もう一度、冒険へ
ここは自由都市西部にあるトリダシタ村。
魔王の脅威がなくなって世界には大きな変化があったはずだが、この村では大きな変化のないまま外の景色が一巡するくらいの時間が過ぎていた。
冒険から帰ってきて母であるクルックーに笑顔で迎えられ、魔王討伐の旅から解放された達成感や疲労感からか……
エール・モフスはとてもとても長い間、眠っていたような気がした。
――どれぐらい眠っていたのか覚えていないが、とにかくその日エールは目を覚ました。
「おはようございます、エール」
エールは嬉しそうな母、クルックーの顔に迎えられ気持ちのいい目覚めを迎えた。
それと同時にとてもお腹が空いていることに気が付く。
「わかりました。朝ご飯を用意するので顔洗って着替えていらっしゃい」
少し頭がくらくらするのは寝すぎたからだろうか、エールは起き上がってぐっと体を伸ばした。
「女の子なんだから落ち着いて食べなさい」
クルックーに窘められつつ、普段より量の多い朝食をかき込みながら色々と思いだす。
魔王が倒されても神が戻ってAL教がまた隆盛を取り戻すなんていうこともなく、エールは母クルックーとともに昔のようにまたのんびりと過ごしていたこと。
魔王討伐こと父ランスを正気に戻す旅……辛いこともあったが楽しく刺激的な冒険を終えて村に戻ったエールはその反動もあってかだらだらと過ごしていたこと。
平和そのもの、悪く言えばとても退屈な日常で当時世界最強クラスであったエールは大いにレベルをダウンさせていた。
そんなある日のこと。
「エール、ここから遠くない場所でハニーの集団が集まって何か良からぬことを企んでいるという噂を聞きました」
エールはクルックーからそんな話を聞かされた。なんでもそれを退治しにいった冒険者がこちらの攻撃が全く通らないやばいハニーがいた、と言って逃げ帰るしかなかったと言う。
「まだ何か大きな悪さをしているわけではないのですが、攻撃が全く通らないとなるともしかしたら行方不明の魔人かもしれません。様子を見に行ってはどうですか?」
なんでボクが?と問いかける。
「本当に魔人であったならあなたが持っている日光か行方不明の魔剣カオスでしか倒すことはできません。なによりエールは魔王退治が終わって村に戻ってきてからちょっとだらけ過ぎですよ」
エールが面倒くさそうに口を尖らせると
「女の子がそんな変な顔してはいけません。準備はしておきました。良いから行ってきなさい」
クルックーも口を尖らせた。
このままではべしーんと蹴りだされそうな様子である。
退屈だったからいいか、と気を取り直したエールは久しぶりに掃除用具入れに刺さった日光を取り出し、噂を確かめるべく退治しに行くことにした。
ちなみにエールの愛刀……魔王がいなくなって気が抜けてしまったのか聖刀・日光は掃除用具入れに箒やモップ等と一緒に刺されており、たまにクルックーがほこりを払うぐらいの扱いとなっていた。
「エールさん、それは物干し竿です」
間違えてつかんでしまい、日光は少し呆れたようにエールに話しかけた。
改めて日光を掴んで引き抜き軽く振り回してみる。
「……お久しぶりですね」
優しい声色だがその言葉は皮肉だろう、エールは気にせず流すことにした。
「はい、これはお弁当です」
今回もクルックーはお弁当を作って持たせてくれた。
中身はきっとエールの好物が詰まっている。前回の冒険では行き倒れのハニーにあげてしまい食べられなかったので今回は絶対に自分で食べよう、とエールは心に誓った。
行ってきます、といってエールは久しぶりに村の外へ出た。
近場なのが残念だが、外に出てしまえばワクワクする。
前の冒険では最初にトリダシタ村を出るときはちょっと不安で実際に大変な事も多かったが、家族を巻き込み世界の命運をかけたその大冒険は楽しい思い出が多く、エールはすっかり冒険が好きになっていた。
………
……
順調に進んで件の場所につくと、噂通りたくさんのハニーが洞窟前にたむろしていた。
しかしその姿は普通のハニーではなく、ほとんどのハニーがかつらをかぶっていて服装もバッチリキメていて妙にオシャレである。
様子を伺っているとお互いのヘアスタイルを自慢しあったり鏡を見てスタイルを直したりと、遠目から見ても悪だくみをしている様子はなくむしろ和気あいあいとしているようにしか見えなかった。
エールは日光を構えないまま、挨拶をしつつハニーたちに近づいた。
「また人間だー!」
「人間がまたぼくらのオシャレの秘密を盗みに来たぞー!」
全くの誤解なのでエールは首を横に振って事情を説明しようとしたのだが
