ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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ちょっぴり長めなので挿絵は無いです。
楽しみにしてた人ごめんね…



13話 オオカミ少年・Ⅳ

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島沖

 

 

 

 月明かりが雲に陰る深夜の東の海(イーストブルー)

 とある島を目指し、夜の陸風を手繰りながらジグザグに進む一隻の船影が光の間を縫うように進んでいる。

 

 

 『ゴーイング・メリー号』。

 

 メリー技師によって設計された、二本マストに角帆・三角帆の複合構成で航続性および機動性共に優れる初期キャラベル船の傑作である。

 

 高い経済性と汎用性を持つこの小型な帆船の船首に飾られているのは生き物の頭らしきモチーフ。

 羊ともチンアナゴとも見て取れるその奇妙なオブジェはどこかマヌケで愛らしい印象を抱かせる。

 

 そんな船首の上にぺたんと座りながら、麦わら帽子を被った骸骨の海賊旗が風にはためく様を感慨深げに見上げているのは、同じく麦わら帽子を被った一人の少女。

 

 その頭の帽子に因んだ海賊一味『麦わら海賊団』を率いる若き少女船長、モンキー・D・ルフィである。

 

 

(メリーだぁ…)

 

 船首の羊の頭を優しく撫でながら、麦わら娘はその見事な景色の特等席に腰かける。

 

 それは少女が夢見る時代の覇者、“海賊王”の夢の原点である、一人の少年が愛したお気に入りの場所。

 同姓同名の異性の彼が紡いだ海の王を目指す覇道の大冒険を、六歳のある夜の“夢”で見た少女ルフィは、こうして憧れであったあのメリー号を手にした幸せを大いに喜んでいた。

 

 人間である剣士ゾロや航海士ナミ、狙撃手ウソップたちは船長たる自分が女であったことで少なからず異なる一面を見せている。

 しかし船であるメリーは変わらず“夢”のまま。

 

 仲間たちの“夢”と現実の差異が気に食わないなんてことは決してない。

 確かにルフィ少年のものとは異なるが、今の自分が彼らと築いている絆はそれに勝るとも劣らない、命に代えてでも守りたいと思えるほど大切な宝物だ。

 “夢”のルフィ少年の絆と交換しろと言われたら全力で断る程には、この現実の仲間たちとの関係を少女は気に入っていた。

 

 だが“夢”と全く同じ存在であるメリーを手にした感動もまた、同様に大きいものであった。

 偉大なる先達である麦わら帽子の少年に対する大きな憧れは十年が経った今も尚、色褪せることはないのだ。

 

 これからこの船と共に巡る冒険の日々が楽しみで仕方が無い麦わら娘は、少しでも“彼女”(メリー)との有限の旅を楽しもうと、向かい風に逆らうその勇ましい姿を見つめ続けていた。

 

 

「ねぇ、ルフィ…アンタ、あの空気吸ってでっかくなるやつもう止めなさい」

 

「えっ、何で?」

 

「あまりにはしたなくて見るに堪えないから」

 

 後部(ミズン)マストで逆風を操り船を前に進める三角帆の原理に首を捻っていると、小さな船尾楼から出てきた一味の航海士がそんなことを言ってきた。

 相変わらず故郷の母親代わりであるマキノのように細かい人物である。

 

 この手の注意は何度もしつこく繰り返されることを既にあの酒屋の女店主との十四年にも亘る共同生活で身を以って知っているルフィは、神妙な顔で二度とやらないとその口煩い橙髪の少女に誓う。

 そして満足そうに頷きながら三角帆の調整に向かう女航海士の後姿を見送ったあと、麦わら娘は水平線上にその天辺を覗かせた一つの島へ視線を移した。

 

 

 シロップ村の島影が水平線に消えたのを確認した新生『麦わら海賊団』は今、とある一大作戦に基づいて日没を待ち、盗んだメリー号を半刻ほど前に取り舵一杯でゲッコー諸島へUターンさせていた。

 

 深夜の諸島へ突入する危険な航海をいとも容易く行う、その二十メートル前後の小型帆船の航海士の名はナミ。

 天才と形容することすらおこがましい超人的才覚を以って天候と海の動きを掴む優秀な人物だ。

 

 久々のマトモな帆船を操る機会に気分が高揚していた女航海士は早速船のクセを覚え、その扱いやすさに惚れ惚れする。

 

「それにしてもこの船イイわねぇ~!このまま海賊たち倒したらお礼にちゃんと貰えないかまた相談しましょ」

 

「オイオイ。村の皆の財布も酒もこの船も、ちゃんと“借りてるだけ”だって忘れるなよお前ら?」

 

 そんな彼女の希望に焦りを含んだ声で返事をする少年が一人。

 

