クライマックス前の一息(作者の
キリが悪かったので8000文字と短めです。
大海賊時代・22年
空前絶後の驚天動地の果てに生み出された孤島。標高海抜二千メートルを超すこの巨大な岩の柱を目の当たりにし、その創造が四半刻にも満たない数瞬前の過去であると考える者は一体この世に何人いるであろうか。
その数少ない一人にして石柱の創造者である女神の如き美女が、仏頂面で島の頂上に佇んでいた。
「フン、小娘が。わらわとは遊びであったと申すか、忌々しいガキじゃ」
口惜しげにそう呟く美貌に反し、女の艶めかしい肢体はボロボロであった。
薄着の隙間に曝け出された白磁の素肌はどこも紫色に染まり、鮮血が滴り落ちる。さぞ美しかったであろう長い素足の曲線美は腫れにより、荒い丘陵の如き歪な凹凸が痛ましく浮き上っている。
だが無数の打撲傷や銃傷、刃傷で覆われる至高の女体は、それでも尚、戦場を舞う戦乙女のような凛々しい麗容であった。
「 どうやら命は見逃してもらったようだな」
「!?」
そんな戦乙女、王下七武海「“海賊女帝”ボア・ハンコック」の耳に、突然不快な男声が侵入する。咄嗟に振り向いた先に居たのは想像通りの人物。自分をここへ飛ばした張本人にして同じ王下七武海の「“暴君”バーソロミュー・くま」だ。
まるで瞬間移動のように、ぱっ…とあらわれる奇妙な義手を付けた巨漢。そのあまりのタイミングの良さにハンコックは自身の覇気を活性化させる。
「下郎……そなた、一体いつから…!」
「お前はともかく、あの少女の覇気の感知を潜り抜けられると豪語出来るほどおれは己惚れてはいない。だがその襤褸雑巾のような姿を見るに、おれの予想は正しかったようだな。幸運な女だ」
「 “
相も変わらぬ無礼な物言いに、戦乙女は必殺の石化蹴をその狙いやすい巨体へ叩き込む。
「!」
「フン、遅すぎてあくびが出るわ…っ!」
初撃は相手の能力で避けられたが脚は二本。先ほどの激戦で受けた傷が悲鳴を上げるが、繰り出した左足は見事巨漢の右腕に命中し一瞬で石へと変貌させた。忌々しい小娘との戦いの後故か。まるで亀のような男の鈍重な動きにハンコックは思わず失笑を零す。
だが無理が祟った彼女の体はぶり返した激痛に耐え切れず、短い攻防は両者の膝が岩場に突く不完全燃焼な結果に終わった。
「ぐ…ッ、敵に手傷一つ負わせること叶わずに惨敗した腹いせをおれにぶつけるな。先日のと合わせて石化を解け、これでは参戦出来ん」
珍しく苦々しい声で悪態を吐く男に美女は荒い息のまま首を捻る。その仕草を見た巨漢は口で器用に左手の義手を取った。
そこでハンコックはようやく思い出す。そういえばこの下郎に飛ばされた三日前、無礼な海軍中将を石にしようと伸ばした手を掴まれ、逆に自身の手が石になった馬鹿がいた。目の前のこの大男である。
雄に手首を触れられた当時の嫌悪感が再燃し、美女は顔を歪める。こやつに掛ける情けなど最早欠片もない。
「ッ、ハァ……ハァ……、ッそのまま当たって散ればよかろう? 小娘に怖気付いたのなら政府にこう申せ、『過ぎた真似をし女帝の怒りを買った』とな」
「…仲間割れなどしている場合か? “鷹の目”が敗北すれば任務は失敗だぞ」
その言にハンコックはきょとんと放心する。
「仲間割れ…? “仲間”とは誰のことを申しておるのじゃ? この場にはわらわと不届きな男一匹しかおらぬようじゃが……ソニアたちはまだ来ておらぬぞ」
「…政府には人選に著しい問題があったと報告するべきだな」
石化した右腕と、左手。能力の全てが掌に浮かぶ肉球に依存するバーソロミュー・くまは、これで力の大半を封じられた。
処置なし、と頭を振る巨漢にハンコックは僅かな違和感を覚える。この男、噂では「七武海一政府に従順な海賊」と知られているが、どうも当初より此度の任務に大きな熱意を感じない。先々々代皇帝より五月蠅く聞かされた話に出てきた彼とは、些か異なる振る舞いだ。
もっとも男の些細な態度の違いなど彼女にわかるはずもなく、淡々と機械のように行動する彼を「そういう人間」と片付れば仕舞な話。単純に伝わる話自体が誤りである可能性も無きにしも非ず。
