次の日、エール達はホルスの巨大戦艦を出発する。
テラや従者のホルスが礼を言いながら見送ってくれているが、魔人であるメガラスは顔を出していなかった。
「もー、魔人とはいえほんっと分からん奴だったな! こういうのって歩み寄りが大事っつーかーもっと愛想良くしないと誤解されちゃうぜ?」
長田君はちょっと怒っている。
「申し訳ありません。 ソソソ」
謝るテラを前に、エールが長田君を軽く叩いた。
「それじゃねー!テラちゃん!ホルスのみんなー!またねー!」
「お土産ありがとーっ!」
「皆様も道中お気をつけて。 ソソソ」
手を振って別れる。
エールは巨大戦艦の上部に白い影がいたような気がしたので、そちらに向かって軽く手を振る。
どう反応を返したのかは、雪で見えなかった。
………
……
「ただいまー!かーちゃん!」
「おー、ご苦労さん。どうだった?」
シーラは仕事中なのか、ハンティが代わりに息子達の帰りを待っていた。
「テラちゃん達も元気でやってたよ。なんかホルスの魔人で、すごい昔に魔人になったんだって。白くてカッコよかった!」
説明が相変わらずふわふわなレリコフに代わってエールはホルスの戦艦にいた魔人メガラスは危険がないということを報告した。
テラが魔人がいることが知られたらホルスに敵意が及ぶことを危惧していたことも伝える。
「なるほどね。でも、これで向こうさんも安心しただろ。ホルスに何かあったらこっちで対処するよ」
エールはお願いします、とぺこりと頭を下げた。
エールは日光の使い手、いざとなったら魔人と戦わなければいけないが万が一にもホルスと戦いたくはなかった。
「そういうとこ両親に似てないね」
ハンティは笑ってエールの頭をポンポンと撫でた。
「あ、かーちゃん!お土産ももらってきたよー!」
ヒーローが担いでいたホルスのお土産を手渡そうとする。
「わーい、これ美味しいのよね、気が利くじゃん」
中身はホルスの木の蜜である。
どこからともなく現れたペルエレが嬉しそうにお土産を受け取った。
「盗むんじゃないよ」
ハンティはちょっと不審な目でペルエレを見ている。
「シーラ大統領、呼んできまーっす」
その厳しい目にびくっとしながら足早に去って行った。
「あっ、お土産、俺達の取り分貰っておくの忘れた! 待ってー、分けてー!」
その後の長田君が追いかけていった。
………
仕事が一段落したらしいシーラにまたお茶を振舞われながらまったりとすごす。
「テラちゃんに美味しいのいっぱいごちそうしてもらったよ!蜜って焼いたり煮たりできるんだね!んでね、メガラスさん?は全然お話してくれなくてね。それと向こうに行くまでに雪うさぎに襲われてやっつけたんだー、すごいいっぱい出てきて――」
「レリコフ、話すなら順番に話そうぜ。キャンプでレリコフがエールに料理教わったこととかさ。あと雪うさぎ見つけたら避けような、あれは俺らじゃなかったら死んでんぞ!」
「あ、そうだね!エールがボクに料理教えてくれたのー、簡単なんだけど美味しく出来てみんな褒めてくれてねー!」
レリコフは相変わらず要領を得ない話ぶりに長田君に補足を入れられつつ、一所懸命にシーラに冒険話を聞かせていた。
冒険といっても本当に短い時間だったが、レリコフにはとても楽しいものだったのだろう。大きなことこそ起らなかったのだが、ホルスの巨大戦艦を見回ることも出来てエールも楽しかった。
「なー、エール。 レリコフとヒーローにも会えたしちゃんと冒険もしたしさ、そろそろ次の目的地に向かわない?」
話が一段落すると長田君がそう切り出した。
次の目的地はゼス。そしてその前に通るクリスタルの森、ペンシルカウである。
そんなにやくカラーの美女に会いたいの、とエールが長田君に口をとがらせながら言った。
「そりゃそうだろー! 普通は入れない幻の村! 美女揃いのカラーばかりの桃源郷だぜ!?」
「ペンシルカウねぇ… シャングリラとそうカラーの数も変わらないと思うけど」
ペンシルカウで始祖と呼ばれるハンティにも、少し前まで近くに魔王城が出来たため放棄されてたのもあり大分懐かしい場所である。