 昨日一味に新規加入した、長い鼻が特徴的な狙撃手ウソップである。

 

「……お酒はもうゾロの胃袋の中よ」

 

「ゾロおおおっ!?」

 

 酒樽の底の木目に向かって叫ぶウソップ。

 すると少年に名を呼ばれた樽の隣に座る青年が、手元の木杯を高々と掲げ尊大な感謝の意を示した。

 

 一味最古参の戦闘員、“海賊狩り”の異名を持つ三刀流の剣士ゾロだ。

 

「おう、美味かったぜ」

 

「てめェ昨日あんなに神妙に頷いてたクセに早速作戦の真目的忘れてんじゃねェか!」

 

 騒ぐ二人を呆れた眼つきで眺めながら、ナミは今回自分たちが行っている作戦の原則を再度確認する。

 

「ったく、ちゃんとわかってるわよ。私たちの海賊行為も、ちびっこたちの誘拐も、近々襲ってくるあの執事の海賊団も、最後はぜーんぶ“嘘でした”がやりたいんでしょ?」

 

「ホント、ウソップ面白いこと考えるわね~。しししっ!」

 

 先刻、『麦わら海賊団』は海賊らしく無防備な村を襲い、村民たちから財を強奪し人質の四人の子供たちを得て島を去っていた。

 

 だが上機嫌に笑う女船長の言うとおり、先ほどのシロップ村での大騒動は、村の大嘘吐きウソップ少年の大規模な悪戯であった。

 人質の子供たちは何を隠そう、この長鼻の狙撃手が自称船長を務める『ウソップ海賊団』のクルーたち、にんじん・ピーマン・たまねぎ少年たちである。

 自称船長ウソップ含む彼ら四人の悪童たちの協力の下、『麦わら海賊団』は“いかにも”な海賊の船出を村人たちに印象付けることに成功していた。

 

 それらは全て、村に迫る真の脅威『クロネコ海賊団』の目を欺くため。

 

 あの高名な“海賊狩り”を警戒し牙を隠す海賊の親玉兼、富豪の執事クラハドールにその剣士ゾロが村を去ったと見せかけることが目的であったが、ただサヨナラと挨拶するだけでは味気ないと考えたウソップの提案で海賊らしい派手な船出を演出したのだ。

 

 そして今船を反転させたように、ルフィたち一味はまだ村を去るつもりは微塵も無い。

 密かに再上陸しゾロの出航を知った敵が鬼の居ぬ間に村を襲い掛かるのを待ち構え、それを撃退するのがこの作戦の肝である。

 

 それは簒奪者執事の率いる『クロネコ海賊団』の襲撃を防ぎ、自分たち『麦わら海賊団』も含めた海賊の襲撃そのものを全て“嘘”に仕立て上げるため。

 

 まさに“勇敢な海の戦士”による一世一代の大嘘吐きだ。

 

 

  ああ、そうだウソップ」

 

「何だよゾロ、飲んだ酒ならちゃんとメシ屋のおっちゃんに金払えよ?」

 

 ふと、程よく酒が回った剣士ゾロが思い出したように新入りの狙撃手に言い付ける。

 

「砲甲板に桟橋の奥にあった弾薬庫から弾と火薬を少しだけ積んでおいたぜ。狙撃手ならそいつで例の海賊団に当てて見せろ」

 

「へっ?」

 

 一瞬何を言われたのかわからなかったウソップは思わず情けない返事を返す。

 

「お前はおれら一味の狙撃手で、船には全四門の大砲がある。そしてこれから1日以内に接敵する。ウチの船長が認めたお前の狙撃の腕を俺たちに見せてみろ」

 

 その言葉で彼はようやく剣士の言わんとしていることが理解出来た。

 そしてそれは臆病な彼にとって極めて不都合なことでもあった

 

「い、いやいや待て待て!おれ大砲なんて生まれて一度も触ったことねェんだけど!?」

 

「お前はルフィに選ばれた一味の狙撃手だぞ?戦うことを除けばただの居酒屋の一人娘以下のコイツが、自分以上の無能を船に乗せるハズねェだろ」

 

「選ばれたって……」

 

 ウソップは唖然としたまま言葉に詰まる。

 そのまま沈黙してしまった長鼻の少年に苛立ったのか、ゾロが彼を睨みつけながら言葉を紡いだ。

 

「おれとルフィは戦える。ナミは船を操れる。お前は何が出来る?船内の隅っこで震えることか?お前は自分を見出してくれた一味の船長が  女が戦うのに、狙撃手として援護射撃の一つも出来ねェのか?」

 

 剣士の厳しい言葉が少年の臆病な心を苛む。

 