第一、男の性格や態度に一々気を配るなど馬鹿々々しいにもほどがある。
一瞬で忘れ、ハンコックは息を整え立ち上がる。これ以上戦えば傷が悪化し痣が残ってしまうかもしれない。彼女に傷跡を掻き消す乙女の味方、“生命帰還”の技術はないのだから。
「…致し方ない。“鷹の目”の働きに賭ける」
平然と、まるで最初から何もなかったかのような無機質な声色で、巨漢が立ち上がり遠方の奇妙な帆船へ目を向けた。
「…なんじゃ。男なら雑魚らしく徒党を組んで襲えばよいではないか」
「あの男とそんなことをすればどうなるか、見ればすぐにわかる」
“あの男” 「鷹の目のミホーク」。
世界最強の大剣豪として、女ヶ島にも辛うじてその異名が伝わっている伝説の剣士だ。先日のマリンフォードでの作戦会議で、一部の海兵や政府関係者らしき人間から「彼一人で十分ではないのか」と無礼な意見が出たことをよく覚えている。尚その者たちは今あの三日月島の端に散らばる瓦礫となってもらった。
ハンコックは不快な顔で巨漢の隣に立ち、その視線の先を追う。すると男が僅かな沈黙の後、場を賑やかそうとしたのか、実に笑える冗談を口にした。
「…先達として忠告しておく。知識無き王が治める国は、
「フン、“暴君”が君主論でも説くつもりか? 何をしても許される美しきわらわに国の興亡などどうでもよいことじゃ」
思わず鼻で笑ってしまったハンコック。その姿を横目で見ていた巨漢が正面へと向き直り、見聞色の覇気が捉える二つの怪物の気配をゆっくりと指さした。
「ならばこそ知れ、暗愚帝ボア・ハンコック。お前の哀れな民たちのために この世の頂の戦いを」
大海賊時代・22年
崩れ落ちる剣士の体が寸前のところで柔らかな感触に守られる。
まるで最初からそこに居たかのように、ルフィは最速の“剃刀”で傷付いた仲間を胸元に優しく迎え入れた。
「……ッ!」
受け止めた体の軽さが物語る、死力を出し尽くした剣士の哀れな心境。今にも消えてしまいそうな心細さにせき止めきれず、少女の目尻を一滴の水滴が伝い落ちる。このまま抱きしめ青年の存在を心身全てで感じていたい気持ちを封じ、ルフィは甲板を呆けた顔で見つめる人々へ向き直り、跪いた。
「 皆さん、お願いします…!」
必死に、切実に。船長は己の仲間を救うため、自分に出来るたった一つのことをする。無能な自分に出来る最善を。
「XFの血液型の方はいませんか…?! 仲間に血を恵んでください…! ゾロを、助けてください…っ! お願いしますっ!!」
輸血。
その言葉は少女ルフィにとって 否、“ルフィ”にとってとても大きな意味を持つ。
それは“夢”のルフィ少年の最後の仲間、魚人の任侠親分との掛け替えのない絆。瀕死の少年を、種族の壁を超えて救ってくれた恩人の温かい人情は少年の体を流れる血に宿り続け、絶体絶命の逃亡戦の殿に一人残った彼との確たる繋がりであった。
少女の“夢”でルフィ少年は、船長としての心構えとして仲間のトナカイ船医に幾つかの基本的な医療知識を覚えるよう言われていた。だが少年が耳を貸すことはなく、「船医はお前だ!」の一言で片付けていた。
それは語る本人である一味の船医への無条件の信頼であり、その信頼は照れ屋な青鼻少年の呆れと、励みになっていた。
だが当時六歳であった無名の村娘ルフィに、彼らの間にあるその不可視の繋がりは文字通り見えなかった。そんな船長の態度は彼女の目には、自分の無知に胡坐をかいた無責任な態度に思えたのである。
少女ルフィは“夢”のルフィ少年を尊敬はしても、妄信はしていない。悪いと思ったところは反面教師として注意し、ああはなるまいと自分を戒めていた。
無論、性別による精神的な差異を除けば、両者の本質は同じ。それでも、その数少ない、それでいてとても大きな差異が、少女ルフィの船長としての姿勢であった。
彼女は母親代わりのマキノの店を手伝ううち、店であろうと海賊船であろうと、組織で最も偉い者は仲間の補佐やその抜け穴を埋められる多彩な人間でなくてはならないと感じるようになっていた。
