ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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4話 ”英雄”ガープ (挿絵注意)

『走り書きのほど、お許しください

 このたびは大切なご令孫をお預かりさせていただく格別な名誉を賜り、誠にありがたく存じます。大至急、たいへん厚かましくもお願い申し上げたいことがございまして、筆を取りました。

 先日11月17日にお友達のエースくんと裏山に遊びに出かけたきり、ルフィちゃんが翌朝になっても村に戻っておりません。村の皆さんやコルボ山のダダンさんにもご助力いただき必死に捜しておりますが、未だ見つからず、胸が張り裂ける思いにございます。こちらの監督不行き届きでこのような事態を招いてしまいまして、誠に面目次第もございません。

 エースくんのお話によると、村の北方のスラム街で大きな火災があり、ルフィちゃんは巻き込まれた人々を助けに向かわれたそうなのですが、その後行方知らずとなってしまったそうです。幼い子供を二人だけで危険な場所に行かせてしまった上、このようなことになってしまい、何から何まで言葉も無いほど申し訳ない気持ちでいっぱいにございます。本当に申し訳ございません。

 今後はスラム街の炎が激しい一角へ、誠に恐縮ながらも頼もしいダダンさんとお仲間の皆さんが共に向かってくださることになり、捜しの手をさらに広げることが叶いましたが、たいへん無念ながら未だ広い範囲が手付かずで人手が足りない次第にございます。

 つきましては、お忙しいなか誠に厚顔無恥で不躾ながら、どうかガープさんのお力添えをいただけないでしょうか。

 こちらの申し開きのしようもない緩怠が招いた凶事にございますが、恥を承知で伏して伏して切にお願い申し上げます。

 

かしこ 』

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・12年

凪の帯(カームベルト) 一等砲塔装甲艦『ブル・ハウンド号』船内

 

 

 

 世界のありとあらゆる秩序を司る『世界政府』。

 

 その権力を裏付ける幾つもの“力”の一つが、偉大なる航路(グランドライン)の『楽園』と『新世界』の境目に位置する三日月形の島『マリンフォード』を拠点とする、政府直属の治安維持組織  『海軍』である。

 

 世に冠する五つの海全てで強大な勢力を誇るこの組織は、軍を名乗るだけのことはあり、所属海兵全員に階級制度という明確な上下関係が存在する。

 下は雑用から頂点の海軍元帥まで実に19の階級に序列が明記されている彼ら海兵は、ある単純な秩序で以ってそれらの階級に振り分けられる。

 

 “腕っ節の強さ”という、この世で最も単純な上下関係で以って。

 

 

   カサリ。

 

 そんな大海賊時代を象徴する脳筋集団の中でも序列第3位に位置する脳筋中の脳筋、中将位を背負う一人の屈強な老将が、その風貌に似ても似つかない可愛らしい便箋に包まれた一枚の手紙に目を通していた。

 

 和室に改装された老人の執務室には冷え切った緑茶がお茶請けの醤油煎餅の隣でなみなみと残っている。

 微かに揺れるその水面に映る男の白い髭はヒクヒクと小刻みに震えていた。

 

 

「うおおおん!わしの可愛い可愛いルフィちゃああん!!じいちゃんがすぐ飛んでいくから無事で待っとれよおおおっ!!」

 

「…お気持ちはお察しいたしますが、流石に出航してから何度も同じことを聞かされている我が身としては、些か声量を下げていただきたく」

 

「なんじゃボガード!お前には孫がおらんから、わしの気持ちが理解出来んのよ!うおおおルフィちゃあああん!!」

 

 顔の穴という穴から汚い体液を放出する老将の情けない姿に苦言を呈したのは副官のボガード。

 

 海軍一の名声を誇るこの偉大な上司であるが、日常時における彼の振る舞いはその辺の子供と遜色ない、非常に幼稚で手のかかるものである。

 当然そのような男の副官ともなれば、並大抵の精神力と事務能力を持つ者ではない。

 

 飛び散る粘液から炬燵の上の書類を避難させ、副官の男はすました顔で冷めた湯飲みを淹れ替える。

 