 もっとも、当のゾロは新入りのウソップに対する苛立ちはあっても、敵意や不快感は無かった。

 ただの村人である長鼻の少年が大切な者を救うために必死に敵に立ち向かおうとする、その潔い勇気。

 それはゾロをして人並みならぬ度胸だと認めるものであった。

 

 人見知りの激しいゾロは、役立たずを一味の一員と認めるつもりはない。

 

 だが同時に、あのルフィが興味を示した男が無能なワケがないとも確信していた。

 現に少女が目を付けていた航海士ナミは若くして卓越した航海術を持ち、優れた情報収集能力と鑑定眼、そして盗賊技術を有する極めて有能な女であった。

 

 此度新たに仲間に加えたウソップもあの少女船長が直々に勧誘した人物である。

 ただの凡才であるはずがない。

 

 故にゾロは臆病な少年に少し発破をかけるため、こうしてウソップのプライドをちくちくと刺激していた。

 

「…まあいい。武器も弾薬もあり、敵も選り取り見取りだろう。あとはお前の度胸だけだ。海賊を名乗るのなら嘘を吐くだけじゃ足りねェってことだよ」

 

「…ッ」

 

 小馬鹿にしたような口調で彼のヤル気を煽り、青年剣士は席を立つ。

 この男なら、これだけ言えば必ず勇気を振り絞ることが出来るだろう。

 

 少年の瞳に宿った決意の光に満足したゾロは、女船長の座る船首へと歩いていく。

 

 剣士の視線の先にあるのは『麦わら海賊団』の戦闘員としての二度目の敵が現れる決戦の地、シロップ村。

 

 戦う敵は知略を駆使し己の悪名を捨てた、器の小さい元海賊『“百計”のクロ』。

 三年という長い年月をかけて計画したことが屋敷の財産の簒奪という、実に小物臭い男である。

 

 だが以前の賞金額は1600万ベリーだという。

 先日自分に手痛い屈辱を、そして消えぬ胸奥の傷を与えたあの『“道化”のバギー』よりも格上だ。

 

 金額が直接戦闘力に直結するわけではないが、あのクソピエロに匹敵する曲者であることに変わりは無い。

 

(腹の傷もここ一日で随分と良くなった。美味い酒の効果だな)

 

 手元の木杯をぐいっと呷り、脇腹に滲む心地よい温かさを堪能する。

 先ほどの出航の夕日も美しかったが、夜の島というのもまた風情があるものだ。

 

 まろやかな蒸留酒の風味を楽しみながら、ゾロは来たる戦いに思いを馳せた。

 

(あと二、三日あれば体は問題ないだろうが……“剃”はダメだな。アイツの言う通り“覇気”で身体を強化出来るようにならねェとバギーのときのような速度は出せねェ)

 

 未だ抜けきらない麻痺毒のせいもあるだろうが、ここ数日の練習で一度も成功しなかった高速移動術を実戦で使用しようと思うほど剣士は傲慢ではない。

 『“百計”のクロ』との戦闘で再度、あの身体の動きが爆発的に良くなる現象が起きてくれないものかと期待はしているものの、それを前提に戦いを挑むことはあまりにも危険だ。

 

 何より、まずはこの奇妙な船首の上に座りながら不満げな顔でこちらの顔を見つめてくる過保護な女船長を説得し、戦闘許可を貰う必要があるのだが。

 

「ルフィ  

 

「ダメ」

 

「…………おい、まだ何も  

 

「そんなに“戦いたいっ!”って闘志昂らせてたら、私の見聞色の覇気ならすぐにわかるんだから…っ!ゾロは今回は戦っちゃダメ…!“お酒控えて”って船長の言い付けも守れない悪い子は知りません…っ!」

 

 即答であった。

 取り付く島もなく、少女が頬を膨らませながら声を抑えて叱ってくる。

 

 しかし引き下がるわけにはいかない。

 先日のバギーとの雪辱戦で成功した“剃”と覇気による身体強化の感覚を、両方とも忘れてしまう前に身に付けなくてはならないのだから。

 

「…まぁそういうなよルフィ。あんときは不覚を取ったが、今度は剣士殺しの悪魔の実の能力者じゃねェんだろ?」

 

「違うけど、それでもダメ…!バギーのときも私の目の前で戦ったのにあんな無茶して…っ!船医もいないのにまた大怪我したらどうすんのよ…っ!」

 

 だが全く聞く耳を持たないルフィに、ゾロは遂に声を潜めることも忘れ怒鳴ってしまった。

 

「お前はおれの母親か!」

 

「私はあなたの船長よ!」

 

 相手も限界だったのか、同じように怒張声を上げ睨み返してくる。

 

