ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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分類:エピローグ

字数:24,844文字


↑なーんかおかしいんだよなぁ…(白目


お待たせしました。

これが本当のウソップ編完結です!(CV:渕上舞





18話 五人目の仲間 (挿絵注意)

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島沖

 

 

 

  ここは…?」

 

 狭い密室で一人の男が目を覚ます。

 

 朦朧とした意識の中、真っ先に脳に飛び込んで来たものはツンと鼻を突く刺激臭。

 少しずつ視界の靄が晴れ、瞳の水晶体を通して視神経に薄い純白が照らし出される。

 

 身体中に蔓延るしつこい倦怠感に悩まされる男は、自分がどこかの船の医務室にいることに、長い時間を経てようやく気が付いた。

 

 

  目が覚めたか?」

 

 己の居場所の当てが脳裏に浮かんだ瞬間を見計らうように、一人の男の声が患者に投げ掛けられる。

 その突然に大きな反応を示すことなく、男は声の方向へと首を向けようとし、何か硬質な物体に阻まれた。

 

「無理をしないほうがいい。頭から強く海面に放り出され首の骨に皹が入っている。君の副官が高波の中必死に抱えてくれていなかったら、今頃貴官は命と引き換えに支部少将に昇進していたところだ」

 

 どこか冷たい印象を持たせる淡々とした声に、男は相手の正体に薄々と気付き始める。

 この自分の階級を知りながら微塵も謙る様子を見せない人物。それほどの上官と作戦行動中に遭遇した記憶は少ないが、今の騒がしい東の海(イーストブルー)ではそう珍しい出来事でもないだろう。

 

 男は表情を可能な限り引き締め、ベッドの側でこちらを無表情で見下ろす中折れ帽子の男と挨拶を交わした。

 

「…も、目礼にて失礼。海軍第16支部大佐ネズミ、貴官の救難信号への迅速な対応、感謝致します…!」

 

「本部中佐ボガードだ。本艦がたまたま近海を通過したまでのこと。君は運がいい」

 

 海軍本部中佐。

 

 上位の佐官で主に主力艦の副艦長や艦隊の参謀に任命される、軍部内で高い影響力を持つ地位だ。

 世界政府直属治安維持組織である彼ら『海軍』において、本部と支部は明確な従属関係にある。具体的には本部と支部所属海兵の階級制度の違いなど。男、支部大佐ネズミは海軍本部における大尉相当の地位に就く者として見做されるため、この場の両名には佐官と尉官という天と地ほどの差がある。

 

 そしてこのスーツの将校、ボガードの名を知らぬ者はここ東の海(イーストブルー)にはいない。

 

「“ボガード”…!?と、ということはこの艦は…!」

 

「本部中将ガープ長官麾下旗艦『ブル・ハウンド号』だ。意識が戻ったのなら閣下に報告書を提出したまえ。代筆はこの者が行う」

 

「は、ハッ!」

 

 緊張した返答を行う隣の冴えないメガネの小僧を顎で指し、中佐は話は終わりとばかりに部屋を後にする。

 あまりに自然な退出にネズミは制止の声をかけることも忘れ、ただ医務室の扉が閉まる様子を目で追い続けていた。

 

 パタンという音を最後に沈黙が場を支配する。

 

 しばし唖然としていた男であったが、ボガードの言葉を思い出し残った少年へ目を向けた。

 いかにも新兵といった具合の不慣れな直立、上官と二人きりの気まずい空気に青ざめる情けない顔。普段なら絶対に目にする事の無い類の下位海兵だ。

 

 だが、ネズミは武闘派な脳筋ではなく、知性で以って支部大佐の地位に上り詰めた人物である。

 上司や同僚を金で巧みに買収し、ときにその事実をネタに蹴落とし、望んだ支部長の座に就いた。当然、組織で立場を得るために必須な上下関係を深く理解している。

 

 この新米小僧を相手に威張り散らすのは容易い。

 だがネズミには、何故あの“英雄”ガープの副官がこんなガキを海軍支部大佐の自分の代筆に選んだのか、その理由がわからなかった。そして“わからない”ということは全ての状況において大きなリスクを孕む。

 

 ここは、ただ一時の満足感のために威圧的に出ることは避けるべきだろう。そう冷静に判断した男は不快感を押し殺し、好意を感じさせる優しげな声色で少年に話しかけた。

 

「…私は支部大佐のネズミだ。今回はよろしく頼むよ。君は?」

 

「ッ、ハッ!きょっ、こ此度当艦の新兵として配属されました、コビーと申しますっ!みじゅっ、短いあいじゃじぇすがっ、どっどどうぞよろしくお願いしみゃすぅっ!!」

 

 コビーと名乗ったガキの拙さに苛立つも、男は努めて紳士的な態度を維持する。

 

「…そう気張らずに。最初は誰も似た様なものだ。…では書類は持ったか?そろそろ始めよう」

 

「はっ、はひっ!」

 

 ドタバタと近くに置き去りにされていた鞄の中から用紙を取り出し、こちらを食い入るような目で待機する少年。

 その妙にキラキラとした瞳に首を捻るネズミであったが、そのことに彼の気が散ることは無かった。

 

「では頼むよコビーくん。…えーでは、今回の任務は  

 

 何故なら、男は報告書を綴る段階になって今、ようやくあの忌々しい出来事の全貌を思い出し  それに伴う途轍もない憤怒を制御することに全ての心理的余裕を奪われることになったからである。

 

 

  許さん」

 

「……へっ?」

 

「許さん許さん許さん許さんぞ『“麦わら”のルフィ』ィィィッッ!!!私から全てを奪いやがってェェェッ!!  小僧っ!!」

 

「はひっ!?ごっ、ごめんなさいワクワクしちゃってごめんなさいィィィッ!!」

 

「喧しい黙れっ!あの小娘は非常に、非常に残虐で危険な海賊だ!小娘だけじゃないぞ!私の船を一撃で葬った謎の砲手もだ!あの荒波を自在に乗り越える航海士も、当然例の”海賊狩り”も!連中の全てが政府を穿つ巨大な牙となる!!本部はなんとしてでもヤツの討伐に海軍の威信をかけ全力全開で当たらなければならないっ!いいな!?本部中将閣下にそう伝えるんだっ!  ほら早く報告書を書け、このクソガキがァァァッ!!」

 

「はっ、はひぃぃぃっ!!」

 

 

 なお、あまりの憎悪に男はあっさりと心の制御を手放した。海軍支部大佐ネズミの猫の被り物が剥がれ落ちるのも、あらゆる理由において必然。

 

 

 海軍第16支部、一等巡回船『スケイブン号』、大破炎上後沈没。

 人的被害甚大。死傷者および行方不明者98名。

 

 事実上、東の海(イーストブルー)における二度目の海軍支部壊滅であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島“富豪の屋敷・客室”

 

 

 

 

「いででで!」

 

「全く…っ!本当にウソップさんは、全く…っ!!」

 

 

 ゲッコー諸島の海戦が明けた翌日。

 

 女海賊『“麦わら”のルフィ』に率いられた『麦わら海賊団』は見事勝利を収め、人知れず守ったシロップ村へ密かに凱旋していた。

 密かに、というのはもちろん、先日の傍若無人な海賊騒ぎの演技の後始末をつけるためである。

 

 家々から金庫や財布、書物や地図海図などを奪い、帆船『ゴーイング・メリー号』をも奪うという海賊に相応しい悪行。

 そんな一味の所業は、元は敵の首魁である『“百計”のクロ』もとい執事クラハドールが警戒する一味の剣士『“海賊狩り”のゾロ』が島を去ったことを印象付けさせるために行った偽の海賊行為であった。

 

 だが、些か度が過ぎる悪戯にシロップ村は大混乱。

 挙句の果てには海軍まで呼ばれる次第となり、立案者である村の若者ウソップ少年以下、自称『ウソップ海賊団』の悪童四人組は、今更どんな顔をして村人たちに謝罪すれば良いのかわからず途方にくれていた。

 

 とにかく、最も心配をかけた人物の一人であり、最も守りたかった親友、富豪家の令嬢カヤの下へ一人謝罪に行ったウソップ。

 

 そこで少年は、門番に事情を聞き寝間着のまま玄関から飛び出てきた、目元を赤く腫らした少女と感動の再会  とは行かなかった。

 

「せめて…せめて一言でも事情を話してくれたら…っ!」

 

「…かっ、海賊の船出だ…っ。嘘は貫き通しての嘘だろ…!」

 

「そういう嘘は嫌いだって言ったでしょう!?」

 

