エールちゃんの冒険   作:RuiCa

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シベリアの町 1

 冒険の準備はまたしてもヘルマンで支援してくれた。

「今回はこっちの依頼じゃないんでしょ。職権濫用じゃないの?」

「わ、私のお給料からだから……」

 眉をひそめるペルエレにシーラが困ったように返す。

 その様子を見てエールが依頼料の代わりということで、と言った。

「あんたしっかりしてるわね」

 今度の道中はかなり長いため、前回にも増してしっかりと準備をする。途中の町で食料の補充が必要になるだろう。

「お料理しながら進むんだね。へっへー、ちょっとお料理教わったんだ。後で作ってあげるねー」

 エールは楽しみにしてる、と返すが内心ちょっと不安になった。

          

………

……

          

 レリコフが得意げに作った料理を並べる。

「……これ何?」

 蒸かした芋が並んでいるのはヘルマンの定番なのだが、もう片方の鍋には細切りにした大根が茹でられている。

「蒸かしたお芋と大根のお湯煮。ヘルマンではパンの次に定番料理なんだって教えて貰ったの。 とっても簡単だった」

「誰から習ったの?」

「ペルエレおばさん!」

 ペルエレの意地悪そうな顔が思い浮かばせつつエール達は納得した。

「あれ、なんか美味しくないね?」

 それを食べてみるがそれは塩すら入っていなかった。塩を振りながら食べてみるがそれでもやはり味気がなく、自然と口数の少ない食事風景になった。

 

「そういや前来た時はリセットさんが朝から豚汁とか作ってくれてさー…あの温かさが恋しー……美味しかったよなぁ」

 長田君が語る通り、魔王討伐のパーティでは毎日ロッキーとリセットが心も体も温まる素朴だが美味しい料理を用意してくれていた。あの頃はそれが当たり前でそのありがたさが分からなかったが、食べ物は冒険の士気に大きく関わるのだということをエールは大きく頷きながら理解した。

「あとねー、木の中に棲んでるムシを切って生で食べるお料理もあるんだって。ボクも食べたことないけど」

「ムシとか食いたくねーぞ!?」

 エールも首をぶんぶんと横に振った。

 レリコフが長田君から大根のお湯煮とそのムシ料理を作らないようにと言いつけられるとしょんぼりと肩を落とした。

「あー、もー、しゃーねーな。俺とエールが代わりになんか料理を教えてやるから!」

 長田君の言葉にエールも頷いた。

「長田にーちゃんって料理できるの?」

「今どきは男も料理できないとモテないからな! ヒーローもちょっと出来るようになっとこーぜ」

 長田君は料理できてもモテてないけど、とエールが言うと

「お前何でそーいう事言うの!」

 長田君がペシペシとエールの足を叩く。食べ物はとりあえずイカマンを見つけたら狩ろう、という話に落ち着いた。

 

 ヘルマン国内を旅しつつ、各地で何か面白い話はないかと聞いて回った。

「なー、エール! 昔、氷雪地帯にお宝乗せた船が落ちてきたことがあんだって! もしかしたらまだ見つけてないのが他にもあるんじゃね!?」

 長田君がテンション高めにエール達に報告した。

 それが本当だとしてもヘルマン共和国と同じぐらいの雪で覆われた大地を端から端まで調べるわけにはいかないだろう。

「あっ、そっかぁ。残念だなー、発見出来たら俺達大金持ちなのに」

 長田君は残念そうにしているが、その話はとても面白く夢のある話だと思った。

 全員で他にも色々と聞いて回り、キャンプでそれぞれが集めた情報という名の噂話を話し合う。

「ショッピングセンターにゾンビが出たり、北の森に殺人鬼や吸血鬼がいるとか、ボロボロの城に幽霊が出たとか、ヘルマンってそういうの怪談ばっか! なんか、他に財宝の噂とか美女の噂とかないの?」

