ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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ごめん、ちょっとモチベがお亡くなりになられて復活に時間かかった



22話 海の料理人と居酒屋娘・Ⅳ

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所『バラティエ』船着場

 

 

 

 闘気吹き荒れる大舞台。

 譲れぬ道がぶつかる不運に見舞われた二人の男たちが、洋上のステージにて友との一騎打ちの決闘を交わしている。

 

 一進一退の攻防。

 そんな一歩も引かない両雄  サンジとギンを興味深そうに見つめる、六人の男女がいた。

 

 『麦わら海賊団』。

 当事者の一角でありながら、見世物の観戦者のように新たな仲間候補を見定める、些か場違いな連中だ。

 

 

  ふぅん。強いじゃない、彼。頼りになりそうだわ」

 

 海賊一味の航海士兼、海賊専門泥棒の少女ナミが面白そうに呟く。

 最早事実上の仲間の一人である彼女だが、元は財宝集めのビジネスパートナーとしてこの少数精鋭の海賊団に席を置いている身である。既に自身その事を半ば忘れているナミも、一味のクルーたちには高い戦闘力を要求していた。

 この自分の下僕であることを望む、自称“愛の奴隷騎士”を名乗る男なら尚の事。

 

「ま、まあ流石ルフィのイチオシ“期待の新人”ってヤツだな!このおれさまの指導があればクルーとしては、きゅ、及第点って感じでいいんじゃねェか?うん…」

 

「狙撃手が格闘コックに何を指導すんだよ…。あの女好きに金持ちお嬢様の射止め方でもご教授してやんのか?」

 

「ぷっ、確かにサンジくんには無い技術ね。彼って全てが露骨過ぎるからカヤみたいな箱入りにはキツいでしょうし」

 

「…何だかこの“キャプテン・ウソップ”に対する仲間たちの印象がとんだ鬼畜外道になってる気がするのだが、遺憾の意を表明してもいいかねキミたち?」

 

 澄ました顔を心がけつつも冷や汗が止まらないその長い鼻の少年は、一味の狙撃手ウソップ。

 新たな後輩の登場で、先輩としての矜持を維持しようと必死に見栄を張る姿は何とも頼りないが、新入り候補の強烈な突き上げを受ける立場とは、何かと心穏やかではいられないものだ。

 特に少年のように己の実力を行使する場が限定される者にとっては、動転のあまり法螺の一つや二つ吹いてみたくもなる。

 

 そして突き上げと言えば、もう一人…

 

「それよりあんたはどうなのよゾロ。随分余裕そうだけど、新たなライバルくんにウチのお姫様へのアピール合戦で先越されちゃわないかしら、一味のNo.2さん?」

 

「…なんだその“アピール合戦”って」

 

 退屈そうな顔で料理店の舞台の戦いを見下ろす剣士に、美女がいやらしいニヤけ面で擦り寄る。

 久々に異性の熱烈な求愛を受けたことで乙女脳が活性化した女航海士。新戦力にして女好きのサンジ青年の加入で、ナミは可憐な少女船長の寵愛を最も受ける一味最古参の“海賊狩り”殿にも、何かしらの心の変化が起きることを期待していた。

 

 具体的には、ルフィを巡るオス共の醜い争いを始めて欲しい。さぞや笑いを誘う滑稽な絵面となることであろう。

 

 もっとも、そう他者の期待通りに進展しないのが人間関係の難しさ。

 

「……大体ウチの化物ボスの前にはおれもあのエロコックも目くそ鼻くそだろ。横だの後ろだの見てる暇なんかねェよバカ」

 

 ゾロの平然とした態度を受け、出歯亀好きな乙女の輝く瞳に影が差す。やはり後ろの長鼻少年のようなわかりやすい動揺を見せてくれる男は稀なのだろう。ナミは使えないむっつり剣士に落胆せざるを得なかった。

 

「あら謙虚。ルフィのあの容赦ない稽古まだ受けてるんでしょ、少しは自信持ったらどう?」

 