故に少女ルフィは我武者羅に強さを求め、拙い頭で何とか航海術や医術、大工技術の触りだけでも学ぼうとした。それは仲間に甘えてばかりを止め、彼ら彼女らが安心しながら一緒に冒険してくれるような船長になりたかったからこそ。特に“夢”で死に掛けた前例があるルフィにとって、仲間の血液型を知っておくことは船長としての最低限の知識の一つだと、少女はトナカイ船医の言葉に素直に納得出来ていた。
モンキー・D・ルフィの何よりの最優先は仲間の命、仲間との絆である。
そのためならば、少女は、未来の“王”としての矜持や姿勢など喜んで海に投げ捨てる。血と潮と泥に汚れた甲板に額を付け、土下座しながら他者の慈悲を乞うことなど何の抵抗もない。
たとえそれが周囲がどよめき瞠目するほど、あの大津波を割った絶対強者らしからぬ異常な行為であっても。
「 ッ、おいデュボー! XF型ならおれとバランとジビェの血を取れ! あとついでにあの剣士の小僧を手当てしてやれ!」
だが、その異常は、確かに人を動かした。
オーナーシェフのゼフに呼ばれた丸眼鏡の中年男性が僅かな逡巡のあと、自暴自棄な笑顔で周囲の料理人たちに指示を出し始める。
「ッ…クソッ、やってやらぁ! あの“鷹の目”に二度も斬られた男を救うなんざ、医者最高の名誉だ…! おら、ぼさっとするな無能コック共! さっさと動脈掻っ捌いて医務室の血液パックに中身ぶっこめ!」
「おれらに死ねと!?」
「うるせェぐず共さっさとやれ! ルフィちゅわぁん! 終わったら私に素敵なキッスをくれないかい?」
『んなっ!? ふざけんな殺すぞ死ねエロ藪医者ァァッ!!』
料理長の号令と共にドタバタと準備に奔走する『バラティエ』一同。中には少女の真摯な態度に心打たれ献血や医療看護を志願する食事客の姿もある。
海賊である『麦わらの一味』に慈悲を恵む彼らの優しさに、ルフィは濡れる瞳を震わせ、跪いたまま咽ぶ声で何度も感謝の言葉を叫び続けた。
「…ばか…やろ……」
「ッ、ゾロ!? 意識が…!」
そんなルフィの耳にか細い声が届く。ヒュー…ヒュー…と擦れた吐息を漏らす、瀕死のゾロの精いっぱいの声だった。張り詰めた緊張が僅かに解れ、感極まった少女は胸元に抱えた彼を強く強く抱きしめる。
もう二度と放さない。そう自分の両腕で青年に伝えるように。
「よかった…! ホントによか ッ、…ふぇ?」
仲間のチクチクする短い髪に顔を埋め、安堵の感情をうわ言のように繰り返していた船長は、ふと自分の頬が硬く冷たいものに撫でられる感触で我に返った。
剣ダコで覆われた、男らしく、優しい手。初めて触れられたそれは、少女がずっと想像していた通りの、彼らしいゾロの手であった。
その冷え切った弱々しい掌へ、両手が塞がるルフィはせめてと頬を擦り付け彼の求めに健気に応える。だが傾けた頭は堤防を崩し、目元の雫を重力に晒してしまう。
「なんて…かお、してやがる……」
「ッ、ないて…っ、ないっ! ないてないもんっ!」
気付いたときには遅かった。伝う水滴が頬を撫でる剣士の手に触れ、その青白い顔を悲痛に歪ませる。
咄嗟に給仕服のブラウスの肩に顔を埋め、流れる塩水の飛沫を染み込ませる少女。しゃくり上げるような自身の呼吸はハンコックとの戦いでの消耗だ。そうに決まっている。
瞼の堤から溢れそうになる感情の波を必死に堪えていると、小さな吐息がルフィの首筋を掠めた。あまりにも小さなそれがゾロの声であったことに遅れて気付き、慌てて彼の口元へ耳を運ぶ。
だが、頑張って晴らしたはずの視界は、聞こえた仲間の声に水面へ突き落された。
「へ……っ。そう…だな……。やくそく…だから…な……」
「…ッ!」
約束。
その単語に少女は思わず息を詰まらせる。
目の前にあるのは、小さく口角を持ち上げるいつもの彼の、ぼやけた顔。まるで何かとても大切なものを諦めようとしているかのようなゾロの擦れ行く声に、ルフィは全ての事実から目を逸らし、差し出された虚実に縋り付く。
「ええ…、ええ…っ! ゾロもまけてないもん…っ! こころでまけてないもんっ! まけないって…っ、やくそく…してくれたもん……」
