ルフィちゃん(♀)逆行冒険譚   作:ろぼと

7 / 41
6話 悪童たちの船出 (挿絵注意)

大海賊時代・19年

東の海(イーストブルー) ドーン島ゴア王国中心街

 

 

 

「お、おいルフィ…っ。ガキじゃねェんだからそんなに服引っ張んなって…!」

 

「わぁっ!見て見てエース!中心街にもサボの新しい手配書があるわよ!『“革命軍”の新たな切り込み隊長現る!』だって!」

 

「…村中に貼ってあるんだから、ココにもあって当然だろ。一々はしゃぐな、お上りさんなのがバレバレだ」

 

 

 世界の理を定めた20家の世界貴族『天竜人』( )の一人、ジャルマック聖( )の行幸から早7年。

 ゴア王国はゴミ溜不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)含め、変わらぬ平和な日常が続いていた。

 

 かつて王国を震撼させたコルボ山“元東方山脈測量番号3号”崩落事件を起こした未知の化物も、海軍の英雄ガープによって遠方の無人島へと追い払われ、当時のスラム街で起こったその凄惨な戦闘の跡も今や全てがゴミと瓦礫の下に消え去った。

 

 以後は、無人島の方角よりぼふんぼふんと奇妙な炸裂音が毎日離れたり近付いたりする不思議な現象が起こるという報告が辺境のフーシャ村から上がっていること以外は、王立地理院が度々小中規模の振動や津波を観測する程度の被害となり、宮中の王侯貴族たちも胸を撫で下ろしていた。

 

 

 そんな平和なゴア王国の中心街を一組の少年少女が目を煌かせながら歩いていた。

 

 黒髪とソバカスが印象的な眼つきの鋭い少年が身に纏っているものは、南の海(サウスブルー)発祥の最新レザーブランドが新たにリリースした革ジャンと、無骨な黒のハーフパンツ。

 頭の橙色のテンガロンハットにはフーシャ村の民芸細工である海ガラスのネックレスタイプのアクセサリーが飾られている。

 前が開かれたジャケットから覗く火傷や切傷、痣だらけの立派な胸板は、若き少年が潜り抜けてきた数々の修羅場を象徴する漢の勲章だ。

 

 少年は決して筋骨隆々と言う訳ではない。

 だが、その六つに見事に割れた腹直筋や上着を盛り上げる三角筋を見る限り、並の男とは一線を画す彼のその鍛え抜かれた躯体はさぞ多くの女性たちを虜にしてきたことだろう。

 

 流行りのファッションの中に、育った故郷を象徴するワンポイントを意識した服装。

 青年へと成長する過渡期の10代後半と思しき少年の精一杯のおめかしだ。

 

 

「あら、初めて見るお野菜だわっ!真っ赤っかでおいしそうね!おじさーん、このハバネロっての一束ちょうだーい!!」

 

「おい、止めとけよ……見るからにヤバそうだぞ…?」

 

「大丈夫よ、トマトとナスの間みたいなもんでしょ?あーん  っふひゃあああっ!!?」

 

「ほわ言わんこっちゃない……おい八百屋のおっさん、コイツに水くれねェか?」

 

 若干服に着られている印象が拭えないソバカス少年の隣で、子供のように落ち着きなく騒いでいるのは、彼の連れである10代半ばと思しき少女。

 

 少年と同じその黒髪は男のように短い。

 だが大胆に開かれた赤いブラウスの胸元には、シミ一つない小麦色の柔肌に包まれた豊満な双丘が、少女の性別を激しく自己主張している。

 下のインディゴのホットパンツはその細く艶やかな腰つきを際立たせ、そこからすらりと長く伸びるのは女性的な柔らかい脚線美。

 口にした刺激物を吐き出さんと歪める薄い桜色の唇も、涙を溜める満天の星空のような大きな瞳も、少女の扇情的な肢体に反した童顔のあどけなさを色濃く映えさせている。

 

 そんな彼女の印象を一目で表すものが、背中に担がれた異様な存在感を放つ、くすんだ古めかしい麦わら帽子。

 

 

 7年の年月を経て立派に成長した、悪童エースとルフィである。

 

 

 現在二人が連れ立ってゴア王国の豊かな中心街を練り歩いているのは、エースの船旅に必要な様々な日用品を買い揃えるためだ。

 

