ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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温泉旅行行ってきた
きもちよかったですマル

…ナミ編の字数が倍近くに膨れ上がってるのは百合好き紳士たちの陰謀


6話 北極星と女航海士・Ⅲ (挿絵注意)

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) オルガン諸島オレンジの町“バギー一味アジト”( )

 

 

 

「お邪魔しまーすっ!!バギーはどこ  ってあら、いない…?」

 

 ズドン!という大きな音と共に屋上が崩落する。

 

 大量の瓦礫と一緒に落下して来たのは、両脇に一組の若い男女を抱えた天真爛漫な麦わら娘。

 

 腕中で様々な不平不満を騒ぎ立てる二人を余所に、少女が辺りを見渡し首を捻る。

 お目当ての赤っ鼻の男の姿が見当たらないのだ。

 

「おかしいわね……確かにこの辺りいっぱいに妙に薄い気配を感じるんだけど…」

 

「いっ…たぁ~っ!  って、おかしいのはアンタの頭よ、バカ!天井ぶっ壊して突入とか普通考える!?死ぬかと思ったじゃない!!」

 

「ッ、ルフィ!も、もう離せ!いつまで抱きしめてんだ、バカ!!」

 

 見聞色の覇気で捉えていたはずの奇妙な覇気を追って突入したのだが、まさかの空振りに麦わら娘のルフィは内心困惑していた。

 

「どうして…?こんなコト過去に一度も……まさか見聞色の覇気でも捉えきれない敵がいるなんて……何なの、この不思議な気配は…?」

 

「どうもこうもないわよ、さっさと放しなさい!アンタのでっかい胸が顔に当たって鬱陶しい  ってちょっと何よこれ!?ブラくらいしなさいよ女の子でしょうが、バカ!!」

 

「だからルフィてめっ!当たってる!凄ェ当たってるってば!!はなっ、離せっつってんだろ、バカ!!」

 

 ブツブツと小声で唸るルフィに食って掛かったのは、彼女の両腕に輪ゴムのように巻きつかれていた男女、剣士ゾロと航海士ナミ。

 

 その辛辣な言葉に二人を解放した一味の女船長は怒りを露にする。

 

「ちょっとあなたたちっ!さっきから人のことバカバカ呼んで、ホント失敬ねっ!最近は村でも言われなくなってたのに…っ!」

 

「いやそれってもう言う必要が無いくらい周知の事実になってただけじゃないの?」

 

「何ですって!?そんなこと  そんなこと…ない……はず………よ」

 

 竜頭蛇尾に落ち込んでいくバカに追い討ちをかけるべく、年頃の女航海士が彼女をここぞとばかりに叱りつける。

 

「アンタこの際だから言っておくけどね!男と二人旅してるならもっと警戒心ってのを持ちなさい!そんなカッコしたまま船の上で二人きりなんて“襲ってくれ”って言ってるようなモンよ!!」

 

「なんで仲間のゾロが私を襲うの?」

 

「仲間とか関係ないわよ!男ってのは年がら年中盛ってるサルみたいなモンなんだから!アンタだってソイツに胸とかお尻とか触られたくないならせめてマトモな服着なさい!!今だって気まずそうな顔しながら内心何考えてるか…!」

 

 同性の仲間意識故か、この色々と開放的な麦わら娘の姿を日常的に目に焼き付けていたであろう青年剣士にナミは厳しい視線を送る。

 

 当然、唐突に触れられたくない話題を投げつけられた哀れな青年も必死に抵抗する。

 彼としても不本意かつ悩ましい事情であったのだから。

 

「なっ!?てめっ、こっちはそこの露出魔の暴挙に対する被害者だっつーの!」

 

「はっ、どうだか…!この子が寝てるときとか密かに手出してたりしてたんじゃないの…?このヘンタイっ!」

 

 顔を真っ赤にさせながら口をパクパク開閉する剣士から無垢な少女を守ろうと、女航海士が自然な動作でルフィを抱きしめる。

 

