レリコフとエールは粗末な納屋に縛られて放り込まれていた。
埃が被っていて、煙たい。
エールが軽くせき込みながら目を覚まし体を捩ろうとすると、手を後ろ手に縛られているのが分かった。用意周到に口輪もかまされており魔法詠唱も防がれている。
レリコフも目を覚ましているようだが、口輪はされていないもののその怪力を警戒されてかエールよりもかなりきつく全身鎖交じりの縄で縛られていた。
「そいつらはガキに見えて、化け物だからな。きちんと見張ってろよ」
二人には毒が再度撃ち込まれ、体の自由はほぼ効かない状態である。
納屋には数人の東ヘルマン兵がおり、その中には精神感応系や動きを止める魔法を得意とする魔法使いもいる。
体が少し動かせてもすぐに動きを止められてしまいそうだ、エールはなんとか脱出しようと色々と考えを巡らせるが武器である日光は連れていかれ、魔法も使えないのでは無力も同然だった。
「しかし、小さいが昔のシーラ様にそっくりだなぁ……」
男がレリコフの顔を見つめてそうつぶやくと、おもむろにその小さな胸に手を伸ばした。
「や、やだ…」
その手に怯えるようにレリコフはそう言って体を捩った。
「おい、手を出すな。そっちは交渉材料だぞ」
ヘルマンで最も憧れられているシーラは元皇帝にして大統領という高貴な身分もあって一般人にはとても手の届かない存在だ。
それゆえに昔から邪な思いを抱く者も多く、今その娘であるレリコフがいるのだから、昔のシーラと重ね触れたくなるのも無理はない事だった。
「別に殺っちまうわけじゃねぇんだから。ちっこいのが残念だなぁ、あと5年ぐらいか?」
いやらしい瞳でレリコフを見る男にエールがありったけの力を振り絞って蹴りを入れたが、ぺちん、と情けない音がした。
ダメージが入っているようには見えないがエールは何度かそれを繰り返す。
リーダーとして、姉妹として、エールはレリコフを汚い手で触らせるわけにはいかなかった。
それをあざ笑う様に、その男がエールの腹に容赦のない蹴りを入れた。
「数万の軍勢を倒した化け物もこうなっちまえば弱いもんだ」
その口ぶりから、エール達がかつてタイガー将軍に襲われたときに一緒にいた人間なのかもしれない。
あの時はミックスに従って助けたが、恩を仇で返されたことにエールは後悔した。
「こっちはAL教法王の娘か。魔王との間にガキなんざ産むから神に見捨てられたんだろうよ、まさに罪の子ってわけだ。産まれてこなきゃ良かったのにな」
エールは腹部の痛みで顔を歪めつつもその男をにらみつけた。
エールは母親に愛されて育ったという自覚がある、それを侮辱されるのは許せなかった。
その目が気に食わなかったのかまたもや蹴りを入れられる。
防御姿勢も取れないエールに何度も鋭い痛みが襲った。
「や、やめて……」
レリコフがその光景を見て泣いていた。
「おい。そのあたりでやめとけ、そいつは日光に対する人質だろう」
「タイガー将軍の仇だ!」
タイガー将軍は死んではいないし仇と言われても全てにおいて逆恨みも良い所だ、エールは思ったが口輪がその言葉を止める。
「しかしこっちは食えるんじゃねーか」
一人の男がエールの服を乱暴に剥いた。
「ロリコンかよ、しかしこれは中々…」
はだけられたエールの肌を男達が凝視する。
そしておもむろに手を伸ばし始めた。
エールは自分がこれからされる事を考えた。
いやらしい瞳を向けてくる男達の手が自分の体を這う感覚にエールはおぞましさで体を捩る。
ただただ気持ちが悪く、こんな事になるならせめてあの時シーウィードで大人しく受け入れておけば、と後悔し歯を食いしばった。
下卑た手が下半身に伸びようとしたその時。
ドカッ!
