うし車に揺られてヘルマンに入り、それから歩いて数日。
エール達は無事にヘルマン共和国の首都ラングバウに到着した。
シャングリラで防寒具を準備したものの、すごい寒さである。
「いらっしゃい、エールちゃん。今レリコフを呼びに行ってもらったからちょっと待っていてね」
大統領府を訪ねるとすんなりと中に通され、最初に会った時のようにシーラが温かくて美味しいお茶とお菓子でエール達をもてなした。
なんでもお茶とお菓子は最高級品であるらしい。
「エールちゃん、ランス様を元に戻してくれてありがとうございました。もう魔王の脅威もなくなったと聞きました。ヘルマン共和国大統領として深い感謝を―」
シーラはエールに丁寧に頭を下げるシーラに戸惑って、持っていた菓子を落としそうになった。
レリコフもヒーローも助けてくれた。改まって礼を言われるようなことではない、とエールはぶんぶんと首を横に振った。
「へへっ、エールってばもしかして恥ずかしがってるー?」
エールはからかってきた長田君を割った。
「では、レリコフの母として。娘を冒険に連れて行ってくれてありがとう、エールちゃん。すごく楽しかったってレリコフずっと話していて」
優しく微笑んだシーラは美しく、元々は姫だったという気品を感じさせる。
エールは母クルックーの笑顔を思い出していた。
「あんたが噂のAL教法王の娘ってやつなのね。なんかもっとすごい強そうなのを想像していたわ」
もう一人、若い女性も同席していてお茶とお茶菓子を食べながらエールにそう言った。
「法王ってAL教で一番偉い人なんだしやっぱり家は金持ちなの? 寄付で暮らしてんの? エールだっけ、次の法王様だったりするとか… 私、長年シーラ大統領の秘書してるペルエレって言うの、よろしくねー」
大統領秘書を名乗ったペルエレは今度は媚を売るような笑顔になった。
「ペ、ペルエレ……」
「この人なんかすごいなあ」
エールもそれに同意した。 見た目こそエールと比べても離れていなさそうな若い見た目だが、長年勤めているいうこともあり凄い人なのだろうか、とエールも長田君も全く自分を隠さないペルエレの態度に逆に感心していた。
ちなみにモフス家は小麦の値上がりを気にする程度の生活でとても金持ちとは言えない。
「あっそ… 清貧ってやつか。落ち目のAL教の布教なんかヘルマンじゃ意味ないわよ。そういうのだったらよそ行った方がいいんじゃない?」
金持ちでないと聞いたペルエレは途端につまらなさそうな顔になった。
エールがAL教の布教なんかしたことないし司教でもないので、と答える。
「せっかく法王の娘っていうすごいとこ生まれたのに勿体ないことすんのね。 寄付で生活とかすっごい楽そうなのに」
ペルエレはそう言って眉をひそめ、シーラは終始困った顔をしている。
「若いのに大統領秘書とか凄いっすねー」
長田君が助け舟を出す様に言った。
「若いのは見た目だけ。 そういえばなんでここにモンスターがいるの?」
「ひっど! 俺はハニー界でも屈指のイケメンハニー―」
「だからあんたハニーなんでしょ。やっぱモンスターじゃん」
長田君はボクの大事な相棒です、とエールは改めて紹介した。
「……あんたさっきその大事な相棒割ってなかった?」
それは些細な事だった。 長田君は遺憾の意を示すが、それはエールにもペルエレにも届きそうもない。
「そうそう。エールちゃんのお母さん、法王様にはヘルマンがまだ帝国だったころ革命でお世話になったんですよ」
シーラが話を切り替えた。
変な人だの、村を放火しただの、あの法王と呼ばれてばかりの母クルックーが素直に褒められてるのを聞くのは珍しく、エールは驚いて目を丸くした。
シーラはエールのそんな表情を見て
「そういえばヘルマン最後の戴冠式の写真にも姿が写っていたはずだわ。見たことあるかな?」
そう言って帝国時代の最後の戴冠式だという大きな写真を持ってきてくれた。
荘厳な雰囲気で一枚の絵画を思わせる、ヘルマン帝国最後の戴冠式の大きな写真のパネル。
中央で冠を掲げている綺麗なお姫様が昔のシーラである。
「当時からすげー美人だったんすねー」
エールも長田君も感嘆する。
巨乳ではないものの確かにすごい美人である。もちろん今も美人であるが、白いドレスを着ているのもあって高貴な身分と淑やかさを感じる出で立ちだった。
顔立ちがレリコフに似ているが、レリコフも将来はこんな綺麗なお姫様になるのだろうか。
「あの火の玉娘がこんなになるわけないじゃん……私が使徒でなかったら何度か死んでるわ」
それを聞いたペルエレは呆れた顔をしていた。
そのシーラの後ろにいる見覚えのある黒髪の女の子、小柄であるがエールの母であるクルックーだ。
法王の衣装を身に着けた母の姿は凛とした威厳があってとてもかっこよく素敵だとエールはドキドキとした。
少し表情が硬いのは緊張しているからだろうか。
