ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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11話 オオカミ少年・Ⅱ (挿絵注意)

大海賊時代・22年 

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島某島シロップ村

上陸1日目

 

 

 

 食事所『MESHI』。

 

 東の海(イーストブルー)ゲッコー諸島のとある島で営まれているシロップ村の唯一の飲食店である。

 日没時には沈む夕日に入れ替わるように集まり出す飲んだくれの男衆で賑わい、料理好きの店主の強いこだわりで未だに居酒屋の看板を掲げることを拒んでいる簡素な食堂だ。

 

 普段は閑散としているはずの日中の店内では、この日、厨房がキリキリ舞いの戦場と化するほどの大騒ぎが起きていた。

 

「すげェな、アレ…」

 

「あのほっそい腰のどこにあんな量のメシ入るんだ…?」

 

「見ろよあのでっけェ胸、ばるんばるんじゃねェか…!もみてェ…っ」

 

「奥のアンちゃん、昼間っからいい飲みっぷりだぜ!ひゅーっ!」

 

「ウソップの新しい友達か…?女の子たち紹介してくれねェかな」

 

「……な…何故“海賊狩り”がこの村に……!……ヤバい!」

 

 続々と集まる野次馬たちの注目を集めているのは、店の一角を占拠する四人の珍客たち。

 周囲の食卓にまで皿々を広げ、山のように盛られた新鮮な葉物料理に満面の笑みで喰らい付く黒髪少女と、清酒を四斗樽ごと浴びるように呑む酒豪の青年剣士。

 そしてその傍らで我関せずと上品に仔牛の衣揚げを切り分ける橙髪の少女と、暴飲暴食を続ける男女を唖然とした面持ちで見つめる村一番の有名人『“嘘つき”ウソップ』少年だ。

 

 何とも奇妙なこの一団、この島で僅か半刻前に新結成した海賊である。

 

 

 その名も『麦わら海賊団』。

 

 新たな仲間と船を探しにこの島で錨を下した彼ら彼女らは、早速迎え入れた新人の狙撃手ウソップ少年を頼りに、腰を落ち着かせられる場所を求めてここ食事所『MESHI』を訪れていた。

 目的はもちろん、もう一つの用事である遠洋航行用の本格帆船の相談だ。

 

 

「“カヤお嬢様”?」

 

「ああ、アイツ以外にこの村でお前らが望む船を持つ者はいねェな。村外れに一家が持ってる桟橋があるが、そこでちらっと何隻かそれっぽい帆船を見たことがある。お前らの乗ってきた無理やり合体させたような双胴船(カタマラン)よりは大分マシだろうぜ」

 

 交渉の流れを感じ取った女航海士ナミの案により、一味は新入り歓迎宴会のついでに今後の計画を練るべく村の食堂で頭を突き付け合っていた。

 

 二日ぶりに目にするマトモな野菜に喜びの舞を披露するサラダ狂いの女船長ルフィと、女性陣  主にナミ  に良い酒を奪われた“オレンジの町”の悔しさから店の酒という酒を飲み干すアル中剣士ゾロ。

 

 そんな一味の汚点二人を無視し、ナミとウソップは船の調達の目途を立てる。

 

「1年前に親を失った大富豪のご令嬢…ね。流石にそんな不憫な境遇の相手から奪うワケにはいかないわね…」

 

 欲するモノを得る手段として真っ先に強奪を選ぼうとする物騒な女航海士兼、泥棒のナミ。

 

 相手は美少女といえど、れっきとした海賊なのだ。

 目の前の女を恐ろしげに見つめるウソップであったが、体が弱く、何かと体調を崩しがちな友人の令嬢の身を案じ少年は感情的になる。

 

「なっ、当然だ!これでもお前らを信用して話したんだぞ!?んな酷ェことするならこのおれが相手になってやる!」

 

「私たちだってそこまで零落れてはいないわ。ただ“バギー海賊団”から貰ったのと……あとルフィたちが持ってたお宝が結構あるから、それで交渉出来るかも知れないわね」

 

 “夢”のナミお姉さんのお宝に対する抜け目の無さを見習ってしまった少女ルフィは、お宝に対しそれなりの執着心を持っていた。

 その結果『麦わらの一味』はアルビダやバギーなどから容赦なく財宝を奪い、現在約3000万ベリー相当のお宝を有している。

 