「…登れば登るほど頂の高さがわかる、ってヤツだ。お前もサボってねェでさっさと“剃”を身に付けろ。またあのクソピエロのときみてェに捕まって無体な目にあっても知らねェぞ」

 

「……太ももの腫れが引いたら考えるわ」

 

 藪蛇だったか、と自称天才美少女航海士は目を逸らす。

 

「ったく…にしてもバカなクセに荒事だけは優秀過ぎる上司ってのも困り物だぜ…」

 

 大した参考にもならないと早々に観戦に飽きてきたゾロは、長引く戦いを不満げに見下ろす隣の麦わら帽子の少女を一瞥する。

 世界最強の剣豪を目指す青年の目には、その強者の領域に最も近い彼女の姿が常に映っていた。背中を守ると誓った女に追い付くことに比べれば、新入りとの比較や一味内での立場のような些細な問題など、全く以ってどうでもいいことである。

 

「あまりチンタラしねェほうがいいぜ、エロコック。ウチのボスは気が長くねェからな」

 

 柳のような細い腰に両拳を当てながら、トントンとハイヒールの踵で焦れるような旋律を奏でる給仕姿の少女。その不機嫌そうな様子を横目に、ゾロの小さな呟きが風に流れていく。

 

 欠伸交じりの忠告が届いたのだろうか。

 舞台上で争う二人の男たちの決闘は佳境に突入し、両者の戦いに遂に大きな動きが生じる  

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所『バラティエ』“魚のヒレ”

 

 

 

 耳を劈く風切音が外洋の真昼の海上に木霊する。

 その発生源の黒脚が描く鞭のような軌跡から大きく距離を取り、料理店の戦闘舞台“魚のヒレ”の端に飛び乗った旋棍(トンファー)使いのギンは相手の追撃に備え武器を構えた。

 

(強いな…)

 

 膠着する戦闘の僅かな余裕の中、男は脳裏でそう零す。

 

(技術も力も怖くは無いが…気力が強い。前に感じたものとはまるで別人…)

 

 悪名高い『クリーク海賊艦隊』の副船長に順ずる“戦闘総隊長”の立場に就くこの男は、一味の戦闘員たちの無駄な犠牲を避けるべく、敵対する相手の力量を分析する術に長けていた。

 先日、飢えから救ってくれた恩人がそれなりの実力者であることを見抜いていたギン。油断なく挑んだつもりであったものの、思わぬ大苦戦に見通しの甘さを突きつけられ、男は小さく臍を噛む。

 

「ちっ…!女の声援なんかでまさかここまで士気が変わるとは…!」

 

「あぁ…あの可憐な唇からおれを応援する歓声が紡がれて…それを叫ぶためにおれと同じ空気を吸い込んでくれて  ッはっ!?お、おれが吐いた息がルフィちゃんナミさんのあの形のイイお鼻から肺に入り酸素として身体中の血管を巡って  い、いや待て!既におれが作った料理を召し上がっていただいた時点であの美少女たちの玉体には、このおれの  いや最早おれと彼女たちの関係は、“身体レベルで繋がっている”と言っても過言では…!!……ぐふっ、ぐふふっ、ぐふふふふうぇっへっへ~」

 

「……何言ってんのかさっぱりわかんねェけど、あんたの頭がおかしいことだけはわかったよ…っ!!」

 

 苛立ち混じりに武器先端の鉄球を変人の胸部に叩き付けるも、掌に届いた感触は羽のよう。渾身の一撃を紙一重で回避する青年コック。その優れた動体視力と危険察知術は並大抵のものではなかった。

 

 旋棍(トンファー)使いは焦っていた。

 この戦いは『クリーク海賊団』の力を見せ付け、余計な争いを避ける目的で首領(ドン)の承認を得たもの。だが本来の目的は目の前の恩人の命を守るという個人的なものである。

 船長の気は決して長くない。これ以上梃子摺るようであれば冷酷な“首領(ドン)”に見限られてしまう。

 

(あんたのためだってわかってんのか、サンジさん…!)

