ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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31話 王下七武海・Ⅶ(挿絵注意)

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所“巨雲島”

 

 

 

 腕を捥がんばかりの強烈な衝撃が男の両腕を襲う。薙いだ大剣を手放さないのは剣士としての意地か、それともこの掛け替えのない至福のひと時を僅かでも長く味わいたい戦闘狂の渇望故か。敵の凄まじい貫手の攻撃を受け宙を舞った「鷹の目のミホーク」は、彼女との出会いを授けた己の運命に深い感謝の念を送っていた。

 

「ぐぅ…っ!   くく、やはりお前のような者が全力を出せるのは仲間の声援を背に受けたときであったか…!」

 

 先ほどの不安げな戦いぶりは幻か。全くの別人の如き、自信に満ち溢れた覇気。明らかに以前よりも、そして、最初に見せた相棒の剣士の仇討に燃えていた状態さえも凌駕した、この”最強の大剣豪”を以てしても初めて目にする桁外れの力が黒刀”夜”を容易くはじき返す。

 

 剣柄を握る手の痺れを心地よく感じながら、大剣豪は相手の海賊少女「麦わらのルフィ」へ満面の笑顔を見せた。

 それが本来攻撃的なものであると説いたのは誰であったか。だが、事実万人が震え上がり泣きながら慈悲を乞うほどの恐ろしい形相でありながら、男のその凶悪な笑みに”麦わら”が返したのは、同じ喜の表情。

もっとも、こちらはまるで童女が新品の洋服を自慢するような、随分と可愛らしいものであったが。

 

  待っててくれてありがとう! おかげで今の私はみんなに“信じてる”って応援されたスーパールフィちゃんよっ! さっきまでのへっぽこルフィちゃんと同じだと思わないことねっ!」

 

 威勢のいい掛け声と共に拳を構えるボロボロな少女。だが剣士が切り刻んだはずの柔肌に目立つ傷は見当たらない。それはあの不安定な心理状態にありながら辛うじて致命傷を避け続けた天性の危険察知能力以上に、彼女の驚異的な肉体再生力を象徴していた。

 

 人体を細胞レベルで操作する、ジオマンスやバイオフィードバックに類する多細胞生物の限界の先にある超発達神経、“生命帰還”の技術。稀有な力を容易く、それも極めて高度な完成度で行使するルフィの卓越した才覚に、大剣豪の背筋を一筋の冷や汗が伝う。

 

(「天は二物を与えず」など、所詮は弱者の言慰(いいなぐさ)だが……これほど天に愛された者も人の歴史の中でも珍しかろう)

 

 悪魔の実、六式、覇気、そして生命帰還。

 後天的な悪魔の実の能力を除けば全てが途方もない努力の果てにある正真正銘の達人の御業である。だがそこに努力で至れることこそ、天与の質に相違ない。才ある者が半生を捧げようやく得られる技術を、幾つも、軽々と使いこなす二十歳にも満たない未熟な小娘。これを天才と呼ばずして何と言う。

 

 ミホークは理解する。己が今まで戦って来た強者や俊英を名乗る連中が、如何に無才な凡人共であったかを。

 そして今、男の目の前にいるこの少女こそ、天より全てを与えられた真の天才  真の強者である、と。

 

「礼を言うのはおれのほうだ…! このときを待っていたぞ、強き者よ!!」

 

 ミホークは自身の得物を大きく振りかぶる。己の半身にして、自慢の最上大業物。主の思いを読み取ったか、これより始まる最高の舞台を前にした黒剣“夜”が武者震いに澄んだ音色を響かせる。

 

「さぁ…いざ共に参ろうぞ、モンキー・D・ルフィ! これより先は油断も驕りも慈悲もない、真の強者の戦場なり!! この“鷹の目”  己の全力を以て相手仕るッッ!!」

 

「望むところ…っ! もう手加減なんか出来ないから  ここで負けたら許さないわよッッ!!」

 

 人類史最高の剣の才を持ち、“最強”の名をただ一人掲げることを許された大英雄ジュラキュール・ミホーク。

 天に、時代に覇を成す王として選ばれ、万の力を与えられた奇跡の御子モンキー・D・ルフィ。

 

