ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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やはり上中下では終らなかったか…

次回こそサンジ編終了です

前話の最後に加筆したシーンがありますので、気になる方はそちらから


21話 海の料理人と居酒屋娘・Ⅲ

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所『バラティエ』

 

 

 

「んんマッドゥモォァゼッル・ルフィ~!!惚れ直してくれたかなぁ~ん?!…君の危険に逸早く颯爽と駆けつける、愛の奴隷騎士!その名も~んんサンジでーすっ!!」

 

「え、ええ…ありがとう、サンジ…」

 

 

 下賎な大罪人たちを海へと蹴り飛ばし、傷付いた給士娘の心の愛撫  もとい自身の欲望のため、彼女を裏手にエスコートした副料理長サンジ。

 クネクネと体を波打たせ、自称“愛の奴隷騎士”は二人きりの休息室で姫君にお褒めの言葉を催促していた。

 

「で、でもあんな暴力お客さんに振るってよかったのかしら…?ごめんなさいサンジ、私のせいでお髭の料理長さんに叱られちゃう…」

 

「ッッはうあああぁぁぁん……~♡」

 

 育った故郷の居酒屋との環境の違いに戸惑う少女。母親代わりの女店主の「暴力禁止」の言い付けが全ての飲食店スタッフのマナーだと、ある意味正常な価値観を持つ元居酒屋娘ルフィは、自分のためにその禁忌を破った仲間候補の青年の身を案じ、申し訳無さそうに首を俯かせる。

 

 そんな給仕娘のいじらしい仕草に、愛の奴隷騎士の奇妙な踊りは激しさを増す一方。

 

「ああっ、君の身体に触れる不届き者に裁きの鉄槌を下すこと以上の正義があるだろうか!いや、無い!もしあのクソジジイに蹴り殺されても、それはおれの男の勲章となるのさ。…ぐふっ、ぐふふふ」

 

「そ、そう…」

 

 先ほど身体を弄られた二人組みの不届き者共以上に気持ち悪い顔を見せるサンジから、感謝や悔悟の念が吹き飛んだ少女が三歩ほど後ずさる。そして当然のように、揺れる胸元に吸い寄せられる青年の正直な視線も付いてくる。

 

 本当にこの女好きを一味に入れていいのだろうか。自分を含む仲間の女性陣の安全を考えた女船長は、このとき初めて己の仲間の人選に疑問を抱いた。

 ようやく思春期が訪れつつあった過敏で未熟な少女にとって、彼が見せるあまりにも直線的な異性の好意は毒にも等しい。

 

「え、えっと…それじゃあ私はお客さんのトコに戻るわね。助けてくれてありがとうサンジ。でも何か怖いからしばらく私に近付かないで」

 

「仰せのままに!……えっ?」

 

「あ、そうそう!そろそろ私の仲間があなたのお料理食べにお店に来るから、サンジは厨房で頑張って!」

 

「ッ畏まりまっすぅぃたぁ~♡マッドゥモォァゼッル・ルフィ~!!  って、ちょ、ルフィちゃん!?“近付かないで”ってどういうこと!?」

 

 条件反射で御意を示した副料理長は、はたと少女の突然の拒絶に気が付き、慌てて縋り付こうとする。だがその腕が女神に届くことは無い。

 

 運の女神はもちろん、女神とはその去り際を決して引き止めさせない残酷な存在であった。

 

 

 

 

 所変わって料理店の中央ホール。

 

 雑用たちの手によって即席の板壁で修復された客席では、何事もなかったかのように食事客たちが料理に舌鼓を打っていた。

 時々投げ掛けられる心優しい女性客の声に笑顔で返し、接客に戻った臨時ウェイトレスのルフィは店の入り口へと軽い足取りで向かう。

 

 出迎えに行くのはもちろん、覇気で感知した近付く一味の三人と客人二人だ。

 

「あっ!みんなぁ!こっちこっち~!」

 

「ルフィ!?うわ、ホントに働いてる  って、それカヤにもらった服じゃない。早速着てるのね…」

 

「おおっ!ドレスもよかったけど、そっちのミニスカメイドも似合ってんなルフィ!客の男共もメロメロなんじゃねェか?いい商売だぜ、うひひ」

 

『マブいっす…ルフィの大姉貴……っ!』

 

「また人騒がせな…」

 

