ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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くぅ~疲れましたw これにてウソップ編完結です!
実は、敵役のクロ氏の野望の小ささを補うオリ展開を加えたのが始まりでした
本当は3万文字で終らせるつもりだったのですが←
殆ど書き終えてしまった章を練り直すわけにも行かないのでうpして一昔前の流行りのコピペで締め括った所存ですw
以下、ルフィたちのみんなへのメッセジは考えるのダルいので自己保管でどぞ

ルフィ「(空欄)」

ゾr(ry



…コピペはさておき、以下の本編ですが……某カリブの海賊BGMと一緒に読んでくださると、作者のうんこ文章でもたちまち宮部みゆ○レベルに楽しめるはずだ…!多分!

一番書きたかった、海戦ですよ!




17話 オオカミ少年・Ⅷ (挿絵注意)

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島遠洋

 

 

 

 諸島沖を離れ、真夏の朝の外洋に吹き荒れる“常東風”と高波の中を、三隻の帆船が入り乱れている。

 

 通常、帆船とは風を動力に航行する船だ。

 よって帆船(かのじょ)たちは風の方向はもちろん、その速度や孕む湿気などの様々な環境的要素に極めて強い影響を受ける。

 

 

 その不確実性が顕著に現れるのが  海戦である。

 

 

「ウソップ!私が風上を取った場合、アンタの腕でどれだけ射程が伸びる?!」

 

 三つ巴の勢力の一角『麦わら海賊団』の海賊船『ゴーイング・メリー号』の中央甲板。

 水飛沫が吹き荒れる外洋の過酷な洋上で、一味の航海士ナミが狙撃手ウソップに大声で問い掛ける。

 

 船の航行に関する基礎及び応用術のほぼ全てを完璧以上に有するこの若き才女は、この場における最も確実な海戦の知識と経験を持つ人物だ。

 

「うえっ!?い、いや知らねェよンなコト!大体この砲術書の通りだとカロネード砲はあの執事の海賊船のマスト圧し折ったみてェに1キロ先の標的なんて当たらねェハズなんだけど…!」

 

「つまりアンタならもっと伸ばせるのね?!なら通常の追撃戦のセオリー通りに連中の上取ってやるわっ!さぁ、天才美少女航海士の腕の見せどころよっ!」

 

 荒れ狂う高波と朝日に紫色に輝く雲の動きを見、そして自身の肌に叩き付ける暴風を感じるだけで、正確な風速風向どころかその変化の兆候さえも割り出す少女。

 息を吐くように卓越した超感覚を披露するナミの能力の恐ろしさを正確に理解出来る者は、残念ながらこの場には居ない。

 

 

 海戦の大まかな流れは戦術にある程度左右されるが、基本的には会敵から、良い風が吹く陣取り合戦を行い、船首・船尾・舷の艦載砲を用いた砲撃戦で敵の戦力を弱体化させ、最後に敵艦船に自船を寄せ、悪魔の実の能力者に代表される高い個人戦闘力を持つ者が中心となり白兵戦にて決着を付ける。

 そのため白兵戦をより優位に進めるべく、砲撃戦にて敵の白兵戦要員を死傷させる基本戦術が多用されてきた。

 

 この白兵戦および砲撃戦において重要な戦術的要素となるのが、風だ。

 

 原理上風に逆らい航行することは非常に困難であるため、帆船同士の戦いは風上を取った船が殆どの場合に戦略的勝利を得る。

 風上を取った船は敵船への接近も離脱も自由に行うことが出来、同時に砲弾の射程や命中率も増す。決戦は当然、追撃戦も逃亡戦も風上を取れば何れも著しく有利になるのだ。

 

 

 そして、その有利を手繰り寄せるときに、航海士ナミの超感覚は反則的な効果を齎す。

 

「ッ!この感じ…風向きが逆に変わる!?ウソップ、急いで三角帆を風上へ調整して!ルフィはゾロと一緒に横帆を畳んで!このままだと煽られて最悪マストが折れちゃうわ!ピーマンくんは舵を面舵一杯に!みんな急いでっ!!」

 

「わ、わかった!あの横のロープで帆動かすんだよな?!」

 

「わぁい、おっしごとおっしごと~!」

 

「任せろ!」

 

「お、面舵って右に傾ければいいんだよね、航海士のお姉さん?!」

 

 矢継ぎ早に少ない船員たちそれぞれに最も適した指示を出す少女。

 その目は手元のコンパスと前方を走る敵の二隻の船を交互に見つめていた。

 

 そして、女航海士の指示通りの行動を各員が完遂した僅か一分後。

 

 戦局が一気に動く。

 

 

「あ!“クロネコ”の前のマストが傾いてる!あれ折れるんじゃない?!」

 

 最初にその変化を報告したのは、常に『クロネコ海賊団』の船を見張るよう指示していたちびっ子三人組の一人、優れた視力が自慢のにんじん少年であった。

 

 少年の大声に反応したナミが視線を向けた瞬間、朝の日差しを逆光で遮っていた前部帆柱(フォアマスト)の横帆の影が突然消失した。

 一瞬で露になった直射日光がナミの瞳を焼く。それはにんじん少年の予想通りの出来事が起きた証拠であった。

 

「ふんっ、バカな連中!海岸で船員分けて自滅して、しかもあんなデカいキャラック船でマスト二本だけで外洋の逆風に晒されたらどうなるかぐらい考えなさいっての!砲撃に集中させすぎて帆畳む人数も足りてないんじゃないかしら!」

