ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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3話 剣豪ゾロ・下

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某島シェルズタウン

 

 

 

「かっ  」 

 

 

 魂を押し潰すほどの凄まじい圧迫感がゾロの意識を飛ばそうとする。

 心臓や肺が握り潰され、視界が白み、自分の意思そのものが消えていく感覚。

 

 “敗北”、などという高等なものではない。

 

 同じ土俵に立つことすら許されない、そんな雑輩の弱者と見做される感覚。

 

 

 それこそが“王”の裁定。

 

 

 格の及ばぬ有象無象から強者を選別する、覇道を成す者たちのみが纏う強大な意思の力である。

 

 

  ッッぐううおおああっ!!」

 

 

 そして、頂点を目指す剣士は、その土俵に這い上がった。

 

 今まで培ってきたもの全てが崩れ落ちるのを必死で支え、吹き飛びそうになる意識を舌ごと食い縛り引き戻したゾロは、自分に屈辱を与えた少女を残った気力の全てで睨みつけた。

 

 だがその体の震えは止まらず、血だらけの口の端には吹き零れた泡の残滓がこびり付いている。

 

 麦わら娘の理解不能なほど巨大な気迫に驚愕する余裕も、周囲で王に平伏するように気絶している何十人もの海兵たちの無様な姿を見る気力もない。

 

 ただ、目の前の圧倒的な強者へ抵抗の意思を示すだけで精一杯であった。

 

 

 その強気な目が気に入ったのか、“王”の笑みが深まった。

 

 

  夢の大きさで語るなら、私のほうが上よ。未来の大剣豪さん」

 

 

 その言葉と共に、ゾロは自身に掛かっていた強烈な圧迫感が緩んだのを感じ取る。

 

 張り詰めていたものが緩み、止まっていた心臓や肺が酸素を求め忙しなく動き出した。

 

 荒い息を落ち着かせながら、剣士は警戒を解くことなく、先ほどの現象の正体を突き止めようと必死に記憶を漁っていた。

 

(何だ今のは、何なんだよ……!ありえねェだろうが…っ!)

 

 視界の端に情けなく倒れ伏しているヘルメッポや海兵たち、そして辺りを怯えた表情で見渡している、何故か無事な子供たちを確認する。

 おそらく、海賊娘が先ほどの不可視の圧力をあの2人にだけは意図的にぶつけなかったのだろう。

 

 それほど器用で利便性の高い力だからこそ、ゾロは先ほどの圧迫感がただの強いだけの気迫には思えなかった。

 

 

 この世の超人たちと言えば、あの悪魔の実の能力者たちである。

 おそらくこの少女もその名を連ねる者の一人。

 

 だがたとえそうだったとしても、自分の意識が吹き飛びかけ碌に会話も出来ない状態にさせられるほどの力だ。

 こんな想像すら付かない反則じみた能力を持つ相手に対する対応策など、ゾロには全く思い浮かばなかった。

 

 

「…ハッ、海賊王たァ大きく出たな」

 

 思わず呟いてしまったその言葉が、まるで負け犬の遠吠えのように聞こえてしまう。

 それがまた腹立たしさを加速させる。

 

 そして、先王の処刑から20余年という年月により、最早幻想の存在と化したその偉大な称号を躊躇いも無く自慢げに目指す少女の笑顔も、また同様に腹立たしかった。

 

「そうよ、大きいの。だから私の最初の仲間になるゾロは世界最強の剣豪くらいになってくれないとイヤなの」

 

「…ッ」

 

 再三、少女の口が同じ誘い文句を紡ぐ。

 

 先ほどの人知を超えた力を見せ付けられた後に届くその言葉は、以前とは全く異なる重みを持っているように感じることだろう。

 

 だがゾロは気付いていた。

 この女海賊が発した全ての言葉に、“重さ”の違いなど存在しないのだと。

 

 彼女は最初から、どこまでも本気だったのだ。

 

 ゾロを勧誘しに来たことも、ゾロが仲間になるまでここから去らないことも、ゾロが世界最強の剣豪になると期待していることも。

 

 そして――海賊王を志していることも。

 

 

「…何でそんなに強ェんだよ」

 