 その腕の中にいる無防備少女はナミの温かい体温に癒されながらも、仲間を侮辱された船長としての義務を忘れてはいなかった。

 心苦しいが、一味のトップとして締めるところは締めなくてはならない。

 ゾロとは違い一応ナミはまだ正式には仲間になっていないのだから。

 

「ちょっとナミ!心配してくれるのは嬉しいわ!でもゾロの悪口は許さないわよ!」

 

  え?あ……っ」

 

 自分の腕の中でもぞもぞとバツが悪そうに失言を責めてくる小柄な女の子。

 その大きな星空の双眸を、互いの鼻がくっ付く距離で目の当たりにしたナミは咄嗟に彼女を離し距離を取る。

 

「ゾロはむっつりなんだからそんな酷いコトしないもの!謝りなさいっ!」

 

「誰がむっつりだクソゴム女!!」

 

 心外そうに女船長に食って掛かる赤面剣士と、それをきょとんとした表情で見つめる麦わら娘の口喧嘩に蚊帳の外へと追い出されたナミは、少しずつ、混乱した思考を落ち着かせつつあった。

 

 そして、直前の自分の馴れ馴れしい行動にようやく気が付き、隣のむっつり剣士同様羞恥に思わず顔を覆い隠した。

 

(何…!?何なの…!?初対面の子抱きしめるとか、私何やってんの…!!?)

 

 我に返った女航海士は、まるで義姉のノジコにされたように、この麦わら娘を庇護すべき存在として平然と己の懐に抱え込んでしまった事実に狼狽する。

 

 少女の性格か、はたまた天性の魅力故か。

 

 彼女に対する警戒心を維持し続けることは極めて難しいと今日の僅かな会話のうちに身を以って学んだナミ。

 彼女にとって、この女海賊との対話は気を抜けば絆されてしまう危険なものであった。

 

(大丈夫…今の私は正気よ…!コイツらがあのクソ魚人共に勝てる強者か否か。それを見抜くだけでいいんだから…!)

 

 それこそがナミの目的。

 この色々と危険な少女の近くに居続ける理由。

 

 他の全てを放ってでも成さねばならない十年越しの願い。

 その成就のためならこの程度の困難くらい乗り切って見せる。

 

 そう意気込む少女であった。

 

 だが  

 

(さっきの街中での“海賊狩り”との口論でも感じたけど、この子は仲間意識が非常に強い。利用出来そうならさっさと仲間になって助けてって頼めば  って)

 

 違和感。

 そして驚愕。

 

 思わず固まってしまっていたナミは、その不自然なまでに自然に浮かんだ発想の意味を何度も反芻し  顔を青ざめさせた。

 

(まっ、待って待って違うでしょ…っ!?“仲間になって”って何よ、コイツら海賊なのよ!?何考えてんの私!!?)

 

 明らかに異常である。

 

 八年前のあの悲劇以来、その単語を聞いただけで憎悪が煮えたぎる程憎み続けてきた“海賊”。

 それがたった一人の少女の言葉でこうも容易く警戒心を崩され、気付いたら無意識のうちに彼女の仲間になることを認めている自分がいるのだ。

 

(だ、大丈夫…まだ大丈夫…!天に一物も二物も与えられた化物娘のよくわかんない“凄さ”に当てられただけよ…!慣れたら今度こそ正気に戻れるはず…っ!)