「そうはおっしゃいますけどね、中将。ルフィちゃんは御年6歳で覇気に目覚めた神童だと、前のお手紙をお読みになられた後にご自分でそう自慢しておられたではないですか」

 

「マキノの文にそう書いてあっただけじゃ!“覇気”なぞという言葉をあの娘が知るはずもなかろう!あの忌々しい赤髪が悪戯に適当なこと言いおって二人を騙しとることも十分ありうるわい!!」

 

 ボガードは数ヶ月ほど前にこの上司が満面の笑顔で孫娘の天武の才について語ってきたときのことを思い出す。

 

 彼ら『ブル・ハウンド号』の船員たちが毎度世話になっているフーシャ村の酒屋の若き女店主から度々送られてくる老将の孫娘の近況報告。

 それらの中の一つに、ただの女の子だったはずの童女が突然村の湾の海食岸を殴って崩しただの、心を読まれているような錯覚に陥るだの、海軍将校なら何かと心当たりのある現象が彼女の周囲で多発していることを伝える手紙があったらしい。

 

 その日からの上司の狂喜乱舞っぷりは凄まじく、“ジジイ”と呼ぶ間柄である組織の最高位、元帥閣下と殴り合いになってでも職務を放棄し故郷の孫娘の下へと帰りたがる…などといったくだらない事件が海軍本部マリンフォードを連日連夜騒がせた。

 

 度々謹慎という名の幽閉や、偉大なる航路(グランドライン)前半の海賊退治という名の遠征で仕事に忙殺されていた老将だったが、此度の孫娘の危機に遂に怒りが爆発し、こうして帆船殺しの凪の帯(カームベルト)を海軍の最新技術が詰まった主力艦で爆走する許可をようやく勝ち取ったのであった。

 

 

「…昨日まであれほど自信満々に大将のお三方の前でお孫さんの武勇伝を語っておられたのに、こういうときだけ心配になるのはやはり祖父というものですか」

 

「当然じゃ!!じいちゃんが可愛い可愛い孫娘の心配をせずにどうする!?」

 

「いえ、見聞武装双色の覇気を使いこなす才女が東の海(イーストブルー)のただの火の海に飛び込んだ程度で危機的な状態になるとはとても…」

 

「ルフィちゃんはまだ7歳なんじゃぞ!?半年前のお誕生日のときも会いに行こうとしたらセンゴクのクソジジイに捕まって、泣く泣くプレゼントを郵便で送ったんじゃぞ!!?」

 

 プレゼント云々が今の話題と一体何の関係があるのかはボガードにはわからなかったが、確かに上司の言うとおり普通は7歳児の女の子が危険な地で行方不明になったことを不安に思うのは当然である。

 

 だがああも四六時中彼の孫娘の才能について聞かされていれば、手紙に書かれていた程度の事件で狼狽えるほうがおかしく思えてしまうのもまた事実。

 

 ボガードは騒々しい上司が最先端の無風航行技術に四苦八苦する部下の集中力を奪わぬように、さっさと落ち着かせることにした。

 

「ルフィちゃんは海軍中将の孫娘なのです。おまけに『ゴムゴムの実』の能力者。無事に決まってますよ。…それより艦のトップの慌てる姿が配下に伝わりますと動揺が広がります。最悪船足が落ちる可能性も  

 

「よしわかった!わし、黙るっ!!」

 

「…ご協力感謝いたします」

 

 いつも通りの話術で上司を誘導したボガードは粘液で汚れた炬燵を素早く拭き、書類を広げて執務を再開した。

 

 

 

 現在、彼ら海軍本部所属一等砲塔装甲艦『ブル・ハウンド号』が進んでいる海は『凪の帯』(カームベルト)と呼ばれている。

 

 その名の通り一切の風が吹かないこの異常な海域は偉大なる航路(グランドライン)を挟むように広がっており、海域を他の四海(ブルー)から縁の如く区切っている。

 また、この海には“海王類”と呼ばれる50メートル以上の巨体を誇る海獣たちが潜んでおり、縄張りに近付く船を決して生かして返さない。

 