 

 独りよがりであろうと構わない。

 強敵に立ち向かい大恩ある老シェフの店を守ろうとする青年の覚悟は見事。だが命を救われた者が返せる最大の恩は、同じ命の恩であり、奇しくも今の自分が返せる唯一の恩でもあるのだ。

 

 ギンは外した一撃目の遠心力でもう片方の鉄球を、今度こそ青年の胸部に命中させる。

 

「ぐ…うっ!!」

 

「諦めてくれ、サンジさん…!頼むから…っ!」

 

 確かな手応え。骨が、肉が、人体そのものが軋む音がギンの旋棍(トンファー)を伝わった。

 恩人の口から吹き出る血潮は砕いた肋骨が肺に突き刺さった証拠。だが未だ立ち上がろうとするその仕草を見る限り、攻撃は狙った心臓に届いていない。

 運が良いのか、寸前で避けたのか。もしかしたらこちらが意図せず手加減をしてしまったのかもしれない。

 

 己の甘さに反吐が出る。

 

 一味の一員にとっての絶対正義とは、崇拝する“首領(ドン)”・クリークの命令のみ。

 “首領(ドン)”が望めば、男は迷うことなくそれに従った。それがギンという殺戮者の生き様であり、戦う意味でもあった。

 

 だが、この戦いは自分の我侭が齎した、男にとって奇跡にも等しい“情け”である。船長の命に背きながらも慈悲を与えられ、ギンは今、ここに立っていた。

 

 勝たなくてはならない。それも相手の勝機の全てを叩き潰す、圧倒的な力の差で。

 

 

  何をしている、ギン」

 

「…ッ!」

 

 突然、底冷えのする低い声が男の背中に襲い掛かった。

 恐怖に心臓が縮み、僅かの間、体が氷のように硬化する。

 

 拙い、時間がない。背を伝う冷や汗に身震いし、焦燥に駆られたギンは形振り構わず目の前の青年料理人に突撃した。

 だが振るった武器は空を切り、大振りに揺らいだ姿勢は素人目にも映る垂涎物の隙となる。

 

 当然、美女たちの声援を受けた無敵のコックが見逃す好機ではない。

 

  首肉(コリエ)”!!」

 

「ッげぁっ!!」

 

 凄まじい衝撃が無防備な首元に直撃し、ミシリ…と絶望的な音が耳に届く。思わず飛び出た絶叫は、まるで鶏の首を絞め殺すかのような無様なものであった。

 だが、転がるように逃げるギンは、続いた豪速で襲来し骨肉を穿つ革靴の嵐に捕らわれ逃げられない。

 

  肩肉(エポール)!!背肉(コトレット)!!鞍下肉(セッル)!!胸肉(ポワトリーヌ)!!腿肉(ジゴー)!!」

 

「!!?」

 

 蹴撃の轟嵐に翻弄され、男は前後不覚に風に舞う。一瞬の隙に無数の蹴りに蜂の巣にされた身体は壊れた人形の如き哀れな姿で宙を跳ね、大技の準備を終えた“愛の奴隷騎士”の下へ落ちていく。

 

 それはまるで、最後の仕上げを残す絶品の肉料理が皿の上に豪快に盛られる瞬間のような、勝利の芳香漂う光景であった。

 

「女にモテねェ狂犬は飼い主の下へ帰んな  “羊肉《ムートン》ショット”!!!」

 

「ぐァァァッッ!!!」

 

 脇腹を貫通し、臓物が破裂する嫌な音がギンの骨に伝導する。正面から受ければ腹に風穴が開いていたほどの、尋常ならざる必殺の脚技。

 最後の強烈な一撃で砲弾もかくやと言わんばかりに吹き飛ばされた男は、背後の巨艦『ドレッドノート・サーベル号』の堅牢な舷側をぶち抜き、対舷の内壁の瓦礫に埋もれるように静止する。

 

 

 『クリーク海賊艦隊』の“戦闘総隊長”ギン。

 