何かをぶつけられたような大きな音がして、納屋が大きく揺れた。
「な! なんだ!?」
男達が嬲ろうとしていた手を止める。
「レリコフー!」
「エールー!」
その声と共に爆音がして納屋の扉とその前にいた男が吹き飛んだ。
とっさに反応した魔法使いの男達がストップの魔法をそちら向けるが、エールにとっての相棒にしてベストフレンドであるハニーに魔法は効かない。
その隙にドラゴンの巨大な拳から放たれる鋭い突きが魔法使いを吹き飛ばした。
「ヒーロー…」
レリコフがそちらを見てそう言った。
エールも長田君の名前を心の中で呼ぶ。
ヒーローと長田君の眼に全身を縛られているレリコフとさらに半裸で全身に痣を作っているエールの痛々しい姿が入る。
二人は怒り心頭となりそのまま暴れて納屋を壊しながら、次から次に男どもを吹き飛ばした。
エールとレリコフが救出された。
長田君が二人の拘束を解くと、道具袋から世色癌とマヨネーズを取り出し、エールとレリコフの口にねじ込む。
「怖くなかった!? 大丈夫!?」
そう言って飛び跳ねながら心配しまくる長田君にエールがぎゅっと抱きつくと、上半身裸だったので長田君が割れた。
「エールねーちゃん、服着て、服ー!」
ヒーローが顔を手で覆っているのがちょっと可愛いとエールは思った。
剥かれた服を着なおして、エールが手早くレリコフや自分にヒーリングをかけ改めて助けてくれた二人にお礼を言う。
「エール… ごめん、エールぅ……」
自分をかばって蹴られていた姿を思い出したのだろうか、レリコフはエールに抱きついてわんわんと泣く。
レリコフのせいじゃない、とエールはその頭を撫でて落ち着くように言った。
「俺達さー、二人がいなくなった後、すげー怪しいって思ってキャンプほっぽって隠れてたんだよ。ヒーローはでかいから大変だったけど。 そしたらキャンプがいきなり囲まれて、こりゃやばい!ってなってさー」
「さすが長田にーちゃん、オイラ全然分かんなかったのに」
「つーか、エールも気がついてたろ!何やってんだよ、もー!」
エールもきちんと警戒はしていたのが、自分の力を過信していた。
エールが頭を下げつつも流石は長田君だね、と言うと長田君はちょっと照れている。
「町の人達とか捕まえながらここの場所教えて貰ったんだけどさ。町の人達、随分怯えてたみたいだぞー」
「レリコフの匂いはよく覚えているから迷わなかったよー」
落ち着いて話をしている場合じゃない、とエールが言い出した。
「そうだな、さっさとこの町を出ねーと……」
そうではなく、今しなきゃいけないのは攫われた日光さんを助けに行くことだ。
「え、日光さん持ってかれちゃったの?」
エールは事情を話しながら、仮の武器として東ヘルマンの男から武器を拝借した。
重たいしかっこ悪い剣であるが仕方がない、と考えつつ試し切りとばかりにレリコフや自分に触った奴にざくっととどめを刺す。
レリコフ達の手前、ある程度冷静を装ってはいたがエールはとても怒っていた。
………
騒ぎに気がついて群がってきた東ヘルマンの軍を倒しながら進む。
数は多いが、エール達のレベルは高く動けさえすれば後れを取るはずがなかった。
途中、少し偉そうなやつを締め上げて日光をどこに連れて行ったのかを尋問する。
「おそらく町の役場… 我等がそこを借りていて…隊長もが…」
息も絶え絶えに大きな建物を指さした。
エールは短く礼を言ってとどめを刺してポイ捨てすると、全員で大急ぎで走っていった。
町役場の前には何人かの警備兵がいる。オレンジ色の服装、明らかに東ヘルマンの人間である。
警備兵をボコりつつ、閉められていた扉は壊し、内部に侵入する。
「ここはボクたちで何とかするから、エールは日光さんを探してー!」
集まってきた警備兵はレリコフ達が引き受けてくれたのでお言葉に甘えて建物を捜索する。
「こういうのは最上階が怪しいぜ!」
エールは長田君のアドバイス通りに最上階、と言っても三階建てなので大して高くもないが途中の警備兵を強制的に黙らせながら突き進んだ。
最奥の少し大きな扉をエール達がバターンと勢いよく開いた。
机の前で胸と下半身をはだけさせられている日光とそれに覆いかぶさろうとしている下半身丸出しの男がいた。
長田君がその光景に思わず割れたが、エールは血が沸騰するような感覚を全身を駆け巡りその男を思いっきり蹴り飛ばした。
「ぐあー!」
情けない声を上げて吹き飛ばされた男は放っておいて、半裸の日光に自分の上着をかけた。
「エールさん……?」
日光の体は上気していて、何をされたかが伝わってくるようだった。
「お前は魔王の……」
ざくー!