 流石に外洋航行が出来る本格的な帆船を購入するには至らない金額だが、女航海士は己の交渉術で何とか初期ホーイ船  欲を言えば初期キャラベル船あたりを手に入れたいと考えていた。

 

(まぁ、ホントは故郷を買い取る資金に回したいんだけどね……)

 

 以前の彼女なら間違いなく船など買わずに丸ごと盗み取る手筈を立てていたであろう。

 

 だがナミにはもう、その手段は取れない。

 彼女にとって此度の“カモ”は、最早赤の他人と割り切れるほど疎い人物ではなくなってしまったのだから。

 

 ちらりと女航海士は自分の新たな商売仲間に目を向ける。

 

 山のように積まれてある空のサラダ皿の隣でソワソワと追加注文を待ち続ける、幼げな童顔の女の子。

 不覚にも気に入ってしまったこの愛らしい女海賊に、あの憎くも恐ろしい魚人共と戦ってくれと頼むこと自体に、女航海士の中に眠る十歳の少女は未だ消極的であった。

 

(どうしたいんだろ、私……どうすればいいのかな……)

 

 俯く少女の顔に影が差す。

 

 図らずも強者ルフィという鬼札が手元に転がり込んで来たナミは今、今後の方針も立場も何一つ明確にさせぬまま、彼女の指示に従いこの島まで一味の小船を運んできた。

 いつ以来になるかわからないほど、穏やかで気の緩みきった心地よい朝を迎え、その幸せの味を知ってしまった若き悲運の女航海士。

 少女は迫り来る現実から目を背け、甘い夢のような日常に縋り付こうとする。

 

(そもそも今更“助けてあげる”って言われても……じゃあ私の今までの努力はどうなるのよ……)

 

 幼少期、思春期と、人間が最も成長する大事な時を不幸のどん底で過ごしたナミの胸中に、大きな波紋が広がっていく。

 

 もっとベルメールさんと遊びたかった。ノジコと気軽なケンカをして、それを叱って欲しかった。自慢の美貌を駆使して村の男たちをからかい、ときにステキな異性と幸せな恋をしてみたかった。

 

 でもそれらはもう、二度と叶わない幻想。

 

 故に、今更現れた遅すぎる救世主に頼るという行為そのものについて否定的な感情が無いかと問われれば、当然あると答えざるを得ない。

 八年間も貯金を続けてきた執念が物事をそう簡単に割り切らせてはくれず、複雑な思いが少女の胸中に渦巻いていた。

 

 今までの努力が無価値であったことに対する落胆はもちろん、頼ろうとしている勇者サマがアレなのもまたナミを苛立たせる要因でもあるのだが。

 

 小さく溜息をつきながら、ナミは隣でレタスを踊り食いするアレの頬を摘んで注意を引いた。

 

「と、言うわけだからルフィ。その“カヤお嬢様”ってのに会いに行くわよ」

 

「ふぉえ?」

 

 ごっくん、と口の中の食物繊維を呑み込んだルフィが小首を傾げる。

 

 頬を引っ張るナミの手に力が籠りそうになるが何とか自制し、目的の大富豪の館を目指して女船長を外に連れ出した。

 慌ててウソップが後に続く。

 

 ゾロは隣の客と飲み比べを始めており、酒精臭漂う厳つい男を体の弱い令嬢の前に立たせるワケにはいかないと放置することにした。

 

「どうせ何も考えてないんだろうし、私が交渉してくるからアンタは一味の船長らしく近くでキリッとカッコよく立ってなさい。適材適所ってヤツよ」

 

 形の良い唇を得意げに持ち上げ、若き女詐欺師は強気の笑みを浮かべる。

 

 その自信満々な顔に信頼で返した少女船長ルフィは力強く頷き、去り際に剣士へ一言残し、ナミを追って店を後にした。

 

 

  じゃあ、ちょっと行ってくるわねゾロ。……飲みすぎは傷に響くから、ほどほどにね…?」

 

 耳元で囁かれた少女の微かな吐息に酔いが吹き飛んだ剣士ゾロは、誤魔化すように三樽目の葡萄酒を乱暴に床へ戻す。

 

 酒は万能の薬と言うが、万病の元とも言うのだ。

 腹八分目ではないが、体調が万全ではない内はこのあたりでやめておくべきだろう。

 

 …通常の人間なら十回以上死ぬ量のアルコールを既に喉に通していた酒豪の小さな我慢であった。

 

(……ん?)