 何故、そこまで強い意思を持てるのか。

 何故、百戦錬磨の益荒男たちでさえ諦めた大海賊時代最高の夢を、このか弱そうな小娘は自分の力を疑うことなく堂々と目指せるのか。

 

 とある女剣士の泣き顔が脳裏にちらつき、目の前の少女の笑顔がゾロの心に黒い感情を沸立たせる。

 

「強いわよ、私は海賊王になるんだから」

 

「そうじゃねェよ!何なんだよ、てめェは!?」

 

 ゾロの憤懣は止めどなく溢れてゆく。

 

 何故こんな、何も考えていないような小娘がこれほどの力を持っているのか。

 何故こんな、唯の女の気迫如きで大の大人が何十人もぶっ倒れるのか。

 何故こんな、女らしく線の柔らかい身体をした小娘の威圧で、このロロノア・ゾロが屈服させられそうになっているのか。

 

 何故、何故、何故。

 

 何故、“アイツ”じゃなくて、こんなヤツが!

 

「ありえねぇだろ!何かの間違いだろうが!!」

 

「むっ、間違いってなによ!間違ってるって言う方が間違ってるのよっ!」

 

「違わねぇよ!!だってテメェは  

 

 

   女だろうが。

 

 

 続くはずだったその言葉が口を滑り出そうになったゾロは、寸前で思い止まった。

 

 

 最強の剣豪を目指す男は唖然とし、ゆっくりと視線を己の足元へと落とす。

 

 無自覚に口にしそうになったその偏見。

 

 自分の夢の原点である亡き友との大切な思い出を冒涜しようとしてしまったことに気付き、ゾロは何かが自分の両腕から零れ落ちていくような気がした。

 

 鍛えても鍛えても剣速が縮まらない自分の貧弱な両腕を悲しげに見つめる彼女の顔。

 同期の弟子たちにどんどんと引き離されていく自分の身長に絶望する彼女の顔。

 女性らしく胸が大きくなり始め、悲嘆に涙が溢れる彼女の顔。

 

 そして…性別を言い訳にするなと激励し、共に夢を追おうと誘った自分に、呆れながらも羨ましそうな苦笑を浮かべた彼女の最期の顔  

 

 

「ゾロ」

 

 

 穢れの全く無い、真っ直ぐな声色が剣士の鼓膜を震わせる。

 

 叱られた子供のように肩が跳ね上がりそうになるのを辛うじて堪え、ゾロは恐る恐る、その声の持ち主を見上げた。

 

 

 太陽のように眩しい自信に満ち溢れた、満面の笑顔が彼の目に飛び込んで来た。

 

 侮蔑の嘲笑でも、軽蔑の失笑でもない。

 怒りも葛藤も全て認め、ただ一言の願いを浮かび上がらせた

 

 

   あなたと冒険出来たら嬉しいな。

 

 

 荒んだ心にとろりと染み込む、そんな蜂蜜のような輝く笑顔。

 その無垢で純粋な笑みに目をとらわれていたゾロは、ふいにカチリと何かが自分の頭の中で噛み合った感覚が走った。

 

 

(何だ、そういうことかよ…)

 

 ゾロは気付く。

 自分はただ、認めたくなかっただけなのだと。

 

 亡き友へ送った激励の言葉を、自分自身さえも“戯言”だったと考えるようになってしまっていたことを。

 亡き友の苦悩を本当の意味で“戯言”だと自ら体言している、この女の、美しく立派な生き様を。

 

 そして…亡き友以外の女に、戦わずして敗北した  己の心身の弱さを。

 

 

「…海賊王の背中を守る大剣豪、か」

 

 ゾロの夢は世界一の大剣豪である。

 少女の夢は世界を制する海賊王である。

 

 海賊王とはこの世の全てを手にする者。

 その覇道に立ち塞がる敵は無数にして無双の英雄悪党怪物ばかり。

 海軍に、七武海に、四皇に、世界政府に。

 

 そしてもちろん、あの“鷹の目の男”に。

 

 少女はそれら全ての上に立つと約束した。

 

 戦って、戦って、戦い抜いた先にあるのが海賊王の証なら、共に戦った剣士の得る名声こそが  

 

 

   世界一の大剣豪。

 