 

「……あら?なんかあの人たちの船、航海士が前のウソップの砲撃で大怪我して動けなくなってたみたい。あそこから沢山混乱してる“声”が聞こえるわ」

 

 練達したルフィの見聞色の覇気が遠方の敵海賊船の状況をいとも容易くに曝け出す。

 相手の船内の情報が一切わからない海戦において、彼女の力はナミのそれとは異なる側面で大きな優位性を一味に与えていた。

 

「て、敵が混乱してる!?航海士不在って、おれらに勝機ありまくりじゃねェか!!」

 

『うおおおっ!!』

 

 敵勢力の片割『クロネコ海賊団』の致命的な隙に、その戦果を出した未熟な心の少年たちが大きく士気を上げる。

 

 そしてその余裕は、この場における最重要戦力である狙撃手ウソップの行動をより大胆なものへと昇華させた。

 

「お、おい!砲撃ってちゃんとした軍艦だと攻撃力が凄いけど、一度出した指示変更させるまでに時間かかるってナミの本になかったか?!な、なら今おれたちが逆の海軍のほう撃ったら…!!」

 

 少年の計画は単純。混乱し満身創痍の『クロネコ海賊団』を放置し、油断しているもう片方の勢力、ネズミ大佐の海軍巡回船に可能な限り多くの損害を与えようというものである。

 異なる標的である『ゴーイング・メリー号』へ攻撃する準備を整えるまでのかなりの時間、こちらは何発もの砲弾を連中に叩き込むことが出来るだろう。

 

「へぇ、悪くねェ…!上手く行けば執事野郎の船に目が行ってる例の悪徳海兵の度肝を抜けそうだ!」

 

「凄いわウソップ!そっちのほうが面白そうだしやっちゃってっ!」

 

『キャプテンすごーい!!』

 

 大した理由もなく勝手にはしゃいで攻撃目標を変更させようとする一味と人質童子たち。

 

 しかし海戦の現実を山のような書物から知る女航海士が、そんな無計画なバカ共を慌てて制止させようとする。

 

「ちょ、ちょっと!“二兎追うものは一兎も得ず”って諺知らないの!?戦闘には弱者から仕留めるって原則が…!つかまず巡回船まで弾届かないでしょうが!何キロあると思ってんのよアンタたち!」

 

 だが一味の狙撃手を信じる女船長は引き下がらない。

 

「ウソップが外すワケ無いでしょ?弾が届かないならナミが届くように船動かせばいいじゃない!船長命令よ、頑張って!!」

 

「はぁ!?  ったく、わかったわよ!今度こそ風上取ってやるから、それで射程延ばしなさいウソップ!」

 

「ええっ!?か、風上ってどんだけ砲弾の距離伸ばせるんだ…!?」

 

「カノン砲やカルバリン砲ならともかく、近距離用のカロネード砲の射程を風上で延ばす話なんて私も聞いたことないわよっ!なんもせずにその大砲で1キロ先も狙い打てるアンタ自身の才能を信じなさいっ!!」

 

「んな無茶な!」

 

 己すら自覚していなかった眠れる才能に全てを委ねられた少年狙撃手。

 一味の皆の信頼に沸き上がる熱と、根拠のない自信を恐れる冷たい不安が入り混じる。

 

「ッ、ルフィ!もう一度横帆を張って!ゾロは三角帆を常に風上へ!ってちょ!そこのシート放しちゃ終り!責任重大よ!ピーマンくんはもう一度取り舵  左に舵を傾けて!この大波を乗り越えた瞬間に再度反転したら……いけるっ!!」

 

 突然の風の変化で未だに混乱中の敵二隻を余所に、ナミの卓越した操縦術が『ゴーイング・メリー号』を着々と戦場の風上へと導く。波の傾斜を利用し船を傾かせてキールにかかる反力を減らし、重力を用い一気に反転。

 

 波と風と戦うこと少し。貴重な時間を最大限有効に使った女航海士の戦略がようやく功を奏した。

 

「来たっ!来たわよ!見なさい、そして感じなさい!これよこれ、この風よ!完璧な位置関係だわっ!!  ほらウソップ、出番よ!全部整えてやったんだから、さっさと命中させちゃいなさいっ!!」

 

「…ッ!」

 

 勝気の笑みを浮かべる才女が少年に男気を見せろと催促する。

 

 状況は予断を許さない。

 全てをお膳立てされ、追い詰められたウソップは自身の胸の内で渦巻く感情に折り合いを付けられぬまま、一思いにそれぞれを大砲の砲弾と共に噴出させた。

 

「~~~ッッ!くそぉっ、こうなりゃヤケだァっ!  コラァッ、悪徳海軍めーっ!!カヤを不幸にするならこの“キャプテン・ウソップ”さまの一撃必殺百発百中の18ポンド砲弾が黙ってないぞォォォっ!!」

 

 大切な友人の危機に立ち上がった一人の“勇敢な海の戦士”が、己の全身全霊を以って不埒者の海軍支部将校へ鉄の巨球を撃ち放った。

 

 

 浮力という単純な物理法則に従い水面に浮かぶ船は、その単純性から非常に堅牢である。

 軍艦として真っ当な設計をされた船は  海軍の最精鋭『一等砲塔装甲艦』の三連装砲に代表される68ポンド榴弾以上のものを除けば  通常の艦載砲程度の破壊力ではめったなことがない限り沈まない。

 

 