「カラーだけってとこに意味があるんすよー! 女しかいないカラーだけの村とか俺が行けば自然とハーレム…… へへへ! 冒険者としても男としてももう楽しみで楽しみで」
エールが長田君を叩き割りつつ、紹介状ももらっているので行ってきます、とエールが話した。
「えー!エールねーちゃん達、もう行っちゃうの!?」
「もっと一緒に冒険しようよー」
レリコフとヒーローは寂しそうに声を上げた。
エールは寂しそうにする二人を見て、レリコフ達も一緒に来ない?と二人を誘った。
「おっ、いいねー! 旅は大勢いた方が楽しい俺も賛成! 二人とも強いし力もあるから旅楽になるだろうしな! トラブルも増えそうだけど」
長田君がちょっとだけ本音を出しつつ、賛成した。
「わーい! ボクもペンシルカウって行ったことないし楽しみ! んじゃ、ボク達も一緒に――」
「ダメよ。レリコフ」
快諾しようとしたレリコフをシーラが止めた。
「あなたはまだ小さいんだし、ヘルマン国内ならともかくお外に冒険に出すわけには行かないわ。もう少ししっかりお勉強して、しっかり修行をしてからよ」
「大丈夫だよ。 ボク達強いし、年もエールと同じぐらいだし」
そういうレリコフにペルエレが口を挟んだ。
「シーラの娘として顔知られてるんだから、下手に外行って誘拐されたりでもしたらシャレにもならないわ。せめて東ヘルマンなくなってからにしなさいよ」
「ペルエレおばさんまで…」
「おばさんって呼ぶなって何度言ったら分かんの」
ペルエレは何歳ぐらいなんだろう、エールは首を傾げた。
「あたしも賛成できないね。いざとなったらレリコフと、ヒーローもだけどヘルマンの大事な戦力だ」
ハンティが少し真面目な顔をしていった。
いざ、というのは東ヘルマンとのことだろう。お隣が危険な国で大事な戦力を持っていくわけにはいかない。
「まー、東ヘルマンのこと解決したらまた来るからさ? そん時はマルグリット迷宮にも行こうぜ」
寂しそうにする二人をエールと長田君が慰めた。
「でももうちょっと!もう少しだけ一緒に冒険しよう!」
レリコフは必死な顔で二人を引き留めた。
「でも、ヘルマンって他になんかいけるとことかあるん?」
「えーっと、んじゃそうだ、番裏の砦とか。魔物界に面してるすっごい大きな要塞で端から端まで歩くと何日もかかるぐらい大きいんだ」
「要塞かー、そこになんか面白いものでもあるん?」
「え、えーっと……すごく大きいよ?」
他に特徴はないのか、レリコフは言い澱む。
「なんかさー ヘルマンって冒険とか観光には向いてない国だよな。半分雪だし、ご飯も美味しくないし」
「す、すいません…」
長田君がはっきりと言ったのでシーラは困った表情を浮かべて謝った。
エールは長田君を叩き割ったが、実のところ後半には同意である。
ヘルマンは首都ですらリーザスのような大衆的な娯楽施設はなく、普通のアイテムショップの規模も小さい貧しい国だった。
農作物が育ちにくい寒冷地がほとんどなこともあって特に食糧事情は悪く、石のようなパンとイモが主食でどうも栄養に欠けている味ばかりである。
特にエール達はヘルマンに来る前、リーザスで豊かで美味な料理にありつけていたのもあってヘルマンパンを齧った時は本当に食べ物なのかを疑ったほどだった。
「ここにいる間は美味しいもんだしてあげてんでしょうが、贅沢言ってんじゃないわよ」
ペルエレの言う通り城に滞在している間は温かいものを振舞って貰えている。これは一般的なヘルマン国民からするととても贅沢なことなのだが、いわゆる美味しいものはほとんどが輸入品だった。
「慣れるとお芋とかヘルマンパンも美味しいよ?」
そう言ったレリコフにエールはちょっと顔をしかめた。
トリダシタ村ではサチコが焼いた美味しいパンをしこたま食べていたエールにとって、味のない石と勘違いするようなヘルマンのパンは同じパンと言ってほしくないようなものだった。
「美味しくはないんじゃないかなー…?」
ヒーローもあまり気に入っていない様子である。