何かを言いかけた男に近付くと今度は思いっきり叩き斬った。
最初に切りかからなかったのは日光が血で汚れると思ったからである。
一瞬で隊長格の男を倒すと、それを窓から外に向かって放り出した。
下ではギャーギャーと騒ぐ声が聞こえるが、エールはそれを気にせず日光に大丈夫でした?と慌てた様子で聞いた。
「私は心配いりません。エールさんこそご無事で何よりです」
日光が服を整えながらそう言って、エールの頭を撫でた。
「てか、この美人さん誰!?日光さんってどういうこと!?」
元に戻った長田君が驚いているが、エールも日光が人になれることはつい先ほど知ったばかりである。
「うおー!巨乳和服黒髪美人!エールこんな綺麗な人持ってたのかよー!」
やたらテンションが高くなった長田君をとりあえず割っておいた。
「黙っていて申し訳ありません。儀式のことも含めて人になることはあまり知られたくないことですから」
エールはまだ日光との儀式のことを知らない。
こんな美人ならさきほど殺した男のような変態が集まってきてしまうからだろうと一人納得した。
レリコフ達も合流し、やはり日光の姿に驚いている。
エール達が日光にこれまでのことを説明し始める。
「エールなんかエロい事されそうになって殺されかけたんだぜ!」
怒り心頭で話す長田君に日光は目を見開いて、エールを見つめた。
エールが長田君達がギリギリのところで助けてくれた、と言うと日光は窓の外を見据えた。
男は魔人を殺すために日光の力を欲し儀式を迫ったが、その前に魔王や魔人がいかに人類にとって危険かを語り続けていた。
全てを奪われた恨みや辛さはかつて人であった日光が味わったものであり、未だ魔人ケイブリスに対する恨みが消えていないようにその心情は理解できる。
しかし1500年を生きる中、日光は美樹と健太郎という魔王と魔人に出会い、縁を持ち、人類に協力する魔人にも出会った。
現オーナーであるエールがホルスに言っていたように人にも魔人にも善人悪人色々いる。
そしてあの男は完全な悪人ではなかったはずだ。
「……せめて冥福を」
日光は小さく哀悼の意を捧げた。
………
……
エール達が建物から出ると、東ヘルマンとグルだった町長が地面に頭をこすりつけていた。
レリコフに睡眠ガスを見舞った少女や、町中の人々が集まって頭を下げている。
「助けていただきありがとうございました~!」
生き残りの東ヘルマン兵は隊長がやられたことを知って散り散りに逃げ出したと話し、情けない声でヘコヘコする町長の頭にエールが日光をつきつけた。
ちなみに怪我をして逃げられなかった東ヘルマン兵は縛ってある。
「エールから聞いたぞ! お前、完全にあいつらとグルだっただろー!」
そう言って長田君も怒っている。
「我々、東ヘルマンの連中に脅されてたんです… 奴らが急にやってきて町の警備兵を皆殺しに~…我々にできることなど素直に言うことを聞くしか…」
町長の言い分は東ヘルマンの小隊にはとても勝てず言う事を聞くしかなかったということだった。
「エールさん、怒りをおさめてください」
ここが狙われたのはただの偶然ではなくエール達が氷雪地帯の案内人と待ち合わせをする町だったからだろう、と日光はエールを諭した。
エールはムカムカする気持ちを抑えて日光を鞘に納めた。
首都へ報告はする、とエールが言うと今度はすがりつくように懇願しはじめた。
