主。
店の手伝いで炊事洗濯礼儀作法を実践させ、その不幸な生い立ちを忘れさせるほど沢山の愛情を注ぎ、素直で純粋な少女の心を育て上げたのは紛れもなく彼女の誇るべき成果である。
ルフィが度々世話になっているコルボ山のもう一人の母親代わりの女山賊に任せていたらその辺の猿と変わらないままであっただろう。
これからこの麦わら娘が村を代表する有名人になると確信している女店主は、過去の気の遠くなるような情操教育が少しはモノに成ったことに心から安堵した。
名を上げる少女が近い将来、世界新聞『ニュース・クー』の記者たちに、フーシャ村出身の“人間の女”と“類人猿のメス”のどちらとして書かれるか。その違いはとても大きいのである。
「あなたはゴムゴムの実のゴム人間だからか、私たち村の女衆が血涙流して羨むほどキレイな肌してるんだし、人前に出る時にお化粧したら絶対一目置かれるわ。ちゃんと教えてあげたんだから忘れちゃダメよ?」
「え~、見た目で一目置かれても海賊王にはなれないのに…」
まるで小姑のように口うるさくなってきた母親代わりの女店主に、ルフィはぶすっと悪態を吐く。
一体この世のどこに容姿で評価される悪党たちの王がいるというのか。
実はあの“夢”の記憶を掘り起こせば居ないことも無いと気が付くのだが…少女にとってオシャレや身嗜みに気を使うことは、世話になった女店主に「疎かにするな」と半ば無理やり交わさせられた、ただの約束の一つに過ぎない。
男に素肌を見せるのを躊躇うのも、毎朝櫛で寝癖を整えるのも、女店主にそうしろと約束させられたからである。
ルフィにとって約束は大事だが、本当に大切なのはそんな難解な女子力なるものではない。
彼女にとって大切なのは
「全く、自業自得とはいえガープさんの不器用な愛情もここまで報われないと流石に不憫ね……まさか孫娘の夢が”海賊王”だなんて」
『海賊王』。
それは、この世で最も偉大な者に贈られる称号。
誰よりも多くの富を手にし、誰よりも多くの冒険を乗り越え、誰よりも大きな夢を叶えた、その名の通り海賊たちの王である。
20年ほど前、この
その証の名は
これほど夢のある財宝があるだろうか。
かつて自分に夢の道を示してくれた、とある赤髪の大海賊の話を思い起こしたルフィは期待に昂る胸中を隠しもせず、顔に満面の笑みを浮かべる。
そんな少女の心底楽しそうな姿に、つける薬無しと、溜息を吐く村民たち。
ロジャー以後誰一人として成し得なかった壮大な目標を掲げる彼女の進む道は険しいものになるだろう。
だが少女の希望に満ち溢れる笑顔を見る彼らは、ルフィならばやってくれるのではないか、と同時に根拠のない不思議な期待感を覚えるのだ。
何か大きなことを成すために生まれてきた。そう思わせる何かがこの元気いっぱいの麦わら娘にはあった。
そしてそれは彼女の最も身近にいた酒屋の若き女店主が誰よりもよく知ることでもあった。
「はぁ…。まぁでも、あなたが海賊になっちゃったのは私の監督責任でもあるし……ガープさんに怒られたら一緒に謝りましょう」
「マキノ?」
ルフィの笑顔に毒気を抜かれた女店主は、小さく溜息を吐いて自身の考えを再度改める。
これからこの世で最も大きな夢に挑む少女に必要なのは、いつものような注意や叱咤ではないだろう、と。
「ルフィ。冒険は楽しいことばかりじゃないわ。辛いときや悲しいとき、苦しいだってある」
どんなときでも、この子なら乗り越えていける。でも、人は絶対に独りでは生きていけない。
だからこそ
「仲間を頼りなさい。自分にも出来ないことがあるとわかっているのなら、あなたは自分の道を誤ることは無いでしょう。そして、もし道に迷ったなら、好きなときに戻っていらっしゃい。私たちはいつだってあなたの活躍を耳にするのを心待ちにしているし…同じくらい、あなたの帰りを待っているわ」
「うん! 仲間も頼るし、新聞に載るような活躍も沢山するけど、私は海賊王になるまで村には帰らないわ!」
