次の日、エール達はマルグリット迷宮に行きたいとシーラに告げた。
「ごめんなさい、あそこは今入れないんです」
シーラは申し訳なさそうに言った。
「えー!なんでっすかー!?」
「古代の遺跡、マルグリット迷宮はヘルマン共和国と東ヘルマンとのちょうど間にあって……」
「間どころかほとんど東ヘルマンに乗っ取られたような地域にあるからね。全くヘルマンでは珍しい大事な観光遺跡だったっていうのに」
マルグリット迷宮のある場所はヘルマン東部。
ハンティが言うにはヘルマンを二分する内乱が起きた3年前、観光遺跡として冒険者に人気がある他、兵の訓練にも活用できるというその遺跡は所有権をめぐって争いになったこともあるが結局どちらのヘルマンも所有権を持つことなく実質閉鎖状態が続いているという。
「また東ヘルマン……でもあそこって魔王に対する何かだったんでしょ。もうとーちゃんは魔王じゃないんだから戦う理由とかないんじゃないの?」
レリコフとヒーローは諦めきれないのか口をとがらせた。
「バカ、魔王がいなくなったからこそ危ないんじゃないか。今ちょうど東ヘルマンと停戦交渉、もう争わなくていいように話し合ってる最中なのに向こうに行ってあんた達になんかあったらどうすんの」
「いなくなったからって恨みが消えるわけじゃないのよ」
ハンティが二人を窘め、シーラが真剣な顔をして目を伏せている。
「むしろ魔王じゃなくなったからこそ大将のこと探して復讐を、なんて考える奴らもわんさか出てきてるんだよな。そもそも魔王の脅威がなくなったってのを信じてない、こっちのデマだっていうやつらもいるぐらいだ。うちには色んな国の話が集まってくるが、世界各国で反乱の扇動してる連中の裏に東ヘルマンがいるって噂も入ってきてる」
パットンが言い辛そうなシーラに代わって話し始めた。
パットンは貿易独立都市の都市長、世界各国からの情報も仕入れているようだ。
「こっちが魔物を受け入れたりしてるのも気に入らないらしいからな。向こうさんとの解決はまだだいぶ先になりそうだ」
西ヘルマンは魔物界と面しているのもあって人間と魔物が共存している穏やかな国だが、東ヘルマンからすれば魔物は魔王の手下であり人間界を蹂躙した敵以外の何物でもない。
そんな部分も相いれないらしい。
東ヘルマン。
エール達を何度も魔王の子だからという理由で襲い、最終的には3万人というとんでもない数を引き連れて襲ってきたはた迷惑な連中である。
一応、魔王退治まで様子見という判断がされたというのをエールはハゲのおじさんから聞いていたが、リーザスでザンスからも聞いた通りまだ魔王の関係者にちょっかいかけてきているのは間違いないらしい。
エールが東ヘルマンを潰せばいいのでは?と言ってみた。
その場にいる何人かはぎょっとした顔をする。
「潰すって、簡単に言ってくれるな……」
「私もそれに賛成。この前の懇親会であのリア女王とかそろそろ東ヘルマン潰しましょって言ってたじゃん。 停戦交渉なんかしてないでさっさと潰しちゃえばいいのよ」
「もう戦いたくない、戦う理由がないって人も大勢いるんだからそういうわけにはいかないわ。リセットちゃんも交渉に参加してくれて……」
ペルエレは甘いことを言うシーラに呆れた表情をしているが、新年会と並行して行われる各国首脳による懇親会では東ヘルマンの処遇についても話し合いがされていた。
シャングリラは平和的解決を望み、リーザスは完全に潰してしまう方向に、各国で意見はかなり割れている。
「そういう連中って魔王云々じゃなくてこの機会に王族倒して自分達が権力を、なんて考えたロクでもない連中なんだろうけどね」
「一国潰すとなればそれなりの戦力もいるだろうしな。まぁ、難しいとこだ」
パットン夫妻も色々と思うところがあるようだ。
エール達に難しい大人の話は分からない。
とにかくマルグリット迷宮には行けないという事でレリコフとヒーローが冒険の出鼻をくじかれ落ち込んでいる。
「まー、そういう事情があるならしょうがないよな。平和になったらまた行こうぜ」
長田君が二人の肩を叩き慰めた。
エールは他にヘルマンで冒険できるところはありますか、と聞いてみた。
「え、えっと……うーん……」
「うちにそんなの求められてもね。そういえば廃墟になったショッピングセンター、ごろつきの溜まり場にもなってんだけどそこにゾンビがわんさか出るって噂があるわよ」
「ゾ、ゾンビ!?それにごろつきって……エール、俺はそんなとこ行きたくないぞー!」
ゾンビというとエールが真っ先に思い浮かべたのは勇者ゲイマルクだった。ああいうのがうようよいるだけではあまり楽しくなさそうだ。