 …ならば、それを18ポンド実体弾、それも三、四百メートルの中近距離が有効射程といわれているカロネード砲で1キロもの相対距離から行う狙撃手は、一体何人この世にいるのであろうか。

 

 

「ル、ルフィ!?今!今あの巡回船、バゴーンって爆発したぞ!!?」

 

 

 そして  『麦わら海賊団』が乗るキャラベル船『ゴーイング・メリー号』の甲板で青い顔のまま狂乱する長い鼻の少年狙撃手も、その神懸り的な技量を持つ“何人”の内の一人である。

 

「はぁぁっ!?ちょっと待ちなさい、今何が起きたの!!?」

 

「ハッ、コイツやりやがったぞ!ハッハッハ!」

 

「あっ!これがアレね!ボガードさんが訓練で言ってた“弾薬庫に被弾!”ってヤツ!狙ってやるなんて凄いじゃない、流石だわウソップ!」

 

『キャプテェェェン!!すんっっっごおおおいっ!!』

 

 長鼻の少年の先ほどの宣言通り、一撃必殺百発百中の超天才的な砲術が遠方約1200メートルの海軍巡回船の甲板を内側から爆ぜ飛ばした。

 その大戦果に『麦わら海賊団』の甲板では青年少年少女たちが狂喜乱舞するほど大きく士気が高まる。彼ら彼女らの高揚感は留まる所を知らない。

 

 だが知識ある女航海士ナミは、狙撃手の活躍に対する歓喜より、彼が引き起こした現象そのものの説明がつかず顎が外れんばかりに驚愕していた。

 

「実体弾よ!?炸裂する榴弾じゃないのに、どうやってただの鉄の塊で相手の弾薬に引火させられるのよ!?」

 

「え、砲弾って爆発しないヤツなんかあるの?」

 

「爆発するヤツはしないのより何十倍も高いのよっ!船長なら補給物資の内容くらい把握しなさいバカっ!!」

 

 祖父に無理やり乗せられた、潤沢な装備と物資を与えられた海軍本部中将の主力艦が基準となっている、妙にセレブな価値観のルフィ。ただの富豪の家の船舶護身用の弾薬庫に、榴弾などという戦術兵器が置いてあるわけがない。

 ナミは無知で無学な女船長を叱り付ける。

 

「…考えられるのは、発砲直前の敵の大砲に命中して暴発したのが更に近くの火薬に連鎖引火した…ってか?とんでもねェ豪運だな。“お嬢様”に少しくらい分けてやりてェモンだ」

 

「え…ホントにそんな偶然あるのか…!?マジでおれが狙い撃ったのか…!?この距離でぇっ!!?」

 

 混乱から立ち直れないウソップは三度目となる大戦果にも関わらず、未だに己の力を理解出来ずにただただ自分自身の才能を恐れていた。

 

「へっ、狙撃手ならてめェの成果くらい堂々と胸張りやがれ!流石はルフィが選んだ仲間だ…!やりャ出来んじゃねェか、ウソップ!」

 

 剣士に何度も背中を叩かれ、戸惑う新入り狙撃手はゲホゲホと咳き込む。

 

 『“海賊狩り”のゾロ』。

 硬派で辛気臭い男かと思っていたが、意外にもフランクで親しみやすい兄ちゃんの一面もあるようだ。

 そして外見通りの無邪気で子供っぽい少女船長ルフィに、外見に似合わず随分男勝りなところがある女航海士ナミ。

 皆が狙撃手の腕を驚きと共に称賛する。

 

 一癖も二癖もある連中ばかりの『麦わら海賊団』だが、そんな彼ら彼女らと共闘したウソップは、不思議とこの一味が心地よい天職のように思えてきた。

 

 隣の剣士が言う所の「順調に染まってきた」というヤツである。

 

 

 思い思いに少年の砲撃に惚れ惚れしている一味と人質童子たち。

 

 だが、突然船の船長ルフィが視線を海へ向け大声を上げた。

 

  あっ!みんな気を付けて!海軍じゃなくて今度は執事のほうが私たちを狙ってるわ!」

 

『!』

 

 甲板の緊張感が一気に増し、一同は慌てて三つ巴のもう片方の敵、海賊船『ベザンブラック号』へ目を向ける。光学機器に頼る悪童にんじん少年が続いて女船長の言葉を補足した。

 

「ほ、ホントだ!アイツらの船の横の大砲ずらーっとこっち向こうとしてる!どっ、どうしよう、ボインのおねーちゃんっ!」

 

 その失礼な呼び名に不満を述べる少女船長を無視し、航海士ナミが敵船の行動に疑問を唱える。

 

「何やってんのよアイツら?この高波で低層の砲門なんか開けたら一気に水浸しじゃない…!第一ウソップじゃあるまいしそんな距離から私たち狙えるワケが  

 

 だがその慢心が危機を招く。

 

 敵の砲手と目が合ったと錯覚するほどの極限のタイミングで、右舷四門全ての大砲が同時に煙を噴いた。

 

 そして、遅れて届いた轟音と、それに続く飛翔音が一同の鼓膜を震わせ  

 

  あっ、当たる!」

 

『ルフィ!?』

 

 最悪の未来を口にした女船長が突然空へ舞い上がり、無造作にその華奢な腕を振るった。

 その直後、四つの爆発がマストの近くで轟いた。

 

 風に攫われていく多量の爆煙を唖然とした表情で見送った六人は、一拍おいてはたと我に返り大きく騒ぎ立てた。

 