 

 自分の凶行の責任を外部的な要因に押し付けたい泥棒美少女は、この小さな女勇者の理不尽なカリスマ性を例に持ち上げ何とか己の体面を守り通す。

 

 やはり彼女と会話を交わすのは最低限に止めよう。女盗賊はそう決意した。

 

 後ろで何やら図星を突かれて怒声の勢いが翳ってきた“海賊狩り”と、無邪気な声色でずけずけと相手の恥ずかしい内心を突き付ける女船長の会話から耳を逸らし、ナミは我関せずで消えた敵『“道化”のバギー』がこのアジト内に残した痕跡を探る。

 

 もちろん、海賊専門泥棒の副業も忘れない。寧ろ本業に取って代わるほどの熱の入れようだ。

 

 

 だが、瓦礫の中から素早く物品を漁り盗み出す女泥棒の手際の良さを、女船長との言い争いに敗北し逃げてきた剣士の話題転換に利用されてしまった。

 

「へぇ、こいつァ頼もしい航海士だな。ホントに盗賊としても一人前なのか、ナミ」

 

 突然、どこと無くバカにしているような声色で話しかけられた泥棒美女の肩が僅かに跳ねる。

 

「…嫌味言ってる暇あったら黙ってバギーの痕跡捜しなさいよ、むっつりさん」

 

「はっはっは、そうカリカリすんなよ。“仲間”じゃねェか、なぁナミ?」

 

 意地の悪そうな笑みを浮かべながらその単語を強調する剣士を、女泥棒がキッと睨みつける。

 

「ッ、さっきからナミナミ人の名前呼んで馴れ馴れしいのよアンタ!誰が仲間よ、誰が!」

 

「なんだナミ、お前まだそんな意地張ってたのか?忠告したはずだぜ?“諦めろ”ってな」

 

 かつての自分と同じように、ルフィとの間に心の壁を張り続ける新参のナミの姿がおかしくて仕方が無いゾロは、この強情そうな女が少しずつ絆されていく姿を観察するのを大いに楽しんでいた。

 

 特に先ほどのように無意識のうちに麦わら娘の味方をしてしまっていた彼女が己の痴態を恥じる様など、実にからかい甲斐のある眼福ものの光景だ。

 

 結果のわかりきっている勧誘に必死で抵抗している新人候補をこうしてからかうことが出来るのは、先達たる青年剣士のみが持つ大事な特権だ。

 

 女航海士が完全に堕ちる前の、往生際の悪い彼女の葛藤を存分に堪能しているゾロは、既に『麦わら海賊団』の一員としてどっぷり染まっていた。

 

 

 …若干先ほどのヘンタイ扱いに対する仕返しも含まれているところに、この哀れな19歳の青年の余裕の無さが窺える。

 

 

  そういえばルフィ、お前がいつもやってる相手の気配探る“覇気”ってのは使ってねェのか?シェルズタウンでおれを捜したのもその力なんだろ?」

 

 しばらくして、一味の新人候補でしつこく遊び続けるのを自重した剣士がルフィに問いかけた。

 既にその顔には先ほどのようなお気楽な雰囲気は微塵も無い。

 

 

 少女の切り札らしきその特別な“気配を読む力”も密かに盗めないかと考えている彼は、これまで何度か覇気について訊ねていた。

 それらを身につけることこそが、己が頭を下げる女船長の隣に立つために必要不可欠であることは既に把握済みである。

 

 こうして敵の首魁に真っ先に挑む姿勢を見せるのも、自身の武者修行以上に、自身の上司の信頼を獲得し彼女の技を教わりたいがこそ。

 いつの時代のどこの組織であっても、一番槍は常に主の信を勝ち取ってきたのだから。

 

 もっとも、先ほど街中で女船長が切なげに示した自分への強い信頼を知ったゾロは今、その奥義を授かるに足る強者であることを彼女に証明したい一心なのだが、ルフィ自身は特に隠すつもりも無く、寧ろさっさと修行の機会を設けたいと考えている。

 

 その奇妙なすれ違いが、未だ二人の男女が一味結成直後で完全に心を通わせ終えていないことの証でもあった。

 

 

 一方、バギーの覇気について訊ねられたルフィは、剣士の問いに難しい顔を浮かべながら返答した。

 

「…さっきから捜してるんだけど見つからないのよ。それっぽい覇気は感じるのに、まるで周囲に広がるドームみたいに薄くて大きくて……こんなの初めて…」

 