 

 面白い。

 

 ゾロは己の心の中でそう小さく呟いた。

 何より守る相手が時代の覇者というのが実に誇らしい。

 

 剣士とは騎士も武士も、己の主君を、土地を、民を、誇りを守るために剣を振るう者。

 

 姫を守る御伽噺の騎士など柄でもないが、かの海賊王の“剣”と称えられるほどの剣士になるのは悪くない。

 

 男はこのとき、自然とそう思えるようになっていた。

 

 

 

 後の海賊王と、その右腕とまで称えられた世界一の大剣豪。

 

 その一組の男女の出会いは、後世において様々な戯曲家や語部たちにより新たな海賊王伝説として永遠に語り継がれることとなる。

 

 ある作家は若かりし悪の王女と貴公子の結託の場として描き上げ、時代を象徴する反社会的な大衆娯楽の一大センセーションを巻き起こした。

 またある者は処刑の危機に駆けつけた姫に剣士が忠誠を誓う、ロマンチックな騎士物語の第一幕として、世の乙女たちの心を打つ恋物語を生み出した。

 

 世代を超え無数の御伽噺として語り継がれる『海賊王モンキー・D・ルフィ』の伝説。

 

 『“大剣豪”ロロノア・ゾロ』はこの日、その最初の一幕に、歴史の舞台に登場した。

 

 

 

「…おい、女」

 

「何?あと私ルフィよ」

 

 

 海賊王になるということ。

 

 それはつまり、未来の大剣豪たるこの自分の上に立つと宣言していることに等しい。

 

「…おれは強者しか認めねェ。“弱い女”なんざ願い下げだ」

 

 ゾロの品定めするかのような発言に海賊娘は一度ぱちくりと瞬きし、そして幼さの色濃く残るその愛らしい顔に、意地の悪そうな黒い笑みを浮かべた。

 

 まるで子供が悪巧みしているようだな、と剣士は場違いにも微笑ましさを感じる。

 

 しかし続く少女の挑発気味な言葉に彼はその表情を改めた。

 

「しししっ、なら見せてあげるわ!敵がちょっと力不足だけど」

 

「…何だと?」

 

 一瞬己のことを言われたのかと怒りを露にしたゾロであったが、少女の目線が自分の更に先を見据えていることに気が付く。

 

 そしてはたと彼女の言う“敵”の正体に思い至った。

 

 

 ここは海軍支部。

 

 今、基地の敷地内では騒ぎを聞き付け出動した数十名の海兵が軒並み意識を失うという重大事件が発生している。

 

 自称とはいえ海賊の進入を許し指揮下の部下たちを行動不能にさせられ、その責任を取りに現れるであろうこの場の最高責任者の名は  

 

 

「これは一体どういうことだあああ!?」

 

 

 伝説の幕開けを告げるプロローグ。

 

 その最後の脇役『斧手のモーガン』がようやく照明に照らされた。

 

 町に悪政を敷く暴君の最後としてでも、麦わら帽子の海賊少女の怒りを買った身の程知らずとしてでもない。

 海軍第153支部大佐モーガンはただ、時代の表舞台に舞い降りた未来の海賊王の登場を飾るためだけに、永遠と語り継がれる伝説の舞台の壇上へと上がったのである。

 

「何だこれは!?ここで何が起きている、中尉!?」

 

「は、はっ!じょ、情報が不足しており、ほ、本官には  

 

「黙れ、もういい!そこの麦わらの女、貴様で間違いないな!?状況証拠でそこのガキ共と一緒に皆殺しにしろ!!」

 

『た、大佐!?』

 

 役者が揃ったシェルズタウン海軍支部。

 

 その中心に立つ、麦わら帽子を身に付けた無名の女海賊は、さながら主演の舞台女優。

 陽光の如き輝きを放つ少女の、透き通る玲瓏とした声が、無数の客席へと広がっていく。

 

 

「ゾロ、あなたさっき“弱い女の下には付かない”っていったわよね?」

 

 “ギア2”と小さく呟いた少女の体が突如真っ赤に染まり、高熱と蒸気が噴荒れた。

 

『うわっ!?』

 