遠慮も躊躇いも無い底抜けに愚直な少女の言葉に、背後の村人たちが一斉にずっこける。
ルフィはどこまで行ってもルフィのまま。
そのことを今まで何度も気付かされていたはずの女店主は最後にもう一度、この手の掛かる麦わら娘の本質を悟り、小さな安堵の笑みを浮かべた。
「ふふっ、それでこそルフィね」
そして…ふわりと花が咲くような微笑を浮かべた彼女は、自分の愛娘が今最も必要としている言葉を伝えた。
行ってらっしゃい、ルフィ。
米粒ほどに小さくなったドーン島から目を離し、少女ルフィは軽やかな足取りで小船の船首へと飛び乗った。
その視線の先にあったのは先ほどの爽やかな船出に反し、不気味なほど静まり返った島の近海。元気に跳ね回るトビウオや、それを狙う海鳥たちの姿はどこにも無い。
まさに嵐の前の静けさと形容すべき光景である。
「どうやらお出ましのようね。…よしっ、“武装色”硬化っ!」
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた麦わら娘の右腕が黒く染まり、鈍色の光沢を放つ。そして、少女はその“気配”を感じる場所へと目を向けた。
開けたはずの海に、謎の影が現れる。
水面が暗く染まったその瞬間、轟音と共に大量の水飛沫を上げた化物がその鎌首を擡げて現れた。
鯨を丸呑みにするほどの大きな顎に、鰐に似た凶悪な頭部を持つウツボのような怪獣。
“近海の主”と呼ばれる30メートル級の巨大魚である。
かつて幼いルフィを丸呑みにしようと襲い掛かり、助けてくれた恩人である
「さぁて…生憎だけど、私は“ルフィ”みたいに優しくないの。シャンクスの仇はとらせて貰うわよっ!」
世は大海賊時代。
数多の海賊たちの頂点を目指す者に求められる最も重要な力は、万人を平伏させ、仲間を敵から守り抜くための高い戦闘力である。
恩人に「女は海賊に向いてない」と何度も忠告されたことだ。
その言葉の意味を何よりもよく理解している華奢な芳体の少女は、己が磨き上げた自慢の一撃を巨大魚へと放った。
「”ゴムゴムのぉ~
真っ黒に染まった麦わら娘の拳が目にも留まらぬ速さで海獣の眉間に迫る。
まるでゴムのように長く伸びる少女の超人的な肉体はその名の通り、彼女の体がゴムの特徴を持つからこそ。
海の至宝と称される、正体不明の果物『悪魔の実』を食した者のみが得る多種多様の能力の中の一つ。
それがルフィの力の正体、“ゴムゴムの実”の能力である。
少女の放った正拳の一撃はまさにピストルの弾丸のような風切音と共に敵の頭部に吸い込まれ その巨体を爆ぜ飛ばした。
四方八方へ散らばった血塗れた肉塊が海へと沈んでいく。
長年この海に君臨し続けていた怪物が一人の婀娜やかな少女に瞬殺されるその瞬間を目にした者は皆、一様に己の目と正気を疑うことだろう。
未来の海賊王を名乗る者、その実力に不足無し。
希望に満ち溢れた笑みを浮かべながら、少女ルフィは悠々と大海原へと進んでいく。
永遠の別れにも等しく、誰の力も借りず、たった一人でこの果てしない海へと旅立つ僅か17歳の少女。
だが、ただ前のみを向いているその童女のような幼い顔は 不思議なことに 故郷を去る離愁も不安も心細さも何一つとして感じさせない晴れやかなものだった。
それもそのはず。
何故なら“ルフィ”の旅立ちは奇妙にも、彼女にとっては決して初めてのことでは無いのだから。
「さぁて…12年も待たせちゃったけど、これでようやく最初の一歩ねっ!」
少女の謎めいた声明は船出の潮風と共に誰の耳にも届くことなく、
その言葉の意味を理解する者はこの海において、彼女ただ一人。
思えばこの待望の日まで随分と色々なことがあったな、とルフィは過去を想起し懐かしむ。
船出を終えた麦わら娘は、これから起きるであろう様々な出来事に期待を寄せながら、風に船を任せゴロリと小船に寝転がった。
こういうときは昔話でもして時間を潰すのが一番。