 ルフィの知る限り、見聞色の覇気の感知から逃れる方法は存在しない。

 強者は強者としての覇気を必ず有しており、その気配を隠すことは強者の意思そのものを封じること。

 つまり、不可能なのである。

 

 特に二人の“ルフィ”の覇気を有し、それを十年かけて磨き続けてきた彼女の見聞色の覇気は、最早“覇気”という枠組みさえも超越しかねない形而上の領域に至っている。

 

 気配はもちろん、心どころか思考まで読み取り、少し先の未来さえも見通す上、万物の“声”すら聞き取れるルフィにとって、人探しなど息をすることより容易だ。

 実際に今問題となっている『“道化”のバギー』の気配も感知することは当然のように成功している。

 

 ただ、その感知した覇気の“質”があの赤いデカっ鼻の男だけ、あまりにも異質なのだ。

 

「…雑魚なんじゃなかったのか?」

 

「雑魚よ?雑魚なんだけど……面白いわね、バギーの覇気って」

 

 しばらく目当ての人物の覇気を分析していた麦わら娘が、ゆっくりと興味深そうな笑顔を浮かべた。

 

 少女は思い出したのだ。

 最初に“夢”を見、覇気を知ったとき、まるで世界がひっくり返ったかのような衝撃を覚えたことに。

 

 そして今、全幅の信頼を置いていた自身の見聞色の覇気でさえも捉えきれない者がいることを知り、少女の胸中では未知に対する関心が沸々と湧き上がっていた。

 

「体質かしら?それとも悪魔の実の能力の影響?……凄いわバギー!町のみんなに酷いことする悪いヤツだと思ってたのに、インペルダウンでも見直したけど、まさかこんな隠し玉があったなんて…!!」

 

「……インペルダウンですって?アンタあの海底監獄に行ったことあんの!?」

 

「“私”は無いわ、後はないしょ」

 

「“ないしょ”って…」

 

 聞き捨てならぬと会話に割り込んできたナミを軽く流し、ルフィは無い知恵を絞り人海戦術で捜し人を捜索することにした。

 

「それよりこっから先は三手に分かれて捜しましょ。漠然としすぎててあまり詳しくはわかんないけど、ココから逃げようとしてるバギーの意思は感じるわ。多分港に向かいながら捜せばいつかは見つかるでしょ」

 

 かつては警戒心の塊のような人物であったエースも、村人たちと一緒に集団行動を取るうちにフーシャ村の皆との間に仲間意識を持つようになったのだ。

 その当時のような環境を用意しそこにナミを放り込むことで、ルフィは一味に誘っているこの頑固な女航海士の頭を縦に振らせようと考えていた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!私アンタたちと違って戦えないのよ!?」

 

「見つけるだけでいいわ。この町程度なら覇気で遠くからでもナミの意思を感じられるから、すぐに空飛んで合流するわね」

 

 唖然とした面持ちで少女の人外じみた力の説明を聞くナミ。

 

「……その“覇気”だの“気配”だのの荒唐無稽な話を信じろと?」

 

「イヤならまた私と一緒に空飛んで捜す?」

 

「ッ、いや、いい!わかった、わかったわよ!捜せばいいんでしょ、もうっ!」

 

 先ほどの空中旅行がトラウマになりつつあった女泥棒が顔を青くしながら首を振る。

 あんな恐怖は二度と味わいたくない。

 

 彼女の肯定を満足げに確認したルフィは、声高々に配下二名(予定)にキリリとした表情で指示を下した。

 

「それじゃ、船長命令よっ!一味三人みんなで、村に悪さする連中の、何よりナミに酷いことした“バギー海賊団”の親玉バギーを倒しに捜しに行きましょっ!!」

 

 もっとも、少女のその童顔では折角の初船長命令もただの子供のカッコつけにしか見えないのだが。

 

「ッ!だから仲間じゃない  って、はぁ…もう好きにしなさいよ、バカ」

 