 ありとあらゆる枷を解き放った二柱の超越者が、これより、新たな伝説を紡ぐ  

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

   “ゴムゴムの雀蜂銃(ワスプガン)”ッッ!!」

 

   ガアアアァァッッ!!」

 

 猛獣の如き咆哮を上げながら、ミホークが大剣を袈裟切りに振るった。

 空が、島が、海が、空間すら斬り裂くかのように両断され、世界の絶叫が振動となり周囲の生物を蹂躙する。山が刺身のように薄切りにされ、遠く離れ逃げ惑う海鳥や魚が爆散し、近海の荒れ狂う水面が塵と気泡と血と屍で褐色に染まるその光景は、宛ら叙事詩に伝わる末法や大艱難の序章のよう。

 

 余波で斯様な地獄を生み出す邪神の刃は、されど目当ての女神の首には届かない。

 凄まじい覇気の圧力に大地が抉れ、墜星跡の如き巨大な穴を作る破壊の中心。そこでは男の黒刀の刀身が、たった一本の華奢な人差し指で受け止められている、俄かに信じ難い現象が起きていた。

 

 だが両者の顔に驚愕は無い。二人の目は弱者の生きる浮世を映さず、強者が具現化させる”意思の力”のみを見せているのだから。

 

   ッッ!!』

 

 ギリギリと耳障りな異音を上げ鍔迫り合う神々の武器が互いの衝撃に耐えられず、込められた力の暴発と共に大きく弾かれる。

 大剣豪の大剣“夜”と、無名の少女の超“指銃”の衝突が引き起こした大爆発。その衝撃が岩島を貫き、そびえ立つ数千メートルのモノリスが引き裂かれる中、佇む二つの巨石柱の両頂でルフィとミホークは次なる一手の構えを取った。

 

「“ゴムゴムの誘導蜂弾(バンブルビー)”!!」

 

「!!?」

 

 速い。

 咄嗟に得物を防御に振るった行動は、男に出来た最善であった。一拍遅れて見聞色の覇気がようやく先ほどの攻撃の予兆を訴える。少女の操る覇気の極意による、事象を超えた超速度で繰り出された攻撃が、かの“鷹の目”の感知能力すら上回っているのだ。

 

 大地が抉れるほどの衝撃波に吹き飛ばされ、大きく体勢を崩した大剣豪は、本能で敵の第二撃が来る予感を覚える。

 最早自身の見聞色の覇気など当てにならない、まさに未来の領域での戦い。

 

「もいっこ! “ゴムゴムの誘導蜂弾(バンブルビー)”!!」

 

「ぐっ  させるかァァァッッ!!」

 

 だがミホークも百戦錬磨の剣士。無数の修羅場を超えてきた男のみが持つ膨大な戦闘経験が、覇気の気配を捉えるより早く、瞬時に敵の次の手を暴き出す。

 

 ミホークが薙いだ柔の剣は見事少女の追撃をいなし、少女の隙だらけな黒雷弾ける背中を彼の前に晒させた。

 

 絶好の隙。

 舌なめずりなどしている暇はない。男は刀身が受けた力の反動をそのまま遠心力へと流用し、一瞬の好機を逃さぬ必殺の一太刀で紫電を描く。

 

   追って、“ヴェスパー”っ!!」

 

 

 だが、少女の給仕服に刃が触れた瞬間、ミホークの首筋に途轍もない悪寒が走った。

 

「な  ぐッ!?」

 

 直感に従い形振り構わず捻った腰の、脇腹付近。

 辛うじて内臓を残し、そこにあったはずの己の肉が、派手な血の鉄砲水を残しながら消失していた。

 

 直感に従うのを拒んでいれば、あと一瞬動きが遅れていれば、間違いなく肝臓が消し飛ばされていた。

 間一髪。何とか九死に一生を得たミホークは、またしても間に合わなかった見聞色の覇気の危険察知の追従に舌打ちする。

 

(…ッ! 何だ今のは、どこから  ッ不味い、次が来るっ!)