 特に村では揃わない専門的な航海器具や医療道具、紙幣代わりの金貨などが手に入るのは、ここドーン島では経済規模の大きいゴア王国中心街くらいである。

 

 久々に訪れた都心部の華やかな街並みに胸を高鳴らせてしまう二人の初々しい姿は、自然と周囲の生暖かい目を誘う。

 見栄っ張りなエース少年は周りの視線に気が散って不機嫌な顔をしつつも、妹分との最後のお出かけになるであろう今日の買出しを、時間を惜しむほどに楽しんでいた。

 

 

 そう。明日こそが、ついに悪童たちの兄貴分エース少年の船出なのだ。

 

 

「…おい、そろそろその荷物おれに寄こせ。女に持たせてるナヨっちい男に見えるだろうが」

 

 未だ少年らしい若さが抜けない17歳のエースは、両手いっぱいの荷物を抱える小柄で線の柔らかいルフィの姿が気になって仕方が無い。

 兄貴分らしいところを見せようと、少年はついムキになりながらそれらを引っ手繰ろうとする。

 

 だがハバネロの衝撃から立ち直ったその麦わら娘は、身も蓋もない言葉で彼の胸をゴリッと抉った。

 

「何で?私のほうがずっと強いんだから、そっちの荷物ちょうだいよ」

 

「ぐっ……お前の武装硬化が硬すぎるんだよ…!今度高町の宝石商あたり襲ってダイヤモンドのブローチでも殴ってみたらどうだ?何百カラットのお宝が粉々になりそうだぜ」

 

 強い弱い云々より、そもそもこの化物の見聞色の覇気が強大すぎて、全くこちらの攻撃が当たらないのだ。

 手加減されてようやく当てることが出来ても、今度は武装色の覇気で押し負けてしまう。

 

 そんな相手にどうやって勝てばいいのかと、思わず喚き散らしたくなる哀れな兄貴分。

 

 様々な思いを押し留めながら、少年はポツリと悪態を吐く程度に感情を堪えて見せた。

 

「そんな勿体無いことしないわよ、失敬ね!手元にダイヤがあったら、さっさと換金してプールをレタスとトマトとニンジンとセロリとタマネギでいっぱいにして泳ぎ食いしたほうが遥かに有意義だわっ!」

 

「“泳ぎ喰い”って、てめェそれこの前やってマキノさん泣かせただろ!ったく、お前が成長すればするほどあの人が頭抱える回数増えるのはどうにかならねェのかよ…」

 

 毎度世話になっている酒屋の若女将の不憫な子育て進捗に同情しながら、少年はこの世話の焼ける妹分の将来に一抹以上の不安を覚えていた。

 

 そして案の定、彼の発したその“成長”という単語に反応したのか、少女が己の身体のあちこちをぺたぺたもみもみと無造作に触れ回っていた。

 

 周囲の目を一気に引き寄せるその非常識な仕草に、エースは慌てて彼女の腕を掴み叱咤する。

 

「ッ!?てめっ、人前で何つーことしてるんだ!?」

 

「?」

 

 己の手中にある少女の手折れそうなほどに細い手首に動揺しながらも、少年はルフィに潜めた怒声をぶつけ続けた。

 

「“?”じゃねェよ…!男の前で自分の身体を無闇に触るなって約束しただろ、マキノさんと…!」

 

「……あ」

 

 すると麦わら娘がうっすらと頬を赤く染めながら、バツが悪そうに自分の乱れた服を整え始めた。

 

 …勘違いしそうになるが、その紅潮は男の目線を気にした羞恥故ではない。

 ただ母親代わりの女性との約束を破ってしまったことに対する気まずさからだ。

 

 だがエースはそんな妹分の、色々と勝手が異なる女物の服を慣れた手つきで正す仕草が妙に色っぽく見えてしまい、ふいっと顔を逸らす。

 そのまま連れの少女のほうを見ることなく、感情の昂りに歩みを任せる青二才と慌てて彼を追いかける妹分の後姿が、ゴア王国中心街の喧騒に溶け込んでいった。

 

 

 何ともわかりやすい、身悶えしたくなるような思春期の若い男女の可憐(いじら)しい青春の一幕。

 