「お、もう諦めるのかナミ?もうちょっとくらい粘ってくれてもいいんだぜ?ククク…」

 

「協力するだけよっ!!海賊なんて死んでもイヤ!!」

 

「あーそうかそうか。じゃ船長、おれは先に行くぜ」

 

 一通り後輩をいじって楽しみつつ、ゾロが真っ先にボスの命令に従った。

 何だかんだ言いながらも本質的な部分では組織としての上下関係を大切にする男である。

 

 そんな彼が向かった方角が港とは真逆の山側であることを指摘するナミも、一応は女船長に従う姿勢を見せる。

 

「……ねぇ、あれいいの?」

 

「ゾロに人探しなんか出来るわけないでしょ?さっきの一味全員への船長命令は気分よ気分。あ、でもナミには期待してるから!頑張って二人で手分けして捜しましょ!」

 

「えぇ…」

 

 

 高名な“海賊狩り”がむっつり、かつ致命的な方向音痴。

 

 強烈な脱力感と共にアジトを後にした女泥棒は、成り行きで『麦わら海賊団』に関わってしまった己の不運を少し後悔した。

 

 

「はぁ、これでアーロンどころかバギーにすら勝てない雑魚一味だったら一生恨んでやる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) オルガン諸島オレンジの町“秘港”( )

 

 

 

 40年前に海賊の襲撃で故郷を追われた民が築いた港『オレンジの町』( )

 過去の教訓を元に計画されたこの町には、海賊の襲撃に備えた様々な対策が至るところに設けられている。

 

 その一つである山麓の秘密の港で、息も絶え絶えに小さな漁船の出航準備を行っている一人の男がいた。

 

「ハァ…、ハァ…、ま、撒けるか…?」 

 

 汗で崩れている特徴的なフェイスペイントに、真っ赤で巨大な丸鼻から活発に空気を取り込むその男、名を『“道化”のバギー』という。

 

 先ほど仲間たちに出航を指示し、彼らの逃亡の殿を引き受けたはずのこの船長が何故このような無人の入り江で漁船の帆を張っているのか。

 答えを知る者は彼ただ一人。

 

「くっくっく……ぎゃはははは!バカ共め!大慌てであんなデケェおれの『ビッグトップ号』を出航させたら目立つに決まってんだろ!覇気使いから逃げるにゃ“意思”を拾われねェように、こっそりコソコソと静かに海へ逃げるモンなんだよ!」

 

 何てことはない。

 生き残った者こそが正義であるこの大海賊時代において、男はその正義を成そうと仲間を捨て駒に使っただけである。

 

「ぐすっ、お前ら…っ!今までご苦労だったな…!モージ、カバジ、それにみんなも…!おれァお前らの分もハデに生きるって決めたぜ…っ!」

 

 とはいえ、流石の小悪党バギーも人の子。

 犠牲にする配下たちへの申し訳なさから静かに涙を流すその顔には、隠すつもりの無い哀愁が漂っている。

 

 もっとも、それも一瞬。

 直後に浮かべた目尻と口の両角がくっ付くほどのニヤケ面に、仲間を思う罪悪感の涙も瞬く間に蒸発してしまう。

 

「だからよぉ、お前ら……おれの分も頑張ってド派手に目立って散っていけ、ブァ~~~カ!!」

 

  なるほど。アイツの言う“姑息な雑魚”ってのは、まさにその通りみてェだな」

 

「!!?」

 

 突然聞こえた知らぬ男声に、バギーの心臓が一瞬停止した。

 

 咄嗟に振り向き目にしたその人物の特徴を、赤っ鼻の男は脳内で瞬時に整理する。

 そして見事相手の正体を突き止めた。

 

 相手が男ということで、問題の“麦わら帽子の女”と鉢合わせする最悪の状況では無いと既に動揺を落ち着かせていたバギーであったが、この人物を代わりに歓迎出来るほど彼の心は広くなく、またその力もなかった。

 