 まさか身内のトップの歓迎を受けるとは思っても見なかった五人。仰天する彼ら彼女らに悪戯心が刺激され、ルフィはくるりとその場で回り拙いカーテシーを披露した。一部を除く仲間の男性陣の歓声に女船長の機嫌は益々上昇する。

 新たな友人、令嬢カヤの屋敷で見た侍女たちの仕草を真似ながら、一味を席に着かせ注文を取る給仕娘。オーダーを厨房へ出しに戻るその姿は、普段の彼女らしくない上品で淑やかなものであった。

 

「しししっ、驚いた?カヤが小さい頃にお屋敷のメイドさんのために遊びで買った物らしいんだけど、一度こういうの着てウェイトレスやってみたかったのよ!どう?伊達に十三年間もマキノのお店で働いてないでしょ、ふふんっ!」

 

 しばらく経って厨房からホールの仲間たちの下へ戻ったルフィは自慢げに胸を張り、皆に己の有能さをアピールする。

 

 ぷちっ、とどこからか嫌な音が聞こえたのは気のせいだろうか。

 

「いや、可愛いけど……あんたのスタイルだと胸とかぱつぱつじゃない。それに屈んだら下着見えるわよ、ソレ…」

 

「うっ…」

 

 だが仲間のもう一人の女性陣、航海士ナミの遅すぎる忠告に少女は硬化する。

 つい先ほど無体なセクハラ客にスカートを触れられたとき、お尻に妙な心細さがあった。もしかしたら捲られて見られていたかもしれない、と今更気付いた給仕娘は、ここ最近で何度か感じた羞恥で頬が熱くなる感覚に困惑する。

 以前は記憶に無かった、独特の不快感だ。

 

 戸惑う内心を振り払おうと、何か楽しいコトでもないかと周囲を見渡すルフィ。ふと注意を引いたのは、一人だけこの給仕服姿の感想を述べてくれていない仲間の剣士、相棒ゾロの仏頂面だ。

 

 そういえば先日の令嬢カヤの屋敷のパーティでも、彼だけ自分のドレス姿を褒めてくれなかった。

 胸中で当時の不満が首を擡げ、少女は新たな感情に突き動かされるように剣士の前でもう一度、自分の今の姿いを見せ付けるように一回転してスカートを翻し、じっと無言で彼の目を見つめる。

 

 何かを期待するようにキラキラと輝く、そんな女上司の太陽の笑顔を向けられた口下手な青年ゾロは思わずたじろいだ。

 

「……何だルフィ?おれはお前に分けてやれるサラダなんか頼んでねェぞ」

 

 そう口にした途端、少女の笑顔が一瞬の落胆の表情を経て、怒れるフグに七変化する。

 

「ッ、むーっ!ゾロのバカっ!もう知らない!別の人に注文運んで貰いなさいっ!」

 

「はぁ、何だいきなり?」

 

 ぷりぷり拗ねながら他の客の席へと走り去っていく給士娘の後姿から目を逸らし、隣の長鼻狙撃手に助けを求める青年ゾロ。だが上位の朴念仁の狙撃手ウソップに難しい年頃の女心などわかるはずも無い。

 首を捻る男共は仕方なく最後の砦に首を向けた。

 

「おいナミ、女言語の解読ぷりーず」

 

「…さぁね。自分で考えなさい、ガキ共。…にしても論外のゾロはともかく、あんなわかりやすいのも理解出来ないなんてウソップもいい加減カヤに見捨てられるわよ?」

 

「えっ、何でおれが怒られる感じになってんの!?……ゾロくん、なんか知らんがお前のせいでこっちに飛び火したんだけど、謝罪は君が頼んだビフテキ一品で手を打とうではないか」

 

「それおれの飯のほぼ全部じゃねェか!」

 

『ゾロのアニキ…』

 

 まさかあの身嗜みにほぼ無頓着なルフィが女の子らしく自分の服装を褒めて貰いたがっている…などとは夢にも思わない最古参のクルー。

 

 そんな鈍い青年の困惑げな姿に、ナミは呆れを含んだ白い目を送る。

 色恋に限らずとも、女とは美しくありたい生き物であり、その美しさを人に認めてもらいたいもの。意外と素直なウソップはともかく、この硬派を気取る剣士が女の容姿を褒める姿など想像も出来ないが、生憎彼は既に船長に目を付けられてしまっているのだ。散々“女らしくない”とバカにし続けていれば当然相手の反応は嫌悪か無視か、意地になって自分を磨くかの三つ。