 これらの超自然的要素は四海(ブルー)から偉大なる航路(グランドライン)へ直接航行することをほぼ不可能にしている。

 残る手段は凪の帯(カームベルト)と垂直に交わる陸の帯『赤い土の大陸』(レッドライン)のリヴァース・マウンテンを通過する、世にも不思議な登る運河を経由することのみ。

 

 故に偉大なる航路(グランドライン)と他の四海(ブルー)における交流は非常に少なく、世の様々な勢力はこの問題に常に頭を悩ませていた。

 

 

 その常識を一変させたのが、海の結晶と謳われる鉱物“海楼石”の応用技術の発展である。

 

 この鉱物は海と同じエネルギーを発することから、予ねてより悪魔の実の能力者を封じる数少ない手段の一つとして活用されてきた。

 だが近年新たに“海楼石”を艦底に接着することで水面と同化し、海の化物“海王類”の感知を逃れられる事実が確認された。

 

 これにより海軍ならびに世界政府は凪の帯(カームベルト)を安全に航行することが可能となり、他勢力との優位性を確固たるものにしている。

 

 

 目に入れても痛くないほどに可愛い孫娘に会いに、こうして老将が勤務する偉大なる航路(グランドライン)から故郷の東の海(イーストブルー)まで気軽に航行出来るのも、ひとえに彼が高度な技術を数多く持つ世界最強の勢力『海軍本部』に所属しているからである。

 

 是が非でも燃える不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)で怖い思いをしているであろう孫娘を誰よりも早く救出し、海軍に興味を持ってもらわねばならない。

 

 「おじいちゃんカッコいいっ!」と自分に抱きついてくる幼い少女の姿を幻視し、目尻の垂れ下がりきった気持ち悪い笑みを浮かべる孫バカジジイであった。

 

 

 

「……ん?何じゃ?」

 

 しばらくデレデレしていた孫バカジジイだったが、何かに気がついたのか突然浮ついた空気を掃い、窓の外へと目を向けた。

 

 上司の優れた動物的本能を誰よりもよく知る副官ボガードは、彼の反応に即座に立ち上がり、部下に戦闘配置につくよう指示を出す。

 

「中将、何事ですか?」

 

「いや…何かが空を飛んでこちらに向かって来ておるような……」

 

「空…?」

 

 副官が懐に常備していた望遠鏡を窓の外へ向け覗き込む。

 

「…本官には視認出来ません。中将はいかがですか?」

 

「う~む……黒…いや、赤…か?」

 

「赤…ですか?」

 

「赤い何かが……む、あれは人……いや、こど  

 

「人…?」

 

 何やらオウムのように返すだけのボガードであったが、直後彼が展開していた見聞色の覇気が途轍もない力を上司の視線の先の空の方角から感じ取った。

 

  なっ!?この巨大な覇気は…っ!!」

 

「ッ、いかん!甲板に衝突する!!」

 

 長年の海戦経験でモノの放物軌道を熟知している老将が真っ先に炬燵から這い出し、接近する物体が放つ覇気に気圧されていた副官を放置し執務室の扉へ走り出す。

 

 だが男が部屋から転がり出た瞬間、艦に大きな衝撃が走り緊急サイレンが鳴り響いた。

 

 

『敵襲~!敵襲~!』

 

「中将!直ちに総員起しおよび戦闘配置の指示を!」

 

「ぐおらあああ若造共おおおっ!!さっさと起きんかい、敵襲じゃあああっ!!」

 

 海の彼方まで届くと揶揄される老将の怒張声がサイレン以上の轟音で乗員に就寝中の班員共々、気合を叩き込む。

 凪の帯(カームベルト)における海戦は過去にほとんど例が無いが、それでも長年偉大なる航路(グランドライン)の異常気象や大海賊たちを相手取ってきた海軍屈指の猛者たち。

 不安を微塵も見せぬふてぶてしい顔で即座に戦闘準備を整えていく。

 

 

 何故なら彼らのトップこそ、あの高名なる“海軍の英雄”なのだから。

 

 