 拗ねるウソップを、らしくない怒声で叱り付けているこの少女こそ、誰よりも彼の身を案じていた健気な令嬢カヤ。

 

 突然、硝煙と火傷、そして見るからに荒事を潜り抜けてきた証拠である刃傷でボロボロな姿で戻ってきた少年に、無事を喜ぶ歓喜や安堵やら、傷だらけな彼の身体に血の気が引く驚愕や恐怖やら、事件前の大喧嘩に対する謝罪やら、無数の思いに呑まれた少女は「まずは怪我の治療よ!」と自室に彼を放り込み、こうして消毒液を問題児の身体中に塗りたくっていた。

 

「あんな…あんなケンカしたまま…もう二度と会えないかと…っ!」

 

「…ッ」

 

 傷の手当がいち段落した今、令嬢の胸中を支配しているのは耐え続けてきた彼の死の恐怖から開放された安堵と、積もりに積もった自責の思いであった。

 

 俯くカヤの頬を伝う雫が、少年の寝かされているベッドのシーツを濡らす。

 

「ごめんなさい…、本当にごめんなさい…っ」

 

「ッ、謝るのはこっちのほうだ!散々迷惑かけて…っ!  結局何一つ言えねェんだからよ……」

 

 謝罪する少女を縋る思いで止めるウソップ。

 

 伝えなくてはならないことは山ほどある。

 だが、治療してもらった傷のことももちろん、一連の事件の真相も、その元凶とも言える彼女とのケンカの真実も、少年には何一つとして語ることが出来ない。

 

 嘘とは、貫いてこその嘘なのだから。

 

 

「……何も聞かないわ」

 

 ぽつり…と少女の口から短い一言が零れる。

 

 ハッとその呟きの主へ首を向けるウソップに、彼女は繰り返すように自身の言葉を続けた。

 

「私は何も聞かない。……ウソップさんのその怪我も、この前の海賊騒ぎのことも  クラハドールのことも」

 

 思いを押し殺すように、ぽつり…、ぽつり…と少女は自分の意思を少しずつ、丁寧に述べていく。

 

「傷だらけだけど、あなたは戻ってきてくれたもの。私の今の日常は、あなたが守れた最良のものだったのでしょう?  あなた一人を、除いて……」

 

 その言葉にウソップは小さく肩を跳ねさせる。

 恐る恐る隣に座る親友へ振り向いた彼は、彼女と目が合った。

 

 真っ直ぐ交わされる二人の視線。

 そして、僅かな沈黙を破ったのは、赤く色付く双眸の少女のほうだった。

 

 

「ウソップさん。あなたの夢を叶えてくれるあの人たちに、もう一度会わせてくれる…?」

 

「……え?」

 

 唐突に投げ掛けられた親友の頼みごとにウソップは思わず間抜けな声を零してしまう。

 彼女の問いに紛れ込んだ、聞き捨てならないある単語が脳に浸透するにつれ、少年の目が驚愕に見開いていく。 

 

 その表情を目にしたカヤは、小さく顔を伏せる。

 

 そして、ゆっくりと頭を上げ、大切な親友の瞳を見つめ返した。

 

 

  海賊になるのでしょう?」

 

 

 少女の言葉に、少年は今度こそ、身体の全てが固まった。

 

 

「私がどれほど沢山の嘘の物語をあなたに聞かせてもらったと思ってるの。……あの人たちと一緒に、今度はあなたの嘘よりも  もっと嘘のような、本当の冒険をしに行くんでしょう…?」

 

「そ…れは……」

 

 傷だらけの少年は親友の問いに思わず言葉に詰まる。

 

 自分から言わなくてはいけないことだった。

 嘘吐きで、村中の嫌われ者。そんな自分のことを大切に思い、身を案じ、こうして涙まで流してくれる、誰よりも尊い自慢の友人。

 この少女にだけは伝えなくてはいけない、長く、ともすれば永遠となるかもしれない、大事な大事な別れであった。

 

 何も聞かず、全てを理解しているかのように優しげで、悲しい目をしているカヤ。令嬢の沈痛な表情にウソップは唇を噛み締める。

 

 そんな彼の思いに、少女は海の男を見送る女としての最後の務めを果たそうと、涙に濡れるその顔で、今の自身に出来る最高の笑顔を作り上げた。

 

「私は海賊の流儀も、遊びも、戦いも知らない……寝込んでばかりで、何も出来ない無力な小娘よ」

 

 令嬢の独白を少年は慌てて止めようとする。

 こうして丁寧に傷を手当てしてくれるだけでも十分過ぎるほどだ。心を傷つけた嘘吐きに施してよい厚意ではない。

 

 だが、顔を上げた少女の表情に浮かんでいたのは、力に満ちた切なくも凛々しい笑みであった。

 

「でも、一人の親友の船出を祝うことくらいなら、私にも出来るわ…っ」

 

 その笑顔が、少年の心を射抜く。

 

 無数の思いと悲しみを秘めた、別れを惜しむ少女の精一杯の笑顔は、有無を言わせぬ友の強い意思であった。

 

 

「私に…あなたと  あなたの仲間たちの船出を、祝わせてもらえないかしら…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島“富豪の屋敷・衣裳室”

 

 

 

「ねぇ、あの…お嬢様?…ホントに私たちまで呼ばれちゃっていいの?私たち相当迷惑な連中よ…?」

 

「そのお話はもう済みましてございます。どうかお気になさらずに。ウソップさんのお仲間なら喜んで歓迎致します。それに、せめて私だけでも皆様方の船出をお祝いして差し上げなくてはと思いまして」

 

「……何なの、この天使。しかもこんなドレスまで貸してもらっちゃって……」

 

 

 シロップ村の奥にひっそりと佇む一軒の豪邸。

 東の海(イーストブルー)有数の造船会社のオーナーが買い取った、旧貴族のマナーハウスである。

 

 当主の死に伴い一人娘の令嬢の個人邸宅となったその屋敷では今、三人の器量好い少女たちが肌着姿で衣装室に集っていた。

 

 見渡す限りの目を引く色とりどりのドレス。女に生まれた者なら誰もが一度は夢見るこの空間へ、少女の一人、屋敷の主人たる令嬢カヤは二名の客人たちを案内していた。

 親友の少年ウソップが新たに所属することとなった海賊一味『麦わら海賊団』。船出を控えたその一味の船長ルフィと、航海士ナミである。

 

「だ、だって折角の同性のお客様ですもの…!お二人ともとてもお美しい方ですのに、普段着でお越しになるなんて勿体ないです…っ!」

 

「いや、メリー号まで頂いちゃってるのにお嬢様の小港でパーティだなんて……」

 

 遠慮がちな航海士の反応は当然。

 先日の海賊騒ぎの当事者である彼女ら海賊団が盗んだ帆船『ゴーイング・メリー号』。その本来の所有者こそ、この病弱で心優しい令嬢なのだから。

 

 事情の説明のほぼ全てを、令嬢の親友である新入り狙撃手のウソップ少年に押し付ける形となった一味。だが事の顛末を一切追及して来ないお嬢様の優しさに甘え、結局何一つ語ることなくこうして盗んだ船の所有権を追認する形で譲られたばかりか、“出航記念パーティ”などというあまりに過分な厚意を受け取ることになっていた。

 

 流石の厚顔女泥棒ナミでさえ、これには思わず頭を下げるほど。

 だがそのような申し訳無さや罪悪感とは無縁らしい少女船長ルフィは、何も難しいことは考えず、ただ屋敷の豊富なコレクションに興奮していた。

 

「あっ!ナミナミっ!これなんかどうかしらっ!フリフリで可愛くて、あと色が真っ赤で強そう!」

 

「“強そう”って何よ……。第一アンタのそのスタイルにフリフリは子供っぽ過ぎて似合わないわよ。赤が好きならこのプリーツのミニドレスにしなさい。それならきゃーきゃーはしゃいでも可愛く見えるし、そのでっかい胸とも釣り合うから」

 

「ホントっ!?ならそっちにするっ!」

 

 受け取った衣装に黄色い歓声を上げながら、奥の老女の使用人に試着の手伝いをお願いするルフィ。

 すぐさま衣類を脱がせ、採寸を開始した使用人の背中から様子を窺う少女たちが、強靭なゴム繊維に支えられ微塵も崩れない、重力に逆らうかのように突き出る船長の胸部の双山に唖然とする。

 

「それにしても、凄い…ですね。補正しなくてもこんなにキレイな体型で…。ドレスもこれほど、その…メリハリのあるスタイルの方に着て貰えたら嬉しいでしょう……」

 

「…これにメイクしたらもっとヤバいわよ。港でのパーティ、なんとしても村の男たちに見られないようにしないと求婚者追い返すだけで一日終っちゃうわ……」

 