 少女の負けず嫌いな性格も考慮せずに心無い罵声を浴びせ続けたツケだ。そう剣士を嘲笑うナミは、傷付いた上司と同じ女として何か一言嫌味でも言おうかと口を開き  

 

 

  おお…なんと言う美しき…!この世に舞い降りた女神は二人いたというのか…っ!!」

 

 

   突然投げ掛けられた、剣士と真逆の歯の浮くようなセリフに言葉を遮られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所『バラティエ』中央ホール

 

 

 

「…誰?あんた」

 

 

 給仕娘が持ってきたオーダーを腕によりをかけて仕上げた副料理長サンジ。

 未だ一味に加わる決心が出来ない義理堅い男であったが、「どうせなら仲間たちとの顔見せをしたい」と女神に腕を引かれてしまえば拒絶することなど不可能。少女の張り詰めた胸部のプディングをスーツの袖越しに堪能しながら、青年は女神と共に1番テーブルの五人席へ料理を振舞いに向かう。

 そこで、愛の奴隷騎士は本日二度目の衝撃的光景を目にしていた。

 

 日差しが射し込む窓際の席に腰掛けていたのは、圧倒的な美。

 

 虎眼石の如き鮮やかな金褐色の瞳に、絹糸のように煌びやかなオレンジの髪。極めて端整な美貌は、未だあどけなさが残る、熟した甘味と若さの酸味のバランスが絶妙に整った十代終盤にしか現れないもの。

 まさに完璧としか形容しきれないその美少女の相貌から視線をずらし、彼女の玉体の見事さを脳内鑑賞会で発表しようとした瞬間、彼女が自然な動作で足を組み替え誘うようにポーズを取ってくれた。

 

「あら、なぁにコックさん?私にキョーミがあるのかしら?」

 

 サンジの鼓膜が少女の甘い声を浴びる幸せに小刻みに震える。

 魅せるのは、自分の価値をよく理解している真の美女にしか出来ない、自信に満ち溢れた挑発的な仕草。妖艶な微笑みを浮かべる彼女は、己と言葉を交わすに相応しい男か否かを見極めるような目を青年に向けていた。

 

「ああ…当店を降臨の地と定められた幸運に感謝を…!双柱の女神の神々しい佳に相応しい絶品の料理を  

 

「ちょっとサンジ!何言ってるか全然わかんないけどナミをクドくなら、まず船長の私に確認を取るのが先じゃないかしら!私の仲間になってくれないならナミはあげられないわっ!」

 

『“仲間”!?』

 

 女神の御眼鏡に適うよう必死にアピールする副料理長の言葉を遮ったのは、一味の残りの料理を運ぶもう一人の女神ルフィであった。

 そのタイミングの良さは、さながら嫉妬に拗ねる可憐な乙女。サンジはそんな彼女の愛らしい反応にまた鼻から情熱が噴き出そうになる。

 

 もっとも、そのような推測を述べられても当人は首を捻るだけなのだが。

 

「うわ…これはまた随分軟派なヤツが出て来たわね。大丈夫かしら」

 

「……男に二言はねェ。船長が決めたのなら、従うのがクルーだ」

 

「いやいや、おれ自身の知らねェ才能すら見抜くルフィが選んだ候補だぞ!?絶対優秀だって、なぁ新入りくん!  よし、まずは褒めるとこから初めて“いい先輩”アピールは成功だ…!」

 

 何やら偉そうなことをほざく野郎二名が居るようだが、二人の女神さまがこちらに対してあまり肯定的でないのは非常に不味い。

 命の恩がある料理長ゼフのために尽くそうと決めたはずの覚悟が揺らぐほどの美少女たち。未だ迷う内に、何と彼女たちと共に歩む花道のほうも揺らいでいるではないか。

 どちらを選んでも後悔するのは決まっているが、いずれにせよこの女神たちに嫌われては死んでも死に切れない。

 

 だが焦るサンジを余所に、女神たち…と汚い()路上の()石ころ()共の会話はどんどん悪いほうへと転がっていく。

 

「うっ……ちょっとナミそんなコト言わないで…。私もホントは今結構迷ってるの…」

 