「ガープ中将!謎の飛行物体は前方甲板に衝突しました!」

 

「安心せい、わしが出る!凪の帯(カームベルト)で戦闘なんぞ始めとったらあっという間に海王類に群がられて一緒に海の餌じゃ!」

 

 見張り番の指揮を任せていた軍曹から報告を受けた老将はドスドスと足音を立てながら甲板へと続く鋼鉄の扉を弾くように開け放った。

 

 

 彼ら”ガープ部隊”が誇る主力艦『ブル・ハウンド号』。

 

 主に海兵たちの早朝の鍛錬に使用される一際頑丈な前方甲板が無残にも凹んでいる光景の中に、海軍本部中将モンキー・D・ガープは、信じられないものを目にした  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・12年

東の海(イーストブルー) ドーン島ゴア王国“不確かな物の終着駅”(グレイ・ターミナル)

 

 

 

 この世には人の理解を超えた存在や現象が無数にある。

 

 己の覇を成そうと海へ繰り出す者は、誰もがその揺ぎ無い事実と一度は対面する。

 そしてその“一度”が彼らにとっての“最後”となるのだ。

 

 故に、この世で大を成す強者は皆、数多の未知と出会い生き延びて来た選りすぐりの勇者たち。

 

 己の無知との付き合い方に長けている、生粋の冒険者なのだ。

 

 

 噴煙を上げる不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)にて油断無き眼で相対する小さな強敵を見つめる男、モンキー・D・ドラゴンもその一人である。

 

 

「知人のようだが…?」

 

 男は隣で眉を顰めながら眼前の童女を観察している巨漢の部下に問いかける。

 

 彼が出会った強者たちの中でも十指には入る、圧倒的な覇気。

 その風貌に似合わぬ高い戦術頭脳と、奇妙なまでにちぐはぐな強者らしからぬ隙の多い佇まい。

 

 そして何より、隣の友人の両手をしきりに警戒している愚直さ。

 

 間違いない。

 この正直な童女は、王下七武海バーソロミュー・くまと戦闘経験がある。

 

 

「…職業上恨みは数多く買っているが、流石にこれほどの覇気の持ち主と安易に敵対するほど自惚れてはいない」

 

 対する巨漢くまもドラゴンと同じく、この海で長年覇を成してきた強者の一角。

 

 たとえ腕の一振りで殺めてしまいそうなほどに脆弱な幼い少女の姿をした相手であっても、その心に油断は微塵も無い。

 

「…この島で出会う強者とすれば、孫娘に会いに立ち寄る英雄ガープか……後日に控えた天竜人行幸の予備視察に来る中将以下の海軍将校だと想定していたのだがな…」

 

「親父は老いた。油断さえしなければおれ一人でも十分勝機はあったはずだ……だがまさかこれほどの化物が天から降ってくるとは、世もわからんものだ」

 

 

 強者とは得てして、戦闘時の長話を好む連中である。

 

 自身の力をあえてひけらかし、相手の戦術を限定させる聡明な戦術知能を持つ者。

 同じ強者への礼儀として相手の実力を称賛する粋な者。

 はたまた単純に己に畏怖する敵の姿に快感を覚える嗜虐趣味的な者、など…

 

 ドラゴンもくまも口数の少ない人間だ。

 だが彼らには無駄話を用いてでも稼がねばならない時間があった。

 

 

「うぅ……どうしよう、勝てるかしら…?ビッグ・マムとかカタクリみたいな凄い覇気を幾つも感じたから飛んで来たけど、まさかあの“くま”がいたなんて  って、ちょっと!スラムのみんなが乗せられてる船が出港してるじゃないの!待ちなさいよ、あなたたちっ!!」

 

 何やらぶつぶつと一人呟いていた小さな化物がイワンコフが出航させた帆船に気付き、未熟な“六式”で二人の男を飛び越えようとする。

 

「あれはこのレベルの戦場では戦えぬ者たちだ、見逃してもらえると助かるな…っ!」

 

「っきゃあっ!?た、竜巻!?」

 

