トリダシタ村を出発して数日。
エール達がリーザスへ向けて歩いていると、大きな足音と叫び声が近づいてくることに気が付いた。
大急ぎでこちらに走ってくる人影は遠目で見るとそれは女の子モンスターらしき二匹と可愛い少女。さらにその後ろには大勢の人相の悪い男たちである。
「うわ、なんか追われてるみたいな雰囲気? どうするよ、エール!?」
関わり合いになると面倒なので隠れよう、とエールが力強く言った。
「冷たくね!? お前、強いんだからさー、こういう時はささっと助けてやれよ。俺が見ててやるからさ!」
無責任なことを言う長田君に説得されている間、隠れそびれたエールはその三人と目が合ってしまった。
「そこの人間! にゃんたちを助けるにゃー!」
そう言って藁にも縋るというような声を上げながら、走ってきた三人はエールたちを盾にするように後ろに隠れた。
「ちょちょちょ、何なんだよもー! ……でも、なんか見覚えある?」
長田君はそういうがエールには全く覚えがなく、首を横に振った。
「へへ、やっと追いついたぜ!」
すぐに人相の悪い男たちも追いつてきて、エール達の前に立ち塞がった。数は10人もおらず盗賊のように見える軽装だが手にした獲物は凶悪でそこそこ強そうだ、とエールは思った。
「お嬢ちゃんも一人旅かい? 運がなかったなぁ!」
「俺もいるぞー…」
エールの後ろから長田君がちょっとだけ顔を出して抗議をしたが、その声はとても控えめで頼りない。
「そ、そう、こっちの人間の女の方がよっぽど高く売れるわん!」
「そうにゃん! だからにゃんたちは見逃して……」
さらにその後ろで長田君の背中に隠れた二人がそんなことを言い出したのでエールは眉根を寄せた。
もう一人、無表情の少女だけはエールの横に立ってエールの顔をのぞき込みじーっと見つめている。
盗賊風の男の一人がエールを上から下までじっとりとねめつける。
「胸はないが中々可愛い顔してんじゃねぇか。こりゃまた売れそうなやつが増えたぜぇ……今日は大量だ」
「へへへ、売り飛ばす前に楽しむってのも」
そこまで喋ったいやらしい目をした男がいきなり真っ二つになった。
「ぎゃー!」
全員が突然の事に目を丸くした。
会話からしてこいつらは人さらいの悪党なのだろう、そう考えたエールが一瞬で日光を抜き放ち男を切り裂いていた。
返す刀でさらに横の男を、さらに呆気に取られている男をとエールはどんどん切り倒していく。
男達は慌てて武器を構えエールに反撃を試みるが――それは既に遅かった。
<ざくざく>
エールはあっという間に人さらいの男達を全滅させた。
「こいつ、容赦ないにゃん!?」
「見た目よりやばいやつわん……?」
日光を拭いながらそのまま戦利品を探して死体の懐を漁るが、めぼしいものは持ってないようでエールは肩を落とす。
ちょっとした経験値にしかならない。
「エール、なんかうっぷんでも溜まってたん?」
長田君とワンニャンがその容赦のない攻撃に驚いていたが、エールとしてはただの先手必勝のつもりである。
いくらレベルが下がっていたと言っても、この程度の連中に負けるほどではなくエールは胸を撫で下ろした。
「とりあえず助かってよかったな! 俺等に感謝しろよー!」
特に何もしてない長田君が一人と二匹とそう言って振り向いた。
「はい、シャリエラ感謝します」
無表情な少女がぱちぱちと手を叩く。
彼女らの名前はシャリエラにケイブニャンにケイブワンというらしい。
突然変異種の女の子モンスターとその飼い主だろうか、エールは改めて可愛らしい三人を見つめた。
「なぁなぁ、エール、こいつら闘神都市で見かけたやつらじゃね? リセットさんに懐いてたの覚えてない?」
エールは全く思い出せなかった。
二人もエールたちのことは全く覚えていないようだったのでとりあえず名前を名乗ろうとしたところ、それを遮ってケイブワンが叫んだ。
「そうだわん! お前の強さを見込んで頼みがあるわん! 急いでわん達のご主人様を助けるのを手伝うわん!」
エールは即座に首を横に振った。
「即行で断られたにゃん!?」