「はあァァッ!?こんな荒れた海で四発全部命中させたのアイツら!?こっちも敵も百発百中の狙撃手揃いとか、この海で一体何が起きてんのよ!?」

 

「…やべェな、今ルフィが居なかったらこの船弁償するとこだったぞ」

 

「心配すんのソコかよ!?いやソコもなんだけどよぉ!!」

 

 ナミの驚愕は当然のもの。いかに優れた砲手であっても、砲弾の命中精度というものは自由気侭な自然環境の影響に晒される以上、どうしても限界がある。

 それをまるっきり無視したような精度を出す一味の狙撃手はもちろん、敵にまで規格外の砲手がいるこの現実。如何にして現実と納得出来ようか。

 

「……あ、わかった!あの人たち催眠術で全員超一流の狙撃手になってるみたい!」

 

「ええっ!?何それずっるい!!」

 

 子供たちの素直な感想に、年長組も揃って賛同する。そのような事が可能ならば、航海士が倒れた敵の不利も直に別の素人に肩代わりさせて補うことだって出来てしまうだろう。

 手数でこちらが圧倒的に不利。装備も敵が上となっては難しい戦いを強いられる。

 

 動揺する一同。

 

 

 だが彼ら彼女らには、臣下を勝利へ導く若き“王”がいた。

 

「大丈夫っ!私がいるわっ!たとえ敵にウソップが何人居ようと、こっちの本物のウソップも、ゾロも、ナミも、ちびっ子たちも!みんな守るんだからっ!」

 

 仲間や童子たちの不安を覇気で読み取った一味の女船長が『ゴーイング・メリー号』の船員たち六人に笑いかける。

 自信に満ち溢れた少女の、見る者皆に勇気を与える魔法の笑顔であった。

 

 その太陽の笑みはいつだって、仲間の危機を跳ね除ける光となる。

 

「防御は任せて!ウソップは私を信じて敵を攻撃しなさいっ!出来るわねっ!?」

 

  ッ、さっ、最初からそのつもりだっ!!こんなことで怖気付くおれじゃねェぞ、いくぜ“ウソップ海賊団”!」

 

『うおおおっ!!』 

 

 極限の状況に晒された子供たちの未熟な技術も、この短い期間でそれなりの形になりつつあった。観測員のにんじん少年も、操舵のピーマン少年も、弾薬調合のたまねぎ少年も。自称『ウソップ海賊団』の総力を挙げ砲口から必死に火薬を込める。

 重い砲弾を込めるのは手の空いたゾロが、船を操り砲撃に適した環境を整えるのはナミが。

 皆が一味の親玉、少女ルフィの力を、そして  この場の主役、狙撃手ウソップの腕を信じ、一門の大砲にそれぞれの闘志を託す。

 

「ッ、速い!もう敵撃ってきた!」

 

 背筋の冷える風切音を鳴り響かせながら、黒い米粒のような点が幾つもの恐ろしい放物線を描いて少年少女たちへ迫る。

 

 だが、その軌跡に視線を向ける者は居ない。

 

 理由は一つ。

 

「しししっ!私も一味の船長らしいトコ見せてあげるわっ!ギア4・タンクガール!」

 

「ぎゃあああっ!!そのでっかくなるの止めろって言ったでしょおおっ!!?」

 

 深呼吸一つで手足頭部乳房の付いたボーリング玉のような異形に変形した可憐な少女に、ナミが近くの10キロ近い砲弾を片手で掴んでぶん投げる。

 この女航海士、仲間限定で怒りに身を任せた超人的身体能力を発揮することが出来るらしい。

 

「何よナミ!こっちは“ゴムゴムの追い風”とは全然違う、私の自慢の防御形態よっ!さぁ、来なさい砲弾たちっ!ゴムゴムのぉ~キャノンボォォ  っわきゃっ!?」

 

「見!た!目!が同じだっつってんでしょうが!!しかも自爆してるし!いいから今すぐ止めなさい!!」

 

 少女が繰り出したその技、“夢”のルフィ少年が8億ベリーを超える最高峰の賞金首を撃破するほどのカウンター攻撃だ。

 だがその恐ろしい力も此度はあまりに過剰。

 

 このバカには想像もつかないことだが、海軍の標準的な榴弾は着発信管、つまり着弾時の衝撃で起爆する。

 

 四皇の最高幹部をも吹き飛ばす超火力をただの砲弾が受ければどうなるか、少女もようやく身を以って理解した。

 

「けほっ…ぺっ、ぺっ!…おかしいわね、“ゴムゴムの風船”では出来たんだけど……むぅ、折角カッコいいトコ見せようと思ったのに…」

 

「いや、でかしたルフィ!おかげでこっちはいつでもいけるぜ!発砲指示をくれ、船長!」

 

 ヤル気が空回りし船首の特等席でしょげるルフィへフォローを入れたのは、一味の新参狙撃手ウソップ。

 ここしばらく随分と臆病風に吹かれていた彼も、船長の信頼を受け続ける内に、胸中奥底に湧いた勇気を強い闘志へと昇華させていた。

 

 小心者だと自分を卑下しながらも、流石は大海賊ヤソップの息子だ。

 

 発砲許可を待つ狙撃手のワクワクした少年のような顔に釣られ、麦わら娘が笑顔を取り戻す。

 

 

 そして、船長の珍しい凛とした表情に、『麦わら海賊団』および自称『ウソップ海賊団』の六人は遂に、反撃の狼煙を上げる。

 

