ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

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5話 祖父の決意

大海賊時代・13年

東の海(イーストブルー) ドーン島ゴア王国フーシャ村

 

 

 

 翌週。

 フーシャ村の港には、かの海軍の英雄ガープ老が満面の笑みで部下たちと共に訪れていた。

 

 実はこの老将、此度の天竜人のゴア王国行幸ご一行( )に自分の軍艦ごと参加しており、“天竜人の護衛”( )という大義名分を持って海軍本部での執務を放棄してまでフーシャ村の孫娘に会いに来ていた。

 当然彼の上司は自身の異名に反して激怒し、色々と破天荒な英雄中将が貴人の逆鱗に触れぬよう胃を痛めながら天に祈っていた。

 

 

 そんな問題児々(ジジィ)ガープ中将が此度、気に入らぬ天竜人の護衛を買って出てまで幼い少女の暮らすこの村へ足を運んだのは、先週に海軍本部マリンフォードの寝室の窓を割らんばかりの勢いで届けられた、愛しの孫娘の危機を知らせる手紙が原因であった。

 

 

 『孫娘ルフィ、人助けに火災の中に飛び込んだきり、行方不明』。

 

 

 幼い彼女を溺愛する爺バカがすっ飛んでくるのも当然のこと。

 

 だが、『ドンキホーテ一族』の遺児による新種の悪魔の実のオークション会場での大虐殺、ジェルマ王国( )残党による東の海(イーストブルー)侵攻、聖地マリージョアの奴隷解放者『“タイヨウ海賊団”船長フィッシャー・タイガー』の死に伴う魚人たちの暴動など、猫の手も借りたいほど多忙な海軍において“世紀の大英雄”( )たるガープを遊ばせておく余裕などあるわけも無い。

 

 そんな軍部内の事情を知る老将(の副官)は素早く知恵を回し、丁度当日発動される東の海(イーストブルー)にある少女が暮らすドーン島に関わる任務に便乗することで、自身の願いを叶える体のいい言い訳を作ったのだ。

 

 

 それこそが“ジャルマック聖ゴア王国行幸の護衛任務”( )である。

 

 まさかあの自他共に認める天竜人嫌いのガープが行幸護衛に参加したいなどと言い出すとは露ほどにも思わず、上司センゴク元帥( )も気付かぬ内に許可欄に己の名を書いてしまったのだ。

 平然と本部を発ち朝霧の奥へと消えていくガープの軍艦『ブル・ハウンド号』( )の艦影目掛けて、彼がしきりに「手違いだ」と電伝虫で本部帰還命令を送り続けたのも仕方のないことだろう。

 

 

 もっとも、このときゴア王国を訪れた天竜人は密かな隠れ海戦好きのミーハーであり、あの英雄ガープが珍しく護衛を買って出てきたことに終止上機嫌で行幸を終えることとなったため、上司センゴク元帥( )の心配は杞憂で終った。

 某童女の“夢”でサボを砲撃するほどの外道であっても、歴戦の英雄の前では無垢な少年の心が滾るということだろう。

 

 

 

「ルフィ!ったく、心配かけさせやがて…っ!!」

 

「ルフィっ!!よかっだ…っ!!ホンドによがっだぁぁぁぅあああん…っ!!」

 

「ただいまマキノ、エース、村のみんなも!…って、何泣いてんのよマキノ。鼻水汚いわね、おじいちゃんみたい」

 

「てめェ散々迷惑かけといて第一声がそれかよ!!?マキノさんお前から連絡来るまで死んだ亡霊みたいだったんだからな!!」

 

 謎の空中旅行で祖父の海軍艦船に世話になっていた孫娘が村人たちにもみくちゃにされる様をにこやかに見つめていたガープは、ふと長年の懸念だった“友人”の息子エースが自然と村に溶け込めていることに気が付く。

 その顔に以前の手負いの獣のような警戒心は無く、世界を憎み続けていた哀れな少年とは思えないほど、幸せそうな笑顔があった。

 

(村人たちと共にルフィの捜索にあたって、心の壁が掃われたか…)

 