 全く予想だにしていなかった、まさかの乱入者である。

 

「三本刀の腹巻剣士だと…?ッ、てめェまさか“海賊狩り”か!?」

 

「ご名答。嬉しいぜ?自己紹介の手間が省けるモンってのはな、『“赤っ鼻”のバギー』さんよぉ」

 

 女船長の命令に従い港を目指し、迷いに迷ってこのような辺鄙な地まで来てしまった『“海賊狩り”のゾロ』。

 目の前の派手な人物に棚ぼたで出会えた幸福に思わず獰猛な笑みが零れる。

 

 そして、やはり自分は迷ってなどいなかったと、青年は密かに安堵した。

 

「どぅぅあぁれがァ  “赤っ鼻”だゴラァァァっ!!?」

 

 そんな邪魔者に貴重な時間を浪費させられている赤っ鼻の男は、怒声の奥に冷静な思考を隠し即座に戦闘を開始する。

 一瞬で漁船から寂れた桟橋に飛び降り、懐の切り札である毒付きナイフを無礼な剣士に投げつけた。

 

 もちろん、がむしゃらに攻撃するようなヘマはしない。

 投げた毒付きナイフには己の能力で切り離した【小指】をこっそりと隠してあり、いつでも自由に操ることが出来るように準備してある。

 勝負を決めるための切り札は、相応の戦術の中で運用してこそ切り札たり得るのだ。

 

 肉体を無数のパーツに分解し自在に操る『バラバラの実』の能力者である彼は、よくこのような“詰め”を終えてから一気に王手を取る戦いを好んでいた。

 

「ちっ、冗談じゃねェぞ!さっさと失せろ、“海賊狩り”!てめェみてェな最弱の海で小山の大将やってる雑魚に構ってる暇ァねェんだよおれァ!!」

 

「ッ!!…へぇ、随分とまた面白ェ挑発じゃねェか、おい…!気に入ったぜ、てめェは今ここで斬り殺してやる!!」

 

 敵の感情を逆撫ですることも、長年海賊業に手を染めているバギーに掛かれば造作も無い。

 

 憤怒に身を任せ正面から突っ込んでくる“海賊狩り”の凄まじい速度を辛うじて捉えた赤っ鼻の男は、即座に能力を発動させ身体のパーツをこっそりと切り離す。

 

 ぶぉん…!と振るわれた刀の余波で男の【腹部】が吹き飛び、その勢いのままバギーは剣士と立ち位置を入れ替えた。

 

 これも彼の作戦の一つ。

 重要な逃亡手段である漁船から“海賊狩り”の目を離させ、先ほどの【腹部】と同時に切り離した【左手】で密かに出航準備を続けるためだ。

 

「へぇ、そんな風になってんのか。ホントに全部ルフィの言ってた通りだな。アイツの情報収集力はどうなってやがんだ…?」

 

 まるで積み木の一部のように輪切り状の部品に分かれふわふわと漂う道化師の【腹部】を、“海賊狩り”は興味深そうに観察する。

 

 対するバギーは本命の漁船に送った【左手】と、ナイフを持たせた【小指】が気付かれていないことに内心安堵しつつ、あえて苦虫を噛み潰したような余裕のない表情を浮かべていた。

 

 理由は剣士が構える刀の状態にある。

 

「……鞘を付けたまま攻撃たァ、随分おれの能力に詳しいじゃねェか。1500万ベリーにもなりゃ入念な下準備をして挑むモンらしいな、ちくしょうめ…!」

 

「ま、ただの受け売りだがな。いつもはバカだが、流石に船長なだけはあって敵の情報はちゃんと把握済みらしいぜ。どうやって集めたのかは知らねェが」

 

 もっとも、道化師とてバカではない。

 この“海賊狩り”のように刃物を鞘で覆い、斬撃を殴打撃に変えて挑んできた賞金稼ぎには何度も出会ってきた。

 当然その対策も万全である。

 