レリコフは美味しくないものもニコニコしながら食べるがそれはこのヘルマンで育ったからなのかもしれない、エールはそんなことを考えた。
「エールさん、少しよろしいですか?」
珍しく日光が口を開いた。
「ホ・ラガという名前をご存知でしょうか? 今では北の賢者や全知の老人等と呼ばれている人物なのですが」
修行の時にブリティシュからそんな名前が出た気がする。
かつて魔王を倒しに出たというすごく強い冒険パーティのメンバーの一人で日光やカオス、カフェの冒険仲間だったはずだ。
「その通りです。ホルスの巨大戦艦よりもさらに北東、大陸の端に塔を構えているのですが……よろしければ会いに行っていただけませんか?報告と言えばいいのか、私はただ話がしたいだけなのですが」
長田君がさっと地図を取り出して広げた。
「北の賢者の塔、私達も伺ったことがあります。この地図ですと大陸北の尖った陸地の端ですね」
シーラが指さした場所は世界地図の北東先端部分である。
「うわー、すっげー辺鄙なとこじゃん。まじで北の端っこ……」
「ボクも行ったことないな。こんなところに人がいるの?」
巨大戦艦があった場所が近く感じるほど遠く、レリコフも訪れたことない場所であるらしい。
「それは間違いなく。天候もホルスの巨大戦艦よりさらに厳しいものになるでしょう」
日光は何度か訪ねたことがあった。
その時は日光オーナーでのちに魔人となった少年、そしてその恋人である魔王の少女が共にあり多少の天候など恐れることはなかった。
しかし今回のエール達はいくら強いとはいえあくまで人間である。
いかに無敵とはいえ寒い寒いと震えて半泣きになっていた魔王の少女とそれを庇い元気づけていたかつてのオーナーである少年の姿をを思い出す。
「確かにここへ行くのは、雪を知らない人が行くというのは自殺行為ですね……」
「マジすか。 んじゃ、今回は遠慮するってことで」
長田君が早々に断ろうとしたが、エールはどうしたらいいのかをシーラに尋ねる。
「氷雪地帯の案内人を頼る必要がありますね」
「ええええ、エール、こんなとこマジで行くの? それよりはやくペンシルカウにさー…」
嫌がる長田君の言葉を遮るようにエールは大きく頷いた。
日光のたっての頼みであるし、もう少しレリコフ達と冒険がしたかった。
「もしかして、ボク達もうちょっと冒険できる?」
「やったー!」
嬉しそうな二人を見つつ、ボク達だけじゃ不安だから冒険慣れした長田君にも協力してほしいとエールが手を合わせて願いする。
「長田君も行こうよー! みんな一緒なら大丈夫だって!」
「長田にーちゃんいないと寂しいよー」
さらに二人にお願いされると長田君は得意げに跳ねる。
「へへっ、しょうがねーなぁ! お前らだけで行ったら遭難とかしそうだし、俺も行ってやるぜ!」
長田君はちょろかった。
「分かりました。依頼をこなしてくれたお礼もありますので案内人のほう、手配させていただきますね」
「ありがとうございます、シーラ大統領。 エールさんもよろしくお願いしますね」
日光は丁寧に礼を述べた。
………
「そうだ、その間みんなうちにこない? 今、ちょうどヘルマンの上空にあったから」
ヒーローがいううちというのは空飛ぶ城、ランス城のことだ。
「あん時はホント大変だったよなー… 魔王にやられて俺達ボロボロでさー、終わっちまえば良い思い出だけど」
魔王に敗れ、クエルプランに飲み込まれ、心が折れかけた。
「あの時のエールはかっこよかったよねー!」
人類の首脳や伝説の強豪が集結し、エール達が新たな決意を胸に修行をした思い出の場所である。
「かーちゃん!みんなをランス城に連れてってあげたいんだけどいい?」
「いいよいいよ。いやー、あんたがレリコフ以外の友達をうちに連れてくるなんて初めてだねぇ」
ハンティが嬉しそうに歯を見せて笑った。
現在はヒーローの両親、パットンとハンティが治める独立貿易都市になっている無敵ランス城。
独立都市ではあるが都市長が元ヘルマンの皇帝ということもあり、ヘルマンにとっては大事な貿易手段にもなっていた。
「前来た時は大変だったし、中見回ったりできなかったろ。せっかくだから温泉に美味しいご飯とか用意したげるよ」