 もっとも当の兄貴分エース少年に取って、その”青春”は極めて切実な悩みであった。

 

(残していくルフィが不安だったが、やっぱさっさと出航するべきだ…)

 

 ようやく目覚めた自身の見聞色の覇気で拗ねるルフィの内心を読み取りながら、エース少年は己の英断を心の中で褒め称えるのであった。

 

 

 

 

 青春ボーイ・エースの切実な悩みとは、彼の知人の誰もが察する通り、思春期男子の抗えぬリビドーとの戦いである。

 

 

 ポートガス・D・エース、17歳。男。

 

 大人の男へと至る直前の感受性の強い心、広い社会における己の立ち位置や印象を意識し始める自己防衛本能の発達。

 そして何よりも  身体的成長が育んだ持て余すほどの若さと……異性への情欲。

 

 男に生まれてしまった以上、10歳を過ぎてから抱き始めた女性への興味は今に至るまで常に増徴し続ける一方。

 だが、特にここ最近は彼自身も思わず誰かに相談したくなるほど苦痛続きの日々であった。

 

 その最大の…というよりほぼ唯一の原因が、自分の隣で周囲の男共の視線を釘付けにしている、この見目麗しき芳体の麦わら娘である。

 

 

 モンキー・D・ルフィ、14歳。女。

 

 最初に出会った7年前から殆ど変わっていないその幼げな顔つきに反し、ここ一年の少女の肉体的成長は著しいどころの話ではなかった。

 

 女性の平均より少しばかり低めで伸長の伸びが止まったかと思えば、それまでの幼児体型は幻かと言わんばかりに様々な部位のボリュームが激増し始め、それが丁度兄貴分の心身共に色々と複雑な時期にぶつかったのである。

 

 当然マキノ女史の淑女教育も本格化し、その厳しい躾けの反動で、少女のアジト内における気の緩みも同時に本格化。

 己の若さに苦悩する哀れな青少年にとって、そんな彼女の無防備な姿は些か刺激が強すぎるものであった。

 

 限界を迎えつつあったエースは居を移すなり、口酸っぱく注意するなりと色々試したが何れも効果なし。

 仕方なく、恥を承知で顔から火が噴き出そうになる思いをしながら酒屋の女店主に事情を話し相談すれば、なるほど確かに翌日のルフィは足も閉じるし服装の乱れや幼少期のようなスキンシップも鳴りを潜めた。

 

 だが今度はこの子供っぽい妹分がふとした隙に見せる女性らしい仕草に一々心が乱れるハメに。

 

 それに加え、普段は女性らしさを心がけている彼女も当然、ふとしたときに気が緩む。

 すると元の過剰気味なボディタッチ癖が表面化。

 性別を全く意識しないその軽率な行動が少年の腕や背中に襲い掛かる、非常に心臓に悪い日々が始まった。

 

 そのときの、色々と豊満な少女の柔らかくも悩ましい感触を思い出し、毎晩眠れぬ夜を過ごすエース少年の何とも同情を誘う姿がコルボ山で度々目撃されるようになったとか、ならなかったとか。

 

 

 修行のときには少女師匠の暴れまわる胸元のふくらみに目が捕らわれ集中力を欠き、ガープ老の薦めで移動した遠方の無人島から水平線へと殴り飛ばされること数十回。

 その後の水浴びで岩陰の反対側から聞こえてくる彼女の暢気な鼻歌や生々しい水音、衣擦れ音に戦闘後の獣欲の昂りを刺激されること数知れず。

 村の宴会や祭りのときに見せるマキノ店主力作のお化粧やドレスで彩られた器量好い村娘の、幼げながらも確かな女性らしさを併せ持つ美しい晴れ姿には、兄でありながら何度間違いを起こしてしまいそうになったことか。

 

(くそっ、サボのヤツ……おれと同じコイツの兄のクセに一人だけのほほんと“革命軍”の連中なんかと一緒に人生楽しみやがって……)

 

 故に、少年が先に旅立った相棒にそんな理不尽な怒りをぶつけてしまうのも責め辛かろう。

 

 

「あっ凄い、見て見てエース!こんなに沢山レースがふりふりしてるの初めて見るわ!流石都会ね…!」

 