「レリコフ様に手を出したなんて知られましたら我々は死罪となってしまいます~!どうかどうか、お慈悲を~!」
縋りつく町長に軽くけりを入れて引き離し、エールはレリコフを見た。
「え? えっと……エールはどうしたいの?」
レリコフは色々とあったせいか、いつもの元気がなく混乱しているのが見て取れた。
エールもどうしていいか分からないので長田君を見る。
「え? 俺? えっと、とりあえずここにいたら東ヘルマンの連中が来るんじゃねーの。 危ないから別の町に移動とか?」
急に聞かれた長田君がそう答えた。
エールは頷いて、この町の人達に最低限の荷物を持って南にあるローゼスグラードまで行ってもらうことにした。
そこにはヘルマン軍が常駐している。みんなで事の詳細を手紙に書いて報告して貰えば保護してくれるだろう。
そこまでの道中あるババロフスクで事情を話せば警備もつけて貰えるかもしれない。
「は、はい! ぜひそうしていただければ!」
町にはかなりの人数がいるが、それは町長に誘導してもらうことにした。
エールは失敗したら死罪だから、と脅しを入れるとすぱっと立ち上がり、揉み手をしつつ町人に指示を出し始めた。
「そりゃもう、責任持って…! さぁさぁ、お前達も聞いただろう。 荷物まとめろー!」
その最中、手配してもらった案内人とエール達はやっと引き合わされた。
怪我はないようだが、縛られて捕まっていたとのことだ。
「いやー、えらい目に会いやした。んで、そちらがあっしが案内する四人組でやんすね」
ローブをきた声からして小柄な男は修羅場は慣れているとばかりに捕まってたことも特に気にせず、仕事に移ろうとしている。
「エールさん。冒険はここまでにして私達もラング・バウへ引き返した方がいいのではないでしょうか?」
日光がそう提案した。
「えっ?……うん、エールも危なかったし戻った方がいい、んだよね…」
「せっかくの冒険なのにこれで終わっちゃうんだ……」
レリコフが俯いてエールの服を掴み、ヒーローもしょんぼりとしている。
エール達の動向が東ヘルマンに筒抜けだったのはかなり危険な事だった。
報告もしなくてはいけないだろうし今回の冒険はさすがに引き返した方がいい、という事はエールも頭の中では分かっていた。
だが……エールは長田君をちらっと見た。
「リーダーはエールだからな?」
食料は補充できた。案内人とも会えた。東ヘルマンの邪魔は入ったが冒険には問題ない。
目的通り先に進もう、とエールは言った。
「エールさん!」
日光が引き止めようとするが、それを長田君が制した。
「リーダーのエールが言うなら進もうぜ、レリコフとヒーローはどうするよ?」
「もうちょっと冒険できるんだねー」
ヒーローは喜び、レリコフもエールの方を見て少し嬉しそうに頷いた。
嫌なことで終わる冒険なんて嫌だ、とエールは脇に刺している日光に力強く言った。
絶対に日光さんを北の賢者の塔に連れて行く、と言うと日光はそのまま話さなくなった。
東ヘルマンはムカつくものの、さすがにこの先の氷雪地帯までは追ってこないだろうという目論見もある。
「んでは、出発しますんで後をついてくださいや。くれぐれも離れないようにしてくんなさい」
エール達は全員で固く手を握りつつ、案内人に続いて広大な雪原地帯へ足を踏み入れた。
目指すは北の賢者、ホ・ラガの塔である。