先ほど身代わりにされそうになったのを忘れたわけではない、そこまでしてやる義理もない、とエールは口を尖らせる。
「えーっと、お礼ならするわん? 三人で」
「はい、シャリエラもお礼します」
具体的には何をしてくれるのか。
「セックスします。がんばります」
長田君が割れ、エールが驚いて目を見開き首を横にブンブンと振った。
「しまった、こいつ女だからわん達の色仕掛けが通じないわん!」
「こっちもハニーにゃん! にゃんのお色気が通じないにゃん!」
今更気が付いたように慌てている。
巨乳だったら長田君はつられていただろう、とエールは思ったが目の前の三人は小さい。……ケイブワンだけはそこそこあるように見えるが少なくとも長田君を揺り動かせるほどの大きさではなかった。
「他にお礼できるようなものは、何かできることとか……」
「お金どころかご飯ももう数日食べてないにゃん……」
「シャリエラ、何か考えるわん!」
そう言われたシャリエラはきょとんとした表情をして二人を見た。
「爪、毛皮、お布団、鈴……」
そうつぶやき始めたシャリエラに、万策尽きたとばかりにわんわんにゃんにゃんと泣きわめく二人。
シャリエラがよしよしと撫でながら、エールをじーっと見つめる。
無表情だが助けを求めているのかその瞳には妙な迫力があったが、エールは怯まないように見つめ返す。
「えっと、困ってるみたいだし助けてやったら?」
その様子を不憫に思ったのか長田君がそう言った。
エールは長田君に冷ややかな視線を向ける。
「お礼が欲しいとかじゃないからそんな目で見んなよー! 俺、貧乳とお子様には興味ねーから!」
他の二人はともかく、シャリエラも好みではないのだろうかとエールが言おうとしたところシャリエラが無言で長田君に近付いて軽く蹴りを入れている。
エールには何となくその気持ちが分かって笑顔で小さく頷いた。
「いや、バカにしたんでもないって! もー、とにかく! 旅は道連れ世は情けってやつ? 困ってるのを放置していくのは気分的にどーよって話!」
「……エールさん、とりあえず行ってみて貰えませんか? 気になっていることがあるのです」
日光が周りに聞こえないような小声でエールに話しかけた。
賛成2と反対1。どうやら助けに行かねばならないようだ。
とりあえずこれも冒険、と考えてエールはそのご主人様とやらを助けに向かうことにした。
………
その現場に行ってみると今度は先ほどよりも数が多い。二十人ぐらいいるだろうか、結構な数の人さらいらしき盗賊達が執拗に何かを踏みつけているのが見えた。
容赦のない蹴りの音に合わせて砂埃が舞っている。
「こんなクソリス、金になんねーよ! あいつら逃げられちまったのか、まだ戻ってきやがらねぇ」
「こいつさえ邪魔しなければ今頃お楽しみタイムだったのによー!」
げっしげっしと蹴られてるのが遠目からでも分かった。
盗賊たちの台詞を聞くに人さらいから女の子三人をかばって自分が囮になるなんてできたご主人様だね、とエールは感心した。
「足が短いから躓いてコケて逃げ遅れただけ」
シャリエラは雑な感じで辛らつに答える。
「……うーん、残念だけどさ。あんだけ蹴られまくってちゃ生きてないんじゃ……」
長田君が少し話しづらそう言った。
エールが遠くから気の毒そうに手を合わせつつ、せめて死体を回収してお墓を作ってあげよう、と言うと、
「死んでないです」
シャリエラが即答した。
「いやー… ハニーなら砂になるレベルですげー勢いで踏みつけられてんじゃん」
「死んでないです」
シャリエラが力強く、今度はエール達の目を見ながらそう言った。
その言葉には確固たる自信を感じる。
「生きてるのは間違いないわん!」
「だからはやくしないとすっごく怒られるにゃん!」
ワンニャンの二人も死んでるととは欠片も思っていないようだ。
しかし今度はさっきより手ごわそうで、さらに数も多い。
エールは悩み始めた。
こっちのパーティはエールとハニーとわんわん、にゃんにゃん、踊り子でとても弱そうである。
「あんなのエール一人でも余裕だろー? お前の必殺の魔法でばばーんとやっちまえ」