 “剃”紛いの高速移動術で空中から船へと向かおうとする化物少女。

 その脅威から仲間を逃がすため、ドラゴンは轟風を操り敵の動きを牽制する。

 

 小柄な体故か、未完成な“六式”故か。

 男の生んだ強烈な旋風に煽られた彼女は、スラムのゴミ山と一緒に一直線に山脈方面へと吹き飛んでいった。

 

 

「くぅ…っ!ま、負けないもんっ!!」

 

 空中で気合を入れ直した小さな化物が指に噛み付く奇妙な姿勢を取る。

 

 そして直後、その覇気が爆発的に高まった。

 

 

「“ギア・4”っ!!」

 

「…何だ?」

 

 技名らしき単語を呟いた怪物少女が凄まじい蒸気を発し、その小さな体を覆い隠す。

 

 些細な見逃しが勝敗を分ける強者同士の戦いにおいて、視覚という大きな情報源を容易く失わせるほど男たちは未熟ではない。

 

 即座に風を操り化物の姿を露出させたドラゴンは、蒸気の奥に  肥大化した両腕を“武装硬化”で塗り固めた異形の少女の姿を見た。

 

 

「よ、よかった…今度はちゃんと空気を腕だけに溜めれて服が無事だわ!これでマキノに怒られなくて済むわね!  さぁて、これからよ…くま!“バウンドマン”っ!!」

 

「ほう、”超人系”(パラミシア)の能力者か…!来るぞ、くま!」

 

「無論!」

 

 異形の少女の暴力的な笑みに危険を感じたドラゴンが、回避行動に移る友人の時間を稼ぐために正面に風の壁を創造する。

 

 だが目の前の小柄な化物が放った一撃は、想像を絶する軌道で男の側頭部へと直撃した。

 

「ゴムゴムのぉ~大蛇砲(カルヴァリン)っ!!」

 

「何だと!?」

 

 怪物少女のゴムのように伸びた腕が、まるで無数の関節を持つかのように自在に折れ曲がり、能力で体を弾かせてまで回避に専念した友人に重たい一撃を喰らわせた。

 

 攻撃手段自体は特筆するほど変則的ではない、素直な打撃だ。

 ゴムにまつわる能力というタネをバラせば幾らでも対策は取れる。

 

 だが、優れた見聞色の覇気に加え、能力まで用いて回避行動を取ったくまを狙い打った事実は、他の何よりも驚愕に値する。

 

 

 見聞色の覇気で相手の心を読み攻撃を予測するとき、覇気は武装色同様、より優れた力を持つ者が下位の相手を上回る。

 

 しかし仮にこの化物少女がくま以上の見聞色の覇気を操れたとしても、先ほどの彼は悪魔の実の能力で回避能力を底上げしていた。

 “六式”などという、『新世界』ではある意味普遍的な超人的体術を駆使した高速移動など足元にも及ばない性能を発揮出来るのが、彼の『ニキュニキュの実』の能力である。

 

 それほどの実力をもつこの巨漢を超越出来る理由など、同じく悪魔の実の能力くらいのもの。

 

 そうでないのであれば  そのような特異な力は、この世にあと一つしかない。

 

 

  “未来視”の見聞色……使い手が全世界に片手で数えるほどしか居ないとされる、覇気使いの一つの頂点…」

 

 

 覇道を進む全ての猛者たちが最後に集う『新世界』。

 その偉大なる航路(グランドライン)最後の海を支配する『四皇』であっても喉から手が出るほど欲しがる、究極の力の一つ。

 

 注視する光景の少し先の未来が見えてしまうこの稀有な担い手たちは皆、その戦闘力の高さと危険性から世界政府により、実に10億ベリーという桁外れの懸賞金を掛けられる。

 

 

 ()に恐ろしきはこの幼き少女。

 

 見聞武装双色の覇気で、王下七武海の中でも屈指の強さを持つこの巨漢を上回り、殴り飛ばせる驚異的な戦闘力。

 その実力に相応しい金額は、世紀の大罪人ドラゴンを以ってしても10億で足りるか否かの判断が付かないほど法外なものに思えた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…立てるか、くま?」