語り部一人に、聞き手も一人。無名の若き海賊王が紡ぐプロローグに相応しい、静かで小さな観衆だ。
たった一人の船上で、女海賊モンキー・D・ルフィは今日に至るまでの雌伏の時を、ゆっくりと振り返った
大海賊時代・12年
その日、幼い少女ルフィの目覚めは最悪だった。
いつものように無駄によく働く6歳児の睡眠欲に促され一日の疲れを癒していたのだが、突然強烈な頭痛と悪夢に苛まれ、あまりの衝撃に目が覚めたら 哀れな幼い少女のベッドシーツに自身の望んだ宝島の地図がくっきりと描かれていたのである。
残念というか当然だが地図は偽物で、
重なる不条理に少女が最悪の目覚めだと嘆くのも無理はない。
「ううっ、気分悪ぅ~い…」
「全く…まだシャンクスさんのこと寂しがってるの? 折角助けて貰ったのにいつまでもウジウジしてたら恩人に失礼だわ」
「…そんな女々しくないわよ」
献立の魚の干物を解しながら呆れた声で辛辣なことを言う対席の女性に、ルフィはぼんやりした頭のまま小さく抗議した。
先日この幼い少女の命を救い、何かと可愛がってくれた高名な大海賊『”赤髪”のシャンクス』。
海へ帰る彼との別れを惜しみ、ルフィは餞別に譲られた大切な思い出の麦わら帽子を常に肌身離さず持ち歩いている。
そんな可憐しい彼女の吐く勇ましい言葉に、残念ながら説得力は微塵も無い。
不機嫌そうに拗ねる少女の姿に小さく笑みを零す相席の女性の名はマキノ。
物心付く前から世話になっている母親代わりの酒屋の女店主である。
「毎日相手の形見の品を持って桟橋でしゃがみ込む人のことを女々しいって言うのよ。海兵も海賊も、海と共に生きる男にとって別れは必然なんだから。次会えたときに見違えるほど立派な女になって見返してあげるくらいの気持ちでいるのが一番よ」
まるで恋人の帰りを待つ女のように沈んでいるルフィに、マキノが励ましの言葉を送る。
だがルフィに返事をする余裕は無い。
目が覚めたばかりだからか、未だに先ほど見た夢と現実の区別がつかず、頭の中はまるで霧に覆われているかのように不透明で、思考力も麻痺したまま。
食事も手が付かず、ただこの形容し難い奇妙な感覚に慣れるのを待つばかりである。
「…どうしたのルフィ? 朝も酷くうなされてたし、疲れてるなら今日はお店の手伝いしなくていいけど…」
「うぅ…」
何かと手間が掛かる問題児ではあるものの、年の離れた妹、いや娘のようなルフィを何よりも大切に思っている母親代わりの女店主。
辛そうにしている彼女が心配で、マキノは慈しむようにそのぷにぷにした柔らかい頬を優しく撫でた。
ここ数日でメソメソする少女の情けない姿は既に見飽きているが、今日の彼女は一風変わって上の空。
いつにも増して顔色が悪く、心ここに在らずといった調子だ。
悪い夢にうなされた子供は体調を崩しやすいと近所の主婦に聞いたことがあるマキノは、店を閉め一日を少女の心の慰撫に尽くすべきかと思案する。
赤ん坊のうちに親元を離され、頼りの祖父も本人談では海軍の仕事が忙しく、年に数回しか家族と会えないルフィを不憫に思う女店主の気持ちは非常に強い。
愛娘にも等しい彼女の健やかな成長のためならば店の売り上げなど安いものだ。
だがそんな彼女の思いは、悪夢の記憶に侵され続ける目の前の幼い女の子には届かない。
「…お腹空いてない。お外行ってくる」
「あ、ちょっと 」
制止の声も虚しく、少女が席を立ちふらふらとした足取りで店を出て行く。食い意地の張った彼女が朝食を残すなど初めてのことだ。
信じられない出来事に茫然と固まっていたマキノは、最後までルフィの後姿を見送ることしか出来なかった。
桟橋を目指してとぼとぼと歩く幼いルフィの姿が朝の活気の中に小さな異物として紛れ込んでいる。
何かと騒がしかったシャンクスが去ってから連日見かけるようになった、フーシャ村の新たな日常風景だ。
だがこの日の少女はいつもとは些か様子が異なっていた。
緊張した面持ちで、ルフィはそっと耳を手で覆い、目を閉じる。