各国首脳相手でもいつも堂々としていて、いつもにこやかな母でも緊張することがあるんだなとエールは少し不思議な気分になった。
「いや、あんたの母親昔はずっとこんなカオでしょ?」
そう言うペルエレに母はいつもニコニコしている、とエールが強く言い返すと驚いた顔をした。
それとシーラの後ろに隠れてよく見えないが、クルックーの横にいるのがパン屋のお姉さんでもあり、エールの師匠であるテンプルナイツ時代のサチコである。
エールが生まれる何年も前から立派に母を守ってくれていたんだろうと思うと感動する。
「この人がエールの師匠なのか、どんな人なん?」
優しくてパンを焼くのが上手くて自分にいろんなことを教えてくれたとても尊敬できる人、とエールは答えた。
「へー、会ってみてーな」
今度、村に戻ったらちゃんと紹介する。パンも美味しいし、とエールが長田君に少し得意げに言った。
「私もサチコさんにはパン作りを教えてもらったことがあるんですよ。あと魔人さんとも仲良くしていました、優しくて良い方ですよね」
シーラが言うと、エールは笑顔になった。やっぱりサチコさんもすごい人だとエールは思った。
「サチコって何か聞いたことあるような、ないような…」
ペルエレはサチコの姿を見たことあるはずだがその印象は薄く、記憶に残っていなかった。
さらに写真を見ると手前にいるアーモンドに似た人はリーザスで師匠をしてくれたチルディなのだという。
「ええ、マジ!? エールより小さくね?」
後ろ姿からも分かるちんまり感、これがあのナイスバディになるのかと思うとエールの中で希望が湧いてきた。
真ん中で冠を授けられているのがヘルマン最後の皇帝だったというパットン。
レリコフといつも一緒に居るヒーローの父、エール達が魔王討伐の特訓でお世話になった人である。
そしてその妻であるハンティは全く姿が変わらないまま写っている。さすがカラーというところだろうか。
そういえば兄妹なのにシーラさんとパットンさんは似てないんですねとエールがいうと、シーラは少し悲し気な表情を浮かばせた。
何か悪いことを聞いたかと思ったが
「あんたとレリコフだって全然似てないじゃん」
ペルエレに言われると、エールは納得した。
そしてエールの父であるランスも写っている。
荘厳な雰囲気の中、目の前の光景をあまり興味なさそうな、つまらなさそうな表情で見ているのが父らしいな、とエールは思った。
改めて考えると、クルックーにシーラ、チルディとここだけで3人も父の女が写っていることになる。
「いや、あんたの父さんここに写ってる中でやってないのたぶんハンティさんだけだから」
「マジっすか」
長田君が驚いていたが、エールは父がハンティのような綺麗な人に手を出していないと言う方に驚いていた。
写真を見ながらまったりと談笑していると、
「エールー!長田君もー!」
「エールねーちゃーん!長田にーちゃーんー!」
爆音とともに扉が半壊した。
「レリコフ!ヘルマン家家訓――!」
シーラが言うのは間に合わず、突撃してきたヒーローに長田君は抱きつかれて粉々になった。
エールの方といえば足に力を込め、そのまま勢いに任せて飛び込んできたレリコフをなんとか受け止める。
「あんたよく吹っ飛ばされないわね!?」
「エールちゃん強いのね…」
シーラとペルエレが驚いている。
レリコフに抱きしめられる力は本当に強いけどとても暖かい。
エールは抱きしめ返した後、突撃のお返しとばかりにそのふさふさな髪と頭を撫で繰り回すことにした。ふわふわ揺れるレリコフの髪からは太陽の光を浴びた布団のような匂いがする。
「やーめーてー!」
そう言いつつ、レリコフは嬉しそうにエールにぐりぐりと頭をうずめていた。
一通り撫で繰り回すのを終えると改めて二人は挨拶をかわす。
「へっへー、一年ぶりだね! 連絡もないし、新年会にも来なかったから本当に心配してたんだよ!でも元気そうで良かった!」
ザンスと同じようなことを言う。エールは覚えていないが、とにかく一年ぶりらしい。
それについて聞こうとしたが
「エール、何見てたの?」
レリコフはエールが見ていたものをのぞき込んだ。
若い頃のシーラさんとレリコフはよく似てるね、とエールが写真を指さしながら言うと嬉しそうにする。
「へっへー、そうかな?色んな人からかーちゃんにちっとも似てないって言われるんだけどさ」
そう言って可愛く笑うレリコフを見て淑やかさこそないが、将来凄い美人になりそうだとエールは思った。
「懐かしいもの見てるなぁ」
そう言いながらパットンさんとハンティさんがやって来た。
なんでも、たまたまヘルマンに戻ってきていたらしい。
ハンティは半壊した扉を見て、レリコフとヒーローを叱りつけると二人はしょんぼりとしていた。
「他の人達は結構様変わりしてるのに、写真と比べても全然変わってないんだな。さすがカラー…」