 

 酔いが醒めたからだろうか。いつもの冴えた感覚を取り戻したゾロの直感が不愉快な視線を感じ取る。

 周囲で飲み比べを始め大盛り上がりする村人たちの平和な視線ではない。

 

 より物騒な、戦意のある者が発する敵対の悪意だ。

 

 剣士は店を去った女たちの身を案じ席を立つ。

 そして奥の席で密かにこちらを窺う、奇妙なサングラスをかけた顎鬚の男に近付いた。

 

「よぉ、ケンカってのはもっと大胆に売るモンだぜ…?」

 

「!!?」

 

 まさか話しかけられるとは思わなかったのか、見るもわかりやすい動揺の仕草を見せるサングラスの不審者。

 

 男の無様な姿に警戒心が緩むも、先日の少女の涙が脳裏にチラ付き、ゾロは慌てて神経を尖らせる。

 二度目は無いと誓ったのだから。

 

  い、いや!悪かった、かわいいお嬢ちゃんたちとイチャイチャしてるあんたが羨ましくてつい、な」

 

「んなっ!?誰がイチャイチャだ!!」

 

「じょ、冗談だよ!冗談!……じゃ失礼するぜ、兄ちゃん」

 

 あせあせと低姿勢のまま店を去る不審者。

 まんまと逃がしてしまった怪しい男の後姿を視界に納めながら、くだらないことで毒気を抜かれてしまった己を恥じるお年頃の青年剣士であった。

 

 

「ちっ……だが油断は禁物…。アイツらが帰ってきたら、一応ルフィにも伝えとくか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島シロップ村“富豪の屋敷”

 

 

 

 

 初期キャラベル船『ゴーイング・メリー号』の商談。

 

 『麦わら海賊団』の未来を決める重要な話し合いが航海士ナミに一任されるようになった、最初の交渉事である。

 

 

 所変わって令嬢カヤの屋敷の裏庭。

 

 木に登り屋敷へ不法侵入した長鼻少年に続こうとする女船長を全力で引き止め、一味の女性陣二人は大人しく敷地の外から令嬢と接触するチャンスを窺っていた。

 

「まるでロミオとジュリエットの一幕ね…」

 

 ウソップとカヤの小さな逢瀬を眺めていたナミがポツリとそう呟く。

 

 令嬢が聞き上手ということもあるだろう。

 こちらの用事を完全に忘れてただひたすらに自身の脳内ファンタジーを披露する長鼻の少年。

 実に絵になる男女のワンシーンだ。

 

 そんな二人の世界を邪魔するのは心苦しいが、ナミは別に名作映画を観に来たわけではない。

 

「お二方ともお話中に申し訳ございません。お初に御目文字致します。私、オルガン諸島より参りました航海士のナミと申します。カヤお嬢様に船舶の商談がございまして、こうして伺った次第でございます」

 

「船舶……ですか?……あの、大変申し訳ないのですが、当家の事業は全て遠縁の親戚に譲渡致しましたので、わたくしにナミさんのご期待にお応え出来る権限はございません……」

 

 少年の話が途切れる瞬間、横からぬるりと会話に割り込まれた令嬢が、営業用の爽やかな笑顔の仮面を貼り付けた自称航海士の少女の姿に一瞬瞠目する。

 だが瞬時に我に返り、事前に用意されていたかのような堅苦しい拒絶の言葉を返した。

 

 おそらくこの手の話題は両親の死後何度も持ちかけられたのだろう。

 どことなくうんざりした表情を浮かべる令嬢に代わり、後ろに控えていた羊顔の執事が一応の礼儀といった体で詳しい内容を聞く姿勢を見せた。

 

 

 ナミの計画通りである。

 

「ナミさん、こちらは執事のメリーと申す者です。長年父の仕事の補佐を行ってきた彼に詳しいお話をお聞かせ願えますでしょうか?」

 

「!あ、あら?“メリー”とはもしや、あの船舶設計のメリー技師でしょうか…っ?!シロップ村出身の方とお聞きして村の方々に尋ねて回っていたところですぅ!」

 