 

「ぐ…っ、随分久しぶりにマトモな痛みを感じたものだ」

 

 ボスの安否確認に軽口で返したのは口から血を流す“暴君”バーソロミュー・くま。

 

 王下七武海加盟前の彼の懸賞金は3億未満であったが、この男の実力はその程度のものではない。

 海軍の最高戦力『海軍大将』さえもが強く警戒する“暴君”を一撃で屠るなど、彼の『四皇』たちであっても不可能だ。

 

 ましては最弱の海と卑下されるここ東の海(イーストブルー)に突然現れた小さな幼女の前に膝を突くなど、男の強者としての誇りが許さない。

 

 

「ふんっ、そりゃ流石に一発じゃ終らないとは思ってたけどっ!前とは違うってトコ、少しはわかってくれたかしらっ!?」

 

 即座に立ち上がり臨戦態勢を整えるくまの姿が癇に障ったのか、怪物童女がその風貌に相応しい子供じみた態度でぷりぷりと怒りを露にする。

 

「…生憎お前とはここで初めて会う。これほどの覇気の持ち主を忘れるほど、おれは馬鹿でも愚かでもない」

 

「へぇ……つまりこの、この私を忘れたのね…っ!信じられない!あんなに酷いコトしといて忘れるだなんてっ!おまけに今度はスラムのみんなを連れ去  って、ん?あら?“今度”…?」

 

 

 意味不明な狂言を続ける童女が突然、きょとんとした顔で殺気を解いた。

 

 強者同士の戦いでその一瞬の隙を逃す愚か者は生き残れない。

 ようやく訪れた好機をモノにせんと、二人の男たちの大技が幼い少女に放たれた。

 

「くま、おれの風を使え!」

 

「了解した…!」

 

 ドラゴンの生み出した風圧を用い一瞬で必殺技の準備を整えたくまが、不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)の大半を吹き飛ばす巨大な衝撃波を放つ。

 

 

熊の衝撃(ウルススショック)!!」

 

 

 巨人族の強者すら葬り去る絶大な威力を誇るこの技こそ、王下七武海たる男の正真正銘の全力の一撃である。

 

「ッ!?この技は  

 

 対する幼女の姿をした化物もその小さな両脚を噴進口のように太ももにめり込ませ、肉体のゴムらしき弾力を用いて空を蹴った。

 

 辺り一面が巨大なクレーターと化すほど強力な衝撃がスラムを跡形もなく消し去り、周囲の木々や王国を囲む城壁が余波で軋み悲鳴を上げる。

 

「くっううう~…っ!!  ッふぁっ、ハァ…ハァ…な、何とか間に合った…っ!」

 

 “六式”奥義の一つ“月歩”にも似た空中移動術で衝撃圏内を即座に脱出した童女は、再度大きく男たちを迂回し外洋へと逃亡する彼らの仲間のガレオン船を追いかける。

 

「そうよ……“くま”と戦ったのは私じゃなくて“ルフィ”のほうじゃない…っ!何やってんのよ、私!バカなの!?うん、バカだったわ!!」

 

 だがそれを許す革命家たちの上層部ではない。

 

「でもこっちの“くま”もスラムのみんなを連れ去る悪いヤツよね…?それに随分本気みたいだから“前”のときと変わらず強そうだし……やっぱり先にあの船を止めたほうが  って、ひゃああっ!?」

 

「弱者を狙うは戦の定石だが、目の前の強者から注意を逸らすは何よりの悪手だぞ…!」

 

「つっぱり圧力砲(パッドほう)!!」

 

 ドラゴンの暴風の補助で速度を激増させ不規則に乱れ飛ぶ無数の肉球形の気圧弾が、幼い少女に殺到する。

 

「くぅっ…ッこのおおおっ!!」

 

「ッ!!やはり“未来視”の  

 

 放った両者すら感知出来ない気圧弾の軌道を全て察知し回避する唯一の手段は、ドラゴンが警戒する通り、未来を見通す力のみ。

 