 男故ルフィのようにメロメロに溺愛こそしていないが、老将にとってはエースも掛け替えのない孫である。

 何かと心配していたこの少年も、ほんの半年足らずで随分と凛々しくなったように思えるのは身内の目のせいだけではないだろう。

 

 特に感じる覇気が、かつてとは桁外れに跳ね上がっている。

 

(これも全てマキノの手紙にあった、ルフィの特訓とやらの成果か…)

 

 ガープは未だ痛みの残る己の腹部を摩りながら、数日前のあの出来事を思い出した。

 

 

 

 

 

『うおおおん!!わしの愛しい愛しいルフィちゃあああん!!』

 

『きゃああああっ!?汚い汚いあっち行ってぇっ!!』

 

 

 孫娘を救いに船を出した爺バカ中将であったが、彼は出航して僅か半日で念願の人物との再会を果たしていた。

 

 童女が突然、文字通り、天から降ってきたのである。

 

 奇妙な形に凹んでいる甲板に上がったガープが目にしたのは、目を白黒させながら周囲を見渡す、己の愛して止まない孫娘の姿。

 

 何故ここにいる、という疑問はあれど、そこは愛が勝ったおじいちゃん。

 煤に塗れボロボロに破けた赤いワンピースを身に纏う、哀れな幼女に抱きつき号泣する海軍の英雄の感動的な姿がガープ部隊旗艦の甲板を賑やかした。

 

 だが祖父が祖父なら、孫もまた孫な問題児。

 

 豪腕に捕まったまま、汗に涙に鼻水、涎と誰もが嫌がる体液を体中に塗りたくられた彼女は猛烈に抵抗し、咄嗟に全力で苦手な祖父を凪の帯(カームベルト)の遥か遠方へと殴り飛ばしてしまったのだ。

 

 

 そこから先の話は誰もが語らずにはいられない。

 

 少女の落下時における船の衝撃が伝わったのか、はたまた彼女の容赦なく放たれる覇気に刺激されたか。

 水平線の向こうへと消えていく海軍中将に代わって現れたのは、海を支配する無数の“海王類”たち。

 

 だがその絶体絶命の窮地に、事態を引き起こした幼い女の子が立ち向かい、何かの鬱憤を晴らすかのように大暴れ。

 近付く巨大海獣たちを相手にちぎっては投げの血祭りを開催し、凪の帯(カームベルト)に広まる死臭が更なる化物たちを引き寄せる大混乱を引き起こした。

 

 あまりの大惨事に“ガープ部隊”の面々は凄惨な弱肉強食の戦いを演出するモンスターたちの姿をただただ茫然と見守ることしか出来なかった。

 

 

 とはいえ、流石は英雄ガープと共に歩む歴戦の(つわもの)共。

 

 はたと我に返った副官の指示でさっさと海域離脱の準備を整え、水面に散らばる肉塊に海の化物たちが群がった隙に全速前進。

 海獣たちが起こした荒れ狂う大波を澄ました顔で乗り越え、死傷者一人出すことなく見事最初の目的地東の海(イーストブルー)へと逃げ延びたのである。

 

 

 

 

 何事もなかったかのように翌日、“海王類”を従えながら船へ戻っていた老将は、未だ痛む殴られた腹部を摩りながら、皆に叱られしょんぼりしている孫娘の姿を注視する。

 

(あれほどの武装硬化…最早才能という言葉では到底足りぬ)

 

 覇気とは本来全ての人間が持つ力であるが、実際にそれを戦闘に応用出来るほど練り上げられるのは卓越した素質を持つ人物に限る。

 その武装色の覇気の極意である“武装硬化”は、天武の才を持つ者が何度も極限の状態に置かれてようやく花開く、極めて難易度の高い技術なのだ。

 

 間違っても、半年前までその辺の森や谷にピクニックに行くにも「暗いの怖い」などと女々しいことを言っていた6歳児の女の子が持てる力ではない。

 

 

(いや、確かに生まれながらに身体が武装硬化に包まれていた者や、他者の心の声を聞けるほどの見聞色の覇気を持つ者も、いないことは無いが…)

 

 歴戦の老将はそういった特別な子供たちの噂を思い出す。

 

 この英雄ガープの孫なのだ。

 覇気の素質はあるだろうと確信していたが、生まれたころのルフィはそのような特別な体質は無かったはずだ。

 