「ああ  って、お前これが何だか知ってんのか…?」

 

「失敬ね、私を何だと思ってんのよ!ウェディングドレスくらいわかるわよ、全く…っ!」

 

 ぷんぷん怒りながらも、目の前のショーケースに飾られた純白の衣装に視線が釘付けになっている年頃の妹分。

 

 腐っても女の子。

 隣の窓の玩具ロボットに目もくれず、少女はじっとドレスへ意識を向け続ける。

 

「キレイ…」

 

  ッ」

 

 自分が身に纏っている姿でも想像しているのだろうか。

 その夜空の瞳の星々を輝かせる、頬の紅潮した彼女の少女らしい姿に、エースの顔が一瞬で熱を帯びる。

 

 前々から、らしくない女性的な振る舞いを見せることが多くなっていたルフィであるが、ここ最近は特にその傾向が強いように思える。

 

 いつもいつも逞しすぎる野生児っぷりで母親代わりの女店主に叱られてばかりのクセに、無意識のところではしっかりと年相応の少女として成長している。

 そんな妹分の変化に兄貴分としては嬉しくも、色々と悩ましい複雑な感情を抱いてしまう。

 

(コイツも女だ。いつかおれやサボより強くてカッコいい男を捕まえて結婚するのだろうか…)

 

 未だ身体以外、色気の“い”の字もないルフィではあるが、いずれ彼女も目の前の憧れの花嫁装束に袖を通す日がくるのだろう。

 

(あと10年、15年ってトコか。海賊王なんか目指してるコイツでも、やっぱいつかは女の幸せってヤツを求めるんだろうな……)

 

 純白のベアトップを小麦色の肌の上に眩く浮かび上がらせ、あどけなさが薄れたその顔に、はにかむような微笑を浮かべる美しい女性。

 そんな彼女の姿を見る日は、決して遠い未来ではないのかもしれない。

 

(おれの夢はそんな妹分の幸せを兄として見守り  ってダメだ、今のルフィのエロい身体に触れる男の姿とか想像しただけで殺したくて堪らねェ…っ!)

 

 少女の腰を抱きベッドに誘う不埒者の姿を想像したエースの胸中を、憎悪すら生ぬるい強烈な不快感が這いずり回る。

 

(くそっ、何だこれ…!?ムカつく、めちゃくちゃムカつくぞ…っ!?おれの知らないところでコイツがどこの馬の骨ともわからんクソ野郎に愛を囁かれたり、それに照れて赤くなってる姿とか  

 

「ぐぅううううっ!!!」

 

「ッ、ど、どうしたのエース?私の覇気がなんかあなたから凄い憤怒を感じてるんだけど」

 

 怒りが声に出ていることすら気付かず、思春期少年は隣でぎょっとこちらを見つめている麦わら娘に怒鳴り散らした。

 

「うるせェ黙れ!おれは死んでも認めねェからな!!」

 

「何言ってんのよ?全然わかんないからもう覇気強めてあなたの心読んじゃうわね?」

 

  ハッ!ま、待てそれは止めろ!何でもないから…っ!」

 

 相手の感情や意思の感受、周囲の未来を見るだけでは飽き足らず、ルフィの見聞色の覇気はその特異性を極めに極め、最早相手の思考さえも読み取れる前人未踏の領域にまで至っている。

 これで“王の素質”の覇気のほうが得意だと自称するのだから常識外れにもほどがある。

 

 そんな化物相手に兄としての尊厳を維持すべく、エースは先ほどの己の度し難い思考を追い払おうと咄嗟に頭を振った。

 

 

 確かに、どれほど強くて賢いイケメンな非の打ち所も無い人物が相手であろうと、大切な女家族が奪われることをどうしても認められないのが父であり、兄でもあるのだ。

 兄貴分である少年が妹分の女としての幸せを許容出来ないのも決して異常な反応ではないだろう。

 

 とはいえ、そういった考えを持つ者には“父兄”ではなく、もっと別の呼び名がある。

 

 

 ドーター、あるいはシスターコンプレックスなる業の深い精神病患者という呼び名が。

 

(不味いな……おれ一人だと世間の風評ならただの妹バカのシスコン兄貴になっちまう。ここはサボも巻き込んでおれの風除けにするとしよう…!)