「!」

 

 途端に顔を輝かせる少女に執事が驚き目を見開く。

 

 実はこの女航海士、ぐずるルフィを引き連れ周辺住民にこの富豪や所有する船のことをさり気なく聞き回り最低限の情報収集を行っていた。

 その途中で何かを思い出したように手を叩き「そういえば“メリー号”はメリーって羊(?)が自分で設計したって言ってたような」と遅れて重要情報を脳内びっくり箱から取り出した女船長を「先に言え」と引っ叩く一幕もあったが、「ちゃんと思い出したのに」と拗ねる少女の頭を撫でて立ち直らせた以後は順調に執事メリーの経歴も調べ終え、ナミは全ての裏付けを取って本人との交渉に臨んだのである。

 

 もっとも、相変わらずの化け物女船長の謎過ぎる情報網に一々突っ込むほどナミは暇ではない。

 強者には強者の伝手がある。あの天下の海軍本部の特殊体術を知る少女の脳なら、妙な知識の一つや二つが埋まっていても特に不自然とは思わなかった。

 

 先輩剣士の言う「諦めろ」の助言どおり、早速ルフィへの達観癖が身に付き始めている新入り女航海士であった。

 

「なんと、まさか貴方のようなお若い方がわたくしの名をご存知とは…!」

 

「は、はい!舵の利きが素晴らしく、無理の無い手堅い設計をなさる方と聞き及んでおります!それでですね、実は  

 

 その後、軽く事情を説明したナミは心優しい令嬢と執事の同情を引くことに成功し、本格的な交渉のために一度屋敷内に場を設けてもらうことと相成った。

 

(え、嘘、ちょろっ!この程度のよいしょですんなり家中まで上げてもらえるとか、プランDまで練ってた私がバカみたい……)

 

 順調すぎる展開に拍子抜けするナミ。

 だがこういうときに限って邪魔が入ったりするのが不親切な世の中というものだ。

 

 そして案の定、カヤが屋敷に女海賊2人を案内しようとしたその瞬間。

 

 

「おやおやこれはこれは…巷で評判のウソップ君じゃないか」

 

 

 仕立ての良い執事服を身を纏った冷徹な眼つきの男が現れた。

 

 屋敷に使える執事クラハドールである。

 

 中々にやり手そうな風貌の執事の登場に、ナミは交渉の雲行きが一気に妖しくなったことを肌で感じ取る。

 朴訥そうな執事メリーはともかく、この男が相手では感情に訴えるこれまでの詐欺まがいの商談は通じないだろう。

 

(まぁ、そう上手くは行かないわよね……ヘタに警戒されるのもアレだし、つかみは完璧なんだから後は機会を見極めましょう)

 

 ここは撤退が最善。

 そう即座に判断したナミは未練も残さず、少しの世間話を交わして屋敷から退散する道筋を立てた。

 

「申し訳ございません。折角お話を聞いてくださったのに……」

 

「ウソップさん……  えっ、あ、え、ええ。いえ、お構いなくナミさん」

 

「この続きはまた後日、改めてお伺いしてもよろしいでしょうか…?」

 

「……え、あ、は、はい。またお待ちしております……」

 

 どうやら令嬢はウソップと執事クラハドールの言い争いが気になって仕方がないようで、特に問題もなくナミは彼女に商談を後日に再開させる言質を取ることに成功する。

 満足する成果を得た女航海士は、令嬢とあの有能そうな執事の注意を引いてくれたウソップに感謝しながら、凛とした表情のまま美麗な彫刻と化していた一味の女船長を回収し帰路に就こうと踵を返した。

 

 

 一方、ウソップと執事クラハドールの舌戦はエスカレートしつつあった。

 

 そして話の焦点は少年の出自に移っていく。

 

「薄汚い海賊の息子ならどんな犯罪を犯しても不思議じゃないが、お嬢様に近付くのだけは止めてくれないか?」

 

「なっ、何だとてめェ!?」

 

「クラハドール!!?」

 

 “海賊の息子”。

 

 その言葉を聞き、ナミのウソップを見る目が冷ややかになる。

 自分が間借りしている彼ら『麦わら海賊団』は少々事情が異なるが、彼女の海賊嫌いは未だ継続中であった。

 