 その恐るべき覇気に戦慄する男たちであったが、宙を舞う少女がその異形の両腕を二の腕までめり込ませる仕草に大技の気配を感じ取り、警戒を強める。

 

「これでも喰らえええっ!!ゴムゴムのぉ~猿王群鴉砲(コングオルガン)!!」

 

「!!?」

 

 直後、少女の腕が分裂した。

 

 神速の速さで幾つもの黒鉄色の小さな拳がドラゴンとくまに迫る。

 それらが内包する破壊力はどれも先ほどこの巨漢を殴り飛ばした一撃にも勝るほど。

 

 だが、それはくまにとっては垂涎ものの獲物であった。

 

「…何故かは知らんが、おれの能力を熟知しているのなら、その技は愚策だぞ…!」

 

 全ての現象を弾き返す究極の反射能力、『ニキュニキュの実』の能力。

 愚直な広範囲攻撃など彼の反撃の的を増やすようなものだ。

 

 勝利を確信したくまは、少女の慌てる表情を確認しようとその顔を注視し  真逆の獰猛な笑みを見た。

 

 

「しししっ!本命はこっちよ!ゴムゴムの六連大蛇砲(ギドラカルヴァリン)っ!!」

 

  ッ!?ゴガァッ!!?」

 

「くま!?」

 

 男の能力を司る両手の肉球に少女の拳が触れる直前、その六つの腕が突如折れ曲がり、四方八方から彼の巨体に襲い掛かった。

 

 先の大技“猿王群鴉砲”(コングオルガン)に武装硬化の強弱を調整することで生み出す擬似関節を付与し、最初の不規則な一撃“大蛇砲”(カルヴァリン)の特徴を持った攻撃へと変更させる。

 それが少女の放った必殺の大技“六連大蛇砲”(ギドラカルヴァリン)である。

 

 当然、ゴムらしき悪魔の実の能力に“肉体の分裂”などという特性は無い。

 “猿王群鴉砲”(コングオルガン)はゴムの伸縮性を用いた連打攻撃だ。

 その凄まじい速度がまるで腕が増えたかのような錯覚を起こしたのである。

 

 だが、その超高速で繰り返す腕の伸縮の上に、更に無数の擬似関節を用いたジグザグ軌道を付与することは、人間の神経の反応限界上不可能である。

 

 それこそ、成し遂げるには未来でも見通し放つ攻撃の軌道を事前に設定しなくてはならないほどに。

 

 

「むぅ…“六連”とかカッコつけたけど、成功したのは半分くらいね……これじゃあダブル大蛇砲(カルヴァリン)とほとんど変わらないじゃない…」

 

 少女の小さな呟きが風に乗り、ドラゴンの耳に届く。

 

 未来を視認し、くまの挙動の全てを事前に把握されている以上、どのような手を使っても先回りされてしまう。

 たとえ2対1という数的有利を確保していても、こちらが無数の手を使い王手を取る前に、網の目を潜るような精密な動きで逃げられる。

 

 見聞色の覇気の一つの頂点である“未来視の見聞色”とはそれほどまでに恐ろしいものだと、初めて実物を目の当たりにした二人の男たちは、本日何度目かも定かでは無い、敵戦力の上方修正を行った。

 

 

「くまは……流石にそう容易く起き上がれないか。……致し方ない」

 

 自分に言い聞かせるような男の声が、その堅い口から零れ落ちる。

 

 

 風を操る刺青の男ドラゴンはこのとき、初めて眼前の敵に向かって殺気を放った。

 

 

「!!?」

 

 幼い少女はぎょっとした表情で刺青の風使いに己の全てを持って警戒する。

 今まで相方のサポートしかして来なかった四皇級の覇気の持ち主が、ようやくその真の実力を露にしたのだ。

 

「悪魔の実の能力。くまの防御すら貫く頑強な武装硬化。未来を見通す最強の見聞色の覇気。そして、それら全てを用いて組み立てる高度な戦術の数々……」

 

「な、何よあなた…っ!そっ、そんな怖い目してもわ、私怖くないもんっ!!」

 

 少女が強がりながら己を奮い立たせようと気合を入れる。

 