「ッ、もちろんよ!みんな、せーのっ!“火薬よ~しっ”!!」

 

『火薬よォォし!!』

 

 少女の確認を子供たちが復唱する。

 自分たちが行った準備を述べて貰った彼らの士気は天をも越える。

 

「砲弾よ~しっ!!」

 

『砲弾よォォォし!!』

 

 焦れるような確認に一同の期待に満ちた攻撃的な表情が深まる。

 

「安全確認よ~しっ!!」

 

『よォォォッし!!』

 

 ナミと子供たちを背に庇うゾロ。

 その姿を見た狙撃手ウソップは大きく頷き、急かすように船長の指示を乞うた。

 

 そして、『麦わら海賊団』船長『“麦わら”のルフィ』が、待ち焦がれた最後の命令を下す。

 

 

「頑張ってウソップっ!……せーのっ  うてぇ~っ!!」

 

『撃てェェェァァァッ!!!』

 

 

 鳥肌が立つほどの大咆哮。

 

 心強い仲間たちの戦意の熱気に後押しされ、少年狙撃手ウソップは全身全霊の力で砲身の点火口に火種棒を突き立てた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島沖『ベザンブラック号』甲板

 

 

 

「ほ、砲列甲板が水浸しだァ!」

 

「畜生っ!上層の火の手が止まらねェ!」

 

「も、もうダメでさァ船長~っ!このままじゃ補給船までヤられて丘に戻れなくなっちまう!」

 

 三つ巴の一角『麦わら海賊団』の海軍船初撃大破炎上の大戦果に沸立っていたのも束の間。無謀にも連中を標的に定めてしまった彼ら『クロネコ海賊団』は今、敵キャラベル船より凄惨な報復を受けていた。

 

 海賊たちの指揮系統は最上位に船長が立つ。それは揺ぎ無い絶対である。

 

 故に、その船長の仲間に対する意識の違いで、海賊団は天国にも地獄にもなりうる大変な職業だ。

 

「……なァ、おれは“海軍を潰せ”と言ったよな?そしてお前らはその成果をあの“麦わら”に奪われたな。だからおれはお前らに“残った『麦わら』を沈めろ”と言ったよな?その命令は遂行されたのか?  答えろジャンゴォォォッ!!!」

 

「ひぃぃぃっ!!」

 

 敵の砲撃で大破し航行能力を完全に失った海賊船『ベザンブラック号』。その船長室では飛び散るガラスや木片を踏み付けながら部下の奇術師へ怒りをぶつける一人の男がいた。

 

 

 『“百計”のクロ』。

 

 例の富豪家に仕える“執事クラハドール”の面の顔を持つ、一味の元船長にして元1600万ベリーの賞金首である。

 

 先ほど敵海賊団の戦闘員『“海賊狩り”のゾロ』との戦いを態々切り上げ最優先の海軍船を皆殺しにするべく船を出させた男であったが、現在、一味のあまりの不甲斐なさに最早怒りが二周三周もしている極めて不安定な精神状態にあった。

 成功する世の海賊たちの通り、この人物も一味内で他の追随を許さぬ圧倒的な戦闘力を持ち、誰も逆らえないのが海賊団の悲劇を呼んでいる。

 

「じょ、状況は悪くねェんじゃねェのか…?最重要の海軍は沈んだし……ほ、ほら!このままだと白兵戦になるだろうから、そこで勝って連中の船を奪えばいいだけじゃねェか……」

 

「そうだな、てめェらはただおれが“海賊狩り”と、船長を名乗るあの悪魔の実の能力者の女を殺すのを見ていればいいんだからな」

 

「い、いや!べ別にそこまでは  

 

「当たり前だろふざけてンのかてめェェェッ!!?雑魚なら雑魚らしくおれのために戦って死ねよ、この無能共がァァァッ!!」

 

「わ、わかった!戦う!戦うから殺さないでくれ!!」

 

 床のガラス片に額が傷付くのも躊躇わず、ジャンゴは元船長の前で平伏する。

 

 奇術師にも意地があった。だがその意地も長年抑え付けられて来た恐ろしい百計の男の殺意の前では尻すぼみとなる。

 男が去って早三年。大切に維持してきた『クロネコ海賊団』を思う気持ちは本物なれど、己の命には代えられない。

 

 この上位二人の上下関係もまた、彼ら一味の運命を悲劇へと導く道しるべの一つであった。

 

 

 そんな彼らの下に、最高にして最悪の知らせが舞い込む。

 

 

「せ、船長!“麦わら”がもうすぐそこまで…!このままじゃ乗り込まれて  ッギャアアアッ!!?」

 

「ク、クロ!?」

 

 必死の形相で船長室まで報告を持って来たクルーを男が無造作に斬り付ける。

 倒れ伏し事切れた部下に青ざめながら、ジャンゴは隣の元上司の顔を責めるように見上げた。

 

「“このままじゃ乗り込まれる”だと?どこまで無能なんだてめェらは。キャラック船がキャラベル船に一対一で乗り込まれるだと?てめェらには海賊の誇りってモンがないのか、アア!!?」

 

 怒りにふら付くクロの支離滅裂な言葉に、奇術師が咄嗟に反論する。

 

「お、おい!連中の船奪うなら周囲に被害が出る戦闘はこっちの甲板でやったほうがいいに決まってるだろうが!落ち着けって!一度冷静に、な?」

 