 だが、戦闘を再開する直前に、バギーは剣士の言葉の中に一つだけ不可解な単語を聞き取った。

 

「船長…?お前、どっかの民間船の用心棒でもしてんのか?」

 

「いや、おれ最近海賊になった」

 

「……は?」

 

 耳を疑う発言が“海賊狩り”の口から飛び出し、男は顎を垂らす。

 

 海賊。

 すなわち、同業者。

 

 剣士の異名を知るバギーは少しの間を置き、彼の告白の内容を理解した。

 

 そして思う。

 これが笑わずにいられるか、と。

 

「ぎゃはははは!!こりゃ傑作だ!ミイラ取りがミイラになってやがるぜ、がっはっは!!」

 

「…てめェで選んだ道だ、悔いはねェよ。ただな  

 

 直後、バギーの危険信号がけたたましく鳴り響いた。

 咄嗟に身を引き置き去りにした残像が、豪速で振るわれた剣士の刀に吹き飛ばされる。

 

 遅れてゾッ…と悪寒が走り、男は死の恐怖に思わず唾を呑んだ。

 

  ミイラになったミイラ取りが、ミイラ取りを辞めるとは限らねェだろ…?」

 

 極めて非友好的な笑みを浮かべながら刀を構える“海賊狩り”。

 その隙の無さに、即座に落ち着きを取り戻したバギーは小さく舌打ちする。

 

(……強ェな、コイツ。異名は伊達じゃァねェってことか…)

 

 彼は今、先ほど己の【小指】と共に投げ飛ばしたナイフを密かに操り、剣士の背中に狙いを定めていた。

 

 また同時に【左手】で剣士の背にある漁船の出航準備を行っている。

 もちろん、切り離した部位が目立たぬよう【左手】の無い左腕は肩に羽織ったコートの裏に隠蔽済みだ。

 

 万全では無いが、既に一連の下準備は整っている。

 

 だがバギーには最も重要なタイミングを引き寄せる、すなわちこの剣士の油断を誘う手立てが不足していた。

 

(ちっ、流石にそう簡単には隙ィ晒してくれねェか。“海賊狩り”…!)

 

 時間の浪費は男を追い詰めるだけ。

 何より彼には、迫り来る『新世界』級のバケモノから逃げるという最重要目標があるのだ。

 

 確かに先ほどの剣速を見る限り、この剣士は偉大なる航路(グランドライン)でも名を上げられるほどの強さはある。

 流石は“海賊狩り”と恐れられる男だ。

 

 だが所詮は大海を知らずこの”最弱の海”で調子に乗っている井の中の蛙に過ぎない。

 この程度の剣士なら『楽園』で既に何人も見てきたのだ。

 

 さっさと倒してバケモノから逃げなくては。

 バギーの焦燥は募る一方だった。

 

(ハデに爆発する足の“特製マギー玉”は使えねェ…!ならばコイツで無理やり隙を作ってやるぜ!!)

 

 覚悟を決めた男の行動は速かった。

 迷い無き動きで懐のナイフを残った右手で掴み取ったバギーは、十本余りの刃を一気に宙にばら撒き大技の準備を整える。

 

「さァ覚悟しろ、“海賊狩り”ロロノア・ゾロ!!いっちょド派手に祭りと行こうじゃねェか!バラバラ“ナイフ”フェスティバル!!」

 

「なっ!?」

 

 その掛声と共にバギーは自分の身体を無数のパーツに分解させる。

 それら全てを宙で操り、先ほど放り投げた多数のナイフに向かい一斉に飛び掛かった。

 

「ぎゃはははは!斬撃や刺突が効かねェ身体にしか出来ねェ技だ!そこら中から飛んでくるナイフの餌食になりやがれ!!」

 

 まるで立体的なエアホッケーのように身体の各パーツで空中のナイフを弾き返し、男はそれらを“海賊狩り”の正面へ殺到させた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

(さァ、これでヤツの注意は全て目の前のナイフに釘付けだ…!やるなら今しかねェ!!)