 それがまさか、こんな脈略もなく目覚めるなど誰が想像出来るというのか。

 

 

(…面白い)

 

 にいぃぃっと獰猛な笑みが皺だらけの顔に浮かぶ。

 

 可愛い孫娘を愛する一人のお爺ちゃんであっても、その根っこにある闘争本能は健在だ。

 

 この自分の孫が、突如覇気に目覚めたのである。

 それは現時点で既に海軍本部中将の、自分と同じ地位に就くために必要な素質を持つということ。

 

 おまけに先日見せた、”海王類”を手玉に取るほどの圧倒的な戦闘力。

 伝説の海兵と謳われるガープさえも、今の老いた自分にあれほどの大立ち回りを演じきれるかどうかはわからなかった。

 

 女の身に生まれたことでそちらの道に進ませるのは半ば諦めていたが、愛しい孫娘は性別の壁などゴミにも等しいと平気で叩き壊して前に進んだのだ。

 

 祖父として、正義を掲げる一海兵として、これほど嬉しいことがあるだろうか。

 

 

(決めたぞルフィちゃん、お前を必ず最年少にして史上初の女大将の地位に就かせて見せる…っ!)

 

 

 計画を変更する。

 油断していたとはいえ、僅か7歳の女の子に膝を突かされた海軍の英雄は決断した。

 

 これまでガープは幼少期の自分と同じ環境に少年少女を放り込む事で子供たちを鍛えてきた。

 自分と同じ環境にいれば自分のように強くなる…という呆れるほど短絡的な理論、いや暴論に基づいた教育方針である。

 

 だが老将は同時にそれだけでは自分以下の強者にしか育たないと、これもまた呆れるほど直線的な持論に至っていた。

 

 よって将来性たっぷりの孫娘ルフィに“英雄ガープ”という壁を越えさせるべく、自分が知る最高の戦闘技術を伝授しようと考えた。

 

 

 海軍式特殊戦闘体術“六式”( )

 

 

 常人を悪魔の実の能力者と同等の戦力に引き上げる、海軍が誇る超人的格闘術である。

 

 実戦経験によって磨き上げられる“武装色の覇気”( )とはことなり、“六式”の行使には身体運用のブレイクスルーが必要だ。

 逆説的に言えば、理論さえ理解出来れば後は然るべき訓練を受けるだけでよく、修得のハードルは“武装硬化”( )などより遥かに下がる。

 

 

 そして、それを伝授出来るお誂え向きの人材がここに  

 

 

 

「ガープ中将、こちらにいらしたのですか」

 

「おお、やっと来おったわ!天竜人のバカの相手は疲れるからのぉ、ぶわっはっは!」

 

 突然後ろからかけられた声に驚くことなく、老将は振り向き酒屋の入り口を潜って来たそのモヒカン頭の人物を歓迎した。

 

 

 海軍本部少将『モモンガ』。

 

 かつて全盛期のガープの下で一海兵として活躍し、上司と共にあの海賊王を何度も追い詰めた歴戦の猛者である。

 昔の上司である彼を探してフーシャ村までやってきたこの男は現在、ゴア王国行幸中の天竜人の護衛の任を受けここドーン島へ訪れていた。

 

 中将昇進間近と噂されるこの男は、事実此度の天竜人護衛任務成功の暁には隣の英雄殿と同じ階級へと出世することが決まっている。

 

 己の栄光のためにも、胸糞悪い世界貴族の横暴にだって耐えてみせようと気合を入れて望んだ任務。

 その途中に突然自分の艦の後ろにブルドッグを象った艦首を持つ海軍主力の一等砲塔装甲艦が現れたと思えば、直後電伝虫から「便乗させろ」( )と聞き知ったしゃがれ声が耳に飛び込んできた少将の胸中の動揺はいかほどのものか。

 

 文句一つ言わずに目の前の上司に笑顔で応じることの出来るモモンガ次期中将は間違いなく、優れた人格者である。

 

 

 そんな人格者であり”六式”の扱いにも長ける彼なら必ずや孫娘の良い教官となるだろう。

 そう彼に期待する、はた迷惑な英雄ガープであった。

 