「…は?お前が選んだ、一味のクルーに相応しいヤツなんだろ?優秀なんじゃなかったのか?」

 

「う、うん。そうなんだけど……ちょっと予想以上に好かれちゃって、私どうやって接したらいいのかわからなくて……」

 

 肩を竦めながら、頼れる仲間のナミお姉さんの背に隠れようとする純朴思春期少女ルフィ。

 

 普通であれば、彼女ほどの器量好しなら引く手数多の男共が居たはずである。

 だが少女の反応はまるで初めて同年代の異性に告白され戸惑う童女のよう。

 

 美女とくれば真っ先に口説くサンジには想像もつかないことではあるが、この天真爛漫の元気娘は母親代わりの女性と義兄の鉄壁に守られ続けてきた箱入り娘であった。故にルフィは、これほど露骨な好意を向けてくる男性と密接に関わる機会など一度たりともなかったのである。

 ましてやこれから全幅の信頼を置く仲間として歓迎する相手となると、余計に問題だ。

 

 ルフィにとって、時々覇気が捉えるゾロやウソップの男性特有の性的な欲望は不快感より信頼感が勝るため、特に嫌な感情を覚えることは無い。

 だが、この女好き料理人から聞こえる心の”声“は、他の男性が自分に向けてくるものとは些か本質が異なっていた。

 

 サンジの欲望は  そのだらしが無い態度とは裏腹に  意外にも性的なものをあまり感じない。

 代わりにあるのは「美女にちやほやされたい」という子供のように純粋な願望。

 

 ルフィの常識は未だ十歳未満で止まっていると疑われるほどに子供っぽく、男女の肉体関係に順ずる獣欲を向けられても、どこか他人事のように、この世に存在する無数の悪意の一つだとしか思えない。

 だが、サンジのように悪意がほとんど無く、ただ美しい女に気に入られたいと願う好意的な欲望は、性的な劣情と恋愛との関係がよくわからないルフィの幼稚な価値観でも理解出来てしまう。

 

 “仲間に恋慕の感情を抱かれている”という、極めて衝撃的な事実と共に。

 

 

「お前……コイツに何したんだ?ウチのボスが仲間の勧誘にこんなに消極的な姿、初めて見たんだが」

 

「全くだな。殊勝なルフィとか、今日は槍の雨が降るぜ」

 

 そんな純粋な乙女の内心がわからず唖然としていたサンジの耳に、耳障りな男声が飛び込んで来た。相手にするのも億劫なのだが、その男共のあまりに失礼な態度に青年はつい感情的になる。

 

「あぁ?てめぇら誰に向かっておれの女神を“コイツ”呼ばわりしてんだァ?!」

 

「“女神”って……化物の間違いだろ」

 

「ウチの女共に夢見るならナミにしておけよ、新入りくん。この自称天才美少女航海士ならちゃんとペットとしてお前みてェなヤツでも可愛がってくれるさ。ルフィに色気はまだ早い。……身体は何かの事故だと思え」

 

「んだとゴラァッ!?ただのクルーの分際でこんな美少女たちを“ウチの女共”だとぉぉん!?調子乗ってんじゃねェぞクソ共、羨ましいんだよちくしょぉぉぉっ!!」

 

『いやお前も今日からその一人だから』

 

 逆上するコックと迷惑そうに顔を顰める一味の男性陣。

 彼らに取って、ルフィに『麦わら海賊団』の仲間に誘われることは不可避の絶対なのだ。既に末路が決まっている人間の個人的な不満など、あってないようなもの。女のナミならともかく、いい大人の男のウジウジ悩む姿など見苦しいにもほどがある。同情はするが。

 

 そんな酷い温度差の言い争いに身を投じるサンジの女好きな人間性を、興味深そうに観察している一人の少女がいた。彼曰く“二人目の女神”こと航海士ナミである。

 

「……ああ、なるほど。こりゃお子様なルフィには気が重いわね」

 

 そう呟いた彼女は、珍しく男に脅える一味の最年少の女の子を軽く抱き寄せ不安を払う。なすがままに甘えてくる少女船長の極めて貴重な殊勝な態度に内心身悶えしながら、ナミお姉さんはある提案を彼女に投げ掛けた。

 

 