 

 驚愕する間も惜しい。戦場は”未来”。そこに唯一つ肉迫出来る己の豊富な戦闘経験が、またしてもけたたましい警鐘を鳴らしていた。

 だが、体の反応が追い付かない。

 

「くっ  舐めるなァァァッッ!!」

 

 それでも、ミホークは危機を乗り越える。

 隙だらけの自分の身を守る、最後の手段。大剣豪は黒刀に纏わせた武装色の覇気を一気に周囲へ爆発させた。

 

   ッガァァッ!!」

 

「…ッ!? まっ、負けないもんっ!!」

 

 しかし相手も大剣豪に劣らぬ戦闘の天才、時代の申し子モンキー・D・ルフィ。

 男の苦肉の策を物ともせず、覇気の狂刃が触れる箇所を無駄なく武装硬化で保護した少女が、一気にミホークの懐へと飛び込んだ。

 

 肉を切らせて骨を切る。

 立て続けの攻勢に押され、必死に後退する大剣豪。

 

「チッ! 吹っ切れたか小むす  何っ!?」

 

 だが、ミホークの目が、躱したはずの攻撃が再度自身の背後を狙っている姿を捉えた。ルフィの腕に浮かぶ蜂の縞模様の武装硬化部が関節のように折れ曲がり、大きく軌道が切り替ったのだ。

 

(! これが先ほどおれの脇腹を背後から抉ったカラクリか…!)

 

 瞬時に数多の強敵の攻撃を見切って来た偉大なる大剣豪でさえも、視認してようやく気付くほどの神懸かり的な速度と威力。

 そして、同じく認識することすら困難な僅かな時の後  

 

 

  これで捉えたっ!!」

 

 

 いつの間にか、少女の即死の刺突指が男の懐の真っ只中で、隙だらけな胸元を目掛け神速の速さで直進していた。

 

 

「!? しまっ  

 

 十年ぶりの  否、おそらく生まれて初めての、濃い、死の気配。

 

 咄嗟の武装硬化も準備出来ない、無に等しい時の狭間。覇気の放出も破られ、体を捻る余裕も無く、開いた腕を閉じ剣を盾に構える時間など以ての外。

 大剣豪はこれまでの覇道で己が用いた数々の防御手段を全て絞り出し  一つの絶望的な結論に至る。

 

   間に合わない。

 

 万策尽きた、絶体絶命の危機。

 

 

(こんな……容易く……)

 

 何も出来ない一瞬の最中。少しずつ己の急所に近づく覇気の塊を、ミホークはまるで断頭台へ登る心境で見つめ続ける。

 脊髄反射すらままならない須臾の世界の中で、大剣豪の魂に一つの感情の焔が、まるで陽炎のように燃え上がった。

 

 

 男にはかつて、ある渇望があった。

 

 それは“最強”の名など遠い果てにある、非力な少年の記憶。名だたる強者たちを前にした弱者の屈辱が育んだ、飽くなき“最強”への憧れ。

 

 その渇望を捨てた者に、男が夢見、至った玉座は相応しかろうか。

 進歩を止め、停滞の安念に甘んじる者が、その称号を名乗るに足るか。

 

 

(……否)

 

 男が強者との殺し合いに夢を見るのも、弱者に覚醒の機会を与えるのも、倒錯的な破滅願望などといった陳腐な心理によるものではない。

 “赤髪”に幾度と挑んだのも、若き剣豪ロロノア・ゾロを生かしたのも、全てはこの己自身が更なる高みへ登るがため。

 

 最強は不変ではない。敗北を記した強者は弱者となり、そこに過去の偉業が覇を成す余地などない。

 故に、最強へと至った男が真に望んでいたのは、己の生でも、名声でもない。

 

 ジュラキュール・ミホークは、その“最強”という夢幻を追い続ける  永遠の求道者でありたいのだ。

 

 

(足りん……この、程度の力では……)

 

 絶体絶命の危機に瀕し目覚めた眠れる渇望が、男に告げる。

 己の限界は未だ見ぬ果てにある、と…

 

 

 

 

    ザァッ…

 

 

「!!?」

 

 瞬間、ルフィの未来視の見聞色の覇気がありえない未来を映し出した。

 