「わーい、ありがとー、ハンティ叔母さん!」
「ふふ、よろしくお願いしますね。ハンティ様。兄様と話すこともあるので私も後で伺います」
ヘルマン上空に空飛ぶ城が島ごと浮かんでいる。
空飛ぶ城まではキャンテルというドラゴンが手慣れた様子で運んでくれた。
「浮かんでるってだけでもおかしいけどさ。すげー変なデザインの城だよな、趣味が悪いっつーか」
近付いてくる珍妙なデザインの城を見つつ、エールも頷いた。
「あれ、とーちゃんの趣味らしいよ?」
あまり知りたくない事実だった。
「お帰りなさいませ、ハンティ様」
恭しく頭を下げて出迎えたのは、魔王城で会ったメイドのビスケッタであった。
「あれ、この人魔王城でメイドやってた人じゃなかった?」
長田君もしっかり覚えていたようだ。
エールも魔王城でもてなされたことを思いだす。
「お久し振りでございます。こちらの城は元々御主人様の物、主が戻るまで管理をさせていただくことになりました」
「有能なメイドが増えてこっちはラッキーだったね」
「全くだ。 問題は大将がいつ俺の城返せー!って言ってくるかだな……」
そういうパットン夫妻にビスケッタは続ける。
「ただいま各国の食材を使用したお食事の準備をさせていただいております。準備が終わるまでよろしければ私が城内を案内いたしましょうか?」
「ホント、気が利くねぇ」
ビスケッタはパットン夫妻に頭を下げると、四人を優雅な手つきで後についてきてほしいと促した。
ビスケッタに説明を聞きながら城内を探索。
たくさんの客室に会議室や宴会場、大きな食堂。AL教の教会にプール、屋内体育館、学校に図書館といった教育施設。噴水付きの広い中庭、屋上には森林。王城に相応しい謁見の間に、各国の大使館だったという豪華な部屋。地下牢や拷問室のような怖い施設。そして広い温泉に不思議空間……改めて見回ったランス城は並べればきりがないほどに何でもありの巨大な城だった。
「無敵ランス城は魔人戦争の際、人類の総統司令部としても使われた場所です。主要施設は全て網羅しております」
ビスケッタがそう説明する。
主要国家の城に比べたら敷地こそ小さいものの、施設の充実ぶりはどこの国の城にも負けていないのではないだろうか。
そして珍妙なデザインだと思っていたが、リハポリット風建築をベースに有名デザイナー・タランピ氏が丹精込めて最新技術の粋を集めて作られたらしい。
「へー、そりゃものすごい城だなー!広いだけじゃないっつーか、浮いてるだけじゃないつーか」
長田君が分かったように頷いてるがたぶん適当に頷いているのだろう、エール達にはさっぱりわからなかった。
元々はCITYにあったそうだが、その戦争の際に色々あって聖魔教団のかつての闘神都市の技術により空に浮かんだらしい。
空に浮かんだことでランス城から無敵ランス城に名前が変わったというのを聞いたエールと長田君はランスのセンスに首を傾げた。
その際の聖魔教団の技術を起動をしたのはシーラだったことなど、ビスケッタが丁寧にエール達に説明をした。
「聖魔教団とか闘将とかってあの動く機械みたいな人達? かーちゃんが前に使ってるの見たことけど、面白い人たちだよね」
「レリコフも使えるようになるんだっけ?」
「うーん……なんかかーちゃん全然教えてくれないんだ」
レリコフが唸る。シーラは自分の父親であり、レリコフの祖父のこともまだ話していなかった。
魔人戦争後、ランスが魔王となり翔竜山に魔王城を建設し始めると自然と無敵ランス城は放置状態に。その後、パットン達がエール達が今から会いに行く予定の北の賢者の教えを受けて動けるように改良、空飛ぶ商業都市になったそうだ。
ビスケッタの説明を知っているはずのヒーローやレリコフも含め、四人はワクワクとした表情で聞いていた。
その中でビスケッタがランスのことを敬愛しているのが垣間見える。
ランスが魔王になってまで仕えていたのだ、ほとんど話したことはない父親だが慕われているのを知ると嬉しくエールとレリコフは顔を見合わせて笑いあった。
