ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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29話 王下七武海・Ⅴ (挿絵注意)

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所『バラティエ』

 

 

 

 強き意思の力の具現化とも例えられる覇気の技は、必ず術者の想像力の影響を受けて現れる。

 身を守るとき、原初的な防御手段である“外皮”にあやかり、自身の「皮膚を硬化させる」イメージを抱くように。気配を捉えるとき、最も広い知覚能力を持つ“聴覚”にあやかり、相手の「心の声を聞く」というイメージを抱くように。

 強大な覇気を意識の制御下から離さぬよう、具現化する“力の形”に具体的なイメージを付与をすることは覇気使いたちの常識だ。

 

 

  “ギア4(フォース)・ホーネットガール”」

 

 

 一瞬の出来事。

 小さく呟いた少女の身体が異形と化した。

 

 具象化させたのはその技の  否、形態名であろうか  名が冠す通りの空の蟲王、“雀蜂”に類するもの。蜂のように縦横無尽に飛び回り、鋭利な毒針で敵を屠る。桁外れの覇気をかくなる意思の制御下に置いた結果が、その翅の意匠で浮き上がった武装硬化と背中の黒雷なのだろう。

 

 そして、誰もが想起する蜂の代名詞  鋭い尾針の具象が、双腕の馬鹿げた密度の武装硬化か。周囲の覇気を拒絶するかのように激しく弾けるその雷球の如き両手こそ少女の主兵装に相違ない。

 

 

 片や百戦錬磨の大剣豪、片や人知を超えた超常現象の成れの果て。相手の戦闘手法を即座に見抜いた「鷹の目のミホーク」は自慢の黒刀“夜”を構え、強者の攻撃を待ち構える。

 

 その行為は、王者が挑戦者を迎えるためのもの。

 

 そして、最強の名に相応しい威厳のある  だが同時に、ある種驕ったその行為が、果たしてこの場における最善であったか。大剣豪は直後に答えを知ることとなった。

 

 

『!!?』

 

 

 ズドン!と凄まじい覇気が『バラティエ』の周囲に広がる。

 気迫という抽象的な概念が物理的な圧迫感を持ち、周囲の全てを軋ませるそれは、まるで世界そのものが悲鳴を上げているかのような現象であった。

 

 戦地を渡り歩く者は皆己の命の危機を察知する術に長けている。それは五感を超えた不思議な直感であったり、覇気のように自他の意思の力を司る特殊な技術であったりと様々だ。人はときにそれらが捉える危険の予兆を”殺気”と呼び、自身に迫る明確な敵意として感知する。その気配は込められた意思の強さに比例し強くなり、同時にそれが齎す危険の度合いに左右されるものである。

 憎悪が育む殺意は刃の如く鋭く、巨人の怪力が放つ殺気はときにそれだけで相手の命を押し潰すほどに重い。その強い意志を武力にまで昇華させる覇気使いたちの戦場は、まるで不可視の洪水のように敵意が渦巻く魔界と化すのだ。

 

 そんな戦場に生きる練達した覇気を持つ“王”は、有象無象から望んだ一人のみにその威光の全てをひけらかすことすら可能。威圧する相手はたったの一人。未来の海賊王が持つ全力全開の覇王色の覇気が大剣豪ミホーク一人に殺到する。

 

「ッ!? これは…!」

 

 魂そのものをぶん殴られたかのような凄まじい衝撃が襲う。しかしその足は揺げど膝突くことはない。己が決して有象無象などでは無いことを、ミホークは目の前の“王”に平然と見せつけたのである。

 

 だがその大剣豪の一瞬の隙こそが船長ルフィの狙いであった。

 

 

   ”ゴムゴムの雀撥銃(ワスプガン)”ッッ!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 稲妻のような軌跡を残し、少女が空を切り裂きながら神速の速さで強敵に迫る。金剛石すらバターのように抉る硬さを誇る武装硬化の“指銃”が  ミホークの右肩を貫いた。

 

「な  ぐっ!?」

 

 バギャン!と鎖骨が砕かれ肉が抉れる音が響く。

 今までに体感したことのない鋭さ、硬さ、重さ、そして速さ。攻撃をその身に受けたことで剣士はこの女海賊の纏っている武装色の覇気の密度を詳細に感じ取り、その常に冷静な表情を大きく崩す。

 

 そこへ更なる驚愕が鷹目の男に襲い掛かった。

 

「遅いっ   “剃刀《カミソリ》”!!」

 

 途轍もない悪寒を走らせる己の直感を信じ、大剣豪は振り向き様に“夜”を振るう。姿勢を崩しながらも美しい太刀筋を見せるその剣は見事疾走する幽鬼を捉え、切っ先の海面をバックリと斬り裂いた。