 全ての戦意を削ぎ落とされた彼の耳に微かに届いたのは、守りたかった恩人のあまりにあんまりな決め台詞であった。

 

 

「お前の後ろで踏ん反り返ってる、もみ上げのオッサンと…おれの後ろの、見目麗しい美の女神たち。お前の敗因は単純  “愛”の差だ、独り身野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所『ドレッドノート・サーベル号』

 

 

 

「んルゥゥゥフィィィちゅわぁぁん!んヌゥゥゥアミすわぁぁぁん!おれの女神たちぃぃ~っ!…貴女方の愛の奴隷騎士が、勝利をお届けに参りましたぁーんっ!!」

 

「キャーッ!凄いっ!凄いわサンジっ!覇気じゃ負けてたのにあんな鮮やかに決めちゃうなんて!流石私の仲間  って、ちょ、も、もう少しそのラブラブしてるの押さえてっ!全部覇気で聞こえちゃうからぁ…」

 

「ちょっとサンジくん!ルフィはまだ子供なんだから自重しなさい!」

 

「はあああぁぁぁん  ♡♡♡」

 

 

 眼下の海上舞台に響き渡るふざけた歓声が、男の耳に障る。

 その者、『海賊艦隊提督“首領(ドン)”クリーク』の顔には隠しきれない驚愕の表情が浮かんでいた。

 

 料理店のバルコニーで寛ぐ妙な美女二人に纏わりつくあのスーツの阿呆が、先ほど己が最も信頼する部下『“鬼人”のギン』を下した。

 敵の前に立てば一味の誰よりも早く突撃し、如何なる慈悲も情けも掛けず容赦なく嬲り殺す、冷徹な狂犬。それがクリークの知るギンであり、一味の最高戦力を意味する“戦闘総隊長”の座を与えた所以である。

 

 その“鬼人”を、ただの料理店のコックが倒した。

 にわかに信じがたい光景に男が唖然とするのも無理はない。

 

「ちっ……おいパール!出番だ、マスクを準備しろ!」

 

「…例の“アレ”ですね。任せてください、“首領(ドン)”!」

 

 だがそれも一瞬。

 情に絆され腑抜けたギンが不覚を取ることも想定の範囲内だ、と動揺を落ち着かせた“首領(ドン)”は、もう一人の切り札である奇抜な出で立ちの大男に戦闘命令を下す。

 

「強ェ弱ェに過程などあるものか。勝者は常に結果が決める。そしておれは  “敵の死”以外の結果は認めねェ…!!」

 

『応!!』

 

 部下たちの気合を背に、男は自慢の兵器を準備し『バラティエ』のバルコニーへ照準を合わせる。これまで無数の敵を屠ってきた、必殺の“M・H・5”だ。

 

 

  ッ!みんな毒ガスよっ!息を堪えて!!」

 

『何だって!?』

 

 発射直前、例の青年コックに言い寄られ脅えていた給仕服姿の女が、如何なる理由かこちらの意図を看破し周囲に注意を呼びかけた。

 爪を上手に隠すギンの力量を即座に見抜いた分析力に続く、的確な危険察知。まぐれならぬ娘の才にクリークは思わず瞠目する。

 

「…ほう、中々詳しいじゃねェか小娘。だがもう遅い…!!」

 

 超硬度のウーツ鋼で作られた仕込盾の中央部が開放され、カラクリ仕掛のロケット弾が発射される。猛毒ガスを辺りに撒き散らし、弾頭は海上レストランの頭上で爆発した。

 大型海王類さえも退ける極めて致死性の高い劇物が料理店一帯に広がる様を見下ろし、クリークは煙の奥で敵が死に絶え床に倒れ伏す光景を幻視する。

 

 だがガスが料理店のバルコニーに到達したその瞬間、目を疑う現象が起きた。

 

「ゴムゴムのぉ~ガトリングっ!!」

 

「何!?」

 

 例の聡い給仕娘の両腕がまるでゴムのように伸縮する無数の連打撃と化し、繰り出す拳の風圧で“M・H・5”が散らされたのである。

 