 モーガンに引き連れられた海兵たちが悲鳴を上げて後ずさった。

 真横にしゃがみ込むゾロも彼女が放つ爆発的な熱風に目を焼かれ、堪らず目を瞑る。

 

 だが直後、強烈な風切り音と共にその爆風が消え去った。

 

「なっ!?」

 

 慌てて目を開けたゾロは眼前から忽然と消えた少女の姿を必死で探す。

 

 そして彼は、宙を舞う一筋の火柱を見た。

 

 

 その右足は燃え盛る真紅の炎を纏い高く天へと登る。

 

 まるで舞台の緞帳を上げるかのような壮大な光景が万人の目を惹きつけ放さない。

 

 コビーも、リカも、異常を察し基地を見上げる町民たちもがその炎の柱に茫然とする中で、ゾロだけがその少女の華奢な右足に炎に隠れた鈍色の光を幻視した。

 

 そして振り下ろされた踵が巻き起こした轟音は、新たな時代の幕開けを告げる鐘の音の如く全世界に響き渡った。

 

 

 鉄が裂け、岩が砕かれ、大地が割れる。

 

 それら全ての音を掻き消す凄まじい爆風の中で、ゾロは確かに少女の玲瓏とした声を聞いた。

 

 そして剣士は風が晴らした砂塵の奥に、真っ二つに裂け轟々と燃え盛る高層の建物を見る。

 

 シェルズタウンの町人を虐げてきた正義にして悪の象徴、海軍基地中央棟がその威容を貶められた無様な姿で佇んでいた。

 

 

「海賊王を目指すほど強い女なら、どうかしら?」

 

 

 瓦礫の頂上で尊大な笑顔を浮かべる未来の海賊王は、未来の大剣豪に己の王たる証を見せ付けた。

 

 

 

「お前  女だよな…?」

 

 モーガンごと縦に両断された海軍基地の残骸を唖然と見つめながら、剣士が目の前のバケモノに確認する。

 

 いつの間に回収したのか、その手には彼の三振りの刀が携えられていた。

 

「大正解!だから仲間になって?」

 

「“大正解”じゃねェだろ!バカにしてんのかオイ!?」

 

 接続詞の前後の関係性が全く見えない意味不明な返しをしてくるルフィに、青年は渾身の突っ込みを入れた。

 

 少女の常軌を逸した強さに驚いてる暇もない。

 この女と出会ってから、ヤツの非常識過ぎる行動に振り回されてばかり。

 

 ゾロは海賊娘の満面の笑みに酷い頭痛を覚え思わず頭を抱えた。

 ここまで人のペースを崩すことに長けている人間も少ないだろう。

 

 なお本人はこの漫才のようなやり取りを仲間と交わすのが“夢”を見て以来の楽しみの一つであり、こうしてゾロと気軽な関係を築けたことに大いに喜んでいた。

 

「でもこんなに壊しちゃったら海軍も見逃してくれないだろうし、言いだしっぺのゾロも同罪ね!ようこそ海賊の世界へ!!」

 

 少女の黒鉄色に染まった指先から不可視の空気弾が放たれ、剣士の両腕の縄が切れる。

 見たことの無い技に青年の興味が引き摺られるも、直後のルフィの言葉に聞き捨てならないものを認め、彼は咄嗟に反論した。

 

「は!?おれにあの大惨事の責任を擦り付けてくんな!やり過ぎはてめェのせいだろ!」

 

「頭の固い海軍が私たち海賊の言い訳なんて信じてくれるわけないわ。観念しなさい、男でしょ」

 

「てめェに言われたくねェんだよバケモノ女ァ!!」

 

 ゾロが十字杭の拘束を解いてくれた麦わら娘に精一杯の怒声を投げかける。

 

 一月の拘束に耐えれば解放される約束で、剣士は九日間もこの地で大人しくその日を待っていた。

 だが極めて不本意ながら、これほどの惨状を引き起こした当事者の一人となってしまった以上最早そのような単純な話では終わらない。

 

 

「海軍基地が…」

 

「あんな頑丈そうな建物が一瞬で…」

 

「あの“海賊狩り”がやったんだ…っ!」

 

「バケモノ…」

 