必死に紡いだ台詞は、今にも消えてしまいそうな彼を自分の側に繋ぎ止めたいがためのもの。悲鳴に類する、驚くほどに痛ましい声。
それでも辛うじて伝わってくれたのか、ゾロの瞼が僅かに見開き、反芻するようにその言葉を繰り返した。
「そうか……、まけて…ねぇか……」
青年が口にしたその単語を唱えるたび、少女は彼の瞳に少しずつ熱が灯っていくのを感じる。
幾度の反復の後。剣士の揺れる瞳が自分のものと交差した。
「……なら…よ……、たのむ…ルフィ……」
そして、少女の掛け替えのない仲間の唇がその言葉を綴った後、ルフィは涙を堪えることが出来なかった。
「……おれに…まだ、おまえを…………守らせて…くれ……っ!」
ゾロが、泣いていた。
「……ぁぅ」
締め付けられる胸の痛みに少女は思わず小さな嗚咽を漏らす。
男らしく、常に武人前とした勇ましい剣豪の 漢の涙。そこに宿る思いの強さに船長は圧倒される。
それは確かに“夢”で彼が見せたもの。だが、そこに込められた感情を目の前でぶつけられた今のルフィには、全くの別次元の重さを感じた。
惨憺とした、身を千切るような耐え難い痛痒の重さに。
「不安に…させたかよ……。こんなやつに……背中なんて…まかせられねぇ…って」
剣士の沈痛な声色が心ごとルフィの鼓膜を震わせる。溢れてしまった涙をせき止めるのに精いっぱいなルフィはただ、必死にかぶりを振り続けることしか出来ない。
不安などあるわけがない。大切な仲間たちに不安などあるはずがない。
無論、まだ出会って間もないルーキー海賊団。”夢”のルフィ少年の一味のような強い絆を育むに至ってはいないことくらい、能天気な少女にもわかる。
まだアーロンのことも相談してくれないし、正式に仲間になってもくれないけれど。
まだウソップと一人だけ仲がいいのを根に持ってて、しかも女の自分を船長として完全には認めてくれないけれど。
まだジェルマの過去も秘したままで、そしてルフィ自身、平然としていられるほど、いつもの彼のラブラブ恥ずかしい感情を向けられるのに慣れないけれど。
それらは全てこの不甲斐ない船長の自分が悪いのだ。
今回の彼の大怪我も 双方に大きなすれ違いがあったとは言え 世界政府を裏切った自分のせいでもあるのだ。まだ力を付けていない、未だ弱い仲間たちを“新世界級”の大惨事に巻き込んでしまったのは、他ならぬこのモンキー・D・ルフィなのだから。
「守れるわけ…ねぇよな…っ、目指すあいてに……傷ひとつ…つけられねぇ……、よえぇおとこなんかに…よぉ…っ!」
非力な自身への絶望を吐き出す哀れな敗者。少女はそれを悲惨な思いで否定する。
「っく……ぞんな…っ、ぁぅ、そんなごど…、ないもん……っ!わたじの…せなかは……っ、ぞろがまもるんだからぁ…っ!」
だがえずくように吐き出された声は、ルフィ自身の耳にもわからないほどに、人語の形を成していなかった。
不安などあるはずがない。特に、最初に仲間になってくれて、最も船長の自分を大切に思ってくれる彼にだけは。
確かに、仲間なのに全然甘えさせてくれないし、戦闘になったら心配する船長命令を無視してすぐに強敵に挑み大怪我して帰って来るし、ときどきそういう目で見てくるむっつりさんだけど。それでも彼の男らしさや優しさ、そして何より船長の自分を立ててくれる強い敬意は、仲間たちの中で未だ彼だけが向けてくれるものである。おそらく現時点で、本当の意味でこの自分のことを頼るべき道しるべ、海賊団の船長であると認めてくれているのは彼だけだ。
弱いのが不安なら、強い自分が守ってあげる。弱いのがイヤなら、強い自分が鍛えてあげる。そしていつか大剣豪になってくれた彼に背中を支えてもらいながら、この世の全てを共に掴むのだ。
ゾロ以外の人間に背中を任せる気などない。無論、背中ががら空きな者に、海賊王などなれるわけがない。
海賊王モンキー・D・ルフィの大剣豪は、目の前の剣士ロロノア・ゾロだけだ。
「…ッ、なら……三度目…の、正直…だ……っ!」