軽い調子で言う長田君にエールは今更ながら自分のレベルがものすごく下がっている旨を伝えた。
「いやお前、世界最強ってぐらい強かったろ!? 何やってんの!?」
長田君も今更ながら驚いた。
「うわー……まじかー。あの人数相手じゃちょっと怖いよなぁ。どうする? 諦めよっか」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、長田君ははやくもあきらめる方向に話を持って行こうとする。
「つーか、死んでないならあいつらいなくなってから回収すりゃいいんじゃね?」
エールその平和的な案に賛成して大きく頷いた。
「ま、待つにゃん! 今助けないとにゃん達がやばいにゃん!」
「ご主人様にめちゃくちゃ怒られるわん!」
泣きべそをかく二人がなんとかエール達を引き留めようと縋りつく。
「いやー、でもここは安全第一――」
そんなやり取りをしているとシェリエラがエールの袖を引っ張った。
「シャリエラの力を使って」
そう言ってシャリエラは舞い始めた。
突然始まったダンスに何が始まったのかと訝しんだが、不思議と気力が湧きあがった。
この感覚は姉である深根の神楽に似ている、とエールは思い出した。……深根は大変グラマーで踊るたびにゆさゆささせていたという違いはあるが。
「人の調子を絶好調にして必殺技打ち放題に出来る踊り! これがシャリエラの力にゃん!」
なぜかケイブニャンが得意げに言った。
「よくわかんねーけど、ダンスなら俺も負けないぜ!」
長田君も対抗して踊りはじめた。
だがそれでも戦えるのはエールだけでは、そう思ってワンニャンをちらりと見て何かできることはあるかどうかを聞く。
「ワンはこう見えても元軍師、作戦を考えて……ワンが遠吠えで敵を引き付けるからその間ににゃんと一緒に攻撃するってのはどう?」
「一人だけ遠くからって言うのはずるいにゃん!」
二人はあーだこーだと言い合っている。
そういえば基本的な戦闘指示は自分が出してた、エールはそれを思い出して手をポンと叩いた。
そしてボクがシャリエラと一緒に後ろに回って不意打ちを食らわせるから目の前をちょろちょろ走るだけでいいから注意を引き付けて、と言ってワンニャンの頭をあやす様に撫でる。
「ふにゃ~……わ、わかったにゃん」
「……わかったわん。遠吠えでひきつければいいのね」
エールに撫でられて気を落ち着かせた二人は気持ちよさそうに返事をする。
長田君はこの二人がちゃんと敵を引き付けるように指示してあと何かあった時に守ってあげてね、と言いながらエールはシャリエラを連れて移動し始めた。
「よ、よし。こっちは俺に任せとけ!」
エール達が準備できたのを確認するとケイブワンが遠吠えをした。
すると盗賊達は混乱したように慌てはじめた。そこをケイブニャンがその前を走り回って視線を引き付ける。
「さっきのやつだ!」
盗賊達が一斉にそちらを見ると、ケイブニャンが飛び上がって逃げていった。
意識を取られたその隙を見てエールが覚えたけどあまり使わなかった必殺の神聖分解派を放ち、流れるようにAL大魔法を食らわせた。
おそらく食らったと気付いた時には死んでいただろう、エールは盗賊を瞬く間に全滅させることができた。
数は多かったが大した相手ではなく、拍子抜けである。それでもエールはレベルアップして昔の勘を少し取り戻せた気がした。
盗賊達の懐を漁るといくらかのゴールドや世色癌などを持っていたので戦利品として頂いておくことにする。
「強いですね。すごいです」
踊りを止めたシャリエラが戦利品を漁るエールにぱちぱちと拍手しながら褒めたのでエールは親指をぐっとたてて応えた。
「ケイブリス様ーーー!」
全滅させた盗賊を押しのけて、ワンニャンが急いで蹴られまくっていたご主人様に飛びつく。
エールも近付いて見てみるとまんまるとした生物が土下座の体制で固まっていた。どうやら放心して気絶状態なのか目が真っ白になっている。
あれだけ蹴られていたのに不思議なことに怪我はないようだ。
エールは怪我をしてたらヒーリングでもしようと思って近くに寄ろうとしたところ
「エールさん、それに触ってはいけません!」