 その大声に反応したのだろう。

 シロップ村の村長宅から盗んだ海図を頼りに手ごろな海岸へ船を進めていたナミが、呆れた声で話しかけてきた。

 

「はいはい、島近いから静かに。船長なら船長らしくして、ゾロもダダ捏ねない」

 

「ダダじゃねェよ!戦闘員の仕事をしようとしてるだけだ!」

 

「それより中々良い入り組んだ海岸があったから、船泊めるのはそこにしたわ。難所で誰も近寄らないらしいけど、この私にかかればお茶の子さいさいよ!さぁ、海図の見方も知らないド素人諸君!目の前の天才美少女航海士を褒め称えなさい!」

 

 人の話を無視し、胸を反らしながら自慢げに己の力量を自画自賛する女航海士。

 詳しい事情は知らないが、余程凄いことなのだろう。

 

「わあっ!流石ナミ!頼りになるわねっ!」

 

「さぁ、みんな!私の言う通り後ろの三角帆を動かしなさい!石一つ掠ることなく完璧にこの岩礁の奥までたどり着いてみせるわ!」

 

「きゃーっ!ステキよナミ!  みんな聞いたわねっ?!ナミの言う通りにしなさい!船長命令よっ!」

 

「それは船長命令と言えんのか…?」

 

「追認もボスの仕事だし……まぁ、いいんじゃねェの?」

 

 素朴な疑問を残したまま、一味の四人は己の役割を全うすべく行動を開始する。

 

 そんな中、ゾロは未だに過保護な女船長を説得し戦闘許可を貰う術を考え続けていた。

 

 

 そして一味の新入りもまた、己の臆病な心との戦いを乗り越えようと、勇気を振り絞る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島某島北海岸

 

 

 

 『麦わら海賊団』を名乗るふざけた三人組が去った翌日。

 

 シロップ村を脅かすもう一つの海賊一党『クロネコ海賊団』の首脳部では、大金を手にする一大作戦を前にした希望に満ちた状況とは真逆の、凍えるほどの恐怖が渦巻いていた。

 

 その空気を生み出しているのは、一党を束ねる悪名高き船長。

 

「ふざけんじゃねェぞ!!」

 

 怒鳴る男、名を『“百計”のクロ』という。

 

 シロップ村の富豪の屋敷を合法的に簒奪する計画を三年かけて準備してきた、“執事クラハドール”のアンダーカバーを持つ元賞金首の海賊である。

 

 先刻の警戒していた“海賊狩り”の船出の直後、自身の海賊一党へ村を襲うよう電波通信機器“電伝虫”で指示を出そうとしていた海賊執事。

 そんな中、彼を思い留まらせ、更にはこのように怒り狂わせる凶報が飛び込んできたのである。

 

 

 『海軍、シロップ村へ向かい出航』。

 

 

 屋敷の蔵の海賊被害を確認すべく主人である令嬢の側を離れていた一瞬の出来事であった。

 唐突に令嬢カヤよりその事実を知らされたクロは今、周囲の見回りを言い訳に屋敷を離れ、元部下の『“奇術師”ジャンゴ』と二人のみの海岸で周囲に怒鳴り散らしていた。

 

 全くの想定外。

 クロネコ海賊団は公には解散済み、ジャンゴもただの催眠術師としか知られていない、自分の正体などもっての他。

 

 だというのに、結果だけ見れば、己の与り知らぬところで状況はこれ以上ないほどに最悪なものになりつつあった。

 

「“海賊狩り”   いや“麦わら”!余計なことを…っ!」

 

 これならまだヤツらごと計画通り配下に村を襲わせたほうがよっぽどマシだった。

 しかし時既に遅し。海軍は通報を受け即座に出航準備を始めたらしく、既に事は動き出してしまった。

 

 クロが危惧している最悪は令嬢カヤの存在が海軍に知られることである。

 

 若く美しい病弱な令嬢が一人、大きな屋敷を守っている。

 善良な海兵ならおせっかいを焼きたがるだろうし、意地汚い者であればよからぬことを考えかねない。

 事実この自分がそうなのだから。

 

 だが海軍の接待を行うのは通報者にして村一番の有力者、つまりそのカヤ本人なのだ。

 

 

 そして何より、通報を受け取った巡回船のトップが問題である。

 

「…おい、本当にそのネズミだのマウスだのの海軍大佐ってのは下種で有名なのか?」

 

「あ、ああ。“海賊狩り”がヤったこの辺りの管轄だった“斧手のモーガン”がしょっ引かれた今、この海を一時的に担当してるのはソイツの第16支部だ。コノミ諸島を食いモンにしてるあの“アーロン海賊団”との癒着まで噂されてるクズ野郎だって聞くぜ…」