「人間は通さないぞ! 帰れー!」
そういってハニー達が立ちふさがった。
何かを聞こうとしてもずっと通せんぼしたまま、話を聞いて貰える様子はない。エールは困って何かを考える仕草をする。
<ぱりーん>
結局考えるのが面倒になり、とりあえず門番ハニーを叩き割った。
「きゃー!!」
それを見て逃げるハニーを見てこれで中に入れる、とエールは洞窟内に入った。
「侵入者だー! 女の子だ―! 捕まえろー!」
「生贄だー! スカートめくってやれー!」
洞窟内ではさっそくわーわーと様々なハニーにたかられた。
ハニーの種類は様々、さらにそれぞれ自慢のかつらをかぶっていて妙にカラフルな光景である。
しかし所詮は普通のハニー、レベルが下がってしまっているエールでも負けるほどの相手ではない。
エールは次から次に襲い来るハニーをハニワ叩きで撃退していく。
中にはかっこよくキメポーズで出てきて足を滑らせてこけるハニーや、かつらがずれただけで泣きながら逃げていくハニーもいて大騒ぎだった。
途中でレベルアップしながら、スーパーハニーがいたらきつかったかもと考えつつエールはずんずんと奥に進んでいく。
「わー! この子強いー! ながぞえ様に報告だー!」
すぐに洞窟内に話が広がったのかハニー達はエールの姿を見たら逃げていくようになった。
最奥部らしき広い空間に出ると、そこは洞窟に似つかわしくないやたらオシャレな空間。
一見すると大きめの魔法ビジョンや最新のデザイナー家具に囲まれ最先端の流行を取り入れただけのように見えるのだが、家具や小物類にハニワの意匠が小さくあしらわれており、ハニーの空間であることをさりげなく主張しているところが素敵でエールもその居心地よさそうな空間に、エールは思わず感嘆の溜息をつく。
そしてその部屋の真ん中には低めのソファーに腰を掛けている威圧感のある巨大なハニー……エールはその姿に見覚えがあった。
体は大きく、お腹の文字も『マ』ではなく『ナ』になっているが、前にアームズの遺産探しの途中で戦った魔人ますぞえによく似ている。
しかしどこかでみたような金髪メッシュでバッチリキメたヘアスタイル(かつら)と普通のハニーとは一味違う涼し気な瞳(空洞)
どうみてもかつてのエールの相棒ハニー、長田君だった。
「このお方は新たな魔人ながぞえ様です」
ソファーの横に一緒に座っているハニ子がそう言って紹介をする。
「ながぞえ様、そいつが例の侵入者ですー!」
そういって後ろに控えるハニーも騒ぐ。
エールは警戒し日光に手をかけたが、いくらまてども周りにいるハニーも魔人ながぞえもエールに攻撃はしてこない。
エールがとりあえず魔人やハニーを無視して辺りを自由に見まわしていると、オシャレな空間にそぐわないクラシックな宝箱があるのを発見した。
「こらー! それはながぞえ様のものだぞー!」
「ボスを無視して空箱に直行なんてなんてやつだ!」
どうやら魔人ながぞえを倒さなければこれを開けられそうにない。
改めて魔人ながぞえにすたすたと近くに寄ってみるとソファーに座ったまま身を大きくかがめてエールの姿をじっと見つめてくる。
普通の人間なら巨大さや感情が見えない表情に恐ろしさを感じるだろうが、エールは全く怖くなかった。
エールが何となく母から受け取ったお弁当からハニワ型のウインナーを取り出し、その頭にそっとのせた。
魔人ながぞえはそれを手に取って口にポイっと入れる。
「…………」
お互い特に何の会話もないまま、エールは魔人の前のソファに適当に腰かけるともぐもぐと弁当を食べ始めた。
「え、なんなのこの子……」
突然やってきて、ながぞえに失礼なことをしたかと思うと突然弁当を食べ始める人間の少女。その行動が理解できないハニー達はその様子を困惑してみているが、肝心の魔人も何も言わずその様子をじっと眺めているので文句を言える雰囲気でもない。
ごちそうさま、エールはご飯を食べ終わると改めて、長田君? と目の前の魔人に声をかけてみた。
すると今度は何か言いたげにエールをじーっと見つめ返してきた。反応はしてるみたいだが声が出せないのか何の言葉も帰って来ない。
エールが何を言ってるか分からない、と言うと側にいたハニ子の通訳してくれた。
「300年後世界を滅ぼす、とおっしゃっています」
とりあえず長田君が絶対に言いそうにない台詞だった。
エールは悩み始めた。
一人で倒せるか倒せないかはともかく、このままながぞえを倒して魔血魂になったら長田君はどうなってしまうのだろうか?
そもそも長田君の精神は残っているのだろうか?