 だが驚くのも一瞬。

 微塵の迷いもなくそれに従い、少女は男の胸部を穿つ絶死の超”指銃”の軌道を無理やり修正する。確かな手応えを得たルフィはそのまま神速の“剃刀”で男の空いた脇下を通り、懐から脱出した。

 

 少女が見た未来は、胸元を狙った攻撃が貫く箇所の左端、その小さな面積に敵の有り丈の武装色の覇気が集中し、更に武装硬化の微細な強弱で生み出された傾斜で“指銃”の軌道が逸れるよう誘導された、信じ難い光景であった。

 

 まるで、そこに来る攻撃に事前に備えていたかのように。

 

 

   まさか、()()()()…?」

 

 ありえたはずの未来を変える力。

 咄嗟の反応では不可能なまでに計算され尽くされた、複雑な武装硬化の精密操作。

 

 そしてその結果、確実に心臓を抉ったはずの少女の指は大きく脇腹を抉るだけに終わった。

 

 見せられた未来より大幅に深い傷を負わせることが出来たのは、ひとえに両者の見聞色の覇気の差である。だが、その圧倒的であったはずの差は、明らかに縮まっていた。

 

 

   感謝する……心から感謝するぞ、“麦わら”…!」

 

 

 こくりと緊張に小さく喉を鳴らすルフィの耳に、大剣豪の隠しきれない喜悦を含んだ声が届く。

 

「…頂に至り早十年。辿るべき先達も、追うべき強者もない。失意のまま停滞との詰まらん一人相撲で一生を終えるものと覚悟していたが……どうやらおれのさだめもまだまだ捨てたものではないらしい…!」

 

「…ッ!」

 

 新たな力、新たな世界に目覚めた“最強”が、溢れる歓喜の情に笑みを浮かべる。

 それはどこまでも純粋で、あどけない童子のような、積年の憂鬱から解放された一人の男の素顔であった。

 

 そして、その金色の鷹目に僅かな“未来”を映しながら、狂暴な歯を見せる猛獣の如き笑顔で、大剣豪が今一度自身の大剣をルフィへ突き付けた。

 

 

「さて、『“麦わら”のルフィ』よ……立ち塞がる強敵が更なる先へと至ったぞ…!」

 

 

 今、停滞を捨て去り進化を遂げた大剣豪が、未来の海賊王へ最後の牙を向く。

 

 

 

 

「この“鷹の目”が授ける最後の試練  超えられるものなら超えてみろ…ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) 某所“巨雲島”

 

 

 

   愚かな…! 同じ手は  

 

「ッ、こっちのほうがまだまだずっと先を見てるわっ! 私の十年の研鑽をこの短い戦いで超えられるものですか…っ!!」

 

 

 不可解な言動を繰り返しながら凄まじい覇気の塊をぶつけ合う、二人の男女。

 その片割れである見目麗しい童顔の少女、「麦わらのルフィ」は、相手の剣士の恐ろしい剣技に少しずつ平静の鎧を削ぎ落されつつあった。

 

 理由は、少女の“夢”でも体験したことの無い、度し難い現状にある。

 

(くっ…ちょっとずつ“鷹の目”の未来視が私に追い付き始めてる…っ!)

 

 覚醒、または進化。

 

 あのルフィ少年が強敵たちとの戦いで己の力を増していったように、少女ルフィという強敵を前にした大剣豪、「鷹の目のミホーク」がこの土壇場で“未来視の見聞色の覇気”に目覚め、より強大な存在となり確定していた敗北を乗り越え襲い掛かって来たのである。

 これほどの強者、しかも脂の乗り切った全盛期の男に尚も成長の余地が残っていたとは。“夢”で自分と同姓同名のヒーローが幾度も成し遂げた奇跡を心躍る思いで疑似体験しておきながら、いざ同じ状況に敵として立たされた少女は、そのあまりの理不尽に舌を巻く。

 

「むぅぅぅっ!! 私のほうが上っ、上だもんっ! みんなに信じられてるんだから絶対勝ってやるぅッ!!」

 

 ルフィは煮え滾る熱意を力へと変え、氷のように冷えた理性で冷静に、敵が勝利する未来を潰しにかかる。

 

「“ゴムゴムの蜂群銃乱打(バンブルガトリング)”!!」

 