長田君が写真の中のハンティの姿と比べてそんなことを小さく呟いている。
エールも見比べてみると、確かに少し髪が伸びたくらいでその姿はほとんど変化がない。
「詳しい年齢なんかもう覚えてないけどあたしは4000年ぐらいずっとこの姿だからねぇ」
二人のひそひそ話は聞こえていたようだ。
4000年、エール達には想像もできない年月である。
エール達は魔王退治の途中、お世話になったので改めて挨拶をする。
そういえばハンティさんになんでリセットと同じでクリスタルが赤いんですか?エールは前から疑問に思っていたことを口にした。
「父親みたいなこと言ってんじゃない」
ハンティはエールをぺしっと叩いた。
「お前、伝説の黒髪のカラーになんてこと言ってんだー!」
「あんたも苦労してんねぇ」
ハンティが平謝りする長田君に、そういってにししと笑いかけた。
聞いてみるとカラーはカラーでもリセット達とはちょっと違うらしい。
そもそも女しかいないカラーなのにヒーローは男の子、しかもドラゴンなんだからそういえばそうだ、とエールは納得した。
「怖いもの知らずと言うか。見た目はちっこいがやっぱ大将とあの法王の娘だなぁ」
パットンはそう言って豪快に笑っていた。
………
……
そのまま一泊させてもらえることになったので、エールはレリコフとお風呂に一緒に入った。
「ひゃー!わしゃわしゃされるー!」
わしゃわしゃと髪を洗われ喜んでいる姿はとてもわんわんっぽい。
エールがそのまま身体も洗ってあげようと泡のついたスポンジをレリコフの体に当てる。
「な、なにするの!」
そうしたら触られて真っ赤になっている。
女の子同士なのに、どうということもないと思うのだが。
「あ、あれ?そうだよね、変なの!」
そう言われて気を取り直したのか、とにかくその後は大人しくされるがままになっていた。
オノハほど上手いわけではないが、レリコフはとても気持ちよさそうにしている。
二人で一緒に湯船に入るとレリコフの胸の方が大きくなってる気がしたので触ってみた。
ふにふにと触ってみると可愛い反応をした。
「エールのえっち……」
エールは自分より小柄なレリコフと自分の胸で差がほぼない、いやレリコフの方が大きいように感じて、自分の胸をさすりながら若干の敗北感を味わった。
風呂上り、レリコフとヒーローは冒険話をエール達にせがんだ。
夜遅くだったので宿泊用にと特別に大きなベッドがある部屋を用意してもらい四人で入る。
さすがにヒーローまでは入れないらしくベッド脇に首だけのせており、長田君もエールやレリコフと同じベッドに入るのが恥ずかしいのかヒーローの隣に座っていた。
エールが何となくベッドに乗せられたヒーローの鼻をきゅむっと掴む。
「ん~~…何、エールねーちゃん?」
やんやんと首をかすかに振っている。
「う~…… 離してよ~……」
ヒーローはエールの倍ぐらいの大きさがある。
前にもやったことがあるが、そんな大きなドラゴンが可愛く顔を振っているのを見るのは楽しかった。
「こら、ヒーローは男の子なんだぞ。そういうことするんじゃありません」
エールは長田君に怒られてしまった。
掴むのをやめて軽く鼻を撫でると、ヒーローはちょっと嬉しそうにしていた。
「また二人で仲良ししてるー」
エールは隣に寝ころんでいたレリコフの鼻も摘まんでみた。
「ぎにゃー!」
変な叫び声をあげているが、表情はニコニコとしてとても楽しそうだった。
四人で冒険話や思い出話で盛り上がっていた。
長田君が話し上手なので、レリコフとヒーローは目を輝かせ、エールもそれを楽しく聞いている。
冒険話や思い出話に花を咲かせていると
「あ、そうだ! エール。ボクとした約束、覚えてる?みんなで冒険に行こーよ!」
レリコフが天真爛漫な笑顔でそう言った。
そういえばそんな約束をしていた。エールとしてはレリコフに会いに来ただけだったのだが
「オイラも行きたーい!」
「いいねー!ヘルマンってどっか冒険できる場所あっかな?」
エールも含めてその場の全員が乗り気だった。
ヘルマンってどこか冒険できそうな場所はある?とエールがレリコフとヒーローに尋ねる。
「東の方に古代遺跡があるよ。その地下が世界一深いって言われてるすごいダンジョンになってるって……マルリ、マグル、なんとか迷宮って言うんだけど知ってる?」
「もしかしてマルグリット迷宮!?聞いたことある!冒険者が腕試しとか、中のお宝で一攫千金とかって人気の観光スポットだったような」
「まだ誰も一番下まで行ったことないんだって! ボクたちで一番下目指して行ってみようよ!」
冒険の目的地はマルグリット迷宮に決まった。
明日、シーラさんに聞いて出発しよう。
途中で寝てしまったヒーローに布団を掛けようとした長田君が寝返りで割れていた。
※ 使徒ペルエレルート
ヘルマン帝国最後の戴冠式の大きな写真 … ランス9のイベントCG