 大切な妹分のおめかし姿を如何にしてあのむっつり剣士たちから守ろうか、とヤル気を高めるナミ。その使命に燃える姿にカヤが呆れるように指摘した。

 

「他人事ではありませんよ…?今回は身内のみですが、ナミさんも負けず劣らずの可愛らしい方ですし、将来大きなパーティに参加なされたときはお二人とも甲乙付け難いほどの引っ張りだこになるかと」

 

「ん?ああ、私は身の程知らずの男共を追い払うの慣れてるから何の問題もないわ。心配ご無用よ」

 

 あっけらかんとした少女の態度に、強い女性に憧れる令嬢は顔を引きつらせながらも尊敬の眼差しを送る。

 

「な、なるほど……先ほどから選んでらっしゃる露出が控えめなドレスも、その、殿方に隙を見せない装いなのですね…」

 

 令嬢のその言葉にナミの肩がぴくりと小さく跳ねる。

 ホストとして当然、ゲストの嗜好を把握すべく目の前の二人の反応に神経を尖らせているカヤが、その仕草を見逃すはずが無い。

 

 何か訳ありだと即座に気付いた少女は、慌てて失言を謝罪し話題を変えた。

 

「し、失礼致しました…!その…わ、私…こうして一緒にパーティの準備を楽しむ女性のお友達が居なくて…憧れだったの。晴れ姿を褒めあったり…服の着せ替えっことかしたり…」

 

「…!」

 

 恥ずかしがりながらもはにかむように微笑む、令嬢の寂しげな姿。

 

 そんな少女に、ナミはハッとする。

 彼女もまた、カヤ以上の孤独な生活を強いられてきた人物。令嬢の願いは誰よりも良く理解出来る。

 今でこそルフィという仲間が出来たナミであったが、この病弱なお嬢様はたった一人の友人である長鼻少年さえも海賊として危険な冒険の旅に出て、側を離れてしまうのだ。

 

 こうして女三人。

 ウソップを通してのつながりだけでなく、互いが互いを大切に思い合える関係を築き、その絆を宝物にしたいのだろう。

 

「……いいわ」

 

「…え?」

 

「こんな優しくて美人な子と友達なんて、こっちが大歓迎よ…!だからアンタも敬語なんか止めてもっと仲良くしましょ  ね、カヤっ?」

 

「…ッ!うんっ!こちらこそ、ナミさんっ!ルフィさんっ!」

 

 新たな友情に歓喜する美少女二人。

 そんな目の保養となる光景に、唐突に名を呼ばれた天然バカがずけずけと割り込んだ。

 

  なぁに?呼んだかしら?」

 

「アンタはもう少しムードを大切にしなさいっ!折角カヤが勇気出して友達になろうって言ってくれたのに…!」

 

 デリカシーに欠ける少女船長をナミが叱る。

 だが当の本人はきょとんと首を傾げ、心底不思議そうに自身の胸中を明らかにした。

 

「勇気…?良くわからないけど、カヤはもう私の友達よ?だって船もくれたし、こ~んなステキなドレス着させてもらえるんですもの!それにウソップの友達は私の友達だわっ!」

 

 さも当然と言わんばかりに新たな友人の令嬢に飛び付くルフィ。

 マキノや義兄エースを散々悩ませてきたお得意の抱き付き癖に襲われたカヤは、少女の巨大な水風船のような胸に埋もれながら頬を紅く染め、目を白黒させていた。

 

 同じくいつもの被害者であるナミは、そんなお嬢様の混乱する内心が手に取るようにわかる。

 だがあえて助け舟は出さず、少女船長の過剰気味なスキンシップに対するカヤの反応に期待することにした。

 

 彼女は富豪の令嬢。私生活はともかく、人前では気品ある女性としての振る舞いを求められ続けてきた人物である。

 そのような少女が、同性の友人のあまりに子供っぽい行いにどのような反応を示すか。

 

 答えはさほど多くはない。

 

  ッぷぁっ…!ル、ルフィさんっ!じょ、女性がそのようなはしたないことをしてはダメよっ!」

 

「全くよ、もっと言ってあげなさいカヤ!」

 

 期待通りの展開に満足そうに頷くナミが、新たな友人を後押しする。

 

 なおこの女泥棒、育ちが悪いせいか自身の美貌を武器に荒くれ者共の世界を渡り歩いてきた、清純とは些かかけ離れた価値観の持ち主でもあった。

 同じ言葉でも清楚清純が服を着て歩いているようなカヤのものならば、ルフィもあるいは耳を傾けるかも、とこの無防備麦わら娘の貞操観念の教育を令嬢に押し付けようとしている厚かましいナミである。

 

「大丈夫よカヤっ!親しくない男の人にはしないってマキノと約束したもん!だから女の子のあなたとぎゅ~ってしても誰も怒らないわっ!」

 

「そっ、そういう話では  って“親しくない男の人には”ですって!?」

 

「あっ、そうそう。ソコちゃんと注意してね」

 

 隣から飛んでくる合いの手を無視し、お嬢様がルフィを問い詰める。自分でも信じられないほど感情的に。

 

「そ、それってつまり、親しい方にはいつもそんな振る舞いをしているの…!?た、例えばお仲間の剣士さんとか  ウ、ウソップさんとか……」

 

 カヤの躊躇うような声色。

 その奥に隠れた感情に心当たりがあったナミが、自身の脳の少し特殊な部位を活性化させる。

 

   これはつまり、そういうことと判断してもよろしいか?

 

 しかし、令嬢にはニヤリと客人の顔に浮かんだ意地の悪そうな笑みに気付く余裕は無い。

 

「いいえ?ナミに“無闇に男に触るな”って言われたからちゃんと我慢してるわよ。この前もウソップ抱きしめようとしたら怒ら  

 

「だっ!?だだ“抱きしめようと”!?」

 

 ルフィの返答に、富豪のお嬢様がらしくない素っ頓狂な声を上げる。

 直後ハッとし口を押さえるも、少女の叫びは既に新たな友人二人の注目を集めきっていた。

 

 一人は薄っすらと紅潮しながら目尻と口角がくっ付くほど品の無い笑みを浮かべており、片方の問題児は不思議そうにその大きな目をパチパチと瞬かせている。

 

 カヤは慌てて弁明しようと頭を働かせるも、自分自身、何故あれほど大きい反応をしてしまったのかわかっていない。

 俯き悶々と考えを巡らせる令嬢に救いの手を差し伸べたのは意外にも、何か良からぬことを考えていそうな、いやらしい顔を見せるナミであった。

 

「まぁまぁ、落ち着きなさいカヤ。それにルフィも。カヤはアンタの女の子としての見本でもあるのよ?本人がダメって言うんだから、アンタも友達の注意くらいちゃんと聞きなさい」

 

 下着に何度詰め込んでも飛び出てくるルフィの二つの果実に四苦八苦する使用人を余所に、女船長が地団駄を踏み、またビスチェのカップを弾き飛ばす。

 

「むっ、バカにしてっ!親しくても気安く男の人に抱き着いちゃダメなんでしょ?ちゃんと女の子っぽくなろうって決めたもん!子供みたいなことはしないわっ!」

 

  だって、カヤ。良かったわねっ、むふふ」

 

「い、いえ…私はその……」

 

 胸中に広がる謎の安堵に困惑しながら言い淀む令嬢。しかしいくら考えても適切と思える返事は浮かばない。

 仕方なく、少女は諦め自身のドレスを見繕う作業に戻ることにした。

 

 正面に並ぶのは、代々親族の婦人令嬢たちが揃えた百を越すドレスの一大コレクション。

 主役のルフィが情熱的な赤を選んだのだ。彼女を引き立てられるような大人しいパステル系の色にするべきだろう。

 

 そう思い衣装棚へ向けたカヤの目にふと、印象的な美しい光沢が映った。

 

 

 絹繻子織り(シルクサテン)のロイヤルブルー。

 

 まるで果てしなく遠い海のように深く、澄んだ色に、令嬢は見惚れた。

 

 少女は思い出す。

 確か、昔の名作映画のヒロインが身に付け話題になったものだ。

 探検家の男性との素敵な恋を描いた作品で、壮絶な冒険の果てに九死に一生を得て戻った恋人に、このドレスを纏ったヒロインが桟橋を飛び越え甲板の彼の胸元に抱きついた名シーンは、今尚多くの女性たちを虜にする。

 

 魔が差した、と形容すべきであろうか。

 