その姿を見た日光が真剣な声で叫んだ。
「なんか声がしたわん? なんかその刀、どっかで見たことあるような……」
エールが日光を目の前に突き出すと、ケイブニャン達は目を丸くし逆毛を立てて飛び上がった。
「にゃにゃ! こいつ、あの日光持ってるにゃ!?」
今更ながらエールが日光持ちであることに気が付き、慌てふためく二人。
それを後目にシャリエラがそのリスをひょいっと拾い上げ、ワンニャンにぽいっと投げ渡した。
「汚れているので洗いましょう」
上手くキャッチした二人は顔を見合わせながらも川の音がする方向へバタバタと走っていく。
シャリエラはまたジーッとエールを見つめ、エールはその視線に何となく首を縦に振った。
エール達も追いかけると、ワンニャンが声をかけながらご主人様だという丸いものをばしゃばしゃと川で洗っている。
「ご主人様らしいけどシャリエラさんは一緒にやんなくていいん?」
「臭いからあんまり触りたくないです」
長田君の言葉にシャリエラは口を尖らせながら答え、エールたちと一緒に見ているだけだった。
相変わらず中々辛らつである。
ばしゃばしゃと洗われている最中にそのリスが放心状態から目を覚ました。
「お前ら―!! 主人である俺様を見捨てて逃げるとはどういう了見だ!!」
目を覚ました瞬間、ワンニャンを見て怒鳴る。
その声はエール達の耳にも聞こえてきた。
「け、決して見捨てたわけじゃないですにゃん!」
「ケイブ……ケーちゃん様なら危なくないと判断したのですわん……」
「ご主人様が囮になってくれたおかげでこうしてみんな助かりました。ありがとう、さすがです」
半べそで謝るワンニャンに、適当な感じに拍手をしながら言うシャリエラ。
「あとケーちゃんって言うな! 俺様はケイブリス様だ!」
「わん! リス様、ここは話を合わせてくださいわん!」
「にゃん! ケーちゃん様は決してケイブリスなどという魔人ではないのですにゃん!」
騒がしい三人だなー、とエールはそれを眺めていた。
「助けてやったのに失礼な奴だなー! こういう時は礼が先だろ!」
長田君はぷんすかと怒っている。
「なんだその変なハニーは。俺様は別に助けなんか呼んでは無いぞ、そう、これは油断させるために――」
リスがそこまで話すと、エールがおもむろにそのリスを引っ掴んで全力で空高くに放り投げた。
「高い高いですね」
シャリエラが小さく拍手をしながらご主人様が投げられた上空を見上げる。
突然の事にケイブワンもケイブニャンも目を丸くしていた。
<ビターン!>
エールとしては落ちた時には乾いているはずだったのだが、全員が受け止め損ねてリスは無残にも地面に叩きつけられまた汚れてしまった。
あれだけ踏まれてたのに無傷だっただけあって、怪我はしていない。
「き、貴様ー! 人間の分際でこの世界最強の魔人である俺様に何しやが――」
エールがチャキッと日光を見せる。
「まさか、助けていただけるとはなんてお優しい! 僕、感激しました! いやー、あれだけの盗賊を一掃とはお強いっすねー! あ、僕ケーちゃんって言いますー」
リスは先ほどまでの威勢が嘘のようにとたんにへこへこしだした。
愛想を振りまいてまるでペットのようである。
そこで誰かのお腹がぐーっとなった。
四人はここ数日まともなご飯を食べていないと言っていたのをエールは聞いたばかりだ。
「……一度助けたら見捨てておけないよな? ちょっと早いけど夕飯の準備しよっか」
長田君はイケメンハニーだな、とエールは感心しながら頷いた。
……‥
エールは長田君と夕食の支度をする。
たくさん人がいるので大変だったが、この量はかつての魔王討伐の冒険を思い出しエールは笑顔だった。
料理中、どさくさ紛れにケイブワンが日光を取ろうと近付いた。
「触らないでください」
日光に凄まれて退散している。
「ああ、久しぶりのまともなご飯だわん!」
「嬉しいですね」
水かさで増やしたスープに簡単に野菜と肉を焼いたもの程度だったが、久しぶりのご飯なのかやたら喜んで食べている。
あっという間にご飯が亡くなってしまいそうだ。エールは母から手渡された多くない路銀の心配をした。