 その憎い海賊の息子で、村一番の大嘘吐き。

 執事クラハドールが彼に不快感を示すのも当然だと、麦わら娘の手を引く女航海士は内心彼に同意する。

 

 

 だが相方とは異なり、これまでナミの言い付け通りキリッとした顔を維持しながら口を噤んでいた一味の親分ルフィは、当然ウソップではなく執事の方を冷ややかな目で見ていた。

 

 一連の流れを“夢”で既に見ている女船長は、この男の従者然とした態度の全てがただの茶番にしか見えない。

 ウソップも彼にだけは嘘吐き呼ばわりされたくないだろう。

 

 とはいえ、“夢”は現実であると同時に、ただの夢でもある。

 

 基本的に、大切な存在である友や仲間に対する敵対行動を取られない限りは、相手と友好的に接するべきであることをルフィはシャンクスの海賊としての姿勢から学んでいた。

 

 そして何より、相手の喧嘩を買うか否かは船長が判断することであり、この一味の船長は自分である。

 “夢”のルフィ少年ではない。

 

 故に“夢”ではなく己が現実で受けた敵意を元に一味の戦闘命令を下そうと女船長は決めていた。

 

 今回の場合は仲間のウソップが執事に言葉の暴力を受けた状況である。

 ルフィ少年なら真っ先に手が出ている場面ではあるが、先日のゾロの大怪我の一件で暴力による解決策が万能ではないことを学んだ少女ルフィには、比較的温厚な別の考えがあった。

 

 

  ウソップのお父さんは四皇の“赤髪海賊団”一味の狙撃手“ヤソップ”よ」

 

『…………は?』

 

 

 突然、これまで一切の無言を貫いていた見事な肢体の童顔美少女が、屋敷の裏庭に澄んだ音色を響かせた。

 

 その声が伝える意味をぽかんとしたまま脳に浸透させた聞き手の三名は、その直後、驚愕に全身を硬化させる。

 

「あか…がみ、だと…っ!?」

 

「お、親父が……あの“四皇”の一味ィィ!!?」

 

「よ、“四皇”って…!海賊共の頂点じゃない…っ!!」

 

 一拍置き返ってきたのは望みどおりの反響。

 憧れの大海賊を、そして何より仲間のウソップに対する驚きの声に、女船長はにぱっと破顔する。

 

「そうよ、シャンクスたちは私が小さい頃に出会った大切な友達!ヤソップも友達だし、よくエール飲みながら息子のことを私に自慢してくれたわ!“おれの息子なら必ず勇敢な海の戦士になる”ってね!」

 

 海賊の父に憧れその息子であることを誇りに思い続ける少年。

 そんな“海賊の息子”を汚らわしいと侮辱し彼の名誉を貶めるのなら、逆にその海賊の父の名誉を評価すれば、息子に対する侮辱は賛辞となる。

 

 義兄エースとは逆の考えを持つウソップだからこそ成功する、平和的な解決法だ。

 

「でっ、デタラメだっ!……ッ、お嬢様、こんな連中と言葉を交わされてはなりません。ささ、こちらへ……」

 

 流石の執事クラハドールも、()の四人の海の皇帝たちの名を出されては内心穏やかではいられない。

 それでも、名も知らぬ少女の言葉に動揺してしまった事実を認めるつもりは無く、男は全てを戯言と決め付けるという極めて常識的な判断を取る。

 

 たった一言で場の空気を一変させた迷惑な麦わら娘から病弱な主人を引き離し、メガネの執事はひ弱な少女と共に裏庭を去って行った。

 

 

 

「親父がおれにそんなことを…」

 

 屋敷を離れ、心ここに在らずといった表情のまま砂利道を歩くのは、一人の少年。

 彼、ウソップの心中を支配するのは、後ろを歩く二人の少女の片割である麦わら帽子の日焼け娘、ルフィが口にした一言だ。

 

   おれの息子なら必ず勇敢な海の戦士になる。

 

 普通であれば、臆病で疑い深い少年はこんな初対面に近い人物の言葉を信じることはない。 

 