 カヤは、自分がこのドレスを着て少年に別れを告げる姿を想像し  その寂しさを吹き飛ばすほどの羞恥を覚える。

 映画の物語に肖り、いつまでも貴方の帰りを待つ、と言わんばかりの健気な様。まるで旅立つ恋人を見送るあのヒロインのような振る舞いに、純情な少女の顔が衣装と真逆の色に染まる。

 

 彼は大切な恩人であり、親友。

 既に過分な情を貰っている身だ。まだ大した礼も出来ていないのに、これ以上の想いは少年の船出の邪魔になるだけ。

 第一、自分は恋なんて、全くといって良いほどわからない。両親のような仲睦まじい関係には憧れるが、果たして自分が母のような、想い人を愛し愛されるほどの女性になれるのか。そんな自信のない女である自分に、誰かを異性として愛することなど失礼だろう。

 

 気付きかけたその感情の名を考えてしまわぬよう、令嬢はぶんぶんと必死に(かぶり)を振り、想いを散らす。

 

 そして、主役と間違われるほどに目立つその有名なドレスを棚に戻そうとし  それを横から奪われた。

 

 

  あーっ!私そのドレス知ってる!マキノが大好きだった映画に出てた女の人が着てたヤツね!」

 

「ッ、ルフィさん…!?」

 

 声の方角へ振り向いた先に居たのは、本日の主役の一人。ようやくビスチェの装着を終えた、下着姿の少女船長ルフィだ。

 まるで作り物のように非現実的で完璧な少女のシルエットに、令嬢は羨望を通り越し驚愕する。

 

「いいじゃない!まるでこのあたりの海みたいにキレイな色だわっ!それにしなさいよ、カヤ!」

 

「わ、私がこれを…?」

 

 まさかの主役本人からの援護射撃に少女は焦る。このような逸話のある優雅なドレスでは、せっかくのお別れパーティだというのに脇役の分際で悪目立ちしてしまうだろう。

 

 何よりこの衣装、スパゲッティストラップで背中が大きく開いた、中々に大胆な露出箇所が多いのだ。

 当然、映画の作中でも纏ったヒロインの妖艶な姿に恋人が惹かれ、パーティの途中に物陰へ連れ込み、人目を忍んで情熱的な愛を交わすシーンもあったほど。

 

 ナミのように殿方の扱いに長ける大人な女性ならともかく、ただの小娘である自分が着られるわけがない。

 

 だが、説得の助力を得ようと彼女が頼った女航海士は、真逆の船長の肩を持った。

 

「うわ、『燈台の下で』で流行ったイブニングガウン…!?これはまた露骨な……でもいいじゃない、本気で男に自分のコト覚えていて貰いたい意思をビシバシ感じるわ」

 

「ッ、待ってナミさん“露骨な”ってどういう意味…!?」

 

 口角を吊り上げる少女にカヤは顔を赤らめる。

 自分が知るのはこのドレスの由来と人気だけ。もしや他にも何か逸話があるのか、と無知な令嬢は知らぬ恥を晒したくない一心でナミを問い詰める。

 

「いいのいいの、それにしなさい。確かにルフィの言うとおり、海水が澄んで底が白砂のゲッコー諸島の海みたいな蒼色だわ。故郷の村の海を思い出すたびに、そのドレスを着たカヤのコトも思い出すのよ?」

 

「そうよ!絶対ウソップも喜んでくれるわっ!映画の女の人、とってもステキだったもの!」

 

「…ッ」

 

 問いを煙に巻く言葉であったが、少女の耳に届いた二人のそれは、揺れる乙女の心を捕らえて離さなかった。

 

 彼のために着るドレスを、他でもない彼に気に入って貰えると言われてしまえば、最早議論の余地はない。

 あるのは自分にその勇気を振り絞れるか否かの決断のみ。

 

「ったく、これだから箱入り娘は…!男ってのは恥らう弱い女に最も興奮するバカばっかなんだから、堂々としてたら意外と手を出して来ないものよ?」

 

「ッ!“手を出”  ってまさかこのドレス……そこまで、その、扇情的で有名なの…?」

 