その信頼に、覚悟に動かされたのだろうか。ルフィの言葉を受け取った剣士が最後の力を振り絞り、側で彼の身を案じるかのように転がる一本の刀を手に取る。
そして、それを天高くつき上げた。
「……おれは…もう 二度と負けねェッッ!!」
一人の剣士が誓いを立てる。遠のく己の耳に、かつての勝者たちに、まだ見ぬ強敵たちに、そして 剣を捧げた未来の優しき海賊王に。
「あいつに勝って…っ、大剣豪になるまで……おれは、ぜったいまけねぇッッ!!」
僅かに残った覇気が男の言霊に乗り、周囲へと散っていく。世界そのものに己の決意を刻むかのように。
「もんく、あるか…っ 海賊王ッ!」
少女はその問に抱擁で返す。強い、強い、強い、抱擁で。
そして、歯を全身全霊で食い縛り、涙の津波を押し止める。濡れる目元を擦り、鼻水を呑み込み、ルフィは満面の太陽をその顔に輝かせて見せた。
「……しししっ ないっ!!」
三度目の正直だ。
自分ももう、二度と泣かない。
この日交わされた二人の若者の約束は、未来の海賊王と大剣豪の 大切な絆の誓いとなった。
大海賊時代・22年
「 よくぞ耐えた、強き者よ」
その言葉は、無謀な戦いに挑み続ける仲間を最後まで見届けたことにか。はたまた交わした涙の約束とやらを必死に守り抜いたことに対してか。
いずれにせよ、「鷹の目のミホーク」は、想いを押し殺しながら男の誓いの全てを受け止めた少女に、同じ男として相応の賛辞を贈るべきだと思えた。
「……ありがとう。ゾロを殺さないでくれて」
船医に海上レストラン内の医務室へと運ばれていく青年。その様子を見守る沈痛な背中の少女が、ぽつりと感謝の言葉を零す。
静かで、感情の無い無機質な声色。ミホークにはそれがどこか機械的で不気味なものに聞こえ、最後に残った気の緩みを今一度引き締めた。
この人物だけは、一瞬の油断もなく、死力を尽くして当たらねばならない。
「中々見所のある剣士であった。時代の申し子に相応しい、良い“眼”を持っている」
「…自慢の相棒よ」
平然と続く会話は、二人の間で高まる総毛立つほどの緊張感の中で交わされる、場違いな異物。
それでもこの僅かな平穏の間だけは、先ほどの若き剣豪の雄姿を褒め称えるべきであろう。剣士としての礼儀を欠く者が”最強”という名誉ある名を持てるはずがない。
ミホークがもつその称号は、彼の単純な力量以上にその気高い様を称するべく語られ出したものであった。
少女もまた、そんな大剣豪の在り方に則り、秘めた牙を唇の裏に隠し続ける。男の言葉は今の傷付いたゾロの励みになるかもしれないのだから。
そして、強者たちの口がどちらともなく沈黙する。
一触即発の空気は遂には現世へと具現し、世界に静かな歪を起こさせた。
「 っぁ」
観衆が零らした悲鳴は、弱き心が“王”の慈悲を乞う平伏の証。固唾を呑んで見守る弱者が一人、また一人とその意識を手放していく。
ひれ伏すのは人だけではない。波打つ水面は静まり返り、甲板や店壁は心臓の鼓動の如く軋み、耐え切れず亀裂を走らせる。
風一つなく、水音一つ立たず、息一つない。
脈動する形而上の何かが起こす不可視の圧迫感が支配するその絶海の甲板では、睨み合う二人の男女以外の全てが屈服する。
この世の頂に立つ、両者の覇気の前に。
「では……相棒を斬られた怒りごと、このおれにぶつけて見せろ モンキー・D・ルフィ!!」
堪え切れぬ戦闘衝動に、男は猛獣も逃げ出す凶悪な笑みを浮かべ、眼前の頂を戦場へと誘う。構えた大剣は如何なる強者をも斬り伏せる最高の大業物だ。
だが、佇む女は凪のよう。その身から放たれる桁外れの“王気”の中心にありながら、感じる気配は宛ら台風の目が如く。
それはまるで世界が少女、モンキー・D・ルフィの存在を認識することを恐れているかのようであった。
「ええ。でもあなたを倒すのは成長した未来のゾロよ。だから、“鷹の目” 」
そして、最後に響き渡った涼音の声に促され 戦慄く世界が少女の覇気を受け入れる。
「 ゾロの前で、無様を晒したらぶっ飛ばすわよ」
直後。
劈く雷轟と共に、森羅万象がこの世の終わりを覚悟した。