 もっとも、将来孫娘が海軍へ入隊したときに彼女の味方になってくれそうな彼を選ぶ辺り、こういった根回しも抜かりないのが、ガープが問題児と言われようとも部下に愛され続けている所以である。

 

 

「ほれ、ルフィちゃん。こやつがお前に六式を教えるモモンガじゃ!よく学ぶんじゃぞ!」

 

「…やはりその凄まじい覇気の女の子がガープ中将の噂のお孫さんですかな?こんにちはお嬢さん、モモンガです」

 

 ルフィ捜索時の武勇伝をネタに勝手に騒ぎ出すエースや村人たちから放置された幼い孫娘に、二人の海軍将校が話しかける。

 

「うん、こんにちは!わたしはルフィと申します!」

 

 親・爺世代に効果抜群の愛らしい挨拶。

 

 放っておくとどんどん野ザル化する少女を放置出来なかった酒屋の若き女主人マキノの教育の成果である。

 中年老人二人は彼女に盛大な拍手を送らねばなるまい。

 

「これはこれは、ご丁寧に。利発そうなお孫さんですな。…しかしガープ中将、その六式の話は既に電伝虫でお断りいたしたはずですぞ」

 

 どうやら彼もコルボ山の山賊ダダン一味同様、未だにガープに振り回されているようだ。

 

「何じゃ水臭いのお。ちょっとくらい良いではないか、ケチ臭いヤツじゃ」

 

「任務中ですので。それよりジャルマック聖がガープさんをお呼びです。ロジャーを相手取った英雄譚をご所望のご様子」

 

 まるでモモンガが特別立派な人間に見えてしまうようなやり取りだが、彼は経歴戦力人格全てにおいて実に普遍的な海軍将校である。

 この爺バカと同列に扱われるのは彼も色々と不愉快であろう。尊敬はしているが。

 

「え~ヤじゃ~」

 

「…では先ほどこの村の近海で見かけた海獣の対処に時間が取られて遅くなったと報告しておきましょう。であれば  

 

 そう言いながらモモンガは幼い少女の方へ向き、厳つい髭に隠れた口の両端を小さく持ち上げた。

 

  ルフィ女史の特訓の時間も作れましょうぞ」

 

 

 好き勝手ばかりする天竜人の相手をし続けて内心苛立っていた彼は、意外にもガープのこの頼みごとに乗り気を見せる。

 

 長年の付き合いで老将の人となりを理解しているモモンガは、駄々を捏ねられて時間を無駄にするより形だけでも頷いて見せるほうが手っ取り早く彼を動かせると知っている。

 

 否定より肯定、そしてその代償にこちらの要望を飲ませる。

 伊達に少将の任についているわけではないのだ。

 

 それに  将来の海軍を背負って立つ才女に技の一つや二つを授けることの方が、あのバカ共を相手にするより遥かに有意義だ。

 

 既にガープがごねることを見越してゴア王国に待機している彼の副官へ引継ぎは済ませてある。

 仕事上手な将官は仕事の合間に効率良く“息抜き”を入れるのだ。

 

「おお、流石は主席“六式”使いじゃ、ぶわっはっは!」

 

「いつの話のことやら。とっくにCP(サイファー・ポール)の黄金世代に抜かれております」

 

 

 

 なお肝心のその才女とやらは将来、海軍本部の門戸を叩き壊す悪となる予定である。

 

 そのことを知る者はこの場に二人のみ。

 口の堅いマキノと、昼間から村民たちの手で酒に酔い潰されている兄貴分エースだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・13年

東の海(イーストブルー) ドーン島コルボ山

 

 

 

「さて、六式を学ぶ…ということだったな」

 

「うんっ!よろしくおねがいします!」

 

 元気いっぱいに返事をする愛らしい7歳の女の子、ルフィ。

 

 強敵との邂逅が皆無なコルボ山から出られない彼女は現在、成長の機会に恵まれず停滞していた。

 

 猛獣たちは皆自分と兄貴分の傘下となり、その兄貴分エースもまた数ヶ月の鍛錬という名の引き篭もり生活で見聞武装双色の覇気を身につけられるような非常識な現象には当然恵まれなかった。