「お城にいる窓から出る幽霊さんは美人だったらしいよ?十年ぐらい前に成仏しちゃったのかいなくなっちゃったっていうのが残念だね。隠れた人気スポットだったとか」

 幽霊が人気というのはともかく成仏できたならいい事だ、エールは浄化が使えるが強制的な成仏はあまりいいことではないとクルックーから教えられている。

「あとはやっぱマルグリッド迷宮だよなー…」

 財宝の噂はやはりマルグリッド迷宮が挙げられる。

 現在ほぼ閉鎖状態なのもあるのかその噂には尾びれ背びれが付いていて、最下層まで降りると人知を超えた力を得られるとか、一生かかっても使いきれない財宝が眠っているとかエール達がうずうずするような夢のある話が多かった。またどこか異世界と繋がっているのではないかと言われる開かない扉がある、という話も聞くことが出来た。

「開かない扉ってロマンあるよなー! 未知のエリアっつーか、桃源郷そこにあったりするかも? 魔王まで倒した俺達なら開けられんじゃね!?」

 長田君が根拠のない自信に燃えている。エールも行ってみたいが、ヘルマンのトップから止められている以上流石に勝手に行くわけにもいかなかった。

 

「……開きませんよ」

 ワイワイと盛り上がっているエール達のそばで日光が小さくつぶやくが、それは誰にも聞こえることはなかった。

 その扉は四つの黄金像でしか開かない。ひょうたん型とひまわり型はランスが回収し、盆栽型はエールが旅の途中で偶然見つけ家の倉庫に放り込んでいる。そして残り1つは現在行方不明となっている。

 あれは開けてはいけない神の扉、あの扉に頼ることがなる時がきたらそれは世界の終わりが近づいた時だろう。

            

………

……

           

 寒いが雪は少ないヘルマン国内の移動は順調に進み、何日かの行程でシベリアの町へとたどり着いた。

 

 氷雪地帯と接しているその町は人の気配が少なく、石造りの建物が並ぶ町ということもあり余計に寒々しく感じる。

 エール達が町に入ると待っていたとばかりにシベリアの町長という男が揉み手をしながら出迎えた。

「いやいや、遠路はるばるようこそシベリアの町へ」

 妙に愛想が良い。

 ただの冒険なのにこんなに歓迎されるとは思わなかったが、エールは町長に氷雪地帯の案内人はどこにいるかを尋ねた。

「レリコフ姫様、何もない町ではありますがゆっくりなさって下さい」

 エールの言葉は無視し、町長がレリコフに愛想を振りまいている。

「ボク、姫じゃないよ?」

「かつての皇帝、シーラ大統領のご息女という事で我々のようなものにとっては姫様のようなものでして」

 レリコフへは万全の愛想ぶりだが、反対に言葉を無視されたエールは口を尖らせた。

「ボク達、案内の人とここで待ち合わせてるんですがどこにいるか知っていますか?」

 レリコフがそれに合わせたように礼儀正しく尋ねると、町長はすぐさまそれに答える。

「もちろんでございますとも。その前に先に我が町の宿泊施設へご案内いたします。お供の方々もどうぞこちらに」

「お供じゃないよ! 家族で友達で仲間なんだから!」

 町長の言葉にレリコフが頬を膨らませ言い返した。

「し、失礼いたしました」

 へこへことする町長に町にある寂れた宿泊施設に案内され、そこで一泊させてもらうことになった。

 

 到着すると宿と言うよりは小さな家にしか見えない。装飾もなく見た目もボロボロで長い間使われていなかった様子だった。

 シベリアの町はヘルマン国でも人が訪れないような場所にあり、ちゃんとした宿の設備はないのだろう。

「オイラ、入れないんだけど……」

 ヘルマン人の体格がいくら大きいとはいえ、ヒーローはそれの二回りは大きいサイズである。

 体格の大きいヒーローはその宿の扉が潜れなかった。

「えー、どうしよう? もっと大きい扉があるとこはない?」

「も、申し訳ありません。あいにくとこの町の宿はここだけでして……」

「そんな~…」

 寂しそうにするヒーローに全員が顔を合わせる。ヒーローは体格こそ大きいが年齢は一番年下であり、一人で外に居させるわけにもいかない。

 別に宿に泊まる必要なんかない。案内人に会って出発してキャンプすればいい、とエールが提案する。

「へ?」

 町長が素っ頓狂な声を上げる。

「それもそうだな。ここって何か名物あるわけでもないし、シーラさんが言ってた案内人と合流するためだけで寄っただけだもんな。食料の補充だけさせて貰ってさっさと出発しよっか」