「そうだわ。エールちゃんは冒険者ですよね?」
エールは大きく頷いた。
「前にオーブ探しで行ってもらったシベリアのホルスの巨大戦艦に魔人が出入りしているという噂があるんです。調べてきて貰えないでしょうか?」
「ああ、そういえばエールって日光持ってたんだっけ。確か日光って魔人が近くにいると分かるんだよね」
エールは日光を構えて見る。
「確かに私なら魔人の気配を探ることが出来ますが……魔人がいるのですか?」
日光は警戒するような声で答えた。
「あくまで噂という事になっています。そして魔人が出入りしていると言えど何か被害があったという話は全くありません」
魔人でありながら人類に協力していたというリズナ、ながぞえこと長田君や少し前に会ったケーちゃんなど魔人といえど色々いる。
それと同じで危険のない魔人ということだろう。エールはかばんのポケットに入れたままの魔血魂を思い出した。
魔王の血を滅ぼしたあの場に居なかった魔人の魔血魂は吸収されなかったので、噂が本当ならそれを逃れた一体か。
「放置してても良いぐらいなんだけどね。日光持ちに会って大丈夫って言ってもらえりゃ向こうさんも安心するだろうからさ」
「ハンティ様はその魔人に心当たりがあるんですよね」
「……長生きしてるからね」
「エールさん、行ってみましょう」
日光の言葉にエールは大きく頷いた。
「前はオーブ探しとなんか暴れてたやつやっつけたりでゆっくりできなかったもんな。ちょっと探検とかさせてもらおうぜー」
長田君の言葉にエールも大きく頷いた。
あの戦艦は見たことないものだらけで見回ったらとても楽しそうである。
「あの時以来テラちゃんに会ってなかったから久しぶりだなー。あ、知ってる? ホルスって空が飛べるんだよ! 持ち上げて飛んでもらおーよ!」
「美味しい蜜とかあるんだよねー、オイラも楽しみー!」
二人も気力を取り戻し、嬉しそうにしている。
「やっぱりあんた達も行くの?」
「ボク達も行っていいでしょ?」
「いや、レリコフはいいんだけどヒーローはねぇ…」
ハンティが少し言葉に詰まる。
「かーちゃん。なんでオイラはダメなのさ?」
「いや、ドラゴンだからちょっと警戒されるかもって思ってね。まあ、テラ女王と会ったこともあるし大丈夫か。行っといでー」
少し息子を心配したが、これも経験と送り出すことにした。
エール達の次の冒険の地はマルグリット迷宮から変更、ホルスの巨大戦艦と決まった。
………
……
大統領からの依頼という事で冒険の準備はヘルマンが支援してくれることになった。
4人でワイワイと冒険の準備をしている。
長田君はしっかりと遭難セットに各種薬、リーザスで買えなかったマヨネーズも添えてそれぞれの荷物に忘れずにつめていた。
ヒーローが重いものは持ってくれるとのことなので大きなテントも借りている。
そういえば遭難セットのおかげで助かった、エールはそれを思い出して礼を言いながら長田君の頭を撫でた。
「へへっ、備えあれば患いなしってなー」
長田君が照れながらさらに気合を入れて冒険準備をしている。
「備えあれば嬉しいな、かー。そうだね、冒険楽しみだね!」
レリコフは少し聞き間違えながらもニコニコしながらそれを手伝っていた。
「あっ、食べもの全然足りないね。缶詰とか貰ってくる!」
そう言ってバタバタと外へ出て行ってしまった。
「遅いな、レリコフはどこまで行ったんだ?」
「戻ってこないねー」
出て行ってからかなり経つが戻ってくる気配がない。
迷子になったのかもしれないとエール達は手分けしてレリコフを探すことになった。
「レリコフもお家で迷子になるってことはないと思うんだけどー…」
ヒーローはそう言っているがとにかく冒険準備からこれだと巨大戦艦まで無事に行けるだろうか、エールは前回の冒険で遭難したこともあり少し心配になった。
………
エールが巨大な城の中をレリコフを探してうろうろしている。
リーザスとは違って華やかさはなく、城と言うより要塞に近い印象がある。
内部は火が煌々と焚かれていて温かいが、どうも冷たい印象を受けるのはすれ違う兵の甲冑が黒で統一されてどこか重々しい印象があるからだろうか。
エールは寒々しい空の下、大広場で兵達が訓練をしているのを何となく見下ろしていた。
ヘルマン軍は揃いも揃ってみんな身長が高く、体格がいいこともあって無骨な黒い鎧が似合っている。
そしてその黒い甲冑が並ぶ中ゆらゆらと輝く金髪の小さな人影がちらりと見えるのを発見した。