「てめェら無能共と一緒にするな!!おれはお前らが海賊らしい考えの下で動くという前提であらゆる計画を立てているんだ!悪党なら悪党らしく傲慢に敵に挑んで死ね!!」

 

「むっ、無茶苦茶だ……!」

 

 狂っている。

 いつもの冷静沈着で怜悧な頭脳がまるで鈍らのよう。

 先ほどの“海賊狩り”との戦闘で少なくない出血があったからだろうか、男の息が微かに荒くなっている。感情の昂りで目は充血し、瞳の焦点も合っていない。

 

「ク、クロ…!医療室の精神安定剤を飲んで、十分でいいからしばらく休め…!今のお前じゃ“海賊狩り”に負けちまう…っ!」

 

「黙れジャンゴ!おれに指図するな!さっさと無能共を術で強化して“麦わら”を殺して来い、このグズが!」

 

「わ、わかった!今行って来る…っ!」

 

 状況は既に予断を許さず、これ以上聞く耳を持たないクロに構っていられる時間は最早無い。

 後ろから襲い掛かる強烈な殺気に震え上がりながら、ジャンゴは恐怖に身を任せて甲板へと逃げるように急行した。

 

 

 扉を開けた男が最初に目にしたのは、自身へと迫る大量の水飛沫であった。

 一瞬でずぶ濡れとなり、奇術師の視界が曇る。舌打ちしながらサングラスを拭こうとポケットのハンカチに手をやるも、二度目の大波が襲い掛かり、手元の全てが甲板の奥まで押し流された。

 荒れに荒れる、真夏のゲッコー諸島外洋の朝だ。

 

「ぐ…ぅぅっ!あの腐れ執事め…!天才自称するならせめてこういう状況を予想して時期をズラせよ、バカ野郎が…っ!」

 

 思わずそんな悪態が零れてしまうほど、目の前の光景は悲惨であった。

 戦闘準備に甲板に集まった部下たちは皆人手不足で疲労困憊。武器火器は波に攫われ周囲に散乱し、その顔には隠しきれない恐怖と絶望が浮かんでいる。

 

 それもそのはず。彼らの目の前で卓越した操縦術で大波を乗り越え近付いてくる船の甲板に立っているのは、あの恐怖の権化たる元船長クロと互角の戦いを演じ、海軍基地を壊滅させたなどの恐ろしい噂を持つ『“海賊狩り”のゾロ』。

 嗤う猛獣の如き形相でこちらを獲物と見定める男に、ジャンゴ自身も思わず腰が抜けそうになる。

 

(な、なんだアイツ…!クロに何度も斬られてニャーバン・兄弟(ブラザーズ)とも戦ったのに、まだピンピンしてやがる…っ!)

 

 奇術師は先ほどの剣士とボスの戦いを振り返る。あの吐血は胸を斬ったクロの刃が肺にまで達していた証拠。

 だが今、最早鬼の類と大差ない完全なる闘気の怪物へと変貌している目の前の“海賊狩り”は、殿を任せた狂猫兄弟二人を倒して尚、倒れない。

 

「ク、クロとの戦いも海軍基地での傷で手負いだったんじゃなかったのか…!?あんな化け物どうやって……」

 

「せっ、船長!来るぞ…っ!!」

 

『…ッ!』

 

 部下の一人の掛声に甲板の全員が息を呑む。

 

 今や目と鼻の先に近付いた横帆の複合キャラベル船。その甲板に見える敵の人数は僅か七。

 比喩でも何でもなく、こちらを見て本当に舌なめずりをしている最前線の“海賊狩り”と、悪魔の実の能力者である女船長“麦わら”の二大近接戦力。マストや楼の上に立っている狙撃手は、パチンコを片手に勇ましい顔をしながら膝を笑わせている、例のお嬢様の友人である長鼻のガキと、更に小さいガキ共が三人の計四人。そして船尾甲板で三角帆のシートを全力で引きながら巧みに船を操る、村の食堂に居たもう一人のほうの女。

 

 “海賊狩り”を除けば女子供だらけの冗談のような敵である。だがその冗談のように大きな胸をした先頭の女は、隣の剣士が主と認めた化け物を超える化け物なのだ。クロの加勢が遅れれば五分と持たずに全滅しかねない。

 

「…ッ、“海賊狩り”と“麦わら”には十分気を付けろ!乗り込むヤツらは上のガキ共と船尾(ケツ)の女をヤれ!」

 

「せ、船長…!そろそろ術を…!」

 

 消耗した部下たちの負荷を減らすため、ギリギリまで粘っていたジャンゴだが、先ほどの一人が言う通りここが限界だ。今度の洗脳が解ければ丸一日は動けないほどの疲労に襲われるだろう。

 とはいえ、背に腹は替えられない。

 

 敵船の甲板との距離は最早十メートル未満。身体能力に自信のあるものなら既に飛び乗る助走を付け始めてもおかしくない。

 

 ジャンゴは遂に己の切り札を切った。

 

「お前ら、術をかけるぞ!お前らは段々百人力の戦士とな~る…!段々、段々、百人力の戦士とな~る…!!」

 

『う…グゥゥゥゥッ…!!』

 

 脳が焼け焦げるほどの痛みが部下たちを襲う。限界を超えた多重催眠の反動だ。

 だが、それでも彼らは抗う。

 

 あんな、女とガキだらけの敵に負けるなど、彼らの海賊の誇りが許さない。

 

「段々、段々、段々、百人力の戦士とな~る…っ!!」

 