「い、いやいやいや!ご歓待出来ないなど町の恥! どうか、ゆっくりなさって下さい! 温かいお食事も用意してますので!」

 エールと長田君の言葉に何故か焦りだした町長にそのゆっくりできる建物がない、とエールが言い返す。

「そうだ! 食料の補充が必要であればお時間も少しかかります。そちらもご用意しますので……」

 ならば町役場の建物なら扉も大きいしヒーローも入れるだろうからそこを貸してもらいたい、とエールは言った。

「町役場は今、その、改装中でして使用できず……」

「うーん? なんか困ってるみたいだし、広場でキャンプでもしよっか。 食事だけ運んでもらってさ」

 エールは凄まじい不審な目を町長に向けながら、とりあえず頷いた。

 

………

……

 

 四人で広場でテントを張っていると町長が訪ねてきた。

「レリコフ様。例の氷雪地帯の案内人が待っておりますので、一緒に来て下さいませんか」

「はーい」

 素直について行こうとするレリコフにエール達も一緒に行こうとした。

「お供の方々、ではなくお仲間の方々はこちらでゆっくりしていてください」

「ボク一人で大丈夫だよ。みんなはキャンプの準備してて」

 そう言ってレリコフは町長について行ってしまった。

「なー、エール……」

 長田君の何かを言う前にエールは日光を携えてその後を追った。

 

 エールは町に入ってからずっと不穏な視線を感じていた。

 

 行き交う人々もレリコフ達を振り返るその目は何かにおびえているようにも見える。

 エールが町長の後についてレリコフをこっそりと追いかけていると、段々と人通りがなくなってきた。

 

 そうして歩いていると道の真ん中でうずくまっている小さな女の子がいた。泣いているのか、怯えているのか肩を震わせていた。

「どうしたのー? 大丈夫ー?」

 レリコフがぱたぱたと駆け寄り、その少女に声をかける。

 

ぷしゅっー…

 

「ふにゃ~…?」

 そんな音と眠そうな声がして……レリコフがぱたりと倒れた。

 エールはそれに驚き、日光を構えヒーリングをかけようと走り寄った。

 その時、睡眠ガスを手にしていた少女が立ち上がり、咄嗟にエールの方へ体当たりをした。

 エールはびくともしなかったがレリコフに近づけさせないとでもするように服をぎゅっと握って離さない。

「ごめんなさい… ごめんなさい…」

 構えた刀に怯えているのか、少女は涙をこぼしている。

 その様子を見ると切り殺すわけにもいかず、何とか振りほどこうとするが無理矢理振りほどけば手に持った日光で大怪我をさせてしまいそうだった。

「撃て!」

 その隙をつく様に、背後からエールに向かって毒の仕込まれた矢が撃ち込まれ、エールもぱたりと倒れてしまった。

 意識はあるもののほとんど体が動かせず、ヒーリングをかけることも出来なくなってしまった。

 

 少女がそれを見て町長に駆け寄ると、どこに隠れていたのかぞろぞろとオレンジ色の服を着た武装集団があらわれた。

「魔王の子を捕えたぞ!」

 その集団は口々に喜び叫んでいる。

「隊長さん、これで約束は守りましたぞ」

「ご協力感謝する。約束通り、礼はさせて貰おう」

 エールは町長がそう話しているのを聞いた。

 怪しいとは思っていたがその様子を見るに、東ヘルマンと完全にグルでエール達を待ち構えていたのだろう、エールは油断したことにぐっと歯を食いしばった。

 レリコフが眠っているだけに見えるのが救いだろうか。

 