「……それでね、エールはボクたちのリーダーとして頑張ってくれて、エールがいたから皆で集まれて頑張れたし、とーちゃんも元に戻せたし、魔王の心配もなくなったんだ。色々言うけどみんなエールの事ちゃんとリーダーってあのねーちゃんやにーちゃんも認めてて――」
レリコフに近付くと、エールはなぜかしきりに褒められていた。
「あっ、噂をすれば。おーい、エール!」
レリコフがエールの姿に気が付くと大きく手を振って手招きをした。
片方の腕には食料の缶詰が入った大きな袋を抱えている、どうやら食料を確保した後話し込んでしまったらしい。
「へっ? もしかしてこのチビちゃんがレリコフの話してた……」
「うん、さっき話してたエール! とーちゃんとAL教の法王様の子、ボクの兄弟だよ」
「マジかよ… こんな小さい女の子が魔王退治のリーダーだったなんて信じらんねーな」
レリコフが話していたその男は驚いた表情でエールを見た。
「あっ、ちゃんと紹介するね!こっちはうちの国の将軍さんでロレックスさん。すごく強くて、あと偉いんだよ!あとそのお供のオルオレさん」
「紹介がふわっふわっすねー」
レリコフはニコニコしながら二人を紹介した、
エールはヘルマンの将軍だという初老の大男、ロレックスとその副官オルオレと挨拶を交わした。
「しかし本当にこんな嬢ちゃんがあの曲者ぞろいの魔王の子をまとめてたってのか。 どんなすごいのが出てくるかと思えばこりゃまた想像してたのと随分違うっつーか……」
「大将、失礼っすよ。世界を救った英雄様の前ですぜ」
目を丸くしながらじろじろと見てくるロレックスに脇にいたオルオレが軽い調子で言う。
「エールってすっごい強いんだよ。なんかいま使える人全然いなくなっちゃってる神魔法が使えるんだ。ボクもいっぱいお世話になったんだ」
レリコフは少し得意げにそういった。
エールは照れて首を横にぶんぶんと振った。
「……あの男の血、本当にどこ行っちまってんだろうな」
AL教法王の娘のエール、シーラ姫の娘のレリコフも、そして弟子であるチルディの娘であるアーモンドも父親であるはずのあの男ことランスとは全く似ていないように見えた。
「そういえば、ボク闘神大会で負けたままだったね。次は負けないから!」
ザンスと同じようなことを言っている。
そういえばあの時ボクが勝ったのにレリコフは何もさせてくれなかった、とエールが少し意地悪を言った。
「一日好きにできるってやつだっけ? そういえばそうだったね。エールはなんかボクにしてほしい事とかある?」
エールは考えたが特になかった。
「レリコフ、あんまそういう約束すんなよ。こっちの嬢ちゃんが男だったら何されるか分からないだろ。なんつーか、女の子はもっと体は大切にしてだな……」
「大将、すっかり爺くさくなりやしたね。そんなんだからチルディお嬢ちゃんにも孫馬鹿爺ちゃんみたいだとか言われるんすよ」
「そういえばアーちゃんにいつもデレデレしてるよねー」
「うるせぇぞ」
チルディさんとアーモンドを知っているのか、とエールは尋ねた
「嬢ちゃんも知ってるのか。そりゃそうか、妹だもんな」
エールはリーザスでチルディに師匠をしてもらったことを少し話した。
「へー、んじゃ俺の孫弟子ってわけか」
ロレックスは昔、チルディの師匠をしていたことがあるらしい。
「こう見えて人斬り鬼とか呼ばれてた時代があったんすよ」
「パットン叔父さんと一緒にボクに必殺技とか教えてくれた人でとっても強いんだ」
あのチルディの師匠と言うだけで、相当な人物なはずだ。
この慕われている様子からも良い将軍なんだろうな、とエールは思った。
「しかしレリコフも結構強いと思うがこの嬢ちゃんに負けたのか」
「うーーーーーーーーん……」
レリコフは悔しそうに唸った。
「そうだ、いまやったら勝てるかも! エール、ボクと勝負しようよ!」
レリコフがそう提案した。
その前に腕に抱えた食料置いてきた方がいい、とエールは言った。
「すっかり忘れてた。ボク達冒険の準備してたんだっけ、荷物おいてくるからここで待っててー」
レリコフは長田君とヒーローを連れてすぐに戻ってきた。
「え、え、え、なんで二人戦うことになってんの? 俺達、冒険の準備してたのに?」
エールも首を傾げた。
とにかくエールとレリコフで模擬戦をすることになった。
「面白そうなことやってんなぁ」
「レリコフが言い出したんだろうけどね」
「二人とも怪我しないようにね」
「もうちょっと早く分かってれば賭け出来たのに」
シーラ達も仕事の手を止めて観戦しに来ると、何が始まるのかと兵士やメイドも集まってきて、ちょっとしたギャラリーを抱えることになった。