 だが流石に彼女は未だ年端も行かぬ幼い女の子。

 ドラゴンには想像も付かぬことだが、この童女が先ほど見せたその絶大な力を得たのは信じられないことに、僅か半年前である。

 その原因たる、ある特殊な世界の中で数多くの実戦経験を積んでいる彼女だが、生身の、自分自身の肉体を使った正真正銘の実戦でこれほどの強者と相対したことは過去一度たりとも無い。

 

 故に此度の戦いこそが、この無垢な幼女にとっての初陣だったのだ。

 

 

「まさに神童と謳われるべき時代の祝福よ。あれの暮らすこの島でお前のような存在が現れるとは、これも風雲児の運命か…」

 

「な、何言ってるのよ…?“あれ”って誰?“運命”ってどういうこと?……あなた、もしかして  私の“夢”のことを知ってるの…?」

 

 時代の麒麟児たる娘の運命を知る父ドラゴンは、目の前の童女を感慨深げに見つめる。

 

 今年で7歳になるフーシャ村の幼い娘とそう変わらない外見年齢のこの人外少女が近い将来、もしくは既に我が子ルフィと何かしらの形で関わりを持つことは最早疑いの余地も無い。

 

 ここで自分がこの童女を害することが我が子の運命に与える影響の大きさを考慮したドラゴンは、僅かな思考の末に、己が表に立たないことを決断した。

 

 

「神童よ。いずれこの地に戻れたのなら、東の峠を越えてみろ。お前の夢とやらはそこに住む一人の童女の下へと導くだろう」

 

「なっ、ど、どういう  

 

 男はその問いには答えず、ただ無言で微笑を浮かべた。

 

   己の心強い部下が下す、王手を称賛するために。

 

 

 

  旅行するなら、どこに行きたい?」

 

 

 

 

 その無機質な声色に今度こそ、少女の顔から全ての余裕が消え去った。

 

 

「!!?くっ、しまっ  

 

 

 ぱっ…という小さな音と共に、幼い女の子の姿が掻き消える。

 

 

 ドラゴンの殺気を警戒しすぎた少女は、既に大きな傷を負わせたもう一人の強敵に見聞色の覇気を割く余裕はなかったのだ。

 

 その致命的な隙を見逃すほど、王下七武海“暴君”バーソロミュー・くまは無能ではない。

 

 

 

「やったか…?」

 

「…ふっ、くくく…」

 

 三日三晩の空中旅行を楽しんでいるであろう童女の状況を少しだけ哀れに思いながら、完全に戦闘態勢を解いたドラゴンに、巨漢の男が珍しく笑い声を上げる。

 

「ほう……あの神童の頭に触れて、何か面白いものでも“見えた”か?」

 

「…くっくく……ああ、これほど愉快なものを”見た”のはいつ以来か…くくく…」

 

 肩まで小刻みに震わせ始めた痣だらけの大男の意外すぎる姿に、刺青の風使いは何やら形容し難い感情を覚える。 

 

「くまが笑うほどか……あれほどの強者が救いを求めた相手だ。興味が尽きんな」

 

 この部下は優れた見聞色の覇気で相手の心を見通すことに長けている。

 直接相手の体に触れることで読み取った、この寡黙な男が笑いをこらえ切れないほど興味深い童女の心象風景がドラゴンは気になった。

 

 

 くまは冷静沈着な人物である。

 

 正体不明の強者と遭遇した際、彼が真っ先に取る行動は相手の力の分析でも、その命を奪おうと攻撃を仕掛けることでもない。

 

 それはその強者が周囲に与える影響を見定める、相手の人間関係に関する情報収集である。

 

 

「…さてな。だがボスなら直にわかるだろう」

 

 故に男が己の能力で強者を遠方へ弾き飛ばす際に、彼がその目的地に好むのは   

 

 

 

「…………待て、まさか  

 

 

 

   強者が最後に思い浮かべた、救いを求めた”味方”の下である。

 

 

 

 

「…英雄ガープの孫娘とは  随分物騒な親子再会もあったものだな、ドラゴン。くくく…」

 

 

 

 

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