 

 遠く革命軍本拠地『バルティゴ』で謎のくしゃみと悪寒に侵される悪友兼、義兄弟の賞金首を尻目に、シスコン兄貴は切実ながらもくだらない汚名の擦り付け計画を真剣に考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・19年

東の海(イーストブルー) ドーン島ゴア王国フーシャ村

 

 

 

  と、言うわけで適当に名を上げてからバルティゴ( )までサボ( )”兄貴同盟”( )を組んで来ますので、マキノ( )さんには三年後にルフィ( )が出航したら定期的にアイツと文通して言い寄る雄の気配があるかどうか、さり気なくチェックして欲しいんです」

 

「……随分開き直るようになったのね、エースくん…」

 

 

 所変わって翌日の船出の日のフーシャ村。

 小船に乗る少年を見送る港の桟橋では、一人の女性の気の抜けるような溜息が木霊していた。

 

 長年面倒を見続けてきた17歳の少年の旅立ちの抱負が”コレ”なのかと、己の教育者としての不向きを実感していた酒屋の若き女店主の、何とも虚しい落胆である。

 

 当の妹分本人とは既に別れを済ませ、今はその姿が港に無いせいか、元悪童の拗れに拗れた妹愛も遠慮なく口から零れ落ちるのだろう。

 

「…あの子の昔を知ってる身としては、7年前のシャンクスさんとの帽子の約束があるから  

 

「シャンクスってあの『赤髪』ですよね!?アイツもう三十路過ぎのオッサンじゃないですか!ダメだダメだ、絶対に許さねェ!“四皇”だか何だか知らねェが、ルフィが欲しかったらおれとサボを倒してからにしろ!何よりルフィはヤツの半分以下の年齢なんだぞ!?ロリコンは死に晒せ!!」

 

「い、いえ…流石にあの人がルフィをお嫁さんに欲しがるかは私にはちょっとわかんないけど…」

 

 勝手に他人の恋愛事情を妄想し、一人大海原に向かって咆哮を上げる思春期少年。

 思わず目を覆いたくなるような彼の姿から視線を逸らした店主マキノは、この兄バカ男と親しんだ7年の出来事を振り返っていた。

 

 

 思えばルフィの突然の変化は、あの赤髪の男との出会いではなく、その後に幼い少女が出会ったこのエース少年が原因だったのかもしれない。

 

 あのころの記憶は直後の岩礁崩落事件や、立て続けに起きる地震、そしてコルボ山の反対側で起きたゴア王国のスラム街炎上に伴うルフィ失踪事件の強い印象のせいで、もう殆ど思い出すことは出来ない。

 ただ、愛する娘がある日の夕暮れに「エースとサボと仲良くなれた」と報告して来たときの、彼女のあの嬉しそうな笑顔だけは、今でも鮮明に覚えている。

 

 隠れてコルボ山まで遊びに出かけるようになったのも、妙にワイルドで逞しくなったのも、そしてこの直視するに値しないシスコン少年と友達になったのも。

 

 全てはあの日から変わったことだった。

 

 

 既に少女の口から、かつては毎日のように桟橋まで帰りを待ちわびていた『赤髪のシャンクス』( )の名が出る日は殆どなくなり、代わりに『覇気』( )だの『くま』( )だの『刺青』( )だの『大将』( )だのとよくわからない単語が増えた。

 

 度々訪れる村の英雄ガープとの稽古もここ数年は完全に彼女が優位に立っており、英雄自身の口からも嬉しげに「最早わしでは敵わん」と大地に倒れ伏す姿が見慣れるほどになって来た。

 

 おそらく、いや確実に、ルフィは彼の英雄ガープ( )すら上回る、村が始まって以来の英傑なのだろう。

 そしてそれは、妹分を何よりも大切にしているこの義兄エース( )少年も認めることなのだ。

 

 

(でも、私にとっては…)

 

 マキノはそっと顔を伏せる。

 

 

 彼女が最初にルフィと出会ったのは、海難事故で両親を失い、子供ながらに必死で店を切り盛りしていたころだった。

 

 村一番の出世頭ガープが突然村長宅へと来訪し、一人の女児の世話を頼んだのである。

 