 そこには衝撃で吹き飛んだ塀の隙間からこちらを覗く、静まった海軍基地の様子を探りに来ていた町民たちの姿があった。

 ひそひそと囁きあう彼らの声には驚愕や恐怖、警戒といった否定的な感情ばかりが籠っている。

 

 そしてゾロはそれらの中に呟かれたあまりにあんまりな冤罪に猛抗議を行った。

 

「いや待て待て待て待てふざけんな!!てめェらおれをこんなバケモノ女と一緒にすんじゃねェ!!」

 

「ヒッ!か、“海賊狩り”だぁ!!」

 

「見ろ!ヤツを捕らえていた縄が解けているぞ!」

 

「こっ、殺される…っ!」

 

 九日間の断食に加え、ルフィの覇気を受けたことで酷く消耗した男の姿は、まさに飢狼の如し。

 

 ゾロの大声が更なる恐怖を呼び、町民たちは騒然とする。

 

 あっという間に拡散する“海賊狩り”の悪行の噂を止める術を彼は持たない。

 大慌てで訂正しても誰も聞く耳持たず、追い詰められた猛獣はその牙を真の犯人に向けた。

 

「てめェこのクソアマぁ!お前も海賊なら自分の悪行くらい自分で誇りやがれ!」

 

「何よゾロ。世紀の大剣豪を目指すならこの程度簡単にやってのけないとダメよ?だから遅かれ早かれの違いだわ」

 

  ッ!」

 

 それを言われると弱い。

 

 あまりの衝撃に今まで頭から飛んでいたが、ゾロは再度目の前の両断された基地施設を見上げ、息を呑んだ。

 

 自分にこれが出来るだろうか。

 剣士は不可能だと断言出来る。

 

 だが隣の少女はそれが出来る。

 

 海賊王を目指す者が、女の身でありながらこれほど桁外れな実力を有しているのだ。

 世界最強の剣豪を目指すものとして、何より男として、女に己の弱さを失望されたまま逃げるわけにはいかない。

 

 

「…ハッ、くだらねェ」

 

 剣士は逃げ惑う人々へと目を向ける。

 

 皆が自分を恐れ、その悪名を町中に広めている。

 止める間もない一瞬の出来事だった。

 

 やむをえない事情で賞金稼ぎを始めた彼が表舞台に立ってから暫く経つ。

 謎の秘密結社から勧誘が来るほどの知名度を得たとき、青年は既に年単位の放浪生活を送っていた。

 

 だがゾロは瞬く間に己の悪名が広まる様を見たことで、ある結論に思い至る。

 

「そうだよ。名前の浄不浄だなんて、全く以てくだらねェこった。悪名だろうが賛辞は賛辞。おれの名が世界中に轟くなら賞金稼ぎだろうが海賊だろうが関係ねェ!」

 

 犯罪者?海賊?

 

 それが一体どうしたというのだろう。

 

 最強を目指すのなら必然的に海軍などの日の当たる世界の剣豪たちを相手にすることになるだろう。

 どの道悪名を晒すことになるのであれば、後はそれが今か先かの違いに過ぎないのだ。

 

 そしてそれは最強の大剣豪を目指すに当たり、全く以て意味のないことである。

 

「…認めてやるよ、女。てめェは強い!」

 

「ホント?嬉しい、ありがとう!」

 

「ああ、どうも。だがおれも男だ!絶対にてめェに追い付いてやる!その強さの理由を全て暴いておれのモンにしてやろうじゃねェか、麦わらの女船長さんよぉ!」

 

 

 剣豪ゾロは覚悟を決める。

 

 目の前に立つ女は、この世でもっとも困難な覇道を進む者。

 

 自分がそうであったように、女に頂点を取られることを悪党共は決して認めない。

 数多の強者たちがその道の障害となるだろう。

 そしてそれは共に歩むゾロの障害ともなる。

 

 望むところだ。闘争に駆られる剣士はその顔に獰猛な笑みを浮かべる。

 

「てめェに付いていけば強敵に困ることはなさそうだ。その覇道を忘れた日には、このおれがその首貰ってやる!」

 

「ッ!ならずっと一緒ねっ!二人で夢を叶えましょう、ゾロっ!」

 

 ぱあっと輝く少女の太陽の笑顔が男の心を捕らえて離さない。

 