 予想だにしていなかった結果にクリークは顎を垂らす。全くの無警戒であった小娘に、とっておきの兵器を無力化された衝撃。本人の常識外れな  否、生身の肉体ではありえない超人的な身体能力。いずれも、かつての己であれば何かの間違いだと驚愕に固まっていただろう。

 

 だが幸か不幸か、今のクリークは先日命辛々逃げ出した偉大なる航路(グランドライン)での経験が未だ根強く心に巣食い、かの海における絶対の常識を身を以って知ったばかりであった。

 “己の目で見た物こそ全て”という、海賊たちの墓場を生き抜いた先人の知恵を。

 

 五千もの部下が、五十もの海賊船が、まるで魔法のように一瞬で動かぬ石像と化したあの正気を疑う光景に比べれば、ただのウェイトレスが身軽に料理店の屋根まで跳躍したことも、小娘の腕が伸び縮みすることも、未だ常識の範囲内というもの。

 何故なら男、いや男たちには、給仕娘の異常な肉体的特性の理由に大いに心当たりがあったからだ。

 

「……悪魔の実の能力者か、忌々しい。何より“ヤツら”と同じ女ってのが気に入らねェ…!」

 

『“首領(ドン)”…』

 

 部下たちの脅える声が耳に届く。未だ先日の悪夢に悩まされている者たちだ。

 クリークは萎んだ風船のように縮こまる彼らの姿に舌打ちする。

 

「バカかお前ら。全ての能力者があの女共と同じなワケねェだろ。あの小娘を見ろ、所詮は腕が伸びるだけの雑魚じゃねェか」

 

「…!」

 

 傷だらけの甲板でざわつく部下たちの前に進み、男は小娘の実力に驚き固まる海上レストランのコックや食事客たちの能天気な様子を睥睨する。その立ち姿は東の海(イーストブルー)最強の名に相応しい、威風堂々たるカリスマそのもの。

 ボスの威容に固唾を呑む部下たちへ、クリークは先ほどの“遊び”とは異なる本当の海賊の戦いを見せてやると彼らを扇動した。

 

「かつてのおれは力はあっても知識と経験が不足していた。偉大なる航路(グランドライン)に溢れかえる能力者共と戦う方法をな。でなけりゃ同じ東の海(イーストブルー)出身の海賊王があの魔の海を制覇出来るわけがねェ…!」

 

「そうだ……そうだ!」

 

「ロジャーに出来て首領(ドン)に出来ねェわけがねェ!」

 

 船長の言葉が男たちの瞳に闘志の焔を宿す。

 

「おれたちは運がいい。あの雑魚を相手に能力者連中を相手取る戦闘方法を、この安全な海で実験出来るんだからな」

 

 悪魔の実の能力者は超人的な力と引き換えに海に嫌われると伝わるが、戦闘中に突如撤退し嵐を避けたあの女共の行動から見るに、その伝承にはある程度の信憑性があると男は考えていた。ならば勝機は大いにある。

 

「能力者共の弱点は海だ。泳げないだけなのか、海水を浴びると能力そのものが使えなくなるのか、まずはそれを見極めるぞ。  船を出せ!遠距離の砲撃で小娘を海に引き摺り下ろす!!」

 

「…ッ、で、でもまだパールさんが…!」

 

「馬鹿かてめェ、おれはレストラン船を手に入れに来たんだぞ?そこに高火力の榴弾などぶち込むわけねェだろ。撃つのはそこの女能力者を捕らえる“鉄網弾”だ。パールの防御力なら当たっても何の問題もなく耐える。…急げ!!」

 

『へ、へいっ!!』

 

 戦意燃ゆる最強の海賊団に相応しい、ギラ付く眼つきで指示に従う部下たち。敵が女ということもあり、異性への恐怖心を植付けられた先日の大惨事の影響を懸念していたが、どうやら杞憂であったようだ。

 

 