  ねぇ、ルフィ。迷ってるなら彼の扱い、私に任せてくれないかしら?」

 

「…え?」

 

 にっこりと自信に溢れる笑みを見せる航海士。その笑顔に促されるように、ルフィの揺れる瞳が確かな意思を取り戻す。

 

「確かに女にだらしないヤツだけど、他の男共より遥かに無害よ。たまにご褒美上げてれば忠誠心もすぐに得られるし、何より男避けにも期待出来るわ。あんた戦いは強いけど男のいやらしい視線とかにはてんで無防備なんだから、彼が居ればそういうのから守ってくれるでしょうね。適材適所ってヤツよ」

 

「…ホント?私、サンジと仲良く出来る…?」

 

 母性本能を著しく駆り立てる気弱そうな表情を向けられ、ナミは姉貴分としての意地が芽生えるのを自覚していた。こんな顔を向けられ、どうして彼女の力になれずにいるだろうか。

 

「大丈夫。ちょっと珍しい正直すぎる好意に驚いちゃっただけよね、ルフィ。あんたはいつもみたいに何も考えずに普通に接していればいいのよ。何かあったら後はお姉さんに任せて、ねっ」

 

「うん…うんっ!ナミがそう言うなら信じるわっ!!」

 

 元々図太い性格をしているのだ。

 一時の気の迷いのようなものにいつまでも翻弄されるルフィではない。全幅の信頼を寄せる仲間に「問題ない」と言われてしまえば、この女好き料理人が見せる好意への戸惑いなど一瞬で消え去るだろう。

 

 案の定、少し慰めてあげただけですぐ立ち直った少女の目に、以前のような動揺は見当たらない。

 

「単純…」

 

「単純だな…」

 

「単純すぎる…」

 

「ん?どうしたのみんな?  あ、サンジ!もうあなたのコト怖くないから、今日から正式に一味の仲間ねっ!この人たちは右からナミ、ウソップ、ゾロよ!そこの二人はゾロの舎弟のジョニーとヨサク!歓迎するわっ!」

 

 一同の半目に晒されながら、ルフィは隣で呆けている仲間候補の料理人に胸襟を開く。

 その姿はまるで幼子を胸元に迎え入れる慈愛の女神のようで、サンジには到底理性的でいられるものではなかった。

 

「んんぅるぅうふぃぃちゅわぁぁ~ん!!」

 

「自重しなさい、このエロコック!!」

 

 早速姉貴分の本領発揮。強烈なビンタにさえ快感を感じる高度に訓練された愛の奴隷騎士は幸せな鼻血を撒き散らしながらホールの床へと沈んでいった。

 

 

 

 

 賑やかな正午の海上レストラン『バラティエ』。

 

 だがその平穏を脅かそうとする強大な悪意が近付くのを、優れた覇気使いの臨時給仕娘ルフィは聡く感じていた。

 

 

  何度も悪ィな、サンジさん。……百人の餓死寸前の上客を連れてきた。言ったろう、今度は“ちゃんと客としてくる”ってな」

 

 

 そう口にしながら海上レストラン『バラティエ』の出入り口に立つその男の瞳は、かつて心優しい副料理長が目にした人情溢れる穏やかなものとは全く異なる、鮮烈な覚悟の光を燈していた  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所『バラティエ』船着場

 

 

 

「…いいレストランだ。あの船を貰うとしよう」

 

 

 その巨艦は突然現れた。

 

 真夏の太陽に照らされ美しい水面が天上に反射する『バラティエ』の中央ホール。だが今、美しい店内は恐ろしい影に覆われ、窓の外は隣接するボロボロの船舷のみを映している。

 あと僅かに前進するだけでぺしゃんこに押し潰されるほどに寄せられたその船は、あの悪名高い『クリーク海賊団』の両砂時計を掲げた恐ろしく大きな、満身創痍のガレオン船であった。

 

 

首領(ドン)・クリーク…?何を、言って…」

 

 そんな瀕死の海賊船『ドレッドノート・サーベル号』の一室で、この騒ぎの首魁である一人の男、『海賊艦隊提督“首領(ドン)”クリーク』が空の食器を海に捨て、満足そうな表情で眼下のレストラン船を見下ろしていた。

 