 全ての邪気を祓うような眩しい陽光に目を細めながら、ゾロは生まれて初めて感じる奇妙な胸の高鳴りに戸惑う。

 

 そして近い将来、自分がコイツの背を守るために自慢の三振りの刀を振るっている姿が容易に想像出来てしまった。

 

 

 剣士は認めた。少女の強さを。

 少女の夢の輝きに、心の芯まで絆されてしまったことを。

 

 そして  少女の仲間になることを。

 

 

「やったわ!これで最初の仲間ゲットよ!これで正真正銘の海賊“団”ねっ!!」

 

「…は!?ちょっと待て、てめェの海賊団っておれが一人目なのかよ!?」

 

 

 だが剣士が己の選択が正しかったと認める日はまだまだ先のことになりそうだった…

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某島シェルズタウン港

 

 

 

 無人の食事所で塩気の強い熱々の炒飯をムシャムシャと頬張っている青年が一人。

 

 その食卓の対面には自分の料理を美味しそうに食べる男を放置し、窓の外を少し寂しげに見つめる少女の姿。

 

 

 ルフィとゾロは全壊した海軍基地を離れ、無人となった食事所『FOOD FOO』で出航前の腹ごしらえをしていた。

 

 あの優しい女の子の砂糖おにぎり以外、九日間も何も食べていない剣士を不憫に思った女船長が、気を利かせて故郷のマキノ師匠直伝のその腕を振るってあげたのだ。

 

 もっとも、先の大事件で料理人が逃げ出した厨房を勝手に使用する厚かましさは海賊ならではともいえよう。

 

「よかったのか?あのコビーってヤツ置いて来ちまって」

 

 ゾロが己の新たな女上司に、同行していたメガネの少年のことを尋ねる。

 

 二人の関係はわからないが、あの練習場での出会いを振り返るにそれなりに親しい間柄だったはずだ。

 挨拶もせずに別れてきたため、剣士の言葉には薄情な少女を責める色が含まれていた。

 

「彼は海軍に入るから、私たちと一緒にいたら夢を叶えられないもの。基地を壊しちゃったから海軍には相当恨まれてるだろうし、ここでは赤の他人としてお別れしたほうがコビーのためよ…」

 

 萎れた顔でポリポリと余ったキャベツを齧るルフィ。

 自業自得なのだが、その悲しげな表情がなんとも哀愁を誘う。

 

「…何で海軍に用があるヤツを連れてたんだ?てっきりお前の配下の雑用か何かかと思ってたぜ」

 

「あはは…ゾロにまで雑用呼ばわりされちゃったわね、コビー」

 

 聞けば少年は実際に彼の『アルビダ海賊団』の雑用を二年に亘ってやらされていたらしい。

 

 彼とルフィの出会いはほんの数日前。

 彼女が成り行きで少年をアルビダから救ったのが始まりだそうだ。

 

 

「樽で流されてたって…随分な目に遭ったんだな、お前も」

 

「でもおかげでコビーに会うことが出来たのよ?彼、何気にガッツあるからすぐに出世して私たちを追いかけにくるわ。きっと」

 

 そう言いながら少女は目を細め、窓の外を眺める。

 

 まるでその先の未来を見据えているかのような澄み切った瞳が酷く美しく、ゾロは僅かに動揺する。

 

 

 ルフィの目の先には一人の少年が小さな女の子と一緒に瓦礫の下敷きになっている海兵たちの救助を行っている姿があった。

 

 その献身的な姿勢に感化された町民たちも、腰が引けたままではあるが、二人に協力し始めている。

 

 海賊であるルフィは敵の海兵の安否に大した興味はないが、彼らを助けたい一心で救いの手を差し伸べるコビーの姿勢は純粋にカッコいいと思えた。

 あれこそが祖父ガープが煩く言っていた“理想の海兵”とやらなのだろう。

 

 あの様子では“夢”のときのように海賊の仲間だと勘違いされることもなく、無事に海軍に入隊することが出来そうだ。

 

 少女はコビーの成功を確信し安堵の息を吐く。

 

 

「…また会えるといいな」

 

 そんなルフィの切なげな表情が見てられず、ゾロはついそんなことを呟いていた。

 