そして、少女は今朝から聞こえるようになった不思議な“声”を捉えるために、周囲へ意識を張り巡らせた。
“ ……”
聞こえる。
村人の、空飛ぶ鳥たちの、踏みしめる大地の、風に揺れる草木の 森羅万象、万物の“声”が。
(やっぱり…間違いないわ)
耳から手を離すと、周囲の喧騒が“声”だけの世界に濁流のように合流した。
直後、頭に鈍痛が走り、少女は堪らず張り巡らせた意識を解いて“声”を遮断する。そして近くの壁に体を預け、乱れた息を整えた。
「“見聞色の覇気”…って呼ばれてた力よね、これって…」
少女の小ぶりな口からぽつりと零れたのは、掠れるような震え声。
ぶつぶつと思考の海に沈みながら、ルフィは脳裏に焼きついた昨夜の不思議な悪夢の内容を想起する。
その顔にあるのは恐怖や不安ではない。大きな感動と希望の色を含む、期待に満ち溢れた確かな歓喜であった。
「ふふっ。いい夢だったなぁ…」
頭痛の残滓を感じながらも、その唇は大きな弧を描いている。
自身の安眠を妨げうなされた原因である、悪夢の内容を思い出そうとする者の顔にはとても見えない。
だがそれもそのはず。その悪夢は決して痛く、怖ろしいだけのものではなかったのだから。
それは、まさに“夢”というべき壮大な物語。
幾つもの海を越えながら島々を巡る冒険の日々、多くの仲間たちとの出会いと別れ、立ち塞がる強大な敵の猛者たち、そして皆と共に目指したこの蒼い海の最果て…
麦わら帽子を被った髑髏のジョリー・ロジャーをメインマストに掲げ、大海原に繰り出す2隻の海賊船『ゴーイング・メリー号』と『サウザンド・サニー号』。
世紀の大剣豪を志す、三振りの刀を腰に差した剣士『ゾロ』。
未知を既知とし世界地図を描くことを夢見る、拳骨の痛い航海士『ナミ』。
尊敬する父と同じ勇敢なる海の戦士を志す、嘘つきで小心者の狙撃手『ウソップ』。
全ての海の幸が集う幻の海域を探す、女好きの料理人『サンジ』。
化物と自分を蔑まない仲間に惹かれた、照れ屋で寂しがりやの船医『チョッパー』。
失われた100年の歴史の真実を求める、発想が何か怖い考古学者『ロビン』。
自分の造った最高の船の軌跡を共に巡る、イカすサイボーグ船大工『フランキー』。
親友との50年越しの再会を望む、ジョーク好きの骸骨音楽家『ブルック』。
英雄の遺志を継ぎ種族の溝を無くすべく奮闘する、義侠心溢れる操舵手『ジンベエ』。
そして その掛け替えの無い仲間たちと共に海を冒険し、五人目の海の皇帝とまで謳われるようになった、自分と同じ名前を名乗るバカで偉大な船長『ルフィ』。
個性豊かで魅力的な海賊たちが紡ぐ、『麦わら海賊団』のロマン溢れる大冒険。
そんなステキな御伽噺だった。
「何よ、シャンクスの嘘つき。やっぱり海賊の世界ってステキじゃない…!」
少女が当初抱いていた海賊に対する憧れは小さく、儚いものであった。
それはかの大海賊『“赤髪”のシャンクス』に強請り聞かせて貰った彼の冒険が、海賊の不条理が詰まった薄暗い物語だったからだ。
彼らの日常は汗と糞尿と潮と埃に塗れ、海賊らしく海戦を行えば甲板や医務室は血と肉と嘔吐で咽返るほどの地獄絵図と化す。
破傷風や伝染病に怯え、栄養失調や水分不足に苦しむ日々。
港に立ち寄れば海軍や国軍に通報され、部下の支持を失えばその日の夜にはサメの餌になる。
海に出て町や商船、他の海賊を襲っても、成功する者はほんの一握り。
赤髪の男は己が見てきた海賊の闇を隠しもせず、ルフィを脅すように身振り手振りで話し続けた。
海賊の航海とはまさに内憂外患。故に船長に求められるのは敵を掃い味方を従える圧倒的な戦闘力と統率力。
肉体的に脆弱な女が船長になり難い最大の理由であり、当然語り部のシャンクス自身も「やめておけ」と、船長を目指す酒屋の幼い女の子を何度も窘めようとしていた。
だがルフィは彼らが抱く確かな海賊の誇りと、凄惨な環境の中に輝く大きな夢を見逃さなかった。