 

  ッックソがァァァっ!!」

 

 久々に聞いた小さな縁のあるモーガンの名に気付く余裕もなく、クロは怒りに身を任せ近くの崖をナイフで切り裂いた。

 三年のブランクを感じさせない彼の実力に奇術師ジャンゴは体を震わせる。

 

 二人は今、海軍参上という火急の件で計画を調整すべく集まっていた。

 

 だが“百計のクロ”の頭脳を以てしても、この危機的状況を打破出来る知恵は中々出てこなかった。

 

「お、おれの催眠術でネズミを  

 

「どうやって側に連れまわしてる海兵を処理するんだ!?一人ならともかく全員分の精密な記憶操作なんぞ出来ねェだろてめェは!」

 

 ネズミ大佐一人なら何の問題は無かった。

 下剤か何かでヤツ一人をトイレに誘き出して術をかけ、カヤと屋敷の事情を忘れさせればいい。

 記憶改竄なら既に三年前のモーガン海兵相手に成功しているため不安はない。

 

 だがそれほど名の通った小物なら必ず腰巾着がいる。

 おそらくはヤツが連れまわしているであろう取り巻き共だ。

 

 たとえネズミ大佐を処理しても、ソイツらが上司にカヤのことを思い出させてしまう可能性が高い。

 ジャンゴの耳に届いてくるほど悪名が知れ渡っている軍人が未だに失脚していないのは、ヤツが恐ろしく姑息だからだろう。

 

 その手の連中の考えなど同族の悪人としていくらでも考えられる。必ず至るところに己の耳や目を紛れ込ませているはずだ。

 それこそ復興支援の人数合わせに村を訪れるであろう二等兵以下の雑兵たちの中にも。

 

 カヤの存在を知ったネズミ大佐とその取り巻きが、彼女を逃がすことは絶対にない。

 

「取り巻きがどこにいるか、どこでお嬢様の話を聞きつけてくるかわかったモンじゃねェ!あのお人よしの村人共ならその辺を歩く半舷上陸中の海兵見習いにだってペラペラとあの女のことを喋っちまうんだろうぜ、クソがよぉっ!!」

 

「そ、そりゃあどうにもならねェな…」

 

 

 いっそのこと村そのものに入られる前にヤツら海兵全員を一箇所に集めて一網打尽に出来ないものか。

 

 単純な動きに限るのならば、ジャンゴの催眠術でも大人数を操れる。

 クロの切り札の一つだ。

 

 何か無いものか。

 上陸してくる連中を全て同時に操り、尚且つこの島へ巡回することになった原因の通報そのものを無かったことにさせる方法を。

 

 クロは全力で頭を振り絞り  ふと隣の男の顔を見た。

 

 

  何だ、目の前にあるじゃねェか。海兵共を船ごと一箇所に集める最高のコマがよぉ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島沖

 

 

 

「間もなく作戦海域へ突入します、大佐」

 

「…ああ」

 

 うっすらと白ずむ東の海(イーストブルー)の洋上に一隻の船影が浮かんでいる。

 

 朝日に少しずつ照らされるその識別旗に描かれているのは、白地に羽ばたく一羽のカモメ。

 世界政府直属治安維持組織『海軍』を象徴する海軍旗である。

 

 現在この海軍艦船は進路をゲッコー諸島へと向けて進んでいた。

 先日、諸島のシロップ村の有力者から彼ら海軍第16支部へ届いた海賊被害届に対する救援作戦を行うためだ。

 

 だが船内の士気は決して高いとはいえなかった。

 

「チッ、何故この私がこんな面倒なことを…」

 

「…第153支部崩壊の影響です」

 

 奇妙なネズミ耳が付いたフードを被る中年の細い男が艦長室で数名の海兵と共に悪態を吐いていた。

 

 この男、名を海軍支部大佐ネズミという。

 東の海(イーストブルー)では名の知れた人物で、海賊との癒着により巨額の富を築いていると噂される悪徳軍人である。

 決定的な証拠を残さずコソコソと私腹を肥やすその姿から『“灰色”のネズミ』と揶揄されている男だ。

 

 部下を金で買収し、その証拠を自ら握ることで支部の統率を完璧なものとしているこの小悪党は、一週間ほど前に起きた東の海(イーストブルー)を震撼させたあの大事件の余波を受け、一時的にここゲッコー諸島近海の管理を任されていた。

 

「“麦わら海賊団”か…」

 

「麦わら帽子を被った薄着の女と、三本の刀を差した剣士。準備中の『バスターコール』司令部からの報告と一致します。また支部崩壊事件以後参入したと思われる、もう一人のオレンジ髪の女泥棒の情報もあります」