「それは効かんと言った  ッ!? くっ、そういうことかっ!!」

 

「だから私が上って言ったでしょうっ! 本命はこっちよっ   “ゴムゴムの蜂群密集陣(ハイヴスウォーム)”!!」

 

 以前のへっぽこルフィちゃんのへっぽこ威力と追尾とは大違い。狙い澄まし、確実に敵の急所へ迫る即死の超“指銃”が殺到する。

 

 しかし。

 

「ぐぅ…ッ! だが  見える! 見えるぞ…ッ!!」

 

「ッ、そんな…っ!?」

 

 男の力への渇望が更なる“先”を映し出し、迫る少女の無数の追尾変化軌道攻撃が一つ残らず急所から逸らされる。

 

 柔の剣を巧みに操り、紙一重の回避を続けるミホーク。その卓越した技術と経験は如何なる天才であっても超えることの出来ない、最強に相応しい美しき剣舞。疑似とはいえ“夢”で二倍の戦闘経験を得ているはずのルフィであっても追い付けない、至高の領域だ。

 

 元々「鷹の目のミホーク」は少女を遥かに上回る時間を剣に捧げ、十二分の経験をその身に蓄積させていた。膨大な修行を続けながら尚も停滞していたのは、ひとえに進歩が求められる極限の状況との遭遇が皆無であったが故。

 まるでダムが決壊するかのように、身の危険どころか死の一歩手前まで追い詰められた大剣豪の眠れる魂は、新たな“最強”へと至るために再度、進化の道を疾走し始めたのである。

 

「…ッ、それでも私の未来視のほうがまだまだ上だもんっ!    “ゴムゴムの蜂群密集陣(ハイヴスウォーム)”ッッ!!」

 

「!? 更に増え  ぐぅぅぅッッ!!」

 

無論、仲間の信頼を受け取ったルフィに怯えも不安も許されない。如何なる困難も乗り越えてみせると気合を入れ直し、少女はズレ始めた自分の希望する未来を土壇場で修正しに掛かる。

 

 無数の超“指銃”がミホークを四方八方から追い詰める。未来視の見聞色の覇気を併用した正確無比な変則軌道攻撃が、まるで生き物のように自由自在に動きながら敵へ襲い掛かる。

 

 少女の脳裏には、“夢”のルフィ少年と「将星シャーロット・カタクリ」との死闘の光景が浮かんでいた。

 

 未来視を持つ者同士の勝負では、通常戦闘以上に覇気を維持する強靭な精神力が重要となる。自身の秘密を知られたカタクリは動揺から覇気の制御を手放し、未来視に目覚める前のルフィ少年から幾度も攻撃を受けていた。つい先ほどミホーク相手に真逆の体験をした少女にとっては既に身に染みていることである。

 そして両雄の戦いの終盤。少年はその驚異的な成長速度で、何十年に亘り研鑽を続けたカタクリの見聞色の覇気を超越し、勝利を収めたのであった。

 

 未来の海賊王に相応しい、実に見事な逆転勝利。

 だが、それは言い換えれば、たとえどれほど平時の修行を重ねていようと相手の戦闘時での成長次第で、未来視の優位は幾らでも変化する、ということ。有象無象が相手であれば考慮にも値しない可能性だが、此度の敵はあのゾロが自身の一生を掛け目標とする大剣豪「鷹の目のミホーク」。侮れるはずがない。

 

 あのゾロが目指す相手だ。この戦いの最中に必ず自分の見る未来へ追い付いて来るだろう。

 だからその前に  

 

   倒してやるゥゥゥッッ!!」

 

「!!?」

 

 ルフィは気合を一層込め、追尾する百発百中の即死の連打を放ち続ける。その猛威は凄まじく、ミホークが幾度受け流せど軌道を修正し、正面から、背後から、右から、左から、頭上から、地中から、全方向より繰り返し彼の胴や頭部へ迫る。

 覇気の暴風で足場が一瞬で消失し、無数の被弾で体が抉られ続ける大剣豪が這う這うの体で逃亡を図るが、少女は決して得物を逃さない。

 

「ぐっ、ガアアアァァッ!!   ッまだだ、まだ足りん…ッ! より“先”をおれに見せろォォォッッ!!」

 