「…忌々しいバケモノ女共の悪夢を忘れるいい機会だな。あの身の程知らずのゴム女相手に軽いリハビリと行こうじゃねェか、クックックッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所『バラティエ』船着場

 

 

 

「敵が退いてくぞ…!」

 

「勝った…のか?」

 

 サンジとギンの一騎打ちに敗北した『クリーク海賊艦隊』のガレオン船が幽鬼の如く無音で海上レストランの船着場を離れていく。

 だが、短絡的に勝利を確信し沸立つ一同を窘める男がいた。

 

「喧しいわボケナス共!あの『“首領(ドン)”クリーク』が部下の一騎打ちに負けた程度で大人しく撤退するタマな訳ゃねェだろう。…おそらく優位な砲撃戦に切り替えるつもりだ。パティ!カルネ!“サバガシラ1号”を出せ!」

 

「砲撃!?」

 

「で、でもヤツらこのレストラン船奪うんじゃねェんですかい?砲撃なんかしたらボロボロになっちまうぞ…!」

 

 料理長ゼフの指示にコックの幾人かが疑問を呟く。そんな料理人たちの会話に、助っ人の『麦わら海賊団』から意見が飛んで来た。

 海賊マニアの狙撃手ウソップが唱えた鋭い考察である。

 

「…あんたらあの船をよく見ろ。半分くらいが石になってやがる。偉大なる航路(グランドライン)はバケモノ揃いだって聞くが、あんな芸当が可能なヤツは一人しかいねェ…!」

 

 長鼻少年の推理を料理長が肯定する。かつて同じ魔の海を生き延びた『“赫足”のゼフ』は、自然と彼と同じ考えに至っていた。

 

「ああ。あの連中を壊滅させたのは  『王下七武海“海賊女帝”ボア・ハンコック』だ」

 

『しっ、“七武海”!?』

 

 周囲の素っ頓狂な声がバルコニーに広がった。

 

 “王下七武海”。

 偉大なる航路(グランドライン)を我が物顔で渡る、この海の頂点の一角である七人の大海賊。世界政府に海賊行為を容認された必要悪の側面もあり、その知名度及び戦闘力から格別の扱いを受ける、この世で決して手を出してはならない真の強者だ。

 

 一同はようやく得心する。

 あの悪名高い『クリーク海賊艦隊』の、無様に零落れた姿の理由に。

 

「ヤツらは今、その恐ろしさを知ったせいで悪魔の実の能力者を酷く警戒してやがる。船を出したのも接近されるのを恐れて砲撃で始末してェんだろう。たとえ多少『バラティエ』が傷付いてもな」

 

「悪魔の実の能力者…ってことは  

 

 ゼフの言葉に反応した料理人たちが一斉に洋上舞台で佇む一人の女の子へ目を向ける。

 

 臨時ウェイトレスの少女ルフィ。

 

 その正体が、船着場のあの真新しい海賊旗を掲げたキャラベル船を有する海賊一味の船長であることはオーナー料理長と給仕娘本人より知らされている。少女の天真爛漫な愛らしさに惑わされ今まで全く意識していなかった事実に、料理人たちはこの場で改めて向き合うこととなっていた。

 毒ガスを無数の連打で殴って散らすほどの非常識に慣れ親しんだ、れっきとした実力者であるという意外すぎる裏の顔と共に。

 

 

 そんな話題の女の子は、海上レストラン『バラティエ』の拡張甲板“魚のヒレ”から巨大な敵海賊船が去っていく光景を勝気な笑みで見つめていた。久々の戦闘に高揚する彼女の顔に、弱者が浮かべる不安や懸念の色は微塵もない。

 だが闘志昂るその華奢な背に、荒い息を立てる満身創痍の青年サンジが沈痛な声で少女の名を呼び縋りつく。

 

「ま、待ってくれルフィちゃん…!おれがパティのバカ共の足であの船まで行く!女の子に戦わせるなんて  ぐっ!」

 