 唯一、先天的に有していた”王の素質”は目覚めたが、これは鍛えることが非常に難しい覇気であり、ルフィにはどうしようもないものである。

 

 

 “夢”のルフィ少年と仲間たちをバラバラに引き裂いた憎き『七武海』や、その上司らしき刺青の風使いに敗北した幼い少女の焦燥は相当のもの。

 今の自分と“夢”のルフィ少年との間にある12年という時間の差は、未だ7歳の少女の頭の中には存在しないのだ。

 

 大好物の山盛りサラダよりあの暴力ジジイが恋しくなり始めたときに、突然の強者との遭遇。

 

 そして彼の巨漢くま等に敗れ飛ばされた先にいたのが、自分を強くしてくれる祖父ガープであった。

 

 おまけにあの強敵『CP9(サイファー・ポール・ナンバーナイン)ロブ・ルッチ』や頂上決戦の海軍将校たちが使っていた技を伝授してくれる人物、モモンガ少将の登場である。

 

 

 たとえ気に食わない海兵だろうと、自分の力を高めてくれる人間は祖父を除けば皆イイ人だ。

 ルフィは今、甘露滴る新鮮なレタスを前にしたかのようなキラキラ輝く双眸をこのモヒカン男に向けていた。

 

「フッ、そう期待の籠った目を向けられては励まねばならぬな。見たまえルフィよ、これが“月歩”( )である!」

 

 凄まじい速度で大気を蹴り天空を駆ける、髭のモヒカン男。

 

 “夢”のルフィ少年ですら恵まれなかった超人的体術を修行する機会に才女は胸を膨らませ、師匠の動きを必死に凝視する。

 

 “夢”の中でルフィ少年の目を通し、彼に立ち塞がった諜報機関CP9(サイファー・ポール・ナイン)構成員たちの六式を何度も見てきたが、伝授する目的でモモンガが丁寧に実演してくれたおかげか新たな発見が幾つもあった。

 かつての強敵ロブ・ルッチの技はあまりにも速過ぎて動作を確認することは叶わなかったが、今の少女ルフィは“夢”のおかげで見聞色の覇気を身につけている。

 当然モモンガの“声”も聞こえており、その微細なコツをルフィは脳内で何度も反芻した。

 

 柔と剛。足をしなやかに巻いて周囲の大気をかき集め、それを更に何度も踏みつけ押し固める。

 そして最後に一際強力な一踏みを繰り出し、作った大気の足場から飛び上がる。

 

 ルフィは覇気で読み取ったモモンガの技を参考に脳内シミュレートした”六式”を繰り出した。

 

 

 よしっ。

 

 

  “月歩”っ!!」

 

 気合の掛声と共に少女は大地を蹴り、大空へと駆け上がった。

 

 ルフィの裸足の足裏に先日“ギア4・バウンドマン”( )で行った弾力飛行に似た感触があり、多少の手応えを感じる。

 

「えいっ、えいっ、えい  っと、わわっ!?」

 

 …が、それも一瞬。才女は情けない声を上げながら地面に転がり尻餅をつく。

 

 ぴょんっとゴムの弾性で起き上がり再度手本を要求しようとモモンガを見上げたルフィは、まるで信じられないものを見たかのような顔をする彼の姿が目に入った。

 

 

「なんと…」

 

「ぶわっはっはっは!まさか見ただけで“月歩”のコツを掴むとは、流石わしの孫じゃ!」

 

 自分を無視し、何やらぶつぶつと一人の世界に閉じ籠るモモンガにむっとした少女は、ひとまず彼を放置し先ほど掴みかけた手応えを頼りに再試行する。

 だが中々3歩目を超えることが出来ない。

 

 苦戦するルフィを前にようやく現実を認めた少将が停滞した修行を再開させた。

 

「ありえん……だがこれはもしや……!ルフィよ、一度今とは異なる技を見せる。まずはこれを試してみせよ」

 

 そう口にしたモモンガ少将は構えを取り、“剃”と技名を唱え目にも留まらぬ速さでルフィの後ろに回り込んだ。

 

 見聞色の覇気で当然のように彼の動きを追った彼女は落胆する。

 その技は“夢”のルフィ少年がギア2程度の低出力状態で見よう見真似で再現していたものだ。

 