自分に攻撃してこないし、やたらオシャレだし、少なくともすべてを魔人の精神に完全に乗っ取られてはいないだろう。
敵意はなさそうだから放っておいても害はなさそうだけれど……エールはいつになく真剣に考える。
そうしていると突然キャーキャーとはしゃぐハニ子やハニー達が部屋に入ってきて、エールの横を通り過ぎて行った。
「キャー、ながぞえ様ー!」
どうやらモテモテであるようで魔人ながぞえはハニ子にあっという間に囲まれた。
「これ、新しいナウでヤングでイケイケなファッション雑誌ですー!」
「ながぞえ様が好きそうなバインバインな自由都市アイドル水着写真集も持ってきました!」
ハニ子だけではなく普通のハニーたちもオシャレなながぞえを慕っているらしく、今日もお土産にファッション雑誌や巨乳グラビアを持ってきたらしい。
かつらをかぶったハニーだらけだったのは長田君こと魔人ながぞえのその影響なのだろう。
「あれー? なんで人間がこんなところにー?」
一人のハニーがエールに話しかけてきた。
彼は自分の友達なんだ、とエールが魔人ながぞえを指さしながら言ったところハニ子やハニー達が驚いてブーイングをはじめた。
「人間がなんてずうずうしいのかしら!」
「友達だなんていって、ながぞえ様に近づくつもりね!」
ハニ子が抗議の声をあげる。
エールは首を振った。
「ながぞえ様はなー、巨乳が好きなんだぞー!」
そんなことはよく知っている。
「貧乳で眼鏡もかけてない人間はかえれー!」
「そうだ、かえれー!」
そのブーイングをを聞いたエールは大きく一回息を吐くと、日光の刃のない方で魔人ながぞえの全力で頭をぶっ叩いた。
<バリーン!>
豪快に割れる音がした。
それと同時に魔人ながぞえは魔血魂を口から吐き出す。
――そして一瞬光ったかと思うと、その場には旅の途中で別れた長田君が割れた状態で転がっていた。
「きゃー! 地上のオシャレ王、ながぞえ様が倒されたー!」
「うわーん! 嘘よー!」
「わー! ながぞえ様がー! 逃げろー!」
取り巻きのハニ子たちはさめざめと泣きながら逃げて行き、その場に残ったハニーも大騒ぎしている。
その拍子に割れるハニーまでいる中、エールは気にすることなく荷物からセロテープを取り出して長田君の破片をぺたぺたと張り付けていき……
ばばーん、長田君は元通りになった。
「あ、あれ!? エール? 俺、何してたの!?」
長田君が目を覚ますとエールに気が付がつききょろきょろとしはじめた。
「すっげー、久しぶりじゃね!? もー、なんで探してくれなかったんだよー!」
長田君は泣きながら再会を喜びつつ、エールの足をぺしぺし叩いた。
エールの方もここでハニーやハニ子に囲まれてちやほやされていた長田君に言われたくない、とぺしぺしと頭を叩き返す。
ひとしきりそうして、お互いに笑い合った。
とりあえずエールは懐かしき相棒でありソウルフレンドである長田君と再会した。
「そうそう、俺、魔人にされちゃってたんだよ! 一緒にエールの生まれた村に行こうとしてなんか開いてた落とし穴に落ちて、んでけっこう可愛いハニ子に無理矢理魔血魂食わせられてさー……」
そう言ってエールに身振り手振りで事情を説明する長田君のすぐ側には魔血魂が転がっている。
「チャーンス! ひょい、ぱくっ……」
近くにいたハニーが魔血魂を拾い上げ、口に入れようとしたところを、エールは足を引っかけて転ばせた。
「何するんだよー!」
転がるハニーの手からこぼれた魔血魂をあらためて拾い上げた。
魔王がいなくなったこの世界でもう新しく作り出されることはない真っ赤で禍々しい魔王の血の欠片。
飲めば大きな力を授かるが、精神を血に乗っ取られることもあるレアで危険で相当やばい代物。
この魔王の力の源と、エール達は人類の存亡をかけて戦ったのだ。
「次の魔人になるのはぼくだー!」
「いや、ぼくだぞー!」
「ちょーだい!ちょーだい!」
エールが少しシリアスな雰囲気で魔血魂に思いを馳せていると、そんなことはお構いなしに足元にハニーたちにまるでお菓子をねだる子供のように群がってきた。
ハニーたちはこの魔血魂が欲しいのか、直接的な攻撃こそしてこないがエールを囲んで足をぺちぺちと叩きはじめる。
「生足ー! 細ーい!」
「ニーソのがいいー!」
「スカートだと思ったらキュロットだー! 騙されたー!」
魔血魂そっちのけで、そんなことを言っているハニーもいる。
エールが突然、がおーっ! と言って威嚇するとハニーはキャーキャー言いながら逃げていった。
「クルックーさんに渡して、封印してもらうべきでしょう」