「ダメよ、ボロボロなんだから大人しくそこで私のコト見ててっ!…あ、でもそこからじゃクリークの船遠いわね。何かいい手は  

 

 しばし頭を回転させたルフィはポンっ、と手を叩き、サンジの腕を片手で掴む。流石の天然娘も未だ異性としての苦手意識がある彼を抱き抱えることはしない。

 

「んほっ!?」

 

「せっかくだし一緒に行きましょ、サンジっ!あなたが大金星で勝ったから、今度は私があの雑魚たち瞬殺してこの『“麦わら”のルフィ』の溢れ出る船長オーラを感じさせてあげるわっ!仲間になるの悩んでるあなたも私にイチコロよっ!」

 

 少女の手のつるつるすべすべした人間離れな至高の柔肌に、場違いにも興奮する女好きな仲間候補。それでも尚、戦場に向かおうとする可憐な乙女を引き止めようとするフェミニストな似非紳士へ、ルフィは花の笑顔で勝利を宣言する。

 

 既に女船長の実力を知る仲間三名の「瞬殺でいいぞ」だの、「何人かそれなりのヤツおれに残せ」だの、「スカート気を付けなさい」だのといった暢気な野次の中で一人だけ浮いている新入り候補の青年サンジ。

 

 船長としての強さに対する信頼か、か弱い女を守ろうとする優しさか。

 以前であれば後者の配慮は侮辱でしかなかったものの、そこは遅れた思春期に揺れる乙女心。憧れのナミお姉さんや、清楚純情を地で行く淑女カヤとの出会いに感応した無垢な少女は、気恥ずかしくも生まれて初めて受けた正常な女扱いに密かに感動していた。

 

 もっとも、今は船長たる我が身が狙われる海賊同士の戦いの真っ最中。このようなときは、やはり仲間たちの信頼のほうが望ましい。

 サンジの制止を無視し、給仕娘は勧誘中の仲間候補を掴んだまま共に宙へと飛び上がった。

 

「ルフィちゃん!?何を  って、うおあああっ!?」

 

『とっ、飛んだぁ!?』

 

 向けられる無数の驚愕顔に鼻を高くしたルフィは、「“剃刀”!」の掛声と共に、遠方からこちらを狙う左舷二十一の砲門目掛けて天を駆ける。

 まるで示し合わせたかのように砲口が火を噴き、直後砲弾が幾つもの小さな弾に分かたれ空飛ぶ男女に迫る。その現象は主に面制圧を目的とした“ブドウ弾”と呼ばれる特殊弾に類似している。しかし分離した小弾にはそれぞれを繋ぐワイヤーが括りつけられており、それらが散開する光景はまるで幾つもの蜘蛛の巣が飛び掛ってくるかのようであった。

 海軍の対海王類兵器の一つ、“鉄網弾”だ。

 

 だが少女は、その程度の小細工など児戯に等しいと言わんばかりに無造作に腕を振るい、迫り来る特殊弾を叩き落とす。

 通常の大口径の大砲は一度発砲すれば数十分から一時間は再装填に時間を取られる、と先日のシロップ村を巡るゲッコー海海戦のときにナミから教わった記憶がある。ならばこれでしばらくサンジの恩人ゼフの店が傷付く心配はないだろう。

 

 ふと、ルフィの覇気が周囲の雑魚の中で少しだけ浮いている気配を感知した。ギンやクリークに比べれば気になるほどの相手ではないが、戦闘好きの彼の刀の錆落としくらいにはなる程度の強者である。

 

「ゾロ~っ!そのヘンにちょっとだけ強い覇気した人がいるからあとよろしく~っ!」

 

 退屈そうにしていた一味の剣士に娯楽を譲る、心優しい上司。立て続けの激戦の傷を案じ、しばらく戦闘行為を禁止させていたゾロも既に完全復活済みである。休み明けで鈍った腕を慣らす試し切りには丁度いい。

 

「へいへい、お前も楽しんで来いよルフィ」

 