 男の放つ全てが山をも両断する絶死の斬撃。触れればそのまま黄泉へと召される死神の刃だ。

 

 しかし  

 

「何!?」

 

   全てを斬り伏せる自慢の黒刀は、あろうことか、少女の閃電走る紅黒の手刀に大きく弾かれた。

 流石のミホークもこれには声を上げる。能力者とはいえ無手の相手に即死の太刀を振るうなど如何なるものか、そう常に己に幾ばくかの枷を嵌めて決闘を楽しむ癖がある大剣豪であったが、最早そのような美学に傾倒している場合ではない。

 

 少女のその華奢な十指は、六式などという玩具とは比較にもならない、この世でも最上位に値するれっきとした凶器であった。

 

   !」

 

 衝突の余波で木端微塵に砕け散る甲板の残骸の上。瞠目する大剣豪の鷹目が、少女の夜空の瞳と交差する。

 瞬きすら出来ない僅かな時。だがミホークの金瞳は確かに、その大きな黒曜石が何かを暗示するように細まったのを視覚した。

 

「シッ!!」

 

 咄嗟に左手に持ち替えた長剣“夜”を振るう。だが退けようと狙った少女の姿はそこに無し。外した斬撃は不可視の覇気の刃と化し、深く抉られた絶海の水面は荒波を高く巻き立てる。

 

 だが巨大な装甲艦すら両断する一撃を条件反射で行使する怪物は、己の偉業を誇るどころか見向きもしない。

 

 理由は単純。

 

(ありえん、何故この速度の中でおれの一撃を感知出来る…? これでは視界どころか見聞色の覇気も使えんはず…)

 

 人間の反射神経どころか魂に作用する覇気の知覚限界すら超える敵の速度に、ミホークはそのカラクリを暴こうと思考を回転させる。

 

 

   “ゴムゴムの誘導蜂弾(バンブルビー)”!!」

 

 

 それは逸れた意識を浮世へと戻す涼音の響き。

 

 突然聞こえた少女の玲瓏とした声に振り向こうとした瞬間、ミホークは宙を舞った。

 

 衝撃が走ったのは腹部。

 なるほど脇腹を突き飛ばされたのか、と暢気に考えながら大剣豪は水面で水切り石の如く何度も跳ね回る。

 

 そして長い長い滞空時間を経て、最後に遠方の石化した積乱雲の岩島へ激突し、盛大な水しぶきと土煙を上げながら崩れた断崖の裏に姿を消した。

 

 

 縦横無尽に空を飛び回る船長ルフィが行っているのは、六式応用術“剃刀”の多重連続使用である。

 この技は十年前、かの海軍元少将モモンガ師匠が伝授した六式の二つ、“剃”と“月歩”を組み合わせた高等立体移動術であり、“夢”の強敵である元「CP9」のロブ・ルッチが得意としていたものを更に発展させたものだ。究極奥義“六王銃”以上にルッチの驚異的なスピードが強く印象に残っていたルフィは、基礎の二式を鍛えた後にその修得を目指しすぐさま修行を開始していた。

 

 超高速で空中を長時間移動するだけの筋力と持久力、移動中に周囲を捕捉し続ける動体視力と集中の持続力、更に見聞色の覇気を維持し、同時に攻撃のための武装硬化を行えるほどの人知を超えた強靭な精神力。どれ一つとして楽に得られるものではなく、幼い少女は生傷の絶えない体に鞭打ち今まで四六時中研鑽を行って来た。

 

 それは、彼女だけの特異性  “夢”で数々の苦い敗北を知るからこそ。

 

 偉大なる航路前半“楽園(パラダイス)”最後の島シャボンディ諸島で、為す術も無く敗北した強敵、海軍大将「“黄猿”ボルサリーノ」。光の速さという異次元の速度を誇る、スピードタイプの強敵である彼に対応するにはコレしかない。そう麦わら娘は己の高い戦闘知能で自己分析した。

 未だに衝撃覚め止まぬ、義兄エースのあり得るかもしれない理不尽な未来。もし彼がこの世でも万が一捕まり、あの海軍本部頂上決戦が起こったとしても、“黄猿”さえ倒せれば義兄を抱えて空を超高速で逃げられる。

 

 その最初の遭遇となるシャボンディ諸島での事件が起きるまで、ルフィはかの海軍大将との戦いを見据えたスピード重視の猛特訓を既に何年も前から行っていた。

 

 

 そしてその努力は今、目の前の“王下七武海最強の男”が無様な姿を晒すほどまでに報われていた。

 