闘神大会と同じルールでいいのか、とエールが聞いた。
「うん、こういうのってリベンジっていうんだよね! へっへー、今度は負けないよ!」
「がんばれ、レリコフー!」
「負けるな、エールー!」
リーザスではチルディに稽古をして貰った身、エールも無様な姿は見せられない。
日光をスラっと抜いて構える。
レリコフも前に負けたのが悔しかったのか真剣な顔をして構えの姿勢をとった。
「はじめ!」
ロレックスの合図で二人は戦い始めた。
エールは色々と考えていた。
レリコフが別れた時のままならレベル的に勝機はないが、ザンスと違いレリコフは軍隊に入ってるわけではなく多少レベルは落ちているはず。
そしてレリコフは一撃は重く素早いが、技の後には隙が出来ることと、エールの攻撃を避けようとしない、とにかく突撃あるのみという戦い方。
逆にエールはあまり攻め込まず日光を使い攻撃を受け流し、魔法を主体に戦いつつ、しっかり持久戦に持ち込むことにした。しっかり回復を挟んでちくちくとレリコフの体力を削っていく。
「エールねーちゃん、ずるいよー!ずっと回復されたら勝てないよー!」
ヒーローが抗議の声をあげ、ヘルマン勢のギャラリーからもブーイングが上がる。
「闘神大会と同じルールなら回復魔法は別に卑怯な手ってわけじゃないぞー!」
長田君の言う通り、ブーイングされようとそれはそれこれはこれ、エールは負けたくなかった。
レリコフはというとエール相手はとにかく戦い辛かった。
ここはヘルマン、魔法使いがほぼいない戦士の国である。レリコフの戦い方もどうしても戦士相手になりがちだった、
近接攻撃をしてくる相手ならカウンターで反撃もできるのだが、エールは魔法主体で戦い常に一定の距離をとられる。
必殺技を入れても回復されてしまうので、じわじわと追い詰められてしまう一方だった。
二人はかなり長い時間戦ったが、レリコフの体力が先に尽きて膝をついた。
「それまで!」
ロレックスの合図で試合が終わり、勝ったのはエールである。
「へっへー、やったな。エール!」
長田君が嬉しそうにエールに近付いてきてハイタッチ。
「また負けちゃった。良い所まで行ったのになー」
エールはレリコフにヒーリングをかけながら助け起こした。
「えへへ、ありがと。エールはやっぱ強いね」
エールとレリコフはまた握手を交わし、ギャラリーからは二人をたたえるように拍手が鳴った。
「頑張ったわね。レリコフ」
シーラがレリコフの頭を撫でると、レリコフは何も言わず抱きついてぎゅーーーーっと胸に顔をうずめる。
たぶん泣いてるのだろうが、エールはそれを見て少し羨ましくクルックーに会いたくなった。
エールはシーラに顔をうずめているレリコフの頭を撫でてみる。
「な、泣いてないよ!」
ぱっとシーラから離れたレリコフをエールはじっと見つめた。
レリコフはエールが相手だと全力で戦えず、無意識的に力を押さえてるんじゃないかと話した。
「え? うーん、そうなのかな? 自分じゃよくわからないけど」
例えばザンスはエールに回復され続けたら負けるというのを分かっていて間合いを詰め、攻める手を一切止めなかったため、付け入る隙もなくあっさり負けてしまった。
短期決戦の玉砕覚悟で突っ込まれていたのなら容易に押し負けエールに勝ち目はなかっただろう。
逆にエールは普通の魔法使いのように脆くはないのもあって、上手く長期戦に持ち込み間合いをつめられなければどうにでもなる。
「わー…なんかエールかっこいい……」
冷静に分析するエールをレリコフは目をキラキラさせて見つめていた。
だが、勝ちは勝ち。リーザスにまた寄ることがあったら師匠であるチルディに報告しよう、とエールは胸を張った。
「むー、次は負けないからね!」
「なんつーか、教え子が負けるってのはあんま気分のいいもんじゃねーなあ」
「魔法はなあ……理不尽だから好かん」
レリコフに技を教えた師匠二人はそう言いつつ、その様子を微笑ましく見ていた。
「しかし神魔法か。今はもう新しく使えるようにならないって話だったよな」
「うちの参謀総長サマが見たらしっかり勧誘とかするんでしょうねぇ」
その参謀総長は現在、産休中である。
「……んでさ。俺達、冒険の準備してるんじゃなかったっけ?」
長田君がそう言うと
「そうだった! 早く出発しなきゃ! 行こう、エール!」
レリコフはこれからの冒険に胸を躍らせながらエールの手を引っ張っていく。
「ふふ、ありがとう。エールちゃん」
すぐに元気に笑って走っていく娘に安堵し、シーラは笑みをこぼした。