「はぁ~い、行ってきまーす!サンジが“夢”以上の力で旋棍(トンファー)の人を倒したんだもの!私だって船長らしいトコ見せてあげるわっ!行くわよサンジっ!それぇーっ!!」

 

「ちょ、ルフィちゃあああうわあああァァァッ!!」

 

 気の抜けた返事を残し、空飛ぶ少女船長は仲間候補の青年コックと共に『バラティエ』を後にする。

 哀れな若紳士のドップラーを見送る一同の目には、驚愕に混じった憐憫の情が浮かんでいた。

 

 

  さて……そろそろ出てきてもらおうか、そこのヘンなヤツ」

 

 ルフィが新入りを抱え遠くの海賊船へ突撃するのを見送ることしばらく。

 船長に場を任された『麦わら海賊団』の戦闘員ゾロは、料理店の洋上舞台の下に隠れる変質者を捉えていた。

 

「……ふぅん、よく気付いたね。あとおれは“ヘン”じゃない。第2部隊隊長の『“鉄壁”のパール』であーる!ハァーッハッハッハッハ!!」

 

「いや…そのアホみてェに目立つピカピカした帽子がぷっかり海に浮かんでたら誰でも気付くわボケ」

 

 ノソノソと亀のように舞台へよじ登る、実にふざけた姿をしたその男を、ゾロは油断なく観察する。

 急所に幾つもの巨大な円盾を貼り付け、“鉄壁”を自称する変人。さぞかし防御に自信があるのだろう。

 

 狙うは何故か露出している首元。誰もが思いつく無難な選択だが、それ故に最も正道である。

 

(だが無防備な箇所を狙らえばヤツの防御自慢に屈したようなモンだ。そいつァちっとばかし、つまんねェな…)

 

 ゾロの覇気は未だ産声を上げたばかり。覇気使いたちのように相手の力量を見分けることなど出来はしない。

 だがそれが出来、尚且つ仲間に過保護な少女船長は、大した忠告もなく「あとよろしく」などと気軽に抜かしていた。

 それはつまり、目の前の敵はその程度の相手だということ。ならば正面からヤツの長所を叩き斬ることぐらい出来ずに、何が未来の大剣豪か。

 

「…おい盾野郎」

 

「んなっ!だから“パール”だって言ってるだろきみぃ!この盾の中心に輝く真珠が見えねーの  ッひぃっ!?」

 

 剣士の言葉を遮った瞬間、大男の背筋を強烈な悪寒が走り抜けた。三振りの刀を構えるその若者の瞳が、パールの幼少期のトラウマであるジャングルの猛獣を想起させる。恐怖のあまり男は咄嗟に両手足の盾を摺り合わせ、獣避けの火達磨状態“ファイヤー・パール”に移行した。

 

  そのデカブツが本当に鉄壁か、確かめてやるぜ」

 

「!!?」

 

 だがその猛獣には如何なる炎も無力であった。

 剣士の「鬼斬り」の声と共に、三閃の紫電がパールの視界に走る。直後、大男は自身の胸に掛かっていた重量感が不自然に消える謎の感覚を覚え、思わずバランスを崩す。

 それが何であったのか気付くことなく、『“鉄壁”のパール』はそのまま仰向けに倒れ、飛び散る鮮血の雨の中で深い闇の中へと意識を飛ばしていった。

 

「…へぇ。試しに炎ごと斬ってみたが、かなり威力が上がったな。これなら新しい技名を…そうだな、敵を焼き斬る“鬼斬り”で、“焼鬼斬り”にするか。  新技のきっかけに感謝するぜ、焼きタテ野郎」

 

 

 剣士ゾロが最後の刀を鞘に納める後ろには、大の字に横たわったまま白目を向いた大男と、六つの美しい切断面が輝く巨大な円盾の残骸が転がっていた。

 

 

 

 





読者「生きてたのかぁ!真ゲs…クリークぅ~!!」

クリーク「ジャンジャジャーン♪今明かされる衝撃の真実ゥ☆」


…ごめんなさい、更新優先したのでクリークは次回殺します(殺伐

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