 だが、こと父親に関してだけは別。

 亡き母バンキーナが聞かせてくれた最愛の夫の英雄譚でしか父の存在を知らぬ少年の耳に初めて入った、他者の口から紡がれた憧れの海賊ヤソップの名である。

 傾聴しないわけにはいかなかった。

 

 

 謎の女海賊ルフィから語られる偉人の姿が、己の父を幻想の存在から実在の人物へと昇華させる。

 

 酒を片手に最強にして最高の一味と共に騒ぐ、男臭く海賊らしい人物像。

 母が口にした通りの狙撃の腕前で、無数の強敵たちから仲間を守る、真の勇者。

 東の海(イーストブルー)の男なら誰もが憧れる四皇『“赤髪”のシャンクス』と対等な漢として語り合う、格の違う大海賊。

 

 そして、そんな偉大な“勇敢な海の戦士”の心に確かに残る、息子であるこの自分の存在…

 

 

 この世に生まれて早十七年。

 これほど嬉しいことがあっただろうか。

 

「へっ…へへっ…」

 

 歓喜の涙を目元に溜め、照れくさそうに顔を赤らめる少年。

 

 その幸せそうな姿を、語り部の麦わら帽子の女の子はいつまでもニコニコと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年 

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島某島北海岸

 

 

 

「ほぉん、随分と執事服がサマになってんじゃねェか。“キャプテン・クロ”」

 

「……もう一度その名でおれを呼んだらてめェを殺す」

 

 無人の海岸に2人の男の姿が見える。

 

 派手な鍔付き帽子とサングラスを身に付けた不審者と、村の富豪令嬢カヤに仕える執事クラハドールの2人だ。

 

 不審者が口にしたとある名に、クラハドールは殺気混じりの静かな怒声を浴びせる。

 その身形に似合わぬ血生臭ささは、彼の忘れられた過去が齎すものだろう。

 

 

 『“百計”のクロ』

 

 その昔、東の海(イーストブルー)を騒がせた『クロネコ海賊団』の船長にして、あの『“道化”のバギー』をも上回る1600万ベリーの高額賞金首であった海賊だ。

 

 実はこの男、目の前の不審者の力を借りることで既に捕らえられた人物としてその指名手配を逃れた稀代の大策士である。

 

 そんな悪党が何の目的も無く執事などという職務に就いているはずが無い。

 

「…ジャンゴ、明日お嬢様を外出させる。あの長鼻の小僧のおかげで体調が戻っているんだ。少し煽ればあのガキと共に外へ出たがるだろう」

 

「…あんたは同行するのか?」

 

「…いや、別の執事に任せる。そこでお前が三人に催眠術をかけろ」

 

 “ジャンゴ”と呼ばれた不審な人物、その正体は奇術を用いる天才的な催眠術師である。

 

 その力は本人さえも未知数で、簡単な思考誘導はもちろん、一時的な洗脳や強固な精神支配、挙句には集団催眠や身体能力の本能的ストッパーの解除による筋力強化までも出来てしまう。

 男はこの力で一味の部下たちを強化し、東の海(イーストブルー)の海賊とは思えない超精鋭錬度のクルーたちを手に入れ海軍の目から逃れ続けていた。

 

 そしてそんな優れた奇術師を元船長としてこの無人の海岸に呼び出した『“百計”のクロ』の目的はただ一つ。

 

「内容は例のヤツでいいんだな…?」

 

「ああ……お嬢様に“屋敷と一族全ての財産をクラハドールに譲る”と遺書を書かせるんだ……!」

 

 それこそが三年かけて令嬢カヤに取り入り、生粋の海賊団船長である男が“執事”などという他人に奉仕する仕事に甘んじ続けた理由。

 己の豊かな平穏を手に入れる、人としての正常な願望を成就させるため。

 

 クラハドールことクロは長年、世界政府の目を欺き密かに富と地位の簒奪を計画していたのである。

 

 根っからの海賊。そう容易く足を洗えるわけが無い。

 既に執事としての平穏を手に入れておきながら、彼は己の富に対する欲望を抑えることが出来なかったのだ。

 

  完璧主義のあんたらしくねェな、ソレ」

 

「……何だと、てめェ。おれに逆らうのか?」

 

 元配下の分際で自分に意見する奇術師にクロは怒りを露にする。

 腰に隠し持っていたナイフを用いて脅しをかけようと身構えたが、察したジャンゴが慌てて訂正した。

 