 

「チッ、面倒な…」

 

 ネズミは部下の言葉に不愉快そうに舌打ちする。

 海兵の言う通り、彼ら第16支部が現在捜索中の海賊が例の大事件の当事者たちの特徴と合致しているのだ。

 

 

 一週間ほど前、某島の港町シェルズタウンにある海軍第153支部の中央基地施設が突如縦に真っ二つに裂けるという常識を疑う出来事が起きた。

 

 当初、緊急報告を受けた海軍上部組織『海軍本部』の担当官は耳を疑った。

 鋼鉄とコンクリートで作られた強固な基地施設の壊滅など、魑魅魍魎が蠢く偉大なる航路(グランドライン)でもそうそう起きない一大事である。

 建物の“両断”ともなればまさに前代未聞。

 

 どうやら海軍本部は此度の一件を異常なまでに重く受け止めているらしく、既に犯人確保を目的とした極めて有力な討伐部隊が目下編成中のようだ。

 

 そして肝心の東の海(イーストブルー)海軍支部では全ての支部次官が緊急会合を行い、事態の究明と犯人の追跡及び情報収集に徹し、犯人一味に対する直接戦闘厳禁の旨が確認された。

 

 

 当然ネズミ大佐も会合の決定を把握している。

 

 故に目立たずコソコソと海賊から賄賂を集める彼のような小悪党にとって、このような海軍・海賊間の力関係が大きく変化する事態は実に不都合極まりないものであった。

 

 その渦中真っ只中にいる犯人と思しき人物が起こした出来事に関わるなど、以ての外である。

 

 

「フン、まあいい。それより通報者の番号がワケありだという話は裏を取ったか?」

 

 面倒事から目を逸らしネズミはこの被害届に応じた最大の理由である、とある情報の真偽確認を命じていた部下に問う。

 

「はっ!今回使用されたものは東の海(イーストブルー)を中心に活動する船舶事業の有力者一族に配布された優先出動番号ですが、当主は既に一年前に他界しており現在は遠縁に当たる人物にほぼ全ての権限が譲渡されております。しかし此度の被害届は前当主の実子を名乗る女性から出されたものであり、通信履歴も少ないことからおそらく両家のつながりは極めて限定的であると考えられます」

 

「チチチチ…そいつは素晴らしい。ワザワザ足を運んだ甲斐があったというもの」

 

 海軍支部大佐はニヤリと嗤う。

 まさかこれほど美味しい話が転がっていたとは。

 

 当主の死で後ろ盾を失い滅んだ名家の話は無数にある。

 その中でも、此度のような若い女が残された家の遺産を一人で管理している状況は非常に珍しい。

 

 興奮した面持ちで彼は件の通報者に関する資料をペラペラと捲る。

 収入が村との小さな取引の極小海運業のみでありながら、高等使用人である執事を10数名も雇い続けている富豪の令嬢。

 おそらくかなりの資産を蓄えていることだろう。

 

「……管轄が私の手を離れたら取引相手の適当な海賊団にあの村を襲わせたいな。情報料だけで億は行くかも知れねェぞ、チッチッチッ…」

 

「億……」

 

 一同がその金額に唾を飲む。

 

 一蓮托生と割り切っているネズミ配下16支部の海兵たちは強い結束力を持つ。

 ボスの破滅は自分たちの破滅であり、ボスの利益もまた自分たちの利益となるのだ。

 

 最早彼らは羽ばたくカモメを掲げただけの、れっきとした犯罪者であった。

 

「…よし。船員は1・3・5・7班の半舷上陸を許す。1班は村民と可能な限り友好的な関係を築き件の通報者の令嬢に関する直近の情報を入手。3・5・7班は島の地形調査を行い襲撃計画立案に役立てろ。船の指揮はラット次官に任せる」

 

「はっ!」

 

「後はそうだな、確か“海賊将軍ギャンザック”が村人に反逆されて拠点を失っていたはずだ。弱体化した今ならかなりこちらに有利な条件で取引を交わすことが出来るだろう。ヤツに令嬢の情報を流し村を襲撃させる。担当に通達しろ!」

 

「はっ!」

 

「今海軍本部では件の支部崩壊の犯人を捕らえる一大作戦が準備中だ。既に上のお偉方が直々に調査に東の海(イーストブルー)を巡回しているらしい。知られないよう急いで令嬢の財産を手に入れるのだ!」

 

『はっ!』

 

 矢継ぎ早に指示を出し、ネズミは大きな高揚感と共に自分の椅子に深く座り込んだ。

 