「くぅぅッアアアァァッ!! さっさと崩れなさいッッ、“鷹の目”ェェェッッ!!」

 

 繰り出される超速の超”指銃”の全方位集中砲火。

 だが少しずつ、少女の攻撃のズレが大きくなっている。ミホークの未来視が研ぎ澄まされ、更に進化しつつあるのだ。

 

   不味い。

 

 敵の予想以上のしぶとさ、そして成長速度にルフィは焦りを心に積もらせていく。

 

 思い返されるのは、最初にこの男に自慢の武装超硬化に罅を入れられた場面。

 三大将のように悪魔の実の能力が恐ろしいのではない。カタクリのように覇気が敵わないのではない。ビッグ・マムやカイドウのように身体強度が化物じみている訳でもない。

 ミホークの強さの本質は、一瞬にも満たない微かな隙すら見逃さない、異次元の戦闘本能。ほんの小さな動揺を狙われ、あっという間に崩される恐怖。あの衝撃的な一幕は、少女ルフィにとってもルフィ少年にとっても、生まれて初めての経験であった。

 

「くっ…仕方ない…っ!」

 

 相手の心理的消耗は十分ではないが、このままではこちらが揺らいでまた以前のような手痛い反撃を受けかねない。

 二度目を許してしまう前に、ルフィはここで勝負に出ることを決断する。

 

「“剃刀(カミソリ)”!!」

 

 連打攻撃を維持しつつ、少女は大きく空へ駆けあがる。

 放つは逃げ場のない地面へ向けた、大空襲宛らの超大技。

 

   ッッ!? なっ、何だこれは   ッいかん!!」

 

 絶え間ない攻撃に歪むミホークの渋面が、一瞬で青褪めた驚愕顔へ変貌する。

 即死の超“指銃”の嵐に晒されて尚、男には更なる未来を予見する余裕があると言うのか。既にそれほどの精度にまで成長している敵の未来視の見聞色の覇気にルフィの頬を冷や汗が伝う。

 だが、まだ男の更に先を見ていると己の力を信じる少女は、躊躇いなく大本命の大技を解き放った。

 

 ここに来て出し惜しみなど出来るはずがない。

 天賦の才を、長年に亘る祖父ガープの協力で幼い頃より磨き上げ、途轍もない覇気を得ていた少女ルフィ。そんな彼女でさえも使うことを躊躇うほどの、桁違いの覇気を消費する“女王蜂(クインビー)”シリーズ。一撃で大津波を爆ぜ飛ばす大技に、更に限界まで高めた未来視の見聞色の覇気を駆使し、事前に動作を決めることで初めて実現する圧倒的な連打を行う大技“ゴムゴムの蜂群密集陣(ハイヴスウォーム)”を合わせる。

 

 完成したのは、少女が持つ  最高最強の範囲攻撃だ。

 

 

「島ごと消し飛びなさいッッ!!  ”ゴムゴムの女王蜂群密集(クインビースウォーム)ッッ!!」

 

 

 “バスターコール”の一斉射にも等しい大爆風。

 東の海(イーストブルー)中に響き渡るほどの大轟音。

 

 海域全てを覆うほどの膨大な粉塵をまき散らし、文字通り山を一瞬で更地に変える武装超硬化の弾幕が、覇気の黒雷と共に、眼下の全てを消滅させる。

 

 

 

 ハンコックの作った巨大な岩島が  土煙ではあるが  元の雲に戻るかのような数十秒の大量破壊現象の後。

 

 僅かな岩礁を残し陸地の悉くが沈んだ絶海の中に、一つの小柄な人影が肩を大きく上下させながら立ち尽くしていた。

 

 

 

「ハァ……、ハァ……、……ッこんちくしょぉ…!」

 

 人影  「麦わらのルフィ」は荒い息を上げながら、立ち上る粉塵のベールの奥へ目を向ける。

 

 体から絶え間なく放たれていた狂猛な黒雷は、今や小さくパチ…、パチ…と思い出したように弾ける程度。纏っていた紅色の水蒸気はまるで冷めた湯飲みのように儚げで、かつての力強さはどこにもない。