 女の慰め方など知らぬ剣士なのだが、このときばかりはありきたりな言葉しかかけられない自分自身が何故か不快だった。

 

「…そうね。いいえ、そうよ!“W7”で会えるじゃない!なら何の問題もないわ!」

 

 だが元々そう容易く気が落ち込むほど繊細ではないルフィを慰めるには、その程度のやさしさで十分だったらしい。

 

 何の確信があるのかはわからないが、少女がヒマワリのように明るい笑顔の花を咲かせた。

 

 幼い素顔に浮かぶ表情が油断も隙もなくコロコロと変わり、ゾロの心が振り回される。

 

 この女は苦手だ。

 

 あの謎の気迫に気圧されたからだろうか。

 自分がこの少女の些細な仕草や発言に動揺してしまう事実が無性に恥ずかしくて、青年はキラキラと輝く彼女の瞳から逃げるように席を立った。

 

「あ、ゾロもう食べ終わってる。ならさっさと出航しましょ。ここにいたらコビーの邪魔になるし」

 

 続いて立ち上がったルフィがてきぱきと皿を纏めて洗い、片付けていく。

 

 故郷の酒屋で躾けの罰代わりによくやらされて身に付いた技術だが、その家庭的な姿に剣士は驚きを隠せない。

 先ほどの料理といい意外と女らしいところもあるんだな、と不思議な感情が籠った感想を抱く。

 

「…炒飯、美味かった。ごちそうさん」

 

「ホントぉ!?わぁい!マキノに叱られてばかりだったから凄く嬉しいっ!」

 

「ッ、お、おいっ!」

 

 食材費をその場の気分で心持多めにレジに突っ込んだルフィは初めての仲間の手を握り、その腕をブンブンと振りながら港の小船へと向かう。

 

 そんな少女に引っ張られて店を後にした未来の大剣豪は、これから始まる受難の日々に頭を抱えながら、胸中に沸き起こる大きな期待と高揚感を少しだけ好ましく思っていた。

 

 

 

 

 船着場に着いた二人の目には一艘の小船の姿が映っていた。

 

 真新しい帆が掲げられ、その小さな甲板には幾つもの樽が所狭しと積まれている。

 表面に黒々と書かれた文字は『PICKLES』や『WATER』、『BACON』、『LIME』などの焼印。

 中にはゾロの大好物である『SAKE』の文字が書かれた物まである。

 

 いつの間にか、出航準備が万全に整えられた船がそこにあった。

 

「へぇ、流石海賊を自称するだけのことはあるな。丘ではバカでも海上では抜かり無い船乗りってワケか」

 

 そんな褒めているのか貶しているのか曖昧なゾロの賛辞は、ルフィの耳には届かない。

 

 

 少女の心に届いてくる“声”はたった一つ。

 

 最後の最後で何ともステキな激励を貰ってしまったものだ。

 

 

 

 

   がんばってください、ルフィさん。

 

 

 

「…しししっ。次に会うときまでにちゃんと彼を鍛えてくれないと怒るわよ、お爺ちゃん」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「んーん、ないしょっ!  それじゃあ行くわよ、出航~っ!!」

 

 

 出会いがあれば、別れもある。

 

 だがそれは永遠の別れに在らず。

 少女ルフィの冒険で出会った最初の友達は、己の夢を叶える大きな一歩を踏み出した。

 

 次の再会は“夢”の通りの偉大なる航路だろうか。

 それとも全く別の形になるのだろうか。

 

 たとえどちらであっても二人の友情に変わりはない。

 

 海賊と海兵の違いなど些細なことだと、いつまでも笑い合いたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 『海賊王モンキー・D・ルフィ』を支える最初の仲間、『大剣豪ロロノア・ゾロ』を迎えた新進気鋭の海賊団『麦わらの一味』は、今日この日に結成した。

 

 姫と剣士の出会いの一幕を象った戯曲小説は数知れず。

 老若男女を魅せる二人は悪の華。

 

 その悪行善行の数々、王の偉大な冒険譚を愛する者なら一度は訪れてみると良い。

 

 

 

 新たな王の始まりの地、『シェルズタウン』へ。

 

 

 


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