 村に着いたらこちらの印象が悪くならない程度に訴えを聞き流し、適当な被害総額を見積もり本部に提出すればこちらの関与は疑われない。

 後は海賊との交渉さえ上手く行けば、自分は何の危険も冒すことなく大金を手に出来る。

 

 あくどい笑みを浮かべながら自分の手元に転がり込んでくる富を妄想する海軍支部大佐であった。

 

 

 だが次の瞬間、ネズミは気付かされた。

 カモを狙う悪い猟師が、決して自分だけではなかったことに。

 

「ほ、報告します!10時の方角に海賊船を確認!旗は不明!」

 

「何だと!?」

 

 慌てて艦橋へ登り観測員から望遠鏡を引っ手繰る。

 続いて続々と集結する幹部たちを尻目にレンズを覗くと、報告どおりの海賊船が目に飛び込んできた。

 

 灯りを全開にしながらこちらへ近付いてくるその船は異様だった。

 

 白ばみ始めた夜海にぼんやりと見えるのは、猫の顔に似た奇妙な造形物を艦首に飾ったキャラック船。

 そのメインマストに高々と掲げられていたのは同じく猫を象ったジョリー・ロジャー。

 

 船員が最も油断する夜明け間近を狙った、王道の海戦である。

 

 これから一儲けしようというときに、とんだ邪魔が入ったものだ。

 

「チッ、総員戦闘準備!観測員、年鑑は確認したか!?」

 

「はっ!本年度の海賊年鑑に収録されている海賊旗ではありません!」

 

「バカな!東の海(イーストブルー)であの規模のキャラック船が近年海賊の手に渡ったなどという情報は無い!過去5年間の収録も合わせてもう一度調べ直せ!再結成した海賊団かもしれねェ!」

 

「はっ!」

 

 悪徳支部に所属するとはいえ、腐っても海軍。

 目を見張るような速度で戦闘準備を整えるその姿は、軍を名乗るに相応しい練達した兵たちのものである。

 

 着々と弾薬がカノン砲に装填されるなか、海賊団の情報を記載した『海賊年鑑』を再確認していた海兵が一人声を上げた。

 

「海賊旗を確認!敵は“クロネコ海賊団”!三年前に船長“百計のクロ”がモーガン元大佐により捕縛され解散が確認された一味です!」

 

「何ぃ!?またモーガンか、クソったれ!!」

 

 ネズミは爪を噛みながら苛立ちに歯軋りする。

 

 自分がこの海域の管轄になったのも、目の前の海賊団も、元を辿れば全てあの第153支部と共に吹っ飛んだモーガン大佐が関係していたのだ。

 

 まるっきり偶然なのだが、ネズミにはまるで全てがつながっているように感じ、彼の不快感はピークに達する。

 大佐は深呼吸を繰り返し一先ず己の怒りを静めることにした。

 

 そしてしばしの間逡巡する。

 

(ここで戦い被害を出すのは勘弁蒙りたい。適当に応戦しつつ一度海域を離脱するか…?)

 

 だがネズミの小悪党としての本能が、これが決して不幸な遭遇戦ではないことをしきりに己に訴えてくる。

 

 そもそも一般的な海賊はその粗暴な印象に反し、決して無意味な戦闘行為を行わない。

 戦うと武器弾薬を消耗し、怪我人の治療のために医療用品や薬も使わなくてはならなくなる。

 

 当然構成員たちにも報酬を支払わなければならない。

 いずれも決して安価なものではなく、戦うときは必ず勝利と利益の両方を確信してから行動に移す。

 そのため彼らは決まって商業航路の上に縄張りを作り、海流や難所の把握はもちろん、通年の天候気温に至るその海域の全てを知り尽くした上で、通過する戦闘能力の少ない商船ばかりを狙うのだ。

 

 つまり、こちらが利益の全く出ない戦闘艦、しかも海軍艦船であることを確認したうえで逃亡せずに攻撃してくるあの海賊団には、不利益どころか大損害を覚悟してでも守りたい何かがあるということ。

 

 三年間の時を経て再結成した野望多き一味が、こんな辺鄙な海域で臆せずに海軍艦船へ戦いを挑む理由などそう多くは無い。

 

 

 そしてネズミは本能で、その理由の正体を言い当てた。

 

「資産だ!あの連中、女が管理する名家の資産を狙ってやがる!!」

 

「た、大佐!?」

 

 その叫びに困惑した声を上げる自分の部下を無視し、ネズミは己の本能が出した答えに理屈を付けようと頭脳を高速回転させる。

 