………
……
ランス城内の大きな食堂。独立貿易都市と言うだけあって世界各国の食材が使われた豪華な料理が並べられていた。
「あんた、女の子なんだからもっと落ち着いて食べな」
ハンティが呆れた顔でエールを見る。
「エールは落ち着きがないよな。そんなんじゃ嫁にいけないぜー?」
「そんなに急いで食べなくても大丈夫だよー、エールはあわてんぼさんだなー!」
笑っている長田君とレリコフだが、エールは二人に言われたくはなかった。
食事の後は広い温泉。
前のようにエールがレリコフの髪をわしゃわしゃと洗っていた。
エールが気持ちよさそうにふにゃっとしたレリコフを洗い終わると
「えへへ、今度はボクもエールのこと洗ってあげる! 任せてー!」
レリコフはそう言ってエールの頭に大量のシャンプーをかけて泡だらけにした後、力任せに指を動かした。
エールはその勢いにひっくり返りそうになりつつ、頭をじんじんとさせながらもっと優しくしてほしいと訴えた。
「ご、ごめん! やってみると難しいね……エールのはすごく気持ちいいのに」
わんわんを撫でる感じ、とエールが注文するとレリコフは大きく頷いてその通り優しく指を動かす。
今度はとてもくすぐったくエールはむずむずとにゃーっと声を上げた。
「お邪魔します。エールちゃんとレリコフは本当に仲良しね」
「イチャイチャしてんねぇ」
そうしていると仕事を終え訪ねてきたシーラとハンティも一緒に入ることになった。
泳げるほど広い温泉でレリコフがバシャバシャとはしゃいでいる中、エールは子持ちの大人二人をまじまじと見つめた。二人とも美人でその裸体は大変目の保養であるが、あえて言えばシーラは大きくハンティは控えめである。
「なんか失礼なこと考えてない?」
ハンティのじろりとした視線を受けてエールは首を横にぶんぶんと振った。
あの超女好きである父が作った城なら温泉は混浴だと思っていた、とエールがごまかす様に話す。
「ランス様は女湯にも普通に入ってきてましたので」
「むしろあの男は男湯ほとんど行ってなかったんじゃないのかい。更衣室にもしょっちゅういたよね」
「あはは……」
シーラは否定しなかった。
「おーい、レリコフー!そっちはどうー」
隣が男湯なのか、ヒーローの声が聞こえくる。
「気持ちいいよー!エールが頭洗ってくれたー!」
「いいなー! こっちは長田にーちゃんの頭が取れちゃったー!」
「えー!?大丈夫なの、長田君!?」
「わー! 言わなくていいからー! やめてー!」
レリコフは頭が取れたというのをやたら心配しているが、エールは長田君がかつらなのを知っていたので声を殺して笑っていた。
「全く風呂でも騒がしいね。元気がいいこった」
楽しそうに壁越しに会話をしている子供達を見て、ハンティとシーラが微笑みを浮かべる。
「レリコフはもう年頃なんだから男湯に入ったりしちゃダメよ?」
「はーい!」
エールはレリコフが温泉旅館で男湯に飛んで行ったのを思い出し、自分のことは言えないがレリコフがちょっと心配だった。
シーラが氷雪地帯の案内人を手配してくれたと伝える。
「シベリアの町で落ち合ってくださいね」
紛らわしい名前だがシベリア大氷雪地帯とヘルマンのちょうど境にある町らしく、名前からしてすごく寒そうだとエールは思った。
「シベリアって東ヘルマンにかなり近いけど大丈夫かい?」
「あそこに軍が来た事はないはずです。物資もほとんどありませんし、あそこはババロフスクの北ですから」
ババロフスクとは犯罪者を入れる強制収容所がある都市で、一般には知らされていないが一時期おぞましい研究がされていたこともある。
その事情を知らずともヘルマン国内でも避けられ口に出すのもはばかられるような場所だった。
シーラはその事はレリコフにも伏せているし、もちろんエールにも話さなかった。
エールはシーラに礼を言って、温泉に顔を半分沈めた。
目指すは北の賢者の塔、これからの冒険もまた楽しそうである。
※ 数十年後のランス城はビスケッタさんが出る幽霊城のようになっているようですが、どうしてそうなったんでしょうね…