 

   確かにおじいちゃんより強いけど、おじいちゃん今八十間近のおじいちゃんなのよ? 『私は強い』って覇王色の覇気でちゃんとあなたに伝えたはずなのに、何度も喰らうなんて…私相手に遊んでるの!?」

 

 ルフィは不満げに頬を膨らませ、世紀の大剣豪が埋もれる岩島の絶壁を“月歩”で見下ろしながらぽつぽつと呟く。

 

「小手調べはもう終わりっ、全力で来なさい! あなたの覇気がそこで爆発しそうなほど高まってるの、わかってるんだから! ウチのゾロにこれ以上ダサい姿見せないでくれる!?」

 

 舐められていることに段々と不機嫌になりつつあった女船長が、挑発気味に音量を上げた声を眼下の波打ち際に投げかける。

 

 

 その言葉が彼の耳に届いたのかは定かでは無い。だがかの大剣豪がその時を“頃合”と見たのは確かであろう。

 

 

「ッ、来たわね  “ゴムゴムの雀撥銃(ワスプガン)”ッッ!!」

 

 

   瞬間、海が『Y』の字に割れた。

 

 

 その光景は水平線へと至り、絶海を縦に横に走り抜ける。

 ルフィを狙った斬海の大太刀は、寸前に放たれた紅黒色に輝く兆速の雷拳でその軌道を二つに分かつ。

 

 海賊娘の後ろ遠くにあるのは自身の守るべき海賊船と海上レストラン『バラティエ』であった。必殺の指銃、そして速度と回避に特化したこの戦闘形態だが、基より武装硬化は攻防を両立出来る覇気の奥義。迎撃に撃たれた必殺技は確とその役目を果たす。大剣豪の太刀筋に合わせて攻撃をぶつける卓越した技量は、偏に少女が有する覇気の恐るべき練度を物語っていた。

 

 「“四皇”ビッグ・マム」配下の最強の男、「将星シャーロット・カタクリ」との戦いで目覚めた未来視の見聞色の覇気を“夢”のルフィ少年より得ていた麦わら娘。その更なる強化と安定性を求め、彼女は力の目覚めより十年、一日たりともその鍛錬を欠かしたことはなかった。

 

 

  今のを防げたのは、“赤髪”で二人目だ」

 

 

 海に響き渡る澄んだテノールがその声の持ち主の感心を伝えてくる。

 

 だが、油断なく腕を構えようとしたルフィは、このとき初めて表情を歪めた。

 

 持ち上げた右手。

 そこに、今まで一度たりとも感じたことのない、“痛み”が走ったのである。

 

「……え?」

 

 少女ルフィが義兄や祖父と頭を突き付け合って編み出した、ルフィ少年には無い彼女だけのギア4(フォース)形態、“ホーネットガール”。この特異な姿の最大の特徴は、今の自分の精神力が可能な限界まで覇気を両手に硬め、常時発雷現象を起こすまでに至らしめた、前人未踏の超密度の武装硬化である。

 それはあの「“海軍の英雄”ガープ」の全力の拳骨すら穿つ絶死の一撃であり、その超硬度を突破出来る攻撃など無いと、あの鬱陶しくも偉大な祖父ですら「ありえん」と断言していたほどなのだ。

 

 絶対的な自信に生まれた、僅かな亀裂。

 

 

   ()()()()()、若き強者よ」

 

 

 気付いたときには時すでに遅し。

 動揺は強者同士の戦いにおいて、致命的な過ちとなる。まして相手はあの名高い「鷹の目のミホーク」だ。

 

 少女の心に生まれた小さな小さな罅に、この世で最も鋭い斬撃が濁流のように殺到する。

 

「!!?」

 

 それは刃の檻であった。

 

 一瞬にも満たない、文字通り須臾の隙を突かれた少女は、自慢の武装超硬化をも揺るがす即死の斬撃の竜巻に飲み込まれた。

 

  ッッ!! しまっ   

 

「無駄」

 

 そして、その茨の柵を潜り抜けることを躊躇ってしまった可憐な乙女に  神殺しの魔刃が襲い掛かった。

 

 

「ッくぅっ  !!」

 

 その一撃は、大剣豪が放った世界最高の一太刀。自身の生み出した斬撃の竜巻ごと、この世の全てを両断する、神閃であった。

 

 咄嗟に翳した切り札の両手に、先ほどとは比較にならない鋭い痛みが走る。それが覇気の敗北であることは両者の目に明らかであった。

 