「ま、かなりリアルで激しい濡れ場で使われたヤツですもの。男なら一度は真似てコレ着た女を脱がしたがるって有名ね」

 

  ~~~ッッ!!」

 

 例の映画の倒錯的なシーンを想起し、うっかり自分と、親友の少年をそこに当てはめてしまった令嬢は口をパクパクと開閉し首元まで茹で上がる。

 

 そのまま固まり無反応となった友人が放つ、刺激的な情事の“声”が覇気を通して届いてしまった無垢な少女船長は、驚いた顔で隣の仲間に問い掛けた。

 

「……ねぇねぇナミ。  なんでカヤってあの映画の女の人が冒険家さんとしてたみたいに、ウソップと物陰でえっちな戦いやりたがってるの?身体弱いんだし絶対負けちゃうのに……」

 

「……忘れなさい、いいわね?ていうか人の心読むな、覗き魔」

 

「むぅ…聞こえちゃったのよ…っ!  あの、ごめんなさい、カヤ……カヤ!?嘘、あなたも“ギア・2”使えるの!?それならウソップにも勝てるわね!」

 

「何が“ギア・2”よアホじゃないのアンタ!?」

 

 

 美しい少女たちの小鳥の囀りのような声が木霊する富豪家の屋敷。

 名残惜しい時間は瞬く間に過ぎて行き、入り江で参加を待ちわびる新たな仲間『ゴーイング・メリー号』を加えた小港のガーデンパーティが、満を持して開会する。

 

 

 尚、カヤが復活したのはパーティ開始直前であり、少女は時間の都合で目出度く例の曰く付きドレスで意中の長鼻少年の前にその姿を晒すことと相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島“富豪の屋敷・小港”

 

 

 

「な、何か凄ェな…これ」

 

「何でおれまでこんなモンを…」

 

 村を悪しき海賊、そして悪徳海軍から守った英雄一味『麦わら海賊団』。

 そのクルーとして新たに迎えられた村の少年ウソップと、彼ら彼女ら英雄たちの船出を祝うささやかなガーデンパーティが、少年の親友である富豪家令嬢の屋敷が所有する小港で開かれていた。

 

 亭主夫妻が他界し早一年。久々の客人を迎えた祝事に、屋敷の使用人たちが水を得た魚のように各々の仕事に熱を入れる。

 “ささやかな”という主人たる令嬢カヤの意思をそっちのけで、豪華な飾り付けや美食美酒が小さな港を埋め尽くさんばかりに広げられた、夏の昼過ぎのサマーパーティであった。

 

 これほど華やかな場なら、自ずと相応しい装いというものが求められる。

 客人の見目麗しい少女たちが屋敷のドレスコレクションに袖を通すという話を聞き付けた執事メリーの案により、男性客にも彼女たちに相応しい紳士服を、と勝手に盛り上がる使用人たちに催促され、一味の新入り狙撃手ウソップは仲間の剣士ゾロと共に見事な一張羅を纏い、着飾る淑女たちを待っていた。

 

「こういうの、ガラじゃねェんだが…」

 

「めちゃくちゃ似合ってんじゃねェか。やっぱ剣術やってると姿勢が違うなぁ…。おれなんかこのもじゃもじゃ頭見られただけで“帽子をご用意致します”だもんよ…凹むぜ」

 

 色はもちろん、形状から仕立て方に至るまで実に様々な種類が存在する女性のドレスだが、お洒落とは何も女の特権ではない。

 婦人服ほど遠目にわかるようなものではないが、男の正装にも無数の違いがある。

 

 特にこの剣士のように、立派に鍛え抜かれた躯体と鋭い眼つきの男前はまさにモデルのような佇まい。何を着ても似合う素材で好き勝手に遊ぶ執事たちのせいで無駄にスーツに詳しくなったゾロは、長々と続いた着せ替え人形がようやく終った開放感に早速グラスのスプマンテを呷っていた。

 

 対する狙撃手少年の服選びは別の意味で大変であった。

 特徴的な目、髪、そして何よりその長い鼻に合う衣装は、流石の大富豪家であっても僅か数点ほど。

 このような強烈な個性を持つ容姿の人物には、同じく個性的なスーツでバランスを整えることが最善。

 派手過ぎず、されど顔が浮かない程度に派手なスタイルを探し、白のストライプが品良く入ったダブルスーツを白シャツに深い銀色のネクタイ、そして黒の帽子で馴染ませ、胸元の牡丹チーフで引き締める、程よいコメディ色と気品が合わさった映画スターの如き装いとなった。

 

「ま、まぁとにかく、やっぱお洒落も“男”って感じがしていいよな!この帽子もこうして見れば悪の親玉って感じがして悪くねェ!お前もグレーに赤ってのがまたイカすな、Vゾーンっつーんだっけ?それ」

 

「…あのメリーとかいう執事が選んだヤツだ。褒めるなら執事を褒めろ。…つかあのお嬢様はまだか?早く船貰って向こうで飲みてェんだが」

 

 美味い酒に目を輝かせながらも、どこか逃げたそうにソワソワと落ち着きが無い仲間の青年ゾロ。

 未だ知り合って数日の仲だが、それなりに相手の人となりを把握していたウソップは彼の内心に当たりを付ける。

 

 

「はっは~ん?さてはゾロお前、ルフィたちのめかし込んだ姿見るの恥ずかしいんだろ…?!」

 

「ッ!ばっ、違っ  

 

「照れんな照れんなって!  いつもとは違う、美しいドレスや化粧で輝く仲間の美女たち……ああ!そんな彼女たちを見てしまったら、おれは今後どんな顔をして二人と話せばいいのだろうか…?  ってか!?ぎゃははははは!!“海賊狩り”返上して、代わりに“さくらんぼ狩り”名乗れよ!“チェリー剣士”でもいいぜ?あーっはっはっは!!」

 

「叩っ斬るぞてめェっ!!?」

 

 羞恥か憤怒かは知らないが、顔を赤くし狼狽する無手の剣士など恐るるに足らず。

 調子に乗る少年は、和気藹々と楽しく着替えているであろう美少女たちのドレス姿を妄想し、初心な青年を間接的に攻撃することにした。

 

「さてさて~やっぱ気になるのはルフィの服だよなァ?」

 

 最初のクルーだという剣士ゾロ。

 あの“海賊狩り”に海賊に堕ちる道を選ばせるほど、この男はあの元気っ子に強い思い入れがあるはずだ。

 

 ちらりと覗いた青年の顔は  非常に不愉快そうなしかめっ面。

 

 ビンゴである。

 

「うひひひっ!さぁ、一緒に考えるのだゾロくん!我ら“麦わら海賊団”の愛らしい親分ちゃんの、あのとんでもねェ巨大マシュマロにほっそい手足に腰!おっぱいに反して意外と小振りなケツもグッド!顔を隠せばパーフェクトなのに、あのガキみてェに無邪気で無防備な性格と顔が“手を出したら負け!”って感じに生殺しにさせてくる魔性の女!  そーんな気になるカノジョのドレスはァァ~ん??」

 

「…ッ!知るかっ!!  くそ、頼むぞナミ…!あの半裸バカにマトモなヤツ着させろよ…?!もう巻き込まれるのは散々だ…!」

 

 どんどん顔が赤くなる純情剣士に釣られ自分の顔まで赤くなり始めたウソップはひとまず、男の切実な願いを投げ掛けられた、一味のもう一人のほうの華について考察することにした。

 

「お、おやおやァ?女船長だけじゃ飽き足らず、女航海士にまで手を出そうとするとは、流石は高名な“ハーレム剣士”くんでありますなァ??」

 

「はぁ!?」

 

 驚愕に震える青年に腹を抱えながら、狙撃手は命知らずな妄想を加速させる。

 自身の脳内ファンタジーで活躍する理想の海賊たちなら、おそらくこんな風にあの少女を称するだろう。

 

「恥ずかしがんなよぉ~!わかるぜ、アイツもイイ女だよなァ~?こう、女の武器をわかってるっつーか、自分に自信満々ってのが男見下してる十代後半の背伸びちゃんみてェでよ!うぇっへっへっへ~!」

 

「酔っ払いのオッサンか!!  つかお前、アイツに下心とか命捨て過ぎだろ。バレたら散々それをネタに一生下僕みてェな扱いされるぞ…?」

 

 剣士の言葉にウソップはハッと固まる。

 思い出されるのは、あの男勝りな美少女の勝気な顔。こちらを睥睨しながらその美貌を悪そうに歪め、彼女のブーツを舐めさせられる自分の未来がありありと想起されてしまった。

 冷や汗が背中を伝った少年は、滑り過ぎた口のチャックを堅く締める。

 

 慣れない美女の品評会など、随分と無謀なことに励んでいたものだ。

 

「……アイツの未来の下僕くんに忠告してやるが、ナミはあの軟派な性格のクセに、着替えを見られそうになると同性のルフィにもキレるヘンなヤツだからな。半裸の女が見たけりゃあのアホゴムで満足しやがれ。おれは逃げる。  つかお前は大人しくお嬢様の貴重なドレス姿でも妄想してその無駄すぎる長鼻の下伸ばしてろ…!」

 

 色事には色事。

 咄嗟に思い出した少年と令嬢の仲睦まじい姿をネタに、ゾロが反攻に出る。

 

 だが色事に全く縁を感じたことのないウソップはきょとんと首を捻り、唯一理解出来た剣士の間違いを正すことにした。

 

「カヤのドレス?アイツお嬢様だし、体調良いときはよく着てるから別に貴重じゃねェぞ?美人だから全部似合ってるし眼福っつーか、楽しみではあるけど」

 

 狙撃手は今まで親友がその華奢な身体に纏った幾つかの衣装を思い返す。直近では船の商談にルフィたちを連れて行ったときの、あの上品でキラキラした空色のヤツだ。

 確かに酒屋で待っていたゾロは見ていない。

 

 だがそのことを指摘しようと見上げた剣士の顔はどこか呆れるような顔をしていた。

 

「……それはお前が来るから出来る限り気合入れてたんじゃねェのか?」

 