 

 折角作った大きな隙をただ攻撃だけに利用するのを惜しんだバギーは、この千載一遇の好機を活かし剣士の背後の漁船を桟橋から密かに出航させる。

 そして最後の仕上げに、自身の両足をその甲板へと飛び乗らせた。

 

 『バラバラの実』の能力の特徴の一つに、各身体パーツの中で足裏だけは宙に浮かせられないという厄介な制限がある。

 先に両足を漁船に乗せたのも、その弱点を晒さぬようにするためだ。

 

(動かし辛い足も既に船と共に逃がした…!あとはコイツさえ上手く行けばおれの勝ちだっ!!)

 

 万が一に備えた全ての“詰め”を終えた船長バギーが、遂に切り札を切る。

 

 剣士がこちらの大技“バラバラナイフフェスティバル”を迎撃しようとその三本の刀を振るった直後。

 道化師は敵の背後に隠していた【小指】を操り、最初の毒付きナイフを“海賊狩り”の脇腹に向かって思い切り突き出した。

 

 意識の全てを注ぎ込んだその一撃は目にも留まらぬ速さで剣士の腹部へ目掛けて飛行し  

 

 

「ぐはぁっ!!?」

 

 突然“海賊狩り”の体が大きく揺らぎ、道化師は飛ばした【小指】を通し確かな手応えを感じる。

 

 彼が大好きな、敵の肉を抉り致命傷を与えた、勝利の感覚だ。

 

「ハッ、ザマァ見やがれバーカ!複数の武器を同時に操る敵と戦うときゃなァ、ソイツが手放した武器がどこにあるかくらい把握しとくモンだぜ、未熟者ォ!!」

 

 バギーは己の作戦勝ちを確信し、悦に浸るべくここぞとばかりに敵の失策を嘲笑う。

 全力で突き刺したのだ。骨まで届いているだろう。

 オマケにナイフに仕込んでいたのは強烈な麻痺毒だ。もう碌に動けまい。

 

(って、いかんいかん。落ち着け、おれ)

 

 勝鬨を上げるお調子者のバギーであったが、持ち前の臆病さで何とか戦いの興奮を収め冷静になる。

 

 最近の東の海(イーストブルー)における海軍のキナ臭い動きを考慮しヘタに悪名を上げぬよう致死性の高い毒物を避けていたのが多少惜しかったが、本来の目的はこの男を殺すことではないのだ。

 

 万全を期すためにナイフを捻りながら引き抜き傷を悪化させ、確実に“海賊狩り”の動きを止めた道化師はさっさと脱出作戦を再開した。

 本当の勝負はここからなのだから。

 

「ふぅ~…ま、運が良かったな“海賊狩り”。おれァ今忙しくてな、お前を仕留める時間が惜しい。てなワケで  ド派手にこっそり出航じゃァ~~~!!」

 

「ぐ…うっ…!ま、ちやがれ…っ!」

 

 既に剣士の背後で出航させていた漁船で身体パーツを合流させていたバギーは最後にそう言い残し、”海賊狩り”の射殺すような視線から逃げるようにオレンジの町を後にした。

 

 

 

 

 

 この時、男は気が付かなかった。

 

 これほど自分が苦戦した強者『“海賊狩り”のゾロ』が”船長”と呼び敬う人物がいることの危険性に。

 

 

 この時、男は知らなかった。

 

 それほどの圧倒的強者が血相を変えて爆走してくるほど、己が殺しかけた剣士が”船長”に大切にされていたことに。 

 

 

 

 

 長年偉大なる航路(グランドライン)を離れ安息の海に甘んじていた海賊王の元クルー『“道化”のバギー』は、強者の影に怯えながらも心のどこかで油断が生じていた。

 

 

 その失態に気付いた男が最後に見た光景は、夜の帳の降りきったオルガン諸島の空に輝く満天の星々であった。

 

 

 

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