 一味の幹部『“鬼人”のギン』が目の前の料理店から持ち帰った大量の水食糧を腹に詰め込み復活した大悪党は、早速傍若無人な願望を胸中に湧き上がらせる。

 死に絶えの亡霊のようなこの船を捨て、至急新たな船を調達し、艦隊を立て直し、情報を集め、今一度あの地獄の海へ挑むのだ。己の果てしない野望のために。

 

 だが意気込むクリークに冷や水を浴びせたのは、他でもない、自身が最も信頼する忠臣ギンであった。

 

「この世は強さこそ全て。そして強さとは結果が決める。義理人情などと美談を語ろうと、所詮は強者のお遊びだ。……お前はこのおれの覇道をただの遊びだと言うのか、ギン?」

 

「…ッ!」

 

 珍しく船長に逆らう意思を示す部下に、クリークはこの世の掟を突き付ける。

 長い飢餓地獄と偉大なる航路(グランドライン)の悪夢で海賊としての覚悟が揺らいだのだろう。世話が焼ける、と“首領”(ドン)は一度だけ男の口答えを見逃すことにした。

 

  ま、待ってください、首領(ドン)…っ!せめてコックたちに降伏を促してくれませんか…?おれが相手のトップと戦いこちらの力を見せて、それで逆らう愚かさを教え込む…!あんたの名前の前に必ず彼らの膝を突かせてみせます!」

 

 しかし、男は引き下がらない。

 このとき、クリークはさぞ自分が間抜けな顔をしていただろうと回想する。それほどこの部下は優秀で忠実な者であった。

 

 思わず相手の正気を疑いたくなった“首領”(ドン)は、一から目の前の腑抜けを更生させようと武器を握り、思い留まる。

 ギンの主張は間違いでは無い。一味が大幅に弱体化した今、余計な戦闘で被害を増やすことは避けるべき事態。彼の実力ならあの程度の雑魚など鼻歌交じりに一掃出来るだろう。

 

 短い思考の後、クリークは男の意見を採用した。

 

「…ふん、ヤツらがおれに従うなら構わねェ。…だがそれも一度までだ。次に逆らったらお前を殺す」

 

「ッ、ありがとうございます…っ!」

 

 安堵の表情を浮かべながら一礼し、意気揚々とレストラン船へと乗り込むギン。

 その後姿を見送る、東の海(イーストブルー)最強と謳われる男の目は吹雪のように冷たかった。

 

 

 

  随分長ェことくっちゃべってたな、ギン。飼い主とのご相談は終ったのか?」

 

「……サンジさん、わかってるはずだ。首領(ドン)を敵に回したヤツらがどうなったか……。  頼む、後ろの本船をやるから降伏してくれ…!!」

 

 

 白兵戦専用舞台『魚ヒレ』。

 

 大勢のゴロツキや海賊たちに常日頃から狙われ続ける『バラティエ』を守るため、店外に拡張する大面積の足場だ。食事客用の船着場一帯に展開された木製の舞台へ最初に舞い降りたのは、敵陣営『クリーク海賊艦隊』の代表ギンと、『バラティエ』代表のサンジであった。

 

 一刻未満の短い関係ではあったが、一皿の炒飯を介し掛け替えの無い友情を育んだ二人。

 飢える彼を救った副料理長サンジは、不本意ながらも覚悟を決め、己の引き起こした凶事のケジメをつけるため  そして己の最も大切なものを守るために、迫る巨悪を己が身一つで迎え撃つ。

 

「そいつは無理な話だ。この店はクソジジイの宝でね、おれはここを死ぬまで守るって決めてんだ」

 

「……んなこと頼んでねェぞ、チビナス。お前の汚ェ血で汚れた店なんざ、いつでも潰して見せらァ」

 

 聞き捨てならぬと因縁の会話に割り込んだのは、大恩のある師匠ゼフ。幼い命を片足の犠牲で救った元海賊の老シェフの茶々を、青年は鬱陶しげに振り払う。

 

「てめェに頼まれたからじゃねェよ、図に乗んなクソジジイ…!これはおれの好きでやってることだ!足腰ブルってる老害はさっさと引っ込んで安楽椅子に座ってろ!」

 

「…ふん、ガキが一丁前にかっこつけやがって」

 

「…ッ、おれはもう”ガキ”じゃねェっ!いい加減に認めろクソジジイ!!」

 