 当時のマキノは村長夫人の手を借りながら食材酒類の交渉をゴア王国の商人と行っていた。

 初めて己自身で行った取引が失敗し落ち込んでいた少女マキノは、夫人の腕の中ですやすやと眠る乳児に癒されようと、生後間もないルフィと初めて触れ合った。

 

 そのときの感動が忘れられず、幼い女店主は暇を見つけては村長宅へとお邪魔し赤子の世話をし続けた。

 子供の彼女の小さい腕の中では泣き虫乳児も安堵するらしく、村長夫人もマキノの貢献には度々感謝していたようだ。

 

 マキノ自身、一人ぼっちの酒屋での生活で心細い思いをし続けていたこともあり、店が軌道に乗り始めた半年後には赤子ルフィを引き取る覚悟が出来ていた。

 

 だが女店主は未だ未成年の子供に過ぎず、村長夫妻は中々首を縦に振らない。

 そのときの酒屋『PARTYS BAR』では四六時中、子供店主と村長がカウンター越しで言い争う何とも微笑ましい光景が広がっていたとか。

 

 結局マキノが女児を引き取れたのは三年後の15歳、成人のとき。

 それでも毎日欠かさず彼女に会いに行ったおかげか、以後は酒屋の自宅に住まわせたルフィと家族同然の親しい関係を築くことが出来た。

 

 二人の生活が始まってからは、これまで以上に沢山の愛情を注ぎ、大切に大切に育ててきた。

 14歳になり女性らしく成長した彼女の姿を見るたびに、これまで少女から貰った無数のステキな思い出が想起され、つい涙ぐんでしまいそうになるほどである。

 

 

 酒屋の若き女主人マキノにとって、ルフィは断じて時代の風雲児でも、村一番の英傑でもない。

 

 やんちゃで行儀の悪い、手の掛かる、愛しい愛しい娘なのだ。

 

 

  ノさん?  マキノさん!」

 

 物思いに耽ていた女店主は、突然呼ばれた自身の名に小さく肩を跳ねさせ顔を上げた。

 

 心配そうに覗きこんでくる目の前の少年との距離に驚き、咄嗟に一歩だけ後ろに下がる。

 

  えっ?あ、ああ、ごめんなさい!エースくんの船出なのに、ルフィのことばっかり考えちゃってて…」

 

 主役を放り出して愛娘のことを心配し始める己に何とも言えない気分になったマキノは、申し訳無さからソバカス少年に謝罪する。

 そんな妹分の母親代わりの女性に、兄貴分が白い歯を見せながら人の良い笑顔を浮かべた。

 

「マキノさんはそれでいいんです。アンタがずっとルフィを大切にしてくれてるからこそ、おれもサボもこうして自分の夢を追いかけられるんですから」

 

「エースくん…」

 

 成長した悪童の無邪気な笑顔に女店主は、警戒心の塊のようだったかつての彼の姿を思い出し、慈愛に満ちた微笑を返した。

 

 

 エースと話すことは専ら娘のことばかりであったが、同じ家族を愛するこの人物との思い出も決してつまらないものではない。

 ルフィとは異なり本物の家族と言えるほど特別親密な関係は築いていないものの、マキノにとっては彼も世話の焼ける大切な存在だ。

 

 誰の助けも借りずに独り海へと漕ぎ出す少年を心配する気持ちは本物である。

 引き止められるのなら是が非でも考え直して欲しかった。

 

「…ねぇ、やっぱりルフィが17歳になるまで遅らせることは出来ないの?残されるあの子が不憫だし、あなただって一人で海に出るのはたいへんだと思うわ…」

 

 女店主自身、到底叶わないことだとは理解している。

 港から発つ祖父も父も叔父たちも、男たちは皆そうであった。

 

 それでも引き止めようと思ってしまうのは、息子と娘のことを案じる母としての感情故か。

 それとも、もっと別のものか…

 

 

「…マキノさん、そいつは無理な話だ」

 

 いずれにせよ、返って来たのは彼女の予想通りの言葉であった。

 

「…どうしても?」

 

「男が船出を決めたんだ。引き止めるのは野暮ってモンだぜ」

 

 海の果てを見つめる少年の横顔に、子供時代とは異なる男の凛々しさを見つけたマキノの胸が小さく高鳴る。

 