「通報者の女は村のガキ四人と帆船を“麦わら海賊団”を名乗る連中に奪われたと言っていた!だがそれが奪われた物の全てではなかったらどうだ?!船長不在で燻っていた“クロネコ海賊団”が連中の傘下に入り、“麦わら”が富豪の資産を盗み取った…!“クロネコ”は通報を受け出動した我々海軍を足止めし“麦わら”の逃走の時間を稼ぐ!辻褄は合う!こんな辺鄙な海域に一度に二度も異なる海賊団が出現する理由なんぞ、あの資産のほかに何がある!?」

 

「ぐ、具申致します!古参の“クロネコ”が新参の“麦わら”と手を組み、あまつさえ囮を引き受けるとは考えにくいかと…っ!」

 

「バカが!“麦わら”はあの海軍支部崩壊事件を起こした犯人でほぼ間違いねェんだぞ!?古参だろうが船長不在の海賊団の一つや二つ簡単に従わせる程度の実力はあるはずだ!」

 

 己の推理に自信を持ったネズミは目の前に迫る海賊船を睨みながら、悩みに悩む。

 

(どうする?あの富豪の資産は諦めるか…?)

 

 大金を失うのは惜しいが、今自分たちが損害を受けるのは時期が不味い。

 海軍本部の有力部隊の件ももちろんだが、そろそろ今月分の貢金の回収に海賊共のアジトを巡らなくてはならないのだ。

 

 だが耳聡い連中ならここ最近の海軍の活発な動きを警戒しているだろう。

 海賊側はこちらの情報を探ろうと、貢金の支払いの際には色々と駆け引きを行ってくる可能性がある。

 そのような険呑な空気の中でボロボロの巡回船で連中のアジトに乗り入れては侮られてしまう。

 

 交渉事において侮られることは敗北と同義。

 

 だからこそ、この巡回船の被害だけは最小限に止める必要がある。

 ここで冷静さを欠いては既に手にする事が確定している金を掴み損ねてしまうだろう。

 水面に吼えて咥えた肉を愚かにも手放すほどネズミは短絡的ではない。

 

 小悪党は想定される利益と損失を天秤にかけ、決断した。

 

「船速最大、取り舵いっぱい!当海域を一時離脱する!」

 

「…ッ、はっ!」

 

「連中の出方を見る!ただの時間稼ぎならこちらを執拗に追ってくることは無いはずだ!ならば我々にも付け入る隙はあるぞ!」

 

「はっ!!」

 

 姑息な海軍支部大佐『“灰色”のネズミ』は部下に命令し、巡回船に敵海賊船から距離を取らせる。

 

 数発の大砲による応戦があったが、ある程度距離を稼いだ後に『クロネコ海賊団』はゆっくりとゲッコー諸島へと引き返していった。

 

 

「大佐、敵が退いて行きます!」

 

「随分あっさりと追撃を諦めたな。敵も被害を減らしたいようだが……他に重要なことでもあるのか?」

 

 『麦わら』および『クロネコ』の両海賊団が共同戦線を張り、なおかつ富豪の資産が既に彼らの手元にあるという最悪の状況を前提で作戦を立てるネズミ。

 彼は敵の油断を誘うべく、海賊船が水平線の向こう側に消える瞬間をただひたすらに待ち続ける。

 

 そして夜明けと共に再度巡回船を反転させた。

 

「無茶はしないが、隙は逃さねェ。最悪奪われた財産を溜め込んでる連中のアジトを把握出来れば十分だ。……どの道“麦わら”はもうじき来る本部の討伐部隊に討ち取られる。我々はその後でじっくりと連中の家捜しをすればよいのだからな、チチチチ…」

 

 

 先週の大事件の犯人を討つために、あの国家戦力規模の大艦隊による無差別破壊命令『バスターコール』までもが準備されている事実。

 それを隠しもせずに下部組織『海軍支部』へ通達してくることからも、海軍本部が連中の撃滅作戦に込めている意気込みを感じる。

 

 どうやら例の討伐部隊もあの支部崩壊事件以上に前代未聞の大規模なものになるらしい。

 

 

   『麦わら海賊団』は必ず倒される。

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)のマリンフォードで作戦発動の命令を今か今かと待っているであろう海軍本部の超戦力の戦果に便乗し、倒された海賊団の遺産を狙う。

 僅かな危険で最大の成果をあげる理想的な作戦に、ネズミ海軍支部大佐以下第16支部一同は大きく士気を上げ、撤退した『クロネコ海賊団』を追って連中のアジトを突き止めるべく船を進ませた。

 

 

 子供思いの、そして友人思いの病弱な令嬢の願いで、彼ら悪童四人組の救援作戦のために出航したはずの巡回船。

 

 正義を名乗る彼らは、最早シロップ村の海賊被害のことなど完全に眼中に無かった。

 

 





カニ親父ことギャンザックさんの話はいずれウソップ編の前に挿し込みますので、しばしおまちを
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