 これほど覇気と体力を消耗したのはいつ以来か。四年前に祖父ガープ相手に初めて全力勝負で勝利を勝ち取ってから常に余裕を残す常勝の日々であった少女は、疲労に震える体を強く抱きしめる。

 

 その顔に浮かぶ感情は、焦燥。

 

 超大技を終えた疲労が霞むほどのソレを必死に落ち着かせながら、ルフィは残った小さな陸地を射殺さんばかりの鋭利な眼つきで睨みつける。

 

 

 見聞色の覇気が捉える他者の気配には様々な形があれど、その感知から逃れられる方法は存在しない。覇気とは万人が持つ意思の力であり、自我を持つ者がそれを隠すことは不可能だ。まして少女の覇気の練度は自身の類まれなる才覚と熱意も相まり前人未踏の領域にまで踏み込んでいる。

 

 そんなルフィが、たとえ煙に視界を封じられた程度で  

 

 

  まるで全智の…神の領域だな。お前が見ている、()()()()は……」

 

 

 あの「鷹の目のミホーク」ほどの強大な気配を見逃すはずがない。

 

 

 

 異界の、並行世界の収束。

 

 本来出会うはずのない二人の少年少女の魂が交差し、生まれた奇跡の少女モンキー・D・ルフィ。合わさった両者の力は時代の覇者に相応しい、間違う事無き”絶対強者”の領域へと至っていた。

 

 その”絶対”の全力全開の攻撃を受けて尚。

 バケツを被ったように血塗れな満身創痍の体で尚。

 最強の十二振りの黒刀”夜”を、波のように凹ませて尚。

 

 

 男は、確かにそこに立っていた。

 

 

「ハァ…ッ、ハァ…ッ、お前は…こんな世界を見ていたのか。まさしく“時代の申し子”…だな……」

 

 島一つを  それも海抜二千メートルを超す巨大な塔の如き岩の塊のほぼ全てを  水面から消し飛ばすほどの超大技を受け切った最強の大剣豪が、ふらつきながらも倒れることなく辺りを見渡している。

 

 その姿から、言動から、ルフィは男が遂に、自分の十年の練達と並んだことを察した。

 

 

「…ッ、上等よ…! これからが勝負ってワケね…っ!」

 

 悔しくない、と言えば嘘になる。

 それでもルフィは諦めない。なけなしではあるが、“ホーネットガール”を維持するだけの覇気は残っている。動揺で揺れていた未来視の見聞色の覇気も、両手の武装超硬化も、この短い休息で制御を取り戻せた。

 何より、仲間の信頼を受け取ったスーパールフィちゃんは絶対に負けないのだ。

 

 再度、この強敵を必ず倒すと覚悟を決める。

 少女船長は今一度両手と背に黒雷を纏い、血流の超加速と覇気で身体能力を跳ね上げながら、佇む強敵へ敵意を飛ばした。

 

 だが。

 

 

  おれの負けだ」

 

 

 “鷹の目”が呟いたその一言は、未来視で予見していながら、到底信じることの出来ない想定外の宣言であった。

 

「…こ、降参するの?」

 

 あまりの驚愕に思わずまた覇気の制御を手放してしまったルフィ。だがミホークは自身の言葉通り、隙だらけな少女へ己のベコベコになった大剣を振るうことはしなかった。

 

「……最初にお前の攻撃を肩に受けた時、この戦いはどちらかが倒れるまで続くと思った」

 

 男の言に少女は訝しげに眉を寄せる。

 

「何それ。私は全力で戦わないとあなたに負ける未来が見えたから、たとえゾロの目標でも倒す気で挑んだのよ? 私に倒されるならその程度の人だってことだし、あなたはそうじゃないって知ってるから、ここで勝負はつかないはずでしょう?」

 

「フッ、だろうな。…だがおれはこの力に目覚めてから、その名の通り……見える未来が変わったのだ」

 

 大剣豪は「こんなことは初めてだ」と僅かに戸惑うような素振りを見せながらも、どこか嬉しそうに声を弾ませる。

 

「…新たな世界には、新たな覇道があった。長年先の見えなかったおれの世界に、お前が新たな道を敷いていたのだ」

 