「おれが来るから?」

 

 その言葉に少年は目を瞬く。

 そういえば彼女は体調が悪いときは顔や身体を隠すようにしながら、必ず「見苦しくてごめんなさい…」と何故かいつも謝っていた気がする。

 

 剣士の何気ない仮説に妙に納得してしまったウソップは、親友の女性らしい気遣いに今更気付き、大いに動揺した。

 

  えっ、そうだったのか!?」 

 

「知らねェよ初対面の女のことなんか!  とにかくさっさとあのお嬢様に許可貰って船に避難しねェと、あのクソゴム女が選ぶドレスなんて嫌な予感しかしねェ……!」

 

 互いに異なる事情でソワソワし出す二人の不器用な紳士たち。

 

 

 そんな海賊コンビの情けない背にかけられたのは、緊張の色濃い、一つの小さな女声であった。

 

 

  ごめんなさい…っ!遅くなってしま……って……」

 

「ッ、カヤっ!?」

 

 突然聞こえた柔らかく澄んだ音色に驚き、ウソップは後ろを振り返る。

 

 

 

 そこで少年は  海の女神を見た。

 

 

 

 

「…ッ!……とても……とてもよく似合ってるわ……ウソップさんの、そのスーツ…っ」

 

 どれほど固まっていたのだろう。

 

 頬を紅潮させ、微かに息が上がっている親友のか細い声で我に返った彼は、慌ててこの手のマナーに添って、目の前の蒼い宝石を全力で称えた。

 

「おっ、おおおう!サンキューな、カヤ!お前もすっげーキレイだぜっ!キラキラしてて  あ、ほら!島の外れの岬から見える近くの海みてェな色っ!髪の毛もなんかふわふわ輝いてるし、えっと、あれだ!お前の金髪とドレスで“太陽と海”ってか?あは、あはははっ!  いや、ごめん……ボキャブラリーが足りねェ……」

 

 どこか地に足が付かない気分のまま、少年は親友の美しいドレス姿をいつものように褒めようとし、見事に失敗した。

 

 着慣れない服を身に纏い、初めての金持ちらしい社交会のような空間に呑まれているからだろうか。

 何度も目にしていたはずだというのに、今自分が目にしている彼女の姿は、これまでとは全く異なる見惚れんばかりの美しさを放っていた。

 

 儚げで淡く色付く少女の真っ白な肌に浮かぶドレスの蒼い光沢は、まるで島の純白の砂浜にさざめく真夏の波のよう。はらりと垂れる耳元の一房の金色は、さながらあの美しい北海岸に射し込む晴天の陽光か。そしてその深い紫の瞳は、今朝の壮絶な戦いの末に見上げたあの澄み切った朝焼け空の、勝利を称える暁の色。

 

 それは、故郷のゲッコー諸島の絶景たちが一人の少女の姿を象っているかのような、初めて見る親友の麗容であった。

 

「…ッ、あっ、ありがとう…嬉しい…っ!」

 

 何かを堪えるように肩を抱き俯きながら、令嬢が小さく震えている。

 

 一瞬、褒められて恥ずかしがっているのかと胸が大きく高鳴るが、そんなことは無いだろうとウソップは頭を振る。

 最近のカヤはどちらかといえば笑顔の多い、明るい人物だ。彼女のその明るさは長年励まし続けた自分の勲章でもある。第一、今更晴れ着を見られて照れる仲でもあるまい。これほど似合っているのだから。

 では笑っている  例えば、自分のこのスーツ姿を笑っているのかと疑ってしまいたくなるが、この親友は人の無様を笑うような人間ではないと再度頭を振る。

 

 となると、最後の可能性は  

 

 

「お、おいカヤ…?震えてるけど  寒いのか?」

 

「真夏だろアホかてめェ!!?」

 

 

 難解な女心を解読する名探偵ウソップを気取っていた少年であったが、突然後ろから投げ掛けられた嗄れ声に「わぁ!」と思わず悲鳴を上げてしまう。

 

 振り向いた先には、相棒ゾロの姿。

 

 そういえばコイツも居たのであった。

 

「なっ、何だゾロか…。ビビらせんなよ、ったく」

 

「てめェ、人の親切をアホなこと言って棒に振ってんじゃねェよ…!何のためにおれが気配消して二人きりに  って、はぁ……もういい。おれはそこのお嬢様に用がある」

 

 一味一の有名人“海賊狩り”の名をウソップの話から聞いている令嬢が、最も縁が少なく恐ろしい人物の登場に一瞬硬直する。

 だが目の前の少年を一瞥し、すぐさまパーティのホストとしての挨拶を交わした。

 

  申し訳ございません、剣士さま。ご挨拶が遅れてしまって…」

 

「気にすんな、美味い酒を馳走になってるのはこっちだ。こんな見事な会場に相伴与ることなんざ、考えてもなかったぜ。何か失礼があったら先に詫びる」

 

 海賊らしい粗暴な態度だが、義理堅い懐の広さを感じさせる人物。そんな剣士の気軽な態度にカヤの脅えが萎んでいく。

 

「それで……私に何か御用がおありと窺いましたが、どうかご遠慮なくおっしゃってください」

 

「ああ。折角のパーティ中に悪いんだが、譲ってもらったメリー号で飲みてェ。ナミがあの船泊めた入り江の方角聞くついでに、一度家主のあんたに断りに来た」

 

 その言葉の奥に、暴走執事たちの宴の準備に巻き込まれた迷惑を読み取った令嬢が、申し訳無さそうに謝罪する。

 お詫びと餞別に剣士へパーティで振舞われたお酒を幾つか見繕い、カヤは剣士の航海の無事を祈り別れを告げた。

 

 受け取った酒瓶を纏める執事たちの後姿をニコニコと見つめていたゾロは最後に少女へ礼を言い、メリー号を目指して屋敷の本館へと去って行った。

 

 

 残された二人の男女はその後姿が消えるまで見つめ続けてしばらく、どちらとも無く同じことを口にした。

 

 

『そっちに船は無いんだけど…』

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島“富豪の屋敷・本館”

 

 

 

「ナミナミ~っ!見てっ!どう?私かわいい?!強い?!“女らしくしろ”とか酷いコト言ってくるゾロも見直してくれそう?!」

 

「まだ言ってる……。はいはい、かわいいわよ。あのむっつりもイチコロよ」

 

 一足先に会場の港の視察へ向かった令嬢カヤをゆっくり追う二人の麗人、『麦わら海賊団』の船長ルフィと航海士ナミ。

 今生の別れとなるかもしれない一味の狙撃手ウソップと主催者のカヤを、このパーティで少しでも長く二人きりにしてやろうという航海士の粋な心遣いで、海賊少女たちは未だ屋敷の本館に屯していた。

 

「え?強さは?強そうじゃないの?」

 

「己はドレスに何求めてんじゃい!!ンなモン欲しけりゃもう軍服ドレスでも着て来きなさいよっ!」

 

「むっ!ヤだっ!あれ海軍っぽくてヤっ!」

 

「いやアンタが好きなあの海賊共の船長服も、一昔前の海軍提督服崩しただけなんだけど……」

 

 腕を柳のように細い腰に当て、ぷいっとそっぽを向いているのは、真紅に輝くオフショルダーにプリーツスカートのミニドレスを纏った船長ルフィ。「キャプテンっぽい!」という謎の価値観で帽子を欲した少女の頭には、同じ赤色のバラ装飾のトーク帽がちょこんと被さっている。

 年相応の可愛らしさの中に、大人の女性っぽくなりたいという小さな背伸びが垣間見える、彼女らしいコーディネートだ。

 

 もっとも、選んだのは隣の航海士ナミであるのだが。

 

 

「でもナミのもキレイな色ね!大人っぽくてステキよ!流石私の天才美少女航海士だわっ!」

 

「……そ、ありがと」

 

 どこか不満そうに首下の襟を弄りながら、素っ気無い返事を返す橙髪の少女。その装いは上司とは真逆の硬派なもの。

 ターコイズのマーメイド型の巻きドレスの上に清楚な空色のボレロを身に着けた、胸元以外の露出が極端に少ない、隙の無い姿である。

 ドレス選びの最中は何かとつまらなさそうにしていたが、自身が着飾る分の情熱を隣の親分のメイクや小物選びに費やし、ナミも女の子同士のお洒落の時間をそれなりに楽しんではいた。

 

「むぅ……本気なのにぃ…っ!絶対ゾロもウソップも褒めてくれると思うわ!ナミはとっても可愛くてキレイなんだから!元気出してっ!」

 

「いや何が悲しゅうて一味の野郎共に褒めて貰わなきゃなんないのよ…。”私が可愛い”なんてこの世の全ての男が知ってることだってのに」

 

「そうなの!?やっぱりナミって凄いのねっ!!」

 

 ただの比喩を愚直に受け取る素直な少女に、ナミはその知能を哀れむような目を送る。

 何とも将来が非常に不安になる海賊娘だ。

 

 そんなルフィの、外見だけをちらりと一瞥する女航海士。

 富豪家の最高峰の化粧類を用い、プロの使用人と共に全力で磨き上げた華やかなドレス姿の彼女は、今まで見てきた全ての女たちの中でも一二を争うほどに美しい。

 

 悩みに悩んだが、結局少女のメイク姿を一味の野郎共の前に出すことに決めたナミ。

 折角のパーティで一人だけスッピンなど、いくら化粧要らずの愛らしい童顔でも流石に不憫である。

 別に可愛い妹分をいじめるつもりは無い女航海士は、逆にルフィを完璧に飾り立てることで、ゾロやウソップの目に今日の彼女の姿を夢幻の類だと錯覚させてしてしまおうと画策していた。

 

「ったく、今のダサい私よりアンタのほうが断然かわいいわよ、ルフィ。自信持ってウチの男共に褒めて貰いなさい」

 

「ホントっ!?ゾロもウソップも!私のコト褒めてくれるかしら!“かわいい”って!“強そう”って!!」

 