日光はそう言ったが、AL教の力はだいぶ落ちていて封印してるものが盗まれているなんて話もある……エールはこれを狙うハニーがクルックーの元に大量に押し寄せているのを想像してなんだか嫌な気分になった。
とりあえず忘れないように魔血魂に油性ペンでハニーと書いてとりあえず鞄に突っ込んで持って帰ることにした。
「……それは本当に危険な物です。十分注意してくださいね」
先ほどまでわーわーとしてたハニー達や今のエールの緊張感のない様子に日光が少し呆れたふ。
エールはその後、お楽しみとばかりにもう阻むものはいない宝箱に近付いた。
鍵は掛かっていないようで当然の権利のようにそれを開けると中にはハニーからの差し入れなのか高級はに飯や巨乳やハニ子のグラビアやえっちな本、いかがわしいタイトルのラレラレ石などがたくさん入っていた。
特に巨乳グラビアが多く、付箋やしおりが挟んであって読み込んでいる様子が伺える。
「あっ、エール、待って、見ないで! それ大事な……」
長田君が何か言う前にエールはささっとはに飯だけ取り出して、宝箱にポイっと火を投げ入れる。
「うわーん!」
めらめらという音を聞いて長田君は泣いていた。
………
家への帰り道。
エールは魔人から解放された長田君と一緒にトリダシタ村への道を歩いていた。
「そういや魔王退治が終わったら改めて一緒に冒険に行こうって約束してたよなー」
魔王との決戦前夜のことである。
あの日は兄弟姉妹のみんなと色々な約束をしていたが、長田君と約束したのはまた冒険に行くことだった。
「まさに今がその時! って感じじゃねー? また冒険行こうぜー!」
そう言って冒険に改めて誘われると、エールは笑顔で頷いた。
「へっへー! んでさ、冒険って言っても目標みたいなの欲しくね? 俺はさー、やっぱ前に話したけど桃源郷探しがしてーなー! エールもなんかやりたいことあったりする?」
超オーロラ貝を超えるものに出会いたい、とエールが答える。
「そういやエールって隙あらば貝探してたもんな、趣味なの?」
エールは大きく頷く。 前の冒険でも4つの珍しい貝を持ち帰り、クルックーに大いに褒められていた。
ついでに父の頭にも貝を乗せて褒められている。
貝探しもだが、あと兄弟姉妹にもう一度会いに行きたい、とエールは語った。
「おっ、いいねー! それなら世界中回れる目標にもなるし? みんな元気にしてっかな?」
長田君も嬉しそうにしていた。
最初はどこに向かおうか?
「最初は一番近いトコ、リーザスがいいんじゃね? 冒険の準備をするにも金稼ぐのに仕事探すにも安全で豊かな国の方がいいしさ。ああいうデカいとこには冒険者ギルドってのがあるんだぜ」
エールは笑顔で頷いた。
もしかしたら、兄弟のコネを利用して国から依頼を受けれるかもしれない。
「へへっ、楽して稼げる仕事貰えちゃったりしてな! そーそー、リーザスってカジノがあるんだぜ? 一発当てちまうのも悪くねーかも」
二人が色々と思案した結果、最初の目的地はリーザスへと決まった。
ザンスは元気にしてるかな? 妹のアーモンドや修行でお世話になったチルディさんやリックさんにも会えるだろうか。
家族以外にもお世話になった人、会いたい人は世界中にまだまだいる。
そして未知の冒険が待っている場所がまだまだたくさんあるはずだ。
エールはニコニコと笑顔を浮かべて、スキップするように足取り軽く家に向かった。
そして家に帰り、エールが長田君と冒険に行きたい、とクルックーに言うとまるでそれを分かっていたかのように冒険の準備がされていた。
荷物はコンパクトにまとめられているが荷物を見ているだけで懐かしい気持ちとワクワクが込み上げる。もちろん日光も一緒だ。
「冒険を楽しんできなさい。貝のお土産も期待していますよ」
そう言ってクルックーは笑顔でエールを送り出してくれる。
きっと母と自分が満足できる珍しい貝を持って帰る、エールと長田君は大きく手を振りながら出発した。
旅の目標
・珍しい貝を手に入れる 母の喜ぶもの
・兄弟に会う、お世話になった人にも会う
・楽しい旅にする
エールは新しくした日記の最初のページにこの三つを大きく書いておく。
久しぶりの冒険、傍らにいるソウルフレンドとの今後の旅を思い浮かべエールは自然と笑みを浮かべた。
ちなみに魔血魂のことは完全に頭から抜けていたのでそのまま持ち歩くことになったが、それに気が付くのはだいぶ後の話である。
ともあれ、エールと長田君の新しい冒険が今スタートするのだった。
※ 2019/03/28 改訂