『グゥゥゥうわァァァッ!!!』

 

 一味の戦意が跳ね上がり、恐怖に揺れていたその瞳に炎が燈る。

 

 洗脳完了だ。

 

「行くぞお前らァッ!クソガキ共に本物の海戦を見せてやれェェェッ!!!」

 

『うおおおォォォァァァ  ッッ!!!』

 

 

 大海賊時代の華  海賊たちの白兵戦。

 

 残された両雄の最後の戦いが、鬨の声と共に幕を開けた。

 

 

『死ねェェェッ!!』

 

「ぱっ、ぱぱパチンコ撃てェェェッ!!」

 

 カットラスを片手にマストの吊縄に身を任せ、真横のキャラベル船へと飛び乗る幾人もの海賊たち。

 その手馴れた様はまさに百戦錬磨の大海賊。

 

 だが降り立ち体勢を崩した瞬間を見計らうように、マストの上から複数の鉄弾が飛来した。

 

「ガッ!?」

 

「ギャッ!!」

 

「痛ェェェッ!!」

 

 敵船へと挑んだ『クロネコ海賊団』のクルーたちの悲鳴が幾つも上がる。百人力の兵共も、百発百中の名狙撃手に目や喉や眉間を狙われては苦戦を強いられる。

 スリングショットとも呼ばれるその狩猟道具はれっきとした“殺し”を目的とした兵器。子供の筋力でも近距離ならば弓矢以上の威力を発揮するその飛び道具は、船の甲板のような狭い場所に屯する敵を上から狙い撃つには最適だ。

 

 どうやら村のガキ共も侮ってよい相手ではなさそうだ。

 

 

 だが目下最大の問題はこちらの甲板である。

 

「白兵戦!海戦の白兵戦よっ!“ルフィ”でさえ敵から逃げてばっかで満足に出来なかった海賊らしい海戦よっ!覇気で終らせるなんて勿体なさ過ぎるわっ!とことん楽しんでシャンクスに自慢してやるんだからっ!それぇーっ!ゴムゴムのぉ~ガトリ~ングっ!!」

 

『ぐわぁぁぁっ!!?』

 

 突然、満面の笑みで無数の伸びる腕を駆使し手当たり次第に殴ってくる女が降り立った。

 

 まるでゴムの如き超人的な身体。あの小娘こそ、ボスから語られた悪魔の実の能力者『“麦わら”のルフィ』に相違ない。

 その目を引く見事な肢体に一瞬戦意が挫けるも、洗脳の効果が健在な彼らは直ちに復活する。

 残された道は勝利のみ。白兵戦こそが両者の雌雄を決する最後の戦いなのだから。

 

「むっ!中々やるわね、あなたたちっ!バギーの雑魚一味とは比べ物にならない強さだわ!便利なモノね、催眠術!」

 

 完璧な統率で敵の親玉を取り囲み、防御と攻撃を分担しながら敵の行動を牽制しようとする『クロネコ海賊団』の戦闘員たち。

 だが彼らが豪速で振り下ろす刃物は、飛沫が輝く少女の美しい小麦肌に傷一つ付けられない。

 

「な、何で刃が通らねェんだ!?」

 

「これも悪魔の実の力なのか!?反則だ!!」

 

 まるで鋼鉄に攻撃しているかのように海賊たちの武器が弾かれる。

 すると、慌てふためく彼らへ、華奢な身体の“麦わら”がその童女のような幼顔をニヤリと歪めた。

 

「しししっ!ゴムの弾力と“生命帰還”の筋肉硬化、そして武装色の覇気の肉体強化が加わった私の“鉄塊”の堅さは、軍艦の主砲装甲以上の硬度と粘りよっ!流石におじいちゃんの全力を完璧に弾くには“武装硬化”を重ねないとダメだけど、あなたたちの攻撃なんか羽に撫でられた程度だわっ」

 

 海軍特殊体術“六式”。

 常人を悪魔の実の能力者と同等の戦力に引き上げる超人的格闘術を、更に幾つもの能力で応用強化している少女の防御力は、彼らの百人力、1000道力程度の力ではびくともしない。

 

 あの“海賊狩り”が認めた一味の親玉の実力。その片鱗を見た男たちは恐怖に思わず何歩も後ずさる。

 

 だが忘れてはならない。『麦わら海賊団』の白兵戦力は、この可憐な少女船長だけではないのだから。

 

 

「へっ、はしゃいで供も連れずに真っ先に敵船に乗り込む船長がどこに居るってんだよバカ…!露払いは戦闘員のおれの仕事だろ…!」

 

 異様に目をギラ付かせ、凶悪な笑顔の形相を浮かべた三本刀の剣士が振子のようにロープから降り立った。白兵戦の代名詞である。

 

「あっ、ズルいっ!私もソレやりたかったぁ!」

 

「なァに、これから偉大なる航路(グランドライン)で大暴れするんだろ?機会ならいつでもあるさ。それより  

 

 女の言葉を軽く流したその剣士は、より一層の悪人面を浮かべ手元の刀を『クロネコ海賊団』へと狙い定めるように指し示した。

 

 その佇まいだけでわかる。

 この男こそ、彼ら一味の元船長と渡り合った凄腕の剣士、『“海賊狩り”のロロノア・ゾロ』だ。

 

  まだ勝負は付いてねェだろ?執事野郎…!」

 

 男の底冷えのする恐ろしい声が甲板の騒音を凍らせる。

 

 