「だからなんで“強そう”が入ってんのよ!?」

 

 会場の港に通じる裏庭へ向かいながら、少女たちは仲間の男性陣の話題で談笑する。

 

 そんな姦しい二人の会話は、風に乗って届けられた一つの小さな嗄れ声と代わるように終わりを迎えた。

 

 

  大丈夫なのか、ウソップのヤツ……。恋人残して海賊とか、あのお嬢様は聖人か何かか…?」

 

 突然ぽつりと庭の方角から聞こえて来たその呟きを、ルフィは耳聡く捉える。

 今、少女が最も自分の、この真紅のドレス姿を見て貰いたい二人の男性の内の一人。誰よりも仲間を大切に思う一味のボスが、彼らの声を  何よりその強い気配を間違えるはずが無い。

 

「え、ちょ!ルフィっ!?」

 

 咄嗟に屋敷のガラスドアから飛び出し、後ろのナミの制止の呼びかけを置き去りにする。

 

 先ほどの庭の声の主には散々“女らしくしろ”だの、“フツーの女と違う”だのと、酷いコトを言われ続けてきたのだ。今日のおめかしも、彼に呆れられ続けるダメダメな船長である自分を見直して貰いたいから頑張った、と言っても過言ではない。

 

 以前バギーの双胴船(カタマラン)で背後の女航海士に言われた“仲間の失望”という言葉を、未だに心の奥で密かに恐れている少女。

 憧れのナミお姉さんのお墨付きを貰ったこの晴れ姿で、ルフィは最近よく自分をバカにしてくるクルーたちの敬意を今一度集めようと画策していた。

 

   ほう、真っ赤で強そうだなルフィ!

 

   ちゃんとやれば出来るじゃねェか!

 

   流石だぜ、船長!

 

 このあたりが彼らしい賞賛だろうか。ルフィは妄想豊かに胸を高鳴らせる。

 “似合ってる”や、女の子なら是非とも欲しい“かわいい”などの言葉は流石に高望みが過ぎるが、口下手なあの人が褒めてくれるのであれば何でもいい。

 

 お店で採れ立てのフルーツサラダを注文したときのような大きな期待と共に、ドレス娘は勢い良く庭の青い芝を踏みしめた。

 

 

「あっ、いたいた!見て見てゾロっ!この強そうな赤いドレ…ス……」

 

「ッ、ルフィ!?てめっ何でここ…に……」

 

 

 発見。

 

 ばっちり互いに目が合ったルフィは、相手の仲間、剣士ゾロと同時に固まった。

 そして少女は、続けるはずだった自分の装いへの賛辞を求める言葉の、その全てを思わず手放してしまう。

 

 それは女船長が目にしたものが、全く予想すらしていなかった  実に見栄えの良い青年の佇まいであったからだ。

 

 

  キャーッ!!カッコいい!!ゾロすっごくすっごくカッコいいわ!!もしかして私たちに合わせてソレ着てくれたのっ?!」

 

 ルフィの目に飛び込んできたのは、高貴な光沢を放つ漆黒のスーツを身に纏った仲間の青年の見事な姿であった。

 

 貴公子。まさにそう形容すべきであろう、一人の若い紳士。

 剣術という明確な秩序を元に鍛えられたゾロの立派な躯体は、まるで一つの美術品のよう。その上に纏われた皺一つないスリムな黒衣は、下の力強い筋骨の凹凸に微かに隆起し、青年の男性らしさを無言で語りかけてくる。

 シングルスーツの奥に見える灰色のシャツも、モノトーンの中で一際目を引く首の真っ赤なネクタイも、胸元のシルクチーフから袖の銀カフスまで。盛装に包まれる男の全てが魅力的に輝いていた。

 

 彼らの晴れ着は冒険の途中で出会った各国の王族たちと食事をしたときや、あの黄金ばかりの巨大なカジノ船などで何度か見たことはある。

 次に立ち寄る予定の海上レストランにいるはずの料理人(サンジ)や、偉大なる航路(グランドライン)の七武海の下にいる音楽家(ブルック)などはいつも整った装いだ。

 

 だがこうして自分自身の目で見た彼のタキシード姿は、“夢”のルフィ少年を通したときより何倍も何十倍もステキでカッコよかった。

 

 ドキドキと早鐘を打つ胸の高揚感に突き動かされながら、少女は自身のドレス姿の感想を聞くことも忘れ、青年の無骨で固い大きな掌に飛び付く。そして自身の小さなそれに合わせるように、ぎゅっと強く握り締めた。

 

 華やかな衣装で着飾った、仲間の男女。

 そんな二人が楽しい宴で真っ先にやることといえば、ルフィには一つしか思い付くかなかった。

 

「ゾロっ!踊りたいわ!踊りましょうっ!ステキなドレスを着たら、女の子は同じくらいステキな男の人と踊らないといけないのっ!さぁゾロっ!フーシャ村のお祭りみたいにお手々繋いでくるくる回りましょうっ!!」

 

 真紅のドレスの短いプリーツスカートを翻し、故郷の郷土舞踊で自身の溢れる喜びを相手と分かち合おうとする可憐な乙女。

 

 だが、されるがままの仲間を振り回す少女の至福の時は、僅か一秒で終わりを迎えてしまう。

 

 

「ア!ン!タ!は  いい加減にしろォォォッッ!!!」

 

「むぎゅぅっ!!?」

 

 幸せの絶頂にあった船長の興奮を水浸しにしたのは、突然後ろから首を握り締めてきた女の両手であった。

 

 一瞬でステキな時間を台無しにされたルフィは、咳き込みながら後ろの下手人へ怒りをぶつける。

 

「ケホッ、…ッはぁっ、なっ、何すんのよナミっ!あなたの番はあーとーっ!今はゾロと踊って  ん?あっ、なら三人で踊りましょ!ほらナミっ!私とゾロの手を取ってっ!」

 

「喧しいっ!!黙らっしゃい、この脳みそパッパラパー!!アンタ数十分前の約束もう忘れたの!?気安く男に抱き付くなって言ったでしょ、この節操無し!!」

 

 般若の如き恐ろしい形相で叱咤してくる航海士。

 折角仲間に入れてあげようとしたと言うのに、何故怒るのか。それに「節操無し」とはまた辛辣なことを言う。

 

 もちろんナミの言う“数十分前の約束”は覚えている。男に気安く抱き付くなというアレのことだ。ナミやゾロはもちろん、マキノやエースとも交わした大事な約束を忘れるワケがない。

 だが今はステキなパーティで、しかも互いを飾り立てるのは同じくらいステキな一張羅。これほど滅多に無い非日常な状況であっても「気安い」などと言われれば、我慢し続けている自分は一体いつになったら仲間の彼らへの愛情を表現することが叶うというのだろう。

 

 だが、少女が怒りを口にしようとした瞬間。泣きそうな顔のナミがあろうことか、ふらふらと隣のゾロの肩に寄りかかった。

 

「はぁぁぁ~っ……も~ヤダぁこのバカせんちょぉ~っ……何とかしなさいよゾロぉ~っ」

 

「知るかバカ!!コイツの教育は同じ女のてめェの仕事だろ!おれにどうしろっつーんだよ!?」

 

「はぁ!?私のせいなの!?アンタもルフィに見惚れてお顔カッカお口パクパク体カチコチさせてないでちゃんと拒絶しなさいよ!コイツの保護者歴一味随一でしょうが!!」

 

「ッ、見惚れてねェっ!!つか誰が“保護者”だ!  クソっ、コイツら避けるためにメリー号目指したのに何で遭遇しちまうんだ…!船はどこだよ…!?」

 

 そんな二人の言い争いを余所に、無垢な少女ルフィは驚愕のあまり氷漬けとなった。

 

 あの、散々“気安く”男に触れるなと言い続けて来たゾロとナミが、まるで意に介さず互いにくっ付いているのである。

 まさに人のフリ見て我がフリ直さぬ暴挙。あれこそまさに二人が言う“気安い”触れ合いではないのだろうか。

 自分が感動的状況で、しかも剣士の手しか触っていないのに、まるでそのヘンの木に寄りかかるかのような気軽さで、あろうことか肩や腕や胸をべったり密着させる仲間の男女。

 接触面積で言えば明らかにこちらのほうが下だというのに、これは一体どういうことなのか。バカなルフィにはわからない。

 

 わからなければ、訊けばいい。

 

「あーっ!ナミずっるーいっ!私には男に触るなって言うクセに自分だけは良いなんてっ!まるで狡賢い村の大人たちみたいだわっ!何であなたは良くて私はダメなのよっ!!横暴!理不尽!不平等っ!!」

 

「は?……あ、ごめんゾロ。肩ありがと、ちょっと強烈な眩暈がしたから……」

 

「ん?……ああ、気にすんな。それよりさっさと港行くぞ。……もうメリー号に避難する意味ねェし」

 

 そんな少女の怒り交じりの尋問を無視し、悪びれる素振りも無くしれっと横を通り過ぎていくクルーたちに船長はショックを受ける。

 

 愛する仲間たちによるまさかの完全スルーに思わず涙が滲むが、先日のゾロとの約束を思い出し何とか堪えてみせる。

 

  二人とも行っちゃった……なによ、全く……」

 

 折角誘ったダンスも始める間もなく終らせられ、屋敷の裏口へ歩みを進める二人。ルフィはその後姿を半べそを掻きながら、とぼとぼと追うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ゲッコー諸島“富豪家の屋敷・小港”

 

 

「おおっ、ルフィ!!すっげーなそのドレス!真っ赤で強そうでゴージャスで!その頭の帽子は“自分はキャプテンだ!”ってヤツか?おれのもそうだぜ“キャプテ~ン・ウソップ”!しかもなんか今日すげー顔大人っぽくないか?いつも10歳くらいのガキにしか見えねェのに、今ならあの“海賊女帝”も青ざめる超絶美女だぜ!流石我らのセクシー親分ちゃん!!ヒューヒューッ!」

 