 そして、男の顔に悔しげな笑みが浮かぶ。

 

  今のおれの力では、今のお前を倒すには至らない」

 

 少女は息を呑む。

 覇気ではない。己の強者としての本能が、男の言わんとしていることを理解したがために。

 

 

「やっ  たあああっ!! ゾロの仇を取れたわあああっ!!」

 

 

 青息吐息の身体の一体どこにそんな体力が残っていたのか、少女が両腕をバンザイし勝鬨を大音量で叫び上げた。

 ぴょんぴょん跳ねて喜びを表現する麦わら娘。呆れるミホークは処置なしと言わんばかりにゆっくりと頭を振る。

 

 だが、ふと彼女から顔を逸らし遠方へ目を向けた彼は、それまでの微笑を曇らせ小さく肩を落とす。

 そして未だ気付かず呑気に勝利に酔う小娘に状況を把握するよう促した。

 

「…残念だが時間のようだ。覇気で南西の“声”を聞け」

 

「わーい  って、え? 南西?」

 

 素直に反応したルフィはそのまま言われた通り自分の背後へ視線を送る。

 

 直後、少女が嫌そうに歪めた顔でこちらへ向き直った。

 

 

「……なんか凄くめんどくさい人の気配を感じたんだけど。どうしてココにいるのよ…」

 

 発動から一瞬で他者の気配を捉える“麦わら”の優れた見聞色の覇気に感嘆しつつ、ミホークは不愉快そうに自身がやって来た海路へ目を向ける。

 

「何故嫌がる? …アレでも一応はお前の味方だろう。会議でセンゴクが命令違反だと怒り狂っていたぞ」

 

「そうなの? でも私もう十七歳で大人の仲間入りしたんだから、いつまでもベタベタされるのイヤぁ…」

 

 つい先ほどまで死闘を繰り広げていたはずの好敵手、「鷹の目のミホーク」と「麦わらのルフィ」。両者の間にはいつの間にか奇妙な一体感が醸し出され、何方ともなくこれから起きるであろう不本意な嵐に辟易し、溜息のデュエットを演奏した。

 

 

 だが、それも致し方無し。

 

 何故なら、二人が気配を感じ取り、共通して「めんどくさい人」と形容したその人物は、此度の『モンキー・D・ルフィ討伐作戦』には参加が許されていない上、完全なる私用でこの海域へ猪突猛進して来たのである。

 

 少女ルフィに仕事で遅れたお誕生日プレゼントを手渡そうと意気込む最中、可愛い可愛い孫娘の命を狙う王下七武海(海のクズども)の存在を知り、血走る眼で東の海(イーストブルー)を爆走する、海軍一の英雄にして、自由人  

 

 

 

「ルゥゥゥフィィィィちゃぁぁぁんッッ!! じぃぃぃいちゃんがたぁぁぁすけぇぇぇに来ぃぃぃたじょぉぉぉんッッ!!」

 

 

 

   爺バカ中将、モンキー・D・ガープが。

 

 

 

 

 




 

オリギア4“ホーネットガール”のルフィちゃんオリ技シリーズ紹介(大体スネイクマンのパクリ)


・ゴムゴムの雀蜂銃(ワスプガン)
基本技。猿王銃(コングガン)指銃(しがん)版。名前はそのままスズメバチ。

・ゴムゴムの誘導蜂弾(バンブルビー)
大蛇砲(カルヴァリン)指銃(しがん)版。名前はモフモフ蜂の英語から。追尾の掛け声はスネイクマンの“パイソン”ではなく蜂のラテン語英読みの“ヴェスパー”にした。

・ゴムゴムの蜂群密集陣(ハイヴスウォーム)
黒い蛇群(ブラックマンバ)指銃(しがん)版。名前はそのままハチの巣と群れの英語。

・ゴムゴムの女王大雀蜂(クインヴェスパー)
雀蜂銃(ワスプガン)の強化版。100m級巨大津波をぶっ飛ばせる威力。

・ゴムゴムの女王蜂群密集(クインビースウォーム)
女王大雀蜂(クインヴェスパー)を使った黒い蛇群(ブラックマンバ)。現段ルフィちゃん階最強技。

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