「ニャンは熱いの食べられない……シャリエラ、これを冷ますにゃん」
「わかりました、ふーふー」
シャエリエラが言われるまま器に息を吹きかけて冷ましている。
「冷めました」
「よしよし。久しぶりのご飯にゃー――熱っ! 熱いにゃん!」
渡されたスープはまだ熱かったらしくにゃんにゃんと泣いていた。
シャリエラはすいませんと適当に謝っている。
「ではご主人様達を助けていただいたお礼に、シャリエラ踊ります」
食後にシャリエラがエール達に華麗な踊りを披露した。
改めて見るとその動きは優雅で華麗、力が湧いてくることを抜きにしても見応えのあるもので、気が付くとエールと長田君はぱちぱちと拍手をしていた。
それに長田君がタンバリン叩きながらイカす踊り、ワンニャンも歌いはじめる。
ケーちゃんはエールが頭に次から次に乗せる野菜をテンポよく受け取りながら食べていた。
たまに野菜以外に肉をのせてあげると、よっぽど長い間肉を食べていなかったのか味わうようにゆっくりと噛みしめた。
「さっき投げたのは許してやろう。かふかふ、美味いな、これ……」
怯えてへこへこしていたことも忘れすっかり上機嫌である。
騒がしいが楽しい四人組。
エールや長田君にとってもその日は楽しい夜だった。
夜もふけて、キャンプの見張りは日光が担当だがエールは長田君と一緒に少し長く夜更かしをしていた。
……というよりは、エールたちの小さいテントはリス以外の三人が早々に眠ってしまったために占拠されてしまっている。
一緒に寝なくていいの?とエールがケーちゃんに聞く。
「俺様は不眠症なんだ」
そう言って一緒にキャンプの火を囲んだ。
日光がとにかくケーちゃんを警戒し、睨みつけているの気配がはっきりと分かるのでエールは意を決して理由を聞いてみた。
そうすると、日光が言葉を重たく話し始める。
「そのリスは魔人……魔人ケイブリスです」
このケーちゃんはエールが生まれる前、魔物を率いて人類を襲った第二次魔人戦争、それを引きおこした首魁ケイブリス本人なのだと日光は話しはじめた。
エールが生まれる数年前の話だったが、母であるクルックーが巻き込まれた戦争でもあり本で知っている。
その戦争で魔物や魔人により大勢が苦しんで死に、国家の大部分を破壊され、人類は大きな絶望に包まれ……日光自身もケイブリスに恨みがあると話した。
「え、それマジっすか?」
長田君と一緒にエールも驚いた。
「いやー、僕ケイブリスじゃなくてケーちゃんですよ? ほら、小さいし、まんまるだし」
「ケイブリスには二人の使徒がいました。ケイブワン、ケイブニャンの二人です。それが主人と呼ぶものはただ一人……それ以前に先ほど名前も呼ばれていましたが」
あいつらのせいかー!と言いながらケイブリスことケーちゃんは半べそで土下座の体勢をとった。
数メートルもある巨体で人間を捻りつぶし恐瘴気という人が壊れるほどの瘴気をまき散らした恐怖の存在。
今、半べそで地面に手をつきへこへこと全力土下座をかましている目の前の小さいリス。
エールが本で読んだことのあるケイブリスの姿とは全くイメージが重ならない。
エールはそのまま何となく怯えるリスをひざに乗せて見ると、臭いはともかくもふもふとしていて可愛いものでだった。
長田君もそれを横目で見ながら首を捻っている。
「エールさん、ケイブリスは魔血魂にしておくべきです」
エールは普段の日光とは違う凄みのある声色で言われたが、すぐに首を横に振った。
出会った瞬間に先ほどの話を聞いていたのならやれたかもしれないが、エールにとっては既に先ほどまで一緒に仲良くご飯を食べていた相手。
今更、膝の上で恐怖で固まってしまったリスをざくーっとやれるほど冷酷にはなれない。
それにさっきまで踊りや歌を見せてくれていたシャリエラ達を悲しませ、また恨まれたくもなかった。
「しかしエールさんでなければ魔人を倒すことは……」
エールがごめんなさい、と言うと日光は黙ってしまった。
そのやり取りを聞いてケーちゃんはとりあえず自分が殺されないことに安堵する。
「ふん、6000年後覚えておけよ」