 武装色の覇気の副次的効果で並の人間の筋力を遥かに超越している才女ルフィ。

 先日の不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)にて『七武海』くまと戦った際に、既に実践使用していた彼女にとって“剃”は最早技名を唱えるほど特別なものではない。

 初歩的な移動術だ。

 

 一瞬でギアを上げ、ヒュン  とモモンガの背後を取り返したルフィに、2人の海軍将校は驚愕しながらも得心する。

 

「ほぉ!見事じゃルフィちゃん!」

 

「なるほど…やはり独自に“剃”を編み出していたか。“月歩”は“剃”の応用技。最初に大技を見せ、幾つか段階を踏ませてから修得させてやりたかったのだが、既に六式の一つをその年で身につけているのなら(さき)の“月歩”も十分修得出来るだろう」

 

 素晴らしい才能だ、とモモンガ少将は締めくくる。

 

 彼の言う通り、“月歩”とは同じ”六式”の高速走行術“剃”を発展させた空中歩行術である。

 大地を蹴る“剃”とは異なり大気を踏み台とするこの技は”六式”屈指の難易度を誇り、実戦に運用出来るほど練達している者は決して多くない。

 

 だがこの若さで“剃”を使いこなす才女ならばあるいは、とモモンガは口端を吊り上げる。とんでもない原石がいたものだ。

 

 

 筋肉を極限まで緊張させ、肉体を鉄のように硬化させる防御術“鉄塊”。

 

 “鉄塊”の応用で硬化させた指を用い銃弾の如き貫通力を持たせる貫手“指銃”。

 

 相手の攻撃に合わせて体中の力を抜き風圧を利用してそれを避ける、回避術“紙絵”。

 

 高速で大気を蹴り鎌鼬の如き飛ぶ斬撃を繰り出す、脚用攻撃術“嵐脚”。

 

 

 広く浅く。

 

 モモンガ少将はルフィが全ての技の掴みを得るまで、短い時間を最大限活用し彼女に自身の六式を教授し続けた。

 

 

 そしてその生徒である上司の孫娘に別れを惜しまれながら、少女の祖父の一足先にゴア王国へと戻って行った。

 

 

 

 少女ルフィが師匠モモンガと再会するのは悲運にも、この広い海を舞台とした善と悪の覇道を進む者同士として対峙したときである。

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・13年

東の海(イーストブルー) ドーン島某所

 

 

 

 孫娘ともう一戦と洒落込む前に副官ボガードに連行されたガープが号泣しながらゴア王国へと向かった翌日。

 

 久々に陸地で目覚めた少女ルフィが真っ先に望んだのは、桶いっぱいの山盛りサラダであった。

 牛の方が小食なのではないかと疑いたくなるほどこの7歳児は野菜ばかりを山のように食べる。

 

 “夢”のルフィ少年は野菜のあの青臭さがあまり好きではなかったが、少女からしてみれば四足歩行生物共のあの血生臭い肉のどこに魅力を感じればいいのかと彼を問い質したい気分である。

 

 

 食事にはもちろん脂質やたんぱく質も忘れない。

 

 沢の岸にゴロリと転がる大岩の陰には童話の桃よろしく流れてきた胡桃が所狭しと溜まっている。ルフィのお気に入りの補給地点だ。

 更に“月歩”の練習も兼ねて村はずれの港まで飛んで行き、母親代わりの女店主のツケで荷降ろし寸前の大豆をごっそりいただく。

 

 ごっそりとはつまり、船内の全てである。

 

 村では昔から、英雄の孫娘さまが目覚める前に主婦たちが八百屋ではなく港へと突撃し食材を喰われる前に確保することが風習になっていたのだが、これまでは少女のコルボ山での活動時間が多くなった分、村のママたちの買い物事情には比較的ゆとりが生まれていた。

 

 だが今のルフィには“月歩”がある。

 

 移動時間など最早あって無いようなもの。

 早速駆使しながら徒歩10分を短縮し、そのままポリポリ摘みながらエースの暮らすアジトへと空を翔る幼い少女。

 

 なおその日、在庫切れの看板が立て掛けられた八百屋の前で女性たちが大地に突っ伏していた光景は、村の男衆の語り草になったという。

 

 

 

 

 場所は変わってコルボ山。

 

 エース少年は相棒サボの手紙を片手に、昨日の宴会のしっぺ返しにウンウン唸っていた。

 痛む頭で読み進めながら、悪童はルフィの言葉を思い出す。

 

 

   サボに会ったって!?