 言い争うむさ苦しい男共。

 だが汗臭い世界にふわりと玲瓏とした乙女たちの美声が響く。避難客たちの護衛を買って出た心優しい海賊団『麦わらの一味』の船長ルフィと航海士ナミである。

 

「サンジー!その人今のあなたより強い覇気してるから気を付けてねーっ!」

 

「サンジくぅ~ん!頑張ってぇ~っ!  ほらルフィ、こうやって黄色い声出して応援するといいわよ」

 

「ッはぁぁぁぁぁい♡!!んルフィちゅわぁぁん!んナミすわぁぁん!」

 

 途端にデレデレと恋のダンスを踊る、何とも締まらない代表戦士もとい愛の奴隷騎士サンジ。そのふざけた態度に目を瞬かせるギンは小さく頭を振り、両手の鉄球旋棍(ナックルトンファー)を大きく構えた。

 

「……いいのか?そんな余裕ぶっこいてて。…あのお嬢さん、随分優れた力量分析力を持ってるみてェだが…忠告には素直に従うのが賢明だと思うぞ」

 

「ふっ…恋する男ってのはいつだって、レディの前では無敵にならなきゃならねェモンさ  来いよ、ギン!!」

 

「ちっ、仕方ねェ…っ!!」

 

 

 弾丸。

 

 その一歩のあまりの速さに思わず怯んだサンジは、成す術もなく腹部に鉄球を喰らい店の外壁に激突した。

 

「な…っ!?げほっ、ぐほっ…!ぐ…っ!」

 

「サンジっ!?」

 

 女神の悲鳴に飛ぶ意識が呼び戻され、愛の奴隷騎士は一命を取り留める。

 何たるザマか。サンジは慌てて立ち上がろうと足に力を入れ、異常な震えが体の動きを阻害していることに気が付いた。

 

 凄まじい激痛が神経を圧迫する。おそらく今の攻撃で内臓のどこかが損傷したのだろう。咳き込む鮮血が料理人の舌を狂わす鉄味となって、持ち主に体の危機を訴える。

 

「……聞こえなかったみてェだな。忠告には素直に従うのが賢明だぞ…?」

 

 無様に寝転がる料理人の頭に、ギンの重たい言葉が降り注ぐ。

 

 油断が無かったとは言えない。

 だがまさかこれほど優れた強者であったとは。

 

「…サンジさん、降伏してくれ」

 

 外壁の下で倒れ付し、体を痙攣させる恩人に向かい、男が乞う。

 その沈痛な思いを必死に隠す顔は、最早どちらが怪我人かわからぬほど。

 

 義理堅い酔狂者の惨めな姿に小さく笑みを零し、サンジはゆらりと立ち上がり一本の煙草に火を点した。

 

「げほっ……!っ…!……聞こえなかったのはてめェだろ、ギン。クソくらえ…っ!」

 

「…ッ!ああ、そうかよ。なら死ね…!!」

 

 再度、男の旋棍が料理人へと迫る。二度目の攻撃で躊躇いを捨て去ったのか、接近する速度は明らかに別物。

 目にも留まらぬ一閃が容赦なく襲い掛かり、轟音と共に粉砕された舞台の木床が無数の破片となって周囲に散らばった。

 

 粉塵の煙に覆われた場へ、仲間の無事を願う料理人と『麦わらの一味』たちの野次が飛び、一部が加勢すべくバルコニーの手すりに手を掛ける。

 だが、そんな彼らの伸ばす手を遮る者が居た。

 

 自慢げな笑顔で舞台を見下ろす給仕娘、海賊団船長の『“麦わら”のルフィ』である。

 

 

「!!?」

 

 少女に食い掛かろうと口を開ける料理人たちの横顔に、突如猛烈な暴風が吹きつけた。

 咄嗟に振り向いた先にあったのは  

 

『なっ…!?』

 

 

   煙草を吹かし佇む黒衣の若紳士と、その見下ろす先で胸を押さえて跪く旋棍男。

 

 それはまるで幻のような、攻守が逆転した驚くべき光景であった。

 

 

  言ったはずだぜ、ギン。恋する男はレディの前では無敵だと」

 

 

 『”鬼人”のギン』と『”愛の奴隷騎士”サンジ』。

 因縁の両者の果し合いは、容易ならぬ展開へと縺れ込む……

 

 

 





次回『クリーク死す!』


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