ケイブリスことケーちゃんがそう小さく呟く。
やっぱり魔血魂にしておこうかな、とエールが呟き返すと
「冗談ですう!」
ケーちゃんはそう言ってまた可愛らしくへこへことしだした。
なんとなく重たい空気がその場に流れるが、やがてエールは眠くなりうとうとと体を揺らす様になった。
長田君がエールの膝からケーちゃんを下ろすと、その上にさっと布団をかける。
エールが今にも眠りに落ちるという時。
「日光さんには悪いけどさ。エール自身に恨みはないんすよ? そういう復讐ってやつは実際に恨みを持つ誰かがやるべきじゃねーんすかね。それこそエールの父ちゃんとか、サテラさんとか、あとホーネットさんとか? 人間の国家のトップとか、他にもいっぱいいそうだし? エールはただでさえ魔王の子ってだけで何もしてなくても余計な恨み買ってんのにさらに恨まれるようなことは相棒としてはさせたくないっすよー」
そんな風に軽い調子だが真面目に話す長田君の言葉が聞こえてきた。
「これもエールさんの縁なのでしょうか……」
その言葉を受けて日光が返答代わりにそんな言葉をつぶやく。
それは怒ったり呆れたりするような声ではなく、温かく優しい母親のような声色だった。
エールは長田君と日光の二人が自分ををとても思ってくれているのが分かり、良い気分で眠り落ちていった。
………
……
そのまま流れで2日間。
エールたちはケイブリス……ケーちゃん一行と一緒に旅をした。
ケーちゃん達は自分たちが殺されず、むしろエールたちの側にいれば安全でかつ美味しいごはんが貰えるということで落ち着いたらしく、自然について来てしまった。
「そういやなんで旅なんかしてるん? 人さらいに追われてたし、世の中けっこー物騒だろ」
「俺様は最強になる修行の旅をしているのだ」
自信ありげにケーちゃんが答えた。
女の子にへこへこしているようでは先は長そうだね、と特に悪気なくエールが言うとこぶしを握り締めながら悔しそうにしシャドーボクシングをはじめた。
それは当たったら爪は痛いかもしれないが、ぺちぺちという音がしそうな頼りないパンチである。
「ケイブリス様はいまにでっかくなるんだから!」
「そうしたらお前なんか一ひねりにゃん!」
ご主人様が馬鹿にされれば、ワンニャンが反論する。姉であるリセットよりもさらに小さいリスで頼りなさそうに見えるが女の子モンスター…使徒の二匹にはちゃんと好かれているようでなんとなく微笑ましい。
エールはごめんごめん、と笑いながらケーちゃんの頭を撫でながら携帯食料を頭の上に置いた。
「ふん、無礼は許してやろう」
エールはすっかりケーちゃんを餌付けしていた。
町が近づいてくるころ、彼らはリーザスの町には入れないらしいので別れることになった。
エールは長田君と相談し、町ですぐ補給できるからと持っていた食料は全部上げることにした。
魔人と使徒は飢えて死ぬことはないそうだが、美味しいごはんがあればとりあえず悪いことする気にはあんまりならないだろう。
四人はそれを無邪気に喜び、感謝している。
「ふふん、気が利くわね。次はほねを常備しておくわん」
「カツオ節でもいいにゃん!」
そんな事を言いながら嬉しそうに笑うワンニャン。
「俺様が世界を征服してもお前らは生かしておいてやろう」
と偉そうに言っているケイブリスことケーちゃん。
世界征服を目指すなら、父のランスや兄のザンスか乱義あたりに殺されてしまいそうだな、とエールは心の中で考えた。
シャリエラは何も言わず、またしてもエールのことをじーっと見つめていた。
そしてエールと目が合うとその顔はいつもの無表情や拗ねた顔ではなく満面の笑顔を浮かべた。
「助けてくれてありがとう」
そう言ったシャリエラにエールも負けないような満面の笑顔で返しておいた。
いつか、見逃したことを後悔する日がくるかもしれないが……少なくともエールが生きている間は大人しくしていてもらいたいと思った。
お互い大きく手を振って別れる。
短い間だったが騒がしくも楽しい旅。
向こうもそう思ってくれていればいい、そう思ってエールたちはリーザスの町へと向かった。
※ 2019/03/28 改訂