 あの“シャーロット家の最高傑作”さえも苦労する、戦闘時における平常心の維持。戦士たちの至上命題を、途轍もない覇気を制御しながら続ける僅か十七歳の少女は、間違いなくこの世の全ての強者に手放しで絶賛されるであろう。

 

 だが世は大海賊時代。強者だけが覇を成し、弱者にその慈悲に縋る以外の道はない。

 誰よりも強くあらねばならない海賊王を目指す船長モンキー・D・ルフィは、この短い応酬の間に、己の最強の切り札を破られたのだ。

 

 

 状況は息を吐く間もなく一転。

 今、少女はこの場において、確かな弱者となり果てていた。

 

 

「少々驕りが過ぎたようだ。……互いに、な」

 

 祖父を超えて早四年。初めての敗北の足音に怯える少女の耳に、鋭利な敵意が籠った強者の声が届いた。その肩からは初撃の深い傷の流血が滴り落ちている。

 

 だが、男の瞳に一切の揺らぎはない。言い放った言葉の通り、一切の驕りと油断を捨てた世界の頂が、射殺す眼つきで目の前の”敵”へ己の誇りたる黒刀の切っ先を向けていた。

 

「故に、だ。若き強者よ   

 

 そして続く言葉と共に、ジンジンと痛む血の滲んだ両手を抱えながら微かに震える弱者を、世界最強の大剣豪の鷹目に輝く黄金の閃電が射抜いた。

 

 

  以後の結果にかくなる言い訳は無いと知れ、モンキー・D・ルフィ…!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所“巨雲島”

 

 

 

 一般的な“四海(ブルー)”で発達する積乱雲は、低いもので四千メートル、真夏の強烈な上昇気流に育まれるものならば局所的に雲頂二万メートルを超す場合がある最大の雲形だ。

 これは気象学的常識で言えば必然の規模であるが、こと地上においては当然の如く桁違いの巨体となる。山が海抜数千メートル程度であることを述べれば、その違いも推して知るべし。

 故に「“海賊女帝”ボア・ハンコック」が石化させ海へと墜としたその途轍もない大きさの岩塊は、容易に海底五千メートルへ到達し、尚も海面から山のようにそびえ立つ、紛う事無き“島”となった。それも塔のように天へと伸びる、モノリス島に。

 

 そして、そんな岩の塊を中心とした絶海の大海原で、二人の男女が海の底さえ変貌させるほどの大艱難を引き起こしていた。

 

 

   どうした…!! 相棒の仇を討つのではないのか、小娘!!」

 

「ッきゃあっ!?」

 

 男の怒声と共に天が裂ける。上昇気流と下降流の対流が両断された上空は突発的な高低気圧が入り乱れ、晴天に豪雨、暴風に凪と千変万化の相を見せていた。

 

 それは男  世界最強の大剣豪「鷹の目のミホーク」が振るった、全てを斬り裂く闇色の一閃。その必殺の刃が天変地異を起こしながら、たった一人の女の子へと殺到する。

 

 攻撃を必死の形相で躱す少女  「麦わらのルフィ」の痛痒な悲鳴が大剣豪の耳に障る。

 

「何だそのザマは…! 先ほどの見事な武装硬化は何処へ捨てた…!!」

 

 これほど全力で戦うのはいつ以来か。遥か昔、かの好敵手が腕を失ってからというもの、ミホークは日々の研鑽以外に興味を引かれる強敵との出会いに恵まれたことはなかった。

 元来彼は好戦的な性質。当然それは最強などという武力の頂点に至るに必要な素質である。十年にも亘る安寧を粉々に砕かれ、忘れていた己の本質、渇望が表面化した“鷹の目”は、誰もが震え上がったかつての異名”生ける大災害”としての自分を取り戻していた。

 

 だからこそ、ようやく出会えた強敵が無様に震える姿など、落胆を通り越し憤怒すら抱く。奮い立つ戦闘狂は待ち望んだ最高の舞台に登ったのだ。その相手自身に梯子を外されては堪らない。

 

「くぅっ  こ…ッのおおおっ!! “ゴムゴムの蜂群銃乱打(バンブルガトリング)”ッッ!!」

 

 無論、強敵ルフィにそのようなつもりは皆無。少女は己と仲間たちの命を狙う男を、そして最愛の相棒を斬り伏せた憎き仇を懲らしめるために”最強”へと挑んだのである。

 繰り返される大剣豪の挑発が腹立たしい。乱れた覇気の制御に苦悩する自分の心の弱さが忌々しい。苛立つ海賊娘は冷静さを忘れ、覚束ない武装硬化のまま我武者羅に拳の雨を解き放つ。

 