 

   うんっ、小船に乗ってたサボがおじいちゃんの船とすれ違って、海兵のみんなと一緒に船出を見送ったの!

 

 

 満面の笑みで「サボが撃たれなくてよかった」と胸を撫で下ろす幼い少女の姿が何故か印象に残ったエースは、一先ずは己の相棒が無事に夢に向かって旅立てたことに安堵した。

 

 もちろん、いつか二人の下に戻るという約束を反故にされたことや、先に抜け駆けされたことに対する不満もある。

 それでも彼は、柵の多い生い立ちから抜け出し自由を手にしたサボのことを、何よりも誇らしく思っていた。

 

「へっ、10歳のガキに出来るコトなんて限られてるって言った手前だ。のたれ死ぬんじゃねェぞ…!」

 

 当然、ルフィの修行を共に受けてきた弟子仲間である。

 その辺の海賊相手に遅れを取るような雑魚ではないからこそ、エースは彼の早すぎる船出をそれほど悲観していなかった。

 

 

「全く、ルフィといいサボといい、何でウチの連中は心配ばっかかけさせるんだよ。ったく、ダダンや村の連中にも迷惑かけやがって…」

 

 自分のことを棚にあげ、エースは二人の兄妹の姿を思い浮かべながら小さく笑う。

 そして込み上げてきた思いと共にアジトの外へ胃の中のご馳走の一部を吐き出した。

 

 

 妹分が失踪したあのとき、燃える不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)で捜索チームの現場指揮を行ったのが、この悪童である。

 小憎たらしい命令口調に最初は村人たちも不快感を隠せなかったが、彼のルフィに対する確かな愛情が彼らに伝わると、素直になれない少年を微笑ましく思い始め、最終的には皆一丸となって問題児少女の捜索に当たっていた。

 

 エースもまた、相棒の不在に続き妹分の消失も相俟って精神的に弱りきっており、村人たちの優しさに僅かだが、つい心を開いてしまったのである。

 

 その結果が昨日の暴飲暴食に伴う二日酔いなわけだが、悪童は今も己を苦しめる頭痛や吐き気をそれほど不快なものだとは思っていなかった。

 

 

 もっとも、強力な覇気使いや『王下七武海』、”海王類”の群れとの実戦と、優秀な教官の教えを経て、僅か一週間足らずで3回ほど人間を辞めた妹分の超進化に、エースは又もや度肝を抜かされるハメになったのだが。

 

 

「…ん?何だ、このぼふんぼふんって音は  ってルフィがなんか空ぴょんぴょん飛んでるぅぅぅ!?」

 

「おはようエース!見て見て、昨日モモンガ  さんに教わったの!」

 

 空中歩行しながら木々の間を飛び抜ける人外少女は、驚くそばかす少年に楽しげに先日の経験を語る。

 

 “モモンガ”と言われてもあの愛らしい空飛ぶげっ歯類しか思い浮かばないエースは一瞬首をひねり、思い出したように付属された敬称に人物名だと気付く。

 

 おそらく昨日クソジジイと共に酒場に来たあのモヒカン髭男のことだろうと当たりを付け、新たな技を身に付けた少女の姿に少しだけ先日の宴会に参加したことを後悔した。

 

 

「よくわかんねぇが、すげぇなソレ!俺にも教えてくれよ!」

 

「もちろん!えーっとね、まずは“剃”を  

 

      

 

    

 

 

 そこから始まった鬼の”六式”修行は、幼きエース少年の肉体を効率よく改造強化し、彼の基礎力を大幅に強化させることとなる。

 

 妹分の地獄のような特訓のおかげか、エースは相棒との別れの寂しさを思い出す暇も無く、自身の船出までの年月を過ごすことになった。

 

 

 

 そして月日は流れ、後の“火拳のエース”( )となる少年の旅立ちの日がやって来る。

 

 

 

 




次で幼年期編終わりです

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