  ~~~ッッ!!ウソップ~ッ!!心の友よ~っ!!」

 

 港のガーデンパーティ会場で二人の晴れ姿の男女が熱い抱擁を交わしている。

 宴の主賓『麦わら海賊団』の女船長ルフィと狙撃手ウソップだ。

 

 これまで一味の他の二人に正当なはずの怒りを無視されたり、ダンスを邪魔されたり、ドレスの感想を聞きそびれてしまったりと踏んだり蹴ったりな少女。精一杯頑張ったおめかしが空回りし続ける彼女の落ち込む心を救ったのは、新参仲間の長鼻少年の素直で温かな賞賛であった。

 

「褒めてくれて嬉しいっ、ありがとう!ウソップもテレビでよく見るすっごい手品師みたいでとってもとってもステキだわっ!あっ、何かやってみてくれないかしらっ!あの帽子からバサバサバサぁ~って真っ白なハトさん出すヤツとか!」

 

「はっはっは!そりゃ無理だ!……つか何泣いてんだお前?またナミに怒られたのか?」

 

「ッ、そうよっ!聞いて聞いてウソップ…!ゾロもナミも酷いのよ…っ!」

 

 途端に笑顔を悲痛に歪め、縋るように最後の仲間に抱き付く少女ルフィ。

 その悩ましいほどに柔らかな感触のせいで、船長の涙ながらの訴えの全てを聞き逃してしまったウソップは、神妙な訳知り顔でウンウンと頷き適当に後ろの仲間たちを叱咤した。

 

「そうだったのか…全く酷いヤツらだぜ!おいお前らっ!船長にはもう少し敬意ってモンをだなぁ!」

 

「アンタは別れ惜しんでくれる娘の前で別の女に抱き付かれてんじゃないわよウソップ!ルフィもいい加減離れなさいっ!」

 

 本日何度聞いたかもわからない女航海士の怒声にぴくりと身体を震わせた傷心のドレス娘が、頬の風船を膨らませ思い切り拗ねて見せる。

 

「ふ、ふんっ!ナミなんか知らないもんっ!  あっ、カヤっ!お手々貸してっ!後ろの意地悪な人たちほっといて、ウソップと三人で踊りましょっ!!」

 

「おお!宴っぽくていいなルフィ!」

 

 船長の誘いに手を叩く、お調子者の長鼻少年。そんな海賊たちの愉快な空気に呑みこまれ、戸惑う令嬢は二人の間を右往左往する。

 

「え、あのっ」

 

「やり方は簡単よ!みんなで手を繋いでくるくるスキップしながら楽しく回るのっ!さぁ、カヤもきてっ!」

 

 ぴょんぴょんと跳ねながら実演して見せる少女のあられもない姿に、カヤは慌てて制止の声をかける。

 その胸元では、巨大地震による地殻変動で双山の標高が明らかに上昇していた。

 

 このままでは山の桜色の頂が雲のベールを脱いでしまう。

 

「や、止めてルフィさんっ!ド、ドレスでスキップなんてはしたないわ!」

 

「なんだよ、折角なんだからおれたちも一緒にぐるぐる回って楽しもうぜカヤ!誰も見てねェんだし!」

 

「あなたが見てるでしょう!?」

 

 

 和気藹々とした華やかな時間はあっという間に過ぎていく。

 地元の踊りにはしゃぐ船長とクルーたち。古典ダンスを楽しむ令嬢と少年。譲り受けた船の開発秘話に盛り上がる執事と航海士。初めての美酒に舌鼓を打つ酒豪…

 思い思いに宴を楽しむ『麦わら海賊団』はいつしか時を忘れ、最後に真打の登場が執事たちより伝えられるころには、場の熱気は最高潮に達していた。

 

 

「おまたせ致しました、“麦わら海賊団”の皆様。本日の最後の主賓がいらっしゃいました  『ゴーイング・メリー号』です!」

 

『メリー!!』

 

 桟橋から望む小さな入り江。

 小船に曳航され瀬戸の対岸の奥から現れたのは、無数の色とりどりの満艦飾で彩られた一隻の小型帆船であった。

 

 ゆっくりと会場の港まで進んでくるその船の頂上にはためく一枚の海賊旗(ジョリー・ロジャー)が、美しいドレスで着飾ったキャラベル船の所属を万人に宣告する。

 

 赤いリボンの麦わら帽子を被った骸骨  辺りを賑わす海賊一味『麦わら海賊団』の海賊船だ。

 

「キレイ……」

 

「まぁ!二本マストにかわいくお洒落しちゃって、ステキなレディじゃない。メリー号!」

 

「へぇ…まるで船の嫁入りだな」

 

「うおーっ!輝いてるぜ、おれの戦友っ!」

 

 主役の登場に海賊たちが大いに沸立つ。

 

 賞賛を浴びる己の船をまるで子を見送る父親のように見つめる執事メリーが、最後の仕事と言わんばかりの誇らしげな笑顔で、新たな主人たちに愛娘の紹介を行った。

 

「船長さまと航海士さまには既にお伝えしておりますが、これは二十年前に私メリーが設計を任されました、速度及び航続性共に優れる横帆・三角帆の複合構造を採用した初期キャラベル船です。艦底のキールは手入れ要らずの銅版コーティング、舵はオーソドックスな船尾中央舵方式で、兵装は前部砲甲板に24ポンドカルバリン砲一門、両舷の共通砲甲板に18ポンド同砲を一門ずつ、そして中央甲板には移動砲車付きの18ポンドカロネード砲を一門の計四門にございます。既に移動式のカロネード砲はお使いになられたご様子でしたが……誠に申し訳ないのですが、当方でご用意出来る弾薬は旧式の実体弾と海軍式2号褐色火薬のみにございます。本格的な榴弾や昨今主流の強綿薬式火薬は……まぁ、海賊らしい方法で入手されるのがよろしいかと」

 

「へっ、海賊に海賊らしく敵から奪えとは、中々粋な執事だな。あんた」

 

 触りの説明を終えた執事に剣士ゾロがニヒルな笑みを浮かべる。

 

 その感想にメリーは神妙な顔で言葉を紡いだ。

 

「…事情は理解しております。海軍のこと、先日の海賊騒ぎのこと……」

 

「メリー、止めて……」

 

 言いかけた内容を主の令嬢カヤが遮る。

 

 皆理解していることであった。

 海賊たちが語らないことは、全てを解決した彼ら彼女らのみに許された選択だ。帰らぬ一人の同僚のことも、その後連絡が途絶えた海軍のことも、今の平和な船出のために客人たちが命を懸けて成したもの。

 自分が今やるべきなのは、親友を信じ、彼の仲間たちを信じ、村の影の英雄たちの新たな旅立ちを祝うことなのだから。

 

「……失礼致しました。しかしながら、当会場においては海軍も海賊も正義も悪もございません。此度のお客様は“麦わら海賊団”の皆様です。いつの日か、また皆様を当家へご招待出来るときを楽しみにお待ちしております」

 

 そう締めくくった執事メリーは一礼し、隣の淑女に場を譲った。

 

 静かに俯く少女は、幾度の深呼吸を終えるとゆっくりと顔を上げ、大切な人との長い長い別れを見送る覚悟を決める。

 

  ウソップさん。……それにルフィさん、ナミさん、ゾロさん。どうかご無事で」

 

 切なげに微笑む令嬢の、確かな願いが風に乗り、海賊たちの鼓膜を震わせた。

 

 

   いってらっしゃい。

 

 

 美しきゲッコー諸島の絶景に見送られ、四人の海賊たちは新たな仲間と共に小さな港を後にする。

 故郷を離れるシロップ村の若者ウソップは、離愁の寂しさを感じることなく、強い絆で結ばれた愉快な仲間たちと共に壮大な冒険へと旅立った。

 

 

 『海賊王』の狙撃手  『“ゴッド”ウソップ』の物語を紡ぐために。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 時代を制した海の王『“麦わら”モンキー・D・ルフィ』の冒険譚には、一つの無名の村がある。

 

 『“嘘吐き”ウソップ』と呼ばれる一人の少年が、貫く嘘に命を賭け、朝の日課の海賊騒ぎを一つ残らず嘘にする、勇敢な嘘吐き戦士の物語。

 奪われた財布も三日経てば元通り。嘘を告げるは火傷に刃傷(にんじょう)、硝煙まみれのオオカミ小僧。

 

 

   海賊騒ぎ?やーい!やーい!騙されたーっ!

 

 

 笑う少年、怒る村人、追われる背中は未来の“王”の名砲手。

 

 そして三人残った悪童たちの、噤んだ口は弧を描き、皆で一つの嘘を吐く。

 

 

 『  海賊騒ぎ?やーい!やーい!騙されたーっ!』

 

 

 村の名は『シロップ村』。

 

 オオカミ少年たちが己の嘘に誇りを持つ、世にも奇妙な村である。

 

 

 

 

 





長らくお付き合い頂きありがとうございます。
これにてウソップ編、今度こそ閉幕です。

次のサンジ編は相当オリ展開入ります。
特にミホーク辺り…

ご注意の上、お楽しみに

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