 だが所詮はコケ脅し。如何に未来視の見聞色の覇気が優れていようと、それを扱う者に理性が無くば活用は不可能だ。

 未来とは不確定で受動的なもの。攻撃を予見出来ても、その攻撃が繰り出される前に回避行動を取れば当然相手は取り止める。然るべき機会に行使して初めて意味を成す力を無意味に用いれば  

 

「ッ、貴様…このおれに安易な連打とは笑止千万!!」

 

「!? そんな  ッああっ!?」

 

   未来は己の領分を侵す異物へ牙を向く。

 

 全ての小細工を真正面から斬り伏せるミホークの一太刀は、迫る意思無き拳を切り刻み、握られた黒刀が強者の鮮血を浴びる喜びに玲瓏とした響きを奏でる。ルフィを突き抜けた覇気の刃は背後の岩島を抉り、削ぎ、止まぬ落盤を巻き起こしながら空へと消えて行った。

 残されたのはまるで抽象彫刻のように歪な造形の岩山と、その中腹に横たわる傷だらけの少女であった。

 

「うぅ…っ」

 

「先ほどの冴え渡っていた覇気は猫騙しか? これほどおれを昂らせておきながらたった一度の揺らぎで崩れるなど許さん。立て、時代の寵児よ…! 貴様は地べたなど似合わぬ誉れ高き強者だろう…!!」

 

 血塗れの両手を胸に抱きかかえながら朦朧とするルフィに、大剣豪は期待を抱き続ける。つい数舜前までこの“鷹の目”でさえ恐怖を抱くほど強大な力を纏っていた圧倒的な強者。未だ若いとはいえ、覇気は十二分。既に死地と化したこの場で今更剣を収めることなど出来やしない。

 自分が死ぬか、少女が死ぬか、共に死ぬか  少女が敗北を認め逃亡するか。男が剣を下すのはそのときだけだ。

 

 そしてミホークは見抜いている。この小娘はこんなところで終わる凡才ではない、と。

 

「……あの船で貴様が見せた異常な反応速度、あれは“未来視の見聞色の覇気”だろう。まさか斯様な切り札を持っていたとは、実に高揚したぞ。政府が寄こした報告書に目を通さず出向いた甲斐はあった」

 

 大剣豪は少女を奮い立たせるべく、心からの賛辞を贈る。その驚異的な力は確かに彼に深い傷を負わせたのだ。

 この十年、無敵であった男が一度たりとも受けたことのない、深い傷を。

 

「両手の武装超硬化、未来視の見聞色、そしてあの凄まじい覇王色。剣に全てを捧げたこの”鷹の目”には至れなかった覇気の極地。まさしく時代の寵児に相応しい天与の資」

 

 少女が苦しげにその小さな肢体を起こす。

 怯えている。だがその瞳に燃え盛る戦意の焔は一向に衰えない。ただ、未熟な心がその戦う意思を邪魔している。

 

「その全てに到達しておきながら、たった一度の心の乱れで無様に膝を突くなどあってはならないことだ。…磨き過ぎた己自身の才に溺れたか、“未来の海賊王”よ」

 

「…ッ」

 

 海賊娘の青褪めた顔に僅かな怒気が上る。

 若者が最も嫌うものは、努力の否定。世界を知らぬからこそ青い夢を邁進し、そして多くは絶望的な現実という壁に衝突し夢破れる。

 少女からしてみれば、今の状況はその壁を打ち砕くために研鑽を重ねた力そのものに振り回されているに等しい。単純に「鷹の目のミホーク」という壁に力及ばず敗北すること以上の屈辱だ。

 

 だが、未だその顔には強い動揺が残っている。

 

 

「……島の裏側に雑魚が五人いるな。お前の名を呼ぶ者もいる」

 

  ッッ!?」

 

 ならば最後の荒療治。

 

 怒りでさえ不安と恐怖を塗りつぶせないのであれば、少女の船長としての器に語り掛けるほかない。自分のことにはとことん無頓着であったあの赤い髪の好敵手も、仲間の危機には誰よりも強く美しい剣を振るって見せたのだから。

 

「モンキー・D・ルフィ。我が最強の黒刀、そこで受け切らねば  

 

「なっ!? だっ、ダメ  

 

 ようやく立ち上がった強者に獰猛な笑みを返し、ミホークは自慢の大剣を振りかぶる。込める覇気は最大。受けた肩の傷が軋むほどの力を纏わせた、最強の一撃だ。

 

 

  島ごと仲間が輪切りと化すぞ」

 

 

 そして大剣豪は手中の黒刀で、視界の全てを袈裟斬りにした。

 

 


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