 慌てて目を逸らし心を落ち着かせようとする彼女の耳に飛び込んで来たのは、そんな凛々しい男の情けない本音であった。

 

「それに  これ以上ルフィの側にいると、その……」

 

「……あっ」

 

 思わず零れてしまった得心の声に、女店主は慌てて口元を押さえる。

 

「ちょ、マキノさんっ!その“あっ”ってのやめてくれよ!しょうがねェだろ、まさかアイツがあんなに……あんなに……うぅ…」

 

「ま、まあ男の子だし、ね?…色々気を付けさせてはいるんだけど、あの子何度言ってもそっち系の話の本質そのものを理解してくれないのよ……」

 

 女店主自身も子供のころから常にルフィと共に生活していたため、男女の関係については何一つ偉そうなことを言えない後ろめたさもある。

 どうしても二の足を踏んでしまう分野である故、この思春期少年が期待するような情操教育の成果はこの日まで未だに出せていなかった。

 

 もっとも、だからこそこうして彼が耐え切れずに船出する決意をしてしまったのだが。

 

 

「…マキノさんは何としてでも、アイツが海へ出る3年後までにその手の警戒心を植付けてくださいよ…?女の一人旅であんな振る舞いばかりしてたら  

 

「ぜ、善処します…っ!!」

 

 

 何となく気まずい空気のまま、哀れな少年は小船に乗り込み東の海の水平線へと旅立って行った。

 

 

 

 男の、そして兄の苦悩を背負うその後姿は、これから大きな覇を成す偉大なる海賊王の息子のものとは思えないほど、虚しい等身大の少年の背中だった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

大海賊時代・22年

東の海(イーストブルー) ドーン島ゴア王国フーシャ村

 

 

 

 ドーン島を治める東の海(イーストブルー)で最も美しい国と名高いゴア王国。

 その東の端に一つの小さな村がある。

 

 海風に回る風車が幾棟も建ち並ぶその村の名は『フーシャ村』( )

 かつて、あの伝説に謳われる最強の海賊『ロックス海賊団』( )を打ち倒した“海軍の英雄”の生まれ故郷である。

 

 

 そんな偉人が誕生した牧歌的な村が今、人っ子一人いない無人の地と化していた。

 

 いつもは賑わう酒場も、主婦たちが集う冷水の井戸端も、閑古鳥が鳴いている八百屋も。

 物音一つしない、寂しい静けさが広がっている。

 

 だが耳を澄ませば、遠方の暖かい潮風に乗って村人たちの喧騒の声が鼓膜を微かに震わせる。

 個性的で自由な彼らが集まることなど、毎日のように行われている宴会以外にはありえない。

 

 気がかりな状況に好奇心を刺激され、声が聞こえてくる方角へと歩みを進めれば、村の外れにある開けた漁港の全景が目に飛び込んでくる。

 

 

 その中央に集まっているのは、年期の入った麦わら帽子を被る一人の小柄な少女と、彼女を囲むフーシャ村の老若男女。

 

 太陽のような笑みを浮かべる麦わら娘の整えられた短髪を、わしゃわしゃと乱暴に崩す小さな悪ガキたち。

 そんな彼らを叱る、恰幅のいい老夫人。

 目を輝かせながら年上の少女を憧れの眼差しで見つめる幼い童女たち。

 涙ながらに愛の告白を捧げるも、周囲の男たちの邪魔が入り見事轟沈する若い青年のしぼんだ姿。

 

 そして、難しい顔をしながら彼女に制止の声をかける老人と  切なそうな笑顔で娘を見送るエプロン姿の若い女性。

 

 

 

 この日のフーシャ港を騒がせた麦わら帽子の女の子は、未だ名も無き有象無象の海賊共の一人に過ぎない。

 

 だが、その人物を知るフーシャ村の村民たちは皆、こぞって彼女をこう称える。

 

 

 

 

 

 

 

 “我等が誇りし、この世の全てを手に入れる、新たな海の女王(かいぞくおう)さま”と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大海賊時代の夜明けから22年。

 

 今、新たな時代を築く一人の悪の王女が、果てしない蒼の世界へ己の覇道を刻まんと、最初の一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 




長らくお待たせ致しました。
これにて本編の東の海編が始まります。

どうぞお楽しみに!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。