どれほど辛い体験談を語ろうと、益荒男たちのその顔には、不幸を乗り越え夢を手にした勇敢な漢の矜持が感じられたからだ。
伝説の大海賊と鎬を削った武勇伝。
“海王類”と呼ばれる巨大な海のバケモノたちの群れから命辛々逃げ出した胆の冷えるエピソード。
妻と子を村に残してでも海へ旅立った狙撃手の冒険自慢。
そして 海賊たちの最高の宝、
それは“夢”のルフィ少年が欲した宝。この世の全てと等価な最も尊い夢の証。
ああ、何と希望に満ち溢れた美しい世界なのだろう。幼い少女ルフィは目を輝かせる。
“夢”のルフィ少年とは異なり、彼女はシャンクスに未知を開拓する楽しみは教えて貰えなかった。
教わったのは過酷な洋上の生活、自然の試練、殺戮と内乱。様々な困難な現実だ。
だが、赤髪の大海賊は『海賊王』という海の覇道の道しるべだけは、隠すことなく印してくれた。
それは“夢”の麦わら帽子の少年の物語という大きな光となって、少女の夢の航路を照らし始めたのである。
シャンクスとの出会いを経て抱くようになった己の淡い理想をそっくりそのまま描いたかのような冒険譚に、少女ルフィは大きく胸を高鳴らせた。
これこそまさに自分が望んでいたものだ、と。
あの熱いほどの高揚感を思い出した6歳児は、自分の野望への決意を新たにする。
いつか夢の中の彼のような、ステキな冒険がしてみたい。
シャンクスに続く、自分の憧れの海賊となった少年モンキー・D・ルフィ。
幼い少女ルフィは“夢”の彼に強い親近感を覚え、その冒険譚に希望を抱いた。
(だけど、今の私じゃ弱くて仲間を守れない…)
少女ルフィは見たのだ。自分と同じ名を持つ少年が繰り広げた壮絶な戦いの数々を。その裏にある厳しい修行の日々や、仲間を想う強い意思を。
彼女は思う。今の自分では到底あのレベルの戦いに、その土俵にすら立てないと。
“夢”の主人公である少年が 意識的であろうと無かろうと 使用していたものや、そのライバルたちが使いこなした様々な力。
少女ルフィはそれらを主体的かつ客観的に“観た”のである。明確な目指すべき目標をイメージ出来るようになった彼女はこの日、これからの自分に必要なものが何なのかを強く理解した。
『悪魔の実』シリーズ“ゴムゴムの実”の能力の使い方。
“六式”なるかつての強敵が操った強力な体術。
傷を癒し、毒や病に打ち勝ち、連戦続きの冒険を乗り越えるために必要な“生命帰還”なる肉体操作術。
そして、それらの全てを凌駕するほど重要なものが
「はあああぁっ!!」
近くの岸壁に放った少女の小さな拳が、ドガァァン!と巨大な音を立てて地形を粉砕する。そして幼いルフィは土埃の中に、黒鉄色に鈍く光る己の右腕を見た。
「凄い…“見聞色の覇気”みたいに、こっちも出来ちゃった…」
“覇気”と呼ばれる己の強き意思を源に持つ力。
何れも大切な仲間を守り、この海で覇道を成すために“夢”のルフィ少年が必死に磨いた力や技術だ。
幼いルフィが欲するそれらの力は途方も無く遠いものである。
だがそれらが必要である以上、少女は決して諦めない。
「お手本は頭の中にあるんだから、絶対に全部使いこなしてやるわっ!」
少女ルフィは確固たる信念を持って宣言する。
これほど丁寧な夢の海図を与えられ、最高の仲間たちとの絆を見せられ、夢のような冒険を知った今、一体何を躊躇うことがあるのか。
自分と同じ名を持つ、異性の少年に手を引かれて、如何して同じ夢を追わずにいられようか。
この瞬間、少女は恩人との別れに塞ぎこんでいた今までの弱い女の自分を捨て去り、夢を追いかける強い女へと変貌した。
恩人が示してくれた道を、“夢”の少年が先導する覇道を、幼い麦わら娘は追いかける。それら全てを追い越す勢いで。
「わたし、海賊王になる!!」
王の死から12年。
無名の小さな村にて立てられた一人の幼い少女の誓いは、群雄割拠の大海賊時代を終結させる新たな王の産声となり、五つの海に響き渡った。
これは二人の“ルフィ”が、異なる二つの世界が交わる新たな王の 海の覇道の物語。