「拘束しろ!」

 そう言ってエールとレリコフを捕えようとしたその時。

「お二人に近付かないで下さい」

 倒れ伏したエールとレリコフを庇うように、一人の女性が間に立っていた。

 

 白いJAPANの服に長くさらさらとした黒い髪、そして美しい切れ長の瞳に端正な顔立ちの美女。

 それは前にアームズと一緒にちらりと見かけた女性だという事をエールはうっすらと思い出していた。

「何だ、貴様?」

「私は日光……エールさんに使われている聖刀・日光です。その服装、あなた方は東ヘルマンの人間ですね」

 人間姿になった日光がを厳しい表情で刀を構えている。

 この綺麗な人が自分の持っていた日光さん?エールは日光が人になれることはどこかで聞いたような気がしたが、今までその姿を見たことはなかった。

 

 立ち塞がる日光を前に、タイガー将軍のような肩章をつけた隊長格の男が進み出る。

「聖刀・日光。かつて生ける伝説アームズ・アークが持っていた魔人を殺せる武器の一つ。我々も行方を追っていたが、魔王の子に捕らわれていたという話は本当だったようだな」

「捕らわれていたなど。私は私の意志でエールさんに力を貸しているのです」

 日光がやや怒気を含めた声でそう返した。日光にとって儀式をしていないエールはイレギュラーなオーナーである。

 しかしかつて自分達が全てを捨てる覚悟でその方法を探し、ついに叶えられなかった魔王討伐。それを完遂し、自らも助力し最後まで見届けることが出来たのは現オーナーであるエールのおかげだった。

 エールは日光の言葉が嬉しかった。

「魔人を殺すことも出来ないその子供に使われることが望みだと?」

「人を害す危険な魔人であれば戦いますが、そうでなければ見逃すこともあります。私の目的はすべての魔人を殺すことではありません」

「かつて魔人を殺した英雄の武器ともあろう存在が、すっかり魔王の子に絆されてしまっているようだ。 そのオーナーが子供だからか? そいつらは小さく見えてもあの魔王の子、化け物だぞ!」

「エールさん達は化け物などではありません! 我々に代わり魔王を倒し、世界を魔王の脅威から解放した英雄ではありませんか!」

「魔王を倒しただと?ならばなぜ魔人が消えていない!」

 東ヘルマンは魔王はもちろん魔人の動向にも注視していた。

 魔王が倒されたという情報は主要大国から大々的に発表されてからも、東ヘルマンでは世界各地でかの魔王の愛人である魔人サテラと魔人リズナの目撃情報を入手していた。

 ヘルマン北部にはホルスの魔人、自由都市でも魔人が活動しているという噂も真偽はともかく各地での魔人の噂は絶えることはない。

 彼らにとっていまだに魔王、そして魔人の脅威は身近にあるものだった。

「魔王が死んだからと言って魔人が消えるわけではありません」

 日光は厳しい表情を崩さないまま、眼前の男をにらみつける。その眼光には有無を言わせぬ迫力があった。

 

「魔人を殺せる武器である日光と争う気はない。貴女の力は我々に必要なものだ」

 その眼光にたじろぎつつ、その男はそう言った。

 その言葉に嘘はない。東ヘルマンの人間は既にほとんどの魔人から無敵結界が失われていることまでは知らない。

 魔人を殺せる武器は世界に二本しかない。現在行方不明であり、元が魔王の愛剣だったというカオスに協力を仰ぐことは出来ない以上、頼れるのはもう片方の聖刀・日光だけであった。

 

「お二人をどうするつもりですか」

「貴女の協力次第だ」

 その言葉は信用できるものではないが、大勢の東ヘルマンの人間に囲まれた状況では日光はそれを受けるしかなかった。

「……分かりました」

 地面に倒れつつそれを聞いていたエールは日光が連れていかれてしまったのを何もできず見ていた。

 

 そのままスリープの魔法を浴びせられ気を失ったエールとレリコフは拘束され、どこかへと運ばれていく。

 

 二人は東ヘルマンの兵に捕まってしまった。

 


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