「ま、待て待てそうじゃねェ!今は拙いんだ!この島に“海賊狩り”が女二人と共に来てるんだよ!」

 

「……“海賊狩り”?」

 

 三年にも亘る孤島の執事生活のせいで俗世から離れていたクロは、聞きなれない通り名に首をひねる。

 

「最近の東の海(イーストブルー)で一番名を聞く凄腕の剣士だ…!何かの手違いで捕まってたシェルズタウンの海軍基地施設を真っ二つに両断しただの、気迫で海兵が一度に何十人も気絶しただの、悪魔の実の能力者の女と共に海賊に堕ちただの、ここしばらくで随分とヤバい噂になってんだよ……」

 

「……何だその化物は。偉大なる航路(グランドライン)の怪物共じゃねェんだぞ、眉唾にもほどがある」

 

「一度ここに来る途中にメシ屋で見たが……それはおっかねェ野郎だったぜ…!ジロジロ見てたのがすぐにバレて睨み返された…!それに…噂通りの悪魔の実の能力者かは知らねェが、確かに異常に体のあちこちが伸びる女も連れてやがったし……悪いことは言わねェ、せめてヤツがこの島を去ってからにしねェか?」

 

 本人の言うとおり、この男は先ほど下準備に訪れたシロップ村であの食事所『MESHI』の大騒ぎを目の当たりにしていた。

 何事かと首を伸ばしてみれば、そこには海賊たちの間で裏指名手配書として出回っている人相書きと瓜二つな危険人物『“海賊狩り”ロロノア・ゾロ』の姿が。

 シェルズタウン海軍支部崩壊事件以後、尾鰭の付いた様々な噂を持つ三刀流剣士の情報を危機感を持って集めていたジャンゴは、男の異様に鋭い目に恐怖を覚えてしまった。

 あれは本物の化物である、と。

 

「“海賊狩り”か……」

 

「ッ!な、ヤベェだろ?!考え直せって…!」

 

 そんなジャンゴの心底怯えた顔を見たクロは思案する。

 

 別に切羽詰った状況というわけではないが、体調が回復しつつある年頃の令嬢カヤにどこぞの馬の骨との婚約話などが持ち上がってしまったら面倒なことになりかねない。

 

 彼女には身寄りが無い。

 家を建て直すには近親者か富豪の次男辺りと結婚し、その一族の後ろ盾を得るのが最も容易である。

 

 事実、過去に何度か執事メリーが手ごろな人物を探そうと動いたことがあった。

 そのときはカヤの体調を理由に退けたが、もうその言い訳も通用しないだろう。

 

 富豪同士の結婚とは両家にとっての一大事。

 隅から隅まで調べられ、その過程でまず間違いなくクロの出自が問われるはずだ。

 

 たとえそうでなくとも令嬢の存在が知られるようになったらその富を目当てに多くの人々が近寄ってくるに違いない。

 そんな状況で屋敷の簒奪など企めば必ず横槍が入る。己の望む豊かな平穏とは程遠い、陰謀渦巻く闇の世界に逆戻りだ。

 

 

 思案を終えたクロは決断する。

 

 時間はこちらの味方ではないが、その“海賊狩り”とやらは気がかりだ。

 女連れということなら、おそらくそう長い間こんな何も無い島に留まることにはならないだろう。

 

 ヤツに怯えるのは癪だが、不確定要素は極力排除するべきだ。

 

「…わかった、日を改めてもいい」

 

「わ、わかってくれたか…?」

 

「だがヤツが去ったら真っ先に行動する。これ以上の時間的ロスは碌なことにならねェ」

 

 慎重に慎重を重ねたクロは、1%の失敗確率さえも許さない。

 

 万事抜かりなく。

 そう締めくくったクロは場を解散させ、屋敷へと戻っていった。

 

 

 

 

 そんな現場の一時始終を目撃していた村思いな少年が一人…

 

 

「大変だ……!村に  カヤに知らせなきゃ…!」

 

 

 

 稀代の大策士の三年に亘る一大作戦が、今、未来の海賊王の一味と  そして一人の臆病な海の戦士の勇気と、ぶつかろうとしていた。

 

 

 




ファッションサイトでイケメン見つけたのでクロさんトレス


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