 そして突如、船尾楼の窓から一人の紳士服の人物が舞い降りた。

 

「……ふん、とんだ執着心だ。まさか船にまでおれと戦うために乗り込んでくるとはな…!」

 

 剣士の呼びかけに応じたのは、尊大な眼つきで相手を睥睨するゾロの敵、『“百計”のクロ』。

 

 一味の最高戦力にして最恐の男だ。

 

 

  全て練り直しだ、畜生が」

 

 海軍巡回船を爆破炎上させた英雄たちを称えもせず、執事はただ眼前で暴れる憎き敵『麦わら海賊団』を射殺す眼つきで睨む。

 今更何をしようとも、コイツらさえいなければ今頃は手にした屋敷の書斎で上質な勝利の美酒でも楽しんでいたことだろう。

 

 巡回船が脱落した今、もう己の復讐を遂げるに邪魔となる存在はない。あの船は直に沈み、生き残りもこの荒れ狂うゲッコー諸島外洋に呑まれて魚の餌になるだろう。

 

 残るは高名な“海賊狩り”と、ヤツが属する『麦わら海賊団』だけだ。

 

「そもそもそこの無能共の力に頼ろうとしたおれがバカだったんだ。やりようなら他に幾らでもあった。お嬢様を手篭めにするでも、屋敷の連中総出の旅行先で事故に見せかけて皆殺しにするでも。海賊団を利用しようと考えたせいで、より単純かつ確実な方法を計画する努力を怠った」

 

 百計の男の血走った白目が、目の前の邪魔者を射殺さんばかりに睨みつける。

 

「茶番も下らん演技もここまでだ。海軍が沈んだあたりに火油を撒いて確実に焼き殺し、屋敷の小娘を殺し、そこの『“麦わら”のルフィ』とやらを殺し、てめェも殺す!さっきの決着だ、“海賊狩り”!!」

 

   ルフィを殺す。

 

 その宣言に剣士の眉がぴくりと動く。

 

「……そうか。ボスのお前と戦うのも仲間への義理立てと自分の研鑽のためだったんだが……たった今別の理由が出来た。てめェ如き雑魚がコイツに指一本触れられるなんて、その思い上がりごとぶった斬ってやる…!!」

 

「はっ、“守る”だと?なら試してみろよ若造…!このおれから自分の女の命を守れるならなァ!!」

 

 互いに手負いの身。そう長くは戦えないだろう。

 

 ならば、答えはシンプル。一撃必殺である。

 

 勝敗を決す切り札の一撃はもちろん、自身の最高の技。

 十の刃を操る男が敵の姿に全意識を集中させる。初撃のみなら自由に操れるクロは、この一度で全てを決しに“海賊狩り”へ迫る。

 

 

「……違うな……ルフィは、守られるような弱い“女”じゃねェ  

 

 そして剣士もまた、この一撃に全てを込める。

 

 剣士は自慢の三振りの刀を振るう。

 空の玉座に一味の船長を座らせるために。

 己の“王”に、望む勝利を捧げるために。

 

 

  ルフィはおれの、『海賊王』だァッ!!」

 

 

 剣士は刀を振るう。

 その身に宿った、燃え上がる意思の劫火を纏いながら。

 

 

 そして  

 

 

「“()()鬼斬(おにぎ)り”!!」

 

「“杓死(しゃくし)”!!」

 

 

   超速の紫電が両雄の間で振るわれた。

 

 

 

 

 

  ……!!』

 

 

 沈黙が甲板を支配する。

 

 暴れる海も、吹き荒れる風も。

 まるで世界そのものが、両者の果し合いの末を見定めんとしているかのように、凪の如く静まり返っていた。

 

 

 そして……一方に上がった軍配に轟く、若き海の“王”の歓声が、凍った世界を熱気の大観衆へと変貌させた。

 

 

「やっ  たわあああっ!!私のゾロが勝ったわよおおおっ!!」

 

 

 固まっていた海も風も、全てが幻だったかのように沸き立ち上がる。

 唖然とする甲板には冷たい水飛沫が叩き付けられ、穴だらけの帆に襲い掛かるのは強固な綿糸を容易く千切る“常東風”。

 そこでは荒れ狂う夏の朝のゲッコー海が、“王の剣”の勝利を称え、波と風の盛大な拍手を送っていた。

 

 

 『クロネコ海賊団』は唖然とする。

 

 無敵を誇った船長が、長年の準備を経て実行された計画が、たった数名の新参海賊に倒されてしまった事実。

 皆、その認め難い現実と向き合えず、ただただ目の前の光景を信じられずに立ち尽くしていた。

 

 だが、世は大海賊時代。

 

 弱肉強食の掟を尊重し、神話や伝説で彩られた無数の書物より、自身の五感と直感を信ずる者が生き残る。

 

 そして倒れ伏した敗者『“百計”のクロ』の身体が波に傾く船に従い、樽のように転がっていくその無様な姿を見せ付けられた海賊たちは、遂に自分たちの三年越しの大作戦が敗北に終ったことを悟った。

 

 

 

『こっ、降参だァァァッ!!』

 

 

 

 『麦わら海賊団』対『クロネコ海賊団』。

 

 新生の両海賊団の初陣は、偉大なる野望を抱き、新たな時代を築く若者たちの一味  『麦わら海賊団』の勝利でその幕を下した。

 

 

 






エピローグ…あるけど……後日上げてもいい?

もろもろのキャラのその